わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで   作:遠野静

19 / 86
第18話 二回戦と、半端者達の夜(中編)

 山名先輩が堕ちた後、かちゃりと、何か心に変なものが……。水野部長の『海神の加護』を受けた時のような感覚が、わたしの中にきた。

 不思議になって首を傾げていると、望月さんがとんとんと肩をたたいてくる。

 

「佐守さんも感じたんだね。それなら間違いないようだ」

 

「それって、望月さんも?」

 

「うん。……あの狼にどこかで見られたかな」

 

 あの、狼。点滅していた魔狼。

 じゃあ、さっきの心に直接来るような感じは……。

 

(――おい、いまのでなんか妙な感覚があったやつら、全員挙手)

 

(戸枝)

 

(望月)

 

(さ、佐守……)

 

(あたしも……あ~最悪。これで全員『契約』された……それで今、山名は落ちてる……)

 

 一番、『悪魔』と『契約』される前に倒せる可能性が高い山名先輩を、一番に落とされた。

 このままでは、夜の深みにハマるばかりだ……とにかく、今はあの狼さんを倒せれば、きっとこの夜を解除できるはず……!

 

(いや、それができるならありがたいんだがな……できれば、山名が撃ち落としてる……山名でも捕まえられない魔狼だ。あたしらじゃ、まず追いつく足がない)

 

 足……足……。

 わたし達に、狼に追いつけるほどの足はない。

 そして、狩人であり狙撃手であり、索敵能力の一番高い山名先輩が堕ちた。

 

 でも、その前に『望月さんなら勝てる』みたいなことを言っていた。

 山名先輩は何を求めて望月さんに託したのかは知らないけれど……。

 

「望月さん、こっち……」

 

「えっああ」

 

 ぎゅっと彼女の手を掴んで、街はずれの裏路地に連れ込んで、それからぐっと彼女の顔周りを腕でふさぐ。

 

「うわっ、え、壁ドン? おいおい……君と僕なら逆じゃん?」

 

「ちょっと黙っててください」

 

(佐守さん、どうかしましたか……?)

 

 ……! と、戸枝さん……!

 

(あー、えー……ああ、今、佐守さんに壁ドンされてんだ。羨ましい?)

 

(はあ?)

 

(逆だろ)

 

 ……恥ずかしい! 今自分がやってること、これからやろうとしていることを色々考えると……ちょっと、聞かれているのは大分恥ずかしい……!

 少なくとも、絶対に戸枝さんには今後のアレコレを見られたくない……ので!

 

(すみません、先輩……ち、ちょっとだけ望月さんと二人でお話を!)

 

(あ~ん? 何か落とせる案があんだな?)

 

(あの、もしかしたらいけるかもです……!)

 

(よし、ならそっちは任せる……! あと、望月!)

 

(はい)

 

(街中の夜の怪異共が相手だ。でも、魑魅魍魎であればお前も得意分野だ。山名が言った事をあたしは信じるぞ……!)

 

(どういうことですか……?)

 

(やれば分かる! 多分、んじゃ)

 

 一旦念話を切る。あとは目の前の望月さんだ!

 

「なになに? 佐守さんからそんなに積極的にくるとは思わなかったな。こういうのは僕からかと」

 

 あなたは多分、そういう時でも来ないでしょうよ。

 いや、それはあと……!

 

「望月さんは……吸血鬼ですよね!」

 

「はい?」

 

「望月さんは吸血鬼ですよね!」

 

「あー……まあ、一応……そういう能力ではあるけれど」

 

「望月さんは、吸血鬼です!」

 

 『異能』は『逸話・伝承の再現』と相性がいい。

 無論、ハントレスのようなふわっとした概念を纏うこともできるけれど。

 とにかく、その能力の深度には、そのお話だとかへの解像度の高さ、理解度の高さ――なによりも、『それが自分の魂の形だ』とハッキリ思うことが重要らしい。

 

 なんていうかこう。

 魂を物語の金型に。あるいは、物語を魂の金型に。

 ぴっしゃりと、はっきりと、しっかりと、ハマるような感覚が必要……らしい。

 

 なので、ともかく思い込みが重要なのだ。……多分!

