わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで   作:遠野静

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第22話 第三回戦と、矢合わせの日(後編)

 ――初手で相手の水野弥生を墜とせた。

 これはかなり大きい、と須藤千与は思う。

 何しろ相手は水の化身だ。湖畔というフィールドにおいて、もっとも警戒すべき相手。

 

 それに、アレこそは道を知らぬ畜生。正しくは道を知りながらそれを踏みにじる不条理。

 だから、何はともあれ最初に墜とすと決めていた。アレは『白夜の聖剣』よりもよっぽど生きてはいけない存在だ。

 

「しかし上手く行ったものだ。……少々、上手く行き過ぎている気もするな」

 

 水野を墜とし、相手を上手く森へ逃げ込ませた。

 須藤自身はここで、『攻城兵器』と『名弓』と共につるべ打ちを続けながら、『狩人』と、『名銃』に森伝いに挟み撃ちをさせる。

 

「安久路は東。六条は西だ。あまり深追いはするなよ。有為はここからがしぶとい」

 

 『名銃』と『狩人』、それぞれに指示を出しながらも、彼女もまた弓を引く。

 射法を守る美しい構え、まさにこの場の主役は己と言わんばかりに、遮蔽に隠れることなく弓を引き――

 

「――さて、いい加減に見せてくれよ、有為。それとも根っから畜生に成り下がったか?」

 

 まだかまだかと、まるで恋焦がれる少女のように、彼女はその矢を放った。

 

◇

 

 この状況で、わたしにできるのは、『斬る』ことだけだ。

 須藤さんの『異能』は、仲間の『異能』を束ねて撃つと聞いた。

 なら、相手を少しでも減らせば彼女の『異能』の威力も落ちる。

 だからわたしはとにかく『斬る』。邪魔なものはすべて『斬る』。

 

(おーい、あおちゃん。あんまり出ていっちゃだめだよ~? 僕の影から飛び出られると、相手の良い的だからね~)

 

 脳内に望月さんの声がする。分かってるよ。少し気が急いてるだけで。

 だって、慌てもする。いきなり水野部長が墜とされて、いきなり森に隠れて、はてはそれすらも罠だったなんて。

 

 本当は今すぐ敵陣に突っ込みたい。けどそれをすると多分わたしが穴だらけにな――

 

「――――っ!」

 

 ――急に何かを“察し”て、その場から飛びのいた。

 瞬間、目の前に一本の矢が刺さる。

 

 ……山名先輩が言っていた、あの『狩人』の矢だ。どうやら、わたしは当たりを引いたらしい。

 

 …………引いたらしいんだけど、姿が見えない。

 そう思っていると、また気配を“察し”て、即座に避けた。

 またも、射手の姿は見えない。

 

「見えない矢……いや、矢は見えてるから、射手側の姿を消す……?」

 

「そ、そうです……」

 

 声は、森の中に反響して。

 返事が返ってくるとは思わなかった……。

 どうしよう。一応模擬剣を構えながら、わたしは問う。

 

「えー……と……あなたは、敵ですか?」

 

「あ、相手選手では、あります。あ、名前は六条霞……一年生です」

 

「はあ……佐守あおです、あ、一年生です」

 

 なんだか丁寧な挨拶をされたので、こちらも返答をしつつ、剣を構える。

 

「……見えないのが、あなたの『異能』?」

 

「…………」

 

 ……なんだ、これは答えてくれないんだ。

 けど、沈黙するってことは多分当たりなんだろう。

 

 なんだか二回戦でも似たような相手だった……あれはやってて愉しくない。

 そう思っているとまた“察し”。今度はちゃんと剣で弾く。

 

 ……ちょっとイライラしてきた。

 

「分かりました。もう返事は要りません。見え次第、『斬ります』」

 

「ひぇ…………」

 

 なんだか、昔のわたしみたいな反応だ。

 少し面白くなったので、積極的に斬りに向かう。

 “察し”てる感じ、矢は直線。この『異能』は射手を不可視にしても、射線を操れるものではない。

 

 であれば――矢が放たれた瞬間を“察し”て、その方向へと真っ直ぐ向かう……!

