わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
『国異』第一回戦、最終試合。
それが彼女達、『白夜の聖剣』を部長とする東京都『私立白夜高校』の初陣。
――対峙するは、同じく強豪。鹿児島県、『私立昭星女学園』。
昨年の戦歴は準決勝で白夜に負けてベスト四。
でも、私立秋原女学園にとって、この昭星学園はまったく別の意味を持つ。
だって、彼女たちが昨年の秋原を『ベスト八』にしたから。
つまり、昨年の秋原は、この昭星に負けたのだ。
でも、何故なのか? どんな勝負をして、どうして負けたのか?
なんだか凄く、グダグダな準々決勝だったおぼえはあるんだけど――
「まあ、物見遊山ついでに、その理由も見せてやるよ……。というわけで、みんなで白夜高校の第一試合を見に来ました~!」
ってなもんだ~と、半ば投げやり気味に叫ぶ水野部長。
投げやりというか自棄になっている感じ。というか、本当は、初戦で見せた『あれ』で本日分の水野部長は店じまい、なのだろうけど。
その『無理』を押してでも、彼女はこの国立競技場の『観客席側』にやってきた。
でも――
「なんだか、いいんですの?」
「あん? なにが~?」
「その……『白夜の聖剣』と我々が戦うのは決勝となります」
現状のトーナメント上だと、わたしたちは第一試合で、彼女たちは最終試合。
『国異』には、途中でのシャッフルもない。なので、わたしたちが白夜高校と戦う機会は、どう勝ち上がっても決勝戦しかない。
「そうだね~……で~?」
「なのに、私達が彼女らの試合を見るのは、少々、傲慢ではないでしょうか」
一回戦、マトモに戦ってすらいないわたし達。
だというのに、当たり前にその『決勝』を思い描いている。
より正しくは、『白夜の聖剣』を『斬る』瞬間を思い描いている。
……たしかに、真っ当に考えたらありえない。
っていうか、本来なら次の試合相手の様子を見に行くべきだったのでは……?
「そんなのよりもこっちの方が見たいじゃん。だってあいつ、去り際にさりげなく『新技見せるよ』って言ってたんだぜ?」
すっごいざっくりとわたし達の言葉を代弁してくれる、水野部長。
「で、『アレ』を『あいつ』は多分、全部の高校に言っている」
去り際に。
さりげなく。
全然、さりげなくない感じで。
『白夜の聖剣』は、『この剣を打ち砕いてみろ』――なんて思惑は特になく、本当に「『新技』が出来たよ、見て見て~~」くらいの気持ちでささやいていく。
「だから、ここの観客席にいる連中全員、腹立たしいことに『あいつの新技』を見に来ている。――みんな、『それを打ち破る時』を見ている奴らだ」
「あとついでに多分『聖剣』も全試合、どうせ見てる」とか、水野部長は言ってくる。
本気? 第一試合から? 自分の前に至るまで? そう聞いたら、『そういう奴だ』と彼女は宣った。
「アレは見たいし、魅せたいんだよ。全部を余すことなくさ。それこそ子どものチャンバラごっこみたいなノリでこっちがワイワイしてっと、ふわっと空から落ちてくんの、本物のウルトラマンが」
そしてそのウルトラマンは、「子どものチャンバラごっこに本気で付き合う」と。
水野部長は、そこまで口にしてから――
「あ~もう。分からん! だから、あいつの『アレ』は不条理なんだ!」
あの何だか、どこまで本気なのか冗談なのかも分からない、人外の化生、埒外の最強が、『人間の真似をしてじゃれてくる』ような『化物』。
「――だからあたしらは全員、『聖剣』の首を狙ってるんだ」
アレを誰かが討たねばならん。
――というより、まず誰かがアレに辿り着かねばならん。
『聖剣』を、そして『その先』を斬り捨てるのは自分達だと言いながら、お互いを蹴落とし合っている。
最強を目指して切磋琢磨………と言えば聞こえはいいけれど、やっていることは蠱毒みたいだった。
水野部長が愚痴るのも、少しだけ分かる気がする。
「まいるんだよねぇ~……。本当はさ~! あたしはもう寝てたい! だってさっき全部出し切った! 本日全てを使い果たした! なのに、あいつは起こしてくるんだ!」
――そうして、披露してくるんだ、と部長はそう言い切ってから、「何はともあれまずは偵察」と急に真面目モードに戻る。
「ま、そういう三年生共の愚痴はさ、聞きたきゃ、それこそ『余談』で話すよ。というわけで、山名~」
「うっす。――『必当。モシン・ナガン』」
山名先輩が言うと、ぽんって手の上に。双眼鏡の……単眼鏡?
分からないけど、とりあえず遠くを覗くモノだけ出てきた。そう言えば、未だに一度もちゃんと聞いた覚えはない狙撃銃の詠唱破棄版。もちろんちゃんと威力は落ちるが、それでも『遠くを覗くモノ』だけが出てきた。
「あとは、まあそれぞれ東西南北に散会……つっても、佐守ちゃんじゃ東西南北分からんか」
失敬な…………北が上くらい、分かりますけど。
あれ……? じゃあ、ここは空を飛べばいいの?
