わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
――その日は、珍しく夢を見なかった。
いや、珍しいというか、初めてというべきかも。
少なくともわたしが記憶している限りで、あの夢を見なかった日はない。
けれど、わたしが戸枝さんに勝った――勝った? その日の夜は、不思議と悪夢を見た覚えはなくて、代わりに――
「……い、いたいよぉ」
……朝からすっごい筋肉痛が、全身を襲っていて。
『情けない。たった一戦でこれとは。学園に向かうのも一苦労だな』
――おまけに、イマジナリーな大蛇さんの声が、現実でも聞こえ続けているのだった。
「今日は、休むし……。だって痛いもん」
皆勤賞は逃すけど、別にどうでもいい。
そんなにイイ子のつもり、ないし。できれば休みたいくらいだし。
丁度いい理由ができたんだってことにしたい。しよう。
『ズル休みか。悪しきことだが、悪くない。自儘に振る舞えるようになったのは、一歩前進だな』
……ズルいとか、悪いとかは言われたくない。
だってしょうがないじゃん。体が動かないんだから。
『だから、悪くないと言った。……ただ、言い訳がましいのは悪い癖だな。理由を他者に押し付けるな。休むなら堂々とズル休め』
……なんです? この大蛇さん。
昨日から急に喋り出したかと思えば、、まるで保護者みたいなことを言って。
いや、保護者ならズル休みは推奨しない気がするけど……。
『似たようなものだ。己は御前の中にずっと巣食っていた。御前のことなら、御前よりもよく知っている』
……はい?
じゃあ、なんですか?
わたしのアレとかソレとかコレとかも、全部見てたってことですか。
『うん』
プライバシー! プライバシーが侵害されてます!
『御前が見られたくないと言えば、己は見ない。ただ、これまでは己の声が聞こえなかったからな。何、気にするな。己に人の情緒は分からぬ』
わたしが! 気にするの!
大蛇さんが人間じゃなくても、人の言葉をしゃべるなら、同じようなものじゃん!
『……そういうものか。うん、なら、これからはなるべく見ないようにする。
ただ、具体的には何を見ないでいるべきなのか』
部屋の中での行動全般!
『……それは、少し難しい。御前に巣食っているのだから』
じゃあせめて、お風呂とお手洗い! ……あと動画とか見ている時!
『うん。風呂と排泄はまあ分かる。けれど、“動画を見ている時”というのは、何故だ?』
だ、だって完全に趣味の時間だし……プライベートな時間は、なるべく一人で過ごしたいし!
『そういうものか。しかし、その割には御前、趣味の合う友を探していたような――』
それとこれとは別問題です!
一人で楽しみたい趣味と、誰かと共有したい趣味は、別なの!
『成程、面倒だな』
ばっさり切り捨てられた。なんだこの蛇。
『うん。ならこうしよう。御前が己を呼んだ時だけ、己は目覚める。それまでは……まあ、寝ていよう』
……いいの? ていうか、できるの?
『己にとって人の一生なぞ、瞬きのようなものだ。少々うつらうつらとしていれば、まあなんとかなる。……うん。年頃の娘の日常を覗くのは、たしかに趣味が悪いものだ』
そういう大蛇さんの声音は、ちょっとだけ寂しそうだった。
なんていうか思春期の娘を持ったお父さんみたいな。
……ちょっと可哀そうだし、なるべく話しかけてあげるようにしようかな。
いや、待った。なんでわたしが彼のことを思わないといけないんだろう。
この蛇、わたしのことを食おうとしているのに。
……ていうか、なんでわたし?
『それは、御前が■■■■の代わりとして、■■■で■■にされたからだ』
大蛇さんが説明してくれる。
けれど、なぜかそこだけノイズがかかったみたいにとぎれとぎれで、わたしには
悪夢を、思い出してしまいそうで。
気分が、悪くなる。
『……うん。無理に思い出す必要はない。これが御前の運命だとだけ知っていれば』
運命。
……なんていうか、雑な言葉。
どうとでも取れるし、どうにでも解釈できる言葉だし。
どんな不運な偶然も、運命だと言えば納得させられるって感じで、あんまり好きな言葉じゃない。
『うん。己も嫌いだ。……ただ、その道理も今は歪み始めている。昨日のことで。だから、悪くない兆候だ』
昨日のこと。
あの『白夜の聖剣』と同等と言われる戸枝さんを、打ち破ったこと。
たしかに、あれはおかしかった。
今にして思えば、全然道理が通らない。
そもそも無能のわたしが彼女に勝てるはずもなく――
『……最後はともかく。無能というのは、違う。御前には確かに魔力がある』
それはおかしい。だって昨日の魔力は、大蛇さんの魔力じゃないの?