 

「…………っ」

 

 痛い。ちゃんと肩に当ててきた。

 でも、この程度は想定内。なので、全然平気で行ける。

 

「な、なん……! ちゃ、ちゃんと当ててるのに……!」

 

 ふっと姿が見える、どうやら『異能』を解除したのか、それとも慌てて解除してしまったのか。

 後者だろうな、と思いつつ、その怯えた顔に向けて剣を振るう。

 

「ひぃ――!」

 

 と、声をあげて背後に下がる。逃げ足だけはいっちょ前だ。

 ただ……。

 

「そのまま足を止めているなら、あなたを『斬り』ます。やるならもう少し本気でやってください」

 

 何を躊躇しているのか。当てれる自信があるのなら、ちゃんと頭を狙えよと苛立ちつつ、まだ怯えて、フードなんて被っている彼女に模擬剣を向ける。

 

「――それとも、ここで両断してもいいですか」

 

「…………っ」

 

 ……癪に障る。

 殴り合う度胸もなく、舞台に立つなと腹が立つ。そろそろいいだろうかと思ったところで、彼女の震える唇から、怯えではない別の声が漏れた。

 

「――わ、『わたしは姿無き者。法なき森にて穿つ者』」

 

 詠唱だ。……また不可視に戻るのか。それはちょっと面倒だな。

 その前に斬り捨てようとするけれど――遥か遠く、湖面の向かいから凄い殺気を“察し”た。

 

「んっ……!」

 

 咄嗟に避ける。そこに飛んできたのはあの強弓。須藤さんの矢だ。

 凄い……たしか、命中補正とかはないって聞いていたのに、この距離で、この森の中で、六条……? さんの位置だけからわたしの位置を正確に割り出して、当てにきた。

 とんでもない力量だ……二年生でコレなら、確かに部長簒奪も頷ける。

 

「『富める者からは奪い、持たざる者へ与える者。わたしこそ森の番人なり』」

 

 なんて感心していたら、六条さんの詠唱が終わってた。

 

「――『無私。ロビン・フッド』」

 

 ……また、姿が消えた。ちょっと面倒くさいが、難易度的にはこのくらいがちょうどいい。

 懇願するだけの臆病者は、相手をする価値もないから。

 

◇

 

 西で佐守あおと六条が戦いを繰り広げている間、東側は戸枝小春が走っていた。

 こちらには安久路――銃器と言う比較的近代の武器でありながら、れっきとした叙事詩にも名の残る名銃『アクケルテ』を握る『異能』使いがいる。

 

 無論、彼女には『ロビン・フッド』のような透明化能力はない。

 しかしその名銃はダマスカス鋼にて硬く、その精度は必中とさえ歌われる。

 つまるところ、しっかりとタイマンで戦える『異能』だ。

 加えて安久路は山名と同じく『狩人』――マタギの経験が、結構しっかりある。

 『狩人』という『異能』ではなく、己自身が『狩人』。

 

 ならば、この戦いにおいては負けるはずもない……と、安久路は考えていたが。

 

「――ふむ」

 

 戸枝小春は、丁度湖畔の中間地点で足を止めた。

 南北の境界。湖畔を中心とするフィールドの、その狭間。東の極点。

 

(この辺まで、で。……山名先輩。『焼いて』も構いませんこと?)

 

 一応、念話で確認を取る。

 山名ならば良しというだろうが、その前に望月の影を避難させるためだ。

 「望月の影ごと燃やす」ことになると、少々厄介になる。

 

(分かった。だがすぐに戻れ。この状況でお前の『熱剣』は目立ちすぎる。……とりあえず望月は影を戻しておけ)

 

(はーい)

 

 するすると、自分についてきていた影が後方に下がっていく。

 それを見送ってから、戸枝ははっと息を漏らす。

 

「『目立つ』……ですか。言われずとも、分かっておりましてよ」

 

 言って、彼女は改めて前を向くと――

 

「私は『終の熱剣』戸枝小春! 今ここにて『この道を終わらせます』!」

 

 堂々と名乗りをあげる。

 それと同時に、上段に構えた剣に炎が宿る。

 森の中では目立ちすぎる焔。当然湖畔からの攻撃もそちらへ向かう。

 

 ――しかし、たかだか『そんなもの』。

 名弓? 攻城兵器? なるほど、だからどうした。こちらは世界を終わらせるもの。

 

「――『世界よ、終われ。私と共に、私以外の全てを焦せ』」

 

 話題になっていた割に、思えば本大会が始まってから、一度もまともに振るう機会のなかった熱剣を解放する。

 

「『炎の剣。主役の光。大地を丸ごと焼き焦がし、私だけの春よ来い』」

 

