わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで   作:遠野静

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第26話 準々決勝と、罪科の日(中編)

 戸枝さんと二人で清水の舞台の上に躍り出る。最初に見えたのは、例の『ガーンディーヴァ』、炎の矢を撃つ射手だ。

 

「こっちに来たか!」

 

 狙いがこちらに向かう。炎の矢が次々と降り注ぐ。

 だけど、その狙いは全然美しくない。とにかく慌てて射ってる感じ。

 

「――“払え”!」

 

 魔力を込めた横薙ぎで、全部一気に弾き飛ばした。

 彼女が振るう炎の矢は、“薙ぐ”必要もなく、それだけであっという間に飛び散った。

 

 清水の舞台が炎で燃える。だけどそんなこと気にせずわたしは一直線に炎の射手に向かう。

 

「ちっ、面倒だな一年生」

 

 彼女の狙いがわたしへと、明確に定まった。山名先輩程美しくはないけれど、連射する弓矢の精度は確かに避けがたい。この量では一々“薙ぐ”のも無理だ。

 ――でも、隙間は確かにある。

 

 ならば――

 

「――『大蛇さん』」

 

『うん』

 

 声をかける。この炎の壁を、破壊する手段はある?

 

『あるとも』

 

 炎の中に幻視する首、ついには六本。

 

『炎の壁』『確かに恐ろしい』『こうも阻まれては無理矢理も不可能だ』

『しかし、どんな壁でも隙間はある』『そして己は水の化身、ならば――』

 

『――“浸せ”』

 

 ――見えた。

 このどうしようもない炎の雨の中で、確かに彼女へと通じる一本の道が。

 

 わたしは炎の矢の間をすり抜けて、あの望月さんの杭のように――

 一気に相手を突き穿った。

 

「ぐっ――」

 

 という声と共に『ガーンディーヴァ』は模擬剣に突かれて、そのまま舞台から落下する。

 清水の舞台から飛び降りる覚悟は……彼女にはあったのかな。知らないけれど。

 

 それで、やっと洛陽側から一つ、脱落のブザーが鳴った。

 

 残りは四人。一人は望月さんが相手している『ムラマサ』の人。

 そして――

 

「お見事です。派手な舞台を見せていただきました」

 

 奥に立っている『三年五指』、『不動明王』吉兆華鈴。

 その傍らに立っているのは……たしか『ヴァーユ』とかいう風使いの『風神』。

 それから『シシノコ』――化生殺しの『髭切』使い。

 

 状況はまだ三対四。

 望月さんが負けるとは思わないけど、少なくとも一年二人――わたしと戸枝さんで、この上級生三人を相手にしないといけない。

 

 状況はこちらが不利で、あちらが有利だ。

 だからだろう、『三年五指』の人は、剣を地面に突き刺したまま動かない。

 

「佐守さん、私の傍から離れないでくださいな」

 

 燃え盛る清水の舞台。今は『海神の加護』もない。

 そうなると、炎は危ない。『終の熱剣』の加護がなければ、到底息もできないくらい。

 

「――なるほど、そちらが『終の熱剣』」

 

 くすりと笑みを浮かべる『不動明王』。

 

「……『不動明王』の名を冠する割には、随分と優しい顔なのですね」

 

 戸枝さんの言葉。意味はよく分からなかったけど、確かにわたしが覚えている不動明王さんの仏像は、もっと怖い顔をしてた気がする。

 

 けれどもそんな言葉にも、吉兆さんは微笑みながら告げる。

 

「ええ。だって怒っても仕方がありません。『終の熱剣』は確かにすさまじい。でも『三年五指』には、まだ届かない」

 

 ふふふと笑う吉兆さん。その顔は、優しかった。

 優しかったけれど……なんだか、いやだ。

 

 あの目黒次美の勝者の余裕とも、少し違う。

 なにか、あの笑みは根本的に、他の三年五指の余裕の笑みとかとは違う気がする。

 それを戸枝さんも感じているのか、彼女は剣を上段に構える。

 

「――『白夜の聖剣』には、貴方から『剣異合一』の極みを教われと聞かされましたが」

 

 ごうと、炎が熱剣を覆う。

 

「貴方から学ぶことは、ひとつもないようですね。今、この場にて『終わらせます』」

 

 怒っている。あの『終の熱剣』が。

 なぜか、この吉兆華鈴に酷く怒っている。

 

「ダメですよ。そんな、貪瞋痴に塗れた顔をしては」

 

 にこりと笑みを浮かべながら、それでも『不動明王』は地面に刺したままの剣を手放さない。

 ……いったい何をしているんだろう? あの構えでは、『異能』だって発揮できないはず。

 

「――できますよ。だって『ここにはこんなに炎がある』。それこそ『あなたの剣』にも」

 

 …………はい?

