わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
ふらふらと一人、夢の国を出歩く山名有為、秋原の二年生。
かの『海神の槍』と『白夜の聖剣』が集めた夢の国ツアーにて、彼女は独りぼっちで気ままに、目についたところに出向くだけで愉しんでいた。
彼女は団体行動も苦ではないが、一人でもそれなりに愉しめる性質である。
これと言って目的を持たずにぶらつくのが趣味の性質だ。
……あと、集団に紛れているとまた須藤千与に絡まれる。
山名は別段、彼女のことを嫌ってはいない。そもそも幼馴染だ。
嫌いではないのだが、ただただあのテンションに合わせるのが実に面倒くさい。
まして日常ならさておきテーマパークだ。合わせていたら己が死ぬと、裏方気取りの主役は思う。
なので、今日だけは自由気ままに。あの『海神の槍』水野弥生に振り回されることも、なんか突然降ってきた須藤千与に振り回されることも、ましてや『白夜の聖剣』だの『征服者』だのに振り回されてたまるものかと、今日だけは一日休暇を満喫しようとしていた。
……していた、のだが。
「山名じゃん」
「あん?」
ぼんやりと道端でパフォーマンスをするキャストを眺めていると、不意に隣から声をかけられた。
誰だろうと目を向けると、そこにいたのはかの『鶴久の絶剣』武光奏、同じく二年。
「うわぁ…………」
と、思わず声を漏らす山名。
『鶴久の絶剣』――三年生最強を代表する『白夜の聖剣』や、後に一年生最強を代表する『秋原の熱剣』と同等。
即ち、『現二年生における、最強』に、唐突に声をかけられた。
しかし相手はむっとした顔をする。
「なんで私が話しかけると、あんたそんな顔すんの」
「お前に覚えられると、困る。あまり警戒してくれるな。……ていうか、私は、そもそもお前に覚えられる程のもんじゃない。私は裏方なの」
よく言う、と『絶剣』は思う。かの三回戦で、あれほどまでに美しい『弓張月』を射った身で。
剣の極みに近づいたものだから分かる。あの一射に込められていた矜持が、どれほどのものか。
それは紛れもなく、各年代の『剣』と呼ばれるものに相応しいものが込められていた。
故にこそ、やはり山名は――秋原の『冬の狙撃手』は『絶剣』にとって警戒対象であり、来年部長になった時にはライバルである。
だというのにこの女はいけしゃあしゃあと、
「あれはあの日、一射限定。二度とは打たん……いや、余程があれば射るかもだが。少なくとも、リターンが薄すぎる」
そう。山名有為は基本的に『器用貧乏』過ぎる。
『狩人』であり、『斥候』であり、『スカウト』であり、何より『狙撃手』だ。
彼女は秋原において俯瞰の目を持つ役割があり、しかもそれが大抵出来てしまう。
つまるところ、ただ一射のみで墜とすには、ちょっと秋原の戦術を背負い過ぎてる。
その割に当人は、
「まあ、いざとなれば望月が何とかしてくれるか。アイツも器用貧乏だし」などと、結構本気で思っている。
「……マジでそういうところが『白夜の聖剣』そっくりだぞ、あんた」
「えー……?」
本気で分かっていない山名にため息を洩らしつつ、『鶴久の絶剣』こと武光奏は隣に座る。
隣に座るのかこいつ、と山名は少し思う。
「勝負はやらんぞ。いざ尋常にとかは」
「この夢の国でそんなことするかよ。というか、別に模擬剣も持ってきてないし」
『不屈の絶剣』――『デュランダル』を形成するのに必要な触媒はない。
なので、ここにいるのはただの高校二年生。
なんか、ちょっと技として『縮地』が使えるだけの。
ちょっと予備動作が見えないだけの、逸脱した高校二年生。
だから――
「いやお前、別に殴り合いでも強いだろ」
「……だからなんで夢の国で殴り合わなきゃならないんだよ」
まったくもって心外であると武光は息を吐く。
……だが、それはそれとして、
「マジで、なんで私の隣に座る」
「ぼっち、寂しそうだったから、なんとなく」
「いや普通に楽しんでる。そこそこ」
「あー、孤独を愉しめる人」
「まあ、そこそこ」
少なくとも苦痛ではない。と山名は答える。二年生同士とはいえ、お互い敵学園同士。
何よりも別段口数が多いわけではないので、そこで会話は途切れるが――
「おお、有為! そこにいたか! あとそちらは……ああ、はじめましてだな。『鶴久の絶剣』、武光奏さん! 貴方の噂も知っているぞ! はは、これからよろしくな!」
何やら賑やかな弓馬鹿の二年生が、向こうから静寂を打ち破ってやってくる。
