わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
第1話 あなたの約束、わたしの運命
――毎夜、毎晩夢を見る。
いつも決まって同じ夢。
わたしは暗い所にいて、蝋燭の灯が周りの人々の口元を照らしている。
笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。
歯茎を出して笑いながら、みんながわたしを祝って/呪っている。
よく生まれてきてくれた/消えてほしい。
大事に育ってほしい/早く餌食になってほしい。
大切に、大切に、いつその日が来てもいいように。
笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。
綺麗に、美しく、清らかに/汚らわしいものを遠ざけるように、誰もわたしに触れようとしない。
……そして、やがて蝋燭の灯が消えて。
大きな、大きな大蛇が、チロチロと舌を出しながら、わたしを丸のみにしようと口を開いて――
◇
悪夢を見たことは覚えているけれど、悪夢の内容まではしっかりと覚えていない。
けれどそれが、無能のわたしを苦しめていることは知っている。だから毎日、喉の乾きと共に目を覚ます。
おはよう、今日。おはよう、広島県、私立秋原女学園の学舎。
――それからおはよう、佐守あお、十五歳の運命。
いやな目覚めではあるけれど、これ以上わたしを苦しめるものは、今日寝るまではやって来ない。
だからわたしはいつも幸福だ。学園でいくらイジメられたって苦しくない。
なので……そう、ベッドから起き上がる足が重いのも、気のせい。
傷んだ短い黒髪を整えているときも、今日も朝ごはんが食べられないときも、学園までの、短いけれど酷く遠回りをしているように感じる通学路も気のせい。
全部、わたしの気持ち次第。……ただ、今日からはちょっとだけその足取りが重くなる。
遠くから聞こえてくる噂話のせいだ。
「ねえ、聞いた? 今年の『国異』。うちは結構凄いんだって! なんなら、優勝も狙えるかも……! 広島に優勝旗じゃー!」
「あー、今日から選抜戦をするんだっけ。でもアレでしょ。どうせ今年も東京の白夜高校の優勝でしょ。……だって、『三年無敗の聖剣』がいるんだよ?」
「あそこ強豪だからねー。全国から強い異能使いが集まるもん。でも、うちも負けてないんだよ? なんか凄い一年が入部したらしいし! あの『白夜の聖剣』と同じくらいの、けた外れの魔力量!」
「……それ、正しくは『一年生だった頃の聖剣』と、同じ魔力ってだけの話でしょ。一年と三年じゃ力量に大きな差があるよ。……そもそも、どんな異能かも披露してないんじゃなかった?」
「ふっふっふー……! 披露してないってことは、まだ情報を隠してる分、アドがあるってこと! とんでもない隠し玉な可能性があるということ! これはもう優勝間違いなしだねえ!」
「いやー……それ、一回戦で終わるでしょ……。ていうか、向こうの聖剣様は三年分の情報量があっても、誰にも打ち破られてないんだよ?
……あと、そもそも団体戦だし。ちょっと格上の一年が入った程度じゃ、そうそう揺るがないって」
「もー、夢がないなあ。去年はうちも準々決勝までいったじゃん!」
「夢で道理が覆せるなら『異能』なんてないの。……ほら、さっさと行くよ。もう遅刻しちゃう」
――『全国高校生異能大会』。略して『国異』。
猛暑で終わった甲子園に代わって、国中を沸かせるおっきな大会。
それは、『異能』という馬鹿げた力を行使できる学生たちが、各高校の競異部から五名ずつ選抜されて競い合う集団戦。
一応、『異能』が使えない人でも、魔力を持たないわたしのような人間でも、試合用の模擬剣を持って参加できるけど、それはまあ数合わせみたいなものだ。
五名いないと参加できないから、とりあえず入れてあるだけ。
始まりが誰か――なんて、今更語ることもないほど昔から、この星には『異能』があった。
以前は魔法だとか、魔術だとか、超能力だとか、ESPだとか、色んな呼び名があったらしいけれど、今はそれらを纏めて『異能』と呼んでいる。
『異』能なんていうくらいなんだから、多分最初から存在したものじゃない。それらは秘匿されていた異端の力。超常の力。『魔力』なんていう馬鹿げた、でも確かに存在するモノを消費して形を成す力。運命を捻じ曲げて、道理を切り替える強制力。
道理の通らないものだから、一昔前にはそれでひと悶着あったらしい。戦争だとか、色々と。
でも今はちゃんと法整備されて、『異能』を使える場所は限定されている。
『異能』使いたちがその力を行使できる場所、例えば……そう、スポーツだとか。
あくまでスポーツ。魔力と体力を消費するだけ。
もちろん戦うんだから怪我することはあるけれど、それも今の治療技術なら、『しばらく安静』で済む範囲に留まる。
殺伐とした『異能』は飛び交うし、『どう見ても死んだだろ』みたいな状況もあるけど、それも試合場全体の『異能』によって、あくまで『スポーツ』の範囲に抑えられる。
言ってしまえば『派手なショー』だ。
ただ、大和撫子たちによる血湧き肉躍る戦いは、観客を魅了する。
甲子園が終わったから、なおさらだ。
……わたしには関係のないことだ。
そもそも、生まれた時から魔力のないわたしの運命は取り上げられたわたしには、そんな争いは無縁の話。
ただ……今の時代に魔力を持たない――無能の人間は、本当に珍しい。
それも悪い意味で。大半の人は生まれながらに少なからず魔力を持っている。
その使い方がこれまで秘匿されていただけで、自分の魂の形さえ理解すれば、誰でも簡単に自分特有の『異能』を行使出来る。
――先天性魔力欠乏。運命欠如症。つまりは、無能。
それがわたし。佐守あお、十五歳。高校一年生。
劣等感はある。当たり前だ。誰でも出来ることが出来ないことほど、辛いことは無い。
けど、それでもわたしは幸せだ。/本当に?
