わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
二年前、『国異』。一回戦の第三試合。
そんな中途半端な時期に、中途半端な場所で、しかし運命を決める戦いが行われていた。
もっとも、その戦いを正しく見ていたのは、ただの三名。
現在の私立秋原女学園の部長――後の『海神の槍』である、水野弥生。
同じく私立白夜高校の部長、『白夜の聖剣』、逸見明音。
そして私立鶴久女学校の『征服者』、目黒次美の三人だけだった。
「はあ……また面倒なことを。一年生って大変ですね」
当時はまだ鶴久の一年生だった目黒次美は、全国大会の偵察を命じられた。
彼女の『異能』――『ファーティフ』には、その能力の一部に『遠視』がある。
盤面を俯瞰で認識し、適切に駒を進めるためには必須の技能だ。
無論、細かい状況把握のためには自分が戦場に立たねばならないし、より綿密に見るのであれば、自分の駒――部員というカメラが必要になる。
けれど、軽い試合の偵察――それこそ観客席から一部の戦況を覗き見る程度であれば、今の彼女一人でもできる。
よって、偵察に彼女が選ばれた。
相手は無論のこと、白夜に入部した噂の一年生、『聖剣』の逸見明音。
ただでさえ決勝常連、全国から強い『異能』が集まる白夜高校において、一年生でありながら選抜メンバーに選ばれた実力は、既に噂の的だった。
当然、彼女も注目していた。『どう墜とすか』を決めるには、戦力分析は必須だ。
……とはいえ。
「相手が相手ですし、そこまで見れるものですかね」
そんな常勝白夜と一回戦で戦うのは、私立秋原女学園。
みんながみんな、『何となく名前は聞いたことがある』程度の中堅高。
ツキが回ればベスト十六くらいに入ってる。
一、二回戦で負けたって、誰も気にしない。そのぐらい。
なので、試合は当然のように白夜が圧倒していた。
多分誰も――なんなら秋原の生徒だって、勝てるとは思っていなかった。
その中で、目黒次美は見た。
――見てしまった。
◇
「どれどれ……ええと」
目黒は観客席の前方に立つと、早速『遠視』を使う。
今回のフィールドは市街地で、多くのビル群――無論異能による幻影だが――が立ち並ぶ、見晴らしの悪いフィールドだ。
なので『聖剣』を見つけるのには苦労した。どうやら外ではなく、ビルの屋内で戦っているようだが。
「ああ、あれですね。なるほど、たしかに凄い魔力……?」
うん? と首を傾げる。目黒次美。
当時はまだ一年生で、今ほどの実力は伴っていなかったとしても。
なお戦略眼においては他の追随を許さない『征服者』が、戦況を見て、首を傾げたのだ。
そのくらい、おかしなことが起こっていた。
◇
廃ビルの屋内。無骨なコンクリートがむき出しになる広間で、強い魔力を放つ逸見明音。その手には、既に『聖剣』――エクスカリバーが握られている。
まだ十二の輝剣の解放に至っていない一年時でも、『王の威光を再現する』という『異能』は健在だった。
注目の一年生だ。そのくらいの情報は出回っている。
問題は、その一年生が停止していること。
最強の聖剣を構えたまま、身動きが取れなくなっていること。
何故か――それは対戦相手が理由。
対峙するのは、秋原の一年生。水野弥生。
『海神の槍』を召喚し、水流操作、はては天候操作まで可能とするその『異能』も、ある程度注目されていたので、目黒の情報網には入っていた。
あるいは白夜や鶴久に入っていれば、何らかの結末が変わったかもしれない程度に。
けれど、所詮は秋原の一年生。『県内で見れば、まあ強い』。とか、そのぐらい。
一年後、二年後に強い『異能』が入ればまた違うかもしれないが、少なくとも今年の彼女はさしたる脅威ではない。
なんなら一回戦から白夜と当たって不運ですらある。
せっかくの槍を振るう機会が失われたのだから。
