わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
――翌日。
練習試合の相手は私立鶴久女学校。
去年の準優勝校。メンバーは、以前動画で見た面子から様変わりしている。
かの聖剣に落とされた『鉄腕』、『邪竜』、『神槍』はもう卒業してて、代わりにあの試合で唯一残った遠距離特化の二年生が、今は三年で部長をしている。
名前は、たしか――
「やっほ~、目黒ちゃん」
そうだ。目黒次美さん。身長は多分平均より少し高いくらい。
セミロングの茶髪を束ねていて、どこかきりっとした雰囲気があった。
うちの小柄でふわふわしてて、なんか適当な部長とは大違いだ。
『異能』についても噂で聞いたことがある。
『ファーティフ』……『征服者』という概念の異能だとどこかで聞いた覚えがあるけど、それが何を意味するのかは分からなかった。
少なくとも去年の戦い方は、多数の銃を召喚しての多重掃射だったけど。
「いやあ悪いねぇ、急な練習試合に付き合って貰っちゃってさぁ~……。この時期になると、どの学校も秘策は隠したがるからね~」
そうしてへらへら笑う水野部長に、目黒次美さんは口元に拳を当ててクスリと微笑んだ。
「構いませんよ。秘策を知りたいのは、こちらも同じ。まして貴方の高校なら、なおさら」
「うち、ベスト八よ?」
「けれど――今年は『白夜の聖剣』と同等の一年生が入ったと聞きましたよ?」
そう言って、目黒先輩の瞳が戸枝さんに向けられる。
「『異能』は『レーヴァティン』――『運命の死、終わりの熱剣』、でしたっけ?」
……やっぱりバレてるんだ。完全にわたしのせいだ。
でも、どうしようかと慌てているのはわたしだけで、戸枝さんは堂々とした佇まいを崩さなかった。
それを見てもなお、目黒さんは微笑んで、手をたたいた。
「音に聞こえし『海神の槍』、仕事人な『冬の狙撃手』。……加えて『白夜の聖剣』と同等の『終の熱剣』。それに、予測のつかないきみがわるい一年生が二人――なるほど、こんなに相応しい練習相手もいないでしょう」
彼女の視線は、もうこちらを見てはいなかった。彼女が見ているのは、仲間の仕上がり。
メンバーが様変わりしたのは鶴久も同じだ。だから、本戦が始まる前に、試運転がしたかったのだろう。
それに、何より――
「本戦前の景気づけには丁度良いお相手です。ここらで一つ白星を頂いて、気持ちよく大会に挑むとしましょう」
――思わず飛び出しそうになるわたしの首根っこを、山名先輩が掴んで止めた。
なんで止めるのか意味が分からない……だってアレ、完全にウチを舐めてますけど。
「いや、試合前だから……その気合は、試合中に使ってくれ」
「……むぅ」
「それに、ウチの部長もそんな柔じゃない。ほら」
「はは。まあそりゃ昨年の準優勝校が、ベスト八に本戦前に負けたら格好がつかないもんねぇ」
苦笑を浮かべながら、水野部長は目黒先輩の皮肉に答える。
「――何なら、パーフェクトゲーム。一人も墜とさずに勝たないとね? やっぱり『邪竜』と『鉄腕』、『神槍』のいない鶴久はダメだって、噂になっちゃうかもね」
「……この練習試合は、そこまで注目されていませんよ。他校の偵察もいないでしょう?」
逃げた。
目黒先輩は『注目されない』と言ったが、『パーフェクトゲーム』ができるとは、明言しなかった。
それは戸枝さんを警戒してのものなのか、それとも水野部長を警戒してのものなのか。
どちらにせよ、試合前の舌戦は、水野部長の勝利みたいだ。
普段はへにゃへにゃしてるのに、なんだか、凄く、頼もしい背中に見える。
