わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
――準々決勝は、わたし達が勝ったらしい。
らしいというのは、わたしが途中で脱落したから。おまけに、夜まで気絶もしたから。
なので、勝負の内容は……正直言って、よく覚えていない。
でも、なんだか凄く……嫌なことを思い出した。
思い出してしまったということだけは、覚えている。
覚えているけど、口には出したくない。
「いやなの」
変なの。
わたしは大蛇さんに食べられるのが『運命』だった。
まわりが、みんなが、わたしをそうした。そこにわたしの意志はなくて。
だからわたしは、わたしはなにもしていない、ただの『被害者』で――
「そうだったら、よかったのに」
もう思い出しちゃったから逃げられない。
わたしは全然被害者なんかじゃない。むしろ『加害者』側だった。
だってすっごい嫌だった。そんな『運命』なんて斬り捨ててやりたかった。
だから斬り捨てた。
あの村の人達全員……かは分からないけど、少なくともわたしが目に付いた範囲は。
そう、めちゃくちゃ大暴れをしたんだ。だから、儀式は失敗した、はず……。
――ねえ、大蛇さん?
『うん』
色々と聞きたいことがあるんだ。
『……だろうよ』
とはいえ、何から聞けばいいのか分からないけれど。
とりあえず――わたしが捧げられるはずの儀式。
あの時の儀式は結局、どうなったの?
『うん。そうだな……何というか、中途半端になった。なので、上手く説明も出来んのだ』
中途半端。
……中途半端とは?
『まずはそうだな。あの村が行っていた儀式とやらについて説明するか』
ちゃんとそこから説明してくれるんだ。ありがたい。
『まず、酷い干ばつがあった。ここの所の猛暑と黄砂で、己――つまり、あの川が干からびかけていた』
川……まああの辺で川と言えば、一つしか思い浮かばない。
それで?
『その川を復活させるために、己らのいう『異能』……まあ呪いの類だ。それを使おうというのを、村の誰かが思い立った』
『誰かは知らん。もしかしたら村の全員かもしれん』と、大蛇さんは言う。彼も呼ばれただけの存在。
無理矢理目覚めさせられただけの存在なので、どうやら伝聞らしい。
『だが、儀式をするにも、まず何をすればいいのか、どうすれば川を復活させられるかなど分からん。……そこで己だ』
と、大蛇さんはいう。
『その『異能』とやらは『逸話』だの『伝承』だのと相性がいいのだろう。そこで、誰もが知る、件の昔話を利用した。あの忌々しい天津神の伝承。それを逆しまにしてやろうとな』
さかしまに?
逆にするってこと?
『そうだ。己は水害の化身なりて、少女を贄として一年に一度喰らうモノ。そこにあの……忌々しい嵐の神が来て、己を酒で酔わしたうちに斬り捨ておった』
なんだか凄い、というか本気で不服そうな大蛇さんだった。『酒で酔った隙を狙うなぞ……』なんて言ってる。本当にその嵐の神さまが嫌いなんだろう。
『……とはいえ。まあ、負けは負けだ。己はその“運命”を受け入れて、渋々ではあるが眠っていた』
なるほど。…………? それと儀式にどう関係があるの?
『だから、逆しまなのだ』
と、大蛇さんは言う。
『己は「少女を贄としていたところを、天津神に討伐された水害の化身」ならば――同じように「少女を贄と捧げれば、己も目覚め、川に水が溢れるだろう」などと、その馬鹿者は考えた』
因果関係を逆転させた、酷い話。
でも『異能』とかいう馬鹿げた力なら、確かにありうるかも、と少し思う。
『そして己は渋々目覚めた……目覚める気なぞなかったが。一応は人の面目も立てねばならん』
そして、妙に律儀な邪蛇さん。
『――そうしたら、目の前でその贄の少女が暴れておった』
…………。
…………はい?
