わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで   作:遠野静

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第17話 二回戦と、半端者達の夜(前編)

 二回戦の相手は、秋田の私立巻物高校だった。

 今の三年五指の一人『戯曲の悪魔』・薄墨時雨を部長とする強豪校で――

 

「ああ、あれ? 三年五指って、確かもう……」

 

 不思議そうに首を傾げる望月さん。

 言われてわたしも考えてみる。

 

 かの『白夜の聖剣』、逸見明音。

 鶴久の『征服者』、目黒次美。

 初戦で相手をするはずだった灘魏高校の『雪崩』、卯尾弾世。

 初戦で『聖剣』と大怪獣バトルした『雷の神罰』、笠原望。

 ……そしてなにより、わたし達、秋原の部長『海神の槍』、水野弥生。

 

 ……で、もう五人なのでは? 

 

「やっぱり水野部長が入ってないとか?」

 

「なんでやねん。あのね、あれは目黒から見た五本指だからね? わかる~? 目黒当人は入ってないんだよ」

 

 それは『征服者』が折るべき指、破るべき者達だから、目黒次美は当人をカウントしていない。

 なるほど、確かに言われてみれば納得できる……。

 

「ついでに言うと、『白夜の聖剣』も三年五指には入っていない。あれは全部の指を折った後の、もう片方の拳全部だ」

 

 なるほど、それも納得できる。

 となると、『白夜の聖剣』と『三年五指』。

 それに『征服者』目黒次美を加えた計七名が、現在の三年最強。

 

 …………つまり、身も蓋もないのが、あと二人もいる。

 

「けれど、そうなるとこちらの方は本当に五指なんですね」

 

 『戯曲の悪魔』・薄墨時雨。

 『異能』はたしか『デア・ドクトル・ファウスト』とかいう……。

 よく分からない『異能』のなまえ。悪魔と呼ばれているんだから、なんか恐ろしい物だと思うんだけど……。

 

「ん~、こいつがねえ……。まあ見た目はゴシック趣味のいかれチビなんだけど~」

 

 と、わたしより小柄な水野部長が言うからには、かなり小柄なのだろう。

 

「あたしが『絶好調中の絶好調』ならともかく、『そこそこ好調』のあたしだと……。なんつうか『面倒』」

 

「面倒」

 

 そこそこ厄介とかかなり厄介とかでもなく、『面倒』。

 

「一旦喰らわないと意味分かんないんだけど、喰らうともう終わりなんだよな~……。あ~と、まず君ら、ゲーテの『ファウスト博士』についてどの程度知ってる?」

 

 げーて? ふぁうすと?

 

「ああ、名前だけなら」

 

「えーと……悪魔と契約する話ですわね……」

 

「よし、まあ戸枝ちゃんくらいの意識でいいよ。要するにこいつは一度『契約』しちゃうと、終わる。そういう『異能』」

 

 契約すると終わる異能……。でも、それなら契約しなければいいんでは?

 

「これがコイツの面倒なところで……。君ら、この試合……というか、大会で何を願う?」

 

 え? そりゃあ……。

 

「勝つこと、とか、優勝することとか……」

 

「そう、まず大会に参加している時点で、『勝つこと』を意識する。――だからあいつはそれを『契約条件』にしている」

 

 ――は?

 

「……あの、それは無法がすぎるのでは」

 

「つっても即死するって程じゃないよ……そんな大した魔力量は、こいつにはない。だから、こいつは『デア・ドクトル・ファウスト(メフィストフェレス)』なんだ。こいつはね、『勝ち“時”だけを奪う悪魔』なんだよ」

 

「勝ち時だけを……? あの、余計にややこしくなってきたんですけど」

 

「説明しすぎてもハマるから面倒だな……ええっと、まあこればかりは喰らわないとその感覚は分からんし」

 

「ただ、その時にはもう術中なんだよな~」と面倒そうにぼやく水野部長。

 

「……とりあえず、『契約されずに勝つ』場合の、勝ち筋だけ教える。ほら、『悪魔は憑く』もんだろ? だから、まずは『憑かなきゃ契約もされない』。つまり、『異能』発動中のあいつか、あいつの手下連中に視認さえされなければ、まず『契約』もされない」

 

 水野部長が指を五本立ててから、その上からもう片方の手でぐしゃっとした。

 

「だからあいつに見つかる前に狙撃する、もしくは気づかれぬように近づいて闇討ちが最適解。……『悪魔』に闇討ちできるかは置いといて、狙撃や広範囲攻撃はかなり有効だ」

 

 はあ、とりあえず見つからなければいい。要はかくれんぼ?