しかし、そんな彼女は――
水野弥生は、『海神の槍』を抜いてさえいなかった。
試合用の模擬剣で、逸見明音の『聖剣』と打ち合っている。
一応、勝負の体をなしているのだが、本気じゃない。明らかに。
だから、『聖剣』逸見明音は困惑していた。
不思議がって、いつでも勝負を決められるのに防戦一方で。
それどころか。
「――なぜだ?」
「ん~? なぜって?」
「なぜ槍を抜かない。君の『異能』は『海神の槍』だと聞いたぞ」
なんて、真面目に問いただす始末。
それに、水野は模擬剣を振り回しながらへらへらと笑い。
「いや~ね? こっちの『異能』、ブレ幅が凄くてさ。今日は本調子じゃないんだよ。ていうか、絶不調」
そう答えつつも、間合いを取る。
……というよりも、逃げている。避けている。そして、それを逸見明音は追わない。
「あと、どうせうちは負けるしさ~」
「勝負は、終わるまでは分からない――」
などという逸見の言葉を遮るように、脱落のブザーが鳴る。
今試合で都合三度目。そのどれもが、秋原のモノ。
「ほらね?」
なんて、苦笑する水野。
「だったらまあ、やる気は出さなくてもいいかなって。……三年の先輩たちには悪いけど、ここで手の内を晒したくないしさ」
あまりにも身勝手で、けれど真理を語る水野に、逸見は「なるほど」と頷いて。
――それから、その聖剣を地面に突き刺した。
「それなら、降参してくれないか?」
「…………はい?」
「君と同じだ。私も、あまり手の内は晒したくない。……それに、あんまり魔力を使うと、先輩から叱られる。つまり、君がここで降参してくれれば、お互いにとって得になる」
ウィンウィンだろう、なんて告げる『聖剣』に、水野はん~、とうなり声をあげて。
「……なるほど、たしかにそれは利にかなってる」
そう認めた上で。
「――だから、ちょっとやる気が出た。一本やろうぜ? 『聖剣』ちゃん」
試合用の模擬剣の構えを変える、水野弥生。
ただし、それは剣の構えではない。
長物――槍の構えだ。
「――『我は大地の神である。我は嵐の神である。我は海の神である』」
詠唱と共に、大気中の水分が試合用の模擬剣に集まる。
「『この穂先にて綿津見を掻き混ぜ、世に嵐を齎さん』」
詠唱が終わると同時に、その水は綺麗な三叉の槍を形作り――
「――『抜槍。トリアンナ』」
水野弥生が、今試合ではじめて『異能』を披露した。
思わず眉をしかめる逸見、そして覗き見ている目黒。
「正気か? 君、さっきの話を覚えてないのか」
「ばっちり覚えてるよ? 要は、ここで君に無駄な魔力を使わせたら、先輩から叱られちゃうんでしょ」
嫌な部分だけをしっかりと覚えている水野弥生。
三叉の槍を両手で握り、構え、その切っ先を逸見に向けて。
「じゃあやろうぜ? 無駄試合。それにまあ、折角の注目株だ。ちゃんとやられ役も演じないと、客に悪いしねぇ」
「……君、昔はいじめっ子だっただろ」
ケタケタ笑う水野に、逸見は珍しくムッと感情を露わにした。
けれど、すぐに表情を切り替える。
勝負に余計な感情は不要だとでも言うかのように。
「分かった。でもすぐに終わらせる。もし負けでもしたら、先輩の目が怖い」
地面に突き立てた聖剣を、再び両手で握りしめ。
「――『彼方の果て。湖の底。常世を超えて飛び立とう』」
聖剣の詠唱。王の再誕を願う楽園の歌。
「『花園の門よ開け。今ここに王が選ばれる』」
軽やかに、美しく。無駄もなく、隙もなく。
「――『抜剣。エクスカリバー』」
――その、膨大な魔力を解放した。
◇
黄金色の剣先は、その輝きだけでも焼き切れそうなほどに美しく。
僅かにでも掠めたら、即座に蒸発するほどに恐ろしかった。
目黒の『遠視』でさえそう感じる黄金の剣を前に、しかし、さりとて『海神の槍』。
「いいね、聖剣。綺麗じゃん」
などと、槍を片手に気楽な感想を述べながらゆっくりと歩いてくる。
