わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
第三回戦を終えた翌日は、一日お休み。
なにしろ次は準々決勝、いよいよ山場も山場、試合も終盤を迎えるわけで。
そんな時に、連戦のせいで疲弊した選手たちの戦い――っていうのは、まあちょっとない。
実際に戦う選手だって、疲労で負けたら悔いが残るし、配信で見ている視聴者だって、バテバテの選手たちのボロボロの戦いなんて、見ていて『愉しくない』だろう。
だから、一日空けられる。他の選手にとっては嬉しいことなのだろうけど、わたしはちょっと、きつかった。
わたしは『剣』だ。考えることのない『刃』だ。ただ『斬る』ことだけ考えていればいいって、水野部長にも教えられた。
なのに余分な時間、余計な猶予を与えられると、嫌なことを考えてしまう。
……『ボスラッシュ』モードなのに、『シナリオモード』が割り込んでくる。
見どころの切り抜きなのに、不要な雑談が入ってくる。
苦手なんだ。余暇を潰すの。
一人遊び……というか、一人部屋でぼうっとするのは、まあいつものことだけど。
でもここは東京。秋原の学舎じゃない。宿には不便はないけど、趣味はない。
……っていっても、わたしの趣味なんてスマホの中だけで大体完結するもの、だけど。
ダラダラと、スマホをスワイプしている内に終わる日々。
無能だった頃のわたしは、そういう風に生きてきた。
だって、他に逃げ場所はなかったし。学校は……拷問場だったし。
じゃあ『異能』に目覚めた後、それが変わったかって言うと、そうでもない。
結構すぐに練習試合から合宿、そしてすぐに試合だったし。
要するに非日常の連続で、日常をどう過ごせばいいのかよくわかんない。
……まあ、普通にスマホをスワイプして一日を浪費していいんだろうけど。
なんとなく、旅行先。なんとなく、非日常の中の日常。
地に足がつかない感覚――とか言うけど、それかな。足っていうかお腹の奥から、なんだか手首の裏側まで、変な感じで落ち着くべきだけど落ち着かない。
……それに、考える時間を与えられるっていうのは、よくない。
三回戦での自分を思い出して、よくない。
あれは、よくない。
一方的な加害を、愉しむのは。
相手を人とも思わない所業は、本当に……。
「はあ…………」
なんで自分がやられて嫌なことを、わたしはやってしまった?
どうして『友だち』に失望されるようなことを、わたしはやった?
ねえ、教えてよ。大蛇さん。
『…………』
こういう時はだんまりですか。
『…………人の』
と、思ってたら何か言うつもりだ。
『人の規律は己には分からん。……そもそも己の時代から、随分と変わっている』
まあ確かに。多分この蛇さん、伝承に巣食うものだし。
『……とはいえ、御前が感じた違和感。御前の不快感――そうだな、御前が今、抱えている罪科は、分かる』
「はあ」
『御前は、あの射手の姿を見て、何を想った』
射手……というのは、昨日の試合で真の『異能』を見せた、山名先輩のことだろう。
山名先輩は、本当に『大したことないよ』とか言っていたけど。
でも、あの姿は――
「きれいだった」
ビックリするぐらい。『終の熱剣』、『鶴久の絶剣』、『白夜の聖剣』。
あるいは『三年五指』と比較しても尚、遜色がないくらい『綺麗だった』。
ただの『異能』の強弱じゃない。別に、強い『異能』だったら、他にもいる。
……そう、多分厄介さでいうならあの『血濡れの魔剣』とか、『黒い死の呪い』とかの方が、よっぽど。
でも、あの弓は美しかった。誰も触れてはならないと思うくらい。
『それだ』
と、大蛇さんは仰る。
『……あの海神は、わざと御前から削っている。ただの剣には不要なものだからな』
そうだね。剣は斬るものだ。
どんなに飾り立てまつったって、人を害する武器、血を啜る武器に代わりない。
じゃないと、そう思ってないと、やってらんない。
意思も無く、思考も無く、ただ目の前で動くものを斬る剣。反射で獲物に噛みつく蛇の牙。
――そう思ってないと。
そう、思ってないと。
わたしは、あの時……あの六条さんを傷つけたことを、受け止められない。
試合だから、斬り合いはする。でもわたしはあの時、本当は決められる勝負を引き延ばして、わざと怪我させて、逃げ惑う姿を……。
あの、昔のわたしみたいな彼女を追いかけまわすのを――
「…………っ」
『……一度、考えるのを止めろ。御前はそれを受け止める器がまだできてない』
「はあ……」
なんだかなぁ。
