わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで   作:遠野静

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第51話 秋原の熱剣、わたしの友だち(エピローグ)

 わたしの名前は佐守あお。今年の『国異』にて最後の一撃を決めちゃった十五歳、高校一年生。私立秋原女学園の生徒にして『競異部』所属。

 『異能』は『クサナギ』。『視界範囲内の剣の軌道上を、道理を無視して切断する』。

 

 ――とか、今更な話はさておいて。

 

◇

 

 ある日の夕方、試合場。この中では『異能』もあくまで『スポーツ』の範囲に抑えられる。というか試合場や練習場は、そういう制限がかけられている。

 

 戸枝さんと、望月さんが、いつかの『国異』前の練習試合の時みたいに、向かい合っているのだった。

 ちなみにわたしは、審判の位置。ここまで以前と同じである。

 

 今日は諏訪さんも、ついでに山名部長もいない。……多分、他校の偵察もない。

 つまり、注目はされていない状況だ。

 

 そんな中で戸枝さんは試合用の模擬剣を既に握っていた。

 一方の望月さんは、半身を向けた格好で、なんとも言えない表情をしている。

 

「急に呼び出されたかと思えば、なんなのさ……」

 

 という当然の疑問に対して、戸枝さんは――『現一年生最強』は、故にこそ、冷静に答える。

 

「一個、試したいことがありまして。そのためには望月さんが一番適任かと」

 

「人を練習台に使うなよ~……僕だって、練習でも『負けたくない』からね」

 

 そう答えながら、望月さんも『異能』の触媒である懐中時計を取り出した。

 ついでにちゃんと試合用の模擬剣を半身・片手で握りながら構えている。

 

「――では、佐守さん。審判をお願いします」

 

 今回は、急な詠唱はしないのだろう。とはいえ、戸枝さんはちゃんと上段に構えている。

 ただ、表情が不思議だ。なんというか闘志を感じない。

 自然体で、どこか本気とも冗談とも取れないような表情は、あの『白夜の聖剣』とかいう不条理にもよく似ていて――

 

 ……まあ、いいか。久々に『秋原の熱剣』の戦いを間近で見られるのだし。

 そして、相手も望月さん。どんな勝負になるかは、本当に分からないから、見届けたいという思いがわたしにもあるため――

 

「それじゃあ、試合開始――」

 

 勢いよく振り下ろした手と同時に、望月さんは一歩後ろに下がりながら懐中時計を握りしめた。

 

「――『ああ、寒い。雪と狼と夜が来る』」

 

 初手から全力、戸枝さんから距離を離しながらも、胸元の懐中時計から闇が拡がる。

 声は禍々しく。寂しく。妬ましく。

 飢えて乾いた、眠る死人の詩と共に――

 

「『処女達(はなよめ)の血が無ければ、僕は魂まで凍えてしまう』」

 

 望月さんを覆い隠すように、懐中時計から溢れる闇は辺りを浸食して――

 

「――『着憑。デア・ナハト』」

 

 ――その言葉と共に、望月干果は『夜そのもの』となった。それに、持っていた模擬剣も、漆黒の杭に変わる。

 

 とはいえ、望月さんは『吸血鬼っぽいもの』だ。

 彼女にとって、『熱剣』は特効。――それを踏まえても死ににくいのが望月さんではあるのだけれど……。

 

「ああ。んで、戸枝さんは何がしたいの?」

 

 などと杭の切っ先を向ける望月さんに、戸枝さんはふむと小さく呟いて。

 

「……なるほど。ではこうでしょうか」

 

 戸枝さんはそんな望月さんを観察してから――掲げた模擬剣に魔力を込める。

 

「――『世界よ、終われ。私と共に、私以外の全てを閉ざせ』」

 

 ――聞き覚えのある詠唱。

 いや、だけど何かが違う。後半に込められた想いが、矜持が、少し変わっている……?

 

「『氷の咎。舞台の闇。大地を丸ごと凍らせる、私だけの春の前』――」

 

 それは多分、戸枝さんの『矜持』とは真逆のようで――実際には戸枝小春の『魂』の核心――

 より言うならば、彼女の『矜持』が生まれた、その『原風景』――

 

 

「――『封剣。レーギャルン』」

 

 

 ――初めて見る『終わりの魔剣』が解放される。

 それと同時に、まるで、突然寒波が来たように、戸枝さんの周囲一面が一気に『凍り付いた』。

 

 一方で、戸枝さん自身から漏れ出る熱量は急激に上がっている。

 それを見て、望月さんはうわぁとぼやいていた。

 

「ああ、なに。僕と同じで、ドレイン系……?」

 

