わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで   作:遠野静

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第13話  第一回戦と、『雪崩』のような日(前編)

 ――全国の選手が全員集合しての大会開始の宣言を終えてから、最初の控室だ。

 

 え、いきなり? って思うかもしれない。でも、わたしはじめての開幕宣言とか、最初の方も緊張していて、頭が真っ白で、開会宣言中はずっと戸枝さんにくっついていた。

 なので、なんにも覚えていない……。

 とりあえず、戸枝さんについていって、戸枝さんの後を追って、この最初の控室まできたんだけど。それ以外の道中道すがら、水野部長が他の学園の人に挨拶をしているのも、どこか他人事のように見つめていた。

 一方の、そんなわたしを抱えた戸枝さんは、凜としていた。

 彼女だって、こういう場ははじめてのハズなのに堂々としていて、やっぱり彼女は凄い。

 

 そんなわけで、最初の抽選結果、わたし達は一回戦の第一試合となった。

 初戦の相手は――

 

「横浜の私立灘魏高校……ですわね」

 

 トーナメント表をみながら、戸枝さんが呟く。

 なだぎ……って凄い高校名。口に出したらまあ、分かるけど。

 漢字については、もう覚えられないかも。

 

 でも、たしか昨年の大会での戦歴は、ベスト八だった。

 

 奇しくもうち、私立秋原女学園と同じだけど、うちは去年が唯一にして最高戦歴。

 一方の灘魏高校は、毎回準々決勝から準決勝くらいをキープしている強豪校だ。

 

「部長は三年生の卯尾弾世ということですが……部長はご存じですの?」

 

「うん。あいつも友だちだし。『異能』も知ってるよ」

 

 しれっと答える部長。この人、いつもへらへらしてる割に本当に顔が広いな……。

 そんな水野部長は、特に隠すことでもないかと言った感じで、あっさり相手の『異能』をばらした。

 

「あいつの『異能』は『アバランチ』。要するに、『雪崩』」

 

「雪崩」

 

 ぽつんと呟く。ただ、それだけじゃどういう『異能』か分からない。

 戸枝さんと望月さんも同じだったらしく、同じような顔をしていた。

 

「水野部長、そんだけじゃ僕らには分からないんですけど。具体的に、なんなんです……?」

 

「だ~か~ら。『雪崩』なんだよ、あいつは逸話や伝承ですらない、身もふたもなく『雪崩』という天災をぶっ飛ばしてくんの。少なくとも、現三年生で五指に入るって、目黒は言ってたよ」

 

 あの人、そういうの覚えてるんだ……。

 でも、あの『征服者』目黒次美の観察眼ならたしかなのかも……そう思っていると、水野部長が「あ」と呟き。

 

「あ、因みにあたしも五指に入るらしいよ? 参るよね~? 照れちゃうね。今度あいつにあったらハグしたろ」

 

 う、う~ん……! だとすると、ちょっと怪しいかもなぁ~~!!

 

「……そんで、どうするんですか? 使われたら、僕らもう終わりですよ」

 

「そうだね~。ただ、身も蓋もないのは向こうも同じだ。下手に使えば『味方も巻き込む』」

 

「まあ、『雪崩』ですものね……。天災に敵味方の区別はない、と。しかし現三年生、そういう『異能』持ちが多くないですの?」

 

 かの目黒次美よろしく。戸枝さんがぼやくと、今度は山名先輩が「ああ」と小さく呟いて。

 

「それは仕方ない。なにせ全員『白夜の聖剣』を本気で墜とすつもりだからね」

 

 かの聖剣。個の力量だけでも最強なのに、さらにそこから呼び出される十二の輝剣。

 実質的に、一人で十三の『異能』を使う、埒外の最強だ。

 

 修行中に話した感じは優しい人だったけど……たしかにあの動画で見たような、『白夜の聖剣』を墜とすつもりなら、手段とか選んではいられない。

 

「大軍だろうがなんだろうが、とにかく一撃で引きずり落とす。全滅はできなくとも、過半数は墜とせたらいい。今年の優勝を狙う高校の三年生は、大抵そういう方向に『異能』を成長させた」

 

 あるいは、それこそ戸枝さんみたいにまとめて薙ぎ払える一年生を求めたか。

 うちも、水野部長だって凄い実力者ではあるんだけど、試合ごとのブレ幅が酷い。

 だから安定火力枠は戸枝さんが実質的に一強だ。わたしは、まだ自分の『異能』もよく分かっていないから、よく分からない。

 一キロを燃やし尽くす熱剣も、思えば『雪崩』とさほど変わらないほど身も蓋もない。

 けど……とわたしはぼやく。

 

「それでも、せめて味方の保護くらいはあっても……」

 

 戸枝さんだって、味方を撃つのは躊躇する。なんなら、ちゃんと『避けて』斬っている。

 でも、天災にはそういう区別はない。まして『雪崩』ならば、逃げ道すらできない。

 

 そんなことを思っていると、山名先輩もそれは分かっているのか、ため息を吐きつつ。

 

