わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
――かくして、準々決勝にて『秋原の熱剣』として名が知れ渡った戸枝小春。
客の喝采を受けるのも居心地のよいものだが、それより何より彼女には、大切なものがあった。
「……さて、佐守さんは」
どうしているだろうか。などと、刺された『被害者』は思う。
お腹は大変痛い。それはもう痛い。
なんなら、『クリカラ』の三毒よりもよほど。
だが、それはそれ、これはこれだ。
戸枝小春は、優先順位を間違えない。
自分が傷を付けられたことよりも、傷を付けた彼女の方がよほど気にしているだろう。
ならば、自分の痛みよりもそちらが優先事項である。
別段、かといって怪我の痛みは消えないが、それを『友だち』を無視してもいい理由にはならないと、戸枝は思う。
そしてその思考は、思想は、感情よりも優先する。だって、己は『秋原の熱剣』を名乗ったのだから。
「――などと、傲慢にも程がありますわね」
自嘲を漏らす。
感情より思想が優先されるなど、到底人ではない。
なので、これは大変やせ我慢であり、相当な傲慢でもあり、戸枝小春の矜持だった。
ひとまずは、この状況を産んだ水野弥生を一発殴ろうかと思っていたが、
(もしも~し、戸枝ちゃん聞こえる~?)
などと言う、軽薄な念話が飛んでくる。望月干果である。
そういえば、望月の眷属になっていたのだった。試合中ならともかく、試合後にも念話が飛んでくるとは、さすがの戸枝も思わない。
よし、焼き切ろうと決めた直後に。
(待て待て。あのね? あおちゃんから話があるんだって!)
(佐守さんから?)
あり得ぬことだ。
だって彼女は今気絶している。昏睡している。まさか夢遊病者でも――いや、その気配はあるが。
(適当な方便なら『終わらせます』が)
(違う違う。え~っと……面倒臭いな! とりあえず医務室に来て。それが一番話も早い)
(…………はあ)
成程。
どちらにせよ、容体を見に行くつもりではあったので、まあ良いだろうと考える。
(――で、この念話はもう切ってしまって構いませんの?)
(ああ……いや、このままで。というかこのままじゃないと駄目。マジでその即断即決はやめて?)
(事情があるなら、先に説明をしてほしいのですが)
(いや~……こればっかりは、僕から事情を説明するのも、なんか違うから――)
戸枝には良く分からないが、彼女とは違う道を行くのが望月だ。
多分、おそらく、事情があるのだろう。
それが面倒事であれば即座に『終わらせて』やろうと決めつつ、戸枝小春は医務室へ向かった。
◇
望月との念話を保ったまま、医務室に辿り着く。
そこに待っていたのは――
「遅いよ、怖いよ。頼むよ秋原代表」
などと、医務室で眠る佐守の隣に座る望月と――
『うん。よく来たな、終の――いや、秋原の……いや、中つ国の熱剣と言うべきか……』
――なんだか、大きな大蛇の顔だった。
「勝手に所属をかえないでくださいます? 私は『秋原の熱剣』です」
ひとまず、そこだけは訂正を加えつつ、微妙に俗っぽい大蛇の前に立つ。
「そう言えば、佐守さんも眷属になっていましたね。なるほど。佐守さんではなく、貴方が私に用事があると――望月さん、それを先に言いなさい」
「いや、だってほら……僕が先に言うと、インパクトが薄れるじゃん……」
「なるほど」
では『終わらせよう』。
『待て。この念話が切れると御前と話が出来なくなる。それは大層困る』
「…………そう言えばそうですわね」
あくまでこの大蛇は佐守あおの内に巣食う者。
現状の繋がりを断てば、佐守以外に声は聞こえなくなる。
……そもそも、この大蛇が佐守以外に興味を持つこと自体が異例な気もするが。
『うん。いや、己はアレだ。ちゃんと見ておるぞ。あおが気絶した後でも。基本的に意識を断つという機能がない』
『というよりも、中途半端な顕現なので常に半覚醒状態だ』などと、宣う大蛇。
『故、御前の活躍も見ておった。良い。御前は間違いなく、『アレ』に届く』
「はあ」
伝承に住まうモノに、伝説に届く者だと認められた。
とはいえ、戸枝小春はそれを賛辞だとは思わない。
実際に、まだ挑んでもいないのだから、今言われても困る。
「――で、私に話がある。それは、佐守さんのこと?」
なので世辞はほどほどに。空いていた椅子に座りつつ、単刀直入に聞きたいことだけを問う。
