東方惨劇譚 〜Anomalous Dread〜   作:ごダックごダックケッチャプごダック

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第二話

「ふわぁ……」

 

背中に密着する湿った土の感覚が、じっとりと肌にまとわりついて酷く不快だ。周囲は深い夜の暗闇に包まれ、視界はほとんど効かない。

 

――なぜ、こんな状況に陥っているのか。

 

途切れた記憶をたぐり寄せ、ようやくひとつの結論に思い至る。

 

……次会ったら、神居さんを殺そう。いや、数日間の拷問くらいで手打ちにしてやってもいいかもしれない。

 

まぁ、その物騒な復讐計画は任務が終わる数年後まで後回しにするとして……一体ここはどこだ?

 

(おっ、繋がった……聞こえてますかー?)

 

頭の中に、どこか間の抜けた天の声が響いた。

こういう状況ならひとまず神様に頼ってみるのが無難だろう。もっとも、我が社の職業柄、友好的な神格なんて滅多にお目にかかれないけれど。……まあ、神格とは決まってないけれど。

 

「聞こえてます。どちら様ですか?」

 

(えっ……菫子ですけど)

 

「……姿が見えませんよ。どこにいるんです?」

 

(イヤホンですよ! ほら、耳についてますよね?)

 

頭の中でカチリとパズルが噛み合わさった。

――そうだ、完全に思い出した。

 

深刻な人員不足の煽りを受けて、彼女が自分の担当研究員になったんだった。

 

「ようやく思い出しました。今年でもう42歳ですからね、そろそろボケが始まってるんでしょう」

 

(……意外とオイテルンデスネ……)

 

語尾の完全な棒読みと、地味にデリカシーのない反応が気になる。

 

「見た目は20未満なんですけどね。アノマリーの影響で若返ってるんですよ。……ちなみにアドバイスですが、目上の人に対してその発言は結構マズいですよ。度胸だけは認めますけど」

 

(あ、ありがとうございます……次からは気をつけます)

 

「あー、この任務の間はめっちゃ雑な口調でいいですよ。デリカシーのない発言も許可します。そっちの方がやりやすいんで。だから貸し借りはナシってことで」

 

(……崩した口調は少し難しそうですが、善処します。ちなみに、サポート対象としての私の勤務時間は7時から21時までです。月に一日はサポート対象外。睡眠時間もたっぷり保証されてますよ)

 

……エグい。

 

月に一日休みがある時点で激アツなのに、一日の拘束時間外が10時間もあるなんてどれだけ贅沢なんだ。

 

財団職員の標準が「最低20連勤、平均38連勤」という地獄であることを思えば、ホワイト企業どころの騒ぎではない。

 

「財団職員全員が狂喜乱舞して羨むホワイトっぷりですね。……ところで、今はがっつり深夜なんですけど」

 

(財団に入って2年目ですけど、たしかにかなり手厚いですね……。って、雑談はやめて早く移動しましょう! 今日は危険なので一日付きっきりでサポートしますから)

 

「あっ、そうでした。ここ、幻想郷でしたね……」

 

すっかり失念していたが、現在進行形で任務の渦中だった。

 

しかし……危険だと分かっているなら、なぜ睡眠薬で眠らせた無防備な人間をこんな暗い森に放置したのだろうか?

 

(足元にあるバッグ、持っていくのを忘れずにお願いします)

 

「分かってますよ。あとで中身も確認しておきます」

 

鬱蒼とした森の中を進む。どれだけ歩いても、まるで同じ場所をループしているかのように景色が変わらない。

 

正しく進めているのだろうか? この暗闇の中を一人で歩いていると、質の悪いホラーゲームをプレイしている気分になって嫌な汗が出てくる。

 


 

歩いて5分。1ミリも状況が変わっていないことだけは確かだ。

 

――その時、不自然に周囲の闇がさらに深く沈み込んでいった。

 

視界を完全に奪われ、一寸先すら見えない。何らかのアノマリーによる影響だろうか。どちらにせよ、警戒を強めておいた方がよさそうだ。

 

「ねえ、あなたは『食べていい人間』?」

 

頭上――木の上から、冷ややかに響く幼い声。

闇の合間から覗いた姿は、10歳ほどの金髪の少女。だが「食べていい人間」というワード選びからして、ほぼ人外確定である。

 

(……菫子さん。この人、ほぼ確実に人外ですよね。あと疑問なんですけど、なんでイヤホン越しなのに相手の声が聞こえてるんですか?)

