わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで   作:遠野静

32 / 86
第27話 準々決勝と、罪科の日(後編)

 『三年五指』、『不動明王』吉兆華鈴はその姿を見ていた。

 炎を剣に――否、もはや全身にまとう戸枝小春の姿を。

 

「なるほど」

 

 燃え上がる業火は、確かにすさまじい。『ガーンディーヴァ』の炎では届かない。

 どころか、この『三年五指』に勝るとも劣らない火力。

 

「では、お相手致しましょう」

 

 地に刺していた剣を抜く。その異能の名は『クリカラ』

 倶利伽羅剣。彼女と同じく炎の剣。その刃には三毒の炎で出来た蛇が巻き付いている。

 

 ――まるで、鏡映し。大蛇の化身を友とする、炎の剣と。

 

 けれど、それを振るってきた年月が違う。

 『白夜の聖剣』に諦めてきた日々が違う。

 だからこそ、彼女は思う。『秋原の熱剣』も、ついでに『鶴久の絶剣』も笑わせる。

 

「――『南無、不動明王。貪を焼き、瞋を断ち、癡を喰いて』」

 

 あの『規格外の最強』は、そんなものでは断じてない。

 自分達では決して敵わない怪物、最強。埒外の化物。

 

「『三毒三蛇、その身、その炎、我が刃より這いずりたまえ』」

 

 そうだ、そもそも挑むこと自体が間違いなのだ。

 そんな煩悩は断ち切らないと。

 ――そ(・)う(・)と(・)も(・)思(・)っ(・)て(・)い(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)、(・)私(・)は(・)私(・)を(・)保(・)て(・)な(・)い(・)。

 

「――『抜剣。クリカラ』」

 

 遠間から刃を振るう。

 三つ首の蛇の炎が戸枝小春を襲う。

 

「は」

 

 しかしその程度。同じく炎の魔剣使い。避ける必要もないと、彼女はその身に受ける。

 けれど、それは間違いだ。吉兆の炎はただの炎に非ず。

 

 相手の三毒。貪瞋痴を抉りだす蛇ならば――

 

「ぐ――」

 

 誰もが抱く煩悩。渇望、怒り、そして愚挙。

 それら、内心にあるトラウマを、無理矢理に引きずり出す。

 

「苦しいでしょう。ならばその煩悩、断ち切って差し上げます」

 

 続けての言葉と共に、片手で振り下ろされる刃。

 次いで、こちらが本命である。そうして抉り出した罪科を断つ。

 その威力、その火力は、相手が礼節を知らぬ化生程よく効いて――

 

「は――」

 

「――――!?」

 

 しかしその剣は、受け止められた。

 戸枝小春の握るただの試合用の模擬剣に。加えて斬り返しからの横薙ぎに、これまで静かに歩いていた『不動明王』は初めて真面目な回避行動をとる。

 

「なん……貴方――!」

 

「なるほど……よく出来た『異能』です。ふむ……」

 

 自分の剣が効かず、動揺する吉兆に、しかし戸枝はもはやこちらを見てすらいなかった。

 なぜか自分の模擬剣を見つめながら、何やらぼやいている。

 その姿はどこかあの、本気とも冗談ともつかない、『白夜の聖剣』とも重なって見える。

 

「貴方は、己に罪がないとでも言うのですか……!」

 

「……いいえ、そこまで綺麗なままで生きてきたつもりはありません。それは『白夜の聖剣』さんも、恐らくは同じでしょう」

 

 ただ――と彼女は言葉を付け加えて。

 

「私は、私の犯した罪ならば、ちゃんと背負う。そう決めています。貴方の慈悲は要りません」

 

「むしろありがた迷惑です」とまで付け加えて、再び模擬剣を上段に構える戸枝。

 灼熱に燃える剣先は、赤を越えて白く発光している。

 

「……そんなことより、そろそろ真面目にやってくださいません? これでは『三年五指』も名前負けですよ」

 

「……ふざけるなよ、下郎」

 

 吉兆の顔が怒りに変わる。それを見て戸枝は、やっと『不動明王』らしくなってきたと思った。

 とはいえ、そんなものはどうでもいい。今彼女が考えているのは、自分の『異能』と剣の合一。

 

 あの吉兆は確かに『剣異合一』に限りなく近い。

 だからこそ――あの『白夜の聖剣』の言葉に賛同するのも癪ではあるが、彼女から奪えるものは確実にある。

 

「尋常に“勝負”と参りましょう。吉兆さん。その炎、『秋原の熱剣』が『終わらせます』」

 

「黙れ小童。貴様にくれてやるものなどない――!」

 

 クリカラを地面に突き刺す吉兆。それと同時に『炎弓』のばら撒いた清水の舞台の業火は更に燃え上がる。

 やはりあの剣は自分が生んだ炎以外でも自由に操れる。たとえばこのように――

 

「はあ――!」

 

 同じように模擬剣を地面に突き刺す戸枝。合わせて戸枝の周囲、『炎弓』が生み出したはずの炎が、戸枝を守る壁となった。

 この炎の主導権は、戸枝にある。あちらにできることだ、こちらにできぬ道理もない。

 

「断ち切るぞ、小娘――」

 

 その業火の壁を突き破り、吉兆華鈴が突き進んできた。

 荒れ狂う炎を全身にまといながら、大振りで剣を振り下ろす。

 

「ふっ……!」

 

 剛剣だ。片手では足りぬと両手で刃を支えて受け止める。

 だが、怒りに燃える刃はそれでも尚止まらない。

 