しかし、聖剣の担い手は変わらず真面目な表情で。
「綺麗なものか。所詮はただの剣――」
キンと、甲高い金属音が鳴る。
逸見が話している最中に突如振るわれた槍先は、ぎりぎりで聖剣に払われた。
「ありゃ、一応必殺だったんだけど。ちゃんと避けてくれるじゃん……!」
「そりゃあ急所狙いだ。分かれば払える……とはいえ今のは驚いたぞ。いきなり首を刎ねにくるな」
「あっはは~! だって斬れそうだったからさぁ!」
市街地戦で、ビルの屋内で、しかも学園としての決着はほぼついている。
故に誰もが見逃した――目黒以外は見向きもしなかった聖剣と海神の戦いは、こうして静かに、突如として幕を開けた。
◇
――水野弥生の『異能』にはブレ幅がある。そして今日は絶不調。
それは事実その通りなのだろう。彼女は『異能』を解放しても、得意の水流操作も、天候操作も行っていない。
ただ、どうにか槍を顕現しているだけ。
けれどもその槍の冴えが、なんというか……話と違った。
戦い自体は聖剣が圧倒している。圧倒しているように『見える』。
出の見えない突きも即座にいなし、腰から放たれる薙ぎ払いも避けて、上段からの打ち砕きも押し返す。
全て聖剣が『打ち返して』いて、『海神の槍』は『聖剣』に届かない。
ただ、それは――
「ん~、じゃあ次は……これか」
まるで店先で適当なものを選ぶような気楽さで、水野弥生は地面に槍を突き立てると、重心を槍に預けて『自分で跳んだ』。
そのまま突きつけられる蹴りを逸見は聖剣で受け止めるが、同時に体勢も崩れる。
なにしろ全体重を乗せた蹴りだ。如何に水野が小柄と言えど、如何に逸見が長身と言えど、その衝撃は受けきれない。
「ほいしょっと――!」
地面に着地した水野は、さらにぐるんと。
穂先を地面から抜いて、槍に遠心力をかけて、一気に斬り落とす。その切っ先を止めることは不可能だと判断した逸見は、半身を反らして斬撃を避ける――が。
「残念、そこはまだ射程範囲」
三度の回転。今度は石突での打撃が待ち構えている。
「だろうね」
逸見の聖剣がその打撃を弾く。さすがに全体重を乗せた一撃と比べれば、防ぐのは容易だ。
そのまま、返す刃で聖剣を振るうが――
「――はい。受け止めた」
三叉の槍の隙間が、聖剣を掴む。そのままぐりんと、縦ではなく横への回転が加わる。
――拙い。あれは『砕かれる』。
「――――っ!」
即席の剣砕きを、逸見明音は全力の魔力で、強引に押しとどめた。
続く水野の連撃も、逸見は魔力でどうにか弾き返す。
――信じられないと目黒は思った。
あの聖剣が。
いつでも華麗に、常に流麗に。どこまでも剣技で圧倒する逸見明音が。
今、あの海神の槍を「力技」で無理矢理弾き返している。
そこに華麗さなんてものはなく、ただ魔力で強引に道理を蹴飛ばしている。
無論、弾かれる度に槍は傷つき、水野の体にもかすり傷が増えていく。
一方の聖剣は、傷一つない。一見すれば逸見が押しているように見える。
そう見えるように、水野に誘導されている。
実際には水野の槍を、逸見が魔力と体力と腕力を込めて、強引に防いでいるだけのこと。
一方水野は『やる気』が出てきたのか、その槍の冴えは留まるところを知らず、徐々に速さを増していく。
三叉の槍が六叉にも、あるいは八叉にも見えるほどに。
繰りだされる連撃は『異能』ではなく純粋な槍術。
――いや、あれは槍術だけではない。棒術、杖術、薙刀術から野太刀術に至るまで、あらゆる長物の術を極めている。
それらを切り替え、時に複合させて放たれる技は、つかみどころがまるでない。
まさに水流の如き槍捌きを、逸見明音は魔力で防ぐ。
「しっかし、よく止めるなぁ。さすがに魔力差は残酷だね」
「君こそ、話が違う。今日は絶不調じゃなかったのか」
「愉しくなってきたからね。これって、君からすれば『余計な魔力』でしょ?」