 と思った途端、急に戸枝さんの炎が『揺らいだ』。

 

「な…………っ!?」

 

「――さあ、三毒の蛇よ。彼女たちの煩悩を暴きなさい」

 

「…………っ」

 

 咄嗟に戸枝さんは熱剣に宿る炎を消した。だけど、周りには『ガーンディーヴァ』のばら撒いた炎がある。

 そこから炎の体をした蛇が、三匹一気に、わたしに襲い掛かって――

 

「佐守さん――!」

 

「う、ぐううう……!?」

 

 燃え上がる。燃やされる――熱い。

 痛い。

 戸枝さんの『熱剣』よりも、どうしてだかこれは『痛い』。

 

 だってこの炎は彼女の誇りの焔ではない。

 

 この炎をわたしは知っている。

 

 これはわたし自身を燃やす炎。

 

 ――わたしが忘れたい罪の痛み。

 

「あ、あああ…………!」

 

 痛い、痛い、痛い……!

 ずっと直視したくなかったものを、無理矢理に直視させられている。

 ――それが彼女の、『クリカラ』の『異能』の一つ。

 三毒を露わにし、それを断つ仏の刃。

 

◇

 

 ――斬った。

 斬った。

 斬った。斬った。斬った。斬った。斬った。

 

 ただ、動くものを反射で斬る。目の前をちらつく者にただ牙を突き立てる。

 

 …………それは、もう蛇と同じ。

 そこに必要も不要もなく、そこには善も悪もなく、そこに何ら区別もない。

 もちろん、誇りなんてものもない。

 

 わたしを害するものは斬る。

 わたしの邪魔をするものは斬る。

 わたしが癪に障るものは斬る。

 

 それはただの加害。ただの暴力。……ただの、加虐。

 

「―――あは」

 

 なのにさ、笑っちゃうよね、笑ってたんだよ、わたし。

 わ(・)た(・)し(・)は(・)そ(・)の(・)暴(・)力(・)を(・)、(・)楽(・)し(・)ん(・)で(・)い(・)た(・)ん(・)だ(・)。

 

 邪魔だてするなら斬る。

 邪魔だてしなくても斬る。

 

 ただ、わたしはあの村が気に入らなかった。

 ただむしゃくしゃしているところに剣があった。

 だから、斬らせてもらう。

 あまりにも分かりやすい加害の理由。

 

 ……彼女のことを笑えない。わたしの内に潜むのは、結局のところ、抜き身の刃。

 決められた『運命』なんて、斬り捨ててやる剣の化身。

 ……だから、だからさ。

 

 本当は、わたしは罪人なんだ。

 あなたに隣り合うような、そんな資格がある人じゃないんだ。

 あんな綺麗な服は似合わない。ただの化生。ただの化物――ただの大蛇の化身ならば。

 

 ならば、すべてを洗い流そう。濁流の化身として、敵も味方も、なにもかも――

 

◇

 

「――――佐守さん!」

 

「え…………?」

 

 どすっていう、鈍い音。

 なんか……いつかの初戦の最後を思い出す。どうすればいいか分からずに、適当に戸枝さんのみぞおちを突いた時みたいな。

 でも、その時よりもっと重い。もっと深い。……もっと、殺意が高い。

 

「え、あ」

 

 気づいたら。

 わたしの剣は

 

 わたしの刃は

 

 わたしの誇りの焔(とえださん)に、その牙を突き立てていて――

 

「あ……う……い、や……!」

 

 違う。

 これは違う。

 わたしじゃない。わたしのせいだ。

 わたしはこんなことしたくなかった。そう、わたしに意図はなかった。

 ただの剣。そこに意思はない。意志はないから、たった一人の『友だち』だって、こんな簡単に傷つけてしまう。

 

「ちが、ごめ、あ……」

 

「佐守さん」

 

 ぎゅって、わたしの頭を抱き寄せる戸枝さん。

 お腹に剣が刺さったままなのに。彼女はまだ、その立ち振る舞いを崩さない。

 ……まだ、わたしを守ってくれている。

 