だって、あの夢ほど怖いものは、この世界にないのだから。/本当にそれで納得してる?
「……うん。今日も一日、頑張ろう」
泥濘に囚われたみたいに重い足をむりやり上げて、わたしはひとり、学園へと歩み始めた。
◇
「おはよう……ございます……」
誰の返事も返ってこないのはわかっているのに、教室に入る時に挨拶をしてしまう。
行儀が良いからなのか、誰かの答えが欲しいのかは自分でも分からない。
……まあ、反応が返ってきた方がたぶん、きっと困ってしまう。
あんまり良くない結果が待っていると思うから。
とは言え、今日は比較的平和だった。
いつも机に置いてある花瓶もない。飽きたんじゃなくて、みんなの興味が国異の方に向かっているからだろう。
「ねえ聞いた? 『白夜の聖剣』と同等の一年生」
「しかも文武両道らしいじゃん。いいなー。私もその才能、少し分けてくれないかなぁ」
話題の中心は、もっぱら噂の一年生。
そりゃぁ、あの白夜高校の聖剣使いと同等と言われたら、みんな夢を見てしまう。
……でも、本当にあれと同等なのだろうか?
ふと思い立ったわたしは、去年の決勝戦の試合動画をスマホで開いた。
最初の方の挨拶とか小競り合いは抜きにして、当時二年生だった『白夜の聖剣』の活躍部分までジャンプする。
映るのは大きな会場。昔のオリンピックのために作られたスタジアムが、そっくりそのまま使われている。
だから広さは十分。観客席も十分。けれどフィールドの様相が全く違う。
異能機械によって、地形は試合ごとにランダムに切り替わる。
ついでに、異能機械によって能力もあくまで『スポーツ』の範疇に抑えられる。
言ってしまえば『なりきりチャンバラ』だ
去年の決勝戦は大きな渓谷だった。中心には絶壁があり、その底には濁流が流れており、双方五人の選抜メンバーは渓谷を挟んで向かい合う。
決勝戦常連である白夜高校と対峙するのは、同じく強豪の私立鶴久女学校。
試合は、完全に鶴久のペースだった。
理由は二つある。まず、当時の二年生に、遠距離戦に特化した選手がいたこと。
『異能』だなんだと言われても、何もかも万能ってわけじゃない。
いや、むしろ『万能だからこそ扱いに困る』とでも言うべきか。
『何でも出来る』から、確固たるイメージがなければ『何をすればいいか分からない』のだ。
イメージっていうのは、例えば『魔女は箒で空を飛ぶ』とか、『呪うなら藁人形を五寸釘で打つ』とか、そういうの。
つまり、逸話とか伝承とかの再現と相性がいい。
そしてその相性は、人によって変わる。それが異能の個性になる。
本来なら長期戦になりがちな渓谷フィールドで、短期戦になったのはそれが理由。
それから、もう一つは去年の鶴久の三年生の存在だった。
「――『この腕に血は流れない。冷たき鋼の腕ならば、定めは廻らぬものだろう』」
「――『全て、全て、全てが欲しい。その為ならば、人の身は要らず』」
二重に連なる詠唱。そのどちらもが鶴久のレギュラー、二人の少女。
「『我が覇道を拒む者なし。この鉄拳が道理を砕く』」
「『邪竜と謗るなら好きにしろ。それが我が運命ならば』」
「――『鉄拳。ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン』!!」
「――『変生。ファブニール』」
片方の少女の細腕が鉄の腕に変わり、もう片方は完全なる邪龍へと変身する。
この二人と、まだ姿を見せていない『神槍』と呼ばれる三年生――この三名が当時の最強。鶴久の至高。
「潰れろ! 鉄腕!!」
鉄の腕が振り下ろされるだけで、渓谷が爆散する。
歴代の国異において、こと破壊力だけならば最強と呼ばれていたその暴力は、白夜高校の生徒たちをまとめて吹き飛ばす。
――加えて。
「――■■■■■!!!」
邪龍へと変身した生徒は、空を飛びながらブレスで白夜高校の陣地を焼き払う。
鶴久は未だ一人も欠けていないのに、白夜高校は一人を残して全滅した。
その一人も、鉄腕の一撃で渓谷から落下している。
下は激流だ。通常ならば落ちた瞬間戦闘不能。
仮に無事でも、這い上がるまでに体力を使い切る。
つまりどうあがいても白夜の敗北。それが運命だと誰もが思った。
――けれど、ここからが彼女――
『白夜の聖剣』逸見明音の聖剣伝説の始まりだった。
落ちゆく長身の少女は、虚空へと試合用の模擬剣を掲げる。
「――『彼方の果て。湖の底。常世を超えて飛び立とう』」
その詠唱は、歌うように厳かに、静かに。
この乱戦のなかにあっても、確かに聞こえる鈴の音のよう。
「『花園の門よ開け。今ここに王が選ばれる』」
その瞬間、模擬剣は黄金色の輝きを放ちながら、その魔力を発揮する。
