わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで   作:遠野静

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第25話 準々決勝と、罪科の日(前編)

 ……一日空けて、ついに準々決勝。

 この日は、わたし達私立秋原女学園にとっては、特別な意味を持つ。

 

「さ~、ここを抜けて万年中堅校を脱却じゃ~!」

 

 と、水野部長が叫んでいる通り。私立秋原学園はずっとベスト十六とか、二回戦終了とかそこらへん。昨年ついにそれを抜けたけれど、この準々決勝で負けてベスト八になった。

 だからここを抜けるというのは、多分、わたし達『競異部』だけでなく私立秋原学園にとっても、大変大きな一歩となる。

 もちろん、本当に目指すのは優勝だけど。その前に『ここ』を抜けることが、何より重要なんだ。

 

「相手は――京都府の私立洛陽学園ですか」

 

 戸枝さんがトーナメント表を見てぼやく。

 

「毎年、必ずベスト八以上を取っている――こちらも強豪校ですわね」

 

 それに答えるのは、山名先輩。

 

「うん。それに、あっちには三年五指の最後の一人もいる」

 

 三年五指。かの目黒次美が折るべき指とした、現役三年生最強の五人。

 ただし目黒次美当人と、『白夜の聖剣』を抜かすけど。

 

 その、最後の一人――その名は。

 

「――『不動明王』、吉兆華鈴だ。異能は『クリカラ』……三毒を操り、三毒を断つ剣士」

 

 もう名前からして強そう。

 ……ていうか、わたしたち、三年五指と当たり過ぎでは?

 現状三人と当たっているんだけど……うち一人はウチの部長だし。

 とか思っていたら、その部長さんが戸枝さんを呼んだ。

 

「戸枝ちゃんにはコイツと当たってもらう」

 

 ちゃんとしたマッチアップ。昨日、『白夜の聖剣』こと逸見明音さんが言っていたとおり、『不動明王』の相手は戸枝さんだという。

 

「やっぱり私ですのね」

 

「うん。吉兆は『相当厄介』だから」

 

 と、三年五指の一人、水野弥生は言う。

 

「大丈夫。フィールドがどうあれあいつは自陣から動かん。『異能』とは関係ない。変な拘りだ。だから真っ直ぐ相手の開始地点にいけば確実にかち合う」

 

 とも教えてくれる。それに対して挙手をするのが望月さん。

 

「じゃあみんなで向かえばよくないですか」

 

「ダメだね~。あたしもそうだけど、お前はマジでダメ。だって相手は不動明王だぞ?

 仏さんに吸血鬼ぶつけるとか、死にに行くようなもんだ」

 

「それもそうか」と納得する望月さんに、それにと水野部長は続ける。

 

「洛陽はね、平均的にレベルが高いんだ。一応吉兆が三年五指ってなってるけど。そもそもメンバー全員が強い」

 

 そう言って、指を五本立てる。

 

「まず吉兆は当然強いとして、副部長の光原風音。『異能』は『ヴァーユ』。いわゆる『風神』だ。こいつが吉兆の傍に常についている。うちでいうなら、戸枝ちゃんと佐守ちゃんみたいな関係だ」

 

「はあ…………?」

 

 『友だち』……ってこと?

 

「ああ、なるほど……狂犬と飼い主ですか」

 

「そそ。さらに三年に木藤洋子。こいつは『ガーンディーヴァ』。インド神話の炎の弓矢を使う。まあこいつは、山名に当てる」

 

 振られた山名先輩は、難しい顔をしていた。

 

「……フィールドにもよるけれど、ちょっと面倒っすね」

 

 でも、負けるとは言わない。『勝てる準備』があるのだろう。

 

「まあこいつ相手はあたしもやんよ。こちとら『海神の槍』だからね~? 戸枝ちゃんの『熱剣』ならともかく、ただの『炎弓』なら、どうにか消火したる」

 

 そういって水野部長は三本の指を折った。

 残る指は二本。

 

「んで、残りが……二年生の渡辺舞。こいつは、佐守ちゃんにやってもらう」

 

「わたし……ですか?」

 