 そうとも。

 この場の『主役』は私だ。

 他の誰にも譲る気はないと、今、溜め込まれ続けていた焔が周囲の木々を焼き尽くし――

 

「――『抜剣。レーヴァティン』!」

 

 振り下ろされる焔激は、フィールドの東北側――そこに潜んでいた安久路毎、全て纏めて燃やし尽くした。

 

◇

 

 宝徳側から初めての脱落のブザーが鳴る。先の主役の光に焦がされた安久路のものだ。

 

「ふむ、安久路が堕ちたか……怪我が残らないといいが」

 

 努めて冷静。部員の心配なんてしながらも、須藤はフィールドの四分の一を燃やし尽くした熱剣にひゅうと口笛を吹く。

 

「良いな、『終の熱剣』――戸枝小春だったか。なるほど凄まじい。上に礼節もある」

 

 今この瞬間、この場において、あの娘は間違いなく会場の主役だ。

 燃え盛る業火を身にまとう姿は、モニターを見ずとも須藤から丸見えである。

 

 だが――

 

「アレは射てんな……」

 

 全力で放っても、矢が彼女を射る前に燃え落ちる。あんなにも堂々とした立ち振る舞いにも関わらず、自分では手すらも出ない。

 

「――なるほど。見事なり『終の熱剣』! 東は紛れもなく我らの負けだ!」

 

 朗々と声を張り上げて叫ぶ須藤。声が届いたかは分からないが、とりあえず言いたいことは言えたので、うむと頷く。

 ああいうものが居るならば、先に表に出してくれとすら思っていた。

 

「――さて。とはいえ、西までは渡さん。餓鬼畜生の剣鬼なんぞに、うちの六条を虐められては困る。それは、礼節に欠ける」

 

 もはや墜ちた東は諦め、西に狙いを定める。

 かの『熱剣』は見事にその在り方を示した。ならば負けも認めよう。

 

「……だが、餓鬼の相手はほどほどに、だ」

 

 ――佐守あおは、なんであれここで射貫く。

 それがひとつの彼女の矜持ならば。

 

「その暴はさすがに目に余る。だから貴様はここで死ね」

 

 明確な殺意と共に、矢を放った。

 

◇

 

「あう……あ――」

 

「……もう、消えないんですか?」

 

 結構な戦いをした……いや、別にそんなに戦ってもいないけれど。

 ただ、彼女が姿を消す度に、矢が放たれた方向に向かうだけ。

 頭さえ守っていれば、他の怪我はどうでもいい。

 わたしは『斬る』ことだけを考えていればいい。

 

 だから、作業はひたすらに単調だった。

 消える。放たれる。撃たれる。斬る。

 

 この繰り返し。

 段々面倒になってきて、ちょっと加減をしてわざと怪我をさせてみた。

 そうしたら、ますます逃げ惑う。消える速度が速くなる。難易度がちょっと上がる。

 それは、面白い。面白いんだけど――

 

「ちょっとだけ、飽きてきました」

 

 ……なんだか、気分が悪い。

 なんでだろう。

 なんでだか、今、目の前で怯えている彼女を見ていると――

 

 ――学園の、机の上に置かれていた花瓶のことを――思い出して……。

 

「はぁ……」

 

 ああ、なるほど……こういう気持ちなんだ、みんな。

 そっか、愉しい――愉しいけど、胸糞悪い。

 一方的な加虐は――もういいだろう。

 

「……すみません、もう『斬り』ます。なるべく痛くしませんから」

 

 ――そう言って、剣を振り上げた直後だった。

 ごうっという音を立てて、湖面の向かいで焔が上がる。

 

 わたしは、何もかもを無視して、そちらを見つめた。

 あれは主役の光。戸枝さんの終の熱剣の業火だ。

 

 …………やっぱり、凄く綺麗だ。

 

「…………あ」

 

 ……何をやっている、わたしは?

 

 怯える相手を、傷つけて。

 決められる勝負をわざと引き延ばして。

 あの人。わたしをちゃんと見てくれた『友だち』とは、真逆のことを続けて。

 

 ……本当に、何をしている?