それが彼女の持つ『異能』。
最強の名を奪い取り、今なお誰にも打ち破られたことのない無敗の剣。
その名は――
「――『抜剣。エクスカリバー』」
誰もが名前くらいは聞いたことのある、伝説の剣。
その『異能』の解放とともに、彼女の長い黒髪は透き通るような金髪になる。
金髪の美少女は、そのままくるりと空中で一回転して激流の上に『着地』した。
『かの王は水の上を歩く』
逸見明音の『異能』は、聖剣を抜くと同時に『その剣の所有者である王の力』を再現する。
だから、ある意味じゃここまでは想定内。なので、鉄拳も邪龍も驕ることなく、追撃の一撃を見舞う。
――けれど。
「――『集え円卓。我が剣に覚えがあるならば』」
黄金の剣を掲げる逸見さん。
剣の先には、魔法陣のような文様が浮かぶ。
半透明の円を塗りつぶすように、一つ一つ、輝剣が具象化する。
――それは、初めて見せる技だった。
少なくとも一年生の頃には、一度も見せていない。
使えなかったのか、使わなかったのか。
それは定かじゃないけれど、一つ分かることがある。
その『異能』は、文字通りの『最強』なのだと――
「『騎士の本懐。常勝の伝説よ。今こそ刻まれた証を示せ』」
輝く聖剣から分かれるように、十二本の刃が具現化し――
「――『招集。ナイツ・オブ・ラウンズ』」
抜き身の刃。逸見さんの握る聖剣に勝るとも劣らない輝きを放つ剣が、王を守るように出現した。
それらには持ち手がいない。
形の違う十二本の剣だけが、自立した意志を持つように浮かんでいる。
「――『サー・ガウェイン』。――『サー・ランスロット』」
逸見さんが名を呼ぶと、十二本の輝剣から二本――白剣と黒剣が、呼び掛けに応じるように前に出る。
「殲滅戦と竜退治だ。道を開け。竜を落とすは、騎士の誉れだろう」
王の勅命を受け、二本の剣が宙を舞う。
白剣は鉄腕を砕くとともに鶴久の陣地を焼き払い、
黒剣は一直線に、邪龍の喉元を貫いた。
立て続けに三度、脱落のブザーが鳴る。
鉄腕と邪龍、それと、陣地を焼き払った時に、もう一人鶴久の誰かが落ちたらしい。
それでもなお、一対二。
鶴久に残るは遠距離特化の二年生と――
「『――この槍は、尊き者を滅する槍』」
鶴久が誇る至高の三年生、その最後の一人。
聖槍の繰り手。その『異能』は『聖人の死を確認する槍』。
「『某が聖人ならば血を流せ。流れぬならば、その威光は偽りである』」
当たれば死に、外れれば相手の『異能』を無効化するという、二重の力を持つ槍。
「――『神槍。ロンギヌス』。死に絶えろ!」
そんな、格上殺しの極致みたいな槍が、真っ直ぐに逸見さんに飛んでいき。
「――『サー・ヴェイリン』」
一本の輝剣。先の黒剣よりなお赤黒く、禍々しい剣に防がれた。
それどころか、ヴェイリンと呼ばれた剣は投擲された聖槍を食らい、飲み込み、魔槍に変えて――
「お返ししよう。破滅の槍よ」
辿った軌跡を逆さまに。
魔槍へと堕ちたそれは、元の持ち主を貫いた。
四度目。鶴久の脱落を告げるブザー音。
これで残るは遠距離特化の二年生……だけど。
「それでは私に届かない」
多重掃射、続けざまの爆撃は、名も語られぬ輝剣にすべて防がれる。
「――そして、君の奥の手もここでは無駄だろう。流水に落としたのは、逆効果だったな」
まるで指揮棒みたいに聖剣が掲げられる。その名の下に集いし輝剣、そのすべての切っ先が、残る鶴久の二年生に向けられて――
「円卓の騎士たちよ、その威光を指し示せ」
逸見さんの命令と共に、十二の輝剣は加減なく鶴久の二年生を貫いた。
……こうして、去年の決勝戦は終わった。
これが『伝説の決勝戦』。前から『白夜の聖剣』という通り名で呼ばれていた逸見明音が、本当に『伝説』となったのはこの試合から。
ただ一人で、鶴久のフルメンバーを涼しい顔で打ち砕いたのだ。そりゃあ伝説くらいにはなる。
……無能のわたしには、遠い御伽噺のようだけど。
それでも彼女は確かにいて、今は白夜高校の部長をしている。
あり得ないような話だけど、不思議と彼女の佇まいには親近感みたいなものが湧く。
確かに彼女の聖剣は怖ろしく、実際に今も無敗を誇っているのだけれど。
なんでかな。
あの夢よりは、怖ろしくないからかな。
……そうしてぼけっと見ていたら、決勝戦の動画が終わって、その後のインタビュー動画に移る。
当然、インタビューされるのは『白夜の聖剣』、逸見明音。
激しい戦いを終えた後なのに彼女は平然としていて。
「……いや、さすがに焦りましたよ? 仲間が全滅した時は、マジかって思いましたし」
……なんて、凄く俗っぽい返答をしていたのだった。
あれ……もしかしてわたしが親近感を持ってるのって、こういうとこだったりする?