もっと愉しいって思ってた。
初めての東京、初めての遠征。初めての『国異』。
なのに、一回戦はあっという間に終わって。二回戦は……まあちょっと斬り合って。
三回戦は……うん、はっきり言おう。
――わたしは、『弱いものイジメを愉しんだ』。
「…………さいってー」
ぐちゃぐちゃ。
部屋に閉じこもっていると、そんなことばっかり想ってしまう。
なにが足りないんだろう。なんでそんなことになったんだろう。
分かんないよ、分かんない。分かんないけどさ。
「――――はあ~~~~」
ため息を吐いてベッドに仰向けに倒れ込む――と同時にノックの音がした。
誰だろう? と思っていたら。
「うい~。佐守ちゃん、起きてるかね~?」
水野部長の声だ。なんだろう、明日の作戦会議とかかな。
立ち上がって、軽く寝巻を整えてから、ドアロックを開けると、そこには私服の水野部長がいた。
ぶかぶかのパーカー。下は多分ショートパンツ。首にはチョーカーも付けてる。
なんかパンクな感じ。『海神の槍』を名乗る少女は、意外とお洒落だった。
「はい、なんでしょう」
「お、いたいた~。今からみんなで出かけるから、君も、部屋に閉じこもってないで、楽しまんかね?」
「はあ……ううん」
「戸枝ちゃんも行くよ」
「じゃあ、行きます」
予定、ないし。
一人で東京を出歩くのは怖いけど。
みんな…………ていうか、『友だち』の戸枝さんが一緒なら、怖くない。
即答したら、水野部長は若干苦笑を漏らした。
「んや~……やっぱり、『そこ』が鍵なんだねぇ」
「なんですか」
「ん、別に。……まあとにかく行こうぜ~!」
「あ、ちょっと待ってください……えっと、服だけ着替えてきます」
今、寝間着だし。
「ほへえ。見てていい?」
「なんで?」
恥ずかしいんですけど。
「う~ん……。ほら、人がいた方がええじゃろ? ていうか佐守ちゃん、ファッションセンスが死だし。あれだ! あたしがちゃんと見てやんよ! ていうかあたしの服やる!」
背丈はおんなじくらいだし、あうじゃろ、と、『海神の槍』は笑う。
さすがにそこまでして貰わなくても、と答えるけれど、水野部長は一個の罪滅ぼしとか言ってた。
…………罪滅ぼしをするなら四万、逸見さんに返すべきでは?
「一旦、それは気にすんな。聞き流せ」
ダメらしい。
「そんじゃあ、ちょっと佐守ちゃん。こっちおいで~。どうせだから、あたしの部屋でみんなにも見てもらおう!」
「え、あ……え?」
いつかの時。最初の日。運命の日みたいに腕を掴まれて、寝間着のまま、無理矢理先輩に腕を引かれる。
みんなに……みんなに!?
「え、ちょ、それは、恥ずかし――」
「大丈夫だって。着替えてる間は見ないから~。まあちょっと手伝いはするかもだけど~」
「ひぇ」
やだ。恥ずかしいのやだ。
やだっていってるのに、この『海神の槍』は、ちっともわたしの言葉なんて聞いてくれなくて。
◇
水野部長に引っ張られて、水野部長の部屋に突っ込まれて。
そこでみんなのまえで、わたしのファッションショーなんて公開処刑が行われた。
実際、水野部長とわたしの背は、一センチしか変わらない。ので、まあ水野部長の服はサイズがあった。
そして、なぜか水野部長の服は本当に色んなタイプがあった。なぜ?
まあまあ無難な服装から、それこそ、巻物高校の薄墨さんみたいなゴシックまで。
色々と着せ替えさせられて、最終的には白キャミワンピに落ち着いた。
「う~ん。いや、もう少し、足を出しても――」
などと、水野部長は言うけれど、わたしの足なんてひょろがりだし、隠せるものなら隠したい。とりあえず他の人たちの意見を聞く。
「え、えっと……」
「まあ、いいんじゃない?」
と答えるのは私服の山名先輩。結構シンプルなシャツとパンツ姿だけど、とても似合ってる。
でも凄い似合っている。当人に聞いたら、「服に拘りがないだけだよ」とか言ってたけど、それでちゃんと似合ってるんだから凄い。
「ああ、あおちゃんらしいよ?」
知らんけど、と適当に答える望月さんは以前と同じ。襟付きシャツに黒いロンスカ。
なんでかやたらとわたしにチョーカーをつけたがっていたので、つけた。
ちょっと息苦しい。
……っていうか、白キャミワンピにチョーカーはちょっとアレでは? そう聞くと望月さんは、
「いやだって、あおちゃんには首輪がないとダメでしょ」
なんて、とても酷いことを言う。まあ、山名先輩はともかく……水野部長と望月さんの意見はどうでもいい。
わたしは……戸枝さん。シンプルなサマーワンピースが凄く似合う戸枝さんに目を向ける。
