わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
準々決勝の後――
戸枝さんと望月さんが、わたしの部屋から出ていった後。
わたしは、やっぱり眠れなくて。
気持ちが落ち着かなくて。
気分が悪くて。
なんとなく、夜風にあたりに、いつかの夜のように外へふらりと出かけたら。
「佐守あおじゃん」
「うぇ……」
本当にいつかと同じように、寄藤さんに遭遇した……。
しかもあっちはなんでか模擬剣を持っている。
こっちは別に剣を持ちたくない。
「なにその反応、ムカつくわね」
と、寄藤さんからわたしへの印象は、相変わらず悪いのだけど、あのピリついた圧は、今日はそんなに感じない。
……疲れてるのかな? どうでもいいけど。
「まあいいわ。あんた、準々決勝の戸枝小春、見た?」
「見て……ないです……」
だって、気絶してたし。
「『秋原の熱剣』、だってさ。……はっ、凄いことで」
寄藤さんの声は、嘲笑だった。わたしの誇りへの侮蔑だった。
けれどそこには羨望があった。なんていうか……なんだろう。
ちゃんと、『戸枝小春』を、彼女は癪だけど認めていた。
だから、それを馬鹿にはできないんだろう。
自分が成りたいモノまで侮辱したら、もう自分がなんなのかも分からなくなるから。
「ま、あんたも見れば? どうせ配信に残ってるでしょうし。あれは……凄いから」
「癪だけど」と付け加える寄藤さん。言われなくても見るつもりでした。
それにしても、寄藤さんは何をしているんだろう。こんな夜更けに。
「…………」
「な、なんでしょう……」
なんか凄い睨まれる。
蛇に睨まれた蛙というけど、現状は狼に睨まれる蛇だ。
狼が、蛇を食うかは知らないけど。
「あの、他に用事がないなら、わたし、行ってもいいですか……?」
みんなの――『友だち』の隣に帰りたいので。
汚れた鏡ばかり見ていると、自分が自分でなくなっちゃうので。
「帰んな。付き合え」
しかしこの狼は、わたしにそう言う。
なんで? 別に八つ当たり以外でわたしに用事とかないでしょ、あなたは。
「そうね。これは、わたしの自主練。でも丁度良い鏡がないと上手くできない」
「はあ…………」
「あと、あんた見てるとムカつくし。……今なら上手く行くかもしれないし」
…………。
どゆこと?
「いいから見てなさい」と告げて、彼女は試合用の模擬剣を両手で正眼に構える。
「――『我が理想、憧憬の煌めきよ。この身を貴女に捧げよう』」
昨夜と同じ詩を唄う。ちゃんと『異能』の詠唱だ。
彼女の『血濡れの魔剣』じゃない方。かの『聖剣』の後継を示す詩。
「『円卓の者よ聴け。王は自分《わたし》を選ばれた』」
だというのに、光は淡い。あの時みたいな、白光じゃない。
薄く、淡く、無駄があり、余分があり――
「――『抜剣。ガラティン』」
そう言いきる彼女。だけど模擬剣に変化はない。一瞬だけあの『聖剣』と同じ光が、ちょっとだけ灯ったけど直ぐに消えた。
それを見て、寄藤さんは物凄く……それはもう物凄く忌々しげに、剣を見つめる。
「……やっぱり、『輝剣の加護』が無いとだめか」
ため息を吐いている。
理屈は、よく分からない。
よく分からないけど、彼女が『真の異能』と呼んでいたものは、逸見さんの『輝剣の加護』が無いと成立しない借り物で。
やっぱり寄藤さんの本質は、どうあがいてもわたしと同じ、血濡れの刃。
「あ~~~~……! ムカつくムカつくムカつく! ていうかあんたのせいだからね!?」
そう思っていたら急に喧嘩を売られた。
なんだろう、買えばいいのか。
でも、『あんたのせい』、とは――
「わたしからコレの使い方を習う時間を奪った。大会前の二週間を奪った」
「ぐっ」
それは本当にごもっともです……。
でもそれは水野部長に言ってください……。
「はあ~~~~!!」
と、大きなため息を吐きながら寄藤さんはベンチに座って模擬剣を放り投げた。