「えーと…………佐守ちゃんはモニターを見ておいて。あと、それから念話も入れとく~?」
「いらないんじゃないですか、別に試合中じゃないんだし、普通に通話で」
「電波、飛ぶか? この熱狂の中で」
「あ~……ん~……入れときますか」
「じゃあ『トリアンナ』」
ぼそりと呟く水野部長。その瞬間に、急にふわりと『海神の加護』が身体を包む。
槍すらも抜いていないのに、ただ『海神の加護』だけが発動したのだ。
(ああ。エグ……水野部長の念話だけバージョンですか。便利ですね)
(なんかやってみたらできた)
凄い。そんな雑な感じで『異能』って進化するんだ。
(んなわけあるかい。『異能』は魂の形だぞ。……でも、あたしは逸見明音に出逢った)
逸見明音に、『秋原に勝ってほしい』と言われた。
もしかしたらお世辞だったのかもしれないけど。あの人はあんまりお世辞を言える人でもない。
だから、それで水野部長の火が付いてしまった。
『絶好調』だった水野部長が、『絶好調中の絶好調』になるぐらいには。
(だからイヤなんだよ、逸見明音に『アレ』されると。みんながみんな、『こうもなる』)
そして、だから秋原と同じく一回戦はどこも滅茶苦茶だったんだろう。とも言っていた。
(なんで――ある意味じゃ一回戦でやりあう昭星はラッキーだ。だって狙いが分かりやすい。つ~かもう、なんならここが、『決勝戦』でいいぐらいだ。『聖剣』さえ落とせば、あとはウイニングランみたいなもん)
そしてそれを狙えるだけの奴だと、三年五指の一人、『海神の槍』水野弥生は言う。
(そんなに強いんですか? 鹿児島県、『昭星女学園』……)
(強いよ。だって鹿児島だぜ? 薩摩だぜ? 『示現流』だぜ? 聞いたことない? 『示現流の初太刀』は受けるなとか)
…………あんまり知らない。
(ん~、『チェスト』って言った方が分かりやすかったかな。まあ何はともあれ……それで、昭星学園の競異部は、全員が全員、『まず示現流を仕込まれる』)
ずらりと、試合開始地点に立つ昭星の選手五名。
全員、まったく同じ構え。
戸枝さんの熱剣と同じ上段だけどもっと顔の隣に構えている。
『熱剣』よりも、もっと攻撃的に見える構えだ。
そう思っていると、水野部長が補足してくれる。
(あの格好のまま、ほぼ全員が『チェストォ!』って叫びながら突っ込んでくる。……そんだけでも大概ビビるけど、ましてこれは『全国高校生異能大会』だ。つまり、全員が全員、別の『異能』を使ったマジカルチェストで突っ込んでくる。こんなん、どないしろって言うねん)
(ああ……。それは、なんというかまあ、怖いですね)
(怖いよ~? 初太刀受けるなって言っても、『異能』によっては広範囲攻撃だったり遠距離からすっ飛んできたり、場合によっては避けても回り込まれることがあるんだから~)
そんなものをどうやって回避すれば――あれ?
(……あの、去年アレとぶつかったんですよね、うちって)
(うん、そう。まあ避け斬ったり、受け斬られたりして、秋原が敗北した)
やっぱり。
でも、それだと一個おかしい点がある。
(聞いた感じ、昭星の戦い方ってかなり短期決戦型ですよね? でも、わたしが覚えている去年の準々決勝は……)
――グダグダ。
当時のわたしは中等部だったし、何より無能だったから、なんとなく配信で、「あ~自分とこの学園が出てる~」くらいのノリで見ていただけだったから、何をしていたのかは覚えてないんだけど……。
(そうですわね。事実、去年の昭星はほぼ短期決戦で勝ち上がっていきました。試合が長引いたのは、我々――秋原との準々決勝のみです)
そんなわたしよりも明確に覚えているのが、戸枝さん。だって、彼女はちゃんと自分の実力を見て、志望校を考えていたから。
もちろん、去年の準々決勝だって、ちゃんと見ていて――
(……ちなみにその時に、最後まで生き残って試合を長引かせていたのは、水野部長でしたわね?)
……えっ?
じゃあ、戸枝さんが秋原を選んだ他ならぬ理由って――この水野部長?
(まあ、一旦ではありますが……しかし、そう言えば、あれは何をされていたんでしょうか。水野部長が『絶好調中の絶好調』ならむしろ今日の初戦よろしく更なる短期決着になるでしょうし)
さらにはおかしなことに、ちゃんと試合を見ていたはずの戸枝さんにも、水野部長が何をしていたのか、よく分かっていない。
一体、昨年の水野部長は何をしたんだろう……と思っていると、部長はケラケラ笑いつつ。
(いや~、大したことはしてないよ? あたしも二年生だし、調子も『そこそこ』、だったし。なので先輩方がやられている間に、後ろからコッソリ刺殺した)
(後ろから)
(コッソリ)
(刺殺した)
(ほら、あたしの槍って水で出来てるじゃん? だから、ある程度長さとか向きとかも実は結構自由自在なんだよねえ~)
そう。天候操作みたいな身も蓋もない術がなくても、水野部長の槍は水流操作でその長さや形を変え、場合によっては鞭みたいな使い方もできる。その槍に加えて奇策を交えた変幻自在さが水野弥生の強さ。
先の練習試合の奇策よろしく、彼女は『正面からやり合っている』ように見えても、全然正面からじゃない時がある。
(なので、三叉に分けて、まとめてどーんってね。これで、先輩方三人を生贄に向こうも三人落とした)
「ひえ……」
当たり前に仲間を生贄に捧げるじゃん、この人……。
(ああ、じゃあその後は……?)