「唸れ三毒の蛇――!!」

 

 燃える火剣から、さらに三叉に分かれた炎の蛇が戸枝を襲う。これは後方に飛んで避ける。

 先程は受けとめたが、あれはまあ、やせ我慢だ。あまり自分の罪など見たくはない。

 

「まだ、掌の上だ」

 

 だが、そんな彼女の後方から、唐突に炎の蛇が出現した。

 それは、燃え盛る清水の舞台、その炎から。

 

「…………っ!」

 

 つまり彼女の『異能』は、炎があればどこからでも出現できる。

 それがかの利剣、クリカラである。

 

 不動明王の怒りから、逃げられる者など存在しない。

 

「そういう『異能』。いえ、『異能』の使い方」

 

 だというのに、かの戸枝小春は……。

 一年生でありながら、『白夜の聖剣』に勝るとも劣らない、などと、調子に乗った若造は。

 まるでその『白夜の聖剣』と同じような冷静さで、本気とも冗談とも思えないことを言う。

 

「そうなると、私の場合は……ふむ――」

 

 などと、吉兆の怒りも気にせずに、勝手になにやら解析して、理解して、納得している。

 癪に障る。あまりにも。その姿は間違いなく『白夜の聖剣』とよく似ている。

 

 ――あの不条理に、一年生が届こうとしている。

 

「ふざけるなよ、貴様はここで、私に負ける!」

 

 乱雑に剣を振るい、乱暴に『異能』を撒く。

 それでも尚、吉兆の剣はすさまじい。

 

 業火に燃える剣筋は、正しく剣を習った者の振るい方だ。それに『異能』もこの燃え盛る舞台であれば、どこからでも放つことができる。

 三毒の蛇は縦横無尽、清水寺をはいずり回る。

 

 ――まさに『三年五指』と呼ばれるに、相応しいだけの力量だろう。

 ただの一年生には届かない。敵うのは『白夜の聖剣』か、あるいは『鶴久の絶剣』か、あるいは――

 

「――『世界よ、終われ』」

 

 その剣戟を弾きながら、彼女は唄う。

 

「『私と共に、私以外の全てを焦せ』」

 

 件の『終わりの魔剣』が来る。そう気づいた吉兆は、咄嗟に舞台を退いた。

 

「『炎の剣』」

 

 そう、戸枝小春の剣は炎。しかし、ただの灼熱ならば同じく炎使いである吉兆は耐えられる。

 

「『主役の光』」

 

 傲慢にも、主役を唄いながら燃え盛る清水の舞台に剣を掲げる彼女は、確かに美しい。

 

 だが、この間合いならば問題ない。

 終わりの魔剣の真の力は、『対象に剣を当てた場合、即座に終わる』ということ。

 

「『大地を丸ごと焼き焦がし、私だけの春よこい』」

 

 地を焼く炎などその余波に過ぎない。

 つまりは『剣』の間合いからさえ離れれば、なんの問題も――

 

「――『抜剣。レーヴァティン』」

 

 次の瞬間――燃え盛る炎が、清水の舞台をすべて『終わらせた』。

 

「が…………はっ……!?」

 

 吉兆の顔が苦痛に歪む。『ただの炎』ならば耐えられるはずの『不動明王』が今『終わっていく』。

 彼女の、『三年五指』の舞台は丸ごと燃やされて、戸枝小春だけが目立つ清水の舞台に立っている。

 

「なに、が……!」

 

 分からない。

 最後の脱落のブザー――それが己、『洛陽』最後、続いて試合終了のブザーが鳴っても、彼女はまだ尚、何が起きたのか分からない。

 

「――つまり、『私の剣』とは『炎そのもの』です」

 

 その疑問に答えるように、試合用の模擬剣――否、『終わりの熱剣』を握る戸枝小春は答える。

 一発ごとに、超火力を出す代わりに、膨大な魔力を消費するはずの熱剣が、形を変えずに維持されている。周囲の炎を吸い上げながら、『炎の剣』は輝きを保っている。

 

「『剣を直接相手に当てれば終わり』、そうでなくても『一キロ燃やす余波の炎で大抵の敵は墜とせる』。そういう風に分けて考えること自体が、そもそも間違い」

 

 納得したように、戸枝小春は頷く。それは吉兆に対するものではない。

 自分の中で納得するためのもの。その眼はもはや、吉兆を見てもいない。

 

「『この身が繰る炎すべてが私の剣。ならば、私の炎に当たったものはみな終わる』」

 

 うんうんと頷きながら、彼女、戸枝小春はその『熱剣』を空に掲げる。

 

「――これが『秋原の熱剣』」

 

 ここにいないみんなに見せつけるように。

 脱落した皆に、そして配信を見ているかもしれない秋原の生徒たちにも。

 ……なにより、きっと今日の試合で落ち込んでしまっている『友だち』のためにも。

 

 燃える剣を振りはらう。

 それだけで清水の舞台の炎はすべて、彼女の剣に吸い取られる。

 

 後に残るは、舞台に一人立つ少女《主役の光》。今はまだ、その名はあまり知られていない。

 けれど来年、再来年には誰もが知るであろう。

 

 あの『白夜の聖剣』が『邪竜』『鉄腕』『神槍』を一人で墜とした、『伝説の決勝戦』と同じように。

 

 強豪洛陽の三名、『明王』『風神』『髭切』を、ただ一人で打ち倒した、新しい『伝説』。

 その名は――

 

「――これが、私です」

 

 『秋原の熱剣』――戸枝小春の名は、確かに会場中に知れ渡った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。