「言いたいことは分かるけどね。そんなものを残して墜とせる相手じゃないよ、『白夜の聖剣』は。準備時間だって、たったの一年しかない。……ついでにいうと、あの『聖剣』も強くなってる」

 

 ああ、たしかに。わたしは偶然、燕さ……逸見さんと対面したから、何となくわかる。

 あの人は力に胡坐をかくタイプじゃない。今で十分とは、決して思わないタイプだ。

 

 だから、あの伝説を確かなものとした去年の決勝戦――

 今でも配信アーカイブの視聴数は伸び続け、切り抜き動画もいっぱい上がっている、『あの伝説の試合』の時よりも、『間違いなく強くなっている』。

 

 ……うん。あれを倒す手段を、しかも一年で考えるなら、もう身も蓋もない『異能』しかない。災害の化身だとか、そういうのじゃないと無理だよ。

 

 でも、と山名先輩は言葉を続ける。

 

「とはいえ、一回戦からいきなりやってくることはないだろう。『聖剣』と当たるまでに負けたら無意味だし。最初は普通に戦ってくるんじゃないかな」

 

「はあ」

 

 それなら、なんとかイケる……? いや、油断しちゃダメだ。

 こういう『一発系』の異能なら、戸枝さんも同じだけど、戸枝さんは余波でしかない炎を自由に扱って、その隙を塞いでいる。

 それと似たようなことを、卯尾先輩ができないとは言い切れない。

 

「むしろ、出来てしかるべきと考えた方が自然ですわ。相手は三年。件の『白夜の聖剣』と、二年近く切磋琢磨してきたんですもの」

 

 そこのアドバンテージが大きい、と戸枝さんは言う。動画越しに見ていたわたしや戸枝さんと違って、向こうは『聖剣』と直で剣を交えてきた。

 補足するかのように、山名先輩が呟く。

 

「うん。『雪崩』を使えなくても、卯尾先輩は十分脅威だ。下手すれば戸枝の熱剣も『凍らされる』」

 

「戸枝さんの熱剣が……凍る?」

 

「そうだよ。あの人、元は『フィンブル』……氷雪系の『異能』使いとして名を馳せていたから。むしろそっちが本領。『雪崩』は、本当に対『聖剣』用に進化させた結果だ」

 

 無論、戸枝さんの終わりの魔剣を本人に直接ぶつけられたら話は別。でも、少なくともただの『熱』なら間違いなく奪われると、山名先輩は断言した。

 

 それから、後方にいる水野部長を振り返る。

 

「……水野部長が『アレ』出来るなら、話は早いんですけどね」

 

 対する水野部長は、まあまあ元気そう。

 一回戦だからか、少なくともわたし達の合宿で見せたときより当人も気合が入っている。

 ……しかし、『アレ』とは? と首を傾げていると、水野部長が答える。

 

「あ~……まあ今は気にせんで。宝くじが当たった場合の話だと思って」

 

 そして、今日は残念ながら外れだと、部長は言う。

 

 水野部長の『異能』は、その日の気分次第でブレ幅が凄くある。

 『調子でない』時は本当に槍しか抜けないし、『絶好調』の時はまさに海神の化身と化す。

 そして、今日の部長の調子は――

 

「一応、『絶好調』。だから、ただの『吹雪』なら何とか晴らせるけど、『雪崩』は『絶好調中の絶好調』の日じゃないと、どうしようもない」

 

『絶好調』の水野部長でも、『雪崩』はどうしようもないと言った。

 あの『海神の槍』が、『自分ではどうしようもない』と。

 

「しょうがね~だろ、身も蓋もない『天災』だぞありゃ」

 

 『異能』持ちといったって、所詮は人だ。人の身で天災を受け止めようとする方が、まずおかしいと、この『異能』跋扈する大会で、水野部長は言っていた。

 

「なので、山名がまず斥候ね。とりあえずあいつの居場所が分からんとどうしようもない」

 

「……まあ、そうなりますよね」

 

 その後で、水野部長はこちらを見て。

 

「で、一年三人は最速で相手の大将を狙う。今の戸枝ちゃんの『熱』なら佐守ちゃんや望月も、あいつの『吹雪』相手にはカバーできる」

 

「はい?」

 

「だからあいつ、『卯尾が『雪崩』を使えない状況』を作って、その間に最速で墜とすんだよ。それには、向こうの人じ――味方が必要なわけで~」

 

 今この人、明確に『人質』って言いかけましたよ!?

