わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
彼女が一年生だというのは、首のネクタイの色で分かる。
ただ、小柄なわたしや水野部長――ついでに言うと平均的な戸枝さんよりも長身で、山名先輩よりは低いけど、全体的に華奢なスタイルのせいか、山名先輩よりも細く、折れそうに見えた。
ウルフカットで、灰色の髪で。耳にはピアスをいっぱい着けてて、多分お化粧も上手で。
……目立つ雰囲気はある。艶やかな空気は持っているのに、同じくらい透明で。気を付けないと、背景に溶け込んで消えてしまいそうなぐらい。
そんなことを脳裏に思い浮かべていると、水野部長が珍しく怒った顔をして口を開く。
「おい、望月~。お前、一年生が一番最後ってどうなんだよ」
「ああ、だって一年生の授業、今日は長かったんで」
「んなわけあるかい。同じ一年の戸枝ちゃんと佐守ちゃんは、日直だった山名より早く来たぞ」
「そうですか? じゃあまあ、なんか巡りが悪くて。部室が遠くて、迷子みたいな?」
望月、と呼ばれた彼女はしれっとそんなことを言う。
……なんだろう。すっごい、適当。
多分本人に嘘を吐いているつもりはないんだろうけど、結果的に嘘だらけ。
少なくとも初めて来るわたしが、部長の次に着くくらいには部活棟と教室棟はそんなに離れていないし、迷うような場所でもない。
だけど、彼女はのらりくらりと話を逸らしていて。
……上手く、言えない。
「……何なんです、この方は」
戸枝さんは望月さんを見て、明確に苛立ちを明らかにした。
それに、背後から水野部長が答える。
「そいつは、一年生の望月干果。最後の選抜メンバーだよ」
「ふざけないでくださいます? この方、選抜試合に出てもいなかったじゃないですか」
「え」
戸枝さんはもちろんのこと……一応、わたしも巻き込まれたあの選抜試合に、出ていない?
「うんそうだね。だから、こいつがウチのジョーカー。戸枝ちゃんの『異能』がバレたので、急遽、使えそうな『異能』使いをスカウトしてきたんだよ」
「昨日、スカウトされました」
補足みたいに望月さんが答える。
昨日……ってことは丁度わたしと戸枝さんが休んでいた日。
……その日の内に、新しく? しかも『戸枝さんの代わり』に?
なんていうか、突貫工事というか……!
「……信用できますの? それ」
「ああ。僕を信用してよ」
「部長の目だぜ? 信用していいよ~」
怪訝に眉を寄せるわたしと戸枝さんに、現状だと一番信用できない二人が揃って答える……!
せ、せめて一番しっかりしている人が答えてくれたら……! と思って、山名先輩の方を見ると、先輩は困ったような顔をして……。
「ええっと……。まあ、結構癖の強い奴ではあるけど……」
もの凄く悩んだ口調で、そう答えてから。
「強いよ、望月は。……そこは信用していい」
――そう、断言した。
何か複雑そうだけど、強いのは確かみたいだ。
本人を見ていると全然そう見えないけど、少なくとも山名先輩が言うからには、信用していいのだろう。
「そうそう。強いかは知らないけど、負けないよ、僕は」
……と、当人は本当にお気楽な感じなので、やっぱり納得しきれないけど。
部長が決めたからには、認めるしかないのかな……。
「……納得できません」
――でも、そんな風にわたしが自分に言い聞かせているのを、戸枝さんはバッサリ斬り捨てる。
「私の『異能』が噂になった。でも、そのくらいは想定の範囲内」
一歩、部長に詰め寄る戸枝さん。
「試合が進めば、どうせバレる。バレれば対策も練られる。――そして、その対策だって、真っ向からねじ伏せる」
それだけの『異能』があり、それだけの魔力があり、それだけの自信があると、戸枝小春は言って。
「……加えて。ジョーカーというなら佐守さんもいる。そこにもう一枚、ジョーカーを入れるのはハッキリ言って愚策です。それなら、堅実に強い三年の方を入れるべきです」
「えー? ジョーカー二枚は強いじゃん」
「言葉遊びをする気はありませんわよ」
……す、凄い。
やっぱり戸枝さんは、『格好いい』。
わたしが内心思っていたことを、こうもハッキリと言葉にして、それを二学年も上の部長にぶつけている。
けれど、水野部長はヘラヘラ笑いながら。
「ま、気持ちは分からんでもないけどね」
と答えてから――
「その前に戸枝ちゃん。せっかくだから君の『異能』をハッキリ説明してくれる? もう、どうせここまでバレたわけだし。味方ぐらいはちゃんと性能を把握しておきたいし。そうでないと、仲間が知らず知らずのうちに巻き込まれる可能性もあるじゃん?」
「え? え、ええ……た、確かにそうですわね……」
するりと、話を逸らした……!