(あたしの上に一人、めっちゃ強い長刀使いの先輩がいてさぁ……。それはもう怒らせると鬼みたいに怖いのなんのって人が。
その人が、一人を『異能』の怪力で受け切った上で抉り倒して、さらにもう一人を、あたしと先輩の二人で追いつめてたんだけど……。
さすがの先輩も、ひとり真っ向から受け切った上で、さらに連戦はきつかったんだろうなぁ……。あたしのフォローもむなしく、向こうの当時の二年生に倒されてしまった)
向こうの、当時の二年生。……ということは、今は三年生。
ということは――
(あとはもう残ったそいつとのタイマンだ。だけどそうなったら『そこそこ』のあたしじゃ敵わん。なので、適当に挑発しつつ、体力切れを狙って逃げ回っていた)
また凄くいやらしい戦法をしておられる、と思っていると、水野部長はふぅっと息を吐いてから、ひょいっとモニターに映る昭星のメンバー、その中心を指差した。
(……で、そん時の相手が、『アレ』)
そこに映るのは変わらず昭星。そのずらりと立ち並ぶ示現流の中心。
「――『我は天より降りるもの。我は宙より下るもの』」
バチバチと全身から火花を散らす、光の化身。
詠唱と同時に生れ落ちた雷雲が、一気にフィールド全体を覆う。
「『我は神の咎である。我は神の罰である。――我は、神の怒りである』」
次の瞬間、水野部長の『絶好調中の絶好調』と同じレベルの稲妻が、彼女の模擬剣に降り注いだ。
「――『神鳴。ケラウノス』」
彼女が握る剣……いや、それはもう剣ではなかった。もちろん槍ですらない。
どころか形すらも保っていない。バチバチと稲妻のように輝く光だけが握られている。
(あれが、『神鳴』……現三年五指の一人、『雷の神罰』こと笠原望だよ)
そう、水野部長は教えてくれる。そんな笠原さんは、全身からばちばちと音を鳴らして光を放っていた。
その表情は凶悪で、怒りに歪んでいて、『絶好調中の絶好調』を放つ前の水野先輩に、少し似ていた。でも、その火力の桁が違う。威力が違う。絶対度が違う。
今日の勝負で、一撃で『雪崩』を含む五人すべてを吹き飛ばした雷鳴の一撃。
それと比較しても遜色ない雷が、全身から余波として溢れている。
(あの……。水野部長は本当にアレ相手に、逃げ回っていたんですか……?)
というか、逃げ回れていたんですか?
(当たり前だろ。あたしはアレの『兄』ぞ? お兄ちゃんのいうことは聞くべきでしょうが)
(……の、『槍』でしょうが。ついでに言うと、あっちも『その弟の槍』ですし)
(……いやぁ、去年はそう言いくるめながら、なんなら勝ち筋狙えたんだけどねえ)
などとぼやきながらも、モニター越しにかの『神罰』を見る水野部長。
(ありゃダメだな。もう敵の話なんて聞く気はねえ、死ね。って全身から言ってる。……そもそも去年の詠唱には『神の怒り』はなかったし……。よっぽどあたしに逃げまわられたのが頭に来たのか……)
つまり、水野部長のせいでは?
(あたしだけじゃない。準決の『聖剣』が涼しい顔で『打ち返した』のも悪い。……とはいえ、ここまで来たか~。笠原のあれは……今のあたしが『かなり好調』でも、『かなり厄介』だな……)
水野部長が『かなり好調』で、『かなり厄介』なら……。
(……つまり、今の我々では勝ち目がないと?)
(…………『かなり厄介だな』~)
……水野部長は言葉にしないけど、でも分かる。
こんなモノを相手に、はたして人の身でどう立ち向かえというのか……。
いや、そもそも、これを『倒す』とは? だってもう、これは、純粋な『神の罰』だ。
カメラは次に白夜高校を映す。
かの『白夜の聖剣』は、既に『聖剣』も『円卓』の詠唱も終えており、すでに彼女の周囲には、十二の輝剣が浮かんでいる。
(さあ、どうせ出すんだろ。あんたは、『新技』ってやつをよ~。でね~と、この示現流『神罰』とかいうアホは殺せね~ぞ)
そう忌々しげに呟く『海神の槍』。そうしてモニターを見ていると、彼女は『聖剣』を地面に刺しながら。
「寄藤」
「はい」
そう言って、あの寄藤さんとかいう子を呼んで。
「『君は、今からガウェイン卿だ』」
――なんて、本気とも冗談とも分からない詠唱をした。
(は)
(ええ?)
(――あ~?)
「だから、この『ガラティン』の使用許可を与える。願わくは君が、この『加護』を飛び越えていくことを祈るよ」
そう言って、昨年の決勝戦で鶴久の『鉄腕』及び、当時一年の『鶴久の絶剣』を薙ぎ払ったあの『白剣』を寄藤環に手渡した。
「はいっ――!」
「……加藤」
「はいはい」
そう言って飛び出たのは、加藤汐さん。三年生。彼女自身もまた『異能』、『モラルタ・ベガルタ』の使用者であり、同時に剣術も二刀流の達人。他の学園なら三年五指に数えられてもおかしくない実力者なのに――
「『君は、今からランスロット卿だ』。だから、この『アロンダイト』の使用許可を与える。願わくは君が、今度は裏切らないことを祈るよ」
などと宣いながら、昨年の『邪竜』を殺した『黒剣』が与えられた。
「ハハ。お前みたいな馬鹿にずっとつきあってきたアタシが、何時裏切ったよ」
「……小学生の時に」
「マジで何時の話!?」
それからも、それからも。
他の面々、全員が『白夜の聖剣』なんていう埒外の最強に付き合わされる実力者達に、一本ずつ『輝剣』の使用許可が降りていく。
それを見ていた水野部長が忌々しげに呟く。
(いや……たしかにな、そうか。それがお前には出来るんだ。だが、本当にやるかよ、馬鹿かあいつ)
(あの水野部長――あれは?)
