わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで   作:遠野静

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余談:「――気にすんな。聞き流せ」

「はあ……」

 

 それは夢の国での一時。

 わたしと望月さんが夏の暑さでダウンした後のこと。

 少し涼しい所で休んだおかげで、やっと少し落ち着いた。

 けれど、まだちょっと激しい動きは無理そう。

 

 普段から戦っておいて何を言ってるんだって感じだけど、今日は服だって普段と違うし、足元だってサンダルだし、あんまり派手には動けないから。

 あと、三半規管も強くないし。

 …………ていうか、怖いアトラクションは、怖いし。

 

「ん。じゃあ、あれだ。海賊にでもいこう。あれは、乗っているだけでも愉しいから」

 

 と、わたしたち一年生三人+寄藤さんの先導役となっていた逸見さんが言ったので、さっそくそこへと向かう。

 

 けれども、並びのせいで船に乗る順番が。

 わたしと逸見さん。寄藤さんと、望月さん。戸枝さんと、水野部長になってしまった。

 

 ……先頭なのは嬉しいけれど、戸枝さんと離れちゃった。

 あと、いつのまにか水野部長がいる…………。

 

「な~んか、面白そうだからついてきた。つ~か、目黒がおもんない」

 

 などと、酷いことを仰る。どうやら目黒さんと一緒に遊んでいたらしい。

 じゃあ、山名先輩は、須藤……さんと一緒なのかな?

 それから『鶴久の絶剣』こと、武光さんも山名先輩たちと一緒にいた。

 

 …………え、それって目黒さんぼっちでは?

 

「いいんだよ。あいつ普段からぼっちだから、友だちいないの慣れてる慣れてる」

 

 「だってあの性格だぜ?」と悪党は嗤う。本当に酷い。

 

 何はともあれ、船は動き出した。

 そうなってはもう、後には戻れない。映画…………はちゃんと見た事ないけど、なんだか見覚えのある海賊とかがワイワイやっている中を、船がゆっくりと進んでいく。

 

「はあ~…………」

 

「少しは、気持ちも楽になった?」

 

 思わず見惚れていると、隣から声。『白夜の聖剣』、逸見明音その人から。

 

「はい――」

 

 ゆったりと、揺れる水の上を走っていると、これまでの興奮は収まってきた。

 周りは騒がしいんだけど、あくまで周り。わたしに斬りかかるようなことはない、から。

 

 …………だから。

 余計なことを考えてしまいそうに、なる。

 

「君の……いや、秋原の三回戦だが」

 

 本当に唐突に。『白夜の聖剣』は、わたしの傷に斬りかかってきた。

 そういえばこの人、全ての試合を見ているんだった。

 当然、わたしのあの時の――あの六条さんとの戦いだって、見ている。

 

 逃げたいけれど、この船の上では逃げられない。

 

「あれは……うん、よくないね」

 

「…………はい」

 

 言われなくても、分かっている。

 わたしはちゃんとわたしの意志で、酷いことをした。

 でも、なぜか逸見さんはわたしに申し訳なさそうにぼやいた。

 

「申し訳ないことをした」

 

「…………?」

 

 どうして、逸見さんが謝るんだろう。

 あの試合の加害者はわたし、被害者は六条さん。

 逸見さんは、何も関係ない。

 

「いや、君に剣を教えたのは私だ。……たったの二週間だったけれど。私が教えた剣が、六条さんを傷つけた」

 

「それは――」

 

 それは、違うと思う。絶対に。責任の所在を間違えてはいけない。

 あの時の加虐は、全部わたしの責任で……。

 

「む。……いや、そうではないんだ。極論に逃げるな。君も悪いと思う。……だが、私も悪いと想う」

 

 どちらが悪いか。零か百かではなくて。

 ちゃんと、正しく持てるだけの責任をもてと『白夜の聖剣』は言う。

 

「私が水野から依頼されたのは『剣術』の指導だった。……『道』の指導ではない。それは水野が教えると思っていたし、ただ技術だけを教えればいいと思って、『剣を持つ者』の矜持を、教えなかった」