しかも戸枝さんも律儀だから、理詰めで聞かれると答えざるを得ない……!
「……一昨日見せた通りです。私の『異能』は『レーヴァティン』。北欧神話に出てくる炎の剣。そして――」
「『終わりの魔剣』だねえ。つまり君の炎は、単純な火力以上に強制的に『終わらせる』力がある」
「……まあ、対象に『直接、剣を当てれば』」
え、怖い……。あれって当たったら一撃死だったんだ……!
「……どうして佐守さんが震えているのかしら。その魔剣を薙いだのは、貴方でしてよ?」
「そ、それは……そうですね……! えへへへ……」
まあ、あれはほとんど『大蛇さん』のおかげなんだけど……。
「……何だか腹立たしいですけど。まあいいでしょう。とはいえ、それは『運命の死』――剣本体を相手にぶつける場合の話です。単純に剣が発する炎の火力と、その効果範囲だけでも、十分に他の『異能』を打ち破れるはず」
――それこそ、かの『白夜の聖剣』でもなければ。と彼女は語る。
「ふむふむ……火力はこの前ので、なんとなく分かったけど。効果範囲は? 君の射程はどの程度?」
「……そうですわね。選抜試合では、あくまで佐守さん一人でしたから抑えていましたが、大体、剣先から、1……」
……1メートル? ぐらい?
それなら、多少距離が伸びるくらいで……それでも十分脅威だけど――
「――キロくらいまでなら、威力減衰なしで届くと思います」
キッ……!?
「……それ、私必要ないだろ」
山名先輩がぼやく……。
た、確かに……1キロ薙ぎ払えるなら、もう狙撃とかそんな問題じゃないのでは……!?
「ああ、いえ……あくまで届くというだけ。狙えるわけではありません。私に『遠見』の類の能力はありませんし。むしろ、下手に範囲を伸ばしたら、それこそ味方を巻き込むだけです」
「ふーん、なるほどねえ……。でもそれくらい届くと。ちなみに『最大回数』は、どの程度?」
「……!」
「黙っちゃダメだよ~? 君の『異能』、明らかに一撃で大きな火力を出すけど、その分魔力消費も大きい、あくまでも一発系の『異能』でしょ?」
それは、この前のわたしがドーパミン中毒でドパってた時に想像したのと同じような発想だった。
……冷静に考えると、あの時のわたしの考え方も一応間違いではなかった、のかな。
「……そう、ですわね。絶好調の日なら、最大二発……」
「不調だと?」
「……一発も撃てない日もあります。ですが、力の余波で剣に炎を纏わせるだけでも、十分な火力は出せましてよ?」
それこそ、下手な『異能』程度の火力は、余波でも出せると彼女は言った。
事実その通りなのだろう。彼女が剣に纏わせていた魔力量は、尋常じゃないと素人目でも分かる。
要は、彼女にとっての『余技』が、平均的な『異能』の火力なのだ。
それなら大技が使えない日でも、全然戦える。
「ふむふむ……じゃ、その辺踏まえて作戦も組み立てないとなぁ。明日は鶴久との練習試合だし」
「はい……はい?」
今何て……?
なんだか、凄い軽いノリで、とんでもないことを、言われたような……?
「だから、鶴久女学校との練習試合。明日の放課後、ウチの試合場でね~。なので今日は練習せずに、ちゃんと体を休ませておくこと~。練習とはいえ、負けたくないっしょ」
「ちょ、ちょっと待――」
「ちょっと待ってくださいな! 鶴久と言えば、さ、昨年の準優勝校でしょう!? そんなところと、明日!?」
「うん」
「今日顔合わせをしたような即席のチームで!?」
「そうだよ?」
「正気ですか!?」
「自分では正気のつもりだよ。ついでに勝つつもりでもある」
……。
…………嘘でしょ?