『いいや。それは――』
そこで彼の言葉が途切れる。
どうしたんだろう。
『――昨日の熱剣が来るな。己は、黙っていた方がいいだろう』
はい? と首を傾げるわたしに、彼は答えず。
代わりに、カツカツと小気味よい足音が廊下から聞こえてきて、わたしの部屋の前で止まった。
……まさかとは思う。
だって朝だし。
登校時間だし。
この時間、このわたしに、わざわざ会いに来るような人は――
「ご機嫌は……よくないみたいですわね。おはようございます、佐守さん?」
「お、おはようございます……戸枝さん」
昨日、剣を交えた戸枝さんくらいしか、いないわけで……。
◇
「まったくわけが分かりませんわ。なんなんですの、貴方」
「え、ええっとぉ……」
人を部屋に入れたことがないので、ちょっと手間取ってしまったけど。
どうにか机を挟んで、彼女と向かい合う。
「無能だと、聞いていました。だというのに昨日の貴方は、私と張り合っていた。あれはどういう理屈でして」
「それは、わたしが聞きたいんですけど……」
「……貴方の『異能』は? 昨日のあの技は何?」
「……『大蛇さん』?」
『うん』
今のは呼んだわけではないんですけど。
「貴方の『異能』の能力は? 私の『熱剣』をどうやって逸らしたの」
「……なんだか、上手いことやって?」
正確には、わたしが逸らしたわけじゃない。
大蛇さんがわたしの体を使って、彼女の剣を薙いだ。
『うん。何れは、御前が地力でやれるようになってほしい』
「無理だよ、そんなの……」
「……誰と話していますの?」
戸枝さんに怪訝そうな瞳で見つめられた。
どうやら大蛇さんの声は、わたしにしか聞こえないらしい。
何となくそんな気はしていたけど、実際にこうして彼女と話すことで、ようやく確信が持てた。
「……はあ、まったく! 道理が通らないことばかりですわ。貴方は、私や学園を騙していたのかしら?」
「え、ぜ、全然……! そんなつもりはなくて……!」
「だったらちゃんと答えなさい! 昨日の技は何!? 貴方の魔力はどこから来たの!? ……それと、昨日と態度が全然違うのはなんなんですの!?」
「し、知らない……! 本当に、自分でも分からないんです……! あと、昨日は調子に乗ってました! すみません!!」
「勝者が謝らない! 私の剣を破ったのであれば、堂々としていなさい!」
「ひゃ、ひゃい……!!」
なんか……凄いな。
戸枝さんと話していると、背筋がしゃきっとする。
ていうか、しなきゃいけない気がする。
思わず見惚れてしまうわたしに、彼女はこほんと軽く咳払いをした。
「……まあ、敗者の私が強く言うことではありませんわね。失礼しました」
「え、えっと、そんな……ことは……」
ない、というとまた失礼になるのだろう。
……とにかく、今は彼女の問いかけに答えるべきだ。
答えられないことも多いけど、せめてもの誠意として。
「……その。本当に分からないんです。昨日までのわたしは本当に無能で……というより、今も別に魔力とか、感じないし……」
「……先天性の魔力欠乏は、ケースが少ないですものね。そうだ、少し背中を見せなさい」
「え? ……えっと、こうですか――」
戸枝さんに背を向ける。
ふわっと、暖かい春の匂いがした。
身体が温かいものに包まれる。
――戸枝さんに、後ろから抱き締められていた。
「……!? と、戸枝さん……!? 何、きゅうに――」
「魔女の髪の話は知らない? 魔力は髪に宿りやすいの。だから、髪の匂いを嗅げば、なんとなくわかります」
「そ、そうなんだ……」
なんかちょっと……ていうか、かなり恥ずかしい。
そもそもわたしの髪って傷んでるし、あんまり見られたくないんだけど……。
「…………」
「…………」
戸枝さんの体温が、背中から伝わる。
なんか、なんだろう。この時間……。
あんまりよろしくない気はするんだけど、悪くはない気がするというか。
――そもそも、誰かに抱き締められることも。
誰かの温もりを感じることも。
わたしの人生には、なくて。
……不思議と、泣いてしまいそうになる。
「――……変な魔力。捻じれているというか、歪んでいるというか」
そんなわたしの感傷を断ち切るみたいに、戸枝さんの冷たい声が聞こえた。
「貴方、昔なにかありました? ……事故だとか、そういうの」
「え? えっと、そういうのは特に――」
そもそも、わたしの過去は平凡そのものだ。
いや、魔力がない――『無能』と謗られていたから、平凡よりは少し下かもしれないけれど。
そう答えると、戸枝さんは再びわたしの髪に顔を埋めながら言った。
「そう。なら、これは意図的なものですのね。……本当に、趣味が悪い」
髪の隙間から聞こえる声音には、怒りが込められていた。
少し怖い。けど、わたしが怖がることじゃない。
戸枝さんの怒りは、ここにはいない誰かに向けられていて。
それが、わたしのための怒りなのだと分かったから。
「……大体、分かりました。いえ、分からないということが分かったのですけれど」
言って、戸枝さんはわたしから離れた。
普段と同じになっただけなのに、なんだか少し肌寒い。
「……ともかく。貴方の力量は何となく察しました。強い魔力は持っているようですが、剣に関しては素人。そうですね?」
「うっ……まあ、はい……」
ていうか、戦い自体初めてだ。なるべく争いは避けて通りたい。だって、負けたら嫌だし。
「……とはいえ、明日からはそうも言っていられないでしょう」
「え?」
「だって、貴方は選抜メンバーに選ばれましたもの」
「…………はい?」
選抜メンバーって、『国異』の?
