わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
二回戦の相手は、秋田の私立巻物高校だった。
今の三年五指の一人『戯曲の悪魔』・薄墨時雨を部長とする強豪校で――
「ああ、あれ? 三年五指って、確かもう……」
不思議そうに首を傾げる望月さん。
言われてわたしも考えてみる。
かの『白夜の聖剣』、逸見明音。
鶴久の『征服者』、目黒次美。
初戦で相手をするはずだった灘魏高校の『雪崩』、卯尾弾世。
初戦で『聖剣』と大怪獣バトルした『雷の神罰』、笠原望。
……そしてなにより、わたし達、秋原の部長『海神の槍』、水野弥生。
……で、もう五人なのでは?
「やっぱり水野部長が入ってないとか?」
「なんでやねん。あのね、あれは目黒から見た五本指だからね? わかる~? 目黒当人は入ってないんだよ」
それは『征服者』が折るべき指、破るべき者達だから、目黒次美は当人をカウントしていない。
なるほど、確かに言われてみれば納得できる……。
「ついでに言うと、『白夜の聖剣』も三年五指には入っていない。あれは全部の指を折った後の、もう片方の拳全部だ」
なるほど、それも納得できる。
となると、『白夜の聖剣』と『三年五指』。
それに『征服者』目黒次美を加えた計七名が、現在の三年最強。
…………つまり、身も蓋もないのが、あと二人もいる。
「けれど、そうなるとこちらの方は本当に五指なんですね」
『戯曲の悪魔』・薄墨時雨。
『異能』はたしか『デア・ドクトル・ファウスト』とかいう……。
よく分からない『異能』のなまえ。悪魔と呼ばれているんだから、なんか恐ろしい物だと思うんだけど……。
「ん~、こいつがねえ……。まあ見た目はゴシック趣味のいかれチビなんだけど~」
と、わたしより小柄な水野部長が言うからには、かなり小柄なのだろう。
「あたしが『絶好調中の絶好調』ならともかく、『そこそこ好調』のあたしだと……。なんつうか『面倒』」
「面倒」
そこそこ厄介とかかなり厄介とかでもなく、『面倒』。
「一旦喰らわないと意味分かんないんだけど、喰らうともう終わりなんだよな~……。あ~と、まず君ら、ゲーテの『ファウスト博士』についてどの程度知ってる?」
げーて? ふぁうすと?
「ああ、名前だけなら」
「えーと……悪魔と契約する話ですわね……」
「よし、まあ戸枝ちゃんくらいの意識でいいよ。要するにこいつは一度『契約』しちゃうと、終わる。そういう『異能』」
契約すると終わる異能……。でも、それなら契約しなければいいんでは?
「これがコイツの面倒なところで……。君ら、この試合……というか、大会で何を願う?」
え? そりゃあ……。
「勝つこと、とか、優勝することとか……」
「そう、まず大会に参加している時点で、『勝つこと』を意識する。――だからあいつはそれを『契約条件』にしている」
――は?
「……あの、それは無法がすぎるのでは」
「つっても即死するって程じゃないよ……そんな大した魔力量は、こいつにはない。だから、こいつは『
「勝ち時だけを……? あの、余計にややこしくなってきたんですけど」
「説明しすぎてもハマるから面倒だな……ええっと、まあこればかりは喰らわないとその感覚は分からんし」
「ただ、その時にはもう術中なんだよな~」と面倒そうにぼやく水野部長。
「……とりあえず、『契約されずに勝つ』場合の、勝ち筋だけ教える。ほら、『悪魔は憑く』もんだろ? だから、まずは『憑かなきゃ契約もされない』。つまり、『異能』発動中のあいつか、あいつの手下連中に視認さえされなければ、まず『契約』もされない」
水野部長が指を五本立ててから、その上からもう片方の手でぐしゃっとした。
「だからあいつに見つかる前に狙撃する、もしくは気づかれぬように近づいて闇討ちが最適解。……『悪魔』に闇討ちできるかは置いといて、狙撃や広範囲攻撃はかなり有効だ」
はあ、とりあえず見つからなければいい。要はかくれんぼ?
「もし、『契約』された後でも、『あいつを意識せず』無差別爆撃で、都合よくぶっ飛ばしたら勝てる。……つっても、その狙いも意識しすぎるとハマるんだが」
……?? ……????
