わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで   作:遠野静

38 / 86
余談:『白夜の聖剣』と、『不動明王』

「君に、ここに誘われるとは思わなかったな」

 

 準々決勝が終わった後の、夜の練習場で、模擬剣を握った『白夜の聖剣』逸見明音はぼやく。

 対峙するはかの『不動明王』――『三年五指』が一人、吉兆華鈴。

 その手には同じく模擬剣が、しかと両手で握られている。

 

「ええ。私も熱に当てられて、少々気まぐれを起こしました」

 

 答える声は優しく、しかしどこか恐ろしい。

 先の決戦で『終の熱剣』――いや、今は『秋原の熱剣』に言われた言葉。

 それが、彼女の内側で残響している。

 

「ですが、貴方が答えてくれるとも思っていませんでした。明日も試合でしょうに」

 

 洛陽と違い、白夜高校はしっかりと勝ち上がっている。

 明日にはちゃんと準決勝が控えている。

 だというのに、彼女は――逸見明音はここに来た。

 それも当然のように。

 

「うん。だって友だちの誘いだからね」

 

 なんて、気楽に。本気とも冗談とも思えない事を言う。

 吉兆華鈴は思わず笑ってしまいそうになるのを堪える。

 

 あの『白夜の聖剣』――埒外の怪物に『友だち』などと呼ばれているとは。

 

 ――いや、最初から彼女は自分の事を友だちだと言っていた。

 それを勝手に神聖視し、畏れ、逃げていたのは、他ならぬ自分である。

 

 つまり、これが私の罪科かと、かの『不動明王』は自嘲する。

 

「……とはいえ、明日も試合があるのは確かだ。できれば」

 

「ええ、『異能』は使わず、剣のみで」

 

 それならいいよと気楽な返答と共に、『白夜の聖剣』は両手で剣を構えた。

 

 ――正眼。美しく、無駄がない。何処に打ち込もうとも隙のない。

 およそ剣において、少なくともこの『国異』において、その剣術で敵う者はいないであろう『白夜の聖剣』。

 やはり化物ではないか。到底己が及ぶものではないではないか。

 

「…………などと、思うからいけないのでしょうね。私は」

 

 ため息と同時に握る手に力を籠める。

 思えば、ちゃんと剣を振るうのは久方ぶりだ。

 この『聖剣』に出会ってから、もはや自分で『剣』を振るうことなど諦めていた。

 すべては仲間か『異能』頼り。だって、『剣』では敵わないから。

 挑むことを諦めていた。だというのに、あの『熱剣』に当てられて、今はこんなにも昂っている。

 

「――だから、私は本気で挑みます」

 

「うん。君と剣を交えるのも久々だ」

 

 だから愉しいと、『聖剣』は笑いながら構える。

 だというのに一切の油断も隙もない。この『聖剣』は、何よりこれが脅威だ。

 

 どれだけ『最強』だの『伝説』だのともてはやされても奢らない。

 必ず、どんな相手でもちゃんと対等に見てくれる。

 

 ――即ち、手加減をしてくれない。

 

 だからこそ、挑む側には厄介なのだと、厄介だったのだと笑いながら。

 彼女は生涯最後の剣を持ち、

 

「――私立洛陽、『不動明王』吉兆華鈴。参ります」

 

 その『伝説』に、立ち向かう。

 

「…………しゃあああああああっ!!」

 

 咆哮と共に上段に構えた剣を叩き下ろす。

 

「んっ」

 

 『白夜の聖剣』はその剣を弾き返す。だが、彼方の体勢も崩れた。

 『不動』の剣は力強く、重いのだ。そして何よりも――

 

「はあああ!!」

 

 業火の如き剣捌き。その重たい剣を、幾度も重ねる。

 

「ん、く……」

 

 『白夜の聖剣』はその剣を弾くのではなく逸らして逃がす。

 だが三毒の蛇は、例え『異能』がなくとも獲物を逃がさない。

 