……なんで? わたしが?
「……いいですか? 昨日、貴方は私を倒しました」
「はい……」
「つまりそれは、貴方には私を倒すだけの実力がある、ということです」
「いや、それは、違……」
「違うとしても、あの場で選抜戦を見ていた人達は、誰もがそう判断しました」
「ご、誤解……!」
「そう誤解させたのは貴方。すでに五名の選抜メンバーの中に、貴方が入っています。
明日、メンバーの顔合わせがありますから。ちゃんと登校するように」
「え、え~~……!」
無理、無理無理無理……! そもそも、昨日のだって、偶然だし……!
翌日には全身筋肉痛で動けなくなるようなわたしが、まともに戦ったこともないわたしが、どうやって勝てと――!?
「弱音を吐かない。……多少は、私も手伝いますから。ただ、逃げるようなことはしないで。それだと、きっと意味がなくなるから」
「ええ~……」
わたしは、何にも決めてないのに……。
そもそも、さ。
ずっと下を見て歩いてきたわたしが、今になって急に、前を向けと言われても。
苦しい……息が詰まる。
周りの視線、奇異の視線。/きっとこれまでより、もっと激しい嫌悪感。
「……っ」
明確にイメージ出来る。/お前では役者不足と誰かが罵る。
聞き覚えのある声がする。/顔は覚えてないけれど。
「わたしには……無理、です……」
「……でしょうね」
ため息ひとつ。
失望されてしまったのだろうか。戸枝さんに見捨てられたのか。
それも、嫌だ。
主役の光に嫌われたら、わたしは本当に何の価値も無くなってしまう。/彼女の誇りを汚してしまう。
でも……。
けど、だけど――
わたしには、わたしでは、わたしじゃ――
「――だから、私が貴方を鍛えて差し上げます」
「……え?」
「私だけじゃありませんわね。先輩方も含めて、皆さんで。ああ、気にしないでください。そもそも高校から『競異部』に入る方も多い。『異能』の使い方はともかく、『戦い方』は素人という方も、多いですから」
なるほど、そっか……。
別にどの『異能』も戦い向きってわけじゃないもんね。
そういう人は他の部活に入るし……。
「あれ、けど……うちって一応中け……きょ、強豪だし、ふ、普通に中学から強い生徒も上がってくるんじゃ?」
「今中堅って言いかけましたわね。……まあいいでしょう。中堅止まりのうち如きでは、推薦でも然程多くは入りません。よくて県内の二番手、三番手くらい。強い『異能』を持つ生徒は、皆県外の高校に行くか普通の部活に入ります」
それこそ白夜高校とか、去年の準優勝である鶴久とか。
去年のうちの成績は、ベスト八。それもちょっとグダグダ気味だったので、好んで入ろうとは思わないのかも。
「なので、戦える『異能』は希少です。まして、去年我が校を準々決勝まで導いたレギュラーは四人とも三年生だったのですから。彼女たちは卒業してしまった。つまり本戦を経験したことがあるのは部長一人だけ」
「わあ」
なんていうか、それではもうダメ……では?
「ダメではありません。――私がいます」
そう告げる戸枝さんの声は当たり前のように軽やかで。
「……それから、貴方も」
……その後、少し気恥ずかしげに視線をそらして呟いた。
「ええ……もう、この際だからハッキリと言います。私は調子に乗っていました。『白夜の聖剣』と同等と言われて、気分が良かった。居心地が良かった」
「……それは、いいことなのでは?」
謙虚は美徳だと言うけれど、誰かの期待や称賛を素直に受け入れられるのは、素敵なことだと思う。
それに応えられる自信があるってことだし。むしろ余計な謙遜のほうが癪に障る。
「――結果、貴方に舐めた態度を取った。余波で十分などと言って、構えすらもせず敗北した。……貴方のような規格外がそう何人も居るとは思いませんが、ともかく……そう……」
うーんと、首を傾げる戸枝さん。
何を言いたいのか困っているらしい。
「……ともかく! 私はもう油断しません。どのような相手でも……そう、たとえ貴方が相手でも、断じて!」
「あ、はい……!?」
「あとは貴方を友人とみなしますけど、それでもいいですわね!?」
「え、はい……えっ友人……!?」
友人……と言うのは、アレ?
友と人と書いて、のやつ。
つまり、友だち……。友だち……。
「友だちの、戸枝さん……」
「な、なんです……? 確かに、私が貴方に向けた態度を考えると、恨まれて仕方ないですけど。一応チームメイトになるのですから、あまり禍根を残しても……」
「戸枝さんの、友だち……」
「まぁ、また少し強引でしたね……。こういうところが、嫌われても仕方が……」
「嫌うわけなくないですか!?!?」
「声が大きい……!? 唐突になんですの……!!」
しまった。あまりにも予想外の言葉だったので、声量を誤った。
でも、けど、だって、友だちだよ?
