わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
第21話 第三回戦と、矢合わせの日(前編)
――■った。
■った。
■った。■った。■った。■った。■った。
ただ、動くものを反射で■る。目の前をちらつく■にただ牙を突き立てる。
…………それは、もう蛇と同じ。
そこに必要も不要もなく、そこには善も悪もなく、そこに何ら区別もない。
もちろん、誇りなんてものもない。
わたしを害するものは■る。
わたしの邪魔をするものは■る。
わたしが癪に障るものは■る。
それはただの加害。ただの暴力。……ただの、■■。
「―――あは」
なのにさ、笑っちゃうよね、笑ってたんだよ、わたし。
邪魔だてするなら■る。
邪魔だてしなくても■る。
ただ、わたしはあの■が気に入らなかった。
ただむしゃくしゃしているところに■があった。
だから、■らせてもらう。
あまりにも分かりやすい加害の理由。
……彼女のことを笑えない。わたしの内に潜むのは、結局のところ、抜き身の■。
決められた『運命』なんて、斬り捨ててやる■の化身。
……だから、だからさ。
彼女との対面は、本当にうれしかった。
あなたがわたしを想う真心が本当に癪に障った。
あなたがそれでもわたしを対等に扱ってくれるのが、本当にうれしかった。
あなたの隣に立つわたしが、本当に気持ち悪かった。
――でもきっと、気持ち悪いわたしなら、あなたは無視できない。
誇りの焔。主役の光。こんなわたしを、ちゃんといっぱしの人として見てくれた、初めての人。
……わたしの、『友だち』。
大好きだよって思う度に、自己嫌悪は増していく。
罪人のくせによくもまあ隣に立って――なんて、わたしにはもうよく分からないけれど。
あなたの誇りを穢したくないから。
どうか、わたしを――
◇
……不思議な夢を、みた。
ちゃんとは
……慣れないベッドで寝たせい、なのかな。
あんな不愉快な夢を見るなんて。さ。
そうしてベッドから起き上がってぼんやりしていると、不意に、誰もいないホテルの一室に声がする。
『……善くないものを、見たようだ』
珍しい、彼から話しかけてくることは、あまりない。
大蛇さん。わたしの内側に潜む化生。
伝承にある、いくつもの顔をもつおっきな蛇。わたしの蛇口だとか言ってたけど、よく分からない。
いつか「わたしが至高に達した時に、わたしを食べてくれる」という“約束”を果たしてくれる蛇さん。
『うん、そうだ。己はそのためにここにいる。……だが、今の御前は、至高には程遠い』
でしょうね。あんな悪夢を見た直後じゃ。
『……その顔のままでは、今日の勝負にも差し支えがでる』
うん、と小さく返事をする。
今日は『国異』――『全国高校生異能大会』なんていう、『異能』なんていう、ちょっと馬鹿げた力を使える女子高生たちのチャンバラ大会の、第三回戦。殺伐とした『異能』は飛び交うし、『どう見ても死んだだろ』みたいな状況もあるけど、それも試合場全体の『異能』によって、あくまで『スポーツ』の範囲に抑えられる。
言ってしまえば『派手なショー』、その本舞台。
わたしは広島代表、私立秋原女学園の選抜メンバーだ。……まだ、自分の『異能』も分かってないけど。
ただ、ここを勝ち上がれば、一日休みを挟んで準々決勝、準決勝、決勝。
つまり今日の試合はひとつの区切り。結構大事な試合、なんだから。
「がんばる」
何を、どう? とかは答えない。だって分かんないから。
わたしに出来るのは、目の前の敵を斬ること、それだけ。
道理もなく、摂理もなく、礼儀もなく。それがわたしに求められた役割だ。
……うん、なら、その役割を完遂しよう。
わたしは一本の『剣』として、あらゆる邪魔を斬る。それだけでいい。
なにより、それはちょっと愉しいし。
「がんばろう」
もう一度、自分に言い聞かせるようにして、わたしはベッドから立ち上がった。
◇
『国異』、第三回戦。試合前の控室。
今日の試合の相手は、群馬県の『私立宝徳学園』。
これまでは、わたしが所属する中堅校、私立秋原女学園よりもさらに知名度の低い、いわゆる弱小校……だったらしい。
ただ、今年になってからとある凄い『異能』使い、それも二年生が競異部に入り、これまでの部を名乗るお遊びサークルだったところをあっという間に簒奪、部長まで登りつめた。
