わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
二回戦を終えて解散した後、山名は、一人で念の為、医療室に向かっていた。
それは望月のパンチの影響……というわけではもちろんなく。
件の日を喰らう狼……『スコル』によって目を焼かれた後遺症を心配してのこと。一応、この世界の現代の医療(当然、そうした『異能』も使われている)なら問題なく治るものの、それが明日の試合にまで影響するようでは、少し困る。
結果は、特に問題無し。杞憂に終わったものの、心のしこりは取れたので無駄な時間ではなかった。そう思いながら途中、購買の自販機で飲み物を買っていると――
「山名じゃん」
「あん?」
誰かに声をかけられた。
秋原の誰か、でもない。
しかし、確かに聞き覚えのある声。
それは、『白夜の聖剣』と同等と唄われる現二年生の至高。
その実力は現在の三年五指と比べても遜色のない、逸脱した下級生。
『デュランダル』という、ただ『決して折れない』という特に珍しくもない『異能』で一つの剣の至りに達した女子高生。
「武光か。なんか用?」
武光奏。鶴久の二年生。通称『鶴久の絶剣』は、『冬の狙撃手』に苦笑いを漏らした。
「……あいかわらず、素っ気ないな、あんた」
そんな彼女に適当に相槌を打ちつつ、山名はブラックのコーヒーを二本買う。
「別に意識してるわけじゃない」
そう言いながら、片方のコーヒーを武光に投げ渡す。
「というか、まずお前に名前を覚えられていることに驚いた」
「そりゃ、あんた……有名だし」
投げつけられた缶コーヒーを受け取りながら答える武光。
かの『鶴久の絶剣』に有名だなどと言われても、と困る山名。
「別に試合でも大した活躍はしてないだろ、私は。『異能』だって、さほど大したものでもない」
『ハントレス』などという、曖昧な狩人の概念を身にまとい。
『モシン・ナガン』などという、伝承とは程遠い近代の武器を使う。
「私は強くない。裏方だ、お前らとは違う」
そう答えながらプルタブを開けてコーヒーに口をつける山名に、武光は缶を持ったまま。
「ふうん。……じゃ、今から勝負しない? 練習用の試合場、今なら空いてるでしょ」
「……あのな。デュランダル相手にいざ尋常に、なんて出来ないの。私が勝つには、色々工夫が必要なの」
普段使用している狙撃銃の他にも、彼女は様々な狩人の罠や仕掛け道具を用意できる。
できるが、設置するには手間がかかる。だから相手がかの『白夜の聖剣』でも、『鶴久の絶剣』でも、『終の熱剣』含む、秋原のメンバー相手であっても、勝つためには工夫が必須だ。
「……それ、逆をいえば工夫があれば勝てるって言ってるようなもんだけど。しかも全方位に」
「? 勝てるというか、勝つ工夫をするんだから、勝つだろ、そりゃ」
強くはない。だが、それと勝敗は別。
「勝てる手間」を惜しまなければ、勝てるのは当たり前。
そもそも「獲物に逃げられるかも」と思って撃つ狩人もいまいと、さも当然に答える山名に、武光はやっぱり苦笑いを浮かべる。
「そういうとこさ。あんたアレだよ、『白夜の聖剣』に似てるよ」
「えぇ……」
あんな人外と比べられるのは心外だと眉を寄せる山名。
「そういうところだよ」と答える武光に、何がそういうところなのか、不思議がる山名。
とにかく、準備に時間がかかるのが山名有為という二年生の特徴だ。
そういう意味では、今の秋原のメンバーは彼女にとって理想的だった。
安定した火力という意味では、一年生、『終の熱剣』戸枝小春がいる。
柔軟性と戦場経験の豊富さでは、三年生、『海神の槍』水野弥生がいる。
それと……未知数だが恐らく力のある一年生、佐守あお。
バックアップには、今日の試合で覚醒した一年生、望月干果。
これだけ手札が揃っているのだ。わざわざ自分の札を切らずともいい。
己は裏方で、適切に今の手札を回し続ければいい。
……余談ではあるが。
彼女たちが『獲物』に回った場合の案も、幾つか用意してあるのは、本当に内緒である。
「ともかく私は斥候だ。秋原の主武装じゃない。『鶴久の絶剣』とやり合う気はない」
というのが、山名の自己評価。
しかしそれを聞かされた武光は、やっぱりと頷いて。
「やっぱ、私のライバルはあんただよ、山名」
「……今の話の、どこからどうしてそうなる?」
顔をしかめつつ、飲み切った缶コーヒーをゴミ箱に捨てて、再び自販機に向かう山名。
「だってあんた、まだ自分の『切り札』を残しているだろ。とっておきのやつ。半端者の『異能』じゃない、本気の『異能』」
「…………」
山名は答えない。ただ自販機で、今度はお茶を買って、落ちてきたボトルを拾いながら答える。
「『切り札』なんて大層なもんじゃない。むしろ『国異』じゃ欠陥品だから使いたくないだけだよ……ほら」
「なに?」
「ん。飲めないならそう言ってくれ」
貰うから、なんていいつつ山名は最初に渡したブラックのコーヒー缶を武光から取り上げ、代わりにさっき買ったばかりのボトルを渡した。
「…………」
「まあ、なんだ。私よりも戸枝の相手をしてやってくれ。どうせ当たる時はぶつける」
「……アレはまだ遠いよ」
少なくとも、自分にも『聖剣』にも。
今の戸枝は、『斬る価値のない敵』だと、かの『鶴久の絶剣』は答える。
しかも、とても顔をしかめながら。それを眺めながら山名はぼやく。
「鶴久と当たるのは……順当に行けば、準決勝だ。それまでには、アイツも至るよ。というかうちの部長が至らせる。……それよかなに? 睨んで。もしかして要らなかった?」
「いや、全然もらえるものはもらっていくけど……」
それは重畳。と答えつつ、山名は『絶剣』に背を向けた。
「じゃ、お互い頑張ろう。明日の三回戦が終われば、一日開けていよいよ準々決勝だ。私達と当たる前に、落ちてくれるなよ、『鶴久の絶剣』」
ひらひらと手を振って去っていく山名に、かの『鶴久の絶剣』と呼ばれた少女は。
仰々しい異名を与えられた、ただの高校二年生の少女は。
なんだか、なんとも言えない表情を浮かべながら。
「…………本当にそういうところだぞ、あんた」
裏方を語る主役に、思わず愚痴ったのだった。