わたしの人生において一人もいなかった存在だよ?
それも、『戸枝小春』さんの友だちだよ??
…………夢?
『現実だ。起きろ』
大蛇さんのツッコミが脳内から聞こえる。
……そう言えばこっちの方がよっぽど夢っぽかった。
「じゃ、じゃあ……わ、わたし、戸枝さんの『友だち』ということで!」
「え、えぇ……」
「友だち……友だちかぁ……えっへへ……」
夢に見たこと、色々できるのかな?
あっでも買い食いは学舎住まいだと難しいかも……えっとカラオケで引かれない歌ってあるかな?
格好……いや、やぁ~……ふ、双子コーデとかは……わたしと戸枝さんじゃ似合わないかなぁ……?
でもなんかちょっとこう、一個アクセサリーを揃えるとか、へへ……。
「……訂正します。友だちではなく、ライバルで」
「え゛」
グサリと。
多分あの熱剣を振り下ろされた時より重たい衝撃が胸を穿つ。
……でも、ふと思い直した。
「『ライバル』も……うん、いいですね!! 三年間、ずっとひたすら、じっとり切磋琢磨しましょう、戸枝さん!」
「ああもう、重い……! 貴方に適切な距離感ってありませんの!?」
『うん。これで中々溜め込みやすい娘だ。悪いが、宜しく頼む』
大蛇さん、その声は戸枝さんには聞こえませんよ?
ともあれ、ともかく、そういうことで。
わたしは、戸枝さんと『友だち』で『ライバル』になったのだ……!
「……そこは、どちらかにしておきなさいな」
◇
……翌日。
わたしは、頑張って学園に通った。
筋肉痛は治ったけど、まだ心の準備ができてない。
でも、と……『友だち』の戸枝さんに約束したし、行かなきゃと思ったのだ。
とは言え、所詮は昨日の今日。
『異能』の話は出回ってない。
いや、ちょっとは噂になっているかもだけど、わたしの扱いが変わるわけじゃない。
「おはよう……ございます……」
挨拶をして、いつも通り返事は返ってこなくて……机にはまた、いつも通りの花瓶が――
「あれ……?」
……特にない。
他の仕掛けとかも探してみたけど、別にない。
……なんなら、前より綺麗になっている?
「あ、あの……」
と、わたしにしては珍しく前の席の同級生に声を掛けた。けれどやっぱり挨拶は返ってこなくって、代わりに――
「ヒッ……」
なんて、短い悲鳴。
……恐怖? なんで?
理由もわからず混乱していると、教室の前の扉がガラガラ開いた。
担任が来るには早い。やってきたのは、戸枝さんだった。
「おはようございます」
そんな戸枝さんの挨拶にみんなは答えない。
そして戸枝さんも、別にそれを気にしていない。
彼女の瞳は真っ直ぐにわたしを見ていて。
それから綺麗な所作でわたしの元まで歩いてきて……。
「おはようございます、佐守さん」
「お、おはよう……? えっ、えっと……わたしに何か用ですか?」
「他にこのクラスに来る理由はありません。ちゃんと来てるか確認したかっただけ。……ふう、良かった。ちゃんと放課後の部活動にも、顔を出してくださいな」
「は、はい……!」
……というか、それしか目的じゃないし。
そんなことよりも――
「あ、あのう……戸枝さん? わたしの机に何かしました?」
もしもわたしの扱いが変わるとすれば、それは戸枝さんの影響くらい。
だって、他に知り合い、いないし。
外的要因だって、特にないし……。
そんなことを聞くと、戸枝さんは「ああ」と普段通りの顔で……。
「そうですね。早朝にもこちらへ来たのですが、まだ佐守さんが来ていなかったので……。ただ、随分机が汚れていたので、新しいものに替えて頂きました。あ、中身はちゃんと元通りに移してあります」
やっぱり……。
「……花瓶とか、乗ってませんでした?」
「乗っていたけど、捨てました。……あ、もしかして貴方が育てていたもの? そ、それならすぐ回収に行きますが……」
「そんなわけないじゃないですか……」
そう答えると、戸枝さんはほっと胸を撫で下ろしていた。
……机の中身は元に戻した。って言ってたよね。
でもその割に画鋲も剃刀も入ってない。
置いてけぼりのノートも、新しいものに替わっている。
……つまり、これは戸枝さんがやってくれた。ということで。
「あ、の……戸枝さん……! ちょっと廊下に……」
「どうして廊下に出る必要があるの?」
「いや、それは――」
だって、すごく周りの目が怖い。
でも、周りの方が怖がっているようだった。
わたしじゃなくて、戸枝さんを。
せめて、周りに聞こえないくらいの声量で、戸枝さんに問う。
「……あの、戸枝さん」
「なにかしら」
「……分かっていますか? わたし、その……」
「不当な扱いを受けていたようですね」
「わ、わかってるなら……!」
「でも、大丈夫よ。もしも今後、貴方に不当な扱いをするものが仮に一人でもいたら、私が教室中を焼き尽くすと言いましたから」
「――はぇ」
……言葉が出なかった。
焼き尽くす……ただの脅しではないのだろう。
彼女にはその『異能』があり、それを実行できる魔力があり、それを本当にやれる精神がある。
「……で、でも! あの、それ……」
「ああ、貴方が隠しても無駄です。……というか無意味。これはあくまでも私とこの教室の約束。なので貴方がどれだけ我慢しようとも、『私』が、『佐守さんが不当な扱いを受けている』と認識したら、この教室を『終わらせます』」
そういう呪いを掛けましたから。なんて、戸枝さんはしれっと言う……!