 

「言ってない。言ってない。ほら、味方は大事だろ? フレンドリーファイヤーで焼くとか、あったらいけないじゃん?」

 

「うぐっ――」

 

 この前の、私立鶴久女学校との練習試合を思い出す。

 わたしは……しっかり、望月さんを知らぬ間に斬り捨ててしまった。

 なので……。

 

「……はい、そうです」

 

 としか、わたしには言えないわけで。

 しかしそこで手を挙げたのが、その焼かれた側の望月さんだった。

 

「ああっと……そのフレンドリーファイヤー云々は一度置いといて。……ていうか、そもそも卯尾部長さんって、『そういうのを気にするタイプの人』ですか?」

 

 ……? 『そういうのを気にする人』っていうのは、どういう意味なんだろう……。

 その問いに、水野部長は黙って、珍しく真剣な表情をして答える。

 

「――気にするかしないかでいえば、『状況による』」

 

「状況による……?」

 

「あいつはね、ちゃんと『天秤で測れる奴』だ。しかもその精度が異様に的確だ。……だから『マジで厄介』なんだけど」

 

 ――まあ、そういうことになる。

 たとえば冬の吹雪に取り残されて、食料も限られている、という状況で。

『もしかしたら、まだ一人は助かる確率』と、『結果的に全滅する確率』。

 とか、そういう状況、そういう選択肢を出されたら――

 

「マジで遠慮なく使ってくるよ、あいつ。だから、『あいつの天秤が揺れるより前に、その天秤ごとぶっ壊す』。他の連中にかまけている暇はない。あたしらの勝ち筋はこれしかない」

 

 水野部長は――かの『雪崩』と一応は同等扱いされている、『海神の槍』は、そう断言した。

 それに質問するのが、戸枝さん。

 

「その『人質』の強さは? そもそもこちらが『人質にやられたら、無意味』です」

 

 戸枝さんは、明確に『人質』って言いきった。

 凄い。やっぱり、彼女はそんな余分は許さぬ人だ。

 自意識を明確に『加害者として尚、必要があれば剣を振るえる人』だ。

 

 その強さは、まだわたしには……ちょっとない。

 …………。

 ……えーーと。うん、多分、自信はない……。

 

 そう悩んでいると水野部長はまだ笑顔で「『味方』って言いな~?」とか、さらに怖い圧をかけてきながら、答えてくれる。

 

「まあ、そうだね~。『鶴久の絶剣』とか、ああいう馬鹿は灘魏にはいないモノとする」

 

「もし居たら、その時点で詰みだ」とか、凄い事を仰る。

 

「そうした上で……戸枝ちゃん」

 

「はい」

 

「あと、望月」

 

「ああ、はい?」

 

「……を、足して二で割ったくらいが、四人、居る」

 

「――――」

 

 戸枝さんと望月さんを足して二で割ったぐらいが四人?

 ってなると、ええっと……それって、どういう……。

 

「……そう。だから『最速で墜とせ』と、水野部長は仰るのですね?」

 

「うん。ウチに余力がないと無理だ。仮に全力で卯尾を墜とせたとしても、もうヘトヘトだったら残りの四人に全員墜とされる」

 

「……ちょっと、無理ゲーでは?」

 

 思わず呟くわたしに、山名先輩が言う。

 

「いや、まあ向こうも黙ってはいないだろうけど、その辺は私と先輩でカバーするから。……でも、下手に相手の味方は墜とさないで。卯尾先輩の『天秤』が傾いたら、躊躇なく『雪崩』を使うから」

 

「そ~ゆ~こと。イヤだよね~? 大軍ぶち破ってくる系の『異能』はさぁ……」

 

「ねえ、戸枝ちゃん」とかいう水野部長に、「貴方が仰るの」と答える戸枝さん。

 いや、なんかもう、話が複雑すぎて、そろそろついていけてない……。

 

「ええと……よ、要するに?」

 

「佐守ちゃんは『斬れ』、それでいい。目の前の『敵を斬り続けろ』。で、戸枝ちゃんと望月は『ちゃんと、彼女が迷わないように道を作れ』。当然だけど、やれるなら自分でやってもいい。とにかく最初に卯尾を墜とせるなら、それでよし」

 

「分かりましたわ」

 

「ああ、はい」

 

 なんだ……。それなら、話は至極単純。

 わたしにも分かりやすくしてくれてありがとう。

 

 ……ありがとう、ではあるんだけど。

 

「うーん……」

 

 でもこう……折角の『国異』の一回戦だ。

 夢にまでみた……っていうほど、別にこれまで打ち込んでたわけではないけれど。

 でも、やっぱり昨年の決勝――あの『白夜の聖剣』の伝説の決勝戦は、何度もアーカイブや切り抜きをふとした時に見直しちゃうくらい……なんていうか、綺麗で、格好良くて、凄かった。

 

 さすがに、あそこまで派手な活躍、わたしには絶対できないけれど。

 それでも、わたしにとっては、動画に映る――つまり『あっち側』に行ける、唯一の機会かもしれない。

 

「わたしも、もう少し、こう……なんというか、難しくていいのでは?」

 

「いんや~。ダメダメ。佐守ちゃんは『気張り過ぎると失敗する』。そういう性質だし、そういう太刀筋だ」

 

「う……」

 

 それは、たしかに何度も燕さん――『白夜の聖剣』にも言われたことだ。

『余分な力が入っている』と。もっと肩の力を抜いて構えろと、何度も。

 

「そうだよ、佐守ちゃん。君のお師匠様は、あの『白夜の聖剣』だ。まさか、その教えに異

を唱えることができるのかい?」

 

「んう……」

 

 そう言われると、わたしは黙るしかない。

 少なくとも『剣術の基礎』は、間違いなく彼女から習っている……。

 

「――いや、私は別に異を唱えられても、聞くぞ? 君に教えたのは、本当に基礎も基礎だ。赤子を歩けるようにしたぐらいで、褒められることはしていないよ」

 

 と、どこかからその当人に『異を唱えられても聞く』と言われた。

 …………え?

