わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
わたしの名前は佐守あお。今年の『国異』にて最後の一撃を決めちゃった十五歳、高校一年生。私立秋原女学園の生徒にして『競異部』所属。
『異能』は『クサナギ』。『視界範囲内の剣の軌道上を、道理を無視して切断する』。
――とか、今更な話はさておいて。
◇
ある日の夕方、試合場。この中では『異能』もあくまで『スポーツ』の範囲に抑えられる。というか試合場や練習場は、そういう制限がかけられている。
戸枝さんと、望月さんが、いつかの『国異』前の練習試合の時みたいに、向かい合っているのだった。
ちなみにわたしは、審判の位置。ここまで以前と同じである。
今日は諏訪さんも、ついでに山名部長もいない。……多分、他校の偵察もない。
つまり、注目はされていない状況だ。
そんな中で戸枝さんは試合用の模擬剣を既に握っていた。
一方の望月さんは、半身を向けた格好で、なんとも言えない表情をしている。
「急に呼び出されたかと思えば、なんなのさ……」
という当然の疑問に対して、戸枝さんは――『現一年生最強』は、故にこそ、冷静に答える。
「一個、試したいことがありまして。そのためには望月さんが一番適任かと」
「人を練習台に使うなよ~……僕だって、練習でも『負けたくない』からね」
そう答えながら、望月さんも『異能』の触媒である懐中時計を取り出した。
ついでにちゃんと試合用の模擬剣を半身・片手で握りながら構えている。
「――では、佐守さん。審判をお願いします」
今回は、急な詠唱はしないのだろう。とはいえ、戸枝さんはちゃんと上段に構えている。
ただ、表情が不思議だ。なんというか闘志を感じない。
自然体で、どこか本気とも冗談とも取れないような表情は、あの『白夜の聖剣』とかいう不条理にもよく似ていて――
……まあ、いいか。久々に『秋原の熱剣』の戦いを間近で見られるのだし。
そして、相手も望月さん。どんな勝負になるかは、本当に分からないから、見届けたいという思いがわたしにもあるため――
「それじゃあ、試合開始――」
勢いよく振り下ろした手と同時に、望月さんは一歩後ろに下がりながら懐中時計を握りしめた。
「――『ああ、寒い。雪と狼と夜が来る』」
初手から全力、戸枝さんから距離を離しながらも、胸元の懐中時計から闇が拡がる。
声は禍々しく。寂しく。妬ましく。
飢えて乾いた、眠る死人の詩と共に――
「『
望月さんを覆い隠すように、懐中時計から溢れる闇は辺りを浸食して――
「――『着憑。デア・ナハト』」
――その言葉と共に、望月干果は『夜そのもの』となった。それに、持っていた模擬剣も、漆黒の杭に変わる。
とはいえ、望月さんは『吸血鬼っぽいもの』だ。
彼女にとって、『熱剣』は特効。――それを踏まえても死ににくいのが望月さんではあるのだけれど……。
「ああ。んで、戸枝さんは何がしたいの?」
などと杭の切っ先を向ける望月さんに、戸枝さんはふむと小さく呟いて。
「……なるほど。ではこうでしょうか」
戸枝さんはそんな望月さんを観察してから――掲げた模擬剣に魔力を込める。
「――『世界よ、終われ。私と共に、私以外の全てを閉ざせ』」
――聞き覚えのある詠唱。
いや、だけど何かが違う。後半に込められた想いが、矜持が、少し変わっている……?
