わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
……一日空けて、ついに準々決勝。
この日は、わたし達私立秋原女学園にとっては、特別な意味を持つ。
「さ~、ここを抜けて万年中堅校を脱却じゃ~!」
と、水野部長が叫んでいる通り。私立秋原学園はずっとベスト十六とか、二回戦終了とかそこらへん。昨年ついにそれを抜けたけれど、この準々決勝で負けてベスト八になった。
だからここを抜けるというのは、多分、わたし達『競異部』だけでなく私立秋原学園にとっても、大変大きな一歩となる。
もちろん、本当に目指すのは優勝だけど。その前に『ここ』を抜けることが、何より重要なんだ。
「相手は――京都府の私立洛陽学園ですか」
戸枝さんがトーナメント表を見てぼやく。
「毎年、必ずベスト八以上を取っている――こちらも強豪校ですわね」
それに答えるのは、山名先輩。
「うん。それに、あっちには三年五指の最後の一人もいる」
三年五指。かの目黒次美が折るべき指とした、現役三年生最強の五人。
ただし目黒次美当人と、『白夜の聖剣』を抜かすけど。
その、最後の一人――その名は。
「――『不動明王』、吉兆華鈴だ。異能は『クリカラ』……三毒を操り、三毒を断つ剣士」
もう名前からして強そう。
……ていうか、わたしたち、三年五指と当たり過ぎでは?
現状三人と当たっているんだけど……うち一人はウチの部長だし。
とか思っていたら、その部長さんが戸枝さんを呼んだ。
「戸枝ちゃんにはコイツと当たってもらう」
ちゃんとしたマッチアップ。昨日、『白夜の聖剣』こと逸見明音さんが言っていたとおり、『不動明王』の相手は戸枝さんだという。
「やっぱり私ですのね」
「うん。吉兆は『相当厄介』だから」
と、三年五指の一人、水野弥生は言う。
「大丈夫。フィールドがどうあれあいつは自陣から動かん。『異能』とは関係ない。変な拘りだ。だから真っ直ぐ相手の開始地点にいけば確実にかち合う」
とも教えてくれる。それに対して挙手をするのが望月さん。
「じゃあみんなで向かえばよくないですか」
「ダメだね~。あたしもそうだけど、お前はマジでダメ。だって相手は不動明王だぞ?
仏さんに吸血鬼ぶつけるとか、死にに行くようなもんだ」
「それもそうか」と納得する望月さんに、それにと水野部長は続ける。
「洛陽はね、平均的にレベルが高いんだ。一応吉兆が三年五指ってなってるけど。そもそもメンバー全員が強い」
そう言って、指を五本立てる。
「まず吉兆は当然強いとして、副部長の光原風音。『異能』は『ヴァーユ』。いわゆる『風神』だ。こいつが吉兆の傍に常についている。うちでいうなら、戸枝ちゃんと佐守ちゃんみたいな関係だ」
「はあ…………?」
『友だち』……ってこと?
「ああ、なるほど……狂犬と飼い主ですか」
「そそ。さらに三年に木藤洋子。こいつは『ガーンディーヴァ』。インド神話の炎の弓矢を使う。まあこいつは、山名に当てる」
振られた山名先輩は、難しい顔をしていた。
「……フィールドにもよるけれど、ちょっと面倒っすね」
でも、負けるとは言わない。『勝てる準備』があるのだろう。
「まあこいつ相手はあたしもやんよ。こちとら『海神の槍』だからね~? 戸枝ちゃんの『熱剣』ならともかく、ただの『炎弓』なら、どうにか消火したる」
そういって水野部長は三本の指を折った。
残る指は二本。
「んで、残りが……二年生の渡辺舞。こいつは、佐守ちゃんにやってもらう」
「わたし……ですか?」
「うん。こいつの異能は『シシノコ』。――渡辺綱が使った『髭切』。膝丸……まあようするに化生殺しの太刀なんだよ。望月だと一刀両断される。でも、佐守ちゃん相手ならただの剣士だ。純粋に真剣勝負になる」
「真剣、勝負…………」
これまでの勝負を考えても、あまりイメージはわかなかった。
そういえば、わたしは真面目に剣士と戦ったことがない。あの『鶴久の絶剣』相手の時は、戸枝さんと二人がかりだったし。
「大丈夫。『鶴久の絶剣』よりは数段どころでなく、落ちる。……ついでに言うと、まあ戸枝ちゃんやあの白夜の寄藤ちゃん? とかよりも落ちるよ。だから、今の佐守ちゃんならちゃんといい勝負ができるはず」
「はい」
コクリと頷く。そうすると、水野部長は指を折った。
残る指は一本。