「……あれ、真似するなよ? ていうか真似できるもんでもないし」
とか考えていたら上から山名先輩に注意された。
たしかに、わたしにあんな上手い言い返しはできないけど……。
「さてと、試合前の楽しいお喋りも済んだし。それぞれ指定位置につくよ~」
水野部長が戻ってくる。
◇
今回のフィールドは、大規模な森林。木々が邪魔をして射線が通りづらく、足場も悪い。なにより音が籠っていて、どこに誰がいるか把握しづらくなる。
不意の遭遇戦が多くなるだろう。戸枝さんの『熱剣』なら一気に薙ぎ払えるかもしれないけど、まだ相手の能力も把握できていない状況で、彼女に魔力を消費させるのはちょっと怖い。
「――それで、水野部長。なにか策はありまして?」
同じことを考えていたのか、指定位置まで走っている間に、戸枝さんが水野部長に問う。
部長はまたへらへら笑いつつ。
「ん、まあ一応あるけど……。その前に戸枝ちゃん、今日は『熱剣』、何回使える?」
「……全力は一発が限度かと。ただ、通常戦闘なら余波だけでも十分に戦えます」
「それは、あっちの選手を見た上での答え?」
「はい」
水野部長の問いに、戸枝さんは迷いなく答えた。
……であれば一発撃ち込んで、その後で殲滅する?
こう、一回爆撃してから降下作戦、みたいな……。
いや……でも、あっちは『熱剣』のことを知っていた。
それなら射程範囲も把握されているだろうし、散開されると、直線を焼き払う『熱剣』では、やっぱり不発に終わって、むしろ、戸枝さんの位置だけが把握される可能性が高い。
「ふむふむ~……。ん、でも一発はいけるんだね? それなら、使えば三人ぐらいは墜とせるか」
けれど、部長は今の言葉を聞いた上で、『熱剣』を使うと断言した。
それも三人ぐらい――相手の過半数は墜とせると。
「……本当に計画がありますの? 自分で言うのもなんですけれど、私、警戒されているはずですわよ」
「うん、できるよ。一か所に集めりゃいいんでしょ。ならさ――」
……水野部長の計画は、およそ正気を疑うものだった。
というか、それはもう計画と呼べるようなのじゃない。もっと滅茶苦茶な提案というか、奇策というか、ただの無茶というか……。
「その……。本気で、言ってますの? 私、加減はできないし……」
「いいのいいの。目黒を上回んならこれぐらいしないとね。こう、肉を切らして骨も斬る、みたいな?」
「先輩、それ両断されてます」
山名先輩の冷静なツッコミに、たしかにとけたけた笑う水野部長。
どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか分からない人だ……。
とはいえ――たしかにソレなら、数名は確実に墜とせる。
それも、戸枝さんの『熱剣』で。
「じゃ、決まりだね。……あと、望月~」
「ああ。なんですか、水野部長」
もう一人。望月さんが部長に呼ばれた。ていうか部長にはちゃんと敬語なんだ、この人。
「お前の『異能』は、作戦の後で。多分その方が効果出るっしょ?」
「……まあ、そうですね。一応、今は条件が揃っていますし」
そう答えて、望月さんは上を見上げた。木々が生い茂る中で、夏の澄み切った青空に白い月が微かに見えている。
「ただ……ちょっと視界が悪いかな。もう少し見やすい高台の方が嬉しいかもです」
「おっけ。じゃあ一年生は望月を守りつつ西の高台を目指して。もし途中で敵と遭遇したら斬ってよし! 佐守ちゃんも、張り切ってね」
「え、あ、はい!」
急に名前を呼ばれて、返事は裏返る。
とりあえずわたしがやることは、戸枝さんと望月さんの護衛……でいいのかな?
