わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
――夏の間にどこかに赴く。
そういうの、わたしの人生にとって初めてだ。
わたしの人生は……あの村と、そして私立秋原女学園の学舎と、学園。
それから広島の北のほうの市内をちょっと散策するぐらいで完結していたのだから。
それが、ましてや遠征。まして体育会系――ましてや……。
『全国高校生異能大会』――略して『国異』の運命を決める場所だなんて――!
「よし、やってきたぜ東京~! やってきたぜ、国立競技場~! 何だかんだで、あたしゃ三年目だぜ~!!」
――国立競技場。数多の伝説が生まれた場所。
殺伐とした『異能』は飛び交うし、『どう見ても死んだだろ』みたいな状況もあるけど、それも試合場全体の『異能』によって、あくまで『スポーツ』の範囲に抑えられる。
言ってしまえば『派手なショー』、その本舞台。
なにより『白夜の聖剣』の伝説が生まれた『運命』の場所。
…………あと、ちゃんとテレビに映る可能性のある場所。
そんなの、ビックリもする。
「……おっきぃ」
あと、暑い……。地元も十分暑かったけど、これはそれとは別種の暑さ。
ワイワイと集まる人混み、きっと行先も帰る先も違う人達の――いわゆる『活気』の多さが、桁違い。
それに、そもそもここに着いてからの道中全部が色々なものの規模が、全部違う。
わたしにとっては、まさに『テレビの向こう』の世界だった。
なんとなく、海外の旅動画とか見てる時に思うこと。
なんとなく、ゲームの風景とかで思うこと。
確かに凄いし綺麗だけど、わたしには無縁の場所だし、そもそもフィクションの世界だよね。……みたいな。
上手く言えないんだけど、あまりにも規模感が違いすぎた。
もちろん、わたしだって……生まれ育ちは、奥出雲の限界集落とはいえ、広島市……の北の方……に移った後の思い出だって多分多いはずなのに、その風景とも全然違うのが怖い。
……あと人が多くてそれも怖い。
雪崩みたいにずざざーってくるんだもん。わたしみたいなちびっ子気にせずにさ。
「うぅ…………」
絞り出すような声を漏らしながら、あっちこっち移動する乗り換えも、何とかみんなについていく。
だってさ、凄いよ? 乗り換えだけで、駅を一度も降りてないのに、なんだか、凄く色々な場所に移動できちゃうよ。それどころか改札も通ってないよ?
こんなことが、こんな世界が、こんな場所が、現実に存在するんだ。
本当に昨日までのわたしが住んでた場所と同じ地平線上に存在するところなの? そのギャップでてんやわんや。
「ううっ……」
「佐守さん、大丈夫……? 乗り物酔いかしら……」
「あ、はい……まあ、多分、そうだと、思うんですけど……」
というか人生酔いみたいな感じだと思う。異国情緒とか海外旅行とか行かなくても、東京(ここ)は十分、わたしにとっては『別の国』だった。
「一旦、腕にでも掴まってなさいな」
そう言って、無造作に腕を差し出す彼女は――『終の熱剣』、戸枝小春。
『異能』は、規格外の魔力から放たれる、終わりと炎の剣、『レーヴァティン』。
ただでさえ剣術の腕も一流、それに自由に操る炎まで余波でついてくる、わたし達、私立秋原の期待のエース。
それでいて、かの『白夜の聖剣』と同等と噂される実力者。
でも、わたしが彼女に憧れるのはそういう上辺ばかりじゃない。
その誇り。その在り方。主役を唄う生き方の潔さ。人とはかくもありたいという体現者。
…………そんな人が、わたしの、と……“友だち”……兼、“ライバル”……!