「とりあえず、佐守さんがもうパンクしてるんで……そろそろいいでしょうか?」
「しょうがない。ちょっと佐守ちゃん向きじゃない相手だしな~。なので、とりあえず戸枝ちゃんと山名には頑張ってもらうよ~。山名の調子は~?」
「……私は部長みたいにその日の気分でブレたりしないんですけどね」
そう言っている山名先輩は、二つの試合用の模擬剣を肩に担ぐ。
『異能』の触媒として、山名先輩は二本持っていく。普段使っている『モシン・ナガン』っていう狙撃銃の『異能』と、他にも狩人道具を取り出す『ハントレス』っていう二つの『異能』を使っている人だからだ。
こういう一人複数『異能』持ちの人は、たまにいる。……まあ、あの『白夜の聖剣』を除けば二、三種で、大半は片方に統合されたり、片方だけを進化させるらしい。
どちらかにしないと、どちらも中途半端になるから。
山名先輩みたいに、狙撃の腕も狩人の腕も一流で、他のスキルも色々巧みな人の方が珍しい。
「別にどっちも大したことない異能だよ。むしろどっちも中途半端だし。戸枝はどう?」
「そうですね。今日なら最大四発でしょうか」
合宿のお陰で体力もついた戸枝さん。レーヴァティンの残弾数も上がっている。
それもまだ感覚、成長中。なので、多分この試合の最中でも、『増える』。
…………と、思う。
「じゃあ」
そう言って、山名先輩は望月さんの方を見た。一方、望月さんは山名先輩にぷいっと顔を背ける。合宿の時から色々あったけど、なんだか望月さんは山名先輩が苦手っぽい?
「望月、調子はどう?」
「え、ああ。……まあ、普通ですけど」
「そうか、それは重畳だ」
「はあ?」
「この試合、お前の仕上がりが結構大事になるからな」
「…………はあ?」
よく分からないけど、山名先輩は望月さんを凄く意識しているようだ。
わたしの知らない所で、何があったんだろう。
「部長さんのことは分かりましたが、他のメンバーの方々は……? たしか巻物高校は、他にも『怪異』系の『異能』持ちが多いと聞きましたが」
「知らない。名前を聞いたことがなくてさ~」
? 水野部長でも名前を聞いたことがない……?
それって、どういう……。
「ま、あたしが忘れてるだけって可能性もあるし? 相手のツラでも拝めば思い出すじゃろ。さあ秋原の出陣じゃ~」
そんなことを考えていると、試合準備のブザーが鳴り、わたし達は控室を出ていった。
◇
試合開始前、選手同士並んで向かい合っている時間。
相手のメンバーを眺めた水野部長は、珍しく苛立たしげに唇を噛んだ。
「おい薄墨……。これはどういうことなのかな~?」
先輩は、薄墨と呼ばれるその先輩……わたしや水野部長よりもさらに小柄で、だけどお上品そうで……なんだか洋風のお人形みたいな雰囲気の、その先輩に問う。
「あらあら、あらあら。なにがでしょうかしら?」
「なにがじゃね~よ。お前、背後のお前……それ、全部一年生だろ」
え? 一年生……? そう思っていると、彼女は口元に手を当ててニコニコ微笑む。
「なにわろてんねん。いよいよマジで勝ちを捨てたか~?」
「あらあら、うふふ……。もう、むしろ逆でしてよ? こちらは貴方対策ですわ」
「は~?」
「秋原の水野弥生と言えば、奇策で有名ですから――こうして、全員未知のお相手を、ご用意いたしました」
「これなら、対策もとれませんよね?」と彼女は笑う。
「ふざけんなよお前……相手があの『白夜の聖剣』とかならまだしもさ~!」
「ふざけてなどおりません、正気も正気です。……というよりも、貴方も意識してくださいます? 貴方も、『海神の槍』――十分、対策対象だということを。ましてそこに『終の熱剣』が入った――ともなれば、私立秋原(あなたたち)は白夜高校と同レベルの警戒対象です」
――つまり、ただでさえ奇策ばかりの水野部長に、『熱剣』戸枝小春が揃った秋原は、警戒されて然るべき相手である。なんなら、一応は種も割れている白夜以上に。
「……あれ? わたし達だけハードゲーム……?」
「まあ散々掻きまわすって意味では、うちの部長もあの『聖剣』も変わらんか……」
「あ~……! まあいいよ、分かった! どの道こっちは初戦みたいなもんじゃ! よろしくな~!」
「はい、よろしくお願いします……うふふ」
癪に障る笑顔を浮かべる薄墨さん。たしかに雰囲気は怖いけど……目黒さんほどの威圧感はない。魔力量も、さほど感じない。
そう思うと、やはり『熱剣』戸枝さんも、ウチの部長も、そしてあの『征服者』もやっぱり魔力量ではかなり規格外だと分かる。……あの『聖剣』を抜きにすれば。
……けれど、なんか薄っすらとした気味の悪さ、みたいなものを感じた。
しいて言うなら、最初に出逢ったときの望月さん、みたいな――
◇
開始場へと移動する。
今回のフィールドは、大きいけれど、少し古い洋風の市街地だった。
中央には大きな時計塔と、それから大きな川が町を分けている。
「……この建物群だと、熱剣を使っても射線を防がれそうですね」
「ああ。でも中央の川は水野部長にはいいんじゃないの?」
「ん~……まあ、今日の調子なら多少の無茶はできるけどね~。……けど、この川だけじゃフィールド全体までは抑えきれんし、無茶をしても、やっぱり射線は防がれる」
「けれども、これはチャンスだ」と付け加える水野部長。
「射線が通らないのはあっちも同じだ。あいつはとにかく『視認される』と『契約相手』にされちまうからね。ひとまず試合開始と同時に、山名は早めに斥候にいって、決めれるなら狙撃で決めちまえ。あいつ自身は別に大したことねえから――」
そう話していると、試合開始のブザーが鳴った――と同時に、急にあたりが暗くなった……?