炎の剣ってそういうこともできるんだ……なんて感心してる場合じゃない!
「あ、あのあの……わ、分かってますか!? 戸枝さん、それって……!」
「分かってます。暫く貴方は腫れ物扱いになるでしょうね。……でも、イジメよりはマシだと、私は思いました」
「わ、分かってません……!!」
だってそれは、戸枝さんも巻き込むってことだ。
対象が『わたし』から『わたしと戸枝さん』になるってことだ。
そんなの……わたしのせいで戸枝さんがこのクラスで腫れ物扱いだなんて、そんなの……!
一昨日までヒーロー扱いだった戸枝さんが、そういう扱いを受けるなら、
「怖……! 貴方、そういう部分をもっと外にも出せば、別にイジメられずに済んだのではないの?」
腫れ物扱いはされたでしょうけど……。と、戸枝さんはちょっと引いてた。
「そもそも、私自身がこういう扱いを受けるのは慣れています。自分のクラスでも、似たようなものですし」
「え……戸枝さんが腫れ物扱い……?」
じゃあ戸枝さんのクラスメイトを斬り殺せばいいの?
「だから、極端なのよ貴方は……力を得たからなのか、それとも無自覚な面が前に出てるのか知らないけれど……」
はあ、とため息をはいてから、戸枝さんは両手を組んで言った。
「慣れていると言ったでしょう。上にせよ、下にせよ、突出したものは『異端』なの。学内という狭い世界の中で、そうしたものは弾き出される。当たり前の話でしょう?」
それを『当たり前』と言ってのけるのは、戸枝さんだけだと思うけど……。
けれども、戸枝さんは本当に気にしていないようだった。
強い。力じゃなくて、何かこう、メンタルが。
上手く言えないけれど、なんだか彼女は――
「だから私は、私だけの春が欲しい……。いえ、これは余計な話でしたわね」
――格好いい。
思わず見惚れていると、戸枝さんは気恥ずかしそうにコホンと咳をして。
「――はあ。雑談に興じる気はなかったのですけど。そろそろHRですし。では部活で。またね」
そう端的に告げて、戸枝さんは去って行った。
その後ろ姿まで、教室を出て扉を閉める所作まで、堂々としていて、凛々しくて、なんだかとっても、格好よかった。
「あ……。あの……さ、佐守……さん……?」
「え……?」
しばらく呆けていたら、前の席の娘が話しかけてきた。
珍しい――というか、初めてのことだ。
名前は……誰だっけ、思い出せない。
わたしがクラスから弾かれてたのは事実だけど、そもそもわたしが他人に興味が無さすぎるのも問題なのかも、とちょっと思った。
「え、えっと……な、なに……?」
「佐守さんって……戸枝さんと……その、どういう関係……?」
「どういう……って言われると、友だち……?」
「と、友――!?」
「あっ、でも、戸枝さんはライバル……? って言ってたような――」
「ライバル……!? 戸枝さんがそう言ったの……!? 佐守さんが言ったんじゃなくて!?」
「う、うん……わ、わたしは友だちの方が嬉しいけど……えへへ。その、この前の選抜戦で、倒しちゃったから……」
「倒したぁ!?」
ざわっと、教室中に動揺が走る。あ、変なことを言ったかも。
「いや、え、えっと……偶然とか、何か変なこととか、色々重なって……だから、べ、別にそんな……!」
「偶然だけで倒せる相手じゃないでしょ! だって、あの『戸枝小春』だよ!?」
「そ、それはそうだけど……」
ざわめきは収まらない。
悪い感じじゃない。嘲笑とか、そういうのは混ざっていない。
どちらかというと動揺、困惑、恐怖。
――ああ、戸枝さんが言っていたのってこういうことかって。
なんか思った。
「え、ええっと……他に用がないなら、いいかな……?」
「う、うん……ご、ごめんね……急に話しかけちゃって……」
「え、いや……それは全然……むしろ話しかけてほしい、し……」
わたしは戸枝さんとは違う。あんなに孤高で強くはあれない。
だから、素直に……嬉しかった。
「え、っと…………」
「あ、私は、佐藤……佐藤瞳」
「さとうさん」
甘い苗字。瞳って名前も、ちょっと綺麗。
でも、その瞳は、今は曇っている。
「えーと、さ……ごめんね」
「え、いや、別に話しかけてくれたことは、別に――」
嬉しいし。
「そうじゃなくて、これまでのこと。色々……」
ぼかしてる。
けど、分かる。
でも、こうして謝れると、なんか。
……なんか。
「……謝んなくていいよ。そんなので、わたしの気分は晴れないし」
――癪に障る。
彼女がどこまで加担してたかは知らない。