ぽかんとするわたしと戸枝さんの肩を、山名先輩がぽんと叩く。
「……悪いな。こういう部長なんだ」
ついでに、「多分、正気はもうない」とも告げて、山名先輩は早速部室を後にする。
「じゃあ、私はこれで上がります。明日に備えて集中したいんで」
「お~。明日は期待してるよ~。……さてさて、それじゃああたしも今日は帰ろっかなぁ」
へらへらと笑いながら、水野部長は固まるわたしたちの間を通り抜けて、部屋を出ていく。
その最中――
「あ、そうだ。……本気で納得できないなら、一年生三人で、もう少し話し合っときな。――でも、明日の練習試合に影響が出ない範囲でね~?」
「あと、望月は『異能』を使うなよ」なんて言葉を残して、水野部長も帰っていった。
残されたのは、もう何が何だか分からないわたしと、同じく困惑している戸枝さんと――
「……一応、試合場の鍵は預かってるけど、どうする?」
なんて、何を考えているか分からない顔でチャリンと鍵を鳴らす、望月さんだった。
◇
その日の夕方、試合場。この中では『異能』もあくまで『スポーツ』の範囲に抑えられる。というか試合場や練習場は、そういう制限がかけられている。
当然のように――というか、もうここまで水野部長の思惑通りみたいに。
「納得がいきませんので、勝負しましょう」
戸枝さんと、望月さんが、一昨日の選抜戦みたいに、向かい合っているのだった。
……ちなみにわたしは先日の水野部長と同じ、審判の位置。
今日は他の部員も、ついでに観客もいないので、ただでさえ広い試合場が更に広く感じる。
そんな中で、まだ『異能』の解放もしていないのに、戸枝さんの体からは魔力の焔がほとばしっているようだった。
普通、魔力は見えないし、こうして目に見えるものでもないのに、戸枝さんくらいになると、やはり別格なのか。
一方の望月さんは、ぼんやりと夕暮れで鱗雲の流れる空を眺めていた。
戸枝さんに、半身を向けた格好で。
「本当にやることになるとは思わなかったよ。……ていうか、いいの?」
「いいもなにも。水野部長が貴方に鍵を預けたのはそういうつもりでしょう。……何より、貴方は選抜戦に出ておりません」
「だから君と、選抜戦の代わりをしろって? 明日は練習試合なのに」
「明日が練習試合だからこそ、その前に私と佐守さんくらいは納得させる強さを見せなさい」
「え、わたし……?」
急に名前を出されて、ビックリしてしまう……。
「ええ。だって、貴方も納得はしていないでしょう?」
「う……。ま、まあ、ちょっと……」
「ちょっと、ではなく思いっきりでしょう」
「……は、はい」
……だって、ほら。納得できないというか、心にしこりは残るよね。
『噂の一年生』――戸枝小春。
それを破った、無能のハズの一年生、わたし。
それだけでも、十分――なんていうか、十分なのに。
そこに、さらに加えて謎の一年生まで、入ってきたら。
戸枝さんと、わたしが選ばれた衝撃が、薄れてしまう。というか……。
あと、望月さんもなんだかのらりくらりとしていて、そんなに強そうにも見えないし――
「別に、貴方に『異能』を出せとは言いません。選抜戦での私の二の舞はごめんですし」
何よりも明日は練習試合。今日全力を出して明日にガス欠になったら意味がない、と言った上で。
「――それでも、貴方が『私の代わり』になるという、その証明を見せなさい」
そう告げて切っ先を望月さんに向ける戸枝さん。
その切っ先には魔力が――この前、わたしとやり合った時以上の魔力が込められている。
けれど、望月さんはその態度を崩さずに。
「ああ。要するに、君に負けなければいいんだろう」
半身になり、片手で剣を構えて、当たり前のことのように答えた。
……舐めている、わけではない。半身・片手で、突きに特化した――いわゆるフェンシングに近いスタイルは堂に入っていて、それが彼女本来の闘い方なのだと分かる。
彼女は間違いなく『剣士』だ。わたしのような戦いの素人ではなく、ちゃんと戦い慣れている人。
――ただ、言っていることが滅茶苦茶だ。
だって目の前の相手はあの『戸枝小春』だ。そんな、『ちょっと忘れ物を取ってくる』くらいのノリで勝てる相手ではない。
さすがにその言い方には、戸枝さんも腹が立ったのか。
「――よく、言いました。……佐守さん、審判をお願いします」
そう言って、戸枝さんは最初から上段に構えた。
……ああ、やっぱりちゃんと『異能』を相手にする時の彼女の構えは上段なんだ。
だとすれば、やっぱりこの前の戸枝さんは、それまで無能だったわたしにかなり加減をしてくれていて……でも、望月さん相手には、最初からちゃんと『戦う相手』として見ている。
……なんか、やだなぁ。
別に、そこまでしなくてもいいんじゃないかな。
望月さんって、戸枝さんやわたしほどの魔力は感じないし。――そもそもそんなに強い一年生がいたら、戸枝さん同様『噂の一年生』になっているはずだし。
「……佐守さん、審判を。この前の水野部長のやり方と同じでいいですから」
「え、あ、はい……」
しょうがないから、片手を挙げる。
どの程度勝負になるのか分からないけど、見届けないことには話は終わらないのだから。
「えっと……それじゃあ、試合――」
「――『世界よ、終われ』」
――え?