……なんだろう。夏の昼間なのに、まるで夜が来たみたいに。
そう思って頭上を見上げると、なんか――太陽が見つからなかった……。
さらに首を傾げていると同時に、巨大な狼の遠吠えと共に、あの大きな時計塔が破壊された――!
「……『日を喰らう狼』! スコルですわ!」
「ああくそ~……! おい、山名はすぐにいけ! そんで他の面子は――えーと、あたしと戸枝ちゃん、あと佐守ちゃんと望月で散会!」
わたしと……望月さん……?
「一塊になってると、全員纏めて『契約』される! そんでこの状況だと望月は結構重要だ、マジで!」
「え、ああ、はい……?」
そう言われている望月さんは、何故か得心がいっていないのか、首をさらに傾げていた。
「佐守ちゃんは望月をしっかりと護衛! 戸枝ちゃんはあたしとあいつらのボスをなんとか不意打ちで叩く! 以上、散会!」
◇
よい狙撃スポットを見つけた山名は、そこで二本の試合用の模擬剣を手に取る。
こうなったら、自分も重要になるだろう。向こうの狙いはまだ分からないが、依然、狙撃が有効なのは変わらない。
「――『その肉も、その血も、すべて天からの恵みとして、私はすべてを頂こう』」
歌い上げるは、前とは違う狩人の詠唱。山名の二つの異能は結局のところ、本質的には『狩人としての己』である。
「『願わくばこの殺生が意味あるものに。思いは野辺の露となるべし』」
また、件の冬の狙撃手も元は『狩人』だった――なのでその二つは共に相性のいい物。
「――『解体。ハントレス』『必当。モシン・ナガン』」
故にそれらは矛盾なく成立し、『狩人の鉈を持つ狙撃手』という、山名有為の戦闘中の姿が完成する。
故にそれらは矛盾なく成立し、『狩人の鉈を持つ狙撃手』という、山名有為の戦闘中の姿が完成する。
「さて」
片方の鉈を床に刺して、片方の狙撃銃で狙いをつける。
おおよそ向こうの開始地点は――と思っているところで、彼女はそれを見た。
(ああん……?)
(どうした山名! 珍しく、夜でもないのに変な声あげて……!)
(まるで知ってるみたいに変なこと言わんでください先輩。……ええと)
どう答えればいいのか……ひとまず、山名有為は見たままを告げる。
(……パチパチ光るもんが、なにかフィールド上をジグザグに走ってます……。こう、フィールドを上から、がりがり塗りつぶしていくみたいな動き方で)
とにかく、光が走っている。
ただ、その速度が異常だ。あまりにも速すぎる。
(さっきのスコル……でしょうか――だとすると……)
(あ~……日を喰らう狼だからな、マジで日食と同じ速度で走っているとか?)
(……? どういう意味です?)