「大丈夫、大丈夫だから…………」

 

 そんなことを、言ってくれる。

 全然、大丈夫じゃないのに。だってこんなに深く傷つけてしまったのに。

 

 なんで、どうして。どうしてこの人は、こんな――

 

「『友だち』だから、ではいけませんか?」

 

 なんて、笑ってくれるんだろう――

 

 

「――『抜剣。シシノコ』」

 

 

 そんな空気の読めない言葉がどこかから飛んでくる。

 わたしと戸枝さんの背後から迫るのは、洛陽の二年生、渡辺舞。

 その手に握るのは化生を討つ刀、『髭切』。きっと、今のわたしには特効の刃が、無慈悲にも振り下ろされる。

 

「――半端者がさ、邪魔をするなよ」

 

 なのに、その間に漆黒の壁ができる。

 望月さんの影が、わたしと戸枝さんを守ってくれる。

 彼女だって吸血鬼、つまりは討たれるべき化生側なのに、その影は『シシノコ』の剣をしっかりと防いでいる。

 

「脇役が邪魔をするな。今はあおちゃんと戸枝さんの舞台だ」

 

 望月さんの声は、凄く怒っていた。

 いつもみたいにのらりくらりとした感じじゃない。『半端者なりの矜持』が、漆黒に燃えている。

 

「それはお前もだ、吸血鬼」

 

 ――だけど、やっぱり討伐される側。

 吸血鬼の闇は、『髭切』に一刀両断される。

 だけど望月さんはそっちを見ていない。ただ、わたしと戸枝さんの方に顔を向けている。

 

「ああ。えっと、『ムラマサ』の方は倒してきた。だから残りはこいつらだけ」

 

 そんな、当たり前の状況報告みたいなことを言いながら、いつもみたいにへらへら笑って。

 

「そいであおちゃんは任せて。離したくないなら別だけど」

 

「――いいえ、頼みます」

 

 とんと、わたしの体から『熱剣』の体が離れる。あの温もりが離れていく。

 かわりに、暗い夜がわたしを包む。いやなことから目隠しするみたいに。

 

「大丈夫だよ、あおちゃん。……あとは頼んだ、秋原代表」

 

 ふわりと、体が宙を舞う。

 多分、清水の舞台から飛び降りた。

 落ちていく体、重力の無い自由落下。

 平衡感覚を見失う。状況の把握を見失う。感情の行き場を見失う。

 ――心の所在を、見失う。

 

◇

 

 ――続けて二連続。

 秋原側から、脱落のブザーが鳴る。

 『シシノコ』に両断された望月と、それから佐守あおの分。

 その前、佐守が錯乱している間にも、一度ブザーが洛陽側から鳴っていた。

 

 それは恐らく、望月の倒した『妖刀』の分だろう。

 

 ……ともあれ、相手は三人。

 そしてこちらは――戸枝小春。一年生が一人。

 

 敵は『不動明王』吉兆華鈴。三年生。

 その側近、『風神』こと光原風音。三年生。

 そして化生殺しの『髭切』渡辺舞。二年生。

 

 なるほど、そこらの一年生であればもう降参しても良い盤面だ。

 しかしこちらは『終の熱剣』戸枝小春。かの『白夜の聖剣』とも同等と呼ばれた規格外。

 

 まして相手はこの程度。これに負けるようならば、自分はいつまでも至れない。

 

「は――」

 

 笑ってしまう。結局、水野部長の思い通りになったわけだ。

 あの人がどこまで絵を描いていたかはしらないが、少なくとも吉兆の『異能』の能力を、彼女が知らないはずもない。

 

 そして、佐守あおのトラウマを、彼女が知らないはずもない。

 ……さすがに、ここまでのものを抱えていたとは思っていなかっただろうが、少なくとも『無能』だった彼女は、学園でも、学年でも、『悪い意味で』有名だった。

 それを、その時に彼女が味わっていた所業を、今の水野弥生が知らないはずもない。

 

 ――だから、こうなる。

 吉兆の『異能』で忘れたいトラウマを抉り出され、暴走した佐守あお。

 もしかしたらそのまま吉兆にぶつけるつもりだったのかもしれないと思うと、ますます苛立つ。

 

 だから自分が止めたのは、決して間違いではない。

 お腹に大きな怪我を負った。

 負傷は、無視できるものではない。

 今は多少のやせ我慢をして耐えている。

 やせ我慢をしてでも、この女だけは『終わらせる』と決めた。

 