 

「もし、『契約』された後でも、『あいつを意識せず』無差別爆撃で、都合よくぶっ飛ばしたら勝てる。……つっても、その狙いも意識しすぎるとハマるんだが」

 

 ……?? ……????

 

「とりあえず、佐守さんがもうパンクしてるんで……そろそろいいでしょうか?」

 

「しょうがない。ちょっと佐守ちゃん向きじゃない相手だしな~。なので、とりあえず戸枝ちゃんと山名には頑張ってもらうよ~。山名の調子は~?」

 

「……私は部長みたいにその日の気分でブレたりしないんですけどね」

 

 そう言っている山名先輩は、二つの試合用の模擬剣を肩に担ぐ。

 『異能』の触媒として、山名先輩は二本持っていく。普段使っている『モシン・ナガン』っていう狙撃銃の『異能』と、他にも狩人道具を取り出す『ハントレス』っていう二つの『異能』を使っている人だからだ。

 

 こういう一人複数『異能』持ちの人は、たまにいる。……まあ、あの『白夜の聖剣』を除けば二、三種で、大半は片方に統合されたり、片方だけを進化させるらしい。

 どちらかにしないと、どちらも中途半端になるから。

 

 山名先輩みたいに、狙撃の腕も狩人の腕も一流で、他のスキルも色々巧みな人の方が珍しい。

 

「別にどっちも大したことない異能だよ。むしろどっちも中途半端だし。戸枝はどう?」

 

「そうですね。今日なら最大四発でしょうか」

 

 合宿のお陰で体力もついた戸枝さん。レーヴァティンの残弾数も上がっている。

 それもまだ感覚、成長中。なので、多分この試合の最中でも、『増える』。

 …………と、思う。

 

「じゃあ」

 

 そう言って、山名先輩は望月さんの方を見た。一方、望月さんは山名先輩にぷいっと顔を背ける。合宿の時から色々あったけど、なんだか望月さんは山名先輩が苦手っぽい?

 

「望月、調子はどう?」

 

「え、ああ。……まあ、普通ですけど」

 

「そうか、それは重畳だ」

 

「はあ?」

 

「この試合、お前の仕上がりが結構大事になるからな」

 

「…………はあ?」

 

 よく分からないけど、山名先輩は望月さんを凄く意識しているようだ。

 わたしの知らない所で、何があったんだろう。

 

「部長さんのことは分かりましたが、他のメンバーの方々は……? たしか巻物高校は、他にも『怪異』系の『異能』持ちが多いと聞きましたが」

 

「知らない。名前を聞いたことがなくてさ~」

 

 ? 水野部長でも名前を聞いたことがない……?

 それって、どういう……。

 

「ま、あたしが忘れてるだけって可能性もあるし? 相手のツラでも拝めば思い出すじゃろ。さあ秋原の出陣じゃ~」

 

 そんなことを考えていると、試合準備のブザーが鳴り、わたし達は控室を出ていった。

 

◇

 

 試合開始前、選手同士並んで向かい合っている時間。

 相手のメンバーを眺めた水野部長は、珍しく苛立たしげに唇を噛んだ。

 

「おい薄墨……。これはどういうことなのかな~?」

 

 先輩は、薄墨と呼ばれるその先輩……わたしや水野部長よりもさらに小柄で、だけどお上品そうで……なんだか洋風のお人形みたいな雰囲気の、その先輩に問う。

 

「あらあら、あらあら。なにがでしょうかしら?」

 

「なにがじゃね~よ。お前、背後のお前……それ、全部一年生だろ」

 

 え? 一年生……? そう思っていると、彼女は口元に手を当ててニコニコ微笑む。

 