いやいや……まさか、うん。
そもそも、かの『白夜の聖剣』に親近感を覚えること自体、烏滸がましい話だ。
無能のわたしが彼女と並び立てることは、万に一つもありはしない。
……ありはしないけど、想像してみる。
彼女と向かい合う自分の姿。
彼女『聖剣』を真正面から薙ぎ払う、わたし『神剣』の輝きを――
◇
「あれ――?」
放課後、帰路で足を止める。
何故か、試合用の模擬剣が、道端に落ちていた。
「そういえば……ここって試合場の近く、だっけ……」
といっても、林を一つ越えた向こう側だ。普段なら、こんなところまで飛んでこない。
ただ、今日から『国異』の代表選手を決める、選抜試合が行われると聞いていた。
……あと、強い一年生が入ってきた、とかいう話も。
「……なんだか、凄い、乱暴なのかな」
呟きながら、模擬剣を拾いあげる。ずっしりと、腕に来る。
……あくまで『異能』の触媒――あるいは数合わせのための模造刀で、刃は潰してあるはずなのに、その重さはちゃんと他者を害することが出来るもので……思ったよりも気持ち悪かったしっくりときた。
「うーん……」
ちょっとだけ剣を振ってみる。
見よう見まね。子どもが良い感じの棒を拾った時にやるようなもの。
我ながら不格好だ。そもそも、わたしは刃の類が、むかしから苦手で……。
あれ――?
わたしの子どもの頃って……どんなだったっけ……?
「……やめた。剣とか、性にあわないし」
さっさと試合場に返して学舎に戻ろう。それでお気に入りの配信とか見るのだ。
むかしのことなんて知らないし、今幸せならそれで――
「あ〜! 君、選抜試合の参加者でしょ~! ダメだよ、こんなところにいたら。もう次の試合相手が待ってんだから」
「え」
そんなことを考えていたら、何だかとんでもない勘違いをされた。
「いや、ちが……これ、落ちてて――」
返そうと伸ばした手を、わたしよりも小柄だけど先輩と思われるその人は、がしって掴む。
魔力の有無は、見た目では区別できない。『異能』を行使して、はじめて分かること。
……だけど、それにしたって、これはちょっと出来過ぎている。わたしは学年では悪い意味で有名だ。
学年の違う先輩がわたしの顔を知らないのはしかたないけど、それでも今年、無能の一年生が入ったという噂くらいは流れているはずで。
「はいはよはよ~。次の試合相手、例の一年生なんだから。逃げたい気持ちは分かるけど、ちゃんと試合はせんとな~!」
「はい……はい?」
例の一年生って……例の一年生!?
あの……なんだっけ。『白夜の聖剣』と同レベルの魔力を持つとかいう、あの!?
