わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
『三年五指』、『不動明王』吉兆華鈴はその姿を見ていた。
炎を剣に――否、もはや全身にまとう戸枝小春の姿を。
「なるほど」
燃え上がる業火は、確かにすさまじい。『ガーンディーヴァ』の炎では届かない。
どころか、この『三年五指』に勝るとも劣らない火力。
「では、お相手致しましょう」
地に刺していた剣を抜く。その異能の名は『クリカラ』
倶利伽羅剣。彼女と同じく炎の剣。その刃には三毒の炎で出来た蛇が巻き付いている。
――まるで、鏡映し。大蛇の化身を友とする、炎の剣と。
けれど、それを振るってきた年月が違う。
『白夜の聖剣』に諦めてきた日々が違う。
だからこそ、彼女は思う。『秋原の熱剣』も、ついでに『鶴久の絶剣』も笑わせる。
「――『南無、不動明王。貪を焼き、瞋を断ち、癡を喰いて』」
あの『規格外の最強』は、そんなものでは断じてない。
自分達では決して敵わない怪物、最強。埒外の化物。
「『三毒三蛇、その身、その炎、我が刃より這いずりたまえ』」
そうだ、そもそも挑むこと自体が間違いなのだ。
そんな煩悩は断ち切らないと。
――
「――『抜剣。クリカラ』」
遠間から刃を振るう。
三つ首の蛇の炎が戸枝小春を襲う。
「は」
しかしその程度。同じく炎の魔剣使い。避ける必要もないと、彼女はその身に受ける。
けれど、それは間違いだ。吉兆の炎はただの炎に非ず。
相手の三毒。貪瞋痴を抉りだす蛇ならば――
「ぐ――」
誰もが抱く煩悩。渇望、怒り、そして愚挙。
それら、内心にあるトラウマを、無理矢理に引きずり出す。
「苦しいでしょう。ならばその煩悩、断ち切って差し上げます」
続けての言葉と共に、片手で振り下ろされる刃。
次いで、こちらが本命である。そうして抉り出した罪科を断つ。
その威力、その火力は、相手が礼節を知らぬ化生程よく効いて――
「は――」
「――――!?」
しかしその剣は、受け止められた。
戸枝小春の握るただの試合用の模擬剣に。加えて斬り返しからの横薙ぎに、これまで静かに歩いていた『不動明王』は初めて真面目な回避行動をとる。
「なん……貴方――!」
「なるほど……よく出来た『異能』です。ふむ……」
自分の剣が効かず、動揺する吉兆に、しかし戸枝はもはやこちらを見てすらいなかった。
なぜか自分の模擬剣を見つめながら、何やらぼやいている。
その姿はどこかあの、本気とも冗談ともつかない、『白夜の聖剣』とも重なって見える。
「貴方は、己に罪がないとでも言うのですか……!」
「……いいえ、そこまで綺麗なままで生きてきたつもりはありません。それは『白夜の聖剣』さんも、恐らくは同じでしょう」
ただ――と彼女は言葉を付け加えて。
「私は、私の犯した罪ならば、ちゃんと背負う。そう決めています。貴方の慈悲は要りません」
「むしろありがた迷惑です」とまで付け加えて、再び模擬剣を上段に構える戸枝。
灼熱に燃える剣先は、赤を越えて白く発光している。
「……そんなことより、そろそろ真面目にやってくださいません? これでは『三年五指』も名前負けですよ」
「……ふざけるなよ、下郎」
吉兆の顔が怒りに変わる。それを見て戸枝は、やっと『不動明王』らしくなってきたと思った。
とはいえ、そんなものはどうでもいい。今彼女が考えているのは、自分の『異能』と剣の合一。
あの吉兆は確かに『剣異合一』に限りなく近い。
だからこそ――あの『白夜の聖剣』の言葉に賛同するのも癪ではあるが、彼女から奪えるものは確実にある。
「尋常に“勝負”と参りましょう。吉兆さん。その炎、『秋原の熱剣』が『終わらせます』」
「黙れ小童。貴様にくれてやるものなどない――!」
クリカラを地面に突き刺す吉兆。それと同時に『炎弓』のばら撒いた清水の舞台の業火は更に燃え上がる。
やはりあの剣は自分が生んだ炎以外でも自由に操れる。たとえばこのように――
「はあ――!」
同じように模擬剣を地面に突き刺す戸枝。合わせて戸枝の周囲、『炎弓』が生み出したはずの炎が、戸枝を守る壁となった。
この炎の主導権は、戸枝にある。あちらにできることだ、こちらにできぬ道理もない。
「断ち切るぞ、小娘――」
その業火の壁を突き破り、吉兆華鈴が突き進んできた。
荒れ狂う炎を全身にまといながら、大振りで剣を振り下ろす。
「ふっ……!」
剛剣だ。片手では足りぬと両手で刃を支えて受け止める。
だが、怒りに燃える刃はそれでも尚止まらない。
「唸れ三毒の蛇――!!」
燃える火剣から、さらに三叉に分かれた炎の蛇が戸枝を襲う。これは後方に飛んで避ける。