(太陽を覆うまでの速度。大体音速と同じくらいだったかな。……つっても、『音速の魔狼』なんて一年生が入ってきたら、それこそ戸枝ちゃんくらい噂になっているはずだ。だから、ありゃ多分、入部してから『限りなく音速に特化させられた』、異形の魔狼だ)
つまり自前の魔力量の限りで、速度重視にパラメーターを激振りした魔狼。
(……なるほど、それならまあ分かります。となれば、索敵専用か、あれは)
あの速度で走り回る魔狼が、攻撃力や耐久力などもそのとおりだとすると、かなり厄介だ。
ただ、開始前に見たかぎり、彼ら一年生に戸枝小春を上回るような規格外はいない。
戸枝ならともかく、そして未知数な佐守ならともかく。ただの一年生にそこまでの魔力量はいない。
となれば、悪魔の『契約相手』を探すために速度に特化させたのだろう。
(薄墨ならマジで『契約』されただけで面倒だ……。山名、今のうちに撃ち抜けんか?)
(そう思っているんですけど、さすがに速くて――)
しかし、ここは市街地で、追いかけてもすぐに建物が遮ってしまう。
おまけに、市街地をジグザグに立体方向にも走っている。
時折明滅する光のおかげで、なんとか見失わずに済んでいるが――そこまで推理して、ふと別の考えがよぎる。
(…………なぜ、明滅する?)
日食狙いならその闇の中で敵を討てばいいだろうに、まるで、わざわざこちらに見せつけるかのように。
考えられるのは薄墨の『異能』だが、『悪魔』が『契約相手』を選ぶのは、あちら側が視認するか否かであり、こちらだけが視認している状態は問題ない。
なので、狙撃が最適解。なので、本来明滅する意味はない、どころか逆効果なのだが――
そこまで考えたところで、山名の狙撃銃のスコープが、狼を捉える。
――魔狼が、口を開く。
『日を喰らう魔狼』が口を開いたのだ。
ならば、そこにあるのは必定――
(――――っ!)
次の瞬間、狙撃銃を覗く山名の目が焼けた。
(……やられた。私狙いだ、アレ)
(あ~? なにっ、どうした山名ぁ!?)
(片目……利き目の方やられました……あいつ、太陽喰ってるんだ。口を覗けば、そらそうだ……)
まさか、本当に太陽そのもの、ということはないだろう。
あくまで今、このスタジアムから奪った分の太陽光程度だろう。
……しかし、それを一瞬でも覗けば、山名にとっては『スコープで太陽をそのまま見た』のと同義である。
「くそ……いってぇな……どうする」
どうするもなにも、もはや今の山名有為は、狙撃手として詰みである。
斥候能力も当てにはならず、片目では距離感もつかめず。まして見知らぬ街の市街地なぞ最悪だ。
(おい、スコープだけ外して銃は持っておけ! 魔狼つっても銃は狼の天敵だろ!)
(まあ、一応持っておきますかぁ……!)
水野部長からの提案に答えつつ、山名はスコープを外して、片手では扱いにくい長銃と大鉈の二刀流状態に移行する。
完全に秋原側の斥候・索敵能力は奪われた。あれだけ水野を狙い撃ちにしていた巻物学園だ。ならばその優秀な副官である山名を狙わぬ理由もなく、加えて山名の狙撃は、薄墨時雨の『悪魔』に特効。ならば、即座に潰しにくるに決まっている。
「こうなると……。まずいな、完全に向こうのペースだ」
日を喰らう狼。
速度特化にしあげたかったのだろうが、それならば他の魔狼でもいい。
無論、今の陽光で山名を不意打ちするのも狙いの一つだろうが……。
(なによりも夜だ……。いや、正確には日食だが、どの道、『空に太陽がない』ことに変わりはない……)
そして、巻物学園はそうした夜に蠢く怪異系の『異能』を、数多く有している。
しかも、なによりもここは――中央に大きな時計塔と川を抱く古い町並みは――
(佐守は気づいていない……というか、そもそも知らない様子だったけど、どう見てもこのフィールドのモデルは十九世紀末から二十世紀初頭のロンドンだ……)
多くの怪異と都市伝説が、現実、創作、史実、虚飾さまざま入り乱れたあの街の夜が、ここには再現されている。
となると、何が出てくる? それこそジャック・ザ・リッパーか? フランケンシュタインの怪物か? ああ、そもそも奴の戯曲が書かれたのだって――
「……はあ、ダメだな」
冷静に、今の自分では恐らく無理だと判断した上で。
(……望月)
(ああ、なんですか?)
彼女はただ一人、この状況を打破できる可能性がある、望月へと声をかけた。
そう、ロンドンの夜というならばこちらにも一人、隠し玉がいる。
この状況を間違いなく、ひとりで覆せるジョーカー。その仕掛けの仕上がりに――
(望月、お前はこいつら相手に一人で『勝てる』か?)