その、突出した『異能』使いの名前は――
「…………須藤、千与さん?」
名前をきいたところで、わたしが知る由もないわけで……。
一応、隣にいる戸枝さんに顔を向ける。
こちらが戸枝小春さん。
平均より少し上くらいの背丈の、わたしとおなじ一年生。
それでいながら、『白夜の聖剣』――現在というか、過去三年無敗の伝説を勝ち取っている、ちょっと存在してはいけない規格外の最強と、同等の魔力量を持つと言われている。
『異能』は『レーヴァティン』。規格外の魔力量から、規格外の焔を放つ。一撃で一キロも薙ぎ払うその炎は、しかしそれでも余波でしかない。彼女の剣の本領は、『対象に剣を直接当てれば、一撃で『終わらせる』ことができる』という凄い魔剣だ。
代わりに一発で物凄い魔力を消費するので、乱射はできない。でも、余波の焔は自由に操れる。だから彼女は『終の熱剣』という異名を与えられている。
…………そして、わたしのはじめての、そして唯一の『友だち』。
誇りの焔、大事な人。恩人……なんだか、とにかく大切な人なんだ。
――と、そんな彼女の説明は一旦置いといて。
「戸枝さんは、知ってますか?」
一応、聞いてみる。けれど、彼女は難しい顔をして首を横に振っていた。
「いいえ――まったく知りませんわ。そんなに凄い人がいれば、噂になっていないとおかしい気がするのですが」
なんて、複雑そうな表情を浮かべて答える。
「ああ、じゃあ大したことのない相手なんじゃない?」
知らんけど。とすっごい無責任な言葉で割り込んでくるのはのらりくらりとした飄々とした中性的な美貌の少女。
戸枝さんよりもさらに背が高いけど、全体的になんか細い。というか、ひょろい。
彼女もおなじ一年生。なんか……知人の望月干果さん。
『異能』は、『デア・ナハト』。なんか英語とドイツ語が混ざってる半端な名前の『異能』。
能力は『吸血鬼』。……素の魔力量は大したことないんだけど、彼女が『夜』を広げている間、その内側にいるものは、魔力だとか体力だとか、とにかく色んなものを彼女に吸われてしまう。もちろん敵味方の区別なしに。
他にも、なんか色々できる。妙なことがいっぱいできる、器用だけど怪しい人。
でも、そんな彼女がいないと第二回戦の『戯曲の悪魔』との戦いは勝てなかった……らしい。半端者を唄う彼女は、トーナメント表の名前をみながらさらに嘯く。
「だってこの人二年生でしょ。それでこれまで名前を知られていなかったってことは、まあ大したことない相手なんじゃないの? ていうか、その方が楽だし」
とか、凄い無責任なことばっかちゃらちゃらいう。
それに、戸枝さんはため息をついて。
「そんな大した事のない相手なら、まず三回戦まで勝ち残っていません。……そもそも彼女は二年生ですが、今年から『競異部』に入ったんですから、そりゃあ名前も知られていないでしょうよ」
と、ひどく真っ当なことを答えて、それから控室の奥の方を――正しくはそこに座る、わたしよりちんちくりんな三年の先輩を見た。
「水野部長は、こちらの方はご存じですか? かの『海神の槍』水野弥生は、なにやら幅広い交友関係をお持ちのようですが」
「んや~。さすがにそいつは知らん。三年連中は大体友だちだけど、さすがに下級生までは知らね~よ。――というか、そもそも去年は『競異部』におらんかったんだぞ。あたしが知るきっかけがねぇよ」
そう気だるげに答える小柄な少女――なんて、わたしが言うのははばかられるけど。
とにかく、この適当そうな人が水野弥生。三年生でわたし達の部長。つまりリーダーだ。
なんか適当で、考えなしにみえて、実際考えてない気もするんだけど、こう見えても『海神の槍』という異名で、現在の三年生で五指に入ると言われている超実力者。
その『異能』は『トリアンナ』。なんだか、ポセイドンの槍だとか。
能力は、海神なのでもちろん水流操作。さらには大規模な天候操作。加えて念話による遠隔の部員同士の会話と、『海神の加護』による仲間たちへの魔力の分け与え。おまけに槍術も滅茶苦茶強い。
……と、カタログだけ見たらすっごい強いんだけど、水野部長の一番の特徴といえば、『その日、その日』で『ブレ幅がある』ということ。
不調の時は水流操作どころか、槍の顕現でいっぱいいっぱい。
