わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
一回戦終了後、惜しくも白夜高校に敗退した昭星の控室は――
「アァ!? 誰だテメェ! 何勝手にウチの控室に入り込んでやがんだ! 舐めてんじゃァねぇぞオイ!」
当然のように荒れに荒れていた。
ただでさえ負けて悔しい。
しかも、控室に見知らぬ小柄な少女が迷い込んできたのだ。
それはもちろん、キレる。すごい勢いで、キレる。
「テメェ、どこの高校だ! 白夜じゃねぇだろうなぁ!」
「白夜だったらぶち殺すぞ!」
「いやもう白夜じゃなくてもぶち殺すぞ!」
その怒りよう、まさに雷鳴。
鹿児島薩摩の血を引く少女たち。加えて争いにこそ価値を見出すその性根は、まさに昔ながらのヤンキーの如く――
……というより、ヤンキーそのものだった。
「ごめんな~。部長さんにようがあるだけで~」
一方、そのガン付けられてる少女はけらけら笑いながらそのヤンキーたちの怒声を躱している。
なんなら、ぶん殴られているのもひらひら躱している。
それでますます躍起になる昭星の部員たちだったが。
「やめろお前ら。ぶち殺されるぞ」
ドスの利いた、ちょっと不機嫌そうな声が控室の奥から聞こえる。
それは件の一回戦最終戦にて、かの『白夜の聖剣』と激闘を繰り広げた『雷の神罰』、三年・部長の笠原望の声だった。
「ぶ、部長……! でも」
「マジでやめとけ。そいつ水野だ」
「…………? あ、秋原の水野弥生!? あの『海神の槍』の!?」
「そうだよ」
ベンチから立ち上がり、笠原がその少女――否、水野のもとへと歩いてくる。
長身の、『白夜の聖剣』逸見明音よりもさらに少し高い『雷の神罰』笠原望。
ただでさえ小柄な水野と並ぶと、子どもとヤンママのようなサイズ感だ。見つめ合うだけでも大変である。
しかし水野はへらへら笑いながら。
「んや~。お前、ネタばらしがはやいって――うぉぁ!?」
突然のノーモーションフックを、とっさにスウェイして躱す水野。
「お前いきなり殴りかかってくんなよ。あたし今日は疲れてんだっての!」
「知るか。殺す。お前は大会関係無く殺す」
バチバチと、『異能』も解放してないのにすでに雷電が全身を包んでいる笠原。
それに、水野はやっぱり昨年のアレか~と冷や汗をかきつつ納得していた。
「んま~、喧嘩なら大会終わってから買ってやるからさぁ……今日はもうあたしゃ品切れだし、お前も電力不足だろ」
水野は初戦で『絶好調中の絶好調』を使いきったし。
笠原は最初の激突から、最後の雷鳴まで、搾り尽くした。
なので、『喧嘩はしていい』。『でもお互い万全な時にしようぜ』。
……と、水野弥生は言っている。
「ちっ……分かったよ……はあ~……」
と、雷電を修めて、疲れ切ったため息を漏らす笠原。
実際、一撃に全魔力を乗せた『神罰』が砕かれた時点で、ほとんど体力は残っていなかった。最後の一撃は、ほぼ意地で撃ったようなものだ。……それもしっかりと防がれたが。
「で、お前は何しに来たんだよ。笑いにきたのか」
「笑いにもきた」
「やっぱり殺そう」と思う笠原に。
「ただ、今日は連れ人がいんだ。ていうか、あたしの方がついてきただけの人で、こっちが本命」
「はァ?」
そんなこと思っていると、控室の扉からひょこっと。
なんだか「もう入って大丈夫か?」と確認するような顔で。
――件の、『白夜の聖剣』逸見明音が立っていた。
「やあ笠原。荒れてるとは思ったけど、意外と冷静だな」
途端、ざわつく控室の面々。
中にはサインまで求めようと、色紙を探すものまでいる始末。
「オイ、狼狽えんな一年生。……あと逸見、お前よォ。そのデフォで気配消えてんの、マジでどうにかしろ? ガキどもが騒ぐ。オレが困る」
「むう……私はただ、友だちに会いにきただけなのに」
「はっ。誰が友だちだボケ」
ただちょっと殴り合って、ただちょっと話し合って、ただちょっと連絡先交換とかして、ただちょっと最近の趣味の話とかしているだけだ。と笠原はうそぶく。
「ウルトラマンに挑むだなんてな、特撮趣味にはたまらんだろ」
「私は三分経っても弱体化しないが……」
「知ってる。だから厄介なん……」
そこで、笠原は言葉につまり。最後の言葉をかえた
「……厄介だったんだよ。お前は」
もう、この『白夜の聖剣』に挑むことは、ない。
ウルトラマンに挑む機会は、もう笠原からは失われた。
「――は。まあ怪獣がウルトラマンに勝てるわけねえってか」