「『私と共に、私以外のすべてを焦がせ』」
なんかすっごい聞き覚えのある詠唱と共に、戸枝さんの剣に炎が宿る。
終わりの魔剣。運命の死。この前直で味わったあの剣が、再び顕現する……!
いや、でもいいの、これ……?
試合開始前からの詠唱は反則なんじゃ……いや、わたしは正しいルールを知らないから分からないし、何より模擬戦だからどうでもいいのかもしれないけれど――!
「――『炎の剣。主役の光。大地を丸ごと焼き尽くし、私だけの春よ来い』……!」
あっ、ダメだコレ止まらない……!
戸枝さんは、何がどうあれ魔剣を望月さんにぶつけるつもりだ……!
そうなると、わたしにできることはただ一つ。
彼女が剣を振り下ろす前に、試合を開始することだけ――!!
「か、開始~~!!」
わたしが慌てて、勢いよく振り下ろした手と共に、戸枝さんの魔剣も燃え上がり――!!
「――『抜剣。レーヴァティ」
「――『降参しよっか』」
「…………!?」
魔剣が振り下ろされる直前に、望月さんが呟いた一言で、終わりの剣に束ねられていた魔力は、あっという間に霧散し、その隙を突いて――
「――シッ」
「カハ――!?」
望月さんの片手から放たれた突きが、硬直した戸枝さんの首を突いたのだった……。
……そのまま、剣を落とし、首を押さえてうずくまる戸枝さん。
この前といい、今日といい、妙に突きでやられちゃってるな、戸枝さん……。
いや、この前はわたしなんだけど……。
「ねえ、佐守さん。これで認めてくれるよね?」
「え? いやです……」
心配やら何やらで硬直してたわたしに、不意にそんな、意味の分からない言葉が告げられる。
声の主は、望月さん。でも、彼女は降参を宣言して、だから戸枝さんは魔剣を解除して――
そんなことを言うと、望月さんは肩をすくめる。
「なんで? 試合中、チーム全体の降参が成立するのは、部長か顧問が審判に宣言した場合だけだよ。そして試合中の、部員同士の会話は、別に禁止されていない」
そうでないと、作戦会議もできなくなるから、などと言う望月さん。
そうなんだ、初めて知った……。でも、だけど、ええ……?
「僕の『独り言』と、今の勝負は関係ないでしょ?」
「絶対そんなことないと思いますけど……」
少なくとも、あの一言がなかったら戸枝さんは剣を振り下ろしていた。
そして、そうなったら、間違いなく戸枝さんの勝利だった。
だから望月さんはあんなことを言ったんじゃないの?
「勝負に『たられば』はないよ。今、僕はこうして立っていて、戸枝さんは蹲っている。それがすべて」
「はあ……?」
「けほっ……も、望月さんの言う通りですわ……ごほっ」
……なんか、思わず殴り掛かりそうになるわたしを止めたのは、他ならぬ戸枝さんだった。
首を押さえて、苦しそうに、だけどまだ立ち上がっている。
……立てるなら、戦闘続行でいいんじゃない?
「……私の負けで、構いません。そもそも、先に『試合開始前に詠唱を行う』という、ズルをしたのは私ですし」
……ああ、やっぱりアレって駄目だったんだ。
「……それに、そうですわね。私自身の弱みも見つけられました……貴方が、それを補える人だということも」
「ああ。それは良かった。やっぱり『噂の一年生』に認められるというのは、嬉しいね」
「ねえ、佐守さん」……なんて、こっちに聞いてくる望月さん。
……なんだか、当人同士は納得しているようだけど。
わたしは、納得していない。
だって、なんか……さっきのはズルいし。
不意打ちだし。
ちゃんと実力も見せてないし。
……それに。
彼女の――『戸枝小春』の熱剣《かがやき》を真っ向から打ち破るのは、他ならぬわたしだけであるべきだ。
これまでも、これからも。
だけど、当人同士は勝手に納得し合っていて……。
これは戸枝さんと望月さんの勝負で――ああ、もう……!
