わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
二回戦も終わって、わたし達の試合時間は結構早かったので、水野部長から、しばらく遊んできてよし! という許可を貰えちゃった。
門限までに戻ってくるなら。あと、試合にさえ問題を起こさなければ、どこでも好きに遊んでこいという、事実上の放牧宣言。
とはいえ、山名先輩はちょっと医務室で目を視てもらってくるって言ってたので、行くのは一年生三人だけ。それも私服だ。
ふろむとーきょー。澁谷スクランブルとか、新宿とか、いっぱいいってみたいところはある。
あるん……だけど……。
「なんで東京に来てまで、マックでだべってんだろうねぇ、僕たちは」
ポテトをもそもそと食べながら、望月さんがぼやく。
なんだか黒いシャツと、意外にもロングスカートとか履いてて、なんか格好いい。
あと、食べ方も思ったよりお上品。
「仕方がありませんわ。人の多いところだと、佐守さんが混乱しますし。いきなり模擬剣を振り回されても困りますもの」
わたしの隣で、薄色のサマーワンピース姿の戸枝さんが答えながらバーガーを食べている。
食べ方は、思ったより……どころでなくお上品。
バーガーなんて、どんな食べ方をしてもジャンクになると思っていたけど、戸枝さんは本当に綺麗で見惚れてしまう。
ていうかなによりサマーワンピースが似合ってて、可愛いというか綺麗。
わたしはちんちくりん。周りからみたら姉と友だちと、それについてきた妹ぐらいにみられそう。
そんなことをボヤいたら戸枝さんから「ではブティックにでも行きましょうか」と言われたので全力で拒否した。そんなところに行ったらわたしは明日の試合前に死んでしまう。
「ああ、でもさぁ。せっかくの東京だよ? マックなんて広島にもあんじゃん」
「だから、いいのでしょう。知らない土地、知らない景色。ここだけが唯一、見知った場所」
そうだよ。ありがとうコンビニ。ありがとうチェーン店。
こんな田舎娘にも安らぎの場を与えてくれる。
……いやでもコンビニはあれ。ちょっと狭くてびっくりしたよ。
東京は土地がないとかどうとか言うけど、あんなに狭くて店として成立するんだってことにもびっくりしたよ。
そういう意味では、こういうチェーン店の方が……いや、まあ、人は多いんだけど……。
「……おちつく~」
「ほら、佐守さんもくつろいでらっしゃる」
「心の底から田舎だぁ…………」
「僕はそうはなりたくない」と望月さんはぼやく。
「にしたってさぁ……東京だよ? なんか、どっか行きたいところとかないの、あおちゃん」
二回戦以降の、望月さんのあおちゃん呼びにはちょっと戸惑うけれど。
でも……行きたい場所かぁ……。
そんなことを思いながら、望月さんの顔を見ていたら、ふと思った。
「……下北沢の……ライブハウス」
「はい?」
「なに、あおちゃん。ライブとか好きなの?」
「いや、まったく……あっと……その、好きなアニメが、そこが舞台で……」
そう、わたしの『ヒーロー』の舞台。
ここでいうわたしの『ヒーロー』は、戸枝さんじゃない。もちろん戸枝さんも『わたしのヒーロー』だけど。
「そのね、普段は大人しいんだけど、ギター持つとすっごく、すっごく格好いいの」
いつか、わたしもああなれたらいいなって。
昔、子ども心にそう思ったんだ。だから、それがわたしの原風景のひとつ、なのかも。
「ああ、聖地巡礼なのね」
「下北沢なら、すぐに行けると思いますわよ? 佐守さんがよければ――」
「え、いや、いいです……ライブハウスとか、こ、怖いし……!」
あと下北沢自体も怖い。なんていうか……そう、望月さんみたいなのがうようよいそうで、怖い。
「嫌な偏見を持たれている気がするけど~。まあ、いっか。でもいいなあ、バンドかぁ~」
「望月さんは、音楽とか好きなお方?」
「結構好きだよ。僕も弾くし。ヨルシカとか、ん~……と、BUMPとかELLEとかはまあ、入るとして。……あ~、クリープハイプとか……」
……どうしよう。一個も分からない。
あとなんで最後だけちょっと唸ってたんだろう。
「ああ、でもほらアレだよ。門限まで時間あるし。その間、行きたいところに当てがないなら下北沢行っていいんじゃない?」
「え、怖いです……」
「大丈夫だって、戸枝さんもいるし。……楽器屋見て~けどこっちで買っても持って帰るの辛いな~!」
「……やっぱりベースなんですか?」
「殺すぞ」
「あと全方面に無礼だからね?」と言いつつ、望月さんは「ギターだよ」と教えてくれた。
はぇ~……。わたし、音楽は全然だ。
そう言えば戸枝さんはどうなんだろう?