だけど、彼女が『絶好調中の絶好調』なら、一発で纏めて相手をどかーんできる。
ただ、その調子のブレ幅は、まさに海の機嫌みたいに適当で気まぐれで突拍子もなくて……ようするに、読めない。
敵にも味方にも、彼女は読めない。それが水野部長の弱点でもあり、強さでもある。
「ま、今日のあたしは『かなり好調』だから~? そこらの中堅校のガキんちょ程度なら、一人で五人はまとめて相手にしたれるよ~」
今日は結構上振れを引いたらしい。水野部長の言葉は嘘ではない。
実際、水野部長が『絶好調中の絶好調』の時は彼女と同じ『三年五指』の一人、『雪崩』こと卯尾弾世さん率いる私立灘魏高校の面々を、一発で纏めて消し飛ばした。
……本当に、身も蓋もない『天災』。見た目では想像もつかないけど。
そんな適当な部長に、戸枝さんはため息を吐く。
「部長がそのように適当では、私達も困ります。今日の作戦は? どうするんですの?」
「だから情報が少ないんだってば~……一応、そいつの『異能』の正体は、知ってるけど」
と、水野部長はトーナメント表の部長名を指差しながら言う。
「そいつの異能は『扇的当』」
「へんななまえ」
思わず呟いてしまった。これまでが『エクスカリバー』だったり『デュランダル』だったり、分かりやすい『異能』ばかりだったから、なおさら。
名前だけだと、よく分からない『異能』は……あ、でも、それこそ第二回戦で当たった三年五指の一人、『戯曲の悪魔』薄墨時雨さんの『異能』も、おかしな名前だったけど。
「ん~、あれだよ、あれ。いわゆる『与一の弓』ね。さすがに佐守ちゃんでも那須与一くらい、名前は聞いた事があるっしょ?」
よいちの、ゆみ。
与一は聞き覚えがある。弓が凄く上手い人。
「そそ。当てるのは自前の力量らしいんだけど。そいつは、仲間の『異能』を束ねて打てる。……たとえば『鶴久の絶剣』、『デュランダル』とかを矢にしてぶっ放せるし、弱い『異能』でも、束ねれば相応の火力を出せる。そういう『異能』だ」
「こわい」
思わず呟いてしまった。うちで言うなら戸枝さんの『レーヴァティン』とか、望月さんの『デア・ナハト』とか、そういうのを全部まとめて遠距離攻撃にしてしまえるってこと。
「そんな大したことないよ。さっきも言ったけど、本人に命中補正はないらしいし? 一発撃つごとに詠唱が必要な類だから、連射も不可能らしいし。なによりあっちの面子、お遊びだった三年連中とか、全員須藤が追い出したらしいから、一・二年生しかおらん」
「ああ。この人本当に簒奪者なんですね」
「そうだよ~……で、今年の一年生は、ほぼ戸枝ちゃんが魔力量の上限と思っていい。二年生は『絶剣』が上限だけど……あれはちょい飛び抜けすぎてるから除外でいっか……。なので、戸枝ちゃんを基準にした時、戸枝ちゃん以上の強者は、一・二年生にはほとんどいない」
あくまで『絶剣』抜きに、と答える水野部長。
凄い。戸枝さんって一年どころか二年生を含めても最上位に位置するんだ。
……そんな人が、わたしの友だち――
「そんな連中の矢なら、それこそ束になっても、今のあたしは抜けない。……少なくとも、二・三発は耐えられる壁を張れる。あっちは連射できないんだから、今日はあたしが部長らしく前を歩いて堂々正面突破したるよ~」
そういう水野部長は、いつになくお気楽だけど、いつになく頼もしかった。
けれど、戸枝さんはむうと口をつぐんだまま。
「……そう上手く行きますかね」
と、ぼやいている。
「大丈夫大丈夫。今のあたしに弱点があるとすれば――まあ軽いってことぐらい? 言うて、そんなもん大した弱点にはならんし」
小柄な部長は、体重も軽い。だから身のこなしは魔力を使わなくても新体操選手並み。
柔軟な動きはまさに水流のごとし、とか誰かが噂していた。
「ちゅうわけで、問題無く突破して、準々決勝に行きましょう……って言いたいとこだけど、佐守ちゃん、ちょいこっち」
「え、わたしですか?」
ちょいちょいと指を向けられて、わたしは水野部長の方へと向かう。
「なんかあった? 顔色、ちょい悪めだよ」
「ん……」
……結構、しっかり見られている。
ていうか、もしかしたら他の人達にも気づかれていたのかも。
その上で気を使われていたのなら、大変申し訳ない。
「え、えっと……ちょっと、悪夢を――」
――見たくもない過去を。