 

「だって、そうじゃないですか。こんな暗い夜の街で」

 

 こんなにも魑魅魍魎とした夜の路地裏で。

 

「こんなに、黒い影を伸ばして」

 

 こんなに、薄ぼんやりとした呪いを身にまとい。

 

「こんなに、中性的な美貌」

 

 こんなに、へらへらと笑う白貌。

 

「――望月さんは、間違いなく吸血鬼です!」

 

「……君がやりたいことと言いたいことはなんとなく伝わったけどさぁ」

 

 はあ。と息を吐きながら、彼女はキョロキョロと周囲を見渡してから。

 

「……なるほど、そうだね。言われてみれば……ああ、そうかもしれない」

 

 そうボヤいてから、白い息を吐く。

 

「――『ああ、寒い。雪と狼と夜がくる』」

 

 いつか聞いた詠唱。吸血鬼の到来を謡う詩。

 ただその声色は、いつにもまして酩酊的だった。

 

「『処女達(はなよめ)の血が無ければ、僕は魂まで凍えてしまう』」

 

 冒涜的で、乾いて、飢えた、呪わしい夜を焦れる魔性の詩。

 

「――『着憑。デア・ナハト』」

 

 その瞬間、いつになく凄い速さで、望月さんの体から一気に漆黒の帳が広がった。

 彼女の剣も、模擬剣から漆黒の杭のような異形の獲物に代わる。

 

「……なるほど、出力が随分上がった」

 

 ふうん、と呟きながら、彼女はわたしの方を向いた。

 

「これで? 僕を『吸血鬼』に仕立て上げて、君は何がしたいの?」

 

「……一個、聞いてほしいんですけど」

 

 完全に賭け。それどころかただの思い付き。

 水野部長のような奇策ですらない。

 ただ、思ったこと、考えたことを、彼女に伝える。

 

「――――は?」

 

 首を傾げる望月さん。

 

「できます……か?」

 

「ううん……そうだな」

 

 感覚的には、微妙そうなラインかも、と言っているけど。

 でも、感覚的にいけそうなものが少しでもあるなら、きっとやれる。

 何よりも思い込みが大事なんだから。

 

「今の望月さんは吸血鬼です」

 

 だから、吸血鬼の能力は、もっといっぱい使えるはず。

 こんな曖昧な、あやふやな『吸血の夜』よりも、もっと具体的な『吸血鬼の力』、その『異能』を、きっと今の彼女なら持っているはず。

 

「……そうだね。ああ、どの道あいつを追いかけるには足が必須だ」

 

 ふうと息を吐いてから。望月さんは微笑む。

 禍々しく、歪んだ口の端を吊り上げて。

 

「……でも、いいんだね? それをやるってことは、君は――」

 

 彼女の細い手が、わたしの首を抱きしめる。

 彼女の中性的な白貌が、目の前からわたしを見つめる。

 

「…………いいから、やって」

 

 どの道、この体はとっくの昔に大蛇さんに捧げられた。

 穢れてないところの方が、きっと少ない。

 

「じゃあ、遠慮なく」

 

 そう言いながら、彼女はゆっくり、わたしの制服に手をかける。

 襟首が露わになる。……これ以上は、ちょっと、試合中に見せるのは、恥ずかしいところまで、わたしのあんまり日焼けもしてないちんちくりんな肌が露わになる。

 そこに、まるで口づけをするように――望月さんの牙が、わたしの首筋に喰らいついた。

 

「あ、んっ……!」

 

 ……少し、痛い。血が出る。

 ずるりと、いやなあまいにおいがする。

 でも、これはそういうものだ。そういう約束だ。

 

『吸血鬼と契約をする』というのは、こういうことだと意識して――

 

「ん……ふふ、甘いねえ」

 

 これが、試合中じゃなかったらよかったのに、なんて冗談みたいなことを彼女は言う。

 ……いや、試合中じゃなかったら絶対にやらせないよ?