どうか頼む。『勝てると言ってくれるな』と、山名は願いつつ。
(……………………『僕は負けない』)
(は)
狙い通りの言葉に、思わず苦笑を漏らした。
(水野部長、盤面覆せる駒は、用意しときましたよ)
我ながら、最悪の手段を取ったものだと思いつつ。
今回ばかりは仕方がない、許せ望月と山名は心の中で謝罪する。
なにしろ相手は『悪魔の契約』だ。元々、正面対決などするべきではない相手。
『契約』には『詐称』を。『要求』には『虚言』を。
奴らが『戯曲の悪魔』を唄うなら――
(望月が隠し玉になれます。こいつなら多分、『契約』されても問題ない)
――こちらは『不死身の吸血鬼』で勝負をしよう。
(はあ、どういう……)
(本当か! よし、まあ頑張っていくか~……!)
言葉を聞いてから、山名は「さて」と残った狩人道具を握りしめ――
そこで、『魔狼』の爪に雑に引き裂かれた。
◇
最初の脱落のブザーは、秋原側から。
一方その頃、巻物学園側では。
「……日陽ちゃん、誰か轢きましたかしら?」
建物の中にまだ体を隠しつつ、自分の使い魔とした彼らに念話で話しかける。
日陽というのは、薄墨がスカウトした一年生。
秋原側が予想した通り、北欧神話の太陽を喰らう魔狼『スコル』に変身できる『異能』を有している。
(あー………分からないです。多分どなたか蹴り殺したかもですけど、ただこの速度だと自分でも見つけにくくて)
(もう、ちゃんと視認してください? あなたが見たかどうかで、今動くべきか変わるのですから)
その性能は山名が予想したとおり、かなりピーキーに育てられており、『契約相手』を探すための速度と、なによりこの『夜の維持』にこそ、彼女の『異能』は充てられている。
(多分、四人までは見つけたと思います……『海神の槍』と『熱剣』は見つけやすいですし。あと二人、なんか一緒にいた一年生を)
(ふむ、そうなると轢いたのは、山名さんかしら)
だとしたら、巻物学園としては有難い。
あの女さえいなければ、この夜は己のもの。
誰にも邪魔させない、彼女だけの舞台が出来上がる。
(いいでしょう、そろそろ動く時間です)
ぱちり、懐中時計を閉じて、彼女は外へ出る。
「うふふ……それにしても、十九世紀末のロンドンだなんて、素敵な舞台を用意してくださったこと」
童女のような可憐さと、作り物めいた儚さと、古人形じみた外見はまさに魔性。
悪魔は楽しげに唄い出す。
「――『ティック・タック。ティック・タック。愛しきあなた? さあ、今こそ契約を』」
今日二度目の詠唱。悪魔の唄う契約を迫る詩を歌いながら、童女が踊る。
「『「時よ止まれ。お前はいかにも美しい」そういえる景色を見た時、あなたの心を頂きましょう』」
それが、この『契約』の条件。『契約相手が「時よ止まれ」と言える瞬間』。それこそが、この『異能』の真の『発動条件』。
かちり、と、懐中時計を閉じて。少女は広間の中心で停止する。
「――『契約。デア・ドクトル・ファウスト』」
――その瞬間、虚飾の夜にも負けない闇が、少女を中心に新たに『四つ』生まれ、しっかりと彼女の心に繋がった感覚がした。
「しっかり四つ……となると、先程日陽ちゃんの言っていた四人でしょうか? なら、墜ちたのは山名さんで間違いないようですね、ふふ……」
この『契約』をしたところで、その場所や、誰かまでは分からない。
ただし、この『契約』は既に落ちた山名を除いた四人にしっかり取り憑いた。
悪魔のささやきは、すでにもう始まっている。
「ふふ……山名さんが堕ちて、他の方々は私が取り憑いた……ならばもう、この勝負で『負けることはありません』」
くつくつと笑いながら、少女は踊る。
「日陽ちゃんはもう“維持”の方に移動してもいいですよ。ここからのあなたは舞台装置です」
この夜は、『スコル』がいてこそ成立する。彼女は『夜を成立させるための舞台装置』。
とはいえ、無論演者が一人では舞台は回らず……。
「さあ、みなさん出てきておいで。――ここからが、私達の夜のお時間ですわ」
戯曲の悪魔は故に魔性の仲間たちを呼び出した。この、仮想のロンドンの夜に眠る魔性たちを。
――闇が広がる。悪魔の夜は、いまからまさに深くなる。