「私は、ピアノであれば多少は。……人前で見せるほどの実力はありませんが」
「え、好き」
それは凄く戸枝さんに似合っていると思います。自信持ってください。
「あおちゃ~ん。本音と建前逆転してるよ~」
などと、他愛ない話をしていると――
「げぇ……」
という、凄い声がした。振り返ってみると、そこにいたのは、ゴシックな服装に身を包んだ小柄な少女……私立巻物高校の部長さん。『戯曲の悪魔』こと、薄墨時雨さんだった。
彼女は明らかにわたし達を見て引いていた。そんな彼女に軽く手を振る望月さん。
「やっほ、時雨ちゃん。なに、ぼっち?」
いきなりドストレートでぶちこむなぁこの人! あと、いつから薄墨さんを時雨ちゃん呼びにするようにしたんだろう。一応この人、小柄でも二年先輩なんですけど……。
そう思ったのはわたしだけじゃなかった。薄墨さんも、望月さんを睨みつけて。
「あなたに時雨ちゃん呼びされる謂れはありません。……それとぼっちではなく、気を利かせただけです」
そういいながら、彼女はわたし達の席の隣に座る。
え、この人、ここに乱入してくるんだ……なんで?
「どういう意味でしょうか?」
それに質問するのが戸枝さん。薄墨さんは、ため息をついて。
「私達と戦ったんだから知っているでしょう? 私以外の巻物高校の選手は、全員一年生」
そういえばこの人、対水野部長対策のためだけにそれで固めてたんだった。
「せっかくの東京旅行。先輩がいたら、あまり楽しめないでしょう」
「はは。後輩を舞台装置扱いしてた人の言い分かなぁ」
なんか望月さんがめっちゃ煽っている。なんだろう……薄墨さんと、何かあったのかな?
結局わたしは最後の戦いに間に合わなかったから詳細を知らない。
戸枝さんも、薄墨さんの『異能』? のせいで、二人の会話は途切れ途切れにしか聞こえていなかっただろうし。
「それにしてもさあ、思い切った作戦を取ったよね、ほんと。聞いたよ? 巻物高校ってもっと強くて、君より目立つ『怪異』系の『異能』持ちが多いって」
それこそ、ジャック・ザ・リッパーとか、と望月さんが言うと、薄墨さんはジト目で睨んでくる。
「それは、貴方達の部長さんに言ってくださいますか。私だって奇策に頼らず済むなら、それでよかったのですけどね……」
はあ、と大きなため息を吐く、薄墨さん。
「まあ、もういいでしょう……」
コホンと。小さく咳き込んでから。わたしより小さな先輩は、わたしよりも凜と背筋を伸ばして、わたしよりもしっかりした声で。
「私の三年間は、終わりました」
「…………」
「でも、あの子たちはまだ来年、再来年があります。あまり活躍させてあげられなかった子たちも……来年、再来年にはもっと凄い『異能』に目覚めているはず」
魔力自体は産まれながらのモノだけど、『異能』は大体中学生の時期、要は思春期に確立する。
基本的には、『逸話や伝承の再現』が、一番相性はいいんだけど。
けれど、わたし達は『今を生きている人間』だから、もちろん、そこからも変化は続く、先の戦いでの望月さんしかり。
なんていうか、見える世界の解像度とか、心の置き場とか。
そういう、色んなもので、『異能』は変化する。『異能』は、『魂の形』だから。
なので、特に中三から高一辺りがいちばん伸びしろ……というか、多様な方向性を持っていて、そこから徐々に一つの異能として確立していく……らしい。
わたしは無能……だったので、そういうのをすっ飛ばしてる。というかその地点に、まだ立っていない。魔力を持った赤ん坊とおんなじで、自分の『異能』を確立できていない。
なので『よく分からないけど、色々できる』みたいな、中途半端な感じなのだろう。
それに対して薄墨さん……三年生の『異能』は、もうほぼ確立したようなもの。
一応その後も魔力量とか、出力とかは上がっていくけど、『異能』そのものが変化するようなことは、あんまりない。
「……私の『戯曲』は、あの『白夜の聖剣』には届かなかった」
ぽそりと呟く薄墨さん。
「逸見ちゃんには、是非完成した『私の戯曲』を、見てほしかったんですけどね」
「い、逸見ちゃん……!?」
あの、あの『白夜の聖剣』を、ちゃんづけ!?