まだ望月さんの『異能』を知らないから、彼女をそこまで守る必要性があるのか分からないけど。
「あと、山名はいつも通りスカウト。指示は追って伝える」
「了解」
端的な会話と首肯だけで、水野部長と山名先輩のやり取りは終わった。
山名先輩も、部長の奇策は聞いていたはずなのに、顔色一つ変わってない。
なんというか……これが培ってきた信頼関係なのだろうか。
それとも単に慣れてしまったのだろうか。
とりあえず、ちょっと格好いいと思ってしまった。
◇
両チーム、それぞれのスタート地点に立ったところで、試合開始のブザーが鳴る。
選抜戦や昨日の模擬戦は人間の手で審判をしてもいいが、本戦や、こういう本格的な練習試合だと、とてもではないが人間の眼では捉えきれない。
広いフィールドを、強力な異能が飛び交うのだ。だから試合の撮影や判定は、ドローンとか機械が行う。
ふわふわと頭上を飛び交う複数の最新機器(ドローン)の下で、『異能』なんて超常の力が跋扈する。
それが何かちょっとおかしくて、試合前だというのに集中できなかった。
それに。
「じゃ、まずは作戦どおりに。なに、練習試合だ。気楽に勝とうぜ~」
ひらひらと手を振る水野部長の気楽な態度も、わたしの緊張をほどいてくれた。
◇
この作戦はスピード勝負だ。
水野部長は、スタート地点から動かず、わたしと戸枝さん、望月さんの一年生トリオは高台を目指して一目散に登っていく。
それから山名先輩は木々に登って、森の奥に消えていく。気配も完全に森と同化して、まるで忍者みたいだった。
問題は、離れている間の意思疎通。この森では少し離れただけで姿も見えなくなる。
ジェスチャーも困難だけれど――
「――『我は大地の神である。我は嵐の神である。我は海の神である』」
水野部長の詠唱が、
「『この穂先にて綿津見を掻き混ぜ、世に嵐を齎さん』」
もう姿も見えなくなった彼女の雷鳴が、耳小骨を直接震わせる。
「――『抜槍。トリアンナ』」
詠唱が完了すると同時に、全身が“軽く”なった。
なんだか水の上を泳いでいるような浮遊感。それに魔力もやけに軽い。
『――ほう、海神の加護か。御前には相性がいいだろうよ。己にとっては気に食わんが……まあ、よく似た他人と思えば、許せる』
内側で大蛇さんの声が聞こえる。
海神の加護。水野部長の武器は三叉の槍――いわゆるトライデントだ。
その能力は――
(もしもーし、聞こえる~?)
「うわっ」
急に耳元でささやかれたみたいな、水野部長の声がして、思わずびっくりしてしまった。
(あ~ごめんごめん。急だと驚くよね~? あ、ちなみに声に出さなくても会話可能だからさ~)
(水野先輩……そういうのは、先に言っておかないと)
今度は山名先輩の声まで聞こえる。
なんかイヤホンでグループチャットしてるみたいだ。
(というわけで、念話が可能なのです。あたしが無事な間は、距離の問題は関係なし。いくらでも連携し放題)
(ああ、それは便利ですね。……それに、なんとなく力が上がっている気がするけど、これも部長の力の一端ですか?)
望月さんも混ざってくる。たしかにわたしも身体が軽い。大蛇さんが海神の加護とか言ってたけど……。
(そうそう。仲間に魔力をね、分け与えられるんだよ。この手の『異能』は、部長格には多いから、覚えておくといいよ)
……なるほど。念話による遠隔会話と、魔力による味方の強化。
指揮官としてはこれ以上ないほど有用な『異能』だ。言うことがなさすぎて、落とし穴が見つからない気がするけど――
「……佐守さん、望月さん。さっきから黙ってどうしましたの」
「え……あれ――? 戸枝さん、声聞こえてないんですか?」
「声……?」
(……先輩、戸枝に繋ぎ忘れてませんか)
(あ~、ごめんごめん。いやぁ、ほら、気まぐれでねぇ~)
(……!? な、なんです急に、声が……!)
(あ、その辺の話はもうしたからスルーでいいね)
……なんだろう。
すっごい、雑……というか、気まぐれというか……!