 

 

「やあ、水野。あと佐守さん」

 

 

 ――そんな、『よ、大将やってる?』みたいな気軽なノリで。

 わたし達――少なくとも一年生三人にとっては、『ランダムエンカウントでラスボスが出てきた』みたいに、『白夜の聖剣』逸見明音が現れた……!

 

◇

 

「お、おおお、お世話になっております……!?!?」

 

 何を? どう? とか答えられない。

 咄嗟に二週間の修業の記憶とか、その前からのちょっとした憧れとか、色々が脳内をグチャグチャにしてわけがわからなくなる。

 

「あ、い……は、はじめまし……! ええと、私はそう、『終の熱剣』と呼ばれ――」

 

 あの礼儀正しい戸枝さんすら、挨拶と自己紹介が入り交じってわけが分からなくなっている。

 

「――え? ああ…………は?」

 

 望月さんに至っては、あのへらず口もヘラヘラした笑みも消えて、ぽかんとしていた。

 凄い、この人こういう顔もするんだ。

 

 誰も彼もが阿鼻叫喚。とにかく何かを話そうとすると誰かと被っちゃって、だから黙ろうとしても、今度は微妙に気まずい沈黙が流れる。そんな感じ。

 もうどうしようもなくて、わたし達がアタフタ、アワアワと慌てていると。

 

「お~~い、狼狽えんな一年生。……あと逸見、お前さあ。そのデフォで気配消えてんの、マジでどうにかしてくんない?」

 

 あたし達が困るから。と、水野部長がわたし達と『聖剣』の間に割って入った。わたしより小さな背中が、今はとても頼もしく見える。

 

 一方、そう言われた『聖剣』こと逸見さんは、なんだか少し不満気だった。

 

「む。……知人が見えたので話しにきただけで、こうも言われるとは……なんだ、私は旧友と酒を飲むことも許されないのか?」

 

「お前、十八歳だろ。高校生。あたしと同い年」

 

「そういうことを言いたいのではないが……」

 

 少しだけ不満気な逸見さんに、水野部長は「はあ~」とため息を吐いて。

 

「いや、言いたいことはすんげ~分かるよ? 分かるし、お前がマジでそのノリなのは理解してるよ? ただ、『今の二・三年生』はまだお前に慣れているけど、今の『一年生』――つうか山名が気配消してるから、まあ『一・二年生』にとって、お前は『憧れのヒーロー』なの!」

 

「そんな、『よ、大将やってる?』みたいなノリでウルトラマンに話しかけられたら困んの!」と、水野部長が全部わたし達の言いたいことを言ってくれた!

 

 本当に頼れる背中……! あと、山名先輩が黙ったのも気づいてなかった……!

 一方で、そのウルトラマンこと逸見さんは、

 

「ん、うん……。いや、理解はしているつもりなんだ。しているつもりなんだが、どうにもならん性分でね。知人がいると嬉しくて話しかけてしまう」

 

「すまないが、諦めて慣れてくれ」とウルトラマンに言われた。じゃあもう頑張って慣れるしかない……!

 

「はいはい、もうコイツの話は気にすんな。聞き流せ」

 

 水野部長が全員に向けて言った。それでやっと……少しだけ落ち着いてくれた。

 

 深呼吸をして、息を整える。それを確認した水野部長は、大きくため息を吐いてから、この混乱の元凶である『白夜の聖剣』、逸見先輩の方を振り返る。

 

「いやだよも~~……。これでウチの一回戦がガタガタになったらどうすんの?」

 

「その心配はない。だってこの後、灘魏にも挨拶に行く。というか全校に、一旦挨拶には行くつもりだ」

 

 なんだかとってもフットワークの軽い『白夜の聖剣』さん。

 こんな簡単に伝説とランダムエンカウントしていいものだろうか。

 いや、彼女としては当たり前に生きてるだけなんだろうけれど。

 その『当たり前』があまりにも埒外なせいで周りを動揺させてしまう。

 似たようなことを水野部長も思ったのか。「はあ~」と大きなため息を吐いて。

 

「じゃあもう全一回戦がガタガタになるじゃん……」

 

「君や卯尾達がいれば、それこそ問題ないだろう。だって、みんな私の友だちだ。……目黒には、距離を置かれている気がするんだが」

 

 逸見さんは、とてもションボリしながら言っていた。

 あの『白夜の聖剣』が、とってもシナッシナになっている。

 いつも動画やテレビで見る、『みんなのヒーロー』が、凄く『普通の人』みたいに悲しんでいる……!