「ちょっと、待って、ほんとに、わたし……! そんな人と戦えません!!」
「大丈夫だって。そもそも模擬戦だし、向こうも全力は出さないっしょ。……まあ、ちょっと走馬灯見るくらいはあるかもだけど~」
「ヒェ……」
やだ。いたいのやだ。
そもそも不格好な姿を人目に見せるのだって恥ずかしいのに、その上いたいとかたまったものじゃない。
たまったものじゃないのに、なぜかわたしの手は模擬剣から離れない。必死に懇願したって、先輩は止まってくれない。
わたしも、歩幅を合わせている。……なんだか、凄く気味が悪い。
ここまでの出来事すべてが、まるでそういう運命みたいで――
◇
「え~と、次の試合は一年生の戸枝小春さんと……佐守あお、さん……? あれ、こんな人、入部してたっけ~……?」
噂の一年生と、まっさらな試合場で真っ向から向かい合う。
本戦は集団戦だし、そもそも本戦のフィールドも、こんなに開けてはいない。毎回違うフィールドで戦うことになる。
けれど、今回は選抜のための模擬戦だから個々人の力量を見たい……ってことなんだろう。なので、お互いの顔がよく見えるくらいの距離から始まる。
そうなると、悪い意味で有名なわたしのことを、良い意味で有名な『噂の一年生』が知らないはずもなく――
「はい……?」
声は、呆れ。困惑。驚きのいずれか。
少なくとも、侮蔑は無いから安心した。
まあ、相手からすれば驚くだろう。わたしだって驚いているんだもん……。
彼女――赤茶の髪を後ろで束ねた戸枝小春さんは、とても綺麗な人だった。
あの『白夜の聖剣』逸見明音さんも、長い黒髪で長身の美人さん……だったけど。
戸枝さんは、身長は一五六センチのわたしよりも少し高いくらいなのに、立ち振る舞いが凄く凜としていて、はらりと揺れる赤髪も相まって、同い年とは思えないくらい綺麗だった。
…………黒髪ぼさぼさでちんちくりんなわたしとは大違いだ。
「あの、よろしくおねがいします……?」
「貴方、本気で言ってますの? 私、加減はできない性質なのだけれど……」
……けれど、すぐに戸枝さんの声は心配に変わる。きっと無能のわたしに手を下すことに負い目があるのだ。
……ああ。この人、良い人なんだな。
ちゃんと、わたしを舐めてくれている。
しっかりと力量を見た上で、わたしには万に一つも勝てないと、『その運命はない』と分かった上で、わたしの心配をしてくれている。
「……はい。まあ、その。なんか――」
よく分からない。
よく分からないけれど、見よう見まねで剣を握る。
「……誰かがあなたの相手をしないと、終わらないみたいですし」
なんだかこれは運命のようだし。
ここを降りたら永遠に、わたしの運命は変わらない気がするし――
「何よりも」
何よりも、相手を思いやるあなたの真心が、凄く癪に障ったので。
「なので……やります」
「そう……ええ、いいでしょう! 無能のくせに『主役』の私に剣を向けるその態度! 気に入りました! 慈悲です。一撃で仕留めて差し上げましょう!」
やっと、戸枝さんの声音が変わる。
なんだか、凄く無理をしてる悪役令嬢みたいだ。
けれど闘志は感じられた。……いや、どうなんだろ。言葉の通り慈悲なのかもしれない。
本当に、つくづく根が良いんだろう。そんな人を相手にするのは大変心苦しい。
「先輩、試合開始の合図を」
「え、いいけど……やんの? 何か今、無能って聞こえたような……」
「私から見れば誰もが無能。魔力とは運命を変える力。それを有する私は、さしずめ舞台の主役ということ」
言って、彼女も剣を向ける。
『異能』じゃない。わたしと同じ、試合用の模擬剣だ。
……けれど、そこに込められた格が違う。まだ『異能』も解放していないのに、ただ模擬剣に込められた魔力だけで、わたしとは立っている場所が違うのだと感じられた。
それでも、一応聞いてみる。
「……『異能』、使わないんですか?」
「貴方如きに抜く必要はありません。この余波で十分でしょう?」
「確かに」
やけくそな挑発を華麗に返されて、思わず苦笑してしまう。
いたいのかな、いたいんだろうな。
でも、あの夢よりはいたくない――なら、まあぎりぎり許容範囲だ。
「では、それぞれ試合――」
先輩の手があげられる。わたしは両手で握った剣に力を込める。
せめて一太刀くらいは……こう、窮鼠猫を噛むみたいな真似を――
「開始――!!」
「――て、てやぁああ~~!!」
「ハッ――」
一閃。雑に振るうわたしの剣よりもさらに無造作な一撃が、力強く首筋を打つ。
――そして、わたしの視界は暗転した。
◇
――毎夜、毎晩夢を見る。
いつも決まって同じ夢。
わたしは暗い所にいて、蝋燭の灯が周りの人々の口元を照らしている。
笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。
歯茎を出して笑いながら、みんながわたしを祝って/呪っている。
よく生まれてきてくれた/消えてほしい。
大事に育ってほしい/早く餌食になってほしい。
大切に、大切に、いつその日が来てもいいように。
笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。
綺麗に、美しく、清らかに/汚らわしいものを遠ざけるように、誰もわたしに触れようとしない。
……そして、やがて蝋燭の灯が消えて。
大きな、大きな大蛇が、チロチロと舌を出しながら、わたしを丸のみにしようと口を開いて――
「――ん、あれ?」
……大蛇が来ない。
ていうかそもそもまだ夜じゃない。さっきまでわたしは、試合場にいたはずで。
なにより、『わたしはこの悪夢を覚えていない』。
そのはずなのに、今日はやたらと鮮明だ。意識もしっかりしている。
ただ、暗い所にぽつんと一人……何故か立っている。
「あー……先輩が走馬灯見るって言ってたっけ……これかぁ」
いやだなぁ。
夜でもないのに、ここにいるの。また寝たら同じ夢を見るのに。
なんだか今日は悲運が続いている。けど……。
「わたしの運命、だもんね」
こういう運命。こういう人生なのだと、つくづく実感した。
……だからさっさと大蛇さんに来てほしい。それでわたしを丸のみにしてくれたら、夢から覚めるはず。
「大蛇さ~ん……。遅刻ですよ~……?」
せっかく意識が鮮明なのだから、普段はできない声をかけてみた。
そうしたら暗がりの向こうに、十六の光が灯った。
それから、ずるずると音を立てて、大きな大蛇の顔が、わたしの目の前に現れる。
……普段は曖昧なその顔もちゃんと見える。その分、恐怖が増す。
しっかりと、わたしを見定める蛇眼も。
チロチロとわたしを舐め回す舌の感触も。
鼻息まで、夢にしては鮮明に感じられた……。
いやだなあ。逃げたいなあ。
でも……。逃げたらいけないんだよなあ。
だって、みんながわたしを贄にした/そこにわたしの意志はなく。
だから、わたしはこれを受け入れないと/そうとでも思わないと、やっていけない。
そうすれば、みんなが幸せな運命に/それなら、わたしの運命は?
