わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで   作:遠野静

10 / 86
人生最初の日、本戦開始と、二回戦まで
第10話 合宿と、修行と、わたしの帰還(後編)


 翌日も、わたしは燕さんと二人きりでの基礎稽古と体力づくり。

 他の四人は廃村の方へ。何でも燕さんがいてくれるのは一か月のうちの二週間だけらしいので、それまでにわたしは基礎を覚えないといけない。

 いけないんだけど……。

 

「あいたたたた……」

 

 いつもの筋肉痛が……酷い……!

 全然動いていないのに、何なら試合中はもっと激しいことをしているのに……!

 

「ぴよ。ああ、ちゃんと運動後のストレッチを教えてなかったっぴねぇ。今日はそれと、筋肉痛を少しマシにする運動を教えるっぴ」

 

「は、はい……!」

 

 ……前途多難。

 

◇

 

 同刻。廃村内にて――

 

「はあああ……!」

 

 声をあげるのは『終の熱剣』。対するは『海神の槍』。

 今日も『そこそこ』らしく、『海神の槍』は防戦一方だった。

 

 そもそも、終わりの剣が放つ焔は、水を蒸発させる。

『海神の槍』は水で形作られているため、その切っ先に触れただけで、あっという間に搔き消える。

 

「おお~、派手だねえ」

 

 けれども、試合用の模擬剣に構え直した水野は、その剣のまま戸枝に斬りかかる。

 速い――だが、対応出来ない速さじゃない。魔力を腕に込めて、皮膚を硬質化させて即席の盾とする。

 

「うわ、『熱剣』ってそんなのもできんの?」

 

「まさか――これはただの魔力操作でしてよ!」

 

 止まる攻撃に合わせて、戸枝は片手で剣を振るった。一方の水野は模擬剣に再び『海神の槍』を作って防御に回る。

 

 けれども遅い。剣を振るう最中に片刃から焔を吹き出して、まるでジェット燃料みたいに、斬撃を加速する。

 

「おお、すご」

 

 水野はそれを受けずに回避した。振りぬかれる刃。でも、今度は踏み込んだ足に力を込めて、今度は逆方向の刃から炎を噴射した。

 

「おっと…………!」

 

 炎によるブースター。

 強制的な軌道変更。

 無論、相応の反動も体に喰らうが、戸枝小春は気合で耐える。

 

 ことここに至って、彼女が振るう剣に慣性は存在しない。

 どんな角度、どんな姿勢、そしてどんな状態からでも、必ず必殺の剣で斬りかかる。

 

 その怒涛の如き連撃を、水野弥生は『そこそこ』の槍で防ぎつつ、後方に下がっていた。

 

「ふむふむ……技も『異能』も、ついでに心構えも、全部いっぱしの戦士だ」

 

 心構えは、少し甘さの残る部分もあるが、それは彼女の人間らしさとして肯定することにした。

 水野は自分の忠実な駒を求めているわけではない。

 いつだって自分の想定外を求めているのだから。

 

「炎を纏った連撃、慣性制御――もちろん、その基盤となる剣技も熟練」

 

 どれもこれも『異能』使いとしては正しいのだろう。

 正しいのだろうが、『剣士』としては――

 

「それじゃあ、ダメだ」

 

「分かっていますわ……よっ……」

 

 ぶんと振り抜く刃からは炎が広がり射程を広げる。戸枝小春の『熱剣』は、なによりもこれが脅威だ。

 圧倒的な火力に加え、その余波による斬撃の拡張。

 件の『聖剣』にも匹敵する切れ味が、射程を越えて伸びてくる。

 

 ……たしかにそれらは恐ろしい。

 しかし、水野が言っているのはそうではない。

 彼女が求めているのは『剣』だ。

 あの『絶剣』が見せたような、『異能』に頼らない純粋な術理の極致だ。

 

 それが分かっているからこそ――

 

「――ああ、そう。佐守さんの気持ちって、こんな感じでしたのね」

 

 ――癪に障る。

 

 へらへらとした部長は、『それ』を待っている。

 けれど彼女の剣は、初めから『異能』と組み合わせることを前提としたものだ。

 