「……たしかに。先輩に見られたら、叱られる」
だから内緒にしてほしい。なんて言って、逸見明音は水野の槍をはじき返す。
両者の間合いが離れる。少々遠いが、対等な間合いだ。
通常、槍は剣よりも優れる。それは純粋なリーチ差として。
中世にパイクなどという極端な長槍が生まれ、それから銃へと置き換わっていったように、とかく戦場において「射程は長ければ長いほどよい」。
それは『異能』が跋扈する現代でも変わらず。
そしてその武器の性能差は、持ち手の技量が近ければ近いほど顕著になる。
故に、そこが二人の間合い。逸見明音と水野弥生が対等に戦えるぎりぎりの距離――のはずだったのだが。
「――伸びるよ」
一言。水野の言葉と共に、いきなり三叉の槍が逸見の首元まで『伸びた』。
水流操作か。――否、違う。水野弥生は槍の柄を、石突のぎりぎりまで片手で掴んで無理矢理に射程を伸ばしたのだ。
その曲芸を前にしても、逸見は冷静に首をひねるだけで回避した。
点の攻撃、剣で防ぐのは困難だが、避けるのは容易だ。しかし――
「戻るよ~?」
ぐいっと。
水野弥生は、槍を引き戻した。
通常の槍ならば、無意味な行為。
しかし彼女が握るのは三叉槍。すなわち横刃がついている。
横にはみ出た刃は、まるで死神の鎌のように、背後から逸見の首を狙う――!
「――――」
しかし、それでも逸見明音。逡巡の時間は刹那。
『聖剣』を唄うその身は、そんな想定外にも対応する。
目の前には敵が待ち構えている。背後から凶刃が迫る。
そんな状況下であれば、常人は「避けるか防ぐ」。
しかし、『聖剣』は「踏み込んだ」。
ただの回避ではない。聖剣を振り上げて、一気に間合いを詰める。
間合いは本来水野に分がある。
けれど、今の水野は槍を石突まで伸ばしきっており、返す刃には時間が掛かる。
故にこそ、そこに勝機はある。
伸ばし切った槍が戻るよりも、聖剣が振り下ろされる方が圧倒的に速い。
「――――へへ」
しかし、それでも水野弥生。逡巡の時間は無い。
『海神の槍』を握る彼女は、迷うことなくその『異能』を解除した。
逸見の背後に迫る凶刃が消える。
槍は試合用の模擬剣に戻る。
――それはつまり、彼女の間合いが剣に戻ったということ。
無論威力は落ちるだろうが、そもこの戦いにおいて武器の火力に何の意味があろうか?
振り下ろされる聖剣を後方に飛んで回避する水野弥生。
全力の一太刀。腰を入れて踏み込まれた必殺の斬撃は避けられた。
ここから構え直すにはどんな達人でも一手がかかる。そしてその一手分の隙を、水野弥生は有している。
故に――あり得ないことだが――この場、この勝負は水野の勝利となるのだが――
「――――クッ」
『聖剣』の口元がゆがむ。表情筋が吊り上がる。
あんまりにも不器用なモノだから、それが何なのか間近で見ている水野と、遠目で見ている目黒にしか分からない。
彼女は――逸見明音は「笑って」いた。
とても、愉しそうに。
あり得ない、「一手の内の二太刀目」が水野弥生を襲う。
たしかに彼女は全力で踏み込んだ。その一太刀で決めると決めた斬撃は、「次」を考えない、全力の大振りだ。
なのに、彼女――逸見明音は、その残心――踏み込みからの反動と上体の起立だけで、二太刀目を成立させた。
余人でも、名前くらいは知っていよう。
――その魔剣の名は「燕返し」。
伝承、技法は諸説あり、名は知られていても実技は誰も知らない。知る由もない。故に逸見の技もその一つに過ぎない。
ただ、「一刹那の内に続けざま、飛燕すらも斬る魔剣」。
それが、俗にいう「燕返し」。
剣の極みに達した者のみが振るえる「技」であった。
「あ~……っちゃあ」
さすがの水野弥生も、これは避けられない。
彼女は「次の一手」は持っていたが。
「この一手の内の回避」は、既に使いきっていた。
ならば、その結果は必定であり――