(自分んとこの……つまり白夜の選抜メンバーとかいう他の学園なら部長やっててもいいような実力者どもを『円卓』に選んで、その『輝剣の加護』を貸し与えている。……あたしの『海神の加護』と似たようなもんだが……)
水野部長の『海神の加護』は、あくまで念話と、ちょっと魔力を借りれるだけ。
でも、あの『白夜の聖剣』の『輝剣の加護』は、当人の魔力を使って、『別の異能』として機能する。
もちろん借り物だから本来の『異能』よりは数段、落ちる。それでも、ただでさえ実力者ぞろいの白夜高校に、当人の『異能』と『輝剣の加護』が同時に使えるなら――
(使えるに決まってる。輝剣はあくまで逸見の魔力で保たれている『逸見の異能』だから、自分の『異能』とは無関係だ……は~、埒があかねえ~……!)
水野部長はそう嘆いていた。
だけど、多分あれの恐ろしいところって、それだけじゃなくて……。
(――で、『逸見さんを頂点に、選手全員で魔力も共有している』、ですかね)
(ああ。じゃあ、あれ。極論、『五人分の魔力の一点集中』とか出来るんだ)
(それなら、他の方の魔力がゼロになります。――あの『聖剣』なら、多分もっと綺麗に流しますわ)
――何故ならあれは『白夜の聖剣』。本気なのか冗談なのかもわからない不条理。
想像がつくこと、想像に難くないことは、まあ超えてくるのだろうって、もうみんなが思っている。
「……あれ?」
でも――あの子、寄藤さん? だけは、なんか『妙』だ。
確かに魔力は上がっている。
元々持っていた自前の魔力に加えて、白夜の他の先輩たちの――特に『聖剣』と共有しているのだ。それだけでも大半の『異能』使いなら、平均以上まで引き上げられる。
加えてさらには、『十二輝剣』一本分の魔力と『輝剣の加護』も与えられている。
……なのに。なんだか、今の彼女は『怖くない』。
わたしと対面した時みたいなびりびりとした『殺す』っていう気配が消えちゃっているような……?
(……気のせいじゃありませんこと? あの魔力量で、あの『ガラティン』を振るうだけでも、十分に脅威ですわよ)
と、戸枝さんは言う。まあ、わたしよりも戸枝さんの目の方がたしかかも……。
……ともあれ、今はそんな彼女よりも『聖剣』の次の手だ。
あれだけでは『神罰』を防ぐことはできない。味方に力を付与しても、彼女自身の力は上がっていないのだから。
それをあの『聖剣』は、はたしてどう防ぐのだろうか。あるいは、ここで『白夜の聖剣』一回戦脱落という衝撃の結末が起きるのだろうか?
皆が想像していると、『白夜の聖剣』はふと、雷鳴響く空を見上げて。
「――雨が、降るな」
なんてことを呟いてから、地面に刺していた『聖剣』を片手で抜くと、くるりとステッキのように手で回しながら、誰よりも前へ行く。
「やはり、少し大きめの傘を用意しておいてよかったよ」
そんな、本気なのか冗談なのかも分からないことを告げながら、彼女は、その輝刃を呼ぶ。
そうだ、『聖剣』以外の四人に『輝剣』を分けても尚、彼女は円卓の『輝剣』を、八本も残している。
「――『サー・ガラハド』」
呼び出されたのは、透明な、透き通るような十字の輝剣。
「その『聖なる身』のどこに『神の罰』が下るのか。ここで私に教えてくれ」
白く透き通る十字の盾が、彼女よりも前――他の円卓を守るように薄く拡がる。
カメラが、また変わった。
今度は例の『雷の神罰』・笠原さん。彼女は示現流の、あの構えのまま――
「――――ならば、教えてやるよ、逸見」
そう呟きながら、一歩足を踏み出して――その瞬間、急に、晴天が広がった。
空に拡がる全部の雷雲を、彼女の『ケラウノス』が一瞬で吸い取ったのだと気づいて――その恐ろしさにも同時に気づいて、思わず声があがる。
(あの、水野部長…………アレ、アレは?)
(あ~、笠原が『吸った』な。あいつ、それもやれんのかよ……)
勘弁してくれよ~と、水野部長が叫んでいた。でも、どういうこと――?
なんとなく恐ろしいことは分かるけど、具体的に何が起きるのか分からない。
今から彼女は、何をするつもりなのか――
(さっき言ったじゃん。『示現流の初太刀』。それにあいつは今、ここにあった全部の雷を乗せた)
「…………はい?」
言っている意味がよく分からない。
でも、同じ雷を扱うからなのか。それとも、同じ神話仲間だからなのか、水野部長は「間違いない」と言いつつ――
(だからさあ~。あいつ、雷速で、『神罰チェストォォ!!』とか、しに行く気なんだよ。あれ、今、ここにある全部の雷雲を吸い取った笠原なら、それを出来るんだ)
水野部長の説明は本当に意味が分からなかったけど。
でも、たしかに笠原さんは今、この全ての雷を『ケラウノス』に乗せて――
――全力で、あの十字の盾に突撃する気だ。
「聖なる身だと、嗤わせる。それを決めるのは『神罰《わたし》』だ――!!」
次の瞬間。眩しいなんてものではない極光が輝いて――
――音と光が、全部飛んだ。
「――え?」
と――自分が声を上げるのとほぼ同時。
激しい光で消えた視界が戻ってくる。もはやその一撃だけで壊れかけたカメラの映像も戻る。
そこには――『白夜の聖剣』が、その『十字盾』で、『雷の神罰』の一撃を受け止めている光景が映っていた。
「――何度見ても忌々しいツラだな、逸見ィイ!!」
神の罰と唄いながらも、笠原さんの表情はもはや凶悪以外の何者でもない。
それに、対して逸見さんは本当に自然体の表情で答える。
「――む。言われる気はしていたが。やっぱり少し、傷つくな」
なんて、何だか悲し気に眉を寄せている逸見さんは、やはり本気なのか冗談なのかも分からない。
「はは――それは有難すぎる。この一言で、お前を、傷付けられるなら!」
そう言いながら尚、『神罰』は『十字盾』を構える『聖剣』を押していく。
「さあ――お前がこれまで斬り倒した奴の数を数え「三六四二人だ。そろそろ一日、一人、十年分、とかの数になるぞ。もう」
逸見さんは即答した。なんだか、聞かれると知っていたかのように。
「さすがに、ちょっと疲れてきた」とでも、吐き捨てるような最後の「もう」に――
(は)
(え)
(な)
「――――」
一瞬、誰もが言葉に詰まった。
一日。
一人。
十年分。
だとしても……彼女は、ええと、十八、高三の女子高生で――それが、部活で――うん?