「『氷の咎。舞台の闇。大地を丸ごと凍らせる、私だけの春の前』――」
それは多分、戸枝さんの『矜持』とは真逆のようで――実際には戸枝小春の『魂』の核心――
より言うならば、彼女の『矜持』が生まれた、その『原風景』――
「――『封剣。レーギャルン』」
――初めて見る『終わりの魔剣』が解放される。
それと同時に、まるで、突然寒波が来たように、戸枝さんの周囲一面が一気に『凍り付いた』。
一方で、戸枝さん自身から漏れ出る熱量は急激に上がっている。
それを見て、望月さんはうわぁとぼやいていた。
「ああ、なに。僕と同じで、ドレイン系……?」
「いえ。単に『熱を奪った』だけです……ふむ、しかし、やはりこれはできると」
などとぼやいている『秋原の熱剣』。
――そうだ、彼女は今、周囲から『熱を奪っている』。
元々、『他人の炎』でも無理矢理支配下に置けるのが戸枝さんだ。なら、確かに炎だけでなく、『熱そのもの』を奪うのは『熱剣』の真骨頂かもしれない。
しかも、周囲から熱を奪った上で、その熱を自分の力に変えている。……まあ、結局ドレイン系ではあるのかな。
「ああ。なるほどね。確かに、『それ』の相手なら僕が適任だ……」
『クサナギ』は一瞬の斬撃だし、凍るかどうかもちょっと分からない。一方で望月さんは『夜』だ。同じく『ドレイン系』だ。
「んじゃ、やるか~……」
そして望月さんも杭を構え直している。氷であれば、熱剣よりも相手にしやすい。まして、望月さんも『吸血鬼っぽい夜』故に――
「では、『秋原の熱剣』――戸枝小春、今から“勝負”をします」
「ああ――来いよ、『主役気取り』。最高に格好悪く殺してやる」
はっと鼻で笑いながら、珍しく先に動いたのは望月さんだった。
『夜』を全面に展開しながら、一気に杭で突き穿ちにかかっている。
「は――」
「ん」
その杭を、『終わりの剣』で斬り返す戸枝さん。――その瞬間、望月さんの『杭』が――正しくは杭の元になっている模擬剣が、一瞬で『凍った』。
「うわ、まじかよ……」
「はっ」
さらに斬り返しが迫るのを、しかし望月さんはこと逃げ足については秋原最速だ。
即座に影に溶けながら、ついでに模擬剣の氷も『吸い尽くす』。
距離を開けた場所で改めて実体化した望月さんは、再度杭を握りなおす。
――が、少し困った顔をしていた。
「ううん……思ったよりも、吸えてないな。いや、同時に吸い上げた結果か?」
どうやら、望月さんのドレインが上手く働かなかったらしい。何とも言えない表情をしながらも、戸枝さんを見ている。
戸枝さんは普段通り、剣を上段に構えている。その『剣』こそ熱を帯びているが、周囲は一気に凍っている。
「――つまり、『私の剣』とは『熱そのもの』です」
などと言いながらも、さらに斬りかかる戸枝さんの剣をいなしながらも、望月さんは隙を突いて――
「じゃ、こうしようかな……!」
一足で大きく距離を取ったかと思えば、同時に自分の杭を放り投げた。
「はっ一本程度なら――」
『終わりの魔剣』で弾ける――そう考える戸枝さんの目の前で、その『杭』は急に霧散した。
――そして、大きな『狼』の形に姿を変えた。
「――んっ!」
さすがに、一瞬動きが止まる戸枝さん。――しかし、冷静に考えれば、望月さんの魔力量では必殺の魔狼など出せはしない。
故に斬り捨てればいい――という一瞬の隙間に。
「ぱちん」
なんて、言葉で言って指を鳴らす望月さん。
それと同時に、『夜の狼』はまた解けて、『大きな夜の幕』となって戸枝さんを覆い尽くした。
「ぐ――」
大の字になって倒れる戸枝さんに、『夜』がべったりとへばりつく。
「ああ。さてと。吸わせてもらうよ……」
戸枝さんの身体から、どんどんと力が抜けていく。
どうやら、望月さんの『夜』自体は凍らないらしい。
熱は奪っているのだろうけれど、元々あの夜に熱はない。
なので、ここで戸枝さんの負けが確定するかと――
「――『世界よ、終われ。私と共に、私以外の全てを焦がせ』」
そう思っていたのもつかの間。彼女の口から漏れるのは、正しく彼女の矜持の歌。
終わりの魔剣の真骨頂。『運命の死』が再び顕現する。
「『炎の剣。主役の光。大地を丸ごと焼き尽くし、私だけの春よ来い』」
その熱量は、何時にもまして莫大だった。それは、当然だろう。