 

「冗談だよ……お……?」

 

『ほう――』

 

 何か……呼んでもないのに、大蛇さんの声が……。

 

「ああ、なるほど? 君がアレか……さては『佐守さんを捕まえている悪い男』」

 

『黙れ、浮気魔。己は今ひたすらに機嫌が悪い』

 

 おお……あの大蛇さんと、他の誰かが会話している姿をみるのは初めてだ。

 でも、なんか……どうしたんだろう。すっごいバチバチしている……!

 

『……己は、コレを受け入れるか』

 

 こちらに向けられた問いに、心の中でうんと答える。

 とにかく、今はその力が必要だから……。

 

『……………分かった』『ならば』『己と“交わ”ることを許す』『だが、本流はあくまでこちらだ。あおは渡さん』

 

 今度は四頭の蛇の顔。それと同時に、首への物理的な吸血から、わたしの中へと与えられた望月さんの魔力と、わたしの魔力が上手く交じる感じが、した……。

 

「おお、怖い怖い……。ふぅ……」

 

 口の端から、わたしの血を溢しながら、彼女はわたしの体を抱きしめる。

 物理的な接触以上の強い繋がりを、今、彼女から感じている。

 なにより、わたしが彼女の『吸血』圏内に入っているのに、全然そこから吸われる感覚がない。

 同じ色のものに、同じ色を混ぜても変わらない、みたいな。

 つまり、今のわたしは――

 

「ようこそ、愛しい僕の姫?」

 

 よくいう。思ってもないくせに。

 そんなことより、今はこうした上で……!

 

「ああ。分かってるよ――そんなに焦るんじゃあない……ふふっ」

 

 今日の望月さんはいつになく上機嫌だ。

 上機嫌というよりも、なんだか少し自棄が入ってる気もする。

 ともかく、これでわたしは彼女の眷属で、あるならば――

 

「では、走れ――“我が人狼”よ」

 

 次の瞬間、全身に彼女の魔力が襲い掛かった。

 

◇

 

「――――?」

 

 一定の索敵を終えて、戻る日陽――『スコル』の背に、奇妙な感覚が走る。

 

 ――自分が、追いかけられている。

 

 あり得ない、今の自分は狼の足で地面壁を構わず、音速に近い速度で走っているというのに。

 いくらここが市街地で、移動が限られるとはいえ。

 こうも立体的に走る異形の魔狼に、迫る速度のものがたしかにあり――

 

 その足音の先、彼女の頭上高くの壁沿い、日食の空を背に、二人の――否、剣を口に咥えた一匹の狼少女と、その背に抱き着く一人の少女の姿があった。

 

◇

 

「ああ、あは……見つけたよ、ほら。あお。あっちだ!」

 

「ふぅう!」

 

 背中を機嫌よく叩かれて、わたしは機嫌悪く首を振って壁を駆ける。

 

 人間のままでは、とてもじゃないができない芸当。剣は口に咥えての、壁を駆ける四足軌道。

 『彼女の眷属』となったわたしなら、多分できる。彼女に力を与えられて、『吸血鬼のしもべ』の一つ――

 

 ――そう、人狼への変身が!

 

「まあ、結局よくわかんなくて、見た目はシッポと耳くらいだけどねえ」

 

「ふぁうっ!」

 

 言わないで! 恥ずかしいから!!

 

 なにはともあれ、骨格的には本来向かない立体機動も、なによりもこの魔狼に追いつくというには、自分も狼になるしか……ない……!

 

「――『おろひひゃん』」

 

 口に咥えた剣にいつもの魔力を込めて、全力で斬り捨てに向かう……!