「う、うん……ありがとう……」
さらり、と差し出された手を掴む。熱剣の腕を握る。
夏のうだるような暑さより、このひんやりとしたけれど優しい熱の方がいい。
今はとりあえず、人混みよりもこっちに集中する方が落ち着く。から。
「へ、へへ~……」
「あまりがっしり掴まれるとこちらも熱いんですけれど……。あと歩きにくい。水野部長、早く宿に着きませんの……」
「はいは~い。おうおう、外でも盛るね~?」
「笑いごとではありませんが……佐守さん、せめて内と外は分けてね……?」
「…………?」
「あ~あ、ダメだねぇ。分かってないね~?」
けらけらと笑うのは、ただでさえ小柄なわたしよりも、さらに小さな三年の先輩。
『海神の槍』こと、水野弥生部長。
『異能』は、水で生み出す三叉槍の『トリアンナ』。
いわゆるトライデント。水流と天候を操る海神の化身だ。
いつも適当で、『異能』も槍術も機嫌と調子で物凄くブレ幅のある変な人。
でも、それだけに奇策、珍策はお手の物。どんな相手でも手玉に取る手腕は、実は結構頼りになる。
……あと、何気にしっかり強い。
どれくらい強いかというと、わたしがちゃんと斬り込んでも、槍の……しかも柄側でみぞおちをとんと突かれて、はいおしまいになるぐらいには強い。
それに加えて『天候操作』だとか『水流操作』だとか、あと『念話』とかも使えて、もうちょっとわたしにはよく分かんない人。
そんな水野部長は、わたしをじろじろと見て。
「ん~……。まあ佐守ちゃんは、コレが強いのが一番いいんだしね、それでいっか」
なにがどう『一番いい』のかは分からないけど、とりあえず部長が言うならいいんだなって思う。
わたしはそう思っていたけれど、戸枝さんは難しい顔をしていた。
「そういう問題……でしょうか……?」
「……仕方ないよ。ここまでの道すがらでも、大分目を白黒させてたし。とりあえず、あまり佐守の体調を別方面で揺らしている場合でもない」
そう答えるのは山名有為副部……部長代理。冷静沈着な参謀で、なんならどっか適当な水野部長よりも部長然としている人。
凄くすらっとしてて、頭もキレて、なんだかしゃんとしてる人。
『異能』は……実はわたしは、ちゃんと見たことがない。
彼女は『狙撃手』だ。そして『狩人』でもある。なので、直接対峙する時にはもう『終わってる』。
彼女が姿を現すのは、『獲物』が罠にかかった時だけだから。
……うん。合宿中もさんざんやられた。とにかく嫌らしい手段を沢山持っているけど、不思議と彼女自身は凜としている。
そんな彼女は、「あと、この歳で迷子の呼び出しを何度もやりたくはない……もう」ともぼやいていた。わたしも恥ずかしいので、やりたくない……。
「本当に大会直前だ。後は宿に荷物をおいて、会場で開会宣言を聞いて……その後は、一回戦だから、順番は分からないけど」
「ああ、抽選結果を神様にお祈りってとこですか?」
飄々とした顔で答えるのは、望月干果さん。
わたしと同じ一年生。
背は高いけど、山名先輩と違ってのらりくらりとした、何か適当なことばっかりいう変な人。
でも、実は結構負けず嫌い。
『異能』は『デア・ナハト』なんていう『吸血の夜』。
ふわっとしてるけど、要は広範囲のドレインを使う人。
夜って言ってるけど別に夜だけしか使えないなんてこともない。
最初は『月を見ないと使えない』って縛りがあったけど、それも克服した彼女はまさに『吸血鬼』だ。
彼女とか、戸枝さんは別に、わたしほどビックリはしてないみたい。結構、二人は旅行とか、遠征とかに慣れているんだろうか?
よかったけど、自分だけ置き去りにされている気がして、ちょっと悲しい。
わたし、佐守あおはただのちびっ子の、ただのいじめられっ子だ。
……いや、だったって言う方が、今は正しいのかも。
あの『運命』の日に、わたしは戸枝さんと出会って、それから――
『ふうむ。人の世もかくや、だな……』
……それから、わたしの中にいる『大蛇さん』。
この人……人? は、よくわからない。
あの儀式の日からずっと、わたしの内側に巣食っていた化生。
いつからかわたしの心に勝手に居候してた変な蛇。
身体がなくてわたしの心に直接話しかけてくる。だから、他の人に彼の声は聞こえない。
つまり幻覚、幻聴……なんだけど、そういう病気では、多分ない……と信じたい。
今は一つしか顔はでてないけど、本当はもう一つ、どころかもっといっぱい顔があるんだと思う。
……それで、出雲の大蛇さん。初都会の感想は?