 

「ほら~も~。そういうところ見せんなって言ってんの! 人前、箔を付けろ!」

 

 それを特に慰めるわけでもなく、水野部長はむしろ活を入れていた。

 それに対して逸見さんは、「控室なのに」とぼやく。

 

「ともあれ、久々に大勢の友だちと遊べる機会なんだ。やっぱり嬉しいし、愉しいよ」

 

 ……なんだか、本当にただチャンバラごっこをしにきた子どもみたいなことを言う逸見さんに、水野部長は本気で、心底からため息を吐いて。

 

「その友だち、全員がお前の首だけを狙ってんだけどねぇ……まあい~や。とりあえずウチだけじゃないってこと分かっただけで……」

 

 これ以上『聖剣』の話に付き合うのは無駄と判断したのか、水野部長は疲れた表情でこちらを振り返った。

 

「佐守ちゃん以外の一年二人は、初めましてになるだろ? ちゃんと挨拶しときな~」

 

 こいつ、礼儀作法に五月蠅いから。なんて言いつつ、水野部長は戸枝さんと望月さんを見つめた。

 

 あ…………え?

 

 ……そうか、そうじゃん。あの修業を秋原側で知っているのは、わたしと、水野部長と……たぶん、山名先輩だけ。

 そのわたしも、燕さんの着ぐるみを剥がしてやっと正体を知ったので、本来はここで、こんな感じで、ぬるっとエンカウントする予定だった……?

 過去のわたし、ナイスじゃん。この場で縮こまれるのは、有難すぎる……。

 

「はい。こっちが『噂の一年生』。――『終の熱剣』こと、戸枝小春ちゃんだよ~」

 

 なんか適当な説明と共に、水野部長は戸枝さんに手を向けた。

 比較的長身な戸枝さんと比べても、逸見さんの方が一回りくらい大きい。

 それに、なによりも全体的に感じる力量……なんだろう、存在感とか、この場の主役感が桁違いだ。

 

「あ、はい……戸枝小春、です……。ええと、確かに噂はされていましたが、あくまで『一年生の時の貴方』と比べてですし……。その、あくまでも、あ、あれは噂であって、私は別に――」

 

 …………信じられない。

 

 ――戸枝小春が、恐縮している。

 水野部長にだっていつでもド正論をかます、この『終の熱剣』が。

 いつでも、いついかなる時でも、胸を張って生きている彼女が。

 

 主役の光を唄う彼女が、まるで観客席の一人が舞台上の主演に急に話しかけられた時みたいに、慌てている。

 なによりも、わたしはそのことに戦慄した。

 

 ……ていうかちょっと怒った。

 

 だって、戸枝さんこそがわたしにとっての『主役の光』。

 無能だったわたしも対等に扱い、あの目黒次美の黒き死の呪いからも、真っ先にわたしを庇ってくれた……いわば、『わたしのヒーロー』だ。

 

 ――こんなわたしのためにあんなに怒ってくれた、たった一人の誇りの焔(ともだち)だ。

 

『わたしのヒーロー』は、『みんなのヒーロー』には断じて負けない。

 それに打ち克つ人だと誰よりもわたしが信じている。

 だから、そんな姿は、見たくない……癪に障るから。

 

「その、佐守さん……? ちょっと剣気を放つのを止めてくれません? 私が『貴方の友だち』であることを止めてもいいんですか?」

 

「え……」

 

 …………じゃあ、やめる。

 

「よく躾けてるね~? 偉いね戸枝ちゃん。これは二年後には『白夜の聖剣』なんて目じゃないくらい強くなってるぜ!」

 

「はい! それは水野部長の言う通りです!」

 

「水野部長も、何故私の番になると『そちら側』へ回るんですの? 大体、これはあまり――……う~ん」

 

 なにか悩んでいる戸枝さんに対し、「もちろん、これからの戦いで勝つためだよ~」とか、水野部長はケタケタ笑っていた。

 

「――あの、とても愉しい語らいをしているところ、申し訳ないんだが」

 

 そうしていると、不意に件の『聖剣』さんの困ったような声が聞こえて。

 

「まだその私が、戸枝さんに挨拶を出来ていない」

 

 そう呟いたかと思えば、突然姿を消して、一瞬で戸枝さんの目の前に現れる。

 今のは……『異能』じゃない。なんなら魔力も行使していない。

 

 あの『鶴久の絶剣』と同じような…………え、『縮地』?

 なに? この人これも使えるの? なんなの?

 

「君が『終の熱剣』、戸枝小春さんだね? 私が『白夜の聖剣』と呼ばれている、逸見明音だ。なんだか、名前だけが独り歩きしている気もするが――」

 

「してね~よ。むしろ、お前が名前を置いて歩きまわりすぎなんだよ」

 

「――いや、うん。ともあれ、だ」

 

 そう言って、『聖剣』は笑顔で……『微笑』だとか、たぶんそう呼ばれる類の感じで口角を吊り上げながら、戸枝さんの肩を軽く叩く。

「ヒッ」とか聞こえた気がするが、気のせいだ。わたしの戸枝さんは、『聖剣』にも負けない輝きなんだから。

 

「君のことは噂になっていたね。『異能』も先に動画で見てしまった。これだけは、申し訳ないと思っている」

 

「い、いえ……どの道すぐに出回ることではありますし、そこまで気にされずとも……」

 

「うん。とはいえ、見てしまったのは変わらないからね。だから素直に言うよ。あれは凄く強い焔だ。正直言うと、今の私でも『直撃したら、ちゃんと終わる』」

 