だって、『彼女はずっと熱を奪っていた。その熱を自分の内側に封じていた』それを――
「――『抜剣。レーヴァティン』」
その一言と共に、一気に解放される『終わりの熱剣』。白光する太陽が、一瞬で望月さんの『夜』を消し飛ばす。
「いって――!」
「――『抜剣。レーヴァティン』」
さらに、その炎を触媒に振り下ろされる熱剣を、望月さんは回避できない――というよりも回避しようともしていない。
「ああ――なら、こうか」
再度、僅かな魔力で生み出した杭を投げつける。しかしそんなものは全力の『レーヴァティン』の前では塵に過ぎない。
塵に過ぎないが、それでも目は引く。故に望月さんはその一瞬で影に溶けて――
「よいしょっと!」
戸枝さんの背中に現れて、全力で串刺しにした。
無論、今の戸枝さんは『燃えている』。故に突き破るにしても、望月さんもダメージを喰らっているが――
それでも、こと吸血という一点において、戸枝さんより望月さんの方が上回る。
とりわけ望月さんの『吸血の夜』は、根っこにあるのは『強者への妬み』。『半端者の矜持』――それは、『主役』を歌う戸枝小春に特効だ。
「はあ――っ痛」
「えーと……試合終了」
……とりあえず、戸枝さんが全部を吸い尽くされるよりも前に、試合終了の合図を送る。すると、戸枝さんも望月さんもお互いほぼ同時に異能を閉じた。
「あつ~……ほんと、『熱剣』相手はキツイわ……」
「それを乗り越えておいてよく言いますわね……」
などと不満を漏らしながらも、戸枝さんは自分の――もう模擬剣に戻ったそれを眺めている。
「ふむ……となると、次は『熱とは何か』でしょうか……」
「ああ、何。まだ進化するの、『現一年最強』……」
うんざりした様子でぼやく望月さんに、戸枝さんは当然ですと答えている。
「その名で呼ばれるには、まだ私は弱い。……ええ、そうですね。弱いのです……はあ」
ため息を吐いているわたしのヒーロー。
しかし――戸枝小春は、『秋原の熱剣』は、その名に慢心していない。
彼女は、まだまだ成長していくのだろう。――となると、わたしも負けてはいられない。
「しかし、いよいよ僕は来年はお役御免かな……」
そんなあり得ないことをぼやいている『秋原のジョーカー』。
しかし、それはないと思うので安心してほしい。だってついさっき、その『秋原の熱剣』を破ったばかりだし、何より――
「『レーギャルン』であれば、貴方を燃やすこともないでしょう。より連携も取りやすくなるのでは?」
「ああ、そうね――つまり、あれか。氷属性戸枝さんを影に包んで運んで、向こうで爆発させればいいのか」
「ただ、逃げ場所だけは確保を。加減できない性質ですので」
試合場の中心に座りながら、実に秋原らしい作戦が、さっそく想定されている。
「でもそれだと、望月さんが墜とされた時が大変では……? もうすっかり前線向きとはいえ――」
その作戦会議をしている最中に、わたしも一緒に座って混ざる。
「ああ、そうね~……やっぱり、別枠で『念話』は欲しいよなぁ……」
はあとため息を吐きながら、夕暮れの空を見上げる望月さん。
――こうして試合場で三人でいると、なんだか、いつかの時のようだ。
本当にあの時とは、関係性は全然違うけれど――
……どうしよう。
ちょっと嬉しいなってことしか思えない。
真面目な作戦会議中なのに。
一応、来年に向けたことだし、戸枝さんの『異能』も改めて見直す必要があるのに――
「なにへらへらしてんのさ、あおちゃん」
「え?」
そう言われて、自分が笑っていたことに気づく。
いや、なんだろう。別に笑いたいつもりはないんだけど――
「なんか、すみません。いや、なんか――好きだなぁって」
「は」
「ふ」
この時間、こういう毎日。
多分、わたしが――本当に欲しかった時間。
『運命』でも、『特別』でも、もちろん『聖剣』を真正面から薙ぎ払う、わたし
ベッドから起き上がる気分も違うし。
傷んだ短い黒髪を整えているときも、朝ごはんも気分次第だし。
学園までの、短い通学路を歩く時もその日の気分次第だし
全部、わたしの気持ち次第。
そして友だちがいて、まあ追試もあって……部活があって……そんな日常。
そんな緩い幸せがだらだらと続いていく日々。
――だから、わたしの今日は、幸福だ。
(完)