「だから私はウルトラマンじゃない……誰なんだ、その例えを言いふらしているのは」
「あ、あたし~。一番わかりやすいから~」
水野だった。笠原は、やっぱりこの話が終わったら水野だけは殺そうと決めた。
「まあ、いい。オレァやり切った。あの『神罰』まで受け止められたら、もう降参だ!」
「…………本音か?」
「んなわけねえだろ。めっちゃ悔しいし全然リベンジしてぇよ。三年ずっとお前の首だけ狙ってたんだぞこっちは、ボケ。強がりくらい分かれよボケ」
「強がってる事は知っている。……でも笠原、私は君の友だちだから――」
「知ってる。だから意地がある」
友人だから。
友だちだから。
笠原だって、そう思っているから。弱音なんて見せたくはない。
本当は、こんな姿だって見せたくない。
だが、最後だ。
どう見ても優等生な東京出身の逸見明音。
どう見ても地元のヤンキーな鹿児島出身の笠原望。
二人を繋ぐのは、この『国異』しかなかった。
でも、その縁は斬れた。そう、もう斬れたのだ。だから――
「ああああ~やっぱり悔しいなぁ~くっそぉおお~!」
最後くらいは、もう全部吐き出してしまおうと、笠原は大の字になって暴れる。
「逸見の首取りたかったなぁ~~! ちっくしょ~~!!」
下級生の前で、身も蓋もない人外の一人が、まるで子どものように駄々をこねる。
そうして、散々駄々をこねた後――
「……でも、オレはここまでだ。最後にぶつかれたのがお前でよかった」
ふっと冷静になってから、埃を落としながら立ち上がると、逸見に片手を差し出した。
「…………あんがとな。三年間。楽しかったよ」
「こちらこそ。示現流、本当に怖かったぞ?」
くすりと微笑む『白夜の聖剣』。だけど、その片手を取ろうとはしない。
代わりに、顔の横に手を挙げて。
「こっちの方が、君らしいだろ?」
なんて、分かったような口を聞く。最後まで癪に障る奴だと、笑いながら、笠原は歩き出し。
「負けんじゃねぇぞ。お前は、オレ達世代の伝説なんだからなァ!」
パンと乾いた、手と手がぶつかる音。それはまるで、雷鳴のように。
そのまま控室を出ていく笠原望。
三年五指だの、雷の神罰だの、凶悪だのヤンキーだの。
散々に言われた少女の三年間は、こうして幕を閉じ――
「あ、ちょっと待った笠原」
「なんだよ! 人が良い感じに立ち去ろうとしてんのによぉ!?」
……最後まで、この『
もはやそれが自分への神罰なのではないかと思い始める笠原に。
「む。それはすまない。……いや、一つだけ言いたいことがあって」
「あァ?」
逸見の表情は真剣だった。
いや、表情の機微に乏しいので何とも言えないが、少なくとも現三年生ぐらいになれば、逸見から多少の感情を読み取ることはできる。
その逸見が、ガチの顔をしている。ならば、こちらもちゃんと話を聞くのが筋だろうと前を向く。
「君の『神罰チェスト』だが――あれは、危ない。君だから耐えられるが、もしも下級生に教えるようなことがあれば……」
それは絶対に止めた方がいいと。
怪我人が出る。大会中止レベルの。そうなれば、ただの乱闘だ。
だから――
「……言われなくても分かってるよ」
そう、大分無理をした。無理をしたからこそ、分かる。
この『先』は、危険だ。『スポーツ』が、ただの『暴力』になってしまう。
「うん。分かってくれているなら、よかった」
「そんだけか? んじゃ、今度こそじゃあな!」
「あ、もう一つある」
「何なんだよお前は!?」
本当に、この『聖剣』はなんなのだろうと思う笠原。
どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか分からない怪物は、何とも難しい顔をしながら。
「…………私の顔って、そんなに忌々しいか?」
少し悲しそうに、真剣に聞いてくるのだった。
「――は」
笑いながら逸見の傍に近寄り、その頬をぽんぽん叩く笠原。
「なんだ笠原。痛いぞ」
「お前は表情筋が死んでんだよ。それ直したらマシになんだろ」
「なるほど。助言ありがとう。がんばる」
笑ってしまう。あの『白夜の聖剣』との最後の会話が、まさか自分からのアドバイスになるとは。
「はーーあ。――ま、こんなとこか」
笠原望。高校三年生。
『雷の神罰』を唄う三年五指と呼ばれた少女の三年間は、これで終わり。
まさに雷のように駆け抜け、最後にはバチバチと火花を散らして――
なんだか、気づけば止んでいる。そんな青春だった。