『うん。御前が愉しむならばそれでよい』
なんだこの蛇。保護者面して。
そんな気持ちと、あと純粋な乗り物酔いで限界近くになっていると、山名先輩がはあとため息を吐いた。
「まあ、色々気張る気持ちや、初めての大都会でビビる気持ちも分かるけど……そういうのは一旦置いとけ。悩んでいる時間もないから」
山名先輩は凄いざっくりとわたしの動揺を、「動揺している時間がない」と言い切った。
ですが! 動揺するなという方が無理では……!?
「それはそうなんだが……まいったな。ここまで佐守の人見知りが発動するとは」
あの合宿、逆効果だったか? と首を傾げている山名先輩。
どうするんですかと、山名先輩が後ろを振り返る。
水野部長は「ん~」とか首を傾げつつ。
「みんな強くなったから、全然無意味とは言えないけどね~……まあいいや。よし、ひとまず佐守ちゃん、こう考えようぜ?」
「なんです?」
「明日の試合と今この瞬間の勝負だと、どっちが大事?」
「それはもちろん……」
まず、目の前の問題を解決しないと、明日の試合も何もない、のでは……?
「そういうこと。つまり君はそれでいい。基本的には『友だち』の戸枝ちゃんの言う通りにしな。そして大会中は、大会範囲内で思考を『斬れ』! 初東京旅行だわ~い! とか、友達とのキャッキャウフフとかまで突っ込んでると、多分今の佐守ちゃんだとパンクする」
などと水野部長はハッキリと仰って。
「大会中は『試合に関わること』。『大会中』、『控室』、あと『売店』だとか、『宿』だとか~。まあ、これ以外のところで起きる出来事は全部『余談』だと思いな~?」
「『余談』」
「そうそう。佐守ちゃんはゲームとかする?」
「え、まあ軽くなら……」
無心で、無になれるゲームなら子供の頃に現実逃避にやっていた。
そうしたらいつの間にかカンストしていて、その度に悲しくなったものだ。
普通、ゲームを終えたら嬉しいのだろうけど、わたしは寂しくなっちゃう。
おもちゃ箱が、空っぽになったみたいで。
なので、最近はあまりゲーム自体にも触れていない。主に動画とか、そういうのばっか。
「実況とか、切り抜き動画とか見る方が多いです……」
そのくらいの距離感、温度感じゃないと、苦しくなる。
咀嚼の前に、他者の説明とか何かを介さないと、感情で心がいっぱいになってしまう。
「くそう今時のガキめ……んじゃまあい~や。いいかい佐守ちゃん、今の君に襲いかかるのは『国異』という名の『異能バトル物』の『ボスラッシュモード』だ! 『シナリオモード』ではない!」
「実況なら見どころのまとめだ」なんてことまで言う水野部長。それならまあ、確かに分かる。要するに活躍すべきとこだけ活躍してればいい。そこだけ思考を働かせればいい。
「そして、今の君に出来るのは、なんだい?」
「……ひたすら、試合中に敵を『斬る』こと?」
「うん、そう! 一旦、君はそれ以外のことは気にすんな~。……というわけで、戸枝ちゃん、あと望月! 後は頼んだ! 一年二人で支えろ!」
「え、ここで私(僕)に投げるんですの……?」
戸枝さんでも、動揺していた。
ただ、それでもやっぱりすぐにコホンと向き直る。
「まあ、そうね……。じゃあ一旦は、あなたの『友だち』として、細かいことは、余裕がある時に考えてくださいな」
「余裕……」
こんな時でも彼女は優しい。
炎の剣、誇りの焔は、わたしの進むべき道を、いつも照らしてくれる。
思えば、最初に彼女が“勝負”を受けてくれたから、わたしの『運命』は変わった。