 こんな姿を見られたら、失望される……。

 

「…………っ!」

 

 ――瞬間、思わぬ殺意を宝徳側から“察し”て、わたしは咄嗟にその場を離れた。

 目の前を矢が横切っていく。しっかりと頭の位置に。

 

 その隙に、あの六条さんとか言う人は逃げて行ってしまう。

 

「あっ」

 

(深追いするな、佐守。今はお前が狙い撃ちされている。こっちに戻れ)

 

 脳内に山名先輩の声、わたしは短く「わかりました」とだけ告げて、背を向ける。

 

 どちらにせよ今の気分では剣は振れない。

 わたしは、あの人の『友だち』でいたいから。

 

 …………わたしはまだ、『被害者』でいたいから。

 

◇

 

「……も、戻りました!」

 

 吐き気を抑えながら自陣に戻ると、向こうの半面を焼いた戸枝さんも戻ってきていた。

 ただ、炎はまだ燃え盛っている。

 これで『東側』は通れない。わたしと六条さんの戦っていた、『西側』だけが唯一の通路。

 

(よく戻った、佐守。問題はここからどうするかだ)

 

 そう。別に道を一本消したところであまり意味はない。

 だって向こうは最初から遠距離戦を仕掛けている。チャンバラに付き合うつもりもあまりなく、わたしと戦っていた六条さんも、あくまで番人って感じだったんだろう。

 

 こうしている間にも、大矢だの短矢だの、なんか大きな石だのが沢山降ってきている。

 まだ隠れる木々があるからやり過ごせるが、このままじゃジリ貧だ。

 

(どうしますの? ここから湖畔の先までレーヴァティンを撃ちますか)

 

(お前では狙いつけられないだろう)

 

(そうですわね。一応届きはしますが)

 

(その前に向こうに当てられる。あいつは当ててくる。間違いなく)

 

 戸枝さんのレーヴァティンでも無理……となると、と望月さんを見る。

 彼女の広範囲ドレインは、確かフィールド全体のはず。

 距離で減衰はするけど、指向性を持った今なら――と思ったけど、彼女は首を横に振った。

 

(いや、無理無理。この距離じゃ、その前に隠れ場所全部壊される)

 

 ……どうしよう。完全に袋の鼠だ。わたしは『斬る』ことしかできないし、それも今はちょっと精神的に辛い。

 ううん、とない頭を悩ませていると、ふと望月さんがぼやく――

 

(ああ、こんな時に誰かさんが本気を出してくれたらなぁ)

 

 ……誰かさん? って思って横を見ると、望月さんの視線は、真っ直ぐ山名先輩を向いていた。

 

(私に言ってる?)

 

(他に誰がいるのさ。そもそもアレ、あんたに当てに来たって言ってたぞ。相手すんならあんただよ)

 

(千与はそうだが……)

 

 眉根を寄せて、悩んでいる山名先輩……。

 いったい、どうしたんだろう……もしかして、この場を切り抜ける打開策があるの?

 

(あるに決まってる。だってこの先輩は、そういう人だろ)

 

 吐き捨てるように断言する望月さん。たしかに山名先輩は、凄く勝ちの準備をする人だ。

 勝つための工夫を、いっぱいして勝つ――だから誰も彼女の本領を、まだ見てない。

 山名先輩の工夫は見ても、山名先輩自身を、誰も知らない。

 

(ていうかどうせ、僕を『ノスフェラトゥ』にした後でも狩る用意があんだろ、あんた)

 

(あったけど)

 

(ほら~! こういう人なんだからさぁ。そろそろちゃんと明かしてくれない!? 山名有為の、『半端者ではない』、必殺技をさぁ!)

 

 望月さんの半ばやけくそみたいな念話が飛んでくる。

 それに、山名先輩はため息を漏らして。

 

(本当にそんなに大層なものじゃないんだ……。なにより、準備に時間がかかる)

 

 ため息を漏らす山名先輩。少し顔を出すだけでも撃たれるこの状況では、その時間を稼ぐ手段がいると言った。さらには。

 

(それと……『私はこれを射ると脱落する』)

 

 なんて、とんでもないことまで言った。

 

(なんていうかな。これは、そういう性質なんだ。自爆攻撃みたいなもんで、かといって然程強くない。この距離なら『絶好調中の絶好調』の先輩程度の威力だ)

 

 ……それは、十分なのでは?

 それにたいして、一番反応するのが、半端者の吸血鬼だった。

 

(よくそんな凄いもん隠しておいて、人をコレに仕立てたな、あんた)

 

(……それについては申し訳ない。いや、私も本当はお前側だ)

 

 一方で、冷静な戸枝さんが。

 

(本当に一撃しか無理ですの?)