「え、な――そんな謙遜なさらずとも――」

 

「? 事実を述べているつもりだが……」

 

 キョトンと首を傾げる『聖剣』、それに困惑する『熱剣』を見ながら、『海神の槍』こと水野部長がため息を吐きながら補足する。

 

「無駄だよ。そいつに『謙遜』とかいう概念ね~から。『端的に、事実だけ斬って捨てる怪異』だとでも思いな~」

 

「なんだ、人を化生呼ばわりとは……酷いぞ」

 

 ムッとする逸見さん。

 ……こうして見ていると、本当に『普通の人』だ。

『化物』が普通の人の皮を被って歩いている、とか、そういう類。

 

 少なくとも今のわたしには――あるいは、水野部長達、三年生から見ても、そういう『化物』に見えてるのかもしれない――

 

「――しれないって言うか、あたしが全国で『化物』って言いふらしてる」

 

 ぽつりと、水野部長が呟いた。……なにをやってるこの人は?

 さすがに今のは聞き捨てならなかったのか、再び逸見さんの顔が水野部長に向く。

 

「水野……」

 

「だってその方がお前に箔が付くじゃん。その方がほら、こっちもモチベ上がるじゃん。……いやコワ、急に抜こうとすんなよ。冗談だよ、気にすんな、聞き流せって~……」

 

 化物呼ばわりを吹聴するのは、箔なのだろうか……。

 討つべき相手としてのモチベーションが上がるのは、確かなのかもしれないけど。

 

「まったく……。酷い言われようだが。私はそう大したものではない。もしも勝負をする日がきたら、よろしく頼むよ、戸枝さん」

 

「え、あ、はい……」

 

 なに? その普通の人みたいな反応……って思っていたら、やっぱり戸枝さんはそこで一度ぐっと踏みとどまってから。

 

「ええ、その時はこの『終の熱剣』が、貴方の――『白夜の聖剣』の伝説を、『終わらせます』」

 

「ああ、臨むところだ。私も当然、全力で行く」

 

「……ありがとう、なんて言いませんわよ」

 

 あの『白夜の聖剣』に、面と向かって喧嘩を売った。

 その伝説を知った上で尚、『終わらせる』と告げた。

 うん、やっぱり戸枝さんはこうでなくっちゃ。

 

 逸見さんも満足したのか、わたしの戸枝さんから離れる。

 ただ自然体で立っているだけなのに、どうしてこう美しいんだろう、この人……なんてことを想っていると、不意に彼女は口を開き。

 

「さて……もう少しお話もしたいが、君らも第一試合だし時間もないだろ――ところでそちらの一年生は? なにか随分と透けて見えるけど」

 

「おい望月。お前だけ逃げられると思うなよ。ここはもう『聖剣の間合い』だぞ」

 

「ついでに『海神の槍の間合い』だぞ」と、水野部長は言いながら、この話し合いの間に、コッソリと逃げようとしていた望月さんの肩をがっしりと掴んだ。

 

「コイツがウチの『ジョーカー』、望月干果だ。……透けてても見えるのは、流石だな、お前」

 

 なんなら、本当に『異能』を使って影に潜んでいた望月さん。

 だというのに、かの『白夜の聖剣』は本当に不思議そうに。

 

「いや、挨拶がまだだから。その前に去られると、ちょっと困るんだ」

 

「失礼にあたるから」だとか、本気なのか冗談なのかも分からないことをぼやきながら、望月さんに近づいてくる。

 

 戸枝さんよりもさらに上背の高い望月さんでも、逸見さんには届かない。

 身長差もあるのだろうけど、なんていうか佇まいが違いすぎる、立ち振る舞いがもう、全然違う。

 存在感に関しては、圧倒的な光に望月さんの影など消えてしまいそうだった。

 

「完全に初めましてだね。よろしく。『白夜の聖剣』などと呼ばれている、逸見明音だよ」

 

「も、望月……干果……です……」

 

 凄い。あの望月さんが……いつものらりくらりとしていて、水野部長の前でもへらへらしている望月さんが、他人様の前で一応はしゃんとしている……!

 

「え、ええと。あ、握手とか……お願い出来ます……?」

 

「うん、いいよ」

 

「やった……!」

 

 どころか、なんだか普通のファンガみたいな反応で、あの『聖剣』と握手までしている……!? しかもちゃんと逸見さんも普通に答えている……! わたしだって剣で向き合ったけど、握手はしていないのに……!

 

 いや……違う、わたしが握手すべきは、『聖剣』ではない――!

 

「そう、そうだ……あの、戸枝さん。握手出来ます……?」

 

「はい? 私……いえ、まあ貴方となら、普通に手ぐらい繋ぎますが……」

 

「よし……!」

 

 がしって、戸枝さんと手を繋ぐ。彼女の熱が手のひらからわたしにじんわりと伝わる。

 

 す、凄い……! 今、わたしは『熱剣』と握手をしている……!

 ていうか、ちゃんと、手を握っている……!