「はあ……まったく、部長も趣味が悪い……。帰りましょう、佐守さん。……佐守さん?」
「うううううーーん」
ずっと考えてた。
考えたけど、答えは出なかった。
答えが出ないなら、もうやることはひとつだ。
「…………あの、戸枝さん。この勝負の行方って、わたしが決めていいんですよね?」
「え? ……ええ、そうですわね」
「なら、こうしましょう」
わたしは、戸枝さんが落とした剣を拾い上げた。
それで、また見よう見まねで剣を握って――まだ構えを解除していない望月さんへ切っ先を向ける。
「望月さんがわたしに勝ったら、望月さんの勝ち。わたしが勝ったら、戸枝さんの勝ちで」
「……はい? ちょっと佐守さん、貴方何を言って――」
「ああ。それでもいいよ」
……やっぱり。
こうなることを見越していたのか。
それとも、何も考えていないのか。
望月さんも、わたしに切っ先を向ける。
「じゃあ、決まりですね。……戸枝さん、審判をお願いします」
「は、はぁ……?」
「僕からもお願いするよ。二人とも納得させたいし」
……本当はもう、戸枝さんの審判とか必要ないのかもしれない。
ただ、この女を斬り殺せばいいだけなんだから。
「……分かりました。けど、明日が練習試合だということを忘れないように」
戸枝さんの忠告は、わたしと望月さん双方に伝えられている。
覚えている。だから軽く。
すぐに終わらせてやる。
「……分かっていませんわね。――では、試合」
戸枝さんの片手が挙げられる。
「――開始」
降ろされた手に合わせて、わたしは両手で剣を正眼に構えた。
望月さんは、やっぱり例の例の半身・片手の構えのまま、特に魔力を込めたりはしていなかった。
「……『異能』は、使いませんよね」
「それこそ、この前の戸枝さんの二の舞になるからね」
要は、異能が他所にバレることを恐れている。
でも、以前の選抜戦と違って、今日は本当に、わたし達ぐらいしか見ていないのに。
「それに、今は僕の『異能』は使えないんだよ。『発動条件』が揃っていないからね」
そう言って彼女は暮れかけた夕空を見上げた。
鱗雲が浮かぶ空は、徐々に暗くなり始めている。
そういえば、戸枝さんと戦う前も彼女は空を見上げていた。
……『発動条件』があると言うのなら、彼女の『異能』は空と関係するのだろうか?
まあ、どうでもいいや。どちらにせよ、今のわたしがやることはひとつだけだし。
「――――『大蛇さん』」
静かに、わたしはわたしの中に眠る彼に呼び掛けた。
『うん』
答えは端的。瞬間、全身が膨大な魔力を帯びる。
その魔力を、なんとか剣にだけ集める。後はこれで斬る。
わたしにできるのはそれだけ。でも、それを見ていた望月さんは、ちょっとだけ驚いていた。
「――ふうん。本当に詠唱も無い。だというのに、急にとんでもない魔力量だ。それに『大蛇』か。この国で大蛇ってことは、要は流れの化身かな? 魔力の流れを操作するのが、君の『異能』?」
「さあ……」
それは知らない。そもそも大蛇さんが、わたしの『異能』なのかも分からないし。
ただ、その辺り、今は本当にどうでもよくて――
「これであなたを斬れば、どうでもいいことですよね?」
「ああ。君の剣で斬られたら、僕は死ぬ。なにしろ戸枝さんと同じぐらいの魔力量だ」
よし。ならシンプルでいい。
「じゃあ、斬ります」
一言。言って、行く。
まだ剣を修めていないわたしにできるのはただの棒振り。
一昨日と同じ、ひたすらに剣に魔力を込めて、斬りかかるだけ。
それを――
「それが、できたらね」
望月さんの剣が、わたしの刃をすっと薙ぎ払う。
この前の戸枝さんとの斬り合いの時のような感じじゃない。
ぬるりと、すり抜けるような剣。
半身で片手持ちという時点で、彼女が素直な斬り合いに付き合うような類じゃないとは分かってた。その構えは斬り合いよりも、むしろ防御に特化した剣だ。
その感覚は理解している。
なので、逃がすまいと、二撃、三撃、四撃と連続で剣を振るうが――