「うん。こいつの異能は『シシノコ』。――渡辺綱が使った『髭切』。膝丸……まあようするに化生殺しの太刀なんだよ。望月だと一刀両断される。でも、佐守ちゃん相手ならただの剣士だ。純粋に真剣勝負になる」

 

「真剣、勝負…………」

 

 これまでの勝負を考えても、あまりイメージはわかなかった。

 そういえば、わたしは真面目に剣士と戦ったことがない。あの『鶴久の絶剣』相手の時は、戸枝さんと二人がかりだったし。

 

「大丈夫。『鶴久の絶剣』よりは数段どころでなく、落ちる。……ついでに言うと、まあ戸枝ちゃんやあの白夜の寄藤ちゃん? とかよりも落ちるよ。だから、今の佐守ちゃんならちゃんといい勝負ができるはず」

 

「はい」

 

 コクリと頷く。そうすると、水野部長は指を折った。

 残る指は一本。

 

「そんで最後の一人が……これがちょっと面倒なんだが。二年生の村田知子。異能は『ムラマサ』。つまり『妖刀』」

 

「むらまさ」

 

 名前は聞いた事がある。

 

「こいつがねえ~……素の力量は大したことねえんだけど、能力が『相手と自分の魔力量差を埋める』とかいう、わけわかんねぇ能力してんだわ」

 

「…………?」

 

 首を傾げているわたしの横から、望月さんが顔を出した。

 

「ああ、ようするに僕と同じような――ドレインですか?」

 

「似たようなもん。村正っていや江戸幕府――要するに上位者への殺意だからな。最強の格上殺しだ。土地から魔力を吸い上げて、自分より上の人間よりも必ず『強くなる』」

 

 ……凄い能力だ。

 

「これには、望月、お前をぶつける。……山名に狙撃してもらってもいいんだが、山名は多分『炎弓』相手に精一杯になるから。大丈夫だ。薄墨相手よりは楽だろ~」

 

「うへぇ…………また無限地獄ですか」

 

 指を折り切った水野部長は、ぱんっと手を叩く。

 それから、にやりと笑った。

 

「――っていうのが、まあ定石じゃろ~? でも、君らの先輩を誰だと思ってんだい?」

 

 奇策の水野弥生は、にやりと笑みを浮かべる。

 

「確かに向こうは全員バカ強い。二・三年の実力者で固めてるのも、なんつうか王道だ」

 

 だが、だからこそ奇策を通してやると水野部長は言う。

 

「まず、『不動明王』。こいつには付き合わん」

 

 いきなり、話の冒頭からひっくり返す水野部長。

 それに驚くのは、やはりマッチアップされていた戸枝さんだった。

 

「いいんですの? 三年五指を野放しにするのは――」

 

「いい。こいつはこっちから手を出さん限りは動かん。そういう類だ。代わりに、戸枝ちゃんにはまず速攻で『妖刀』を『終わらせて』もらう」

 

 こいつは生きている限り、無限に強くなるからと部長は言う。

 

「あと『炎弓』も放置だ。いや、監視は必要だが、炎の扱いなら、うちの戸枝ちゃんの方が火力は高いし」

 

「そうですわね。私、熱耐性もありますし」

 

「その後はあたしと佐守ちゃんの二人がかりでまず『髭切』を墜とす。その後、山名と合流して、『炎弓』、ついで望月と合流して『風神』をぶっ飛ばして――」

 

「ああ、そんで最後に全員で『不動明王』ですか」

 

 「そーゆーこと」と水野部長は笑う。たしかにそれならいける……かも?