 

「…………グゥッ!」

 

 不自然な変形、不自然な斬撃。なにより中途半端な人狼如きでは、いくら異形といえども魔狼には届かない。

 

 でも、こちらは一人じゃない。

 

「逃がさないよ」

 

 わたしの背中に乗っている、というと落としてしまうので、首に抱き着いている望月さんから伸びる影が、魔狼を捕まえんと伸びる。

 

「くぅ、ふぅうっ……!」

 

「……と、さすがに魔狼は怖いねぇ。伝承の規模が違う」

 

 所詮こちらはあやふやな吸血鬼の夜という概念。

 片や相手は神話に基づくれっきとした魔狼を名乗っている。それを速度に振っているのだ、そうそう捕まえられる相手じゃない。

 ……でも。

 

「こうなったら持久力勝負だ。この夜に逃げられるものなら逃げてみな」

 

 こと持久力、耐久力にかけては、望月さんの得意分野。

 眷属になったわたしにも、周囲から奪った分の一部が流れ込んでくる。

 これなら持久力がないわたしでも、十分に対応できるはず……!

 

「さあ、あお、走れ」

 

「はうぅっ!」

 

 ……なんかさっきから望月さんの呼び方が変わっているのと、やたらなれなれしいのが癪に障るけど!

 

◇

 

(というわけで、こっちは大丈夫そうで~す。あおちゃんは……なんか念話でも今は話すの無理そうですけど~……)

 

(よし、ナイスだ佐守ちゃん! 望月! そのままその魔狼はぶっ倒しちまえ! 狂犬レベルならウチの佐守ちゃんの方が絶対に強い!)

 

 念話による望月との会話で、やっと勝算が見えたと思う水野。

 種はまだ分からないが、あの魔狼は『戯曲の悪魔』薄墨時雨の舞台装置だ。

 他の連中の『異能』にも特大の影響を与えているに違いなく、これを崩せるのは大きい。

 

(問題は……『悪魔』当人はどうしようもないってことなんだよな~……。せめて誰か掛かってなければ……)

 

(先輩、前方に敵です。広場付近!)

 

(あーん……げぇ……)

 

 水路沿いを走る二人の前の広間で、童女が笑っている。

 否――あれこそは『戯曲の悪魔』薄墨時雨その人である。笑っている、どころか完全にこっちを視認して、余裕ぶって手まで振ってきている。まるで、『この戯曲の主役は私』とでもいうかのように。

 

(あんにゃろうめ~……!)

 

(あれが戯曲の悪魔ですのね? よく分かりませんが、この距離からならレーヴァティンでも当てて――)

 

(ストップ! それは最悪だ……! 一番どうにもならんことが起こる……!)

 

 ……やはり、上手く伝わっていない。

 前提知識がありすぎても余計にハマるので、水野弥生は意図的にぼかしたのだが。

 あまり、こちらが『勝ち』を焦りすぎると、余計に沼る。あれはそういう『異能』で、そういう化生だ。

 

 それを、一番うまく伝えるには――

 

(やっぱり、あたしがやるしかないか……)

 

 どの道、誰かが人柱になって伝えなければ、この状況は打破できない。

 

(望月、今もちゃんと魔狼は追ってんな?)

 

(ああ! は~い! あおちゃんが暴れ回ってて、はは! 鎮めるのも大変ですよぉ!)

 

 向こうでも戦闘は続行中。

 ならば、恐らく異変にも気づけるはず。

 それに、山名の残した言葉の意味も。

 

「よし、戸枝ちゃん。あたしは今から、この距離からあいつに全力で槍を撃つ。幸いここは水辺だし、今日のあたしでもある程度の火力は出せるはずだ」

 

「え、あ、はい――」

 

 困惑している戸枝に、とにかく槍のサイズを伸ばす。

 川の水を吸い上げて、巨槍を越えて打ち出される攻城兵器の類の大きさまで。

 

「結構、無理をしているが、これならあいつは確実に仕留められる。いいな、絶対だ」

 

「た、確かに物凄い魔力量ですが……?」

 

 未だ状況が分からず困惑している戸枝に、水野は「見てれば分かる」とだけ告げて。

 

「じゃあ、いいか! ここから起きることを全部、一つも残さず目に入れておくこと!」

 

 そう告げて、水野は巨大な槍を全力で投擲した。

 水路沿いの建物の壁面を削りながら打ち出される大きな水の矢。

 

 それは間違いなく薄墨に当たると、水野も戸枝も確信を持った。

 同時に、あれだけの魔力量。当たれば必ず勝て――

 

◇

 

――『勝てる』と、思いましたね?