え――いつから、どうやって――?
(……多分だけど、あ~れ、あたし二回カウントされてんな~)
(じゃあ私も、一回っすかね)
(だろうね、去年十月に山名の実力を見る用の練習試合と、あたしゃ、二年前の一回戦か~アレが、なんだ……? え、『アレ』が生まれたの、あたしのせいか――?)
なんか変に動揺している水野部長。過去になにかあったのだろうか……?
いや、それはそれとして――今は『聖剣』だ。
なにせ、被害者のカウント数が、桁違いすぎる。
どう考えても人になせる業ではない。どころか災害規模なのに、ちゃんと『そういえば、あの試合で自分も……?』の人達が、ちゃんと観客席でざわめいている。
「――……ハ、ハハハハハハハハハ!!」
「……うん。うん、笑う所か?」
「――笑い所じゃあねぇから笑ってんだボケェ! じゃあお前――三六……? ああもう、面倒くせェ、大体三千七百本分の罰を喰らえェェエエ!」
「いや、それはちゃんとカウントしてもらわないと。ちょっと割に、合わなくなる」
もう一度、まるで「今のは早すぎて聞こえなかったのかも」「今度はちゃんと、覚えてもらおう」ぐらいの気楽なノリで。「さんぜん、ろっぴゃく、よんじゅう、ににんだ」とか答えながら十字盾で鎬合う『聖剣』と『神罰』。
ただ、勢いは完全に『神罰』が押している。
だって、彼女は主神の『神罰』。神が『お前は悪』だと言っているのだ。
たかだか人の聖剣一本、聖者一人如きに、受け止められるはずもない。
だから、それが分かっていたかのように、彼女、『白夜の聖剣』は朗々と名を謡う。
次から次へと、用意していた残る七本の刃を投入する。
「――『サー・ガレス』、『サー・パルウシヴァル』、『サー・ヴェイリン』、『サー――」
(うーわー……)
(聖なるかな聖なるかな……ですわね。いえ、一本何か、禍々しいのが混じっておりましたが)
(あれ、去年『神槍』を『破滅の槍』に裏返したやつじゃんね~。あいつ、だからさぁ……油断したら『神罰』を、ちゃんと打ち返すつもりなんだわ)
(あの轟雷を? 来ると知って?)
(うん。だから――逆転サヨナラホームラン狙い)
――そうして盾は、他の輝剣によって強化された。だというのに、まだ『削られている』。
『十字盾』が、かの聖人の盾が、『まだ足りぬ』と泣き叫んでいる。
「うん、そうか。なら寄藤」
「はいっ!」
あの戦いを間近で見ながらも、尚、あの寄藤環は、『聖剣』への憧憬で焼かれていた。
あのピリついた圧を失い、聖剣の輝きに焼かれた瞳が、間近で戦いを見れて嬉しいと言っている。あの衝突が生み出す光が、もうどれだけ恐ろしいかも、その眼には見えていない。
「『ガラティン』を貸してくれ。一本足りない」
「はい。この、『ガラティン』、寄藤環が今! この輝きに参加します!」
「……え、え? いや、違――「はあああぁああああ――!!」
――凄い。
アレを間近で見ても尚、自分もそこに参加できると思えている能天気さが。
ぜんぜん違うのに。あのピリピリした、圧の籠った、抜き身の血濡れ刃じゃないと、あなたは絶対『殺せない』のに。そんなこと、『加護』に包まれて満足している彼女は、気づかないまま参戦し……だから、
「はあ――? 粋がるなよ小娘」
「ぎゃ――!?」
想像通り。寄藤さんの助太刀は、『神罰』にあっという間に蹴散らされた。敵としてみる価値もない、羽虫を追い払う程度の雷で。
……なのに、寄藤さんは『ガラティン』をまだ手放さない。
寄藤さんではなく、『ガラティン』の助太刀を待っていた十字盾に罅がはいる。
だから、彼女――『聖剣』は、即座に理解した。
この『十字盾』では、『神罰』に『砕かれる』って。
「みんなすまない。ちょっとだけ『斬らせてもらう』」
そんな静かな宣言と同時、『神罰』はついに『十字盾』も『追加された七の刃』も全部砕き切り――
――その先、刹那で『聖剣』に両断された。
「――――は?」
(はあ――?)
見ている人々も、砕かれた『神罰』自身も、あと多分それをされた『円卓』たちも、そして観客席の誰一人、何が起きたのか理解していなかった。
わたしにもなんでだか、分からなかった。
(あ~あ……あいつ、やりやがった。望月、お前予想を当てたな、偉いぞ~)
(え、あ? なん、です――?)
(だから――あいつはやったんだよ。『五人分の魔力を、自分一人に』を)
(――――え?)