 それこそ、生まれ落ちた時から、今までずっと。

 ただの『異能頼り』ではない。『異能を補助につかう』でもない。

 『異能』も含めて、己の術理。『異能と剣の完全なる合一』こそが、戸枝小春の『剣の極致』。

 

 ――ならばこそ。

 

「――決めましたわ」

 

「お、今度は何で来るのかなぁ~?」

 

 魔力頼りの自分では勝てないと思っているのだろう。

 水野の笑顔は、まだ越えられないとあざけっている。

 

「そういう――笑いは――」

 

 上段に構える。剣に炎。狙いは――胴がいい。

 横一文字に斬る方が、水野も避けづらいだろうから。

 

「これを受けてからにしてくださいな――!」

 

 瞬間――炎の勢いで、神速の剣が打ち出され――

 

◇

 

 『終の熱剣』と『海神の槍』がせめぎ合う一方。

 被害を免れた森林では、静かに――しかし確かな戦いが行われていた。

 

 片や『吸血の夜』を展開する、望月干果。

 片や、それを遠目で見守る『冬の狙撃手』、山名有為。

 

 どちらも互いの姿は見えない距離――もっとも、山名からすれば丸見えの位置だが。

 

「しかし、早いな……昨日の今日だぞ?」

 

 思わずぼやく山名。それは、望月の『吸血』を見ての所感。

 

 彼女の『吸血の夜』は、敵味方を問わずの広範囲の弱体化だ。

 威力は彼女との距離で減衰する……だが、実はそれだけではない。

 

 吸血鬼は炎に弱い。故に炎の周りは、吸血の影響が少ない。

 吸血鬼は流水に弱い。故に川の周りも、同じく。

 

 要するにムラがあるのだ。発信源が同じでも、道中の要素で吸血能力の威力は変わる。

 また、『フィールド全体を埋め尽くす』というのも、あくまで最大射程の話。

 望月の自前の魔力だけでは、せいぜいが100メートル。それでも十分脅威だが、彼女は吸収した魔力によって、さらに『夜』を広げていく。

 その結果としての『フィールド全体』。

 それが具体的な、望月の『異能』ではあるのだが――

 

「もう指向性が生まれてる」

 

 そう。これまでは望月を中心に、全体へ球のように広がるだけだった不可視の吸血能力が、今は影のように具体的な形を持って、任意の方向へ伸びて、周辺を索敵している。

 探しているのは無論、狙撃手である山名だろう。彼女だけは絶対に逃がさないと、影達が踊っている。

 これまでの不可視のアドバンテージを捨てた索敵能力。

 

 おまけに『月を見る』という『発動条件』すらも捨てた。

 『発動条件』がある『異能』は、その分強力である。これまでの望月は己が才を自覚しているから、強い縛りを設けて『異能』を強化していた。

 ……ついでに言えば『月が見えない時は調子が出ない』という、言い訳にも使っていた。

 あまりに卑屈で負けず嫌いな『異能』。

 だが、その『発動条件』を捨ててもなお、今の望月の『異能』はこれまで以上の吸血能力を発揮している。

 

「……面倒な奴だよ。おかげで、スポットを探すのも一苦労だ」

 

 苦笑交じりではあるが、それは素直な称賛だった。

 たった一日で――それも昨日の夕方から今朝になるまでの時間だけで、望月は自身の『異能』を進化させたのだ。

 望月干果は、当人が思っているほどに弱くはない。むしろ強者の側である。

 なのに乾いて飢えているのは、それだけ高いハードルを自分の中で設定しているから。

 当人が自覚しているか否かはさておき、山名有為は望月干果を正しく評価していた。

 

 ――しかし、それでも山名有為は、秋原最強の狙撃手である。

 

「そんなに私の場所が知りたいなら、こうして教えてあげようか」

 

 音は遅く。

 望月の頭を打ち抜いてから、やっと爆音が届く。

 

 ヘッドショット。ゲームではよく使われるが、現実では好まれない。

 何しろ的が小さいから。堅実に狙うなら胸に数発。もしくは足などの大きな血管の通る場所。

 