「なにわろてんねん。いよいよマジで勝ちを捨てたか~?」

 

「あらあら、うふふ……。もう、むしろ逆でしてよ? こちらは貴方対策ですわ」

 

「は~?」

 

「秋原の水野弥生と言えば、奇策で有名ですから――こうして、全員未知のお相手を、ご用意いたしました」

 

「これなら、対策もとれませんよね?」と彼女は笑う。

 

「ふざけんなよお前……相手があの『白夜の聖剣』とかならまだしもさ~!」

 

「ふざけてなどおりません、正気も正気です。……というよりも、貴方も意識してくださいます? 貴方も、『海神の槍』――十分、対策対象だということを。ましてそこに『終の熱剣』が入った――ともなれば、私立秋原(あなたたち)は白夜高校と同レベルの警戒対象です」

 

 ――つまり、ただでさえ奇策ばかりの水野部長に、『熱剣』戸枝小春が揃った秋原は、警戒されて然るべき相手である。なんなら、一応は種も割れている白夜以上に。

 

「……あれ? わたし達だけハードゲーム……?」

 

「まあ散々掻きまわすって意味では、うちの部長もあの『聖剣』も変わらんか……」

 

「あ~……! まあいいよ、分かった! どの道こっちは初戦みたいなもんじゃ! よろしくな~!」

 

「はい、よろしくお願いします……うふふ」

 

 癪に障る笑顔を浮かべる薄墨さん。たしかに雰囲気は怖いけど……目黒さんほどの威圧感はない。魔力量も、さほど感じない。

 そう思うと、やはり『熱剣』戸枝さんも、ウチの部長も、そしてあの『征服者』もやっぱり魔力量ではかなり規格外だと分かる。……あの『聖剣』を抜きにすれば。

 

 ……けれど、なんか薄っすらとした気味の悪さ、みたいなものを感じた。

 しいて言うなら、最初に出逢ったときの望月さん、みたいな――

 

◇

 

 開始場へと移動する。

 今回のフィールドは、大きいけれど、少し古い洋風の市街地だった。

 中央には大きな時計塔と、それから大きな川が町を分けている。

 

「……この建物群だと、熱剣を使っても射線を防がれそうですね」

 

「ああ。でも中央の川は水野部長にはいいんじゃないの?」

 

「ん~……まあ、今日の調子なら多少の無茶はできるけどね~。……けど、この川だけじゃフィールド全体までは抑えきれんし、無茶をしても、やっぱり射線は防がれる」

 

「けれども、これはチャンスだ」と付け加える水野部長。

 

「射線が通らないのはあっちも同じだ。あいつはとにかく『視認される』と『契約相手』にされちまうからね。ひとまず試合開始と同時に、山名は早めに斥候にいって、決めれるなら狙撃で決めちまえ。あいつ自身は別に大したことねえから――」

 

 そう話していると、試合開始のブザーが鳴った――と同時に、急にあたりが暗くなった……?

 ……なんだろう。夏の昼間なのに、まるで夜が来たみたいに。

 そう思って頭上を見上げると、なんか――太陽が見つからなかった……。

 

 さらに首を傾げていると同時に、巨大な狼の遠吠えと共に、あの大きな時計塔が破壊された――!

 

「……『日を喰らう狼』! スコルですわ!」

 

「ああくそ~……! おい、山名はすぐにいけ! そんで他の面子は――えーと、あたしと戸枝ちゃん、あと佐守ちゃんと望月で散会!」

 

 わたしと……望月さん……?

 

「一塊になってると、全員纏めて『契約』される! そんでこの状況だと望月は結構重要だ、マジで!」

 

「え、ああ、はい……?」

 

 そう言われている望月さんは、何故か得心がいっていないのか、首をさらに傾げていた。

 

「佐守ちゃんは望月をしっかりと護衛! 戸枝ちゃんはあたしとあいつらのボスをなんとか不意打ちで叩く! 以上、散会!」

 

◇

 

 よい狙撃スポットを見つけた山名は、そこで二本の試合用の模擬剣を手に取る。

 こうなったら、自分も重要になるだろう。向こうの狙いはまだ分からないが、依然、狙撃が有効なのは変わらない。

 