知らないけど、勝手にこれまでのことを『なかったこと』にするなと、わたしの心が叫んでいる。
「あっ……と……そうだよ、ね。ごめん……」
「……うん」
また、彼女の瞳が曇る。
――綺麗な瞳なのに。こんなことに加担して、その瞳を曇らせている。
また、そのこともやっぱり気分が悪い。
……もうめちゃくちゃだ。
わたしは別に彼女を嫌いじゃない。知らない人だから。
嫌いじゃないけど、これまでのことは許せない。だってイヤだったから。
許せないけど、不幸になってほしいわけじゃない。……だって、まだ知らない人だから。
全部が全部、わたしの思い、わたしの本心。
だから、だから……。
「あ~~……! う~~……」
「な、なに……!? だ、大丈夫佐守さん……!」
「うん……もういいや! もう何でもいいから、その話には触れないで!」
「う、そ、そうだよね……! ご、ごめん……」
「謝んないで!」
「う、ごめ……うん……」
「……あと、その……その。また、何かさ」
上手くは言えないけど。
気分は悪いままだけど、わたしがどの面下げて言うんだって話だけど。
でも、なんか、このままだとずっとむしゃくしゃするから、言っちゃえ。
「また……話しかけてくれたら、嬉しい……です」
「え……? う、うん……」
なんだか、最後だけまた敬語に戻っちゃった。
仕方がない。めちゃくちゃなことを言っているのは分かっているけど。
気分は複雑だけど。でも、今のわたしの想いはこうだから。
そのお願いに、佐藤さんは複雑そうな顔をして頷いてくれた。
実際、彼女が話しかけてくれることは、あるんだろうか?
……ないんだろうな。また席替えがあったら、席も離れるしさ。
けれど一旦、今日はここまで。わたしの気持ちは、これでスッキリ――とは、言えないけど。
少なくとも、自分が言いたかったことは伝えられたから、よしとしよう。
◇
そういうめちゃくちゃな朝もあったけど。
その後の学園生活は凄く平和だった。
……いや、まあ。
やっぱりクラスメイトは話しかけてはくれなかったし、これといって会話もなかったし。
あ、でも佐藤さんがレジュメを渡す時に「はい」とは言ってくれたけど。
あと、先生に当てられた時にこっそり正解教えてくれたけど。
まあ基本的には無視。
でも、少なくともこれまでのわたしの学園生活に比べたら圧倒的に平和だった。
わかりやすいいじめも、嘲笑の空気も無かった。ただなんとなく『どう扱っていいかわかんない』空気だけ。
これが、戸枝さんの言う『腫れ物扱い』ってやつなんだろう。
なら、この空気にわたしも慣れなくちゃね。
そんな感じでのうのうと過ごしてから、放課後。
みんなが部活動に行く時間。普段のわたしなら、まっすぐ帰る時間。
――わたしは、初めて部活棟に向かった。
◇
初めて足を踏み入れる部活棟。
初めて訪れる『競異部』の部室。ノックをして入ったら、そこにいたのは一人だけで――
「あ、君。昨日戸枝ちゃんを破った子! 待ってたよ~!」
わたしを思った以上に受け入れてくれたのは、昨日わたしを無理やり引っ張っていった、あの、わたしよりも小柄な先輩。
審判をしてくれていた、あの先輩。
わたしの運命を引っ張っていった、件の先輩だ。
「あたしの顔、覚えてる? まあ覚えてるよね。ごめんね~……試合用の模擬剣持ってたから、ついウチの部員だと思ってさ~……」
申し訳なさそうにふわふわした長髪を掻く先輩。
でも、そのことは別に。
なんかあの勢いというか、押しの強さがないと、今のわたしはなかったと思うし。
……っていうか、そういえばこの人の名前を聞いていなかった。
「あ、そうだね。別に名乗らなかったし……あたしは水野弥生ってんだ~」
水野……弥生……。
なんだろう、しっくりくる名前。ふわふわと、でも勢いがある時は押されちゃう人だからかな。
「あ、三年生で、部長ね」
「……あ、なるほど。部長さん……」
……。
…………?
「ぶ、部長さん……!?」
「たはは、そんなに驚かれると困っちゃうな。まあ、あんまり部長の風格とかないもんね、あたし」
「え、そ、そんなことは……!」
……た、多分。ないかと。
たしかに、あんまり長身じゃないわたしと同じくらいの背格好だし、なんかふわふわして見えるけど……。
「ま、ともかく見てたよ~? っていうか審判してたし……『噂の一年生』を破った、さらなる一年生! これはもう、選抜メンバーに入れるしかないってあの時確信したんだよね!」
「…………!」
ご、誤解……とは言えない……。
この人が一番しっかり、間近で見てた人だもん……!