『――気に入らん』
「え」
声が……。
『気に入らん。食いでが足りん。■■■■の代わりにはほど遠い。心核は極上だというのに、何故悲運を受け入れる?』
声がした。
大蛇さんから。
口は開いていないけど、確かにその声は、彼……彼? から聞こえて――
「あの」
『蛇のくせに喋れたの。などとつまらんことは言うまいな?そも、己のような大蛇など、現実にはおるまいよ』
「あう」
『つまり、それだ。己は伝承に有る者。そして、御前の内に巣食う者。何れ、御前を食らう者。――つまり、御前の運命だ』
「運命……」
だったら……。
だったら、やっぱり、受け入れないと。
そうでないと、みんなが幸せになれない。わたしの人生を奪われた意味がない。そんなもの、一度も望んだことはないのにね?
『――だが、今の御前はとてもじゃないが食らう気になれん。御前はもっと嘆くべきだ。暴れるべきだ。足搔くべきだ。それでやっと、己の食う気も出るというもの』
「……なにそれ、身勝手」
勝手に差し出されて、勝手に失望されて。
だけど、
「……じゃあ。どうすればわたしを食べてくれる?」
『面白いことを言う。御前は食われたいのか、己に』
「それが運命なら」
『そうか、つまらん。今の御前のままならば、永久に食らう気にはなれん。
……だが、それではずっとこのままだ。それは己もつまらない』
「……じゃあ、面白くなれば、食べてくれるって約束する?」
『そうだな。御前は、もっと人生を愉しむべきだ。御前には、運命に抗うだけの力があるのだから』
……不思議なことを言われた。
いつかわたしを食うと言った大蛇が、わたしに人生を愉しめという。
「わっ」
大蛇に噛まれた……いや、咥えられた……?
わたしを丸のみにできるほど大きな大蛇が、わたしの身体を、まるで抱きかかえるみたいに――
『――これは、運命ではない。己と御前の“約束”だ』
声が、さらに奥から聞こえた。
今、わたしを咥えている口とは、まるで違う口があるみたいに。
『御前が人生を愉しみ、その魂が至高に達した時――その時こそ、御前を食らうと約束しよう』
「なに、それ……」
そんな滅茶苦茶であべこべな約束、わたしにはできない。
そもそも、そんなのは無理な話だ。
わたしに運命を変える力はない/本当に?
そんなことは、とっくの昔に分かっていて/試したこともないのに?
だからわたしはさっさと食われていなくなりたい/そんな人生をわたしは望んだ?
――それが、わたしの運命なら/そんな運命は、斬り捨ててやる。
『うん。まず御前は、素直になるところから始めよう。……何、丁度良い試し斬りの相手なら、目の前にいる』
「えっなに……!?」
わたしを咥えていた蛇の頭が動く。
何だか、慣性で、ぐいって上に持っていかれるみたいに。
――ていうか、実際に投げるフォームじゃない?