ありえない。だってそれなら、もう他の円卓達は、魔力がゼロになっていないと……。
(だからさぁ~。『刹那』なんだよ。あいつ「ちょっとだけ」とかほざきやがったけど――)
――『刹那』。『一瞬だけ』。だから多分、彼女からすれば『ちょっとだけ』。
かの『神罰』が『十字盾』を纏めて砕いてから彼女を打ち抜くまでの、『そのちょっとだけの時間』。
『剣を振るう瞬間』にだけ、『自分に他四名分を追加した魔力』を込めて――
『神罰』を砕き、そのあと、誰にも気づかれない少しの時間で、寸分違わず他の全員に、元通りに魔力を戻した――?
(ありえないでしょ――)
(それをやるからあいつは今も『最強』なんだ~。……あ~もういやだ。なんで一回戦からこんな昨年の決勝みてぇなのを見せられてんだあたしら~!)
たしかに、もう昨年の決勝のインパクトなんて、全部吹き飛んでいる。
『伝説の試合』を上回る『伝説の試合』が、今まさに生まれている。
そして――ついに笠原さんは倒れた。
あの『神罰』は『聖剣』に届く直前に砕かれて、そのままばたりとうつ伏せに倒れる。
それと同時に、脱落の音。
だが、それは『神罰』の脱落の音じゃなかった。なんなら、白夜側の脱落のブザーだ。
(あ~……刹那でも、魔力ゼロの瞬間にあのマジカルチェスト受けた馬鹿がどっかにいたな)
それに気づいたかの『聖剣』は、すぐに、でも本当に気楽な感じで、次の手を打つ。
「ん、そうか。なら、寄藤」
先の衝突に助太刀しようとして何もできなかった少女の名前を呼ぶ。
「え、あ、はい――」
本当に、『ただ蹴散らかされた』だけだったのだろう。寄藤さんは、かすり傷こそ負っていたけれど、今もまだ元気だ。
そんな彼女に、『聖剣』は問う。
「まだ『ガラティン』は持っているか」
「はいっ!」
「そうか。じゃあ、黒縄が倒れた。あとは、分かる?」
「――――はいっ!!」
「じゃあ、行っておいで」
さあ、行けと。ただの狼に『ガラティン』なんてお守りをもたせて、あの『聖剣』は走らせた。
うわ――
(そうなんだよあいつ。ちゃんと『想定外』にも、即対応しやがる)
頼むからそこは死んでくれよ。っていうとこからでも逆転してくるのが『聖剣』。なら、もうそこにはすでに、『聖剣』の輝きは戻っていた。
「ん」
ぽつりと。そんな『聖剣』の頬に落ちる雨。あの『神罰』がすべての雲を吸ってから戻っていた晴天に、一つだけ雲が残っていた。
――頭上に浮かぶそれは、もう雷雲ではなくただの雨雲だ。
雨雲だけど、ただただずっと未練がましく、逸見明音を濡らしていく。
「……傘は、破けてしまったか」
彼女は頭上を見上げながらその『聖剣』を土に降ろすと。
「なら、みんなに合羽を用意しないと」
――なんて、本当に冗談かもしれない言葉と共に、『聖剣』の輝きが一気に消え失せた。
(ああ~……あ~ね、うわ、あ~……はあ?)
水野部長から、なんかもう自棄みたいな、ため息が聞こえる。
でも、勝手に理解されてもよくわからない。具体的に、あれは何をしているのです……?
(……さっきは『自分一人に魔力を集める』をしただろ? だから、今度は逆をしてんだよ……自分の『聖剣』をギリギリまで保持できる『魔力』以外を、全部周りに供給している。それもあいつのことだ。
『自分が入ると四分の一倍になる。じゃあ、自分以外の仲間で割れば三分の一に増えるぞ』くらいのノリで……。
――そもそもお前自身が、あの『聖剣』と『十二輝剣』とかいう、アホみたいな魔力を持っている規格外なのに)
だから、他の『輝剣』を持っている、其々すらも熟練の『異能』使い達が。
純粋に、「『白夜の聖剣』逸見明音の三分の一の火力を、上乗せされる」とかいう、『馬鹿』をしている。
カメラが次々入れ替わる。脱落の音がどんどん上がっていく。
そのどれもが昭星側だ。他の『円卓の騎士達』という名の『実質、聖剣』に、みんながみんな、倒されていく。
その中で『聖剣』だけは、ただ一人その場に立ち尽くして、頭上に浮かぶ雨雲を睨み続けていた。
戦いにも参加せず、いったい何を……? と思っていると、何度目かのブザーがなる。
――都合四回目の、昭星の脱落の音が落ちた時。
「だろうね」
ピカっと、その雨雲が、また『一撃のみの雷雲』へ。
それに変わった瞬間、『白夜の聖剣』は、代名詞たる『聖剣』を――
――なんか、すっごい雑に頭上へとぶん投げて、即座にその場を飛び去った。
次の瞬間、奔る雷鳴。
『神罰』最後の一撃。
残る魔力すべてを使った不意打ち雷は、たしかにその『聖剣』へと撃ちおとされた。
まるで避雷針のように。他のどこにも落とさぬように、しかと空中で受け止めた『聖剣』は、試合用の模擬剣へと戻る。
落ちてくる剣が、倒れた『神罰』の目の前にガランゴロンと音を立てて落ちてくる。
そして、それをちゃんと安全確認してから拾いに戻る、逸見さん。
ひょいっと落ちた模擬剣を拾い上げ、詠唱も破棄して『聖剣』へと戻した後で、その切っ先を倒れたまま――ずっと最後の一撃だけを狙い続けていた『雷の神罰』へ向けた。
「『神罰』、たしかにこの『聖剣』が受け止めた」
「そこはちゃんと……最後まで、お前――こう、空で、剣をキャッチする――とか、さあ」
「いやだ。だって、『ちゃんと地面まで感電する』」
「そのために、ずっと雨雲で私を濡らしてきたんだろう」なんて……何だかすっごい、ため息と共に言った。
……彼女は本当に、『雷の神罰』の初太刀から、最後のあの剣に落ちるまで。
全部計算づく――って訳では、ないんだろうけれど、少なくとも最後の、あの『雷の神罰』の狙いまでは、分かっていた……?