「あの、えっと――どう、です……? 似合ってますか?」
わたしが気になるのは、本当にそこだけ。
戸枝さんは、笑顔で。
「そうですわね。可愛いと思いますよ」
なんて、なんて、なんてなんて言ってくれたのでこれ一択になった。
他にも水野部長とか望月さんがぎゃいぎゃい言ってたけど知らない。
戸枝さんに可愛いと言われたんだから、これでいいんだ。ていうかこれしかないんだ。
「今日の服は、水野部長からの借り物なのですよね……うん。やっぱり、広島に戻ったら一緒にブティックに行きましょう。私もついて行きますから」
「えーーじゃあ僕も連れてってよー。僕もあおちゃんに色々着せたいよー」
そう言ってくれた。嬉しい。服屋は怖い場所だけど、戸枝さんが一緒なら、怖くない。
……ていうか、そうか。大会が終わったら、学園に戻るんだ。
日常に、戻るんだ。
……その日常は、上手く想像できない。
だから、その思考は『斬る』ことにした。
そうしていると、水野部長がなんか言い出す。なんかヘラ……みたいなのとブラシ、みたいなの持って。
「よしよし、次は髪のセットとメイクじゃ~」
「え」
「まさかずっとすっぴんってわけにもいかんよ、佐守ちゃん。これはね、君の人生に必要なことなのだよ? ……まあ少なくとも、そのぼさぼさ髪はなんとかせんとね~」
「はあ……」
なんだか、凄い、脱線している気がする。
わたし達は『国異』に参戦していて、明日は準々決勝、なのに。
どうしてこんな『日常回』みたいなのが、挟まっているんだろう。
それこそ『余談』でするべき話ではないのでしょうか。そういうと、水野部長は、小難しい顔をして。
「だからね~。これは、罪滅ぼし。あとこれから君にやることへの、先行罪滅ぼし」
最初の方もよく分からない。わたし、別に水野部長に酷い目にあわされた気はしない。
ついでに、後半の『先行罪滅ぼし』っていうのは、ますます分からない。
まあでも、なんとなく分かる。つまり、これからの戦いでわたしに酷いことをするから、その前にちょっとわたしの機嫌を取っておこう、みたいな話。
「……じゃあ、やらないでくれません?」
「いいや、やらないと勝てない。だから絶対にあたしはやる」
「言い切るんだ…………」
逆に凄い、とわたしは思った。
ここまで勝ちに貪欲な人、見た事がない。そのために後輩を使い潰すと言い切る人も。
でも、一応罪滅ぼしするくらいの人間味は残っている。ので、許すことにした。
これまでわたしを人間として扱ってくれた人が、まず少なかったし。
「まあまあ。ていうかね、試合も愉しいけど、こっちも愉しいよ~? ていうか、アガるよ? 人の目を気にするって意味でも必要だけど。自分が可愛いって思えるのが、一番いいんだから~」
「……そう言うもの、ですか」
「うむ。あたしは今から君をがきんちょから女の子にする。それをもって、あたしは許される」
……一応女の子なんですけど。
でも、そうだな、そうだね。そういや自分の格好とか全然気にしていなかった。
なので、大人しく水野部長にされるがままにされた。
◇
なんか、ぼさぼさの髪は巻き巻きされて。
なんか顔にぽふぽふされて。
そうして、水野部長の白キャミワンピと、あとサマーハット。
逆に狙い過ぎじゃない? って思うくらい、しゃんとしてもらった。
鏡に映る自分は、ちょっと知らない自分だった。
チョーカーが、凄い違和感。でも、鏡の向こうの彼女には似合ってる。
「こう……なりました、けど――」
「ああ、いいじゃん」
望月さんが適当なことを言う。
「いいね~。可愛いね~」
水野部長も適当言う。
もう少しちゃんとした人の意見を聞きたいので、山名先輩と、戸枝さんに視線を向ける。
「似合ってるよ」
山名先輩の答えは端的。でもこの人は嘘とかお世辞とか別につかない人だから、多分本音。
「素敵だと思います」
戸枝さんの答えも端的。
…………でも端的過ぎて、ちょっと不満。
「ええと…………そうね、可愛いですよ、佐守さん」
よし。うれしい。思わずにへらと顔が蕩ける。
でも、戸枝さんは難しい顔をしていた。なにゆえ。
「よ~し! んじゃ、佐守ちゃんの準備も出来たところで行きますか~!」
そう言って、水野部長は立ち上がる。
なに、どこに? いや確かに、折角服とか髪とかセットしてもらったのに、引きこもりってばかりもあれだけど。
「せっかく東京に来たんだぜ~? あそこいかなくてどうするよ」
「あそこ」
……とは。
「夢の国だよ」
……それは千葉では?