 それでも、山名はあえて狙い撃った。

 今のお前は、射的ゲームの的と同じとでもいうかのように。

 

 しかし、さすがは『吸血鬼』。打ち抜かれた箇所が見る見るうちに再生する。

 それも望月の『異能』の一部。吸収した分の魔力を使って己を生き返らせる術。

 彼女は土地や木々、小動物、虫や雑草に至るまで、あらゆるものから吸いあげている。なので土地が枯れ落ちるまで、実質的には不老不死。

 ――無論、『吸血鬼の弱点』で解除されることに変わりはないが。

 

 何度もの狙撃、何度も望月の頭は打ちぬかれ、その度に再生する。割れた頭が巻き戻っていく姿は『異能』の跋扈する現代においてもフィクション染みていて、望月が異形であることを再認識させる。

 

 そんな化物染みた姿を見ても、山名はただ面倒そうにぼやく。

 

「まったく……そんなに負けたくないか、『吸血鬼』」

 

 ならばと、山名はあえて木々から降り立ち、望月の前に立った。

 

「……狙撃手が前に出てきて、いいんだ」

 

 明らかに不機嫌そうな望月の声に、山名は「本当はよくはない」と告げて。

 

「ただ、このままだと十中八九、私が『勝つ』。お前の『異能』は強力だが、私の持久力の方がまだ高い」

 

 何故なら山名は狙撃手だ。こと耐久力、『待つ』ということにおいては他に類を見ない。

 それに、山名は望月の『異能』の弱点を知ってしまっている。ならばこそ、決められてしまう勝負だ。

 

「だから、機会をやるよ。喜べ望月。ここでお前が私を落とせたなら『勝ち』だ」

 

 いつもの狙撃銃は背中に背負って。

 試合用の模擬剣を片手に、彼女は二度目の詠唱を謡う。

 

「――『その肉も、その血も、すべて天からの恵みとして、私はすべてを頂こう』」

 

 獲物に敬意を払う詠唱。模擬剣の形が変わる。

 

「『願わくばこの殺生が意味あるものに。思いは野辺の露となるべし』」

 

 刃の潰された無骨な剣から、さらに武骨な、まるでマタギの使う大鉈のように。

 

「――『解体。ハントレス』」

 

 その『異能』が語る通り、それは狩人が扱う得物だ。ただ縮尺や色々な箇所が違う。

 基本的には大鉈だが、背後の刃はのこぎりのように刻まれていて、おまけに切っ先には皮に引っかける返しまでついている。

 つまり、狩人の刃を全部無理矢理、一個の武器に纏めてしまったような、歪な『異能』。

 

「こっちは、さほど得意じゃないんだ。マタギについては、昔親父についてったきりだし。その時は当然、刃物を握らせてはくれなかった」

 

 山名はその武器を振り回しながら語る。

 

「けど、お前を狩るにはこれで十分かな」

 

 飢えた畜生一匹程度、半人前の刃で十分だと、山名は告げる。

 

「――言ったな」

 

 望月が模擬剣を半身片手で構える。杭を打つようなその姿勢は、間違いなく本気の構え。

 けれどそれではまだ足りない。この倦怠感をさし引いても、山名は飢えた獣の相手が最も得意なのだから。

 だから、そろそろ気が付けと山名は願っている。お前の『異能』は、こんなものではないのだと。

 広範囲のドレイン。吸収した分で再生力を高め、さらに『異能』自体も強化する。

 そこまで行っても、彼女はまだ、『負けたくない』が勝っている。

 『勝つ力』を発揮していない。なので、いい加減に――

 

「さあ、私に『勝って』みせろよ、望月」

 

「ああ、やってやるさ。山名ァ!!」

 

◇

 

 ――炎を纏った横薙ぎの大振り。射程が広がっている分、背後に下がっても意味がない。

 しゃがんで避けるのも愚策となれば、正面から受け止めるしかないだろう。

 

「おっとと」

 