『うん。なんだろうな――こう、今のままでは、いかんのだ』
何がいかんのだろう、と戸枝は思う。
いや、実際に佐守あおに『いけないところ』は山ほどあるが、山ほどあるのでどれのことだか分からない。
『いや、うん。どう言えばいいのか……』
「伝承に巣食う者が、黙らないで。というよりも、無駄に荘厳な語り口をする必要はありません。大体、貴方がどういうものかは解ります。別に崇める気もありませんので」
敬意は払う。礼儀も持つ。礼節も持つが、かといって旧き者に過剰に謙遜するのも違うだろうと、今伝説になりつつある少女は言う。
『…………そうか。うん、そうだな。じゃあ、もう単刀直入に言おう』
「はい」
『これは、御前に懸想しとる』
「…………それ以前の問題では?」
愛情だとか友情だとか、恋慕だとか思慕だとか。
そういった情緒が、そもそも佐守あおは未熟である。
それらを育てる機会を、あの村によって取り上げられた。
そう思うと、戸枝は余計に苛立つが――その苛立ちを、今目の前にいる大蛇にぶつけても仕方がない。
なので、話を聞く。
『うん。そこは冷静で助かる……まあ、つまり、御前が、あおにとっての鍵になっている』
「でしょうね」
『――だから、御前に“運命”を終わらせてほしい。まあ、御前なら納得する』
そう、告げられた。
彼女を喰らうと約束した大蛇から。
『その約束を破る手伝いをしてほしい』と頼まれた。
「…………共犯になれと?」
『そこまでは言わん。言わんが――そうだな、そうか、そういう風にも取れるか』
大蛇は、困っていた。
別段責任を押し付けたいわけではない。
ただこの娘の枷を取り払ってほしいと、そう願っている。
『――そうだな。己は“約束”を守る。本気で、守る』
「つまり、佐守さんが至高に至った時に、食べに来ると」
『そうだ。……そして、御前はそれを許せんだろう』
「…………そうですわね」
佐守あおと、この大蛇の約束。
たしかにそれは大事だ。他人が口出しすることではない。
しかし、戸枝小春は『友人を無暗に失うこと』など許さない。
これは彼女の矜持であるから、他人が口出しすることではない。
つまり、これは『運命』ではなく、ただの約束と矜持の衝突だ。
『――故、そういう“終わり”を、己は望む。うん……』
「そもそも、佐守さんが至高に至るとはまだ断定できませんが」
『…………いいや、至る』
と、大蛇は確信を持って言う。それは予言のようで、あまり戸枝には実感は湧かない。
『あの海神が、どうせ至らせる。それで『アレ』にぶつけるつもりであろうよ』
「は――」
…………が、水野弥生の名を出されたら、唐突に実感が湧く。
たしかに、あの人ならばあらゆる手段を使ってでも至らせる。
しかも最悪のタイミングで。
なんだかんだで、佐守あおの『異能』はまだ判明していない。
――そして、それがあの『白夜の聖剣』への切り札にもなる。
あの『化物』を規格外たらしめているのは、魔力量でも経験値でもない。
『状況判断の的確さと、対応力の速さ』だ。
……なので、初見なら届く可能性がある。
しかし二撃目からは普通に対応してくる。
よって――
「――決勝で、逸見さんと戦わせる時に」
水野弥生は、佐守あおを剣として完成させてぶつける。
『で、事実それは……一応届く』
「何故そこで、一応なのですの」
『うん。いや、アレは多分、一度見た後だと、もう普通に避けおる。ただ初見ならまだ罅を入れられる』
「なるほど……確かに……」
どれだけ強い『異能』であろうと、どれだけ強大な『必殺技』であろうと、あの『聖剣』は、一度見たら『ではこうしよう』を思いつく。
故に初見殺しが最適解。
『うん。なのでまあ、アレだ。己はな、多分その時に喰いに出る』
「…………」
『そこで己の……いや、あおの“運命”を、『終わらせて』ほしい』
「――は~~……」
深くため息を吐く戸枝。
如何に『伝説』になりつつあるとはいえ、如何に『聖剣』に近づきつつあるとはいえ――
彼女は、あくまでも十六歳の女子高生。他人の運命だとか人生だとか、そういうものまで抱えるのは、少し荷が重い。
『……いや、すまん。ただな、これはまあ……御前も悪い』
「はい?」
『よりにもよって、だ。せめてコレを、己を起こしたのが――そうだな、そこの半端者程度であれば、別に問題はなかった』
「急に僕を刺すじゃん」
唐突に話題を振られ、これまで静観を決め込んでいた望月がふてくされる。