 わたしは『斬る』ことしかできないけど。でも、なんだろう……。

 奇策と言う割には――水野部長の割には、結構、無難な感じというか。安定した作戦だなって、少し思った。

 

 ……いや、なにいってんだわたし。安定しているならその方がいいでしょ。

 一発逆転劇とか、愉しいけど、見ててハラハラする。

 きっちり勝てるなら、その方がいい。

 

 そう思っていると、試合準備のブザーが鳴った。

 

「よ~し! お前ら、秋原の意地を見せたれ~! この壁を乗り越えて、強豪校の仲間入りじゃ~!」

 

 いつになく浮ついた雰囲気の水野部長が控室から出ていく。

 それについて、わたし達もついて行った。

 

◇

 

 試合場について、洛陽の面々と向かい合う。

 ずらりと並ぶ五名の選手。その中央には、穏やかな表情の女性がいた。

 

 ……なんだか、『不動明王』ってより菩薩様ってかんじ。

 こんな『国異』なんかより、茶道部とかの方が似合いそうな、落ちついた女性。

 でも、この人が、現三年五指の一人――

 

「久しぶりですね。水野さん」

 

「お~。吉兆。相変わらず年増じゃん」

 

「ふふ、無礼なところも相変わらずですね。同じ三年五指の仲間じゃありませんか?」

 

「はっ」

 

 水野部長は、吉兆さんの言葉を鼻で笑った。

 一緒にして貰っては困ると。自分は三年五指を越えて、かの『白夜の聖剣』に挑むものだと、全身から言っていた。

 

「門番気取りもほどほどにしろよ~? こっちはちょいと気が短いんでなぁ。あんまり開けてくれないなら、蹴破ったるからよ~」

 

「まあこわい。それでは、ちゃんと鍵を掛けておかなければ」

 

 と、ふふふと微笑む吉兆さん。

 ……なにはともあれ、試合開始前の挨拶はこれで終わったみたいだ。

 

 なんか水野部長は、めちゃくちゃ喧嘩腰だったけど。

 いつものことか。

 

◇

 

 今回のフィールドは――『寺』。

 でも、そこらへんにあるような普通のお寺じゃない。

 

 大きな赤い門があって、凄く高い崖沿いに舞台がある。あとは三重塔とか、五重の塔とかも乱立してて――なんか、こう……清水寺を中心に、有名なお寺をキメラしたみたいな、凄いフィールドだった。

 罰当たりとかにならないのかなって思ったけど、相手が『不動明王』を名乗っているのに、今更かと思い直す。

 

 それはそれとして問題は――

 

「あ~~…………なんでアイツらが上側で、あたしらが下側スタートなんだよ~!」

 

 水野部長が叫んでいる。そのとおり。こっちは清水寺の下から始まる。

 向こうは清水寺の高台から。完全に不利だ。

 

「……ていうか、まずフィールドが向こう有利っすね」

 

 山名先輩がぼやく。たしかに。仏様相手にお寺だなんて、出来過ぎてる気がする。

 

「フィールドはランダムのはずなんよ~……でも、これは何だアイツ。あの顔して運営と寝たか?」

 

「生臭か」とかすごくアレなことを仰る。でも、今更言ったってフィールドは変わらない。

 

「……まあいい。寺なんて焼いてなんぼだ! 焼き討ちするぞ戸枝ちゃん!」

 

「そういう問題でしょうか……」

 

 などと言いつつも、戸枝さんは試合用の模擬剣を構えた。

 わたしも、一緒に模擬剣を構える。

 

 それとほぼ同時に、試合開始のブザーが鳴る。

 

「よ~し、まずは全員総がかりで『妖刀』と『髭切』を墜と――『抜槍。トリアンナ』!」

 

 咄嗟に先輩が槍を抜いた。――いや、槍じゃない。

 大きな水の膜を作って、わたし達を包み込んだ。

 

 そこに大量に降り注ぐ炎の矢。

 件の『炎弓』――『ガーンディーヴァ』だ……!

 

 舞台の上から、しっかりとわたし達を見つめて、撃ち下ろしてくる。

 この前の山名先輩みたいな綺麗さはないけれど、その連射速度は目を見張るものがある。

 

「あっぶねえ~! あたしが『かなり好調』じゃなかったらもう墜ちてたぞ……!」

 

 水野部長が愚痴る。

 わたし達は水野部長の水壁で守られているが、あっという間に周囲が燃え上がる……!

 

「水野部長、私が『レーヴァティン』で――」

 

「いや、待った……! ええっと……! 戸枝ちゃんは今日何発撃てる?」

 

「え、ええ……三発でしょうか」

 

「じゃあそれをあいつ一人に使うのは勿体ない……あ~、どうするこれ~!!」

 

 どうしたことか。あの水野部長が、焦っている……?