「というわけで~、あたしも選抜メンバーなので、よろしくね~……えっと、佐守あおちゃん。佐守ちゃんでいい?」
何か軽いけど……!
「は、はい……えっと、水野先輩? 水野部長……?」
「どっちでもいいよ。呼びやすい方で適宜呼びな~」
「は、はあ……」
「なんなら弥生ちゃんでもいいよ?」
「そ、それは……ちょっと……!」
戸枝さんですら戸枝さん呼びなのに。
あと一応体育会系の部活動で、上下関係もあるんだし。
あんまり気軽なのも……。
「ううん……? なんか硬いな~……。また、戦いが始まったら違うのかな? まあそう気張らず、気楽に行こうよ」
……むしろ、水野部長が軽すぎるんだと思うんだけど。
大丈夫? この人が選抜メンバーで。
いや、わたしが選ばれている時点でめちゃくちゃなんだけど……。
そんなことを考えてたら、後ろでガチャって扉が開いた。
「お疲れさまです……。あら、早いんですのね、佐守さん」
「と、戸枝さん……!」
「なになに……なんです……!?」
いやだって。
知らん先輩と二人きりは、普通に気まずいし……。
丁度挨拶も終わって、もう話題とかなかったし、正直助かった。
やっぱり戸枝さんはわたしの救世主だ。
「お~。戸枝ちゃんも一昨日ぶり。前の怪我はもういいの?」
「はい。みぞおちを突かれた以外、特に怪我はありませんでしたので。……それより、まだ三名だけですか? 選抜メンバーは――」
そうだ、五名。あと二人、足りない。
そんなことを考えてたら戸枝さんが開きっぱなしの扉から、もう一人……多分、先輩らしい人がやってきた。
「うっす。……あれ、水野部長、珍しく早いんですね」
「おまえが遅いんだよ、山名~」
「今日は、日直だったんすよ」
山名と呼ばれた人は、綺麗な人だった。
言葉は素っ気ないし、クールで、かなり長身だけど、どことなく優しさを感じさせる雰囲気で。
……水野部長よりも部長っぽかった。とかいうと怒られそうだけど。
その山名先輩は、わたしの方を見た。
「戸枝は、もう自己紹介いらないだろうけど。お前は初めてだな。私は山名有為。
……二年生で、一応、副部長……って言われてる、だけ」
「あ、こ、こんにちは。えっと、佐守あおです……」
凄い丁寧に挨拶されて、こっちもカチンコチンになる。
……え、っていうか二年で副部長なの?
確か他にも三年生の先輩はいたのに。
そんなことを思っていると、後ろから水野部長が話しかけてきた。
「山名は来年の部長。今のうちに指揮する経験積んどいた方が良さそうだから、あたしが副部長に任命したのさ~」
「……って、部長は言ってるけど、私は拒否してる。私のことは副部長とか呼ばなくていいから。普通に山名さんとか、山名先輩とか。好きに呼んでくれ」
「お前がそんな態度のせいで、副部長が空席なんだろうが~!」
「……他の先輩の目が怖いんですよ。来年の部長の件はともかく、三年が引退するまで、副部長を名乗る気はないです」
「じゃあ永遠に空席のまんまじゃん! 困るよ~? 一応選抜メンバーなんだからさ~! 実力はあるんだからさ~!」
「そりゃ、受けた仕事はやりますけど……。それ以上の重圧はお断りです」
……なんだろう。普通の人だ。
普通にしっかりしている人だ。
わたしを含めて――今のとこ水野部長は変な人だし、戸枝さんも割と変な人……だと思うので、山名副部長……じゃなくて、山名先輩がいるだけで、ちゃんとしてる感じがした。
「……ま、この問答はまた後でいいや。とりあえず、こいつが四人目の選抜メンバーね。
こう見えても狙撃手としては一流も一流だから。あとで『異能』もちゃんと紹介したげるね~」
「……一流かは別として、遠距離担当ってことで。私の『異能』は『モシン・ナガン』……って言っても分かんないか。要するに、狙撃銃だよ」
はあ、なるほど。
去年の鶴久の二年生も、遠距離系――銃を多数召喚しての多重掃射が『異能』だったけど、それよりもさらに遠距離に特化した感じだろうか?