「…………なんで」
そう、ぼやいている。
「大体さぁ……『加護』を飛び越えろ、とか言われても意味分かんなくない?」
「はあ」
「わたしにとって、それは誉れ。わたしにとって、それは栄光。…………わたしにとって、それは」
甘え。
とぽつりとぼやく寄藤さん。
「わたしは『選ばれた』。逸見先輩は『選んでくれた』。なのにそれを捨てろって言う。どころかちゃんとわたしの『血濡れの魔剣』と向き合えとかいう。あんな胸糞悪いもん」
……なんとなく、逸見さんの言いたいことは分かる。
多分、今夜わたしが戸枝さんに言われたのとおんなじこと。
それ(自分の中の加虐性)を認めた上で、ちゃんと、剣を握れば本物になる――とかそう言う話なんだろう。でも、わたしも寄藤さんも、その『ちゃんと』がよく分かってない。
――わからないから、意味がない。
わたしは別に、意味がなくていい。
だって『秋原の熱剣』――戸枝さん。『わたしのヒーロー』は、わたしと同学年。
来年も再来年も一緒にいてくれる。隣にいてくれる。
あと『大蛇さん』も、わたしが死ぬまで一緒にいてくれる。
彼はわたしを食べたいんだから、一緒にいてくれる。
けれど寄藤さんは違う。この大会が終われば『白夜の聖剣』は卒業しちゃう。
……あの逸見さんなら、引退後だって指導してくれる気がするけど、きっとそれじゃ遅いんだ。
だって、件の『白夜の聖剣』当人が『一年生の頃から有名だった』。
今の、『秋原の熱剣』戸枝小春と同じように。
だから彼女が『白夜の聖剣』の次になるには、この大会で名を馳せないといけない。
多分、そういう焦り。
「――どうして、あそこに立ってんのがわたしじゃないの」
呟き。残響。あそこっていうのは多分『秋原の熱剣』となった戸枝さんのこと。
でも、『血濡れの魔剣』じゃ格が違う。
借り物の『聖剣』じゃ矜持が違う。
心の在り方が全然違う。
だからまったくもって足りてない。
今の彼女はただの『白夜の選抜メンバーの一人』でしかない。
「どうしてわたしは、こんなとこで佐守あお相手に愚痴ってんの」
…………いや、それは知らないけど。
「気持ちが悪いのよね。……いや、胸糞悪いのかな。分かんないや。何はともあれむしゃくしゃすんの。とりあえず八つ当たりしたい気分」
「気が短すぎるのでは……」
「あんたが言う?」
はっと、鼻で笑われた。
まあでも、なんとなく……分かるような、分かんないような。
一方的な暴力は、気持ちいい。
気持ちいいけど、胸糞悪い。
礼儀がなっていない、だとか。
礼節がなってないだとか。
多分そういう話なんだろうけど、わたしはその辺すっ飛ばした。
寄藤さんは習ってたんだろうけど、今大会では焦っているから雑になってる。忘れてる。
そういうところ。
「分かります」
「分かられたくない」
「……それも分かります」
いやだよね、ドッペルゲンガーに理解者面されるの。
「――結局、わたしは何のために剣を握ればいいの。何のために振るえばいいの。そもそも振るえてる? なんか、言われた通りに振り回してるだけじゃん」
ねえ? って同意を求められる。
あんまり同意するのも癪だったけど、それは本当にわたしも同じだったので、頷く。
「それでも」
「?」
「それでもわたしは絶対にあそこに行く。――意地でも、届かせてやる」
親指の爪を噛みながら、孤狼は唸る。
いつかその遠吠えが至ることはあるんだろうか。ないんだろうな。
わたしと同じで。
「――は。まあいいわ、むしゃくしゃしただけだったし」
寄藤さんは立ち上がると、投げ捨てた模擬剣を拾い上げた。
「じゃ」
本当にその一言。別に『決勝で会いましょう』とか『負けんじゃないわよ』とかそういうのもない。だってあの人、別にわたし自体には興味ないし。
……ていうか、結局この時間は……剣を取ってはないけれど。
八つ当たりには、違いなかったのでは……?