即座に逃げたいが、山名は『縮地』使いではない。透明化とかの異能もない。
……いや、いざとなれば『ハントレス』で迷彩くらいはできるが時間がかかるし、あと夢の国では目立つ。なので――
「千与。私は明日も試合がある。準々決勝だ。秋原の大事な試合だ」
まず、釘を刺す。
「うむ!」
分かっているか分からない顔で頷く須藤に、山名は、
「だからお前とは付き合わん。むしろどっかいけ」
「それはさすがに痛く失礼ではないか? なあ武光さん!」
「あ、私?」
唐突に話を振られた『絶剣』は、ん~と、口に手を当てながら。
「……いや、今日ノリノリで遊んで明日バテたら困る」
「それはそうだな」
認める須藤。まったくもって、妙な所で律儀である。
「だが、我は有為と遊びたいが!」
それはそれとして、我を通してくる須藤。
もはやそれに慣れている山名はしっしと手でどっか行けとやるだけだが、『鶴久の絶剣』はぽかんとしていた。
その上で、にやりと笑い。
「――ああ、なるほど。アンタは『斬る価値のある敵』だ」
今年は当たることが無かったが、来年には当たってみたい。
かの『与一の弓』が、如何なるものか、この『絶剣』にて試したいと、一つの道を極めた剣鬼は嗤う。
それに対する須藤も、また嗤う。
「ふむ――剣鬼なれども『道』は見える。お前は射る価値のある的だ。よろしくな、武光さん」
「武光でいいよ」
そして『鶴久の絶剣』は返す。
「そうなると何? 来年は、コレと、山名と、『白夜の綺羅星』と……あとムラマサ辺りが三年五指とかいうやつ? 一本足んないけど」
「私の、どこをどうみればその結論に至るんだ……あと、千与は弓道に戻れ」
お前の力量はそっちで使えと山名は言う。
「いやだ。有為がこっちにいるならこっちにいる」
「地獄か」
頭を抱える山名。『与一の弓』ならば分かるが。
それと、明日戦うことになる洛陽のムラマサも、分かるが。
山名は、それらに並ぶ程の才はないし、特別それを卑下もしない。
――そもそも『狙撃手』が警戒されては、それこそお終いである。
「……面倒くさいな~! も~!」
空を仰いでぼやく山名。これからそれらに『勝つ算段』を立てねばならぬと思うと、今から頭が痛くなる。
ついでに、水野部長の責任も引退後に引き受けねばならぬ。
少なくとも来年の部長としては、佐守あおは日常に返してやらねばならぬ。あの水野部長はどうせ勝ち逃げする気だから。
そういう風に悩んでいると。
「そういえば」
と、かの『鶴久の絶剣』が呟く。
「あんたと、コレって幼馴染なの?」
ちょいちょいと、指で山名と須藤を示す。
「うむ! それはもう――」
「――子どもん時に私が弓道やり始めたら、こいつが入ってきた」
長い回想は両断し、一矢で事実を言い当てる山名。
「ま、その後の力量は見てのとおりだ。ついでに言えば、情熱も無い」
「はぁ」
力量でいうならばあの渾身の弓張月は何だと言うのか。
情熱でいうなら、『弓道家の矜持』と『狩人の己』をしっかり分割し、前者を奥底にしまい込んでいたのは、なんだというのか。
色々と言いたいことのある『絶剣』。だが、それより先に反応するのは須藤。
「待て。そもそも我はお前の弓に焦がれて始めたんだぞ?」
「それこそ幼少の憧憬だろ……いや、まあ、そういうのが大事なのは分かるが」
少なくとも現在の力量において、単純な『弓』の勝負において山名が須藤に勝てるはずもない。
ので、「まあこれくらいか」という感じで、止めた。
そんな二人を見ていた『絶剣』は――
「……まあ、なんか因縁があるのは分かった。なるほど二人とも斬ればいい」
「止してくれ……」
はなはだ心外、過剰評価も大概にしてほしいと山名は一人ぼやく。
「うちの戸枝がそろそろ至るから、斬り合うならそっちにしてくれ」
などと宣いながらも、ふと思う。
かの『白夜の聖剣』は、紛れもなく『道』を知る人だ。
確固たる己を持ち、正しきを成し、不正を許さぬ――と言うと、少々神聖化が過ぎると思うが。
少なくともあの、『エクスカリバー』に選ばれるほどに、その性根は真っ直ぐで、正々堂々、加減なく、何より他者を大切に出来る。
それは秋原の『レーヴァティン』、戸枝小春も同じこと。確かな自己を持ち、核を持ち、正々堂々、加減なく、何より『友だち』を大切に出来る。――今、それに至ろうとしている。
故に、彼女らの剣はひるまず、歪まない。それが真に『正しい』かはどうあれ、『己の正解』に真っ直ぐだから。