◇
「というわけでついたぜ夢の国~!!」
ってなもんだ~と、半ば投げやりに叫ぶ部長。
でも今日はちょっと調子がいいのか、以前、白夜の第一回戦を見た時よりも結構元気。
から元気、ではないと思う。
ただ、そんなことはどうでもよくって。
「夢の国……」
思わずぼやく。初めてきた。
人がたくさんいるけれど、今日はさほど気にならない。
隣に戸枝さんもいるし、なによりここは夢の国。
周りを見渡しても、日常を思わせるところがないからかも。
つまりはちゃんと非日常だ。なら、今のわたしだって日常(いやなこと)を忘れて相応に楽しめる。
楽しめる……んだけど。問題が一個。
「まあ、こんなところに呼び出して。音に聞こえし『海神の槍』も、意外と俗なんですね」
……なぜか敵である、目黒次美がここにいる。
ていうか、鶴久女学校の方々が、揃っている。
目黒次美、及び『鶴久の絶剣』、及び鶴久女学校。
わたしの初戦。練習試合でわたし達を打ち負かした、わたし達が倒すべき敵。
ちゃんと生き残っていて、このまま順当に進めば、準決勝でぶつかる相手。
……ちゃんと鶴久が勝ち上がれば。あるいは、わたし達が次の準々決勝で負けなければ。
そんな相手と一緒に夢の国とか、ちょっとないのでは?
しかし、それに対する水野部長はケラケラ笑う。
「いいだろ~? 生き残り組同士、交友を深めようや」
「あら、それで引き金を引く指を緩ませようというのであれば、無駄ですよ」
そう言ってから、彼女はわたしの方を見る。
心臓が跳ねる。あの呪いは解けたけど、やっぱこの人はちょっと苦手。
「ごきげんよう、佐守さん。今日は、随分とお洒落をされておりますね」
なんか普通に話しかけてくるし……。
「えっと……これは、そのみんなに見繕ってもらって……」
「いいんじゃないですか、似合ってますよ」
「はあ」
……なんか、普通に褒められるし。
逆にこっちの剣が鈍るので、やめてほしい。
そうこうしてる内に、目黒さんは再び水野部長を見る。
「それで、生き残り組ということは、まさか我々とあなた方だけということはないでしょう」
「うん。ていうか、そもそもあたしの提案じゃね~んだな、これが。いや、方々に連絡をしたのはあたしなんだけど、発端は別人」
「はい?」
思わず首を傾げるわたしと目黒さん。いやなところでシンクロしてる。
そうしていると、そんな水野部長の頭の上からぬっと。
本当に、唐突に。
本気かも冗談かも分からない不条理が――
なんだか凄く、ちゃんと耳とかつけて両手にアイスとか抱えて、思いっきり楽しむ姿で現れた……。
「や。水野に目黒。久しぶり」
「久々じゃね~だろ。思いっきり初戦前に挨拶しにきてただろ。……というわけで、コイツ発端なんだな、これが」
「……かの『白夜の聖剣』が?」
目黒さんがガチで困惑してる。
というか、ちょっと怯えている……?
「むう……やはりそういう反応をされるか」
と、かの『白夜の聖剣』こと逸見明音さんは、眉根を寄せて呟いた。
なんだか目黒さんは、『白夜の聖剣』が苦手らしい。
まあ、この不条理に怯える気持ちは分かるけど。だって化物だし。
「私はね、ただ久々に出会った友人たちと、楽しみたいだけなんだ……でも、みんな私が話しかけると、なんだか怯えてしまうから……」
「というわけで~。あたしが代わりにみんなを呼んだというわけですよ~」
水野部長が補足する。
そうしていると、ぴりっとしたちょっとした圧を“察し”た。
逸見さんの後ろから、ぼさぼさの灰色の髪。
件の――寄藤環さんが現れた。
抜き身の血濡れ刃は――今は収まっているらしい。
いや、ちょっと漏れているけど、一応逸見さんの手前、多少抑えてるようだ。
「久しぶり、佐守あお」
「う」
なんでわたしを名指しなんだろう……。
うん、まあ――分からなくもないんだけど。
わたしは隣の戸枝さんの手を、ぎゅっと握る。すると寄藤さんははっと鼻息を漏らして、わたしの隣を見る。
「それと、戸枝小春と……半端者」
「ああ、なに? 僕の名前は憶えてくれないの?」
「あんたは嫌いだから」
直球過ぎる……。火力が高い……。
「ああ、君の頭じゃ覚えられない? じゃあ教えてあげるね。僕は望月干果。もちづきほのか。も・ち・づ・き。覚えた?」
そして望月さんも火力が高い……ケタケタ笑いながら寄藤さんを嘲笑っている。
さすがにそれは、彼女も無視できなかったんだろう。
「あ~! 分かったわよ! 望月ね! クズとして記憶しておくわ」
「ははは、まだ君にそこまで酷いことはしてない気がするけどなぁ」
それは、いずれ酷いことをすると言っているのと同義なのでは……。
「……もうあんたはいいわ。なんか、真面目に付き合うほど損する気がするし」
「はい、それはそのとおりです」と、思わず全力で同意してしまった。
「……佐守あおと話が合うのは癪だけど、まあこれは仕方がないわね」
「僕の扱い酷くね?」
「じゃあもっとまじめな人付き合いをしてください」
「結構、ここは真面目な人付き合いをしているよ!?」
たしかに。少なくとも競異部内では、彼女はガチだ。
半端者ではあるけれど。半端者なりの矜持を、二回戦で見せてくれた。
なので、わたしは個人的に好感がある。
「まあ、そうね。あんたがクズなりの誠実さを見せてるのは分かるわ」
それは、寄藤さんもおんなじ気持ちらしい。
なんだか望月さんについては、やたらと彼女と気が合ってしまう。愉快だけど不愉快。
そんな話をしていると、水野部長と逸見さんが割り込んできた。
「はいは~い、そう喧嘩しないの。出禁になる」
「そうだぞ。私の年パスが困ったことになる…………」
この人、年パス買ってるんだ……。いや、どうなんだ?