 逸らされた反動すらも利用して、さらに『白夜の聖剣』へ追いすがる。

 

 一見すれば『白夜の聖剣』の防戦一方。『不動明王』の怒りの剣は留まることを知らず。

 あの逸見明音が、『押されている』。

 

 そう言う風に、見えてしまう。

 そう言う風に、吉兆も思う。

 

「このまま、押し切るぞ! 『聖剣』!」

 

 咆哮と共に剣を振るう。

 憤怒に燃える表情はまさに『不動明王』の名に恥じぬ形相である。

 準々決勝で見せた菩薩の如き微笑みとはまるで真逆。

 

 そもそも、こちらこそ彼女本来の剣。

 菩薩の微笑は『白夜の聖剣』への諦観が生んだもの。

 

 ならばこそ、『挑む』と決めた今、その剣はまさに本領を発揮していた。

 

「ぐっ――」

 

 剛剣が『白夜の聖剣』を押し返す。その体勢が、しかと崩れる。

 体勢を立て直すには時間が掛かる。とどめとばかりに、吉兆は剣を振り上げ、全力で『聖剣』に迫り――

 

「――間合いが、近いな」

 

 ――そんな、ぼやくような声と共に。

 『白夜の聖剣』は、一歩。足を前へと踏み出した。

 

「は――?」

 

 胴が、剣が動かない。

 逸見明音が、密着している。まるで抱き合うような距離。

 ただでさえ前へ前へと迫った吉兆。そこに、『白夜の聖剣』は踏み込んだ。

 

 故に、互いの距離は寸もない。

 ――どころか吉兆が振り上げた剣の柄を、『白夜の聖剣』に握られている。

 組手、そんなものまで覚えているのかと、吉兆は思わず呆けているうちに。

 

「あっ」

 

 ぐんっと、手首の返しだけで剣を『持っていかれた』。

 無刀となった吉兆の首筋に、『白夜の聖剣』の切っ先が置かれる。

 

「――鈍ってる。怯えている。君の剣は剛剣だ。もっと間合いは遠間でいい」

 

「むしろ、以前はそうだったはずだ」と、『白夜の聖剣』は語る。

 

「は――」

 

 吉兆は思わず笑ってしまった。

 規格外の手腕にではなく、『それに怯えていた自分』に。

 

「……久方ぶり、でしたからね」

 

 自ら剣を振るうことも、誰かに挑むということも。

 だから、吉兆は見誤った。自身の本来の間合いを。

 何よりも『怯えて』いた。だから、確実に仕留めようと距離を近づけ過ぎた。

 

 故に、この結果は必定である。

 

 ――何よりも、諦めて鍛錬を怠っていた自分が、最強でありながらも今なお鍛錬を欠かさない『聖剣』に敵うはずもなく。

 

「結果は――こうですか」

 

 はあ、とため息を吐きながら、吉兆は降参のポーズを取った。

 それを見て『白夜の聖剣』は剣を降ろす。

 

「でも、やっぱり君の剣は力強い。万全で挑まれたら、さすがに受けきれなかった」

 

「まあ……その言葉だけでも、良しとしましょう」

 

 心に、酷くしこりは残る。

 勝者からの賛辞など、痛く癪に障るものだ。

 

 ――癪に障るものだが、自分が受けられるものはそれしかない。

 諦め続けた敗者に、気持ちのいい終わりなど、期待する方が間違っているのだから。

 

「うん。だけど良い勝負だったよ。少なくとも、私は愉しかった」

 

 などと、笑いかけられても、失笑しか浮かばない。

 

「あと、剣で挑んでくれてよかった。茶道なら私は敵わない。……ていうか、アレだ、正座が辛いんだ。どうしても動きたくなってしまう」

 

「一応、習ってはいるが……」などと、やっぱり本気とも冗談ともつかないことを言う『白夜の聖剣』に、『不動明王』吉兆華鈴は微笑みながら。

 

「――今度はお茶を淹れてさしあげましょう」

 

 などと誘うのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。