『使い方が分からんというなら、己が教えてやる――なので、さっさとこの夢から覚めろ』
「それ、あなたが言う~~……!?」
ぽーいって。
さっきまでのわたしの剣よりも雑に、真上に投げられたのだった――
◇
「あ……」
「な……!?」
時間が巻き戻ったみたい。
わたしの模擬剣は、戸枝さんの一撃が首筋を打つ寸前に、それを防いでいた。
いや、それどころか――
「ん……いったいなぁ、もう!」
「――――!?」
強引に力で押し返す。――押し返せた。
あり得ない。そんな道理は通らない。通らないはず、なのに……。
「次は――こっち……!!」
「痛っ……!? は、はい……!?」
困惑した顔を浮かべる戸枝さんへ、剣を打ち返す。
当然、熟練の剣士である戸枝さんはしっかりとそれを防ぐ。
……さすがに、付け焼き刃の動揺狙いじゃ足りないか。それなら――
「なら、こう……!!」
「っ……!! 貴方――!?」
追撃の二撃、三撃。四撃、五撃。
力任せに模擬剣を振り回して、無理矢理にでも間合いを奪う。
奪えている。
戸枝さんを――『白夜の聖剣』と同等と言われている戸枝さんを相手にして、わたしは今、その運命を捻じ曲げた。それはつまり――
「貴方……魔力が……!?」
「あー……と」
なんでかは分からないけれど、今のわたしの魔力は、戸枝さんより上らしい。
これも大蛇さんのお陰だろうか。彼の魔力がわたしに流れ込んできているのか。わたしの魔力が元に戻ったのか
じゃあ……そうだな。そのお代分くらいは、しっかりと働きましょう。
「――『異能』、使わないんですか?」
「……舐めてくれますね。さっきまで無能だったくせに……!!」
挑発混じりの言動に、しかし戸枝さんは乗らなかった。
模擬剣に乗せた魔力は明確に上がっているが、まだ『異能』の解放までには至っていない。
声音は明らかに怒っているけれど、この想定外の事態にもしっかりと対応している。
魔力量が変わったところで、そもそも剣士としての技量が違う。
格が違う。矜持が違う。背負ってきた自信が違う。
だから魔力に差があっても――強引な、道理を捻じ曲げるような剣戟にも、彼女は正しく対応していた。
一撃目はまだ相打ち。二撃目ではやや無理矢理に逸らされて、三撃目では返す刀が迫って来る。
ちょっと無理に弾き返すが、その反動で腕が痺れて、すぐには動かない。その隙を狙った戸枝さんの四撃目は純粋な魔力放出で無理矢理間合いを取り、防いだ。
「本当に、滅茶苦茶な戦法ね……!!」
「ですねえ……いや、疲れてきた……」
まだ数分も経っていないのに、彼女はわたしの付け焼き刃を斬り返した。
その技量には本当に感服する。これは純粋に、積み上げてきた経験の違いだ。
彼女の武器は『異能』だけではない。それすら交えた剣技の極みにこそあるのだと、一撃一撃が教えてくれる。
「ははっ……!」
「何を、笑って……!」
「いや、すみません。なんか……」
――戸枝さんに『技』を使わせている。
『白夜の聖剣』と同等と言われる彼女に、ちゃんと見つめられている。
これまで羽虫のように扱われてきたわたしが、今、彼女と『戦えている』……!
「戸枝さん、そろそろ――」
このまま剣舞を続けているのもいいが、それでは、先にわたしの底が尽きる。
魔力じゃなくて、体力の方が。だから、いい加減に――
「『異能』もちゃんと見せてくれませんか……ね!」
少し無理矢理に、魔力を込めた一撃。どうせ体力が先に底をつくなら、加減をしなくても良い。
ただ振るう剣の一撃一撃に、ありったけの魔力を注ぎ込む。それだけで、戸枝さんを押し返せる。
「っ……! 貴方如きに抜く必要はありません……! この余波で十分でしょう……!!」
三度の挑発にも乗ってこない。明確にわたしが押しているにもかかわらず。
これを余裕や慢心と取るべき……ではない。戸枝さんは、やると決めたら多分ちゃんと、出し惜しみなしでやってくる。
――剣戟を続けながら、現状をより正しく把握する。
一.戸枝さんの『異能』には、今の劣勢を受け入れてでも避けたいほど強力なデメリットがある可能性。
二.あるいは発動条件があり、現状それを満たせていないだけの可能性。
三.あるいは、一度発動したら膨大な魔力を消費する、一撃必殺系の可能性。
まず、二は斬り捨てていい。発動条件があるなら、それを満たすようにわたしを誘導するはず。けれどその気配は今のところ感じない。
可能性があるのは一と三。一なら、この優勢を保ったまま、最後までどうにか押し切る。一撃ごとの魔力を少しずつ上げていけば、体力が尽きる前にケリはつく。
問題は三の場合――彼女の『異能』が、一度発動したら膨大な魔力を消費する一撃必殺系の可能性。これが少しまずい。
彼女の『異能』の情報はない。完全な初見殺しだし、そうなると魔力量以前に、純粋な勝負師としての直感や、初見の技への対応力が必要になる。
――そして、それだけは今のわたしにはない。剣士としての技量なら、戸枝さんの方が明確に格上だ。
出されるなら、まだ体力が残っている間の方がマシ。
だから、さっさと――
「ねえねえ! 『異能』出してください……よ……!」
「戦法も滅茶苦茶なら、性格も性悪ですわね、貴方……!!」
「あははっ……! ここだけは、交換した方がよかったかもですね……!」
本当に申し訳ないと思っている。
でも、戸枝さんに敬意を持っているのは本当だ。