 水野は試合用の模擬剣で受ける。その勢いだけで危うく吹き飛ばされそうになるが、どうにか刃は体に触れる前に止まる。

 

 確かに凄い剣だった。

 下手をすれば一刀両断。

 しかしあまりにも単調。その程度では、水野弥生は砕けない――

 

「―――んぁ?」

 

 弾こうとする水野の剣が、すかった。

 

 同時に、首元に寒気。

 炎の逆巻く刃……ではない。純粋な試合用の模擬剣による返し技。

 

「――はっ!」

 

 しかも、最初の炎の剣は『形を変えずに残っている』。

 刃自体が消えても、『炎』はそのまま残っている。それがただの残像だと理解しているなら『少し燃えるだけで済む』が、一見すれば、それは『二方面同時攻撃』だ。

 

「さすがに、それはイケてるじゃん……!」

 

 水野の想定とは少し違うが、彼女の魔剣は間違いなく、剣の至りに近づいている。

 

「……でも、甘いな、遅い。それじゃあ燕も落とせない!」

 

 とはいえ、それは『近づいた』だけ。

 二方面同時攻撃に見えるが、それは炎でそう見えるだけ。

 この場限りのフェイントであり、実像はない。

 

 それでも対峙者に圧をかけるのが、フェイントの意味であり意義なのだが、水野弥生は『実像のない刃なら意味はない』とためらいなく飛び込んだ。

 

「――本当に厄介」

 

 つかみどころのない、水流のようだ。けれど、それでいい。

『その位置こそが丁度いい』と、戸枝は振り切った剣のまま――

 

「――『抜剣』」

 

 そう呟いた。

 詠唱がない。

 構えがない。

 

 だというのに炎は燃え上がる。終わりの火に焼かれて、模擬剣に運命の死が宿る。

 

 その炎はどこから来たのか。

 

 最初に大薙ぎで斬りはらった、水野が『フェイント』と悟って飛び込んだ、例の炎だ。

 すなわち、既に『異能』は抜かれており――

 

「――――『レーヴァティン』!!」

 

 両手で模擬剣を握って、炎ごと水野を突く戸枝。

 その三段目は間違いなく、水野弥生を貫いた。

 

◇

 

 少し時間は戻って。

 望月が振るう『剣』を、山名は鉈で防いでいる。

 

 同年代の戸枝に比べれば数段落ちるとはいえ、望月は剣士だ。

『異能』の性質上振るう機会が少ないだけで、その防御に特化した剣技は彼女と同じく流麗として美しい。

 

 他方、山名は狩人である。その手に剣のような得物を持ってはいるが、剣の振るい方ではない。

 暴れる獲物を抑える術、硬い肉や骨を断つ術。

 分厚い毛皮を剥ぐ術。何より命を絶つ術のみに、純粋に特化している。

 

「つっ……」

 

 無論、望月が相手だと即座に再生されてしまう。

 再生されるが、意味はない。新しい獲物が来たのなら同じ手順を繰り返すだけ。

 そこに魔力は必要なく、持久力が落ちたところで最低限の手順なら消耗は無に等しい。

 頭も使わず、流れ作業のような『解体作業』。

 

 よって、望月は幾度も解体され、再生し、解体され、再生し。

 持っていたはずの試合用の模擬剣も、もうとっくに落としている。

 

「どうした。剣を握らないと私は倒せないぞ」

 

 そういいながら、どこかから取り出した獲物を止める用のペグで、望月の両腕の甲を固定する。

 腕だけでない。先程から足にも、臓腑の内側にも。山名の狩人道具が取り残されたまま再生していて。望月の体は異形に捻じれている。

 

 ……そう、異形なのだ。『異能』を使っている望月は。

 そもそも、山名の鉈は対人向けの技ではない。あくまで獣・異形・化生の類を討つ類。

 真に剣士とやりあえば、望月は無論、他の二年が相手でも苦戦する。……負けはしないが。

 

 だというのに、その『異形向けの技』が、望月には特効となっている。

 つまり、それが意味するところとは――

 

「ああ……そういうことか……」

 

 ふと、望月が声をあげる。彼女の中で何か合点がいったのか。

 