「――『その肉も、その血も、すべて天からの恵みとして、私はすべてを頂こう』」

 

 歌い上げるは、前とは違う狩人の詠唱。山名の二つの異能は結局のところ、本質的には『狩人としての己』である。

 

「『願わくばこの殺生が意味あるものに。思いは野辺の露となるべし』」

 

 また、件の冬の狙撃手も元は『狩人』だった――なのでその二つは共に相性のいい物。

 

「――『解体。ハントレス』『必当。モシン・ナガン』」

 

 故にそれらは矛盾なく成立し、『狩人の鉈を持つ狙撃手』という、山名有為の戦闘中の姿が完成する。

 

 故にそれらは矛盾なく成立し、『狩人の鉈を持つ狙撃手』という、山名有為の戦闘中の姿が完成する。

 

「さて」

 

 片方の鉈を床に刺して、片方の狙撃銃で狙いをつける。

 おおよそ向こうの開始地点は――と思っているところで、彼女はそれを見た。

 

(ああん……?)

 

(どうした山名! 珍しく、夜でもないのに変な声あげて……!)

 

(まるで知ってるみたいに変なこと言わんでください先輩。……ええと)

 

 どう答えればいいのか……ひとまず、山名有為は見たままを告げる。

 

(……パチパチ光るもんが、なにかフィールド上をジグザグに走ってます……。こう、フィールドを上から、がりがり塗りつぶしていくみたいな動き方で)

 

 とにかく、光が走っている。

 ただ、その速度が異常だ。あまりにも速すぎる。

 た(・)だ(・)の(・)狼(・)の(・)速(・)度(・)で(・)あ(・)れ(・)ば(・)、(・)山(・)名(・)は(・)絶(・)対(・)に(・)外(・)さ(・)な(・)い(・)。(・)た(・)と(・)え(・)魔(・)狼(・)で(・)あ(・)ろ(・)う(・)と(・)も(・)。

 

(さっきのスコル……でしょうか――だとすると……)

 

(あ~……日を喰らう狼だからな、マジで日食と同じ速度で走っているとか?)

 

(……? どういう意味です?)

 

(太陽を覆うまでの速度。大体音速と同じくらいだったかな。……つっても、『音速の魔狼』なんて一年生が入ってきたら、それこそ戸枝ちゃんくらい噂になっているはずだ。だから、ありゃ多分、入部してから『限りなく音速に特化させられた』、異形の魔狼だ)

 

 つまり自前の魔力量の限りで、速度重視にパラメーターを激振りした魔狼。

 

(……なるほど、それならまあ分かります。となれば、索敵専用か、あれは)

 

 あの速度で走り回る魔狼が、攻撃力や耐久力などもそのとおりだとすると、かなり厄介だ。

 ただ、開始前に見たかぎり、彼ら一年生に戸枝小春を上回るような規格外はいない。

 戸枝ならともかく、そして未知数な佐守ならともかく。ただの一年生にそこまでの魔力量はいない。

 となれば、悪魔の『契約相手』を探すために速度に特化させたのだろう。

 

(薄墨ならマジで『契約』されただけで面倒だ……。山名、今のうちに撃ち抜けんか?)

 

(そう思っているんですけど、さすがに速くて――)

 

 た(・)だ(・)の(・)音(・)速(・)程(・)度(・)な(・)ら(・)ば(・)、(・)山(・)名(・)有(・)為(・)は(・)な(・)ん(・)と(・)で(・)も(・)対(・)応(・)で(・)き(・)る(・)。

 しかし、ここは市街地で、追いかけてもすぐに建物が遮ってしまう。

 おまけに、市街地をジグザグに立体方向にも走っている。

 時折明滅する光のおかげで、なんとか見失わずに済んでいるが――そこまで推理して、ふと別の考えがよぎる。

 

(…………なぜ、明滅する?)