笑顔と共に振るわれる斬撃が、水野弥生を斬り上げた。
◇
……脱落のブザーが鳴る。
同時に試合終了のブザーも。
どうやら、気づかぬ間に残る秋原の生徒は水野一人になっていたようだ。
結果だけ見れば、白夜のパーフェクトゲーム。
加えて『聖剣』はその『異能』をほとんど発揮していない。
『かの王の威光を再現する』能力は、この戦いでどこにも使われていない。
故に、観客からみればそれは「ありふれた一回戦」であり。
白夜高校の歴史からみれば「よくある勝利」であり。
『聖剣』からすれば、手の内をほとんど見せずに終われた試合でもある。
……ついでに、秋原の一回戦敗退も、よくあることだ。
しかし。最後に『聖剣』が見せた笑顔。そして放たれた最後の「魔剣」。
あれを間近で見た水野と、遠目で見ていた目黒にとってはまったく違う意味を持つ試合となった。
「君さぁ……『聖剣』、持たない方が強いんじゃない……?」
仰向けに倒れたまま、それでも水野は『聖剣』と呼ばれる少女に語り掛ける。
もう勝負は決しているので、これはただの雑談だ。
負けて悔しい思いもあるのだろうが、それ以上に最後に見せた姿――『聖剣』とはほど遠い姿が、あまりにも眩しくて。
「そんなことはない。……だって、結構危なかった」
既に当人の表情は元のまま。『常勝不敗、決して崩れぬ聖剣』に戻っている。
恐らくは観客の誰も知らぬであろう。彼女とこれまで戦った生徒も。あるいは、白夜高校のチームメイトすら知らないかもしれない。
「ただ……うん。最後は、ちょっと愉しかった。結構、危険だったのにね?」
彼女が『聖剣』である内は。ただの『剣』である内は、余分な感情など不要である。
けれど、それが裏返ったなら?
「いいじゃん。愉しんでも。っていうか、絶対そっちの方がいいよ」
「そういうものかな」
「そうだよ……。そもそも、誰かのために振るもんでもないでしょ。剣って」
どこまで言っても所詮は勝負。
勝負ならば勝ち負けがある。不敗の彼女には分からないかもしれないが――
「愉しめよ、人生。……大体、一番上が暗い顔してたら周りも嫌だし。倒された方も、なんか納得できないじゃん」
我儘を押し通すならば、申し訳ない顔をするなと。楽しく、気楽にぶっ倒せと。
気まぐれな海神の化身は、湖の乙女のように、『聖剣』に唄っていた。
◇
――それが、遠目で見ていた目黒次美には理解できなかった。
彼女は『戦士』であって『征服者』ではあるが、『剣士』ではないからだ。
暴力とは、手段であり、交渉の一種であっても、目的ではないからだ。
ならばこそ――
「――きみがわるい」
勝ちに殉じた者に敬意こそ払えども。
勝ち負けも、意味も目的も無価値とする今の剣戟の意図は、まるでさっぱり分からない。
「水野弥生」
あれは『海神の槍』などではない。もっと恐ろしいものだ。
「逸見明音」
あれは『聖剣』などではない。もっと悍ましいものだ。
そんなものが、同学年に二人もいる。
いつか自分の前に立ちふさがる。
だとすると――ただの『征服者』ではまだ足りない。
恐怖が足りない。狂気が足りない。
「死」は恐ろしいものであるべきだ。
「死」は穢れて、不浄で、忌むべきものであるべきだ。
彼女の「征服」の概念に「死の恐怖」が付随する。
それならば、あの剣鬼共にも敵うだろうか。
敵っていいものだろうか?
――それは自分も「あっち側」に行ってしまったことにならないだろうか?
「ああ――本当にきみがわるい」
穢れを胸に抱いた征服者はより強く。強かに。
ただ、そんな自分に嫌悪感も入り交じる。
その後の顛末は大方の予想通り。
逸見明音――『聖剣』に選ばれた白夜高校は、無敗で二年間勝ち進み。
水野弥生――『海神の槍』を担う秋原高校は、去年は初のベスト八。
――その一年後。よもや同等の剣鬼が訪れるとは、まだ誰も知る由もない。