 山名先輩の方を見ても、フルフルと首を横に振るだけだ。

 

 ……もしかして。

 いや、最初の作戦会議の時から違和感はあった。

 

 あったんだけど、言葉にしたくなかったんだけど……。

 

「もしかして……水野部長、緊張してますか……?」

 

「はあ? 緊張するに決まってんだろ~! だって、あたしたちは、準々決勝《ここ》を抜けた事がないんだぞ~!?」

 

 やっぱり。

 水野部長にしては、堅実な作戦を取ってたと思った。

 最初もそうだし、奇策と言ってた方も、なんか普通って思ったんだ。

 

 昨年のトラウマ。あるいはジンクス。ベスト八の呪いが、水野部長と山名先輩に振りかかっている。

 

 だから妙に消極的、変に堅実。ちゃんと『勝とう』とした結果、猶更深みにハマってる……!

 

 ……どうすればいいんだろう。いや、どうするもない。

 わたしは秋原の、水野部長の剣。ならば――

 

「――水野部長。わたしがあれを『斬って』きます」

 

「はい~……!?」

 

「水野部長はここで、目を引いておいてください。その隙にわたしが昇って斬ってきます」

 

「ちょっと、佐守ちゃん……!? 君一人じゃ無理だって! あいつ今はつるべ打ちしてるけど、一人出てきたらどうせ狙い撃ちになる……!」

 

「そうですわね。炎の中を歩く……というなら、私の力が必要ではないですか?」

 

 さらに戸枝さんまで、一緒に出てきてくれた。

 それに、水野部長はますます焦る。

 

「いや、ちょっと待った戸枝ちゃん、戸枝ちゃんには――」

 

「…………『不動明王』と戦わせて、その先に『至れ』、と言うのでしょう?」

 

「誰から聞いたんだよそれ…………ていうか、あたしは別に君が至らなくても闇討ちする気なの~!」

 

「…………それを聞いて安心しました。それでは、なおさら押し通ります」

 

「んじゃ、僕も行こうかな」

 

 影に隠れて闇討ちなら、得意分野だと望月さんも前に出る。

 

「望月~! お前、ここはヤバいだろ……! しかも相手は仏さんだぞ! 化生殺し連中だぞ!」

 

「ああ、所詮はセットに真似事でしょ。僕の闇はそんなに浅くはないですよ」

 

 望月さんは、何だかんだで唯一、単独で三年五指の一人、『戯曲の悪魔』を倒している。

 それ以来調子がいいのか、妙に色んなことがたくさんできるようになっている。

 ついてきてくれると嬉しい。

 

「はは。あおちゃんに嬉しいって言われると、ちょっと嬉しいなぁ」

 

 なんか変だけど。……ともかく!

 

「水野部長、山名先輩……! ここはわたし達が何とかしてきます!」

 

『終の熱剣』、『秋原のジョーカー』、『水野部長の剣』として。

 一年三人組で、この三年五指の連中を倒してくると断言した。

 すると、部長は、凄い難しい顔をして――

 

 それから、わたし達それぞれの体に、薄い水の膜を張ってくれた。

 

「それでちょっとは楽になる! 戸枝ちゃんには不要かもだけど、一旦それでいけ!」

 

「「「はい!」」」

 

 大きな声で返事をして、長い階段に向かう。

 水野先輩の水の幕、加えて望月さんの影に隠れながらも。

 

 焦る気持ちを深呼吸で落ち着けながら。狙うは『不動明王』及び洛陽面々。

 一年生三人で、三年五指の一人を墜としてやる……!