 合わせて、廃村の方で炎が舞い上がる。どうやらあちらも何かを掴んだらしい。

 

 それを見ながら、位置取りを少し変える山名。あくまで視線は、望月に向けたままで。

 

「よっと……」

 

 立ち上がる望月から置き去りにされる狩人道具。霞がかった望月の姿はまるで実体がないかのよう。

 

 事実、透明化しているのだろう。でなければ形を保ったまま、体内の異物を取り出せない。

 両手両足のペグを無視して、構え直すこともできない。

 

「ようするに……僕の本体はこの『異能』の範囲全てだ。ここにいる『僕』は、あくまで端末っていうか、頭脳っていうか……」

 

 分かりやすい実体、とでも言おうか。

 

 望月の『異能』は『吸血の夜』ではない。

 『吸血の夜』で拡げた全ての範囲が、『望月干果そのもの』なのだ。

 

「なるほど、なら分かりやすい。自分の中身なら消化も容易だ」

 

 瞬間、山名にかかる重圧が更に強くなる。魔力と体力の吸収力が、これまで以上に強くなる。

 ……でも、まだ足りない。この程度ならば逃れられると、山名が鉈を捨てて狙撃銃へ移行しようとした時――

 

「逃さない」

 

 静かな声と同時に、山名を背後から貫くのは大きな漆黒の杭。

 望月が拡げていた影が具現化したもの。

 

 ただしその威力は、これまでの万倍にも届く。なにしろそれは『吸血鬼の牙』そのものだ。

 

「…………っふ」

 

 やっと気づいたと、山名は笑う。

 望月の『異能』は広範囲のドレイン。

 だが、そうして溜め込んだ魔力を、望月は自己の回復と効果範囲の増加にしか使ってこなかった。

 

 気持ちは分かる。なにせ、望月自身の魔力量自体は平均。

 ドレインでどれだけ溜め込んだところで、そのストックにも上限値はある。

 故に使い過ぎれば負けるのだ。負けを嫌う彼女にとって、魔力のストックは大切だ。

 

 けれど――それだけの魔力量を攻撃に転じれば、どうか?

 自己回復に当てていた魔力で、より積極的に攻撃すれば。

 

 結果は御覧の通り。吸血の牙は山名の背後から胸元を貫いて――

 

「これで、僕の『勝ち』――」

 

「――いや、お前達の『負け』だ」

 

 瞬間。望月の『夜』が、『炎』によって掻き消された。

 

◇

 

「え――」

 

 ぽかんと声をあげたのは、戸枝。

 絶対必殺。必ず倒すと決めた運命の死をもたらす魔剣は、水野を通り過ぎて代わりに『なにか』に吸い尽くされてしまった。

 

「は――?」

 

 続けて声をあげたのは、望月。

 絶対勝利。間違いなく勝ったと確信を持って拡げた『吸血の夜』は、山名を吸いつくすより先に『なにか』に燃やし尽くされてしまった。

 

 どちらが先に気づいたのか。

 あるいは双方同時だったのか。

 

 無論二人とも互いの能力の相性の悪さは知っていた。

 だから廃村と密林という、離れた場所で戦っていた。

 

 しかし、だ。

 指向性を持った炎の剣。加えて夕方に伸びる、伸びすぎた影――

 

 ついでに、どちらも相手のことなんてすっかり忘れていたこの状況。

 

「望月(戸枝)さん!?」

 

 知らぬ間に射程範囲に近づいていたことも、誰が責められようか。

 加えて、先輩二人が知らず知らずそう仕向けていたことも、誰が気付けようか。

 

「ほらねぇ~、だから言ったじゃん」

 

 戸枝の前で、朗らかな声がする。

 

「お前らの課題はさ、それぞれで勝つことじゃない」

 

 望月の前で、淡々とした声がする。

 

「「『戸枝と望月』のふたりで、『私達』に勝つことだよ」」

 

 先輩二人からのいやらしい笑みを前に、下級生二人はただ憎らしげに睨む事しかできなかった。

 

◇

 