「そんで最後の一人が……これがちょっと面倒なんだが。二年生の村田知子。異能は『ムラマサ』。つまり『妖刀』」
「むらまさ」
名前は聞いた事がある。
「こいつがねえ~……素の力量は大したことねえんだけど、能力が『相手と自分の魔力量差を埋める』とかいう、わけわかんねぇ能力してんだわ」
「…………?」
首を傾げているわたしの横から、望月さんが顔を出した。
「ああ、ようするに僕と同じような――ドレインですか?」
「似たようなもん。村正っていや江戸幕府――要するに上位者への殺意だからな。最強の格上殺しだ。土地から魔力を吸い上げて、自分より上の人間よりも必ず『強くなる』」
……凄い能力だ。
「これには、望月、お前をぶつける。……山名に狙撃してもらってもいいんだが、山名は多分『炎弓』相手に精一杯になるから。大丈夫だ。薄墨相手よりは楽だろ~」
「うへぇ…………また無限地獄ですか」
指を折り切った水野部長は、ぱんっと手を叩く。
それから、にやりと笑った。
「――っていうのが、まあ定石じゃろ~? でも、君らの先輩を誰だと思ってんだい?」
奇策の水野弥生は、にやりと笑みを浮かべる。
「確かに向こうは全員バカ強い。二・三年の実力者で固めてるのも、なんつうか王道だ」
だが、だからこそ奇策を通してやると水野部長は言う。
「まず、『不動明王』。こいつには付き合わん」
いきなり、話の冒頭からひっくり返す水野部長。
それに驚くのは、やはりマッチアップされていた戸枝さんだった。
「いいんですの? 三年五指を野放しにするのは――」
「いい。こいつはこっちから手を出さん限りは動かん。そういう類だ。代わりに、戸枝ちゃんにはまず速攻で『妖刀』を『終わらせて』もらう」
こいつは生きている限り、無限に強くなるからと部長は言う。
「あと『炎弓』も放置だ。いや、監視は必要だが、炎の扱いなら、うちの戸枝ちゃんの方が火力は高いし」
「そうですわね。私、熱耐性もありますし」
「その後はあたしと佐守ちゃんの二人がかりでまず『髭切』を墜とす。その後、山名と合流して、『炎弓』、ついで望月と合流して『風神』をぶっ飛ばして――」
「ああ、そんで最後に全員で『不動明王』ですか」
「そーゆーこと」と水野部長は笑う。たしかにそれならいける……かも?
わたしは『斬る』ことしかできないけど。でも、なんだろう……。
奇策と言う割には――水野部長の割には、結構、無難な感じというか。安定した作戦だなって、少し思った。
……いや、なにいってんだわたし。安定しているならその方がいいでしょ。
一発逆転劇とか、愉しいけど、見ててハラハラする。
きっちり勝てるなら、その方がいい。
そう思っていると、試合準備のブザーが鳴った。
「よ~し! お前ら、秋原の意地を見せたれ~! この壁を乗り越えて、強豪校の仲間入りじゃ~!」
いつになく浮ついた雰囲気の水野部長が控室から出ていく。
それについて、わたし達もついて行った。
◇
試合場について、洛陽の面々と向かい合う。
ずらりと並ぶ五名の選手。その中央には、穏やかな表情の女性がいた。
……なんだか、『不動明王』ってより菩薩様ってかんじ。
こんな『国異』なんかより、茶道部とかの方が似合いそうな、落ちついた女性。
でも、この人が、現三年五指の一人――
「久しぶりですね。水野さん」
「お~。吉兆。相変わらず年増じゃん」
「ふふ、無礼なところも相変わらずですね。同じ三年五指の仲間じゃありませんか?」
「はっ」
水野部長は、吉兆さんの言葉を鼻で笑った。
一緒にして貰っては困ると。自分は三年五指を越えて、かの『白夜の聖剣』に挑むものだと、全身から言っていた。
「門番気取りもほどほどにしろよ~? こっちはちょいと気が短いんでなぁ。あんまり開けてくれないなら、蹴破ったるからよ~」
「まあこわい。それでは、ちゃんと鍵を掛けておかなければ」
と、ふふふと微笑む吉兆さん。
……なにはともあれ、試合開始前の挨拶はこれで終わったみたいだ。
なんか水野部長は、めちゃくちゃ喧嘩腰だったけど。
いつものことか。
◇
今回のフィールドは――『寺』。
でも、そこらへんにあるような普通のお寺じゃない。
大きな赤い門があって、凄く高い崖沿いに舞台がある。あとは三重塔とか、五重の塔とかも乱立してて――なんか、こう……清水寺を中心に、有名なお寺をキメラしたみたいな、凄いフィールドだった。