「よ、ほ、おお」
軽い言葉と一緒にすべての斬撃をいなされる。
全然、力は感じないのに、切っ先に触れただけで刃の向きを変えられる。
その斬撃の隙間を、望月さんはひょいひょいと躱していく。
……変な感覚だ。凄く、嫌な感じ。
というより、何ていうか……愉しくない。
この前、戸枝さんとやり合った時みたいなお互いに向き合う感覚が、望月さんにはない。
こちらがより強い魔力を込めて――道理を斬り払う刃を落としても、彼女はそもそもこちらの道理に『付き合わない』みたいな感じ。
「く……こっの……!」
「うわあ、凄い。今のは危なかった」
……なんだか、大型犬を抑えるみたいな。猛獣使いみたいなことを言いながら、望月さんの剣は、わたしの剣を下へ払い落とす。
一方、望月さんからの攻撃はほとんどない。時折、牽制っぽい突きがくるけど、それも軽い。
なんなんだ、この剣。この技。
本気になっているわたしの方が馬鹿にされているみたいで。
「真面目に……やってください……!」
「大真面目だよ。一撃でも食らえば死ぬもん。だからこうして躱してる――おっと、どうどう」
苛立たしい。振っても振っても霧を払うみたいで、全然斬り合う感触がない。
彼女は実体がないみたいに、ふわりふわりと剣から逃げる。その度にわたしは剣に込める魔力を増やすけど、全然彼女はこっちを向かない。
どころか、剣を躱しながら鼻歌なんて歌いつつ――
「ああ――なるほど? 君、どっかで変な男に捕まってるね?」
「は?」
「へ?」
『ほう……?』
わたしの内側の大蛇さんのことだろうか?
それは……たしかに『変な男に捕まっている』と言えるかもしれないけど。
「……じゃあ、こう言おうか」
望月さんからの首筋狙いの突き。初めてのまともな一撃。
でも、全然軽い。防ぐのは容易だ。
キィンと硬い音がして、鍔迫り合いに持ち込む。力勝負ならこっちが勝てる。
けれど望月さんはそのままわたしの首元――っていうか耳元まで顔を近づけて――
「――『そんな男はやめて、僕にしない』?」
「は」
『――ほう。面白いことをいうな小娘が』
唐突に告げられた告白に思わず意識が止まる。一方で、わたしの内側の大蛇さんの逆鱗に触れたのか、唐突に魔力量が上昇する。
「うわ、わっ……!」
自分でも制御しきれない魔力の奔流が、剣から吹き出す。
その勢いだけで、望月さんの華奢な体は吹き飛ばされる。
「おお、怖い怖い。凄い魔力だ。……もったいないなあ。君みたいな可愛い娘なのに」
だというのに、彼女は小癪な微笑みを絶やさない。
「…………っ!!」
とりあえず、わたしでも制御できない魔力ということは、戸枝さんはともかくとして、望月さんには絶対に防げない刃だということ。
なら、決めた。
「――いい加減なことを……」
この剣を力いっぱい、彼女に振り下ろせばいい――!!
「チャラチャラと、言わないでください……!」
それだけで霞がかった彼女は逃げられない。
それだけで、雲隠れした月に食らいつく。
のらりくらりとした彼女の実体を、間違いなく斬り捨てられる――はずなのに――
「はは――」
それを待っていたとでも言うかのように。
望月さんの口元が、三日月のように吊り上がって――
「――そこまで」
唐突に。
わたしと望月さんの間を裂くように、終わりの焔が壁を作った。
それは、審判をしていた戸枝さんの火。それも、剣ではなく手刀から放たれたもの。
彼女がわたしたちの間に壁を作ったんだ。
「戸枝さん……? なんで……」
「なんでも何も……模擬戦だと言ったでしょう。明日は練習試合。忘れたの?」
「忘れては、ないけど……」
……ちょっと頭から吹っ飛んでただけで。
「それなら、いつまでやるつもりですの?」
「え――?」
言われて、空を見上げる。
……なんか、すっかり真っ暗だ。
さっきまでの赤い夕焼け空はなくて、もうとっくに月が大地を照らす時刻。
いつの間に……ていうかいつからいつまで、わたしは戦ってた?