「見ただけで……」
思い出してしまっただけで。
「……だから、体調は問題無いです」
「ふうん。じゃあ心の問題か」
状況判断が凄く早い。本当にこの人は、きれ者なのか適当なのか分からない。
そんな先輩は、「う~ん」と、少し悩んでから。
「ま、アレだ。『気のせいだよ。聞き流せ』」
いつか、目黒次美に敗北した後の言葉を。
彼女の呪いを解いてくれた魔法の言葉を、もう一度告げる。
「ちゅ~か、そもそも夢に捕らわれても仕方がないじゃん? どんな夢を見たかしらんけど、君は今、生きてるんだから、それでいいじゃんね?」
「そうなんですけど……」
「そうそう。なんていうかな~……うん、思考を『斬れ』。今君が気にするべきは、夢じゃなくてこの三回戦だ。せっかくの『国異』だぜ~? 三回戦ともなれば、そろそろ配信でも注目される機会が多くなってくるぜ~? なら、しっかりと愉しんだ方が、悔いも残らんよ」
しっかりと愉しむ。
『人生を愉しめ』。それは、大蛇さんにも言われた言葉。
そう思うと、少しだけ気持ちが軽くなった。たしかに、悪夢に引きずられてくよくよしてる方が、なんていうか、ダメだ。
うん、と首を振って答えると、水野部長は微笑みながら。
「――っていうかね? あたしゃこれが最後の大会なわけで、そんな時に敗北した理由が『部員が悪夢を見て調子でなくて』じゃ、納得できね~よ! 引退しきるにしきれね~よ~!」
などと、至極自分本位なことを言われた。
たしかにそれはそうだと思う。これは水野部長にとって引退試合になるかもしれないのだ。
わたしのせいで悔いを残すような真似、しちゃいけない。
「わかりました。がんばります」
「よ~し。そんじゃ、私立秋原、出陣じゃ~」
水野部長が言うと同時に、試合準備を告げるブザーが鳴った。
そろそろ試合場に出かけないと――と思っていると、我ら秋原女学園最後の一人が、じっとトーナメント表を見つめたまま動かなかった。
「お~い、山名~? おいていくぞ~」
「ああ、いや……うっす」
と、素朴に答えるのは山名有為、先輩。
二年生なのに副部長……って水野先輩に指名されてるけど、当人は拒否しているからあくまで『部長代理』。
長身で寡黙で不愛想に見えるけど、優しくて真面目でしっかりした人。『狙撃手』で、『狩人』。適当な部長よりも頭脳面を支えてくれる。
戦い方は『狩人』らしくいやらしい。だけど、不思議と凜とした、静かな矜持を感じさせる頼れる先輩だ。――その矜持は、どこかあの『白夜の聖剣』という埒外の最強にも似た何かを感じる。
「あの化物と一緒にしないでくれ。私の魔力は平凡だ」
……とか思っていたら、表情を読まれたのか山名先輩に突っ込まれた。
こういうところが似てるんだけど……って思うものの、その山名先輩は、なぜかずっと黙ってトーナメント表の名前を見ていて。
「――まさか、な」
なんて、呟いていた。
◇
…………そんなわけで、試合前の挨拶。
向こうの部長さん――須藤千与さんは、凜とした人だった。
なんだか腕を組んで不敵な笑みを浮かべて、強そう。っていう感想しか出てこない。
「よろしくお願いします!」
しかも、とても礼儀正しい。こちらもちゃんとしなきゃいけない気がする。
「うぃ~。ま、気張らず気楽にいこうや」
一方でうちの代表先輩は、非常にだらけている。あまりの態度の違いに、後輩のわたし達がちょっと恥ずかしいよ。さっきの気持ちを返してほしかった。
けれど、先方の須藤……さん? は、そんな水野部長にも優しく、快活に笑う。
「ははは! こちらは一年、二年の寄せ集めだ! 胸を借りるつもりで挑ませてもらうよ。三年五指が一人、『海神の槍』水野弥生先輩!」
なんて、ちゃんとこっちの……まあうちの部長は方々で有名だけど、名前もちゃんと覚えてくれている。
それに気持ちよく笑ってくれる。愉しい戦いをしようと、全身で言っている。
物見遊山程度の気持ちじゃない。ちゃんと戦って、ちゃんと勝つつもりでここに立っている。
……でも、どうして?
「なんだ~? どうせお前もあれか。『白夜の聖剣』の首狙いか~?」
「ああ、その名前は外様の我でも知っているよ。逸見明音先輩か。あの人は凄いな。大会開始前に、わざわざ挨拶に来てくれたぞ。なんていうか、気持ちのいい人だった」
……気持ちがいい? あの埒外の不条理の塊が?