 

 だから技術だけ。剣だけが上手い赤ん坊が産まれてしまった。と、かの『聖剣』は語る。

 

「……君に教えるのは、私も愉しかった。だから間違えたんだ。小手先の技ばかり教えて、心構えを教えなかった。その結果がアレだ……だから、教えた私にも責任はある」

 

「そんな――こと……」

 

「――まあ、一番悪いのは水野だが」

 

 「まだ金返してないし」と、逸見先輩は言う。嘘でしょ、まだ返してないのあの人…………。

 

「佐守さん」

 

「……はい」

 

「刃物を振り回すのは、愉しい?」

 

「それは…………」

 

 愉しい/愉しくない

 心の底から/気分が悪い

 あの日を思い出して/あんなのもうやだ

 

「っ…………」

 

「……いや、ごめん。なにか嫌なことを思い出させてしまったか」

 

「だい、大丈夫です……」

 

 うん、だって……それこそわたしが、受け止めないといけないこと、なんだから。

 でも、今はちょっと無理……色んなことが多すぎて、頭がおかしくなる。

 体が、震えて――指とか、上手く動かなくって……そうしてたら、逸見さんがわたしの手の上にとんと手を置いた。

 

「大丈夫。落ち着いて。肩の力を抜いて。深呼吸」

 

 ――いつかの、燕さんの時みたいな声。

 言われたとおりに深呼吸をしたら、ちょっとだけ、治まった。

 それを見ていた逸見さんは、苦笑を浮かべた。

 

「うん。君は素直だ」

 

「だから危うい」とも言っていた。

 

「……剣を教えた者として、剣を握る者として。ちゃんと矜持を教えたいが……さすがに時間がないな」

 

 「本当は、そちらの方が技なんかよりも大切なんだ」とかの『白夜の聖剣』は語る。

 けれど、それを答えるより前に、アトラクションの終わりが近づいていた。

 

「だから……うん、そうだな。君はあの山名さんの弓を見た時に、どう思った?」

 

 山名先輩の弓。彼女の本気。ずっと隠し持っていた、渾身の一射。

 あの弓は、綺麗だった。でも、その理由はよく分からない。

 だって、もっと強くて、もっと綺麗な『異能』なら、いっぱいある。

 

 ……でも、わたしは、これまで見たどの『異能』よりも。

 それこそ、『白夜の聖剣』よりも、あの一射は綺麗だって思った。

 

「じゃあ、君はもう分かっているはずなんだ。山名さんは言ってなかったかい? 「当てても当てなくても、的場を降りる」それが礼儀で礼節だと」

 

 ……言ってた。

 

「うん。勝負は喧嘩じゃない。……そして『負け』は決して悪じゃない。悪いのは……勝負すらも投げ捨てて、ただの暴力になることだよ」

 

「…………」

 

 そんなことを無敗の聖剣に言われても。

 

「そうだな、だから私では説得力が出ないんだ……」

 

 はあ、とため息を吐きながら、彼女は背後をちらりと振り返る。

 そこには望月さんに揶揄われている寄藤さんがいる。

 

「……かと言って、加減して負けても意味がない。私は、どうすればいいんだろう」

 

 『白夜の聖剣』は、本当に悩んでいた。

 でも、その悩みをわたしに向けられても困る。

 

「うん。今は君だ。君は寄藤によく似ているが、寄藤より少しだけ先にすすんだ」

 

「それって、どういう……」

 

「意味のない、一方的な加害は、良くないことだ」

 

「――――――――」

 

「礼儀、礼節を忘れたら……それはもうスポーツじゃない。ただの暴力だ」

 

「…………はい」

 

 こくりと、頷く。

 もう、とっくに後戻りができないことだけど。

 

「はい…………」

 

 ダメだって分かってたのに、

 知ってたのに。

 わたしはそれを向けられる痛みをよく知っていたのに。

 なのに。

 

「ごめんなさい…………」

 