「……なんですか? 別に私が『白夜の聖剣』をどう呼ぼうと勝手でしょう。そもそも友だちですし」
そういえば、逸見さんも「みんな友だち」みたいなこと言ってたけど、本当だったんだ……。
「……ですが、残念ながらこの『戯曲』は、逸見ちゃんには届かなかったようです。そこの半端者のせいで」
「ああ……ここで僕を刺してくるんだ」
「これでも褒めているんですよ。私の『悪魔』を真正面から破ったのは、後にも先にも貴方一人。これは本当。あの逸見ちゃんも、ハマる時はちゃんとハマってくれましたから」
「そのあと無差別爆撃でやられましたけど」とか言いながら、薄墨さんは胸に下げていた懐中時計を外すと、机の上において望月さん側に滑らせた。
「? ……これはなに?」
「私の『異能』の触媒です。安物。半端な鍍金の懐中時計ですが、これまでずっと使い続けてきたものです」
あ、触媒って模擬剣じゃなくてよかったんだ。初めて知った……。
本当にわたしは『異能』のことをなにも知らない……。
「はあ……で、なんでこれを僕に?」
「それ、あげます。……もしよければ、これからの戦いで使ってください。貴方の『異能』は、見る限り模擬剣を触媒にする必要もないでしょう」
「そ、そんな大切なものを、自分達の下級生ではなく、望月さんに渡すんですか……?」
大丈夫? この人多分メルカリに売る方だよ……?
「逐一、なんか失礼なんだよねえ……」
「売らないよ」と嘯きつつも、望月さんは懐中時計を見つめる。
さすがに、そんな大切なものを貰うのは、彼女にとっても抵抗があるのだろう。
……茶化さずに言えば、望月さんなりの誠実さを見せて。
「あおちゃんの言うとおり、僕なんかよりも、君んとこの方がいいんじゃないの? 欲しがる後輩も多いでしょ」
「あの子たちには、また別の贈り物があります。何分、種も仕掛けも沢山用意してありますので」
そう言って、薄墨さんは微笑む。それから、名残惜しそうに懐中時計の上をなぞる。
「……でも、この時計だけは別。私が高校に上がってから買ったもの。つまり、私の高校生活を、ずっと共に過ごしてきたもの――そして」
――そして、あの、『白夜の聖剣』と時を刻んだものだと、彼女は言って。
「なので、『白夜の聖剣』と戦う時には是非使ってください。あなたも私と似たような、『怪異』系の『異能』。……ええ、多分あなたの夜にも合うはずですわ」
「『悪魔』の想いを受け継ぐ『吸血鬼』ねぇ」
へっと、どこか自虐的な笑みを浮かべながら、望月さんはその時計を受け取った。
「分かってる? 僕らが白夜高校と戦うのは決勝だよ?」
「あら、まさか貴方は途中で『負ける』とでも思っているんですか?」
「……『僕は、負けないよ』」
薄墨さんは口元に手を当てて笑っていた。
……こうしていると、あんなに凄い戦いをしていた人とは思えない。
やっぱり、普通の女子高生、だ。わたしも、彼女も、そして多分……『白夜の聖剣』も。
「……はぁ~。分かったよ。貰っておく。置き忘れたらごめんね」
「その時は、この時計を介して『呪い』ます。私は『戯曲の悪魔』。まさか『時飛ばし』だけしかできないとは思わないでしょう?」
望月さんは「呪具じゃん……」とかぼやきながらも、ちゃんと、しっかり首から下げた。
結構似合ってる。
「さて……無駄話はいいでしょう。お邪魔しましたね、秋原のみなさん」
そう言って、薄墨さんは立ち上がる。
しゃんと立っている姿は、小柄なわたしよりも、さらに小柄な水野部長よりも、もっと小さい。なのに、凄くしっかりしている。
…………なんだろう。上手く、言えないけれど。