「あいつちゃんと挨拶周りしたんかい……んで、なんよ、その感想? ほんとに化物相手の感想か?」
「? だって、物凄く礼儀正しい方だったぞ。我も礼節は仕込まれているが、それでもしっかりしなきゃいけない気がした。その後の怪獣バトルは驚いたがな」
……たしかに。
伝説とか、色んなフィルターを外してみると、実は『白夜の聖剣』はそこまで変な人ではない。
変な人ではないけれど規格外だから変な人なのだ。だから、みんながあの首を狙って――
「――でも、我は別に『白夜の聖剣』の首には興味はない!」
――と。この大会の定石すらも覆すような言葉を、あっさりと告げる須藤さん。
その視線は、『海神の槍』水野弥生――ではなく。
『終の熱剣』戸枝小春――でもなく。
もちろん、わたしや望月さんでもなく。
なぜか、山名先輩にだけ、向けられていて――
「我はここに、『山名有為』の首を取りにきた」
なんて、とんでもないことを仰られた。
…………え?
え?
「「「山名先輩!?」」」
思わず三人全員の声が重なる。それと同時に、全員の視線が、後ろで気配を消していた山名先輩へと向く。
そんな山名先輩は、物凄い深いため息を吐きながら、一歩前に。
水野部長よりも前に出て、須藤さんと対面する。
「やあ、有為。久しぶりだな! ……それにしても、おかしなところに流れ着いたものだ!ただのチャンバラごっこかと思えば、道も知らぬ修羅場、気狂い共のトンチキ騒ぎだ。お前の椿説《ちんせつ》も、ついにここまできたか!」
などと、親しげに話しかけてくる須藤さんに、山名先輩はそれはもうイヤそうに。
……というかなんか面倒くさそうに、一言。
「千与……おまえ正気か?」
「正気も正気だよ、有為。いやなに、もう当てる的がなくなってしまってな。今度は、お前に当てに来た!」
そう言って、弓矢のポーズだけ取って、ばきゅーんってする、須藤さん。
それに山名先輩は、心の底からイヤそうな顔をして。
「…………帰ってくれ」
とだけ、返したのだった。
◇
ひとまずは無事に挨拶も終わり、わたし達は開始地点まで向かう。
本日のフィールドは、湖畔。
真ん中におっきな湖があって、周囲にはぐるりと囲うように森林がある。
狙撃と言う意味では、遮蔽もなくて絶好。山名先輩の狙撃の腕が光る。
けど、それは向こうも同じことだ。だって相手は『与一の弓』なんだから。
「ああっと、なんか色々、作戦とかも聞きたいんですけど――」
望月さんが、それを見ながらぼやく。
「とりあえず、なに? あっちの人と山名……先輩は知り合いなんです?」
と、みんながいちばん、正直試合の行方とかよりも気になっていたことを聞いた。
それに対する山名先輩は、非常に難しい顔をしていた。
「……知り合いというか、幼馴染。私、群馬からの転校生だから。中学までは向こうの学校にいた」
そんな、これまで知らなかった素性を明かす。
「小学校の低学年から中学まで、私は弓道部だった。そしてあいつも弓道部だった」
「それでは、山名先輩は高校から『競異部』に?」
戸枝さんの質問に、山名先輩はそうだよ、と小さく答える。
どうして弓道を止めてしまったんだろう。
「ん。別に大した理由はないよ。そもそも大した才能も、続けるほどの情熱もなかった。なので、親の都合で引っ越しするついでに、心機一転、新しいことでも始めようかなって」
その結果が、今。二年生にして、私立秋原女学園の副部長を務める才覚の持ち主……。
「別に才はないよ。だから、必要に応じて色々仕込んでる」
「ああ、それで僕を半端者にしたんだ。へええ~~」
望月さんはまだ二回戦の時の話を引きずっているけど、山名先輩は「そうだよ」と軽く答えた。
「ま、そんなわけで弓道からは足を洗ったつもりだったんだが。……まさかあいつの方から来るとは、因果だな」
はぁ~……とため息を漏らす山名先輩。
「弓の腕はあいつが圧倒的だよ。才能も、あいつの方が私より数段上だ。………だっていうのに、なぜかやたらと張り合ってくる。やれ勝負だなんだのと、ともかく弓を見せろだなんだのと。私が勝負をしたら、負けるのにな」