「私に謝ることじゃない。むしろ私が教えてあげられなかった。ごめん」

 

 『白夜の聖剣』――いや、逸見明音さんは、わたしに謝っていた。

 本気で、謝っていた。だからわたしも、本当に謝った。

 

◇

 

 そうしてアトラクションは終わった。

 いつの間にか終わってた、って言う方が正しい。

 周りはずっと騒がしかったけど、そんなことよりも心の中がすごく騒がしくって。

 

 だから、それを落ち着けることができなくって、アトラクションを降りた後も、なんだか足元がふらふらしていて。

 

「んや~? 乗り物よいかい、佐守ちゃん」

 

 そうしていると、水野部長が話しかけてきた。

 そうかもしれません、って答える。けど、水野部長はわたしの頭を覗いてくる。

 

「んー……ほんとはダメだけど。『トリアンナ』」

 

(え)

 

 ふわっと、『海神の加護』がわたしを包む。

 槍は抜いてない。ていうか触媒もないのに、念話だけがわたしに届く。

 

(言いにくい悩みなら、これで相談しちゃえ~。君の水野部長は、意外と人生経験豊富だぜ?)

 

 脳内に直接届く水野部長の声。

 どうしよう――

 

(わたし――もう、剣を振れないかもしれない……です)

 

 ――なんて、想う間もなく、想いは伝わってしまう。

 念話だから、直接的に。

 

(あー……? ふんふん、なるほど……逸見に色々言われたんだね~)

 

 それどころかわたしの記憶まで、水野部長は見ているっぽい。

 

(なるほど……そうだなぁ~)

 

 むむむっと、水野部長は少し悩んでから。

 

(気にすんな。聞き流せ)

 

 また、あの言葉を言う。

 

(君はとにかく『目の前の敵を斬れ』。それはあたしが言ったこと。あたしの責任、あたしの持ち物)

 

 まあぽいって捨てるけど、とか無責任なことを水野部長は言う。

 

(試合で、君がそれ以上考える必要はない。部長命令。君は、それでいい)

 

(…………良くない気がします)

 

(いいの。少なくとも、この大会の間はね。だから六条……? あれも気にすんな。少なくとも大会規則にゃ反してない。あれはただの小競り合い。そうじゃん?)

 

(…………気にします)

 

(もし、そのせいであの弓馬鹿とかが君に喧嘩を売って来たら、あたしが殺す)

 

 そこまでしなくても……。って思うけど、水野部長の目は本気だった。

 

(逸見には何か言われたのかもしれんけど。それこそ『余談』だ。ボスラッシュ中なのに、善だの悪だのシナリオモードみたいなこと語られたって困るじゃん? あたしらは、ただ単純に、目の前の敵を倒したくて来ているわけで~)

 

 正確には、『白夜の聖剣』の首を取りに来ているわけだから、と水野部長は言う。

 

「ていうかさ~。まず『白夜の聖剣』自体が規格外の最強、埒外の不条理なんだぜ~? そんなやつに礼儀だの礼節だの語られても、ねえ?」

 

 最後だけ、ちゃんと言葉に出しながら、笑う『海神の槍』。

 

「……ちゅうわけで! もう忘れろそんな話! 化物の言葉なんて、聞く必要無し!」

 

 かっかっかと笑う水野部長。その声は耳にも、脳内にも反響して――

 

「はい――そうですね」

 

 崩れかけていた『わたし』が、再びカチりとハマりなおした気がした。

 

「うんうん。君は秋原の剣だ。振るう側の心構え? 知らん知らん! 剣に必要なことは――」

 

「――『斬る』こと」

 

「そう。君は……それでいいんだよ」

 

 にっこりと微笑む水野部長。おかげで、気持ちは楽になった。

 でも、なんだか水野部長は。

 笑っているはずなのに、悲しそうで。

 

「――その責任は、あたしが背負うから」

 

 なんて、不思議なことを言って。

 

「だからさ、ここまでの話は全部『余談』にぶち込んで――」

 

 

「――気にすんな。聞き流せ」

 

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