本当にどこまで本気で、どこまで冗談なのか分からない……。
そんな話をしていると、向こうからなんだか威勢のいい人がやってきた。
「やあ有為! 逸見先輩、それと水野先輩――あとは、目黒先輩か! おはよう! いい朝だな!」
先日戦ったばかりの、私立宝徳学園の部長さん。
そう――須藤千与さんが歩いてきた。やっぱり彼女は堂々していて、わたしでは目が焼けそうだ。
でも……あれ? 生き残り組って話では? そう思って水野部長を見ると。
「んや~。適当に声かけたら、適当についてきた」
「そもそも目に付いたやつに声かけただけだし」とか、凄い雑なことを言っている……。
じゃあもうただの寄せ集めじゃん、この面子……。しかしそんなことは須藤さんは気にせず、普通に山名先輩に話しかける。
「よう有為! 知ってるか。ここには射的もあるらしいぞ! 一つ勝負と行こうじゃないか!」
「あー……うー……くそ、おまえが居ないなら喜び勇んで行ったのに」
山名先輩は、地元では射的の類は大概出禁を喰らっている。らしい。
なにしろほぼ、というか必中だから。別に『異能』を使わずとも。
なので、射的類ができる機会は、大変楽しみにしている。ゲームもえふぴーえすとか、凄い上手らしい。わたしは酔うから出来ないけど。
……いや。それよりも、須藤さんがいるってことは、宝徳学園の人たちがいるってこと。
わたしは少し勇気を出して、須藤さんに話しかけた。
「あ、あの…………」
「うん。どうした餓鬼」
怖い。
笑顔ではあるけれど、明らかに怒っている。なぜ? とか理由は分かる。
「……その、六条、さん……は――」
「六条は、おまえがいるなら来ないと言った。だから、他の面子と一緒に東京観光だ。今日ここにきているのは我だけだ。誘われたからには礼を尽くさねばな」
「…………そう、ですか」
まあそうですよね。わたしだって逆の立場なら、来たくない。
わたしは彼女を、傷つけた。
もちろん勝負なんだから、戦いなんだから、怪我とかもする、けど。
わたしは明確に『自分より弱い相手』を、『決められる勝負』を、『それじゃつまらないから』という酷い理由で、彼女をわざと怪我させて、わざと逃げ惑わせて、わざと追いかけまわした。
……そんな『いじめっ子』と一緒に楽しく遊ぼうなんて吐き気がする。
うん、凄くよく分かるから。
「あの――ごめんなさい」
「謝れるのは偉い。だが、謝れば許されると思うのは、別だ」
それも、そう。それでも――
「できれば……えっと、あの……六条さんが、嫌じゃなければ。わたしの謝罪を伝えてください……嫌じゃ、なければ」
「…………は」
鼻で笑われた。嘲笑、呆れ。それから、わたしのサマーハットの上から頭をがしっと掴まれる。
握力が強くって、ちょっと怖い。
「いいか、餓鬼。それは自分勝手だ。おまえだけ、気楽になるな」
「…………」
……知ってるよ。
そんなの、わたしが一番、知ってる。
「……はあ。まあ、いい。気持ちは、良き時に伝えておく。後で禍根が残ると、愉しくなくなるからな」
そういって、須藤さんはわたしの頭から手を離した。
それから、山名先輩に目を向ける。
「なあ有為。おまえんとこの教育はどうなってんだ?」
「……私の代になったら、何とかするよ」
「ただ、今は時間がない。少なくともこの大会中は。だから待ってくれ」という山名先輩に、須藤さんは仕方がないとぼやいた。
「…………」
しょんぼりしてしまう。
落ち込む権利なんて、わたしにはないのにね。
「うい~。お前ら~。喧嘩はすんな喧嘩は。せっかくの夢の国ぞ~? 佐守ちゃんも、気にすんな、聞き流せ」
そんなわたし達の間に割って入る水野部長は、またわたしの呪いを解く魔法の言葉を言う。それにすごい顔をするのが、須藤さんだった。
「あんたはそれでいいのか、水野部長さん」
「いいかわるいかの話なら、お前んとこの六条が弱いのが悪い」
「み、水野部長…………!」
思わず声をあげてしまった。
それだけは絶対に言ってはだめだ。それを許してはだめだ。
その言葉だけは、決して認めてはいけないと、わたしの心が叫んでいる。
けれど水野部長は、わたしの方を見る。凄い真剣な顔で。