戸枝さんや逸見さんと同じものを感じる、美しさ。
多分、『三年五指』とか呼ばれる人々、みんなが持っている魂の純度。
その後、彼女はスカートの裾を持って、綺麗な所作で一礼をする。
「さようなら、秋原の一年生。私は、貴方達の優勝を望みます」
そういって、再び身体を起こすと、
「だって我々に勝ったんですもの、ちゃんと勝ち上がってくれないと、気がはれませんから」
最後にくすっと微笑んで、こちらに背を向けた。
その背中は本当に薄く、淡く溶けてしまいそうに儚くみえた。
「さようなら。私の三年間」
「――――――――」
…………なんだろう。このゴシック服のよく似合う素敵な淑女を、このまま帰らせたら、いけない気がした。
この三年間を駆け抜けた、わたしよりずっと小さいのに、ずっとしっかりした人の終わりが、こんな出会いだけで終わるのは、絶対にダメだと、わたしの心が叫んでいる。
多分、あなたの三年間を肯定する誰かが……おせっかいだけど、でも、それはわたし達一年生では、きっと無理で、だから
そうやって立ち去ろうとしていた薄墨さんの目の前に、不意に長身の黒髪が現れた。
「ん、随分と珍しい組み合わせだ。というかどういう組み合わせ?」
……!? また何の気配もなく、いきなり『
この人、本当に気配無くて怖いよ……!
でも、動揺しているのはわたし達一年生三人だけ。
薄墨さんは、自分より一回り……どころか二回りは背の高い逸見さんを見上げる。
「逸見ちゃん」
「うん、薄墨。さっきは残念だったな。結構惜しかったとは……いや、秋原の前で言うことではないか……?」
薄墨さんと目線を合わせるように自然とかがみながら、なにか、ちゃんと秋原にも気を使ってくれる逸見さん。
でも、そんなの気にしないでいいよ。わたしたちは、まだ来年も再来年もある一年生だし。
――それに、なにより薄墨さんが。
さっきまで、あんなに……小柄な私よりもさらに小柄なのに、凛とした部長の佇まいを保っていた薄墨さんが。
……今は、なんかすごく肩を震わせて、今にも泣きそうだから。
「逸見ちゃん、見てた?」
「うん。見てたよ。急に日が落ちた時は客席でも吃驚した。十九世紀の夜のロンドンかぁ。さすが巻物高校の『戯曲の悪魔』だ」
「どうせ、ハリボテだよ。あんなの」
薄墨さんの口調が、なんだかどんどんと幼くなっている。
役作りをする余裕も、部長らしさを保つ面子も、もうなくなっているのか。
でも、『白夜の聖剣』は、そんな彼女の肩を軽く叩いて。
「うん。でも、凄く愉しかった。やっぱり君の『戯曲』を見るのは面白いよ」
喰らうのは勘弁だが、なんて苦笑する『白夜の聖剣』に、薄墨さんは抱き着いた。
「おっと」
かなり長身の逸見さんと、かなり小柄な薄墨さん。
抱き着いても、胸元に顔を埋めるだけ。
「…………ティック・タック。ティック・タック。愛しきあなた。さあ、今こそ契約を」
それは、彼女の詠唱の詩。
でも、別に『異能』を使うわけではない。
だから、それはただの詩。
「「時よ止まれ。お前はいかにも美しい」そういえる景色を見た時、あなたの心を――」
――ただ、逸見さんに向けた、薄墨さんからの詩。
それを途中で止めた彼女は、上を向いて微笑んで。
「……なんて、上手くいかないのが『ファウスト博士』の結末ですからね~」
『悪魔』には、愛しいあなたの心は奪えない。それが『戯曲』の結末だと、そんなことを言いながら、今度こそ『戯曲の悪魔』はわたし達に背中を向ける。
「アンコールは、ありませんよ?」
そう言って去っていく『戯曲の悪魔』――いや。
薄墨時雨さんは、こうして舞台を降りていったのだった。