『だから、それが御前だ。己は、そうだな――うん。慌てた。大変に慌てた。もう儀式とかどうでもよくなっていた。なので慌てて御前を塞いだ』
……ああ、それが蛇口どうとかいう。
ついでに言うと『そもそも御前は贄ではなく、己より生まれたモノだったし』とか言っている。
その言葉の意味はちょっとよく分からない。
よく分からないけど、とりあえずそれでわたしは無能になってしまった。
『うん。何分加減知らずに暴れ回っておったのを、慌てて塞いだのだ。加減は出来ん。己も寝起き、中途半端な顕現故、それで力を使い果たして、またそこで寝落ちした』
酷い話だ……。
いや、もう別段いいんだけどさ。なんか、わたしの人生の大半が酷い話で出来ている。
じゃあ、これまでのわたしの人生とは……? ってちょっと思ってきている。
いいんだけどさ。
『――だが、御前はアレと出逢った』
アレ。
多分、戸枝さんのこと。
『うん。あの熱剣が――あの熱が、御前の蛇口を開いた。己も目覚めた』
あの日。
道端に落ちていた模擬剣を拾ったわたしを、水野部長が引っ張っていってくれた。
そこで、戸枝さんと“勝負”をした。だから大蛇さんは目覚めた。
わたしは、魔力を取り戻した。
『あの海神に感謝は要らんぞ。あれは責任と無縁の輩だ。どうせあれも、いざとなれば酒でも飲ませて不意打ちしてくる』
……なんか凄い水野部長には、やたら当たりが強い大蛇さん。
でも、わたしは感謝している。あの日、水野部長がわたしを引っ張ってくれなかったら、きっとわたしはここにはいないから。
きっと、わたしは無能のままで。
きっと、わたしは『友だち』もいないままで。
……きっと、わたしは自分の罪も忘れたままだった、から。
『…………罪というなら、まず御前は贄にされた者だということを忘れるな』
わたしは『被害者』側で、あれは『正当防衛』だったと、大蛇さんは言う。
けれど、そんなことはない。全然そんなことない。
だってわたしは愉しんでた。みんなを『斬る』のを愉しんでいた。
よくは覚えていないけれど、きっと関係無い人も『斬って』いた。
――『斬り殺して』いた。
「う…………」
…………吐き気がする。
気分が悪い。
そんなの思う権利はないのに。
悪党らしく嗤えばいいのに。
胸糞悪い。
『御前は……少しだけ極端過ぎる』
極端、とは…………?
『奴が悪い。御前が悪い。誰かが悪い。そうではない。御前“も”悪しきところはあったが、村“も”相当に悪質だ。……だから、責任から逃れていいというわけではないが』
『罪の所在を置き違えるな』と、まるで人みたいなことを大蛇さんは言う。
けれど、ちゃんと罪は罪だ。そして贄は贄だ。
“約束”は“約束”だ。
わたしはちゃんと、大蛇さんに食べられないといけない。
それしか償う術がない。
『それは』
と、そこまで言ってから、大蛇さんは口を閉ざした。
正確には口で喋ってないから、普通に黙った。
『……嗤わせる。人ならざる悪蛇が仁義を語るなど』
なんだか自嘲めいた、諦めみたいなため息を吐く。
『己ではどうしようもないか……』
…………そんなことを呟いて、大蛇さんの気配は消えていった。
そうしたら、こんこんとノックの音がした。
誰だろうと思って扉を開けると、そこに立っていたのは『終の……』いや、『秋原の熱剣』こと、戸枝さんと望月さんだった。
思わず目を背けてしまう。
「大丈夫~? 心配だからきたよ~」
と、望月さんはへらへらしてるけど、お陰で有難い。
今、ちょっと……戸枝さんの方を見れない。
戸枝さんの顔を見れない。
「佐守さん」
「…………」
「佐守さん、顔を上げて」
「はい……」
『熱剣』にそう言われては、逃げられない。
どうしよう。怒っているかな。怒ってるよね?
「怒ってません。……そもそもあれは、あちらの術のせいでしょう」
「そう……ですけど……」
吉兆さんの異能の一つ。煩悩を浮かび上がらせる三毒の蛇。
でも、それは別に人を意のままに操るとか、そういう『異能』じゃない。
あくまで当人の渇望。当人の怒り。当人の……愚かさ。
そういうものを呼び覚ますもの。
その上で、わたしはあなたを刺した。
わたしはあなたを『斬った』。あなたにわたしの傷を残したかった。
それがわたし。
それが佐守あお。
それがこの醜い大蛇の化身。
だけど、戸枝さんはそんなわたしを見ながら、はあっとため息を吐いてから言う。
「――あのね、佐守さん」
「はい」
「それは、一面です」
「はい…………?」
「たしかにあなたの内側には加虐性があるのでしょうね。あれだけ斬るのを愉しんでいるのですから」
すっごいきっぱりと一切の余談なく、わたしの本性を言い当ててくる。
「だから、それは一面。本性じゃないと私は言っているのです」
「…………?」
ええと、どういうこと……?