 そこからの二週間は、随分と早く感じた気がする。

 わたしが燕さんに剣の基礎を教わっているだけだったからなのかもしれない。

 他の……特に戸枝さんと望月さんは日が経つにつれて明らかに苛立ちとかが明確になってて、ちょっと怖かったけど……。

 

 少なくとも、わたしは自分の上達を、めきめきと感じていた。

 

「うん……体の芯もぶれなくなった。これなら、十分『剣士』として戦えるっぴねえ」

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

 相変わらず変な語尾……と思いつつも最終日。

 初めて、燕さんにちゃんと『剣士』として受け入れられた。

 それが嬉しい。あと気持ちいい。

 

「問題は、この剣にどれだけ『異能』を乗せられるかだけど――」

 

「あ、わたしの『異能』は――」

 

「ストップ。敵に教えることじゃないっぴよ」

 

 敵……敵なの……?

 

「あー……敵かもしれないっぴ。まあどの道、『異能』は個々人で大分変わるものだっぴ。それをどう使いこなして、どう今の技にのせるのか。それは、君が自分で考えることしかできないっぴ」

 

 たしかに……。ていうか、大蛇さんが教えてくれた『異能』? 『薙ぎ』と『払い』は、多分『大蛇さん』の異能の全体じゃない。

 教えて貰った二つの技は、燕さんに教えて貰った剣術にも使えそうだったけど、それをどう落とし込むかは、わたし次第だ。

 

「うん。まあなにはともあれ――よくやったっぴ。私はもう戻らないといけないけれど、この基礎を忘れない限り、君は何処までも強くなれるっぴ」

 

「あ、ありがとうございます――!」

 

 そっか……。最初から二週間って言ってたもんね。

 もう帰っちゃうんだ、そっかぁ。

 

 そんなことを思っていたら、廊下の隅から小柄な顔が覗き込んだ。

 水野部長だ。

 

「うっす、やっとるかね~」

 

 あれ、水野部長は今日も戸枝さんたちとの練習じゃ――

 

「そうなんだけどさ。よく考えたらそいつ今日帰るじゃん。このまま放置するのも、ほら、無理に呼んだ側としては具合悪いし」

 

「そういう機微あるんだっぴね」

 

 燕さんのド直球ストレートが水野部長を穿つ。

 しかし、部長は特に気にした風もなく、あははと笑って。

 

「まあでも、どうだった? うちの佐守は。強い?」

 

「弱い」

 

 さらなるド直球ストレートに、わたしはダメージを食らう。

 水野部長みたいにはなれない。

 

「……けど、伸びしろは凄くあるっぴ。本音を言うとこのまま連れ帰りたい」

 

「それはダメだね。我が校の秘策なので」

 

「秋原の秘策を私に見せてよかったのか。っぴ」

 

 やっぱり、というかなんというべきか。

 燕さんは他校の生徒、もしくはその関係者らしい。だから顔を見せられなかったのか。

 

 だけど、稽古自体は凄く誠実で、しっかりわたしを鍛えてくれた。

 ちゃんと顔を見てお話したい。お礼を言いたいんだけど……。

 

「む……。ダメだっぴ。私はさすらいの燕マン。正体を明かすわけにはいかないっぴ」

 

 こちらの心を読んだのか、燕さんはブンブンと首を振って後ろにさがる。

 ちぇ~、ダメかぁ……。

 

 そんなことを考えていたら、水野部長が口を開いた。

 

「あ~……じゃあさ、最後に模擬戦やってくんない? 『異能』はなしでいいから。純粋に剣の試合で」

 

「え」

 

「いや、それはさすがに……」

 

 まだ、剣で立ち合えるほどではないと、燕さんは口を濁している。

 どころか、瞬殺できるレベルの話だと思う、この感じ。

 

「むう」

 

 ――恩人なんだけど、やっぱり癪に障る。

 癪に障るんだけど、実際その通りなのだろうと体が言っている。

 

 なにしろ、現状で一撃も燕さんに入れられたことはないのだから……。

 

「なにより、本戦二週間前に怪我でもさせたら困るっぴ」

 

「じゃあこうしようぜ。燕マンは竹刀で、佐守ちゃんは、試合用の模擬剣で」

 

 これなら、多少は勝負になるんじゃない? と水野部長は言った。

 ……正気? 竹刀って、竹だよ? 試合用の模擬剣は、刃を潰してあるとはいえ、金属だよ?