 

(……相手が人外で敵対的な場合、交戦を許可します。それとイヤホンから声が拾えるのは、えーっと……『第4の壁の先』っていう人の影響だって言われましたよ)

 

誰だろうか。O5(オーファイブ)の誰かの権限だろうか?

 

「ずっとブツブツ言って……人間さん、話聞いてた?」

 

視線を木の上に戻し、深々とため息をつく。

 

「ちゃんと聞いてますよ。……私的な事情で恐縮ですが、私に危害を加えるヤツは『ぶっ飛ばしていい』ことになってるんです。だから私を食べたいなら――その前に、ボコボコにされる覚悟をしてくださいね?」

 

「分かってるよー。人間が私に勝てるわけないしね」

 

“人間が”と言っている時点で間違いなく人間ではない。だとしたら思う存分やれる。そもそも、なぜ私のことをただの人間だと思っているのだろうか。どちらにせよ、その油断の時点で相手の負けだ。

 

(私の方はなんて会話してるか聞こえないから、戦闘においてのサポートはできないですからね!)

 

「今日の夜食は美味しい人間団子だけじゃ物足りなかったのよね。じゃあ、いただきます!」

 

少女が瞬間的に距離を詰め、一気に仕留めにかかってくる。

 

一般人からすれば目にも留まらないスピードだろう。だが――

 

「遅い――」

 

「わっ!?」

 

攻撃を最小限の動きで受け流し、すれ違いざまに強烈なカウンターを叩き込む。

 

……しかし、手応えが薄い。怪我ひとつ負っていないようだ。相当頑丈らしい。

 

「ふぅーん、本当に結構強いんだねー。……だけど、これで仕留める!」

 

「無法符『ナイトオブラッシュ』!」

 

瞬間、辺りの闇がさらに膨れ上がり、縦横無尽に赤い光弾が弾け飛んだ。直撃すればタダでは済まないだろう。ロクな予感がしない。

 

「くっ……!」

 

数多の光弾を回避するが、激しい弾幕の波に押され、二発ほど頭部にかすめてヒットする。本気で殺しに来ている威力だ。早めに終わらせよう。

 

「あははは☆ 楽しいな!」

 

めんどくさい。こんな序盤から使うのは気が引けるが、出し惜しみしている場合ではない。

 

「ここで終わらせますよ――財団神拳式12型*1!」

 

相手の猛攻をすべてカウンターで捌き切り、その直後、瞬間歩法で背後へワープする。

 

「共振パンチ!」

 

相手の固有振動数に合わせて共振現象を起こし、内部から強大なダメージを与える技――財団神拳の中でも最もシンプルにして強力な一撃。相手の身体をいとも簡単に打ち砕く破壊力を秘めている。

 

「ふぅぎゅー☆」

 

奇声を上げながら、金髪の少女が夜空の彼方へと猛スピードで吹き飛んでいった。

 

……ちょっとやりすぎた気がしなくもない。

 

少し時間を置いてから落地点へ駆け寄り、少女が動いていないか確認する。

 

「大丈夫ですかーー?」

 

「ふむぅ……」

 

目を回して完全にノックアウトされている。全然大丈夫じゃなさそうだ。あと数時間は気絶してこのままだろう。私にも用事がある、早く先へ行かねば。

 

「……結局こうなるのか」

 

そのまま放置して立ち去る予定だったが、見捨てるのも寝覚めが悪いので残ってしまった。

 

だが、それ以上にマズい問題が発生している。

 

「――壊れた……」

 

幻想郷で目覚めて早15分。激しい攻防の衝撃のせいか、早くも通信用イヤホンが砕けて壊れていた。

 

「くー、壊れるの早すぎだろ。中古品か……」

 