(じゃね~と、あいつはあそこに立ってねえよ。……そんで、だから、嫌なんだよ『アレ』……ああ、もう嫌だあ~! また始まるのか、『アレ』を攻略して、また攻略されての最悪の繰り返しが……!)
最後の脱落の音は、三年五指の一人、『雷の神罰』笠原望――最初に飛んで行ってから、最後の一撃まで、まるで死んだように振舞った神の槍だった。
それが、今年の『白夜の聖剣』の初陣。彼女は試合終了のブザーがなってから、はじめて。
「……ふう。やっと息ができる」
なんて、呼吸も止めていたかのようなことを言っていた。
すごい――すごいんだけど、もうなんなの、『アレ』?
(しかも今年一回戦だぞ、まだ……! お前、ここから決勝までで、お前……『アレ』を飛び越えないといけないんだぞ)
そうだよ。
凄い戦いだった。『雷の神罰』対『白夜の聖剣』は、完全に去年の決勝すらも超えた、なんかもうよくわからない大怪獣バトルだった。
でも、あの『大怪獣』は、別にそれを誇るでもなく――ただただ『凄い疲れた』って顔をしていた……。
◇
会場内の売店は、みんながみんな、ざわざわと話し合っていた。
話題はもちろん、先の戦いのこと。
かの『白夜の聖剣』と『雷の神罰』の戦い。初戦からしてもはや何が何だか分からないあの大怪獣バトルに賑やかになっているけど、問題は――
「『アレ』を攻略するんすか……」
「しないと、終わらないんだよ~……。さあ、決勝までにどうすっか、頭練らんとな~……」
席に座ってもうすっかりダラけている水野部長に、山名先輩も『ですよね』と答えている。
凄い、先輩二人はすっかりもう『次の戦い』に備えている。
けれど、わたしとか戸枝さんとか望月さんは、もう全然……。
「あの怪獣バトルに付き合うとは?」ってなっている。
「ああ、もう戸枝さんの『終の熱剣』を十二連打とかすればいいんじゃない?」
「当てたら終わると言ってたし」とか、望月さんはもう他人事だ。
それに、戸枝さんは眉根を寄せて答える。
「合宿で体力がついたとはいえ、いくら振り絞ってもそこまで出せませんわよ……その前に、望月さんが吸い殺しきればいいんじゃないかしら?」
「あれ、聖属性を何個持ってると思ってんの……。おまけに、そもそも当人が『聖剣』だ。下手に吸うと、それこそ僕が死ぬ」
付与された他の面子ならまだしも、当人だけは完全に弱点だ、お手上げだと言っている望月さん。逆を言えば、他の方々なら何とかなるんだ……。
「あくまで『付与』されてるだけだからね。見た感じ。ああいう加護なら、僕の『異能』で剥がせる。……いや、剥がせるのかな、どうなんだ、あれ……」
「一応、吸収は効くと思う」と望月さんは答える。
でも、望月さんの『異能』の長所短所がどれだけバレているかは知らないけれど、『そう』だと分かれば、もう相手だって対応しないわけもなく……。
わたしは、どうなのだろう……。
……『大蛇さん』?
『なんだ、久しい気もするな』
たしかに、こちらに来てから初めて話しかける。
というのも、今日はわたし自身は試合をしていなかったからなんだけど……。
でも、大蛇さんなら……あの『聖剣』は倒せる?
『…………』
黙っちゃった。やっぱり、大蛇さんから見ても、『白夜の聖剣』は規格外なのか……。
『アレがただの『聖剣』であるならな。……いや、もうアレは気にするな。たまに出てくる、人間には。己を調伏したような、そういう類が』
…………?
『つまり……まあアレはそういう類だ。ただし……』
と、大蛇さんは口を一旦閉じて。
『己ではなく、御前ならば敵う』
それは、余計に無理では……?
『――敵う。間違いなく。御前ならば、アレに届く』
まるで分かっているかのように、彼は答える。
『……と思う』
最後だけ、少し言葉に自信がなさそうだった。
そういう時はせめて言い切ってほしいんですけど。
『己とて、ちょっと吃驚する時もある。まあ……ん』
大蛇さん?
『……来るな。己は黙っていよう』
何かの既視感。え……? とか思っていると、不意に背中から凄い『圧』を感じた。
あの刺すような圧……物凄い禍々しい気配――
「やあ、水野。どうだ、見てたか? 私の『新技』」
最初に話しかけてきたのは、『白夜の聖剣』逸見明音その人。
ちょっと存在してはならない規格外は、本当に自然体で話しかけてくる。
「お前な~……見てたかじゃね~んだよ! 初戦からトバしやがって……おかげで何処も大騒ぎだよ~!」
「む……それは笠原にも言ってくれ。というかまあ、来るだろうとは思っていたが、さすがにあの規模は想定外だったぞ……。おかげで、私の『新技』がちょっと霞んだ気がする……」
子どもみたいに不満げに口をとがらせる、逸見さん。
彼女の『新技』はあくまで『円卓の仲間共有』。
その後の大怪獣バトルは、完全に『神罰』の凄さだったと相手を褒める。
「ならちゃんと死んどけよ、なに笠原に勝ち切ってんだよ、お前」
「それは、まあ、勝てたから」
「勝てたからで勝てるならさ~!」
先輩達は先輩達同士で何か騒いでいるけど、わたしはそんな逸見さんの背後から感じる、鋭い圧に怯えてしまい、思わず戸枝さんの袖を指でつまんだ。
「佐守さん? どうかしましたの?」
戸枝さんはこの圧を感じていないんだ。
じゃあ、それは間違いなく、わたしに向けられたもので――
「……ふん」
あの、寄藤さんがわたし達の目の前に現れた。
「ああ。やあ、寄藤さん……だっけ? 君、面白いくらいすっ飛んでたね」
声は望月さんから。
凄い、直球で斬り捨てた……! そういやこの人、こういうところのある人だった!