 まともに打ち合えば当たり前に竹刀の方が壊れるよ?

 

「……うん。それならまあ、当ててもさほど痛くはないだろうし。……ぴ」

 

 しかし、燕さんはそれを承諾した。

 それも「当てても痛くないだろう」とか、こっちを慮っての理由。

 

 ――よし、ならやろう。

 

 ……『大蛇さん』。

 

『うん。なんだ、久しぶりに』

 

 あの『薙ぎ』とか『払い』って、大蛇さんの魔力がなくても使える?

 

『……うん。術理自体は然程難しいものではない。相手が『異能』を使うなら、相殺する魔力は必要だが』

 

 おっけ。それだけ話を聞けたら十分だ。

 燕さんの言ってた言葉。『異能』と『剣術』の融合の練習を、ココでやってみましょう。

 

「先輩、わたし、燕さんとやりたいです。なので審判をお願いできますか」

 

「え、いいの? こいつはこんなこと言ってるけど」

 

「ぴ。私は竹刀で、佐守ちゃんが模擬剣で。これなら一応体裁は取れると思うっぴよ」

 

 完全に舐めてくださっている。ありがとう。

 いいけど、佐守ちゃんは異能を使わないでねと、水野部長に念を押された。

 もちろん。異能に類似する技は使うけど――

 

「えーと、それじゃあ試合――」

 

 わたしたちの間に立った先輩が、片腕を振り上げる。

 

「開始――」

 

 振り下ろされる手刀と共に、わたしは燕さんに教えられた通りに剣を握って、それから真っ直ぐに跳んだ。

 

 彼女の竹刀を上から叩き落として、その反動で突き上げようとする。

 けれど、燕さんはひらりと背後に下がってそれを避ける。

 

 押さえつけていた竹刀も、あっという間に元通り。

 

「うん、速いぴ。体幹も、二週間前に比べたら随分しっかりしたっぴねぇ……」

 

「褒めてくれるのも嬉しいですけど、そっちからも来てくれますか……!」

 

 続けざまの連撃。

 型を教わったおかげで余分な力が抜けたからか、いくら剣を振っても疲れない。

 これなら、世界の終りまで剣を振れていそうだ。

 しかし、そんなわたし個人最高潮の剣戟も、燕さんには片手でいなせる程度なのか。

 

「ふむ……たしかに、返し技はまだ教えてなかったっぴね」

 

 基礎と言うよりも応用になるから。

 そう言ってから、燕さんは間合いを取って正眼に構える。

 竹刀であってもその構えは無駄がなく美しい。思わず見惚れてしまいそうになるが、その前に――

 

「じゃあ、しっかり握っておくっぴよ――」

 

 ひゅんと、燕さんの竹刀の切っ先が、わたしの剣の切っ先を上から押さえつけた。

 思わず、上に力を入れるが、その時にはもう燕さんの竹刀はなくて。

 

「……!」

 

 また最初の時みたいに、弾かれる――!

 そう思ったわたしは、真横から突き飛ばしに来る燕さんの竹刀を、思わず『薙いだ』。

 

「お」

 

「ぴ」

 

 審判の水野部長と、竹刀を持っている燕さん。その両方から驚きの声があがる。

 感嘆に応えるのは後にして、わたしは退けた竹刀の隙間から、一気に燕さんの懐に入る――

 

「ぴっ……」

 

 まずい、みたいな声が被り物から聞こえる。

 わたしの身長は一五六センチ。燕さんは一七十前後。加えて身をかがめれば完全に燕さんの顎の下に入れる。

 そして――

 

 そして、燕さんは着ぐるみのせいで真下が見えない!!