罰当たりとかにならないのかなって思ったけど、相手が『不動明王』を名乗っているのに、今更かと思い直す。
それはそれとして問題は――
「あ~~…………なんでアイツらが上側で、あたしらが下側スタートなんだよ~!」
水野部長が叫んでいる。そのとおり。こっちは清水寺の下から始まる。
向こうは清水寺の高台から。完全に不利だ。
「……ていうか、まずフィールドが向こう有利っすね」
山名先輩がぼやく。たしかに。仏様相手にお寺だなんて、出来過ぎてる気がする。
「フィールドはランダムのはずなんよ~……でも、これは何だアイツ。あの顔して運営と寝たか?」
「生臭か」とかすごくアレなことを仰る。でも、今更言ったってフィールドは変わらない。
「……まあいい。寺なんて焼いてなんぼだ! 焼き討ちするぞ戸枝ちゃん!」
「そういう問題でしょうか……」
などと言いつつも、戸枝さんは試合用の模擬剣を構えた。
わたしも、一緒に模擬剣を構える。
それとほぼ同時に、試合開始のブザーが鳴る。
「よ~し、まずは全員総がかりで『妖刀』と『髭切』を墜と――『抜槍。トリアンナ』!」
咄嗟に先輩が槍を抜いた。――いや、槍じゃない。
大きな水の膜を作って、わたし達を包み込んだ。
そこに大量に降り注ぐ炎の矢。
件の『炎弓』――『ガーンディーヴァ』だ……!
舞台の上から、しっかりとわたし達を見つめて、撃ち下ろしてくる。
この前の山名先輩みたいな綺麗さはないけれど、その連射速度は目を見張るものがある。
「あっぶねえ~! あたしが『かなり好調』じゃなかったらもう墜ちてたぞ……!」
水野部長が愚痴る。
わたし達は水野部長の水壁で守られているが、あっという間に周囲が燃え上がる……!
「水野部長、私が『レーヴァティン』で――」
「いや、待った……! ええっと……! 戸枝ちゃんは今日何発撃てる?」
「え、ええ……三発でしょうか」
「じゃあそれをあいつ一人に使うのは勿体ない……あ~、どうするこれ~!!」
どうしたことか。あの水野部長が、焦っている……?
山名先輩の方を見ても、フルフルと首を横に振るだけだ。
……もしかして。
いや、最初の作戦会議の時から違和感はあった。
あったんだけど、言葉にしたくなかったんだけど……。
「もしかして……水野部長、緊張してますか……?」
「はあ? 緊張するに決まってんだろ~! だって、あたしたちは、準々決勝《ここ》を抜けた事がないんだぞ~!?」
やっぱり。
水野部長にしては、堅実な作戦を取ってたと思った。
最初もそうだし、奇策と言ってた方も、なんか普通って思ったんだ。
昨年のトラウマ。あるいはジンクス。ベスト八の呪いが、水野部長と山名先輩に振りかかっている。
だから妙に消極的、変に堅実。ちゃんと『勝とう』とした結果、猶更深みにハマってる……!
……どうすればいいんだろう。いや、どうするもない。
わたしは秋原の、水野部長の剣。ならば――
「――水野部長。わたしがあれを『斬って』きます」
「はい~……!?」
「水野部長はここで、目を引いておいてください。その隙にわたしが昇って斬ってきます」
「ちょっと、佐守ちゃん……!? 君一人じゃ無理だって! あいつ今はつるべ打ちしてるけど、一人出てきたらどうせ狙い撃ちになる……!」
「そうですわね。炎の中を歩く……というなら、私の力が必要ではないですか?」
さらに戸枝さんまで、一緒に出てきてくれた。
それに、水野部長はますます焦る。
「いや、ちょっと待った戸枝ちゃん、戸枝ちゃんには――」
「…………『不動明王』と戦わせて、その先に『至れ』、と言うのでしょう?」
「誰から聞いたんだよそれ…………ていうか、あたしは別に君が至らなくても闇討ちする気なの~!」
「…………それを聞いて安心しました。それでは、なおさら押し通ります」
「んじゃ、僕も行こうかな」
影に隠れて闇討ちなら、得意分野だと望月さんも前に出る。
「望月~! お前、ここはヤバいだろ……! しかも相手は仏さんだぞ! 化生殺し連中だぞ!」
「ああ、所詮はセットに真似事でしょ。僕の闇はそんなに浅くはないですよ」
望月さんは、何だかんだで唯一、単独で三年五指の一人、『戯曲の悪魔』を倒している。
それ以来調子がいいのか、妙に色んなことがたくさんできるようになっている。
ついてきてくれると嬉しい。
「はは。あおちゃんに嬉しいって言われると、ちょっと嬉しいなぁ」
なんか変だけど。……ともかく!