「はあ……」
なんだかよく分からないけど、とにかく山名先輩と、須藤さんの間には深い因縁があるらしい。
というか、須藤さんが山名先輩に突っかかっている。
断言はできないけど、その理由は少しだけ分かる気がした。
山名先輩は自己評価が低い……自虐ではなく適切な戦力分析として、事実わたし達の誰よりも『異能』のレベルは低いんだと思う。
まだよく分かっていない、わたしはともかく。
だから自分を『裏方』と呼ぶ。だから、みんなの支援に回る。
だから『勝つ準備に手間がかかる』なんて面倒そうに言う。
――なのに。わたしも、戸枝さんも、望月さんも、合宿中一度も、山名先輩に『勝てなかった』。
それも、別に大したこともないように。
『勝つ準備をしてるんだから、そりゃあ勝つよ』とか、当たり前に言う。
こういう人だから、一度も全力を見たことがない。見せてほしいのに、それを避けてる。
『負けるのが嫌だから』『自分の底を見せるのが怖いから』とか、そういう望月さん的な理由でもない…………と思う。
本当に、『別段、見せる価値もないよ』とか本気で思っているだけなんだろう。
……何はともあれ。
「えっと――じゃ、じゃあ、どうしますか? 狙撃合戦、とか……」
「私の『モシン・ナガン』と『ハントレス』なんぞ、幼い頃に親父についてった狩りの記憶を元に、高校から組み上げただけ。あっちは『与一の弓』なんて『異能』を、小学生から弓引いてる奴が持ってるんだ。付け焼き刃じゃ対抗できん」
その付け焼き刃に一年生はみんなやられているんですけど……。
山名先輩は、水野部長の方を見た。
「なので、狙撃戦なんぞ付き合わん。フィールドが『湖畔』なのは当たりでしたね。今の先輩なら、これただの道でしょ」
「うい~。そうだな。今日なら全員纏めて乗せても滑れる。一直線にサーフィンといこうや」
「さすがに突っ切る前に途中で撃たれるんじゃ……?」
「ふ……君らの部長さんを誰だと思っているんかね。『海神の槍』こと、水野弥生ぞ? 向こう連中の『異能』は知らんが、魔力量を見た限り、今なら四発は直撃しても耐えれる」
「そして五発目が来る前には確実に向こう岸につく」と、『海神の槍』は笑う。
それなら大丈夫かな……? さすがに単純がすぎる気がするけど――
そう思っていると、丁度試合開始のブザーが鳴った。
「よ~し、始めますか~」
そう言って、水野部長はわざわざ湖の岸に立つと、試合用の模擬剣を構えた。
それは剣の構えではなく、槍の構え。
「――『我は大地の神である。我は嵐の神である。我は海の神である』」
詠唱と共に、大気中の水分が試合用の模擬剣に集まる。
「『この穂先にて綿津見を掻き混ぜ、世に嵐を齎さん』」
詠唱が終わると同時に、その水は綺麗な槍を形作り――
「――『抜槍。トリアンナ』」
水野部長の得物、いつもの三叉の槍が抜かれた。
「よしよし、『かなり好調』だ。みんな集まって~遠足の時間よ~――」
なんか本当に、物凄い油断している水野部長――
「――あ、やば」
――の、姿が、轟音と共に一瞬で吹っ飛んだ。
「…………!?」
次の瞬間、脱落のブザーが秋原側から鳴る……!
え、え、今ので水野部長が落ちた……!? どうしよう、どうすれば?
と思っていると、今度は戸枝さんの方から声が上がった。
「ん、ちぃ――!」
爆音と共に燃え上がる焔の壁に、大量の矢が飛んでくる……!
連射? 掃射? そんな話、聞いてな――
「――佐守! あの“交じり”ってやつ、一人でもできるか!?」
山名先輩の余裕のない声が聞こえる。
「え、あ、は、はい……!」
“交じり”とはわたしの『異能』……未満の技。
人の『異能』の流れを自分の魔力の流れに乗せて、自分のものとして扱う技。
この前の二回戦では望月さんの『眷属』になる時に役立った。……まあ望月さんの『眷属』は別に“交じり”必要ないんだけど。
「わかった! なら戸枝と“交じって”、湖面に向けて“払え”! レーヴァティンじゃ間に合わん!」
「え!? …………え!?」
そんな……そんな!