『異能』が魂の形であるというならば。彼らが時代を代表する『剣』と呼ばれるのは、まあ分かる。
分かるが故に『鶴久の絶剣』は少し異端だ。確かに個の極点ではあるが、かの『剣』に届きうる才ではあるが。
一人の棒振り、ただの人斬り包丁、ただの殺人機構ならば、今の佐守あおに寄るはず。
――そもそも、『鶴久の絶剣』とは誰が付けた名なのか。
「ああ、それね。ウチの目黒部長」
しれっと答える、『鶴久の絶剣』。
「まあまあ二年生の時から――つまり部長じゃない時から、あの人発言権強かったし。その人が、私を『鶴久の絶剣』と呼ばせた。つまりプロパガンダだよ。うちは『白夜の聖剣』になんて負けないぞ~っていう」
意外な答えではある。とはいえかの『征服者』であれば、確かにそういう番外戦術も、まあ使うかと山名は思う。
――しかし、とはいえ。プロパガンダにしては、『鶴久の絶剣』その名に恥じぬ力量―――というか、矜持、格を確かに持っている。
「ふうむ? では問うが、貴方は何故剣を振るう?」
そんな、山名が思い浮かべた疑問を実際に口に出す須藤。
それに、これといった感情もなく。
「まあ、今のとこは目黒部長のためかなあ」
などと言う。
「来年以降は、うちの一年、二年のためになるけど」
「少なくとも、目黒が部長である内は、『不屈の剣』は目黒の刃。目黒次美が卒業すれば、それは不屈の盾になる」などと宣う絶剣。
「うん。でも、一旦は目黒部長のため――いや、違うか。私が勝手に『目黒部長にしてやる』こと」
「してやる?」
「そうだよ。だってあの人、ぼっちだし。あの性格だし。友だちいないし」
酷いことをさらりと言う。だが、気持ちは分からないでもない。
件の『征服者』は実に性格が悪い。いつかの、佐守への『枷』しかり。
それは『国異』においては盤面を覆す才になるが、日常では――というか学園生活では。
――件の『征服者』は、一年の頃から有名ではあった。
つまり、彼女の高校三年間は。
「まあ、恐れられてたし。嫌がられてたよ。なんで孤立、孤高などというけどぼっち。あの人にすり寄ろうとした人もいたけど、みんな途中で『折れた』。ついていけないって放り投げた」
「そらそうだ」
「でも、そんな部長に私は拾われた」
そして『鶴久の絶剣』などと名付けられた。
『ただ折れないだけ』の異能を持って、あの『白夜の聖剣』に届かせようとした。
「んまあ、去年は届く届かん以前に土台に立つ前に消し飛ばされたけどね~」
ん~と伸びをする武光。
「今年はなんとか、タイマンに持ち込めたらありがたいんだけど。私はほら、大した『異能』じゃないから。『絶対折れない剣』なんて、よくある伝承だし。捜せば色々あるし」
「……まるで、一対一なら勝てるみたいな言い草だな」
思わず呟く山名。それに武光は自然体に。
「ん。まあ、土台に上がれば勝つよ? 頑張って」
と答える。まるで山名の『勝つ準備』と同じように。
ただ、そこにある物が違う。山名の『勝つ準備』は戦術だが、彼女は純粋に『剣』で上回ろうとしている。
――いや、上回ると言い切る。
「でないと、斬る価値がない。うん、私はあんたほど、多才でもないから。目黒部長に返せる恩なんて、『今年の優勝』程度しかないんだよ」
「――は」
などという『鶴久の絶剣』――プロパガンダで名付けられた筈が、真に『絶剣』となった少女は気軽に答える。
「お前、私の事言えないぞ。『白夜の聖剣』に勝てると言うなら」
――よく似ている。確かな己を持ち、核を持ち、正々堂々、加減なく、何より『恩人』を大切に出来る。
故に、彼女の剣はひるまず、歪まない。それが真に『正しい』かはどうあれ、『己の正解』に真っ直ぐだから。
――故に彼女は、『不屈の剣』なのだ。
「なんだよ、人を化物見る顔して……」
「事実、化物に半歩踏み込んでるからな」
「あんたも大概だよ? あと『与一の弓』……? 須藤さんも」
「む? なんだ、我は別に大層なことはしてないぞ」
話を振られると思っていなかったのか、須藤はきょとんとする。
「はぁ」
結局のところ、誰も彼もだ。
あの『聖剣』と、そこから生じた『三年五指』だの『征服者』だのせいで、判断基準が狂っている、どこか。
ついでに一年下の『熱剣』も、三回戦では堂々名乗りを上げて打ち克った。
それらに挟まれた二年生。何となく影の薄いこの年代。
「――間の年というのは、辛いな」
夢の国には相応しくない現実への苦言は、宙に泡となって消えた。