「……君は、地力で脱却したよ? ちゃんと真っ向から、その『運命』を斬り捨てた。その自分を、君は否定するのかい?」
「え、あ、う…………」
たしかに、そう、だけど……。でも、それは――
戸枝さんが、ちゃんと真っ向からわたしを敵として見てくれたからで。
それは、わたしの力じゃなくて。
戸枝さんの、お陰で――
「違うね~。君は抜き身の剣だ。君は生まれつきの剣鬼だ。それがちょっと寝ていただけで、最初から君は『こっち側』だ」
「『あっち側』ではない」と、水野部長は、言う。
「…………」
――酷い、夢を思い出す。
夢の国なのに、せっかくの、素敵な夢の国なのに。
あの、悪夢が視界をちらついて――
「…………っ」
「佐守さん」
ぎゅっと、わたしの肩を戸枝さんが抱いてくれる。
おかげで、少し気持ちが楽になる。『友だち』がいてくれるだけで、わたしはわたしでいられる。……少なくとも、今はまだ。
それから、望月さんも日除けみたいにわたしと太陽の間に立ってくれた。
吸血鬼のくせに。太陽に当たりにいくなんて、変なの。
「ていうか、いつまで入口でだべってんだって話だよ。僕らどこにきたと思ってんの。夢の国だよ? ちゃんと愉しもうぜ」
望月さんが、至極真っ当なことをいう。望月さんの癖に。
それに反応するのが、逸見さんだった。
「ん。そうだな。せっかくだ、私が案内しよう」
「なぜなら年パス所持者だ」と、かの『白夜の聖剣』は言う。
「須藤さんの言いたいことも分かる。だが、今するべき話ではない。水野も煽るな……いや、君なりに部員を気遣っているのは分かるが、そのために人を下げるな」
「うむ。……そうだな、確かに今のは我も礼節に欠けていた」
「うっせえな~! だって佐守ちゃんは」
「水野……それ以上は、もうやめろ。ギスギスしたくない。私は、愉しみたい」
「それと、佐守さんは君や須藤さんが想うような人間ではないよ」と、『白夜の聖剣』は言う。一瞬寄藤さんから凄い圧を感じたけど、まあ一瞬だった。
そうしていると、須藤さんはパンっと自分の両頬を叩いてからわたしを見た。
「うん! そうだな。今のは我も、悪かった! それはそれ、これはこれだ! 今は、とにかく愉しもうではないか!」
遺恨は一度隅において、どうせなら愉しもうと彼女は言う。でも、わたしの気持ちはずるずる。蛇みたいにずるずると、ついてきてる。
愉しめる心持では、なくなった。せっかくのお洒落も、もうイヤになってきた。
とか思っていると、戸枝さんがもっとわたしの身体を抱き寄せる。
「何があったのかは知りませんが、一旦、忘れましょう? 『友だち』と、遊べる機会です。私は、貴方と、愉しみたい」
「うん…………」
「僕を忘れんでくれる?」
もちろん、望月さんもいっしょ。
後は――どうだろう。今集まっている面子だと、寄藤さんも一年生だけど――
「あんたらと回るつもりとかないけど」
「ははは、僕も君を誘う気はないよ?」
「ハァ!? い、逸見先輩……!」
「もう喧嘩は止してくれよ……」
心の底から嫌そうに、逸見さんはぼやいていた。
かの『白夜の聖剣』が、人みたいに悲しんでいた。
「とにかく――いいか、喧嘩は禁止だ。最初は私についてこい。行くぞ」
などと件の『白夜の聖剣』に言われては、わたし達も無視することはできなくて。
一旦、その耳をつけた彼女の背中について行くことになった。
◇
……なんて。酷い始まりではあったけれど、さすがさすがは夢の国。
入れば凄い、愉しくて、わたし達の禍根や後悔とかはあっという間に吹き飛んだ。
最初はみんなで一緒に回って、その後別れての探索になった。
わたしと一緒についてきてくれたのは、戸枝さんと望月さん――あと意外にも『白夜の聖剣』と、まあ寄藤さん。
「わぁ…………!」
コースターとかも愉しかったけど、わたしが一番愉しかった……ていうか、一番目を奪われたのは、やっぱりお城。
おっきなおっきな、ランドマーク。
あまり詳しくないけれど、『現実のお城』では絶対にありえない形。形状。
だって本来、城は『砦』だ。もちろん城主の威光を示す意味もあるけれど、それ以上に『攻められた時の防衛施設』という意味合いが強い。
あと、『住居』でもある。だから馬鹿みたいに高い建物を建てても――多分当時? 中世? とかだと、水とか色々不便にしかならないと思う。