戸枝さんと“交じる”だなんて、ちょ、ちょっと心の準備というか。
えっと、いやではなくて、むしろ…………なんだけど、その――まだ……。
「そういう抒情的な話はどうでもいい裏でやれ! いいからさっさとしろ! またデカいのが来る前に!」
「――は、はい! と、戸枝さん!」
全然余裕とかなかった。戸枝さんに向けて模擬剣の切っ先を向ける。
「ええ、私の炎を貸しましょう」
戸枝さんも状況を理解しているのか、何の躊躇もなくわたしに炎を放った。
それを、剣で受け止め、自分の魔力と“交じ”らせる。いつかの練習試合の時と同じように、わたしの試合用の模擬剣にも、彼女の誇りの焔が宿る。
――それを。
「――――『大蛇さん』!」
思いっきり、湖面に向けて真横に薙ぎ払った。
蒸発した水が壁みたいに吹き上がって、わたし達の間に一時の壁を作る。
それを見ていた山名先輩はまたすぐに次の指示を出す。
「よし、今のうちに背後の森林へ全員退却! 散会して木の後ろに隠れろ! 望月は『影』を伸ばして全員隠せ! 多少不自然でもいい!!」
物凄い速さで指示を出してくれる山名先輩。その指示は多分的確で、最適解なんだと思う。
……けど、奇策で知られる水野部長が試合開始と同時に落ちたというこの現状、完全に後手に回っている。
――ていうか、そもそも今回は作戦だってろくに立ててないんだけど……!
ど、どうすればいいの……!?
◇
水野弥生が吹き飛び、続けざまに戸枝への掃射。
それを見た山名の判断は早かった。
一. 相手には、『かなり好調』の水野弥生を吹き飛ばす手段がある。
二. さらにその矢(かもしれない)は連射が可能である。
三.そうなると、開けた場所は良い的だ。
これだけが、現状で把握できる最低限の情報。
なら最速で壁を作り、速攻で遮蔽に隠れるしかない。
全て後手後手だが、仕方がない。向こうの速攻戦に反撃できる手段が今はない。
「全員、隠れたか! 望月、全員『影』に隠したか!」
「ああ、はいはい! やってますよ! 聞こえてますよ! 水野部長が落ちたから念話ができないのか、そういや……」
そう、まずはそれが問題だ。なので、その問題を解決する。
『その問題を解決する策』は、もうとっくに用意している。
「全員、軽く指切って血を望月の影に落とせ! 『眷属』化すれば念話も出来る!」
とにかく叫んで指示を出す山名。
その間にも、向こうからの射撃は止まらない。
おかしい、と山名は思う。水野部長が試合開始前に言っていたとおり、そもそも須藤千与の『異能』はそんなに連射できるものではない。
それは情報としてもそうだし、山名自身の思い出としてもそうだ。
山名有為は須藤千与の幼馴染。故に彼女の『異能』についても、もちろん把握している。
無論、転校してからの二年間で『異能』が進化した可能性も、無くはないが……。
(あーあー……よし、これで全員繋がった……と思います――うひぇ!?)
丁度、念話が繋がったタイミングで、望月の真横に先の水野弥生を吹き飛ばしたのと同じような爆撃が落ちてくる。
思えばこれも不可解だ。いくら『異能』を束ねるとはいえ、相手はかの『水野弥生』だ。
一撃で脱落させる手段など、そう多くない。
(ひゃ…………!)
と、今度は佐守あおの悲鳴。
(佐守、大丈夫か)
(だ、大丈夫です……や、矢が木に刺さっただけで)
(さっきから雨あられですわね……おかげで、んっ!?)
今度は、戸枝の隠れている木の幹が、えぐり取られた。
その矢は地面に突き刺さる。
その様子を、慌てず、冷静に確認する山名。
(……規模が違いすぎる。これは――)
(どういう意味ですの?)
問いには答えず、山名は佐守と戸枝に必要な指示だけを投げる。
(二人とも、矢をこっちに投げ……いや、望月。お前の『影』の中を移動させられるか?)
(ああ、えー……? やれなくもない……気もしますけど……)
(じゃあ、『今、ここでやれるようになれ』)
難しいことを言っているのは分かるが、しかしそれが必要な状況だ。
なにより、今の望月なら恐らくできると、山名は確信している。
一年生の『異能』は、まだ伸びしろが多く残っている。そして望月は先日の二回戦で覚醒したばかりだ。
つまり、調子づいている。人にもよるが、望月は『調子に乗っている時が一番伸びる』性質だと、山名は知っている。
(そんな無茶な――あ、できた)
ほらな。などと心の中で嘯きつつ、山名は手元に送られてきた二本の矢を見比べる。
片方、戸枝の隠れている木をえぐり取ったのは、和弓の矢。須藤千与の『与一の弓』が扱う長弓の矢である。
もう片方、佐守の木に突き刺さった矢は、もっと短い。まったく狙撃向きではなく、むしろ近距離で、しかも閉所で邪魔にならない程度まで、切り詰めたボルトで――
(やられた……ここまで織り込み済みか)
思わず念話でぼやく山名。しかし、その意味が一年生たちには分からない。
(山名先輩、勝手に理解してないで僕らに説明くださいよ。あっち、連射できないって話じゃなかったんですか?)