だから、その想いごと――今出せるありったけの魔力を模擬剣に込めて、振り上げた。
「…………っ‼」
わたしより背の高い体が、ふわりと浮かぶ。わたしの膂力が戸枝さんの体を押し返した。
互いの距離が離れる。この距離なら、戸枝さんの間合いからは……いや。そんなものを目算で測れるほど、わたしはまだ勝負を知らない。
勝負のことも、彼女のことも。
「…………謝罪しますわ」
互いに間合いを探る、その狭間。
模擬剣を見つめながら、戸枝さんが呟いた。
「なにを?」
「貴方を、無能と罵った事。侮った事。――勝負をする前から、勝ちを確信していた事」
「そんなの、いいのに」
……本当に気持ちの良い人だ。
これまでわたしを動かしていた万能感がかき消えて、また劣等感が露わになる。
事実、勝負の前のわたしは無能でしかなかった。
この力は、本当に反則みたいなもの。こんなもので戸枝さんの誇りを汚したくない。
「それと――貴方には余波で十分だと言った事。ですから、ここからは本当の“勝負”をしましょう。貴方が見たかったものを、見せてあげます」
「――――!」
言葉と共に、戸枝さんの構えが変わる。これまでの正眼から上段に。
その瞬間に理解した。
彼女の『異能』は間違いなく三。
膨大な魔力を消費する代わりに、一撃必殺の剣が飛んでくる。
そして、ここは彼女の間合いだ。わたしの剣は届かない。けれど、彼女の『剣』なら十分届く。
たぶん。いや、絶対に。
戸枝小春の『異能』は、その類だと信じている。
その信頼に応えるかの如く、模擬剣の切っ先が揺らめく。
束ねられた魔力の光が、まるで炎のように周囲を照らす。
「――『世界よ、終われ。私と共に、私以外の全てを焦せ』」
詠唱と共に、熱を帯びた切っ先が赤銅を超えて白熱する。
……訂正する。炎なんてものじゃない。
あれは、太陽だ。紛れもない星系の中心にして、恒星の輝き。
「『炎の剣。主役の光。大地を丸ごと焼き尽くし、私だけの春よ来い』」
――今になって『白夜の聖剣』と同等という言葉の重みを理解する。
彼女の『異能』は、魔力量の上下幅ではどうしようもない。
どうする? どうすればいい?
冷静になったばかりの頭が再び高速で回りだす。
魔力で無理矢理弾き返す?/無理だ、あれは弾けない。
回避する? 逃げる?/どこへ? ここは彼女の間合いで、あとは振り下ろされるだけ。
なら、受け入れる? 負けを認める?/それだけは、絶対に嫌。
――ちょっと待って。
そもそもわたしは、こんな相手にこれまでどうやって戦ってた……?
「……あ」
思考が止まる。急に凄い羞恥心と劣等感と、何かもう、色々なものが襲ってくる。
――何が『現状を正しく把握する』だ。
万能感で悦に浸ってただけで、全然把握できてないじゃんか……!
「――『抜剣。レーヴァティン』」
振り下ろされるは世界の終わり。
運命の死。万象を焼き焦がす恒星の輝き。
防ぐことも、弾くことも、避けることもできない一撃を前に――
『――やっと冷静になったか。闘志が宿ったのは良いが、自棄は要らん。御前が魔力を取り戻しても、御前は御前のままなのだ』
大蛇……さんの声が聞こえた。
なんで夢の存在が現実に干渉して……いや、そもそもこの状況を生んだのってこの蛇じゃん。
普通なら、わたしは無能のまま戸枝さんの一撃で終わってた。はず。
『己のせいではない。御前が御前の力で、運命の流れを斬り替えた。――断じて、己のせいではない』
普通なら嬉しい言葉な気がするけど、この状況で言われると、なんか言い訳に聞こえますけど?
『だから、使い方が分からんなら己が教えると言った。夢から覚めた途端に暴れ回ったのは御前だ。……けれど、あれは愉しそうだったな。もう少し行けば、多少の食いごたえは出てきそうだ』
すっごい恥ずかしいので、止めてほしい。
……あと、アレを受けたら走馬灯とか見る間もなくわたし蒸発するんですけど?
コレって医療の発展でどうにかなるもの?
『うん。だから真正面から弾こうなどと思うな。先ず、素直に受け入れるな。運命とは濁流だ。防ぐも不可、逃げるも不可というならば――』
刹那の声。灼熱の切っ先が、わたしに触れる直前。
声より先に腕が、勝手に動いて――
『――薙げ』
――カツン、と。
剣呑で仰々しい戸枝さんの『異能』に比べたら、それこそ枝のぶつかるような小さな音で。
「――は?」
「え」
彼女の必滅の斬撃は、わたしの斜め下に振り下ろされていた。
「あ……あいやー!!」
「は――ングッ!?」
お互い、何が起きたのか、多分よく分かってない。
大蛇さんがわたしの剣を動かして、彼女の剣の力を……それこそ上手く『薙いだ』のだろうと思うんだけど。
思うんだけど……その後の微妙な沈黙に耐えきれず、なんか、とりあえず、突いた。
全力を出し切った直後の戸枝さんには、図らずも不意の一撃になり……みぞおちに決まってしまった。
すっごくいたそうな顔をして、パタンと倒れる戸枝さん。
そして変な、素人突きの格好のままのわたし。
「え、あ、勝者……佐守あお、さん……?」
……あと、数秒してからやっと勝敗を告げてくれた、先輩。
『今の突きは良くないな。肩に余計な力が入り過ぎだ。
小手先に力は込めるな。胎に力を籠めろ』
「うるさいよ……」
それと、脳内でずっと五月蠅いイマジナリーな大蛇さん。
なんか、なんか……これがわたしの……初試合にして、初勝利……になってしまったのだった――