だからこのお城は『ちょっとない』。だからこそ、『夢の国』らしい。
皆が思い描くような理想の『お城』。
ただただ『綺麗なだけ』のお城。でも、それが素敵。
「はぁ~~…………」
「ふふ。佐守さんは、お城に夢中か。いいね」
後ろで逸見さんの笑みが聞こえる。
「だって! だって、綺麗ですよ!」
ちょっと自分でも何を言いたいのか分からない。語彙力が足りてない。
「ガキじゃん」
はっと嘲笑する寄藤さん。でも、そんなのはどうでもいい。
そうやってはしゃぐわたしを、逸見さんと戸枝さんは微笑ましく見つめていた。
あと、望月さんは後ろのベンチでだらけていた。
「元気だねぇ~……僕はもう、暑くて、ダメだ…………」
やっぱり吸血鬼だから日に弱いのだろうか。
……ていうか、望月さんを見ていたら、わたしもなんか急に――
「――と。佐守さん、大丈夫?」
ふらと倒れかけるわたしを、戸枝さんが支えてくれる。
「ん。はしゃぎにはしゃいで、不意に電池が切れたか……。本当に幼子のようだね」
そんなわたしを見て、逸見さんは微笑む。
なんですか……その、マジで幼稚園児とか、ちっちゃい子を見る様な目は――
「いや、すまない。私は学童保育のバイトもしているんだが、それを思い出してね。子どもは凄いぞ? 本当に急にパタリとなる」
……そんなバイトまでしてるんだ……凄い、偉い人だ。
「大したことではないよ。子どもと遊ぶのは愉しいし。……ともあれ、君と望月さんがダウンしているのは、まあよくないか」
逸見さんは、んーと口に手を当てて。
「近くのレストランにでも入ろう。丁度お昼時だし。お腹が減っていなくても、まあ少し涼むだけでも楽にはなるさ」
「さすがは逸見先輩。冷静で的確な判断です」
何言ってんだこの寄藤さん。それに逸見さんは「いや普通のことだと思うが……」とか答えている。
「『白夜の聖剣』は、本当にお詳しいんですね」
と、わたしを支えている戸枝さんが言うと、逸見さんは苦笑を漏らす。
「今は、その名前は一旦置いておいてほしいな。普通に逸見さんだか、逸見先輩でいいよ」
「なんなら呼び捨てでもいい」などという『みんなのヒーロー』。無理です。
「なんでもいいけどさ~……僕が溶ける前に、どっか日除けに連れてってよ~……」
だらけきっている望月さんは、そんなことすらもうどうでもいいらしい。
「分かった、じゃあ行こう。ここから近い場所なら――」
そう言って、普通に歩いていく逸見さん。
その後ろを、わたし達はついて歩く。
人混みを掻き分ける必要はない。全部、戸枝さんがやってくれるから。
「はあ――」
ふと、空を見る。
サマーハットから覗く陽光は……なんだかとても眩しくて綺麗で、燦燦としていて。
……いやだった。
◇
「――気にすんな。聞き流せ」
◇
……なんだか、色んな所を回った。
ずっと愉しかった――と、思う。さすがだよ、夢の国。
最初はちょっとギスギスしていた気がするけど、そんな気持ちは吹き飛んでくれた。
おかげで、これまでの気持ちがちょっと楽になる。
「――うん」
これなら、明日からはちゃんと剣を振れる。
ちゃんと、『斬れる』。
わたしは『剣』としての役割を全うできる。
そう思っていると、ナイトパレードの時間になって、気づけばみんなが集まっていた。
多分、それぞれ楽しんだのだと思う。……なんか、『鶴久の絶剣』こと武光さんと、山名先輩と、あと件の須藤千与部長はなぜかかすり傷だらけで、目黒さんは苦笑していた。
なにしてたんだ、あの先輩方。
そうしていると、水野部長が、わたしの傍にやってくる。
「お、いい顔になったね~。どう、大丈夫?」
「はい」
「おっけ~。明日からはいよいよ準々決勝だ。さすがにこれまでみたいな一発逆転! みたいなノリは通用しない」
「はい」
「だから、あたしは君を使う。恨んでくれてもいいし、後で背中からぶっ刺してもいい。でも、それは大会が終わってからにしてくれ」
「はい」
もちろん。……というか、別にわたしは水野部長を刺す理由がない。
なんなら恩人だと思ってる。戸枝さんは無論のこと、水野部長がわたしを選ばなければ――
きっと、わたしはここにいなかった。