『御前の熱が、一寸だけ、己の想定を超えていた。……うん。御前は……何と言うか、そうだな。あおの自立に役立ったが、同時に自立を妨げてもいる。……何故、そうも主役の光なのだ』
「それを私のせいにされても困ります」
『そうだな。これは八つ当たりだ』
『本当はあおが主役だったのだ』などとぼやく大蛇。
戸枝としては大変不服ではあるが、同時に、思うところもある。
「……そうですね。私の接し方が悪かった、というのも認めます」
よもや、こうも佐守が自分を神聖視するとは。
まさか、ここまで佐守が自分を主役と見るとは。
…………まさかここまで人生を投げ捨てるとは、さすがに戸枝も思っていなかった。
確固たる『私』を――まあ十六歳なりに持つ戸枝小春には、他者への依存が分からない。
分からなかったから、こうなった。
しかし『分からなかったから』で責任を投げ捨てるのもまた、違う。
「……分かりました。『秋原の熱剣』として、貴方の願いは、聞き届けましょう」
『うん。助かる』
「……でも、その後の保証は、難しいですわよ」
肩を貸すくらいはできる。
だが、他人の重荷は背負えない。
『うん。己もそこまでは求めん。……それはあおの道だ』
「…………唐突に放し飼いにされても、困るでしょうけどね」
――しかし、重荷に押しつぶされそうな人を見捨てられないのもまた、戸枝なのである。
「……ああ。やっぱり、貴方って邪蛇なのですね」
一人の少女を贄とする。
一人の、無邪気な少女との約束すらも守らない悪蛇。
『そうだとも。己は水害の化身。調伏されるべき化生。そういう、逸話・伝承だ』
彼は逸話・伝承である。
逸話・伝承であるが故、もう『固定されて変わらない』。
『すまんな……。何と言うか、頼むよ』
もうなんというか『頼むよ』としか言えない邪蛇に、『終わりの魔剣』はこくりと頷く。
「ええ、いいでしょう。どうせ、私は自ら『秋原』を背負った身です。少女一人の人生ぐらいは……まあ何とか。少なくとも過去の因縁だとかは『終わらせます』」
佐守あおの因果。
佐守あおの『運命』。
佐守あおの過去と現在の罪科は、『終わらせる』と、『秋原の熱剣』は宣言する。
――ただし、その後の未来までは保証できない。
保証しては、ならない。
佐守あおの未来は、佐守あおが決めるべきなのだから。
『うん。御前のそういうところが、己も好ましく思う』
「邪蛇に、好ましいと言われてもねえ」
『うん。そうだなぁ……』
戸枝は失笑してしまう。
この大蛇の方が、佐守あおよりも、余程理知的で、理性的ですらあるのだから。
そんな、なんとも言えない話をしていると――
「ああ、そろそろ眷属化も切れるけど、何か言いたいこととかある?」
と、軽薄な望月の声が割り込んでくる。
見れば、大蛇の姿も薄れてきている。
『あー…………うー…………ん。そうだな、あおを、頼むとしか、己は言えん。あと、アレだ。海神には気を付けろ。アレは何をしでかすか、分からん。……大体、嵐の神とかそういうのは、ロクなもんではないぞ』
「言われなくても分かってますが……それ、ちょっと私情が挟まっておりません?」
『うん』
「はっ」
『…………すまんな。あおを頼む』
「何度も言われずとも、分かっています。さようなら」
それが、大蛇と戸枝の最後の会話。
消えてしまう蛇に別れを告げて、戸枝は会話を閉じる。
「あっつ!?」
――というか、無理矢理に眷属化による念話を焼き切る。
なんだかこれ以上は本当に愚痴になってしまいそうだったから。
「あのさぁ……焼く前に僕に確認取ってくれる?」
「別にこれぐらいなら熱いで済むでしょう」
「その判断基準やめてくれる……? 怪我が残らなければいいとかそう言う話じゃないよ?」
結果として残されるのは、一年生二人と――すやすや眠る佐守あお。
今も、大蛇は見ているのだろうが、少なくともコンタクトは取れない。
「…………人によくもまあ重たいモノを押し付けて」
「まあまあ、ほら。僕も支えるよ?」
「貴方はそういうものから逃げてきた人でしょう」
「だね~。でも、だからこういう娘の扱いは慣れてる」
任せてよ、という望月に、絶対に任せないと決める戸枝。
「はぁ…………」
と、ため息を吐きながら、佐守の頭を軽く小突く。
「……貴方は、貴方にしかなれないんですわよ?」
そんな当たり前の真理を。
しかし、当たり前を知らない、今はまだ許容できない彼女に小言のように囁いた。