「水野部長、山名先輩……! ここはわたし達が何とかしてきます!」
『終の熱剣』、『秋原のジョーカー』、『水野部長の剣』として。
一年三人組で、この三年五指の連中を倒してくると断言した。
すると、部長は、凄い難しい顔をして――
それから、わたし達それぞれの体に、薄い水の膜を張ってくれた。
「それでちょっとは楽になる! 戸枝ちゃんには不要かもだけど、一旦それでいけ!」
「「「はい!」」」
大きな声で返事をして、長い階段に向かう。
水野先輩の水の幕、加えて望月さんの影に隠れながらも。
焦る気持ちを深呼吸で落ち着けながら。狙うは『不動明王』及び洛陽面々。
一年生三人で、三年五指の一人を墜としてやる……!
◇
――火だ。
水野弥生と山名有為を中心に、多数の火が巻かれている。
それは『ガーンディーヴァ』の火。清水の舞台から放たれる火矢が、大文字よろしく地表を埋める。
もっとも水野弥生は水の化身。『海神の槍』である。
その程度の火では抜けないと、同じ三年五指である『不動明王』吉兆華鈴は知っている。
だからこそ――
「さて。炎は巻けましたか。木藤?」
同学年。『ガーンディーヴァ』を操る少女、木藤洋子に問いかける。
「――うん、いい感じに焦熱地獄って感じ」
答える声は気楽なものだった。何しろ彼女はただ火を巻いているだけだ。
それだけ。狙えるものなら狙うが、今は別に狙って打っているわけではない。
彼女の目的は『火を巻く事、それ自体』。
それに、吉兆はくすりと笑う。舞台の奥にたたずむ彼女は、その場から一切動くことなく。
「地獄だなどと、恐ろしいことを」
ふふっと笑みを浮かべながら。彼女は試合用の模擬剣を逆手に持つ。
「では、その毒を消さねばなりません」
その切っ先を、寺の床に突き立てると――
「――『南無、不動明王。貪を焼き、瞋を断ち、癡を喰いて』」
己の異名と同じ明王の名と、それが裁く罰を唄い――
「『三毒三蛇、その身、その炎、我が刃より這いずりたまえ』」
燃え上がる模擬剣に、三つの炎の渦が浮かぶ。
いや、それらは、ただしくは炎ではない。
――『蛇』だ。
「――『抜剣。クリカラ』」
三年五指、最後の一人――その『異能』が解放された。
「さあ、三毒の蛇たち……その身をもって、彼女達の貪瞋痴を明らかにしなさい」
『炎の蛇』が這いずり、寺の床に潜っていく。
消えたわけではない。
その蛇たちは先の『ガーンディーヴァ』が巻いた炎に混ざり、そこから一気に水野と山名に襲い掛かった。
まずは秋原側から一つのブザー。
一昨日の戦いで、『国異』にそぐわぬ矜持を見せた山名が堕ちた。
水野は試合用の模擬剣を持って、三毒の蛇としっかりとやりあっている。
水は壁を作るために必要なので、槍を顕現させることはできない。
だというのに、水野弥生は一人、模擬剣を、しかも倒れた山名の分も持ち、二刀流で戦っている。
「はあ、そんな特技があるとは、流石に知りませんでした」
さすがは同じ三年五指。中でも底知れぬことで有名な水野弥生。
長物の類を修めていることは知っていたが、よもや刀の使い方まで――それも、二刀流まで修めているとは、吉兆すらも知らなかった。
「――しかも、隙あらば詠唱するつもりですね?」
今日の水野の調子が幾許かは、吉兆すらも計り知れない。
とはいえ相手は水野弥生だ。少しでも手を緩めれば、そこから這い上がってくる。
それをよく知っているからこそ――
「あなたは、ちゃんとここで落とします。三年五指が一人として――」
『不動明王』吉兆華鈴には、一切の慈悲はない。
◇
(お~い、まだ聞こえるか一年共~!)
階段を三人で駆け上がっていると、急に水野部長からの念話が届いた。
ということは、さっきのブザーは山名先輩のものだろうか?
この状況で狙撃手が堕ちたのは痛い気がするけど――そんなことを考えていると、水野部長はさらに凄いことを言う。
(多分だけど、そろそろあたしは堕ちる! だから、早めに望月の眷属になっとけ!)