 

「せいっ!」

 

 勢いよく振り上げる模擬剣。燕さんは背後に下がって間合いを取るけど、無駄だ。

 だって着ぐるみの嘴部分が突き出てるから。剣の切っ先はそこに引っ掛かり、燕さんの着ぐるみを一気に剥ぎ取り――!!

 

「…………へ?」

 

 は――? と思わず、声が漏れた。

 これまでずっと隠れていた、燕さんの顔が、見えた。

 嬉しいことのはずなのに、そして実際に嬉しいんだけど……。

 

 人間は嬉しすぎると、頭がパンクするらしい。

 いや、そもそもありえない……。

 

 だって、そこに立っていたのは――

 

「はあ……息苦しさからは解放されたが、これはまずいな……」

 

 かの『白夜の聖剣』の異名を持つ、現在最強の高校生。

 いや、歴代不敗の『聖剣』――逸見明音その人だったのだから……!!

 

「どうするんだ。水野。君の案だっただろう。これでバレないんじゃなかったか」

 

「いや~。佐守ちゃんが思った以上に成長してくれたからさぁ。想定外の誤算ってやつ? 逸見達からしたら困った事になるかもだけど」

 

「その通りだ。敵に塩を送るってやつだ。なんなら送り過ぎたかもしれない」

 

「ほお、逸見がそこまで言うのは珍しいね。なになに? そんなにウチの佐守ちゃんは才能ある~?」

 

「あ、あの……!」

 

 なんだか親しげに話しているところ、大変申し訳ないのですが……!

 

「これ……じゃなくて、燕さん……じゃなくて、こちらの方は、あの『白夜の聖剣』こと逸見明音さんご本人であってますか!?」

 

「うん、そうだよ。……そうだっぴ?」

 

 いや、今は語尾はいらないと思うんですけど……。

 

「それで、水野部長は『白夜の聖剣』と知り合いなんですか!?」

 

「うん。知り合いっていうか友だち」

 

「それがどうしてどうなったら、こういうことになるんですか……!?」

 

 本戦一か月前の二週間。

 自分のところの生徒でもなく、他校の、しかも素人の練習を『白夜の聖剣』が手伝うなんて。

 

「う~ん、それを言うと深い事情があるんだけど……」

 

「水野に急に呼び出されたと思ったら、ここに拘束された」

 

「水野部長!?」

 

「あたしゃ本戦前に良い温泉にでも入って英気養おうぜ~って言っただけだよ? 日程は、たしかに伝えてなかったけど」

 

「……山陰の山奥だ。私立白夜高校は、東京にある。そう気軽に帰れる場所でもない」

 

 はあっとため息を吐く燕さん……もとい『白夜の聖剣』、逸見さん……。

 なんていうか……な、なんていうか……。

 

「ひ、被害者……!」

 

「む。いや、完全に被害者というわけではない。友達に誘われたのは嬉しかったし。あと、もう一つ約束もあったから」

 

 むしろそっちが本命だと、逸見さんは言う。本命の約束とは? と思って振り返ると、水野部長はニコニコした笑顔を崩さない。

 

 ……もしかしたら、水野部長と逸見さんの間には、わたしが思っている以上に、深いつながりがあるのかもしれない。

 それこそ自分の部を放ったらかしにして、稽古をつけてくれるような、深いつながりが――

 

「では、私はそろそろ戻るよ。ああ、そうだ水野。この前貸した二万。佐守ちゃんに稽古を付けたら倍にして返す約束、ちゃんと覚えてるよな」

 

 お金だ! しかも借りた側だ!

 あと何気にわたしに稽古つけたのもお金だ――!

 

「あ~、もちろん。その内返すよ~」

 

「うん、ならいいよ。じゃあまた、試合場で」

 

 逸見さん!? ちゃんと期日決めないと、この人踏み倒すつもりですよ!?

 

 そんなことを思って彼女を追いかけるが、既に公民館前のバスに乗った後だった。

 

 この辺のバスは二時間に一本来たらイイネの範囲。

 なのでこれを逃すと、先輩は空港に間に合わない……。

 

 結局わたしは、何も言えず……軽く手を振る逸見さんを見送ることしかできなかった……。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。