 

(うん、一射だけ。これは……なんていうかな、魔力量とかの話じゃないんだ。私の矜持というか、私の『道』の話だから。それでもあいつには、千与には当てる)

 

 それは『異能』どうこうじゃなくて。

 一人の弓道家の自負として。

 的には必ず当てると、山名先輩は言った。

 

(……だから問題は準備時間だ。せめて土手でもあればいいんだが――)

 

 それなら纏めて薙ぎ払えると、彼女は言う。

 ……土手、それなら。

 

「――『大蛇さん』」

 

『うん』

 

 山名先輩が準備できるまでの、時間が欲しいの。

 わたしにできる?

 

『できるが……代わりにお前が危険かもしれん』

 

 断言してくれた。ありがたい。もう今日は剣を振りたくない。

 だから、わたしの危険はどうでもいいよ。

 ひとまず時間を稼ぐための手段をちょうだい。

 

『ならば』

 

 幻視する大蛇の首は、もう五本目。

 よし。

 

(山名先輩……わたしが時間を稼ぎます)

 

(佐守が……? いや、危ない。相手はなんでかお前を狙ってる)

 

(だからいいんです)

 

 囮になるには丁度いい。こちらに目が向くというのであれば。

 わたしはまだ名乗れないけど、ただ堂々と湖畔の前へと飛び出した。

 

 それから、剣を逆手に持って、地面に――

 

『流れを薙ぐもよい』『だが、それでは足りぬ時もある』

『濁流に飲み込まれたくなければ』『その有り余る力を持って』

『――“阻め”』

 

 ――全力で、魔力を込めて突き刺した。

 瞬間、地中で爆発した魔力によって、たくさんの土砂が積み上がる。

 見てはいないけれど、もしかしたらあの『雪崩』さんの土バージョン、平面版みたいな。

 とにかく巨大な土の壁。

 ちゃんと盛っているわけではないから、当然、すぐに崩れるだろう。

 

 だから――

 

「――山名先輩。今です!」

 

「……はぁ~! しょうがないなぁ~!!」

 

 がしがしと頭をかいて、二本の模擬剣を持った先輩がわたしより前に出た。

 でも、構え方がおかしい。

 片方の剣は中ほどで、もう片方の剣はそこにつがえるように。

 

 ――まるで、弓矢みたいな。

 

◇

 

 それは本当に僅かな時間。

 刹那と言うほど短くはないが、湖畔の向こうで乱雑に土砂が詰みあがる直前。

 

 須藤千与は、確かに山名有為が出てくるのを見た。

 

「はは。やっと出てきたか、有為――!」

 

 握る矢に力を籠める。脱落した安久路を除く、他の全員分の『異能』と『魔力』を、その矢に乗せる。

 

「すまんな皆、全部貰う! なあに、どうせこれを外せば我らは仕舞だ!」

 

 激しく発光する矢を持って、彼女は再度の詠唱を始めた。

 

「――『南無八幡大菩薩、願はくは、あの扇の真中射させて賜ばせたまえ』」

 

 歌い上げるは過去の弓兵。日本人なら誰もが知るであろう、かの英傑。

 

「『これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に再び面を向かうべからず』」

 

 その逸話、その伝承。射る者であれば誰もが想う弓の矜持。

 

◇

 

 土砂が崩れ落ちる中で、その姿を、わたしは見ていた。

 

「――『真向、内冑は恐れも候。障子の板か、栴檀、弦走か、胸板の真ん中か』」

 

 言っていることは、とても怖い内容の詩。

 だけど、それは確かな自負と矜持の詩。

 

「『昔は矢一つにて鎧武者二人を射通しけり。今は舟を射て多く人をぞ殺しけり。南無阿弥陀仏』」

 

 二節目の詠唱が終わる。山名先輩の服が、いつもの制服から弓道着に。

 二本持っていた剣も、和弓と矢に代わる。

 

 いつも裏方だけど、どこか凜とした佇まいを見せていた山名先輩。

 その、『凜とした』部分が、はじめて表に出たような。

 

 ――ずっと、裏方をしていた『主役』が今、まさにここに立っている。

 

◇

 

 湖畔を挟む二人の弓道家。的場に立つ動きは合わせ鏡。

 本来、人を射るは反則だが、ここは『国異』の場であるが故、仕方なし。

 当てるべき的は、互いの頭。

 

「足踏み――」

 

 山名が呟く。両足を外八文字に開く。

 

「胴造り――」

 

 須藤が述べる。体の重心を整え、姿勢を安定させる。

 

「弓構え――」

 

 有為が宣う。矢を番え、手と狙いを整える。

 