「いえ。単に『熱を奪った』だけです……ふむ、しかし、やはりこれはできると」

 

 などとぼやいている『秋原の熱剣』。

 

 ――そうだ、彼女は今、周囲から『熱を奪っている』。

 元々、『他人の炎』でも無理矢理支配下に置けるのが戸枝さんだ。なら、確かに炎だけでなく、『熱そのもの』を奪うのは『熱剣』の真骨頂かもしれない。

 

 しかも、周囲から熱を奪った上で、その熱を自分の力に変えている。……まあ、結局ドレイン系ではあるのかな。

 

「ああ。なるほどね。確かに、『それ』の相手なら僕が適任だ……」

 

 『クサナギ』は一瞬の斬撃だし、凍るかどうかもちょっと分からない。一方で望月さんは『夜』だ。同じく『ドレイン系』だ。

 

「んじゃ、やるか~……」

 

 そして望月さんも杭を構え直している。氷であれば、熱剣よりも相手にしやすい。まして、望月さんも『吸血鬼っぽい夜』故に――

 

 

 

「では、『秋原の熱剣』――戸枝小春、今から“勝負”をします」

 

「ああ――来いよ、『主役気取り』。最高に格好悪く殺してやる」

 

 

 はっと鼻で笑いながら、珍しく先に動いたのは望月さんだった。

 『夜』を全面に展開しながら、一気に杭で突き穿ちにかかっている。

 

「は――」

 

「ん」

 

 その杭を、『終わりの剣』で斬り返す戸枝さん。――その瞬間、望月さんの『杭』が――正しくは杭の元になっている模擬剣が、一瞬で『凍った』。

 

「うわ、まじかよ……」

 

「はっ」

 

 さらに斬り返しが迫るのを、しかし望月さんはこと逃げ足については秋原最速だ。

 即座に影に溶けながら、ついでに模擬剣の氷も『吸い尽くす』。

 

 距離を開けた場所で改めて実体化した望月さんは、再度杭を握りなおす。

 ――が、少し困った顔をしていた。

 

「ううん……思ったよりも、吸えてないな。いや、同時に吸い上げた結果か?」

 

 どうやら、望月さんのドレインが上手く働かなかったらしい。何とも言えない表情をしながらも、戸枝さんを見ている。

 戸枝さんは普段通り、剣を上段に構えている。その『剣』こそ熱を帯びているが、周囲は一気に凍っている。

 

「――つまり、『私の剣』とは『熱そのもの』です」

 

 などと言いながらも、さらに斬りかかる戸枝さんの剣をいなしながらも、望月さんは隙を突いて――

 

「じゃ、こうしようかな……!」

 

 一足で大きく距離を取ったかと思えば、同時に自分の杭を放り投げた。

 

「はっ一本程度なら――」

 

 『終わりの魔剣』で弾ける――そう考える戸枝さんの目の前で、その『杭』は急に霧散した。

 

 ――そして、大きな『狼』の形に姿を変えた。

 

「――んっ!」

 

 さすがに、一瞬動きが止まる戸枝さん。――しかし、冷静に考えれば、望月さんの魔力量では必殺の魔狼など出せはしない。

 

 故に斬り捨てればいい――という一瞬の隙間に。

 

「ぱちん」

 

 なんて、言葉で言って指を鳴らす望月さん。

 それと同時に、『夜の狼』はまた解けて、『大きな夜の幕』となって戸枝さんを覆い尽くした。

 

「ぐ――」

 

 大の字になって倒れる戸枝さんに、『夜』がべったりとへばりつく。

 

「ああ。さてと。吸わせてもらうよ……」

 

 戸枝さんの身体から、どんどんと力が抜けていく。

 どうやら、望月さんの『夜』自体は凍らないらしい。

 

 熱は奪っているのだろうけれど、元々あの夜に熱はない。

 

 なので、ここで戸枝さんの負けが確定するかと――

 

「――『世界よ、終われ。私と共に、私以外の全てを焦がせ』」

 

 そう思っていたのもつかの間。彼女の口から漏れるのは、正しく彼女の矜持の歌。

 終わりの魔剣の真骨頂。『運命の死』が再び顕現する。

 

「『炎の剣。主役の光。大地を丸ごと焼き尽くし、私だけの春よ来い』」

 

 その熱量は、何時にもまして莫大だった。それは、当然だろう。

 だって、『彼女はずっと熱を奪っていた。その熱を自分の内側に封じていた』それを――

 

 

「――『抜剣。レーヴァティン』」

 

 

 その一言と共に、一気に解放される『終わりの熱剣』。白光する太陽が、一瞬で望月さんの『夜』を消し飛ばす。

 

