わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
「君に、ここに誘われるとは思わなかったな」
準々決勝が終わった後の、夜の練習場で、模擬剣を握った『白夜の聖剣』逸見明音はぼやく。
対峙するはかの『不動明王』――『三年五指』が一人、吉兆華鈴。
その手には同じく模擬剣が、しかと両手で握られている。
「ええ。私も熱に当てられて、少々気まぐれを起こしました」
答える声は優しく、しかしどこか恐ろしい。
先の決戦で『終の熱剣』――いや、今は『秋原の熱剣』に言われた言葉。
それが、彼女の内側で残響している。
「ですが、貴方が答えてくれるとも思っていませんでした。明日も試合でしょうに」
洛陽と違い、白夜高校はしっかりと勝ち上がっている。
明日にはちゃんと準決勝が控えている。
だというのに、彼女は――逸見明音はここに来た。
それも当然のように。
「うん。だって友だちの誘いだからね」
なんて、気楽に。本気とも冗談とも思えない事を言う。
吉兆華鈴は思わず笑ってしまいそうになるのを堪える。
あの『白夜の聖剣』――埒外の怪物に『友だち』などと呼ばれているとは。
――いや、最初から彼女は自分の事を友だちだと言っていた。
それを勝手に神聖視し、畏れ、逃げていたのは、他ならぬ自分である。
つまり、これが私の罪科かと、かの『不動明王』は自嘲する。
「……とはいえ、明日も試合があるのは確かだ。できれば」
「ええ、『異能』は使わず、剣のみで」
それならいいよと気楽な返答と共に、『白夜の聖剣』は両手で剣を構えた。
――正眼。美しく、無駄がない。何処に打ち込もうとも隙のない。
およそ剣において、少なくともこの『国異』において、その剣術で敵う者はいないであろう『白夜の聖剣』。
やはり化物ではないか。到底己が及ぶものではないではないか。
「…………などと、思うからいけないのでしょうね。私は」
ため息と同時に握る手に力を籠める。
思えば、ちゃんと剣を振るうのは久方ぶりだ。
この『聖剣』に出会ってから、もはや自分で『剣』を振るうことなど諦めていた。
すべては仲間か『異能』頼り。だって、『剣』では敵わないから。
挑むことを諦めていた。だというのに、あの『熱剣』に当てられて、今はこんなにも昂っている。
「――だから、私は本気で挑みます」
「うん。君と剣を交えるのも久々だ」
だから愉しいと、『聖剣』は笑いながら構える。
だというのに一切の油断も隙もない。この『聖剣』は、何よりこれが脅威だ。
どれだけ『最強』だの『伝説』だのともてはやされても奢らない。
必ず、どんな相手でもちゃんと対等に見てくれる。
――即ち、手加減をしてくれない。
だからこそ、挑む側には厄介なのだと、厄介だったのだと笑いながら。
彼女は生涯最後の剣を持ち、
「――私立洛陽、『不動明王』吉兆華鈴。参ります」
その『伝説』に、立ち向かう。
「…………しゃあああああああっ!!」
咆哮と共に上段に構えた剣を叩き下ろす。
「んっ」
『白夜の聖剣』はその剣を弾き返す。だが、彼方の体勢も崩れた。
『不動』の剣は力強く、重いのだ。そして何よりも――
「はあああ!!」
業火の如き剣捌き。その重たい剣を、幾度も重ねる。
「ん、く……」
『白夜の聖剣』はその剣を弾くのではなく逸らして逃がす。
だが三毒の蛇は、例え『異能』がなくとも獲物を逃がさない。
逸らされた反動すらも利用して、さらに『白夜の聖剣』へ追いすがる。
一見すれば『白夜の聖剣』の防戦一方。『不動明王』の怒りの剣は留まることを知らず。
あの逸見明音が、『押されている』。
そう言う風に、見えてしまう。
そう言う風に、吉兆も思う。
「このまま、押し切るぞ! 『聖剣』!」
咆哮と共に剣を振るう。
憤怒に燃える表情はまさに『不動明王』の名に恥じぬ形相である。
準々決勝で見せた菩薩の如き微笑みとはまるで真逆。
そもそも、こちらこそ彼女本来の剣。
菩薩の微笑は『白夜の聖剣』への諦観が生んだもの。
ならばこそ、『挑む』と決めた今、その剣はまさに本領を発揮していた。
「ぐっ――」
剛剣が『白夜の聖剣』を押し返す。その体勢が、しかと崩れる。
体勢を立て直すには時間が掛かる。とどめとばかりに、吉兆は剣を振り上げ、全力で『聖剣』に迫り――
「――間合いが、近いな」
――そんな、ぼやくような声と共に。
『白夜の聖剣』は、一歩。足を前へと踏み出した。
「は――?」
胴が、剣が動かない。
逸見明音が、密着している。まるで抱き合うような距離。
ただでさえ前へ前へと迫った吉兆。そこに、『白夜の聖剣』は踏み込んだ。
故に、互いの距離は寸もない。
――どころか吉兆が振り上げた剣の柄を、『白夜の聖剣』に握られている。
組手、そんなものまで覚えているのかと、吉兆は思わず呆けているうちに。
「あっ」
ぐんっと、手首の返しだけで剣を『持っていかれた』。
無刀となった吉兆の首筋に、『白夜の聖剣』の切っ先が置かれる。
「――鈍ってる。怯えている。君の剣は剛剣だ。もっと間合いは遠間でいい」
「むしろ、以前はそうだったはずだ」と、『白夜の聖剣』は語る。
「は――」
吉兆は思わず笑ってしまった。
規格外の手腕にではなく、『それに怯えていた自分』に。
「……久方ぶり、でしたからね」
自ら剣を振るうことも、誰かに挑むということも。
だから、吉兆は見誤った。自身の本来の間合いを。
何よりも『怯えて』いた。だから、確実に仕留めようと距離を近づけ過ぎた。
故に、この結果は必定である。
――何よりも、諦めて鍛錬を怠っていた自分が、最強でありながらも今なお鍛錬を欠かさない『聖剣』に敵うはずもなく。
「結果は――こうですか」
はあ、とため息を吐きながら、吉兆は降参のポーズを取った。
それを見て『白夜の聖剣』は剣を降ろす。
「でも、やっぱり君の剣は力強い。万全で挑まれたら、さすがに受けきれなかった」
「まあ……その言葉だけでも、良しとしましょう」
心に、酷くしこりは残る。
勝者からの賛辞など、痛く癪に障るものだ。
――癪に障るものだが、自分が受けられるものはそれしかない。
諦め続けた敗者に、気持ちのいい終わりなど、期待する方が間違っているのだから。
「うん。だけど良い勝負だったよ。少なくとも、私は愉しかった」
などと、笑いかけられても、失笑しか浮かばない。
「あと、剣で挑んでくれてよかった。茶道なら私は敵わない。……ていうか、アレだ、正座が辛いんだ。どうしても動きたくなってしまう」
「一応、習ってはいるが……」などと、やっぱり本気とも冗談ともつかないことを言う『白夜の聖剣』に、『不動明王』吉兆華鈴は微笑みながら。
「――今度はお茶を淹れてさしあげましょう」
などと誘うのだった。