 

◇

 

 ――火だ。

 水野弥生と山名有為を中心に、多数の火が巻かれている。

 それは『ガーンディーヴァ』の火。清水の舞台から放たれる火矢が、大文字よろしく地表を埋める。

 

 もっとも水野弥生は水の化身。『海神の槍』である。

 その程度の火では抜けないと、同じ三年五指である『不動明王』吉兆華鈴は知っている。

 だからこそ――

 

「さて。炎は巻けましたか。木藤?」

 

 同学年。『ガーンディーヴァ』を操る少女、木藤洋子に問いかける。

 

「――うん、いい感じに焦熱地獄って感じ」

 

 答える声は気楽なものだった。何しろ彼女はただ火を巻いているだけだ。

 それだけ。狙えるものなら狙うが、今は別に狙って打っているわけではない。

 彼女の目的は『火を巻く事、それ自体』。

 それに、吉兆はくすりと笑う。舞台の奥にたたずむ彼女は、その場から一切動くことなく。

 

「地獄だなどと、恐ろしいことを」

 

 ふふっと笑みを浮かべながら。彼女は試合用の模擬剣を逆手に持つ。

 

「では、その毒を消さねばなりません」

 

 その切っ先を、寺の床に突き立てると――

 

「――『南無、不動明王。貪を焼き、瞋を断ち、癡を喰いて』」

 

 己の異名と同じ明王の名と、それが裁く罰を唄い――

 

「『三毒三蛇、その身、その炎、我が刃より這いずりたまえ』」

 

 燃え上がる模擬剣に、三つの炎の渦が浮かぶ。

 いや、それらは、ただしくは炎ではない。

 

――『蛇』だ。

 

「――『抜剣。クリカラ』」

 

 三年五指、最後の一人――その『異能』が解放された。

 

「さあ、三毒の蛇たち……その身をもって、彼女達の貪瞋痴を明らかにしなさい」

 

 『炎の蛇』が這いずり、寺の床に潜っていく。

 消えたわけではない。

 

 その蛇たちは先の『ガーンディーヴァ』が巻いた炎に混ざり、そこから一気に水野と山名に襲い掛かった。

 

 まずは秋原側から一つのブザー。

 一昨日の戦いで、『国異』にそぐわぬ矜持を見せた山名が堕ちた。

 水野は試合用の模擬剣を持って、三毒の蛇としっかりとやりあっている。

 水は壁を作るために必要なので、槍を顕現させることはできない。

 だというのに、水野弥生は一人、模擬剣を、しかも倒れた山名の分も持ち、二刀流で戦っている。

 

「はあ、そんな特技があるとは、流石に知りませんでした」

 

 さすがは同じ三年五指。中でも底知れぬことで有名な水野弥生。

 長物の類を修めていることは知っていたが、よもや刀の使い方まで――それも、二刀流まで修めているとは、吉兆すらも知らなかった。

 

「――しかも、隙あらば詠唱するつもりですね?」

 

 今日の水野の調子が幾許かは、吉兆すらも計り知れない。

 とはいえ相手は水野弥生だ。少しでも手を緩めれば、そこから這い上がってくる。

 

 それをよく知っているからこそ――

 

「あなたは、ちゃんとここで落とします。三年五指が一人として――」

 

 『不動明王』吉兆華鈴には、一切の慈悲はない。

 

◇

 

(お~い、まだ聞こえるか一年共~!)

 

 階段を三人で駆け上がっていると、急に水野部長からの念話が届いた。

 ということは、さっきのブザーは山名先輩のものだろうか?

 この状況で狙撃手が堕ちたのは痛い気がするけど――そんなことを考えていると、水野部長はさらに凄いことを言う。

 

(多分だけど、そろそろあたしは堕ちる! だから、早めに望月の眷属になっとけ!)

 

(え!?)

 

(これがマジだ。あいつ、あたしを狙い撃ちしてる――ああ、くっそ!)

 

(あいつというのは、吉兆さんのことですの? しかし――)

 

(そうだよ、あいつの『異能』だ!)

 

 そう。吉兆さんは動かないって聞いた。

 実際、まだ階段では誰も出くわしていない。相手側で見たのは、例の『ガーンディーヴァ』だけだ。

 だというのに水野部長は、その吉兆さんに襲われていると明言した。

 

(もうこうなったらしゃあない……! 戸枝ちゃん!)

 

(はい)

 

(今日は、君が鍵だ! あと、佐守ちゃん)

 

(え、あ、はい…………?)

 

 急に名前を呼ばれてびっくりした。

 完全に今は戸枝さんのターンかと――

 

(…………先に、謝っとく。ごめん)

 

(…………え?)