(…………とりあえず確定した情報はある)
はあとため息を吐きながら、山名は連絡する。
(まず……矢の種類が違う。一本はあいつの矢だが、もう一本は『狩人』の矢だ。たしかに射る武器だが、狙撃向きの武器じゃない――少なくとも、この距離では威力はでない)
片方、短い方の矢を掲げながら、山名は言う。それに首を傾げるのは佐守。
(……? なんでそんな意味のないことを……)
(意味はある。私たちは、『水野部長を一撃で倒す矢を、連射される』と思い込んで、咄嗟に非難した。このフィールドで遮蔽物があるのは『森』だけだ)
実際には、須藤の矢と、別の矢――この距離では威力の出ない『狩人の矢』を混ぜて撃ってきていた。
ただし、撃たれている側にはそんな区別はつかない。まして、最初に部長が墜とされるという窮地だ。パニックの中で一々、飛んでくる矢を確認する時間はない。
だから、まず遮蔽に身を隠す。
(そして、獲物が森にいるなら、『狩人』にとっては良い的だ。だってそこが連中の狩場なんだから)
同じく『狩人』の異能を使う、山名だからこそ分かる。
もっとも、相手は山名の『ハントレス』のような曖昧で弱い『異能』ではないだろう。
ちゃんと、『狩人』の逸話を持ってくる。『ロビン・フッド』だか、『ワイルドハント』だか、『アタランテ』だか。とにかくそうした『狩人』の『異能』。
(ああ、つまりまんまと誘い込まれたってこと)
(そうなる。……だから多分、森伝いに向かっているはずだ――)
森は湖畔フィールドを囲うように、繋がっている。
ちょうど自分達はスタジアムの南側、私立宝徳学園の開始地点は向かって北側。
(――佐守はに……あー、向かって左を、戸枝は東に行け。望月は動くな。二人を影で隠し続けろ。ただ、戦闘になっても深追いはするな。どうせあっちも念話で繋げてる。位置がバレるとデカいのが飛んでくる)
(了解ですわ)
(りょ、りょうかいです)
(はーい)
(…………ふう)
……これでひとまずは問題ないだろう。佐守はともかく、戸枝を狩れる狩人がそう何人もいる筈がない。
(しかし遠距離を二人とは、思い切ったことをする……)
……ただ、問題は最初の一撃だ。
山名の知る限り、須藤千与の『異能』は、あの速度で撃てない。
正しくは撃てるが、威力が出ない。須藤の『異能』は、しっかり時間を掛けるほど威力が高まる類だ。
考えられるのは須藤の『異能』によって『狩人の矢』を束ねて撃ったことで威力を上げたか。
しかし、『与一の弓』はそもそも和弓、すなわち強弓である。
そこにボルトを束ねたところで、大して威力は上がらない。
なのに、水野弥生は吹き飛んだ。
――そう、吹き飛んだのだ。おそらく場外まで吹き飛んでの脱落。
衝撃は、まるで、『攻城兵器』の一撃でもあったかのような――
(…………まさか、いや)
しかし、それしか思い浮かばない。
須藤千与という『与一の弓』、まだ名前も知らぬ『狩人の弓』、おまけに『攻城兵器』。
つまり――相手は遠距離型の『異能』が、五名中三人は確実にいる。
「――――正気か? 千与」
◇
「――ああ、正気も正気だよ、有為」
答えたのは、念話によるものではない。
ただの偶然、あるいは幼馴染が故の理解力。
湖岸で『与一の弓』を構える須藤の背後には、『狩人』、『攻城兵器』、さらに『名弓』、果ては『名銃』まで。
選手五名、全員、遠距離武器の『異能』。
「トンチキ騒ぎは好きだが、『道』なき修羅場は好かん。性根はまだ弓道家なのでな」
答えながら弓を構える。射法八節を守った、美しい所作で。
「――故に、殴り合う気は毛頭ない。我ら宝徳、全て遠距離で仕留めさせてもらう」
――そう言って、矢を放つ須藤千与。