そう思うと、妙に喉が渇いた。
あと、凄い疲れた……。
さっきまでは、意識していなかったけど、思った以上に、望月さんとの戦いで体力を削られていたのか。
「――あと、望月さん。貴方、さっき『異能』を使う気でしたわね?」
「……バレた?」
「バレます。それはダメだと言われていたでしょう。ですからこちらの権限で、勝負は引き分けにいたしました」
「審判は私ですから」と戸枝さんは言って、ふらふらなわたしの腕を掴んだ。
「……いい加減、剣を離しなさい。佐守さん」
「……でも、まだ勝負は」
「――貴方が負けます」
凄く真っ向から。だけど、端的に彼女は言った。
「望月さんは、一応『異能』を使うつもりだったようですが……そんなもの使うまでもなく、貴方の負け。それが貴方の弱点で、彼女の戦い方です」
「弱……点……?」
そんなの……言われなくても分かってる。そもそも弱点だらけだ、わたしは。
まだ剣を修めていないわたしには、様々なモノが足りてなくて――
「そんな小手先の術以前の話。――貴方には、持久戦に耐える体力がない」
「――――」
それは――それは、そうだ。
この前の戸枝さんとの斬り合いだって、先に体力が尽きると把握していた。
武器の基礎以前に、体を動かす基礎が足りない。
そしてそれは、恐らく明日の練習試合までには間に合わない。
本戦まで頑張って、どうにか一試合フルで耐えきれるか、どうか。
「――逆に、貴方に比べて、望月さんは全然体力を消費していない」
「…………」
それも、そうだろう。
だって彼女は全然本気で付き合わず、切っ先でわたしの剣を逸らすばかりだったんだから。
「望月さんは持久戦に長けている。それは私に、そして貴方にもない長所です」
恐らくは『異能』も、それに関わるものでしょう」と戸枝さんは言って、倒れそうなわたしに肩を貸すと、望月さんの方を見て言った。
「望月さん。明日は、よろしく頼みます。これからはチームメイトになるんですから」
「分かってる。僕だって負けたくないからね」
……チーム。
そうだよ、仲間になるんだ、望月さんは。
今は友だちとは呼びたくないけど。何か腹に隠してそうで癪に障るけど。
いったん、それは置いておこう。
「……というわけですけれど。佐守さんから、望月さんに言うことはありますか?」
「…………えーっと」
……どうしよう。
ムカつくってことしか言えない。
そもそも疲れてて、頭も回らないし……。
ああ、でも、明日は負けたくないし。でもそれはもう戸枝さんから言っているし。
望月さんの『負けたくない』って言葉自体は、多分信じてもいい。
こんなに『死ににくい』戦い方に慣れている人だ。
しかも、ちゃんと『異能』もまだ隠したままだ。
きっと勝負でもちゃんと機能してくれるはず……。
それなら、あとわたしから言うことは――
……あ、そうだ。
「あの、告白……」
「ん?」
「へ? ……ああ、僕にしなよとか言ったやつ? いいよ別に。方便だし」
でしょうね。
そういう人だと思うんだけど、一応ちゃんと答えるのが、誠実さだと思うので。
「えーと……今のところ、あなたを、好きになる要素がないので……ごめんなさい」
戸枝さんに肩を借りつつ、真っ向から首を振った。
「…………」
ぽかんとする、望月さん。横で、肩を借りてる戸枝さんの体が上下に動く。
「……ふ。ふふっ」
……笑ってる。戸枝さんが。
「ふっ……。ふふふふふっ……振られましたわね、望月さん? ふふふ、ふ……!」
疲れてるから早く帰りたいのに、余程ツボに入ったみたいで、彼女に肩を借りてるわたしの体も揺れ動く。
あの、戸枝さん――このままだと明日の練習試合、筋肉痛で休むことになっちゃうんですけど……?
そんなことを思っていると、望月さんはふいっとこちらに背を向けた。
でも、模擬剣は手放さない。ちゃんと置き場所に戻しに行くみたいだ。
なんか、変なとこで誠実なひと。
「……だからさ、言ってるでしょ。別に本気じゃないんだよ、アレは」
……なんか、その言葉自体は事実なんだろうけど。
声音が、軽く拗ねているみたいで。
ちょっと負け惜しみみたいで、わたしもくすりときたのだった。