「降参は――しないのですか?」

 

「誰が」

 

 どうして。

 何のために。

 

「見ての通り、こちらは三人。対する貴方はただ一人。勝てる道理はありません」

 

 戸枝は思わず笑ってしまう。数の有利だけで勝負を覆せるなら、あの『白夜の聖剣』が無敗であり続けられるわけがない。

 

「それは仕方がありません。アレは『白夜の聖剣』。規格外の最強。元より数えるべきではない」

 

 そう、『不動明王』は微笑む。

 

「ですが、貴方は違う。『終の熱剣』と噂されてもただの一年生。この『三年五指』が一人に、敵うはずも――」

 

「――随分、その名に拘るんですのね。『三年五指』」

 

 答えは端的に。

 かの『白夜の聖剣』と同じように、ただ『端的に、事実だけを斬って捨てる』。

 だというのに、ソレは戸枝の言葉の意図に気づかない。不動の王は、動かぬまま。

 いつのまにやら耄碌している。

 いいだろう、ならばハッキリと聞こえるまで言ってやろう。

 

「『三年五指』。目黒さんと『白夜の聖剣』を抜かした、現三年生の最強」

 

 数える側である目黒はともかく。

 『白夜の聖剣』は、『三年五指』に入らない。それは五本の指を折った先の、拳一つ。

 

「だからこれまでの三年五指と呼ばれている方は、自分からはそうは名乗らなかった」

 

 だって、心外だから。だって癪に障るから。

 『白夜の聖剣』の首を取るのは己だとみんながみんな思っているから。

 『三年五指程度で、十把一絡げに纏められてたまるか』と、みんながみんな思っている。

 

 ――この女以外は。

 

「挑むことも諦めて、番人気取り(弱いものイジメ)は愉しいですか。『三年五指』の吉兆さん」

 

「…………はあ」

 

 嘆息、小さく。吉兆華鈴は、目の前の小娘に失望していた。

 まったくもって分かっていない。アレは、『白夜の聖剣』は挑めるものではない。

 空から降ってきた怪獣に、ただの人如きが敵うはずがない。

 

 故に『三年五指』は自分にとって最高の誉め言葉だ。

 それは『人外を抜かせば最強の一角』だと、認められたことだから。

 

「戯れも大概にしましょうか。……光原。渡辺。彼女を――」

 

「――『抜剣。レーヴァティン』」

 

 静かな一言。詠唱もない。雑に、真横に剣を振るっただけ。

 ただそれだけで――『ガーンディーヴァ』が巻き散らかした炎が、戸枝の『焔の斬撃』に変化する。

 主導権を奪われた焔が、一瞬にして光原三年と渡辺二年を斬り飛ばした。

 

 脱落のブザーが、二回鳴る。それを見ていた吉兆は、思わず目を見張る。

 しかし、当の戸枝はまだ悩ましげに呟いている。

 

「なるほど。要領は掴めました。……別段『自分の出した炎』である必要はない」

 

 『剣異合一』。剣術と『異能』の真なる統合。

 その極みにまた一歩近づいた。

 

「ですが――まだ足りない。何かが足りません。なので、あなたを『終わらせ』、奪います」

 

「…………一年生がよくもまあ、大きな口を叩くものです」

 

「あら。あの『白夜の聖剣』だって一年の頃から無敗で有名でしたよ」

 

 一年の頃から、逸見明音は『白夜の聖剣』。白夜高校の代表選手だった。

 そう。ならば――

 

「――私は私立秋原学園を代表し、貴方達の伝説を『終わらせる者』」

 

 『三年五指』? 『征服者』? 『白夜の聖剣』?

 それがどうした。『終わりの炎』は、その程度で臆するような臆病者では断じてない。ましてや――

 

「――『友だち』を傷つけられて、私が黙っていると思いましたか?」

 

 ただ一人の友人として。……あの子は面倒な娘ではあるけれど。

 

 ……というか、まあまあ『地雷』ではあるけれど。

 佐守あおも、水野部長の思惑も、そして私立秋原女学園の期待も全てを背負い。

 焔に燃える剣を上段に構えながら、彼女――『終の熱剣』は――否――

 

「――私は『秋(・)原(・)の(・)熱(・)剣(・)』戸枝小春。秋原を勝利へと導く者。邪魔立てするならば、この剣にて『終わらせます』」

 

 ――ここに、『新しい剣』が生まれる。

 

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