「いって――!」

 

「――『抜剣。レーヴァティン』」

 

 さらに、その炎を触媒に振り下ろされる熱剣を、望月さんは回避できない――というよりも回避しようともしていない。

 

「ああ――なら、こうか」

 

 再度、僅かな魔力で生み出した杭を投げつける。しかしそんなものは全力の『レーヴァティン』の前では塵に過ぎない。

 

 塵に過ぎないが、それでも目は引く。故に望月さんはその一瞬で影に溶けて――

 

「よいしょっと!」

 

 戸枝さんの背中に現れて、全力で串刺しにした。

 無論、今の戸枝さんは『燃えている』。故に突き破るにしても、望月さんもダメージを喰らっているが――

 

 それでも、こと吸血という一点において、戸枝さんより望月さんの方が上回る。

 とりわけ望月さんの『吸血の夜』は、根っこにあるのは『強者への妬み』。『半端者の矜持』――それは、『主役』を歌う戸枝小春に特効だ。

 

「はあ――っ痛」

 

「えーと……試合終了」

 

 ……とりあえず、戸枝さんが全部を吸い尽くされるよりも前に、試合終了の合図を送る。すると、戸枝さんも望月さんもお互いほぼ同時に異能を閉じた。

 

「あつ~……ほんと、『熱剣』相手はキツイわ……」

 

「それを乗り越えておいてよく言いますわね……」

 

 などと不満を漏らしながらも、戸枝さんは自分の――もう模擬剣に戻ったそれを眺めている。

 

「ふむ……となると、次は『熱とは何か』でしょうか……」

 

「ああ、何。まだ進化するの、『現一年最強』……」

 

 うんざりした様子でぼやく望月さんに、戸枝さんは当然ですと答えている。

 

「その名で呼ばれるには、まだ私は弱い。……ええ、そうですね。弱いのです……はあ」

 

 ため息を吐いているわたしのヒーロー。

 しかし――戸枝小春は、『秋原の熱剣』は、その名に慢心していない。

 彼女は、まだまだ成長していくのだろう。――となると、わたしも負けてはいられない。

 

「しかし、いよいよ僕は来年はお役御免かな……」

 

 そんなあり得ないことをぼやいている『秋原のジョーカー』。

 しかし、それはないと思うので安心してほしい。だってついさっき、その『秋原の熱剣』を破ったばかりだし、何より――

 

「『レーギャルン』であれば、貴方を燃やすこともないでしょう。より連携も取りやすくなるのでは?」

 

「ああ、そうね――つまり、あれか。氷属性戸枝さんを影に包んで運んで、向こうで爆発させればいいのか」

 

「ただ、逃げ場所だけは確保を。加減できない性質ですので」

 

 試合場の中心に座りながら、実に秋原らしい作戦が、さっそく想定されている。

 

「でもそれだと、望月さんが墜とされた時が大変では……? もうすっかり前線向きとはいえ――」

 

 その作戦会議をしている最中に、わたしも一緒に座って混ざる。

 

「ああ、そうね~……やっぱり、別枠で『念話』は欲しいよなぁ……」

 

 はあとため息を吐きながら、夕暮れの空を見上げる望月さん。

 

 ――こうして試合場で三人でいると、なんだか、いつかの時のようだ。

 本当にあの時とは、関係性は全然違うけれど――

 

 ……どうしよう。

 ちょっと嬉しいなってことしか思えない。

 

 真面目な作戦会議中なのに。

 一応、来年に向けたことだし、戸枝さんの『異能』も改めて見直す必要があるのに――

 

「なにへらへらしてんのさ、あおちゃん」

 

「え?」

 

 そう言われて、自分が笑っていたことに気づく。

 いや、なんだろう。別に笑いたいつもりはないんだけど――

 

「なんか、すみません。いや、なんか――好きだなぁって」

 

「は」

 

「ふ」

 

 この時間、こういう毎日。

 多分、わたしが――本当に欲しかった時間。

 

 『運命』でも、『特別』でも、もちろん『聖剣』を真正面から薙ぎ払う、わたし(『神剣』)の輝き――なんかでもなくて。

 

 

 ベッドから起き上がる気分も違うし。

 傷んだ短い黒髪を整えているときも、朝ごはんも気分次第だし。

 学園までの、短い通学路を歩く時もその日の気分次第だし

 全部、わたしの気持ち次第。

 

 そして友だちがいて、まあ追試もあって……部活があって……そんな日常。

 そんな緩い幸せがだらだらと続いていく日々。

 

 ――だから、わたしの今日は、幸福だ。

 

(完)

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