「打起し――」

 

 千与が告げる。両の拳を同じ高さに、静かに持ち上げ――

 

「「引き分け――」」

 

 ――両者、左右均等に弓を引き分ける。その構え、その姿勢は、ほぼ同じ。

 

「「――会」」

 

 合わせ鏡のような二人。湖畔を挟んで弓を引き合う姿は共に、この『異能』蔓延る『国異』においても尚、美しく――

 

「――『離れ。以て八節、扇的当』」

 

 ――次の瞬間、須藤千与の弓から自然と矢が放たれ。

 

「――『離れ。射法奏上、弓張月』」

 

 ほぼ同時に、山名有為の剛弓からも、その一矢が放たれた。

 

 これこそが山名有為の真の『異能』。『ハントレス』などという、半端者ではなく。

 

 真の矜持、真の魂の形。真の――『道』。

 なぜならば彼女は――『弓道家』なのだから。

 

 山名から放たれた矢は、道中全てのものを巻き込みながら――即ち望月の影も、戸枝の炎も、そして先程の佐守の土砂も巻き込みながら的に向かって突き進む。

 加えて湖畔。ここには居ない水野の代わりとばかりに、水を吸い上げて巨大な矢へ。

 

 須藤千与の矢すらも飲み込みながら突き進むそれは、一見すると暴力的で傲慢だが、しかしとても美しい。

 七色の光の螺旋と化した矢は、『誰かを傷つけるための矢』ではない。

 『的に当てるためだけの矢』だから――

 

 それを見ていた須藤千与は。

 矢も、山名有為の姿も見ていた千与は、うっかり放心してしまった。

 彼女がはじめて山名の弓を見た時と同様に。幼心の憧憬で、つい残心を忘れてしまい――

 

「――やっぱり、弓を持つお前には敵わんよ」

 

 苦笑しながら、その矢に巻き込まれた。

 

◇

 

 ――五回、連続して脱落のブザーが鳴った。

 宝徳側は、一人を戸枝さんが倒していたから、四回はおそらく宝徳で間違いない。

 今の一射で、四人、全員墜とした。でも……最後の一回のブザーは、秋原側のものだった。

 

 その後、試合終了のブザーがなる。

 それと同時に、山名先輩から急速に魔力が消えていくのが分かった。

 

「…………残心」

 

 矢を放った時の姿勢のまま、彼女の姿は弓道着から元の制服へ。

 弓と矢だったものは、元の模擬剣へと戻る。

 彼女はもう『脱落』していた。少なくとも、『戦える状態ではない』と大会規則は判定した。

 

 けれど、その立ち振る舞いは――本当に見惚れるほどに美しくって。

 

 なんだか、あの『白夜の聖剣』に勝るとも劣らないほどの火力と、『白夜の聖剣』や『終の熱剣』と同じ『何か』を見せてくれた、山名先輩は――

 

「ふう――」

 

 と小さくため息を吐いてから、模擬剣を落とした。

 それから、わたし達三人の方を向いて苦笑する。

 

「……これが、私の『異能』。当たっても外れても、『的場を降りる』。それが礼儀で、礼節だ。だから一射しか打てない。だから『国異』じゃ、欠陥品なんだよ」

 

「欠陥…………?」

 

 どこが? あの虹色の綺麗な閃光の、いったい何が欠陥だと……。

 って一番怒っているのは、望月さんだった。

 

「あんた、あんたさあ……」

 

「なんだ、望月」

 

「今のを隠し持った上で、僕を半端者に仕立てたの!?」

 

「だから、後でちゃんと『ノスフェラトゥにしないか』って言ったじゃないか」

 

「そうじゃなく……おま、お前……はあっ!」

 

 なんだか、凄く怒っていた。でも、今の山名さんには殴りにいかなかった。

 というか、いけなかったんだと思う。

 だって――

 

「威力は距離によって変わるし。ついでに『必中』みたいな『異能』でもないから、ちゃんと狙って当てないといけない」

 

 そんなことを、当たり前に語る先輩は。

 

「しかも、射法八節守らないと撃てないから時間がかかるし、撃った後も残心を取らないと、もう少し私の体が酷いことになる」

 

 なんて、もうよくわかんないことをいう山名有為先輩は。

 

「ついでに酷く目立つ――だから、裏方でせこせこしてるほうが性にあってるんだ」

 

 苦笑する花形役者は、紛れもなく、この勝負の『主役』なのだった。

 

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