(え!?)
(これがマジだ。あいつ、あたしを狙い撃ちしてる――ああ、くっそ!)
(あいつというのは、吉兆さんのことですの? しかし――)
(そうだよ、あいつの『異能』だ!)
そう。吉兆さんは動かないって聞いた。
実際、まだ階段では誰も出くわしていない。相手側で見たのは、例の『ガーンディーヴァ』だけだ。
だというのに水野部長は、その吉兆さんに襲われていると明言した。
(もうこうなったらしゃあない……! 戸枝ちゃん!)
(はい)
(今日は、君が鍵だ! あと、佐守ちゃん)
(え、あ、はい…………?)
急に名前を呼ばれてびっくりした。
完全に今は戸枝さんのターンかと――
(…………先に、謝っとく。ごめん)
(…………え?)
どういうこと? と首を傾げていると、ふいに念話が切れた。
それと同時に、秋原側のブザーが鳴った。
「…………っ! 望月さん!」
「はいはいはいはい! やりますよ!」
彼女の影に、模擬剣の切っ先で指を斬って血を落とす。
(よし、これでつながった! あ~、まさか先輩全滅マジかよ!?)
それだけじゃないよ。こっちは二人墜ちたのに、まだ向こうは五人残ってる。
これは……結構まずい状況なのでは?
(仕方がありません……とにかく、行きましょう)
まだこちらの階段は炎に巻かれていない。
でも、多分気づいている。
わたし達が昇ろうとしていることは絶対に気づいている。
だから――
「――『ムラマサ』」
「――――っ!」
なんの気配も殺気も直前までなかったのに、目の前に唐突に現れた刀に、わたしは弾かれた。
「佐守さん!」
「あおちゃん!?」
いつからそこに立っていたのか。
何処で待ち構えていたのか。
それすらも分からない相手が、目の前にいた――!
「――なんだ。墜とせなかったか。お前じゃ大したことないのかな」
妖い気配を漂わせる刀を片手で握る女性が、階段の門番のように立っている。
今のは、ムラマサ……って言ってた。しかも詠唱破棄。
いや、詠唱が必要ないのか? だって、確かこの人の能力は――
「――じゃあ、そっちの燃えてる方を獲物にしよう」
刀の切っ先を戸枝さんに向けた途端、彼女の魔力が一気に上昇する。
――格上殺し。土地の魔力を吸い上げて、相手よりも絶対に上になる『異能』。
ならば、わざわざ自力を上げる詠唱は不要。対象さえ選べば、勝手に力を得られるから。
「ああ、あんたが『ムラマサ』かぁ」
でも、その戸枝さんを守るように立つのは、望月さん。
その瞬間、急に『ムラマサ』の魔力が落ちていく。
望月さんと同様――いや、或いはそれ以下にまで――
「…………吸ってるな?」
「ああ、正解」
答えながら、望月さんは胸元に下げていた懐中時計を――あの『戯曲の悪魔』から受け継いだ触媒を取り出す。
「――『着憑。デア・ナハト』」
詠唱破棄しての『異能』の顕現。望月さんの持っていた懐中時計が漆黒の杭に代わる。
それと同時に、周囲にドレインの黒影が広がる。
触媒に宿る想いなのか、それとも望月さんの力量が上がったからなのか。
詠唱を破棄しても尚、その漆黒はあまりにも汚らわしく、この仏閣を汚していく。
その姿を見て向こうの『ムラマサ』を操る二年生、村田さんは、顔をしかめていた。
「…………吸血鬼が、寺に上んなよ」
「妖刀に言われたくないなあ」
ケタケタと笑いながら、神聖な地を土足で蹂躙する吸血鬼。不道徳だがこんな時にはありがたい。
「こいつは僕が相手をする。あおちゃんと戸枝さんは上に行って」
コクリと頷いて、走り出す。当然、村田さんは反応してくる。
「行かせると思うか?」
でも、そんなの気にする猶予も、そもそも必要もない。
「やらせると思うかい?」
だって、わたし達の吸血鬼は、対化生には百戦錬磨。
それに相手は『格上殺し』だけど、望月さんは『永遠の半端者』。
『ちょっとした半端者のルサンチマン』なんて、今の望月さんに届くはずもない。
雑に押し付けられるような杭を、刀で弾く村田さん。
「っ――面倒くせぇ相手だな……!」
「こっちこそ。もう無限地獄はこりごりだ。ああでもいいか。僕は弱いけど、『負けない』からね」
背後で巻き起こる剣戟の音。それを背に聞きながら、わたしと戸枝さんは昇っていった。