……とっても恩人だ。わたしから何かをかえしたいけど、わたしにできるのは『斬る』ことだけ。
『熱剣』の影として、彼女の焔(ほこり)を邪魔するものを一切斬り捨てることだけだろう。
「ああ、まさか大会終わってすぐに帰るわけでもないんだし、観光とかは後でいいんじゃない?」
知らんけど、と大変適当ながらも、望月さんは、わたしの荷物を持ってくれる。
こんな時でも彼女は適当だ。だけどその『夜』は、優しくわたしに日除けをくれる。
なんだか、少し嬉しい。
たまに空気の読めない発言をする時もあったり、他人事で楽しんでるところとか癪に障るけど、それもちゃんと意図が……あること、だと思う。
それに……望月さんとは約束がある。
「あとは全部、大会中に活躍してくれたらいいんだし。……ちゃんと、目黒次美を『斬って』よ?」
たしかに……それ以外は、もう余分だ。
初戦から鶴久とやりあうことはないんだろうし、一旦試合中に考えることはあるんだろうけど。
「ま、その前に僕が吸いつくしてやるけど」
そう笑う望月さんの瞳は、いつになくガチだ。
ちゃんと本気で、あの『征服者』へのリベンジを望んでいる。
だったらわたし達はライバルだ。わたしが『斬る』か、望月さんが『吸いつくす』か。
どちらが早いか、競争だ。
そんなことを考えていると、水野部長がわたしの肩をぽんぽん叩いた。
「お~け~? 佐守ちゃんは、もう考えちゃダメ。『邪魔なら斬る』。それでよし」
水野部長の言葉が、すうと体に沁み込んでくる。なんだか、ありがたい。
わたしは、それ以外を気にしなくていい。というだけで、進むべき道がハッキリする。
――ああ、そうだ。わたしにはそれにもう一つ、忘れちゃならない約束があった。
大蛇さんとの“約束”。わたしが至高に至る時、わたしを食べてくれるっていう約束。
大事で、大切な、あの人との“約束”。死がふた|りを分かつまで、決して叶わない“約束”。《呪われた、罪人であるこの身を殺すための、なにより彼をわたしに縛る“約束”。》
……そう言えばどうして大蛇さんは、あんな約束をわたしにしてくれたんだろう?
いや、それこそ『シナリオモード』なのかな。
まあ、いいや……ひとまずは、それで決まったんだから。
わたしは、『斬る』。それ以外のことは、一切無視して考えない。
それでいい。きっと、わたしが今、他のことを考えたらダメだ。
「分かったね~? それじゃあ、田舎の小娘共~。さっさと移動するぞ~?」
そう言って、一番小柄な体で先陣を切っていく水野部長。
いつも適当だし、わたしより背丈は小さいし、彼女だって田舎娘だけど。
少なくとも今、こんなに頼りがいのある背中は無かった。
「ま……。人が多いからって死ぬわけじゃない。水野部長も、あと『白夜の聖剣』もかなり顔の広いほうではあるけれど」
それに付き従う山名先輩からの言葉が続く。
「今の佐守がパンクするなら、一旦水野部長の考え方でいいと思うよ」
「ゆくゆくは、そうではない方が良いと思うけれど」なんてことをぼやきながら、彼女も水野部長のあとを追っていく。その言葉の意味は、少し分からなかった。
「ほら、行こうよ佐守さん。別に僕、背丈があるから力持ちってわけじゃないんだからね~? いや~……熱い……紫外線とか、吸血鬼の大敵なのにな」
そう愚痴りながらわたしの荷物も一緒に持ってくれる望月さん。
そして――
「さ、行きましょう。佐守さん」
わたしが体重の半分くらいを預けても、しっかり歩いている、戸枝さん。
猛暑の日でも、今はこの熱がとても居心地よくて、仕方なかった。