(いやあ、こればかりはしかたない。ていうかそういう能力なんだよね。『海神は気まぐれで女好き』だからさ。その日の好みとかやる気で、出力が変わっちゃうのさ~)
あはは~と軽く答える部長。
……前言撤回する。全然落とし穴だらけだ、この能力。
ていうかその日の気分次第で上下するとか、どうすれば……?
(ま、今日は全員繋げられたから、比較的好調かな? ……とりあえずこれで意思疎通の問題はなし。全員、作戦続行。状況が変わったら報告すること)
本当に大丈夫なのかなと思いつつも、わたしと戸枝さん……それに望月さんは高台を目指す。
その間、敵と遭遇することは一度もなかった。どうやらコッチ方面には来ていない……のかな……?
そんなことを考えてたら、ジャキっていう硬い金属音の後で、山名先輩の声が聞こえた。
(――先輩。三人向かってきます。目黒に強化された三年が二人と、『鶴久の絶剣』――『デュランダル』が一人)
……『鶴久の絶剣』? なんか聞き覚えのあるような言い回しだと思っていたら、戸枝さんがひっそりと、わたしに耳打ちしてくれる。
「……一年前に、一番『白夜の聖剣』に近いと呼ばれていた人ですわ。……要は今の私と同じ。『異能』は『不屈』――肉体が砕けても折れない剣」
「へえ~……」
そんな人がいたんだ。普通にエースじゃん。
……でも、今も戸枝さんは『白夜の聖剣』と同等と呼ばれている。
『鶴久の絶剣』と同等とは呼ばれていない。
それは、つまり――
「そう。『鶴久の絶剣』は敵わなかった。……あなた、去年の決勝動画は見たでしょう?」
「あ、まあはい……」
鶴久の超短期戦で、白夜が『聖剣』一人を残して壊滅した後、彼女が一人で盤面をひっくり返した奇跡の試合だ。
あの時彼女は、まず当時の至高である『鉄腕』と『邪竜』を墜とし、それと同時に相手の盤面を焼き払い――
「その時に倒れたのが彼女。一度も斬り合うことなく、敗れた剣」
……そっか、だから印象が薄いのか。
その後『聖剣』は『神槍』を打ち返し、現部長である目黒先輩を撃破した。
その様子があまりに鮮烈だったから、途中で退場した一人の存在なんて誰もが忘れていた。忘れてしまった。
「ただし」
と、望月さんが言葉を続ける。
「『絶剣』の魔力は、戸枝さんと同じように『聖剣』と同等。そして、今の彼女に君のような甘さはないよ。むしろ一度折れた分、より強くなっているかもね」
「五月蠅いですわね……分かっていますわよ」
一年三人で話している間にも、状況は動く。
水野部長と山名先輩の念話が耳に届いてくる。
(山名。そいつらは三人とも真っ向からあたしに?)
(はい。どうします? 撃ちますか、届きますけど)
(いんや、姿の見えない四人目が気になる。本命は多分そっちだ)
(了解です。じゃあ暫く潜伏で)
(えっ……)
……いや、いやいや。ちょっと待ってほしい。
一対三? それも相手のうちの一人は『聖剣』と同等と呼ばれていた人――?
(あの、ぶ、部長……!)
(んん? どったの、佐守ちゃん)
(わたし……そっちに戻った方が、いいような……!)
……今のわたしでどれだけの力になるかは分からないけど、少なくとも一対三よりはマシだろう。
なによりも、この作戦はわたしだけ『明確な役割がない』。
要は遊撃隊だ。今は作戦成功のために戸枝さんと望月さんの護衛をしているけれど、水野部長の方が不利なら、そちらの護衛に向かった方が――
(ううん、嬉しい……先輩思いの後輩をもって、あたしは幸せだよ~。この前は走馬灯見るとか言ってごめんね?)
(いや、冗談ではなく……!)
(ふふっ……こっちも冗談じゃないから、大丈夫。佐守ちゃんは佐