 

「えへ~……」

 

「何ですの……?」

 

「お~い。何か勝手に後ろで盛んな。他人様の前だぞ。まずは『秋原』の看板をちゃんと掲げろ」

 

 蕩けていると、水野部長の声が聞こえた。

 

「は……っ」

 

 し、しまった……嬉しすぎて、つい――! な、なんていうか……!

 そう思って、思わずパッと手を放すと、戸枝さんは少し不満気だった。……何故?

 

「まあ、そう――いいえ。改めて理解しました。……何て言うか、厄介なモノですのね」

 

 それに、逸見さんが答える。

 

「そうだよ。実に厄介だ。しかしそれを受け止めるのが人の『道』だ。……うん、やっぱり君は『終の熱剣』だよ」

 

「――はい」

 

 ――と、なにやら『わたしのヒーロー(『終の熱剣』)』と『みんなのヒーロー(『白夜の聖剣』)』が理解しあっていた。

 なんだか分からないけど、名乗りを上げる彼女たちにしか伝わらない何かがあるのだろう。

 |うれしいことだ。《それを、わたしは理解できないのを悲しく思う。》

 

 そうしていると、水野部長が「やれやれ」みたいな感じで首を振って。

 

「――ま、山名は以下略でいいだろ。さすがに動揺も収まりつつあるみたいだし」

 

 そう言って山名先輩に視線を送る水野部長。

 山名先輩は普段通りの冷静な表情に戻っていた。ただ、絶対にこちらを向こうとはしないけど……。

 

「いや、折角会ったんだ。挨拶はしたいぞ。久しぶり、山名さん。腕は鈍ってはいないようで、私も安心した」

 

「もう挨拶怪異じゃないっすか、マジで……。あ、久しぶりっす……前回あったのは……――そうか、合宿中」

 

「――全然久しぶりじゃねえ」と、山名先輩は自分で自分に突っ込んでいた。

 

「……あんた、見てたな、さては?」

 

「さあ、どうだろう」

 

 そう言ってクスリと微笑む逸見さんは、すごく『人間らしかった』。

 

 凄い。この国立競技場で新たな『怪異』が産まれつつあるこの環境で、「あくまで普通の人として、『白夜の聖剣』に対応できる山名先輩」に、安心感すら覚えている……。

 

 さすがだよ。やっぱりウチの屋台骨だよ、この人は……!

 

「……一年生共から変な視線感じるんで、私はもういいですよね? 逸見さんが『敵ならば射つ』。それは変わらないんで」

 

「もちろん。私も、『君が敵なら斬る』だけだから」

 

「……『聖剣』に捕捉された時点で、もう狙撃手としては負けの図になるんですけどね」

 

 はあ、とため息を吐きながら、また後ろを向いちゃう山名先輩。

 そうしていると、水野部長が手をパンパンと鳴らして、注目を向ける。

 

「――は~い。とりあえず全員、ちゃんと顔を合わせたな~? いいね、みんな。コレが『白夜の聖剣』だ」

 

『この不条理が白夜の聖剣』なんてことをひっそり告げ口しつつ、水野部長は、今度は逸見さんに向けて両手をぱっと拡げた。

 

「何にせよ、これがウチの、『秋原』のフルメンバーだ。ちょっと粗削りなのは勘弁してくれる? ウチ、昨年で先輩四人も抜けててさ~!」

 

「そうか。それでこの仕上がりなら、実に良いんじゃないか?」

 

「お前が褒めんならそうなんだろうよ。――で、逸見はどっちが『勝つ』と思う?」

 

「む…………」

 

 はじめて、逸見さんの動きが止まった。眉間に皺を寄せて、顎に手を当てて……。

 

「……それを、『私』に言わせるのは、少し、角が立たないか?」

 

 なんてことを、いたく真面目に呟いた。

 

 ……感動している。何よりも、水野部長の手腕に。

 この『怪異』に、はじめて『白夜の聖剣』らしい気遣いをさせたのだ。

 

「そうだな。灘魏はまだ見てない。だから、まだ、何とも言えない」

 

「あたしと卯尾なら? よく知ってんじゃん」

 

「――ん」

 

 とても真剣に、逸見さんは悩んでいる。

 今度はさっきの気遣いではなくて、『ちゃんとした戦力分析』としての熟考だ。

 でも――

 

「…………やはり、何とも言えない。というか、君が読めなすぎる」

 

「おお」

 

 思わず、声が漏れた。

 

 あの、『白夜の聖剣』逸見明音に、『水野弥生は読めない』と言わせた。

 この『事実だけ斬って捨てる化物』が、初めて『不確実』なことを言った……!

 

「まあ、だろうねえ~「だが――そうだな。本当に、内緒だぞ?」

 

「――今は、『秋原』に勝ってほしいと、ちょっと思ってる」

 

「はい?」

 

「え?」

 

「ああ?」

 

 え?

 

「……んや~、なんでよ?」

 

「だって、水野には一つ貸しがある。勝ち進んでもらわないと、回収できる気がしない」

 

「はい~? あたしゃお前に勝負事で貸した覚えなんて――」

 

「いや、四万」

 

「――――あ」

 

 …………え?