 

 日食狙いならその闇の中で敵を討てばいいだろうに、まるで、わざわざこちらに見せつけるかのように。

 考えられるのは薄墨の『異能』だが、『悪魔』が『契約相手』を選ぶのは、あちら側が視認するか否かであり、こちらだけが視認している状態は問題ない。

 なので、狙撃が最適解。なので、本来明滅する意味はない、どころか逆効果なのだが――

 

 そこまで考えたところで、山名の狙撃銃のスコープが、狼を捉える。

 

 ――魔狼が、口を開く。

 『日を喰らう魔狼』が口を開いたのだ。

 ならば、そこにあるのは必定――

 

(――――っ!)

 

 次の瞬間、狙撃銃を覗く山名の目が焼けた。

 

(……やられた。私狙いだ、アレ)

 

(あ~? なにっ、どうした山名ぁ!?)

 

(片目……利き目の方やられました……あいつ、太陽喰ってるんだ。口を覗けば、そらそうだ……)

 

 まさか、本当に太陽そのもの、ということはないだろう。

 あくまで今、このスタジアムから奪った分の太陽光程度だろう。

 

 ……しかし、それを一瞬でも覗けば、山名にとっては『スコープで太陽をそのまま見た』のと同義である。

 

「くそ……いってぇな……どうする」

 

 どうするもなにも、もはや今の山名有為は、狙撃手として詰みである。

 斥候能力も当てにはならず、片目では距離感もつかめず。まして見知らぬ街の市街地なぞ最悪だ。

 

(おい、スコープだけ外して銃は持っておけ! 魔狼つっても銃は狼の天敵だろ!)

 

(まあ、一応持っておきますかぁ……!)

 

 水野部長からの提案に答えつつ、山名はスコープを外して、片手では扱いにくい長銃と大鉈の二刀流状態に移行する。

 完全に秋原側の斥候・索敵能力は奪われた。あれだけ水野を狙い撃ちにしていた巻物学園だ。ならばその優秀な副官である山名を狙わぬ理由もなく、加えて山名の狙撃は、薄墨時雨の『悪魔』に特効。ならば、即座に潰しにくるに決まっている。

 

「こうなると……。まずいな、完全に向こうのペースだ」

 

 日を喰らう狼。

 速度特化にしあげたかったのだろうが、それならば他の魔狼でもいい。

 

 無論、今の陽光で山名を不意打ちするのも狙いの一つだろうが……。

 

(なによりも夜だ……。いや、正確には日食だが、どの道、『空に太陽がない』ことに変わりはない……)

 

 そして、巻物学園はそうした夜に蠢く怪異系の『異能』を、数多く有している。

 しかも、なによりもここは――中央に大きな時計塔と川を抱く古い町並みは――

 

(佐守は気づいていない……というか、そもそも知らない様子だったけど、どう見てもこのフィールドのモデルは十九世紀末から二十世紀初頭のロンドンだ……)

 

 多くの怪異と都市伝説が、現実、創作、史実、虚飾さまざま入り乱れたあの街の夜が、ここには再現されている。

 

 となると、何が出てくる? それこそジャック・ザ・リッパーか? フランケンシュタインの怪物か? ああ、そもそも奴の戯曲が書かれたのだって――

 

「……はあ、ダメだな」

 

 冷静に、今の自分では恐らく無理だと判断した上で。

 

(……望月)

 

(ああ、なんですか?)

 

 彼女はただ一人、この状況を打破できる可能性がある、望月へと声をかけた。

 そう、ロンドンの夜というならばこちらにも一人、隠し玉がいる。

 この状況を間違いなく、ひとりで覆せるジョーカー。その仕掛けの仕上がりに――

 

(望月、お前はこいつら相手に一人で『勝てる』か?)

 

 どうか頼む。『勝てると言ってくれるな』と、山名は願いつつ。

 

(……………………『僕は負けない』)

 

(は)

 

 狙い通りの言葉に、思わず苦笑を漏らした。

 

(水野部長、盤面覆せる駒は、用意しときましたよ)

 

 我ながら、最悪の手段を取ったものだと思いつつ。

 今回ばかりは仕方がない、許せ望月と山名は心の中で謝罪する。

 なにしろ相手は『悪魔の契約』だ。元々、正面対決などするべきではない相手。

 

 『契約』には『詐称』を。『要求』には『虚言』を。

 奴らが『戯曲の悪魔』を唄うなら――

 

(望月が隠し玉になれます。こいつなら多分、『契約』されても問題ない)

 

 ――こちらは『不死身の吸血鬼』で勝負をしよう。

 

(はあ、どういう……)

 

(本当か! よし、まあ頑張っていくか~……!)