 

◇

 

 爆発は、薄墨の背後。水野弥生渾身の一撃は、しかし薄墨をすり抜けていた。

 だが、それはおかしい。

 何故なら水の槍は、そもそも『当たる直前』で、自分達は彼女に当たる瞬間すらも、見ていないのに。

 

 まるで、その必殺の時、『勝てる』時だけが、スキップされたような。

 

「はあ……まあ当たらんわな……! よしじゃあ進路反転、撤退!」

 

「え、はい!?」

 

 状況を明らかにした上で、いきなり一目散に駆けだす水野に、戸枝はついていく。

 薄墨時雨に直接的な攻撃力はさほどではない……はずだが、それはなにより当人がいちばん理解しているはずだ。だというのにあの余裕っぷりは、間違いなくこの夜に護衛を忍ばせている。

 

 しかも対水野対策。なら、こちらは利用させるだけさせてもらって、後は再び撤退だ。

 

「今のがあいつの『異能』……。戸枝ちゃんはどう感じた?」

 

「えっと……。当たったと思った途端に爆発した……というか」

 

「もう少し厳密に」

 

「当たっていたはずの槍が……時間が飛んだみたいに気づいたら背後にぶつかっていた」

 

「そう、それがあいつの能力。『勝ち時だけを奪う』。『発動条件』はあいつへの攻撃で、こっちが『勝てると確信した時』、しかもこれは強制だ。任意じゃない。あいつが視認してない不意打ちでも、一度『契約』された相手は『勝ち時』を奪われる」

 

「はい……え、あ……――」

 

 よし、と戸枝が悩み始めるのを見て、水野は一旦説明を終える。

 頭のいい戸枝ならすぐに気づくだろう。この能力のいやらしさに。

 水野が『面倒』と言った理由に。

 

 ……問題は次だ。

 

(――望月! お前はどう感じた、今の!?)

 

(え~……なんか大きな爆発がありましたけど、あれって部長がノーコンだからですか?)

 

(んなことね~の! んじゃなくて、お前の回りに変化はあったか!)

 

(ああ、まあ……なんか急に魔狼とあおちゃんの動きがぴたっと止まって……。なんか時が止まったみたいになってましたね)

 

(でもお前は動けていたんだな?)

 

(ああ、うん。一応……というか、僕は別になにも無かったし……)

 

(よお~~し!! 望月! お前だけでもこっちに戻ってこれるか? いや、もう魔狼は放っておけ! お前だけが、あの悪魔に捕らわれない!)

 

(え、ああ分かりました。あおちゃん、待て――)

 

 勝ったと思うのは早計だ。早計だが、勝ちの目は間違いなく生まれた……!

 すべて合宿で、山名が散々望月を煽ってきてくれたおかげで。

 望月を負かし続けたおかげで。

 

「……よし、こうなったら望月が戻るまであたしらで適当に遊んでやるか」

 

「いいんですの……その『異能』の条件だと、意識すればするほど……」

 

「ハマるね。だからそれでいいんだよ」

 

 薄墨はまだ気づいていない。あいつがどう表現しているのかはしらないが。

 まさか『自分だけの時』に、まだ動ける魔性が存在しているとは。

 

「こうなったら、むしろハメまくってリズムに慣らしてやった方がいい。あいつの意表をついてまんまとハメ返した時の顔、間近で見てやろうぜ!」

 

◇

 