何度も言うけど、本戦では毎試合フィールドが変わる。
一昨日、戸枝さんと戦ったように広い試合場で正面から――っていう方が珍しい。
去年の決勝戦は渓谷だった。他にも密林とかビル群とか山岳とか、とにかく色んなフィールドからランダムに選ばれる。
なので、必ずしも直接対決に強い『異能』ばかりが有利ってわけでもない。
色んな状況への対応力が必要で、それを補うためにチームメイトがいる。
……まあ、その定石をひっくり返しているのが、『白夜の聖剣』なんだけど。
「そんだけじゃないよ~? 山名は斥候――スカウトとしても滅茶苦茶優秀なのさ。なにしろガールスカウト経験ありな上に、親がマタギなのでね!」
「……先輩。私の個人情報を、勝手にバラさないでください」
ケタケタ笑う水野部長に、はあとため息を吐く山名先輩。
いや、でも……凄そうだ。全然『異能』に詳しくないわたしでも、マタギとか、ガールスカウトとかは、何となくわかる。
去年の鶴久の二年生と同じようなもの、という認識を改める。クールな狙撃手かぁ……格好いいなぁ。
「……何か凄いキラキラした目で見られているけど、そんな大層なものじゃない。とりあえず、私はアシスト担当ってことだ」
「は、はあ……」
しかも、謙虚……!
戸枝さんみたいに自信満々な人も格好いいけど、山名先輩みたいなクールな人のさりげない謙遜は、やっぱり格好いい……!
「……コホン」
そう思って山名先輩を見ていたら、隣で戸枝さんが咳払いをした。
「……水野部長と、山名副部……先輩が選抜メンバーなのは分かります。それで、あと一人はどうしましたの? 私も知らないのですけれど――」
「え?」
戸枝さんも知らない……って、なんで?
――いや、そうか、そうじゃん。
一昨日の選抜試合で、わたしのせいでぶっ倒れたんだから、全部の試合が見れてるわけじゃないんだ。
しかもわたしもあの後すぐに逃げ帰ったので、誰が選ばれたのか知らない……!!
「現状、選抜試合に出ていた一、二年生の中ですと、山名先輩を超えるような方はいらっしゃらないように見えました」
「お~。さすがは『熱剣』の目だ。……そうなんだよね~、ウチの二年は、山名以外は皆兼任だし、何より山名がちょっと突出しすぎで、選ばざるを得ないんだよね」
「先輩。マジでハードル上げないでください」
「……それでは、三年生のどなたか、でしょうか? 水野部長や山名先輩には届かなくとも、『そこそこ』の方なら、何人かいた気が――」
「ブッブー、それは不正解。……どうせなら勝ちに行きたいじゃん?」
「はぁ……?」
「はい?」
三年生ではない……でも、今の言い方だと、二年生でもなさそう。
そうなると――?
「いや~ね~? 『噂の一年生』ってことで、戸枝ちゃんは選んだ。その戸枝ちゃんを倒した佐守ちゃんも選んだ。……でも、ここで問題がありまして~」
「……問題?」
はて、と首を傾げるわたしと戸枝さん。
そんなわたしたちに、水野部長は眉根を寄せて答える。
「戸枝ちゃんの一番のアドバンテージは、『異能』がまだバレてなかったってとこなんだよね~。どっちにせよ本戦の一回戦で分かることだけど。……それでも、フィールドが違って、集団戦で、色んな『異能』が入り乱れる大会中と、あの広くて見晴らしのいい試合場で、一対一で、あんなに思いっきり『異能』を見せつけるのとは全然違う」
「そして、本戦中ならともかく、この時期からなら対策も『十分間に合う』」と、水野部長は言う。それに、戸枝さんも特に反論はしない。
「そうですね。あの選抜試合は他校にも見られていたでしょうし。私、噂になっていましたから」
「う……」
……それって、わたしのせいでは?
それから水野部長はわたしの方を見た。
「――で、それを破った佐守ちゃん。君はちょっと『よくわかんない』」
そのニコニコした笑みのまま。けれど声音は真剣で。
「『よくわかんない』ってのは長所でもあるんだけど、仲間にもわかんないってのは普通に短所だ。……ついでに言うと、君って『剣』自体は素人でしょ?」
「はうっ」
「あと、そもそも『戦い』自体が素人でしょ」
「あんなに魔力だけでぶん殴ってたもんね」と言われて、わたしは何も答えられなかった。
凄い。あんな短い試合だけでそこまでわかるものなんだ……。
「そりゃあ、一応部長だからね~。……なのでまあ、君を入れたのは正直、博打だ。しかも結構、分が悪い。あの剣気を普段から叩き出せるなら、まだ助かるんだけど……ブレ幅がある『異能』は本当、使いにくくてさぁ」
そう答える水野部長は、なんだか実感が籠っていた。その手の『異能』はよく知っている、と言っているかのようだった。
「……回りくどいです」
そんな水野部長の態度に苛立ったのか、戸枝さんは腕を組み、指をトントンとさせながらバッサリ告げた。
「結局、誰が『五人目のメンバー』なんです? もう三年生の方々の異能はバレています。二年生も、山名先輩以上の切り札はいないでしょう」
「そこまで言えば分かるじゃん。……つーか、遅いなあいつ。本当にマイペースだなぁ」
「――すんませーん。遅くなりましたー」
――そんな少し気だるげな声が、後ろから聞こえた。
いつの間にそこにいたのか。部室の扉の前に、一人の『一年生』が立っていた。