「……いつかの目黒次美との戦いの時、貴方は私を心配してくれましたね」
いつかの。それは、あの練習試合の時。はじめての敗北の日。
戸枝さんが黒い死の病で倒れて、頭の中がぐちゃぐちゃになって。
「そんで僕を焼いた日ね」
「う……」
そうです……。
「貴方は、ちゃんと他人を心配できる人。あれは嘘だったんですか?」
「そ、そんなことはないです!」
戸枝さんを無視なんて絶対しない。……いや、さっきしようとしてたけど。罪悪感で。
「そう。貴方は罪悪感がある人です。悪いことをしたら、悪いことをしたって自覚が出来る人。……それもあなたの一面。あと、少し臆病だったり妙なところで勝気だったり、それもあなたの一面」
…………?
……………………??
複雑……怪奇……。
「ええ。でも人は複雑なの。……一面だけを抉り出して、それを本性だと言うのは、私は嫌いです」
はあってため息を吐きながら、戸枝さんはわたしをすり抜けてわたしの部屋の中に入る。
ついでに、望月さんも部屋にはいる。
戸枝さんはわたしのベッドの上に、それと望月さんは机用の椅子に、なんか逆側のあんまりお行儀のよくない座り方をした。
「そこの望月さんがいい例でしょう。のらりくらりって、どの面が本当か分からない」
「たしかに…………」
「酷いなあ。結構分かりやすい部類だと思うよ、僕は」
むしろ戸枝さんの方が変なキャラクターをしてるとか、望月さんは言っている。
「私は私で、都度私が正しいと思うことをしているだけです。佐守さんに刺されたのだって、あれで正しいと思ったからした。ええ、もしかしたら『変なこと』かもしれないし、あと痛かったのでやっぱり後悔だってしましたけど」
「ああ。だってアレあおちゃんの全力の一突きだったもんね。そら普通は死んでる」
「――でも、そういうのも丸っと含めて、『私の人生』で、『私の道』なんです」
そう、『秋原の熱剣』は語る。
でもわたしにはちょっと難しかった。
後悔も含めてって言われると、ちょっとよく分からない。
後悔なんてしないほうがいいじゃん。痛くないなら、それがいいじゃん。
「うん。そうね。私もそう思います」
そう、戸枝さんは答えると。
「それでも後悔は絶対にするの。私は正義の味方でも滅私奉公の人でもない。でも困ってる人は見捨てたくない。後で『助けなきゃよかった』って後悔することがあっても。そういうの込みで、私の道」
そう断言した。
「……なんて、十六の若造が、何を言ってるのかという話ですが」
へっと自嘲っぽい笑みを浮かべてから、戸枝さんはわたしのベッドの上に寝転がる。
結局、何を言いたいのか分からないけど。
「――ともかく。今日のことで貴方が後悔しているなら。あまり引きずらないで。気にしてもいいけど、気にしすぎないで」
そういうことを、言いたいらしかった。
「そもそも明日は準決勝。いよいよ鶴久女学校とのリベンジマッチです。……貴方が今のままだと、また私が庇うことになりますわよ」
「そして、また後悔するでしょう」と、戸枝さんは言う。
そうだ。明日はいよいよ準決勝……相手は、あの練習試合でわたし達を打ち負かした鶴久女学校。
目黒次美を『斬る』と、それこそ望月さんと約束したのに。
今のわたしじゃそれを果たせない。
「ああ? 全然、僕はあおちゃんがそのままでもいいよ? それなら君を放っておいて、僕があいつを吸いつくすから」
…………よし。なんかちょっとムカついた。
「一年三人での約束でしたね」
「そうだよ。勝手にズル休みすんなよ」
と、一番ズル休みしそうな望月さんに言われる。
やっぱり癪だなぁこの人!
「一旦は……それでいいですわね? 他のことは置いておいて“約束”を、守りましょう」
「はい……」
こくりと頷く。
なんだか難しいことをいっぱい言われてパンクしちゃったけど。
その分、整理はついた。
罪への罰は、きっと受ける。それから他にも色々と、きっとわたしは考えなきゃいけないことが多いんだと思う。
戸枝さんを刺しちゃったことも――
「あ……」
「何?」
「……刺してしまって、ごめんなさい」
そう言って頭を下げるわたしに、戸枝さんは。
『秋原の熱剣』は、なんだか困ったように微笑んで。
「……本当に、痛かったんですわよ?」
そう言ったのだった。