 

 言葉を聞いてから、山名は「さて」と残った狩人道具を握りしめ――

 そこで、『魔狼』の爪に雑に引き裂かれた。

 

◇

 

 最初の脱落のブザーは、秋原側から。

 一方その頃、巻物学園側では。

 

「……日陽ちゃん、誰か轢きましたかしら?」

 

 建物の中にまだ体を隠しつつ、自分の使い魔とした彼らに念話で話しかける。

 日陽というのは、薄墨がスカウトした一年生。

 秋原側が予想した通り、北欧神話の太陽を喰らう魔狼『スコル』に変身できる『異能』を有している。

 

(あー………分からないです。多分どなたか蹴り殺したかもですけど、ただこの速度だと自分でも見つけにくくて)

 

(もう、ちゃんと視認してください? あなたが見たかどうかで、今動くべきか変わるのですから)

 

 その性能は山名が予想したとおり、かなりピーキーに育てられており、『契約相手』を探すための速度と、なによりこの『夜の維持』にこそ、彼女の『異能』は充てられている。

 

(多分、四人までは見つけたと思います……『海神の槍』と『熱剣』は見つけやすいですし。あと二人、なんか一緒にいた一年生を)

 

(ふむ、そうなると轢いたのは、山名さんかしら)

 

 だとしたら、巻物学園としては有難い。

 あの女さえいなければ、この夜は己のもの。

 誰にも邪魔させない、彼女だけの舞台が出来上がる。

 

(いいでしょう、そろそろ動く時間です)

 

 ぱちり、懐中時計を閉じて、彼女は外へ出る。

 

「うふふ……それにしても、十九世紀末のロンドンだなんて、素敵な舞台を用意してくださったこと」

 

 童女のような可憐さと、作り物めいた儚さと、古人形じみた外見はまさに魔性。

 悪魔は楽しげに唄い出す。

 

「――『ティック・タック。ティック・タック。愛しきあなた? さあ、今こそ契約を』」

 

今日二度目の詠唱。悪魔の唄う契約を迫る詩を歌いながら、童女が踊る。

 

「『「時よ止まれ。お前はいかにも美しい」そういえる景色を見た時、あなたの心を頂きましょう』」

 

 それが、この『契約』の条件。『契約相手が「時よ止まれ」と言える瞬間』。それこそが、この『異能』の真の『発動条件』。

 

 かちり、と、懐中時計を閉じて。少女は広間の中心で停止する。

 

「――『契約。デア・ドクトル・ファウスト』」

 

 ――その瞬間、虚飾の夜にも負けない闇が、少女を中心に新たに『四つ』生まれ、しっかりと彼女の心に繋がった感覚がした。

 

「しっかり四つ……となると、先程日陽ちゃんの言っていた四人でしょうか? なら、墜ちたのは山名さんで間違いないようですね、ふふ……」

 

 この『契約』をしたところで、その場所や、誰かまでは分からない。

 ただし、この『契約』は既に落ちた山名を除いた四人にしっかり取り憑いた。

 悪魔のささやきは、すでにもう始まっている。

 

「ふふ……山名さんが堕ちて、他の方々は私が取り憑いた……ならばもう、この勝負で『負けることはありません』」

 

 くつくつと笑いながら、少女は踊る。

 

「日陽ちゃんはもう“維持”の方に移動してもいいですよ。ここからのあなたは舞台装置です」

 

 この夜は、『スコル』がいてこそ成立する。彼女は『夜を成立させるための舞台装置』。

 とはいえ、無論演者が一人では舞台は回らず……。

 

「さあ、みなさん出てきておいで。――ここからが、私達の夜のお時間ですわ」

 

 戯曲の悪魔は故に魔性の仲間たちを呼び出した。この、仮想のロンドンの夜に眠る魔性たちを。

 

 ――闇が広がる。悪魔の夜は、いまからまさに深くなる。

 

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