 

 あ――!? 前に貸したっていう二万を、『わたしに稽古をつけたら倍額』とかいう、あの時の練習費用……!?

 

「おお、お前……! ばか! それは、絶対に言うなって~……!」

 

「……だって、言わないとウチの選手が納得しない。『部長が、大事な大会の一か月前に二週間も行方不明』の理由とか」

 

 ひ、ひどい……! けれど、それはそうだ……!

 あの辺は山陰山間部の廃村――あんまり電波の届きにくい地形も多い……!

 島根にパソコンはあるけれど、人がまともに生きれる環境は市街地のみ……!

 本当に市街地のみ……!!

 

「本当に心配された。とても……申し訳なかった……。なので、素直に答えるのが誠意だと思ったんだが、これが中々、上手くいかなくてね」

 

 ……まあ、そうだろう。よっぽどの事情でもない限り、普通、部長が大会一か月前に二週間行方不明は、『ちょっとない』。

 わたしだって、水野部長が一か月前から音信不通になったら――

 なったら…………。

 

 …………?

 

「……いや、あたしが消えてもウチの部員そんなに気にしね~っぽいよ?」

 

「それは君だからだ、水野。そうだな――じゃあ、佐守さん」

 

「え、あ、はいっ……!」

 

 まるで授業中に、急に先生に当てられた時のような――いや、逸見さんは事実、『わたしの剣術の師』なんだけど――感じで、声が裏返ってしまった。

 

「そんなに怯えなくても……そうだな。もしも、『君にとっての戸枝さん』が、『大事な大会の一か月前に二週間も行方不明』になったら、どうする?」

 

「え――」

 

「――そして、『二週間前に、また消える前のようにふらりと帰ってきた』」

 

 抱き着きます。と即答したくなるのを、何とか堪えた。

 多分逸見さんが聞きたいのは、そういうことではなくて……。

 

「え、ええと……まずは、ちゃんと事情を聞きます……?」

 

 それで納得できるかはさておきとして、まずは事情を聞かないと、話が進まないから。

 

「うん、そうなる。ただ……ここからの説明がちょっとややこしいんだが」

 

 ううんと首を傾げる逸見さん。

 

「最初の、『二万の貸し』は、実は私自身も忘れていた。なので……まあ、よくはないんだが、ある意味どうでもいいことで」

 

 水野部長が、よしっと拳を握っていた。

 いや、お金はちゃんと返しましょうよ……。

 

「――というか、そもそも貸したのは二年前の話だった」

 

「――――」

 

 全員、沈黙。控室の温度が、一気に下がる。

 ありえない。だってその話が事実だとすると、水野部長は――

 『海神の槍』水野弥生は――

 

 ――埒外の最強『白夜の聖剣』逸見明音が一年の時から金を借りてる。

 

 ……逆に、もはや凄い人じゃないだろうか?

 だって、わたしは戸枝さんにお金を借りるという行為は……絶対に出来ない……!

 

「じゃ~もう忘れた話でいいじゃんか! 逆に何がダメなんだ! 言ってみろ、あぁ?」

 

「君に開き直られると、心中は複雑だが。今はいい。ともかくそんなわけなので、『借金の回収に行っていた』とも説明できないわけだ」

 

「あと、なんなら未だ返してもらってもいないし」とか答える逸見さん。

 噓でしょ。わたしにつけた稽古代の二万はともかく、元本すら返してないの……?

 

「なので、部員全員を納得させるための理由……というか方便が必要だったのだが。また、佐守さん」

 

「え、あ、はい……」

 

 また当てられた。今度はちゃんと答えられた……気がする。

 

「『君にとっての戸枝さん』が、『二週間ふらりと行方不明になり』、そして戻って来た時に答えた『理由』が――」

 

 彼女がそう呟いた瞬間、急に全身が強張りついた。

 なんだか、身体が、ピリピリとした感覚がある。

 何て言うんだろう――『圧』、みたいなもの。

 

 その圧がどんどん近づいてくるのを感じて、体が恐怖で震えている。

 

 なので、続く逸見さんの問いかけも、わたしは反射で答えることしかできなかった。

 

「『他校の生徒に、稽古を付けていた』――だったら、どうする?」

 

「え、それは『その生徒』を『斬ります』」

 

 なにはどうあれ。『わたしの誇りを奪うものは斬る』と。怯えた脳ではなく神経が勝手に答えていた。

 

「……それと同じものが、今から歩いてくる。ともかく、えー……だから……なんだ」

 

 何て言うのが正解なのだろうと、他ならぬ『被害者』が、誰よりも困っている。

 

 だけど、わたしはそれに対応できなかった。

 だって、ピリピリした、凄い剃刀みたいな。

 皮を剝ぐような――いや、それこそ『斬り殺す』みたいな『圧』が、向こうから『わたし』に向けて、歩いてくるんだから。

 

「……うん、そうだな。君達は、あまり刺激せずに、耐えてくれ」

 

「この場は、なんとか私一人で収めるから……」と、あの『白夜の聖剣』が、とても困った顔をしながら背を向ける。

 

 その美しい長髪がなびく先から『彼女』は、来た。

 

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