その瞬間、圧はわたしじゃなくて望月さんの方を向く。
「おお、こわ。なるほど……? ふ~ん。ダメだよ、そんな怖い顔しちゃ。せっかくの可愛い顔が台無しだよ~?」
一方、圧を受けているはずの望月さんは、さも平然とケタケタ笑いながら、胡乱なことを軽くぼやく。
ちょっと、わたしと出会ったばかりの時のことを思い出して、感動してしまった。
さすがは『吸血の夜』。さすがは『秋原のジョーカー』。さすがは望月干果。
彼女にとって、こういう『類』は、むしろ『手玉に取りやすい相手』なのだろう。
……わたしとおんなじで。って思うと癪に障るけど。
ともあれ、味方だと大変頼もしい。この圧に全然付き合わないんだから。
寄藤さんも、それが余計に癪に障ったのだろうか、今度は明確に、望月さんに詰め寄って口を開く。
「――はあ? 誰か知らないけど、なに勝手に分かった顔をしているわけ? ……たしかにあの『神罰』の時は、不覚にも油断していたけど。その後、ちゃんと立ち上がったわたしの活躍は見てないわけ」
「見てないねえ。だって、君、完全に『かませ』だったし。ずっと黙ってた『白夜の聖剣』はともかく、それよりも加藤さんの二刀流とかの方が、よっぽど凄かったよ?」
自分の『異能』と、与えられた『輝剣』による三刀流。
あの加藤さんの三本の変幻自在な剣による『冥王の庭』と『黄金時代』を同時に相手取っての神殺しは、確かに開幕の『聖剣』と『神罰』の戦い以外でも十分な活躍だった。
寄藤さんも『ガラティン』で戦ってはいたけど、『黄金時代』に完全に押されていて……支援に入った加藤さんが『黄金時代』は打ち倒した。
「…………ふん」
さすがにそれは寄藤さんも分かっているのか、一旦彼女は黙ってしまう。
「まあいいでしょう、別に初戦から見せても意味無いし? 今度こそ、わたしの『次代の聖剣』として選ばれた者の強さを見せてあげるわ」
? 『次代の聖剣』に『選ばれた』とは、どういう……?
「言ってるでしょ、わたしは彼女の『加護』に選ばれたのだから――」
「……寄藤。そこまで」
「んっ」
ふわっと、寄藤さんの後ろに逸見さんがやってくる。
「あまり、対戦相手の前で喋りすぎるものではない。……そもそも、君の『異能』は、そういうものでもないだろう」
「先輩……! いえ、そうではなく……!」
「寄藤、待て」
「んぅ」
……逸見さんの一言だけで、寄藤さんの刺すような圧は消えてしまった。
おかげでわたしもほっとして、戸枝さんから手を離す。
それから逸見さんは、わたし達の方を見た。
「すまないね。今日の試合を上手く運べずに、少々気が立っていたんだ。……許してほしい」
あの『白夜の聖剣』にそう言われたら、許すしかないけど……。
「ほら、一応挨拶は出来たし。行こう、寄藤。明日に向けて反省会だ」
そう、肩を優しく叩くと、逸見さんはそのまま歩いていく。
逸見さんが離れたことで、またあの圧が戻ってくる。
「寄藤……負けを引きずりすぎるな。勝負なんだ。勝ち負けはある」
「…………」
「寄藤」
「……わた――」
――しは、負けてなんていない。だって脱落にはなっていない。
だけど、あの局面、あの場、あの試合においての自分は完全に負け犬だった。
でもそれでも、自分はまだ『聖剣』の次代として――
――ってあたりまで、彼女が言いよどんだ言葉の全てが、一言一句、完全に分かってしまう。
そうしていると、ふっと微笑んだ逸見さんが。
「――寄藤、おいで」
――そう言ってまだわたしに噛みつきそうな寄藤さんに、微笑みながら手を差し出した。
「は」
え、なにそれは。わたしも、わたしも『熱剣』からやってほしい! と思って戸枝さんをみたら、凄く引かれた……なんで……。
「は、はい……でも」
「――というより、今日はもう凄く疲れた。はやく反省会をすまして、明日に向けて寝たい」
なんて、今度は本当に疲れて、しんどそうな逸見さん。やっぱり今までの顔はちょっと無理をしていたのか。
そりゃそうだ、この人はこんな顔をしておきながら、最初の『雷速で打ち出される、雷霆の神罰』から『最後に堕ちてくる一振りの雷』まで、ただじっと、その雨雲を睨み続けていた人だ。
他の円卓に自らの魔力を分けながら、いつか『必ず落ちてくる雷』に備え、見事に受け止めきった、規格外の化物だ。
「は、はい――わかりました――!」
「うん。……しかし、今日のは本当に、一回戦で……魅せる試合じゃなかったぞ。おかげでせっかくの『新技』も、ちょっとだけ見せ場無しだ」
などとぼやきつつ、最後に「なんでこうもレベルが高いんだ――?」などと首を傾げながら、『現状の三年五指』の一人、『雷の神罰』を最後まで逃さなかった彼女は去っていった。
「あんたがインフレレベルをずっと上げ続けてんだろうがよ~……」
なんて、横で水野部長がぼやいていた。