壊れたものは仕方ない。一瞬でナビゲーターが消え去ってしまったが、どうにかなるだろう。とりあえず、この少女が起きるまで待つとしよう。

 

◇

 

(男性経過観察中……)

 

「うっ……」

 

少女が小さな手で目を擦りながら、ゆっくりと起き上がる。かれこれ2時間ほど待っただろうか。

 

「大丈夫ですか?」

 

「うーん……人間さんがいるのだ……」

 

頭を押さえてぼんやりとしている。全くもって大丈夫じゃなさそうだ。さすがに強く殴りすぎただろうか。

 

「はーい、そうですよ。私があなたに食べられかけた人間さんです」

 

「……助けてくれたのかー?」

 

「まあ、引導を渡さずに待ってあげたという意味ではそうですね」

 

そう言いながら、私は足元のバッグから黒い小銃を取り出し、スライドを引いて弾を装填した。

 

――カチャ

 

静かな夜の森に、冷たい金属音が響く。私は目を丸くしている少女の額へ、迷いなく銃口を突きつけた。

 

「ひやっ……!? な、何するのだ……!?」

 

「いいですか? 私に牙を剥かない限りは温厚に接してあげます。ですが、もし次に私を食べようとしたり敵対したりした場合……この『銃』という兵器で、あなたの脳天を容赦なく貫きます」

 

「う、うぅ……分かったのだ……」

 

「話が早くて助かります。それと一つお願いがあるのですが、私を人のいる場所……人里へ案内してくれませんか?」

 

「いいのだ……。だけど、その頭に突きつけてる冷たいヤツ、どけてほしいのだ……」

 

「ええ、許可しましょう。ただし、途中で妙な真似をしたら――本当に“処理”しますからね?」

 

冷酷な眼光と銃口の威圧に、少女――ルーミアは体をブルブルと激しく震わせた。

 

「わ、分かったのだ……もう逆らう度胸はないのだ……」

 

「結構。では、案内をお願いしますね」

 

こうして私は、脅迫半分・同行半分という形でルーミアを道連れにし、人がいる場所を目指して歩き始めたのだった。

 


 

薄暗い会議室内。重厚な丸テーブルを囲むいくつもの影が、低い声を交わし合っていた。

 

「……納得がいきませんね」

 

「そう言うな、O5-3。……それより、O5-13はどうした? 姿が見えないが」

 

「O5-13なら、3ヶ月ほど前に行方不明となっていますよ」

 

「……後任を任命するための承認キーコードはどこへ行った?」

 

「現状は不明です。現在、鋭意捜索中とのことですが……さて、話を本題に戻しましょう。O5-3、何がそれほど不満なのです?」

 

「どう考えても異常だろう! あれほど貴重かつ優秀な人材はそういない。なぜ『高柳』を幻想郷へ潜入させる計画に合意したのだ!?」

 

「言葉遣いには気をつけなさい、O5-3。……では尋ねますが、高柳のほかに誰が適任だと言うのです? 現地への派遣には、最低でも1級コンバットレベル*2、加えてクリアランスレベル4以上が必須条件だ。その過酷な条件を満たす職員は、現在高柳しか存在しない」

 

「だが――」

 

「それに、彼は非公式とはいえ『異名』*3を持つ実力者です。規格外の脅威(アノマリー)でも現れない限り、そう簡単に後れを取ることはないでしょう」

 

「……チッ、分かりましたよ」

 

不満を飲み込んだO5-3の返答をもって、議論は収束した。椅子を引き、帰路の準備を始める面々。静寂を取り戻しつつある会議室で、今回の最高評議会は静かに幕を閉じた。

 

*1:
この小説オリジナルの技全ての攻撃をカウンターした後相手の周りに瞬時に移動そのまま共振パンチを食らわす技

*2:
この小説オリジナルのレベル生身の体で戦った場合の戦力によって変わる9級から1級まであり1に近づくほど強い

*3:
この小説オリジナルの要素コンバットレベルが1級の人達の中でも強力な力を持った者たちに名付けられる非公式の名前

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