 

 どういうこと? と首を傾げていると、ふいに念話が切れた。

 それと同時に、秋原側のブザーが鳴った。

 

「…………っ! 望月さん!」

 

「はいはいはいはい! やりますよ!」

 

 彼女の影に、模擬剣の切っ先で指を斬って血を落とす。

 

(よし、これでつながった! あ~、まさか先輩全滅マジかよ!?)

 

 それだけじゃないよ。こっちは二人墜ちたのに、まだ向こうは五人残ってる。

 これは……結構まずい状況なのでは?

 

(仕方がありません……とにかく、行きましょう)

 

 まだこちらの階段は炎に巻かれていない。

 でも、多分気づいている。

 わたし達が昇ろうとしていることは絶対に気づいている。

 

 だから――

 

「――『ムラマサ』」

 

「――――っ!」

 

 なんの気配も殺気も直前までなかったのに、目の前に唐突に現れた刀に、わたしは弾かれた。

 

「佐守さん!」

 

「あおちゃん!?」

 

 いつからそこに立っていたのか。

 何処で待ち構えていたのか。

 それすらも分からない相手が、目の前にいた――!

 

「――なんだ。墜とせなかったか。お前じゃ大したことないのかな」

 

 妖い気配を漂わせる刀を片手で握る女性が、階段の門番のように立っている。

 今のは、ムラマサ……って言ってた。しかも詠唱破棄。

 

 いや、詠唱が必要ないのか? だって、確かこの人の能力は――

 

「――じゃあ、そっちの燃えてる方を獲物にしよう」

 

 刀の切っ先を戸枝さんに向けた途端、彼女の魔力が一気に上昇する。

 ――格上殺し。土地の魔力を吸い上げて、相手よりも絶対に上になる『異能』。

 

 ならば、わざわざ自力を上げる詠唱は不要。対象さえ選べば、勝手に力を得られるから。

 

「ああ、あんたが『ムラマサ』かぁ」

 

 でも、その戸枝さんを守るように立つのは、望月さん。

 その瞬間、急に『ムラマサ』の魔力が落ちていく。

 望月さんと同様――いや、或いはそれ以下にまで――

 

「…………吸ってるな?」

 

「ああ、正解」

 

 答えながら、望月さんは胸元に下げていた懐中時計を――あの『戯曲の悪魔』から受け継いだ触媒を取り出す。

 

「――『着憑。デア・ナハト』」

 

 詠唱破棄しての『異能』の顕現。望月さんの持っていた懐中時計が漆黒の杭に代わる。

 それと同時に、周囲にドレインの黒影が広がる。

 触媒に宿る想いなのか、それとも望月さんの力量が上がったからなのか。

 詠唱を破棄しても尚、その漆黒はあまりにも汚らわしく、この仏閣を汚していく。

 その姿を見て向こうの『ムラマサ』を操る二年生、村田さんは、顔をしかめていた。

 

「…………吸血鬼が、寺に上んなよ」

 

「妖刀に言われたくないなあ」

 

 ケタケタと笑いながら、神聖な地を土足で蹂躙する吸血鬼。不道徳だがこんな時にはありがたい。

 

「こいつは僕が相手をする。あおちゃんと戸枝さんは上に行って」

 

 コクリと頷いて、走り出す。当然、村田さんは反応してくる。

 

「行かせると思うか?」

 

 でも、そんなの気にする猶予も、そもそも必要もない。

 

「やらせると思うかい?」

 

 だって、わたし達の吸血鬼は、対化生には百戦錬磨。

 それに相手は『格上殺し』だけど、望月さんは『永遠の半端者』。

 『ちょっとした半端者のルサンチマン』なんて、今の望月さんに届くはずもない。

 雑に押し付けられるような杭を、刀で弾く村田さん。

 

「っ――面倒くせぇ相手だな……!」

 

「こっちこそ。もう無限地獄はこりごりだ。ああでもいいか。僕は弱いけど、『負けない』からね」

 

 背後で巻き起こる剣戟の音。それを背に聞きながら、わたしと戸枝さんは昇っていった。

 

 

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