わたしは、自分を顧みなかった。
わたしは、ただの無能のまま、だったから。そんな気持ちで頷くと、水野部長は何とも言えない表情で、視線をそらした。
「――あ~う~……ん」
「…………? どうしたんですか」
「………う~ん。あたしにも罪悪感なるものがあるらしいと、今気づいたのさ」
「はあ…………」
逆に、これまではなかったんだ……。いや、ないかこの人は。
水野部長は奇策の人。卑怯闇討ちお手の物。味方も、時には自分も生贄にしてでも、最後に『勝ち』を奪う人。
罪悪感なんてあったら、躊躇があったらわたし達は負ける。
「水野部長」
夜のパレードの中で、わたしはこの恩人を真っ直ぐ見ながら言う。
「わたしは、水野部長に会えてよかったです」
多分、この人は善悪でいうと悪人の部類……だと思う。
というか悪党? 分かんないけど。
でもそんな人だからわたしは拾われたし、そんな人だからわたしを使ってくれた。
「それに、こんな素敵な服まで、貸してくれて――」
「それいいよ。君にあげる」
「いいんですか?」
「うん。どうせあたしにはそんなお清楚な服は似合わん」
それで言うと、わたしも清楚とは程遠い気がするんですけど。
「いいんだよ……なんていうかな~。君は、清楚っていうか、無邪気なんだ」
「ただし、それは善悪とは違う」と。
まるで、そこの一線だけは間違えてはならないと。
その一線を理解した上で踏みにじる悪党は笑う。
「無邪気な君には、白い服がよく似合う。あたしは、ダメだ。いや必要があれば着るけどさ~」
少なくとも趣味ではない。と、『海神の槍』は笑う。
「――水野弥生としては、君を大事な後輩だと思う。傷つけたくないし、ちゃんと守らないといけないと思う」
「こんな感情、自分にあるとは思わなかった」とか、水野部長は言う。
あと、「これって母性とかそういうあれなんかな~」とか、適当言って笑う。
けれど、その後すぐに、まっすぐにわたしを見て。
凄く冷たい――もしかしたらあの『白夜の聖剣』よりも本気なのか冗談なのか分からない、霧がかった読めない瞳で。
「でも、『海神の槍』としては――君を使い潰す。だってそうでないと、勝てない。あの『白夜の聖剣』に、敵わない。君の精神面をどうにかするには、時間が足りない」
「酷い部長だと笑ってくれ」と言う水野部長、『海神の槍』に、わたしは首を振ってから答えた。
「わたしは、戸枝さんの『友だち』で、あなたの『剣』です」
「…………」
「わたしはあなたの邪魔を『斬る』。戸枝さんの誇りを穢すものを『斬る』」
――そして、最後には罪人として。
罪科を背負って大蛇さんに食べられる。
わたしはただそれだけの機構。ただ、それだけの機械でいい。
それならきっと、わたしは最後まで折れずにいられるから……。
「ね」
そう答えると、急に先輩がわたしの頭を掴んで。
それから、わたしより小柄なのに、むりやり頭を胸に抱きしめた。
わたしより小さいのに、わたしより力強くって。
「そういう笑い方されると、さすがのあたしも鈍るからやめれ」
なんてことを、言われた。
「あ~……と……いいかい、佐守ちゃん――」
「はい」
「君は、剣鬼だ」
「はい」
「君は、剣そのものだ」
「はい」
「…………でも、君はあたしの後輩だ」
「……はい」
「うん……だから本当にあたしは、矛盾したことを言う。矛盾してるけど、どっちも本音」
そう言って、水野部長は答える。
「君を、剣として使い潰す。……だけど、後輩としての君は絶対に守る。壊れても、守る。おかしくたって、守る。悪質でも、絶対に守るから」
「…………?」
「ん~……もう、自分でも何を言いたいのか分からん! せめて君が山名や戸枝ちゃんくらい、自己受容してくれてたらよかったのにな~!」
「あるいは望月くらい開き直ってくれたら」とか怒ってる。
「ご、ごめんなさい……?」
「謝っちゃダメ。だってここで悪いのはあたしで、君は『被害者』なんだ」
加害者って、認めた。
あの水野部長が。
いつもケタケタ笑って、いつも責任から逃げ回るあのいじめっ子が、「自分が悪い」と認めた。でも…………。
「……ごめんな、佐守ちゃん」
その謝罪の意味は、わたしにはよく分からなかった。