(先輩……敵の動きが変わりました。貴方に向けて一直線です)

 

(ふうん? あの望月さんと、佐守さんが……)

 

 首を傾げる。

 

(どうします? 足止めしま――)

 

(あら)

 

 急に動きが止まった部下に首を傾げつつ、隣を見る。

 向こうから、灼熱の剣が燃え上がっているのを見た。

 それと同時に、水野が動き出そうとしている姿も。

 

「なるほど、噂に聞いた『終の熱剣』。この距離でも必中必殺ですか」

 

 確かに凄い火力だ。物凄い炎の余波だけでも危ない。

 

「ですが、それも振り下ろされる前に止まっては無意味」

 

 周りが止まっている間に薄墨は軽く位置を変える。

 

 それと同時に、強力な熱の剣は振り下ろされる。

 輝くような灼熱の余波は、安全圏に逃げた直後でも少し近づけば燃え上がりそうだ。

 だが、『戯曲の悪魔』薄墨には『勝て』ない。そういう『異能』、そういう『契約』なのだから。

 

(そうですねえ……であれば、放っておいてもよいでしょう。――いえ、佐守さんだけは落としていきなさい。それは、未知数です)

 

 噂では『終の熱剣』も仕留めたという本当に謎の一年生。実際に魔力量も、よくわからない。

 

(望月さんの方は、放っておいていい。布江ちゃんをあなたの背中から剥がし、それで佐守さんだけ足止めを。貴方は生き残る方を優先しなさい。布江ちゃんは佐守さんとお相手を)

 

 迅速に、優先順位を間違えずに、部下に指示を出す薄墨。

 その判断は間違っていない。

 佐守あおは実際、薄墨に勝てるほどの魔力量を有しており。

 一方の望月干果は、大した魔力量ではない半端者。

 

 だから、望月は放っておいていい。と、彼女はそう誤認した。

 

◇

 

 ――急に背後から殺意を“察し”て、わたしは思わず振り返った。

 口に咥えた刃に、不可視の刃がガンとぶつかる。

 

「んぅ……!?」

 

「あおちゃん……!?」

 

 弾かれた望月が近づこうとするが、敵は見えない。

 いつかの『鶴久の絶剣』の『縮地』のようなもの……かと思ったが、それとも違う。

 だって、“これ”にはそこに至った者特有の、それこそ剣気のようなものがない。

 誇り高い剣ではなく、むしろ怯えたナイフの一刺しだ。

 だとすると、『透明化』そのものが『異能』の力だろうか……?

 

 どちらにせよ……こいつはわたしか望月さん、どちらかを狙っている。

 なんならここで二人まとめて墜とされる方が危険だ。

 

「ん…………く。望月さん、先にいってください」

 

 剣を一度口から放し、よいしょと立ち上がりながら、今度こそ正眼で剣を握りなおす。

 

「わたしはこの見えない敵を止めます。今は望月さんが、先です」

 

「ああ、そうだね……よし、分かった。あ、でも僕とのプライベートな念話はずっと繋がってるよ?」

 

 あおちゃんならいつでもかけてきてよ。って脳内で言ってきた。

 どうしよう、いらない……。

 なにはともあれ、人狼化は解除したけどまだわたしは彼女の眷属らしい。

 ならばやるべきはひとつ。

 

「望月さん……主を襲う刃は、眷属であるわたしが許しません。ここで『斬ります』」

 

 ちょっと、凝った言い回しも、してみたりして。

 

「はは」

 

 望月さんは笑って。

 

「それじゃあ命令だよ、あおちゃん。『絶対にその敵を斬れ』!」

 

「主命と……あらば……!」

 

 ノリがあったからなのか。急に望月さんから貰える魔力が増えていく。

 いや、純粋に望月さんがノッてきていて、吸血の能力が強化されているのだ。

 それでこっちに流れてくる量も増えている。これなら――

 

「多少“察し”で弾ける程度の不可視の刃なら、わたし一人で十分……!」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。