先程は受けとめたが、あれはまあ、やせ我慢だ。あまり自分の罪など見たくはない。
「まだ、掌の上だ」
だが、そんな彼女の後方から、唐突に炎の蛇が出現した。
それは、燃え盛る清水の舞台、その炎から。
「…………っ!」
つまり彼女の『異能』は、炎があればどこからでも出現できる。
それがかの利剣、クリカラである。
不動明王の怒りから、逃げられる者など存在しない。
「そういう『異能』。いえ、『異能』の使い方」
だというのに、かの戸枝小春は……。
一年生でありながら、『白夜の聖剣』に勝るとも劣らない、などと、調子に乗った若造は。
まるでその『白夜の聖剣』と同じような冷静さで、本気とも冗談とも思えないことを言う。
「そうなると、私の場合は……ふむ――」
などと、吉兆の怒りも気にせずに、勝手になにやら解析して、理解して、納得している。
癪に障る。あまりにも。その姿は間違いなく『白夜の聖剣』とよく似ている。
――あの不条理に、一年生が届こうとしている。
「ふざけるなよ、貴様はここで、私に負ける!」
乱雑に剣を振るい、乱暴に『異能』を撒く。
それでも尚、吉兆の剣はすさまじい。
業火に燃える剣筋は、正しく剣を習った者の振るい方だ。それに『異能』もこの燃え盛る舞台であれば、どこからでも放つことができる。
三毒の蛇は縦横無尽、清水寺をはいずり回る。
――まさに『三年五指』と呼ばれるに、相応しいだけの力量だろう。
ただの一年生には届かない。敵うのは『白夜の聖剣』か、あるいは『鶴久の絶剣』か、あるいは――
「――『世界よ、終われ』」
その剣戟を弾きながら、彼女は唄う。
「『私と共に、私以外の全てを焦せ』」
件の『終わりの魔剣』が来る。そう気づいた吉兆は、咄嗟に舞台を退いた。
「『炎の剣』」
そう、戸枝小春の剣は炎。しかし、ただの灼熱ならば同じく炎使いである吉兆は耐えられる。
「『主役の光』」
傲慢にも、主役を唄いながら燃え盛る清水の舞台に剣を掲げる彼女は、確かに美しい。
だが、この間合いならば問題ない。
終わりの魔剣の真の力は、『対象に剣を当てた場合、即座に終わる』ということ。
「『大地を丸ごと焼き焦がし、私だけの春よこい』」
地を焼く炎などその余波に過ぎない。
つまりは『剣』の間合いからさえ離れれば、なんの問題も――
「――『抜剣。レーヴァティン』」
次の瞬間――燃え盛る炎が、清水の舞台をすべて『終わらせた』。
「が…………はっ……!?」
吉兆の顔が苦痛に歪む。『ただの炎』ならば耐えられるはずの『不動明王』が今『終わっていく』。
彼女の、『三年五指』の舞台は丸ごと燃やされて、戸枝小春だけが目立つ清水の舞台に立っている。
「なに、が……!」
分からない。
最後の脱落のブザー――それが己、『洛陽』最後、続いて試合終了のブザーが鳴っても、彼女はまだ尚、何が起きたのか分からない。
「――つまり、『私の剣』とは『炎そのもの』です」
その疑問に答えるように、試合用の模擬剣――否、『終わりの熱剣』を握る戸枝小春は答える。
一発ごとに、超火力を出す代わりに、膨大な魔力を消費するはずの熱剣が、形を変えずに維持されている。周囲の炎を吸い上げながら、『炎の剣』は輝きを保っている。
「『剣を直接相手に当てれば終わり』、そうでなくても『一キロ燃やす余波の炎で大抵の敵は墜とせる』。そういう風に分けて考えること自体が、そもそも間違い」
納得したように、戸枝小春は頷く。それは吉兆に対するものではない。
自分の中で納得するためのもの。その眼はもはや、吉兆を見てもいない。
「『この身が繰る炎すべてが私の剣。ならば、私の炎に当たったものはみな終わる』」
うんうんと頷きながら、彼女、戸枝小春はその『熱剣』を空に掲げる。
「――これが『秋原の熱剣』」
ここにいないみんなに見せつけるように。
脱落した皆に、そして配信を見ているかもしれない秋原の生徒たちにも。
……なにより、きっと今日の試合で落ち込んでしまっている『友だち』のためにも。
燃える剣を振りはらう。
それだけで清水の舞台の炎はすべて、彼女の剣に吸い取られる。
後に残るは、舞台に一人立つ少女《主役の光》。今はまだ、その名はあまり知られていない。
けれど来年、再来年には誰もが知るであろう。
あの『白夜の聖剣』が『邪竜』『鉄腕』『神槍』を一人で墜とした、『伝説の決勝戦』と同じように。
強豪洛陽の三名、『明王』『風神』『髭切』を、ただ一人で打ち倒した、新しい『伝説』。
その名は――
「――これが、私です」
『秋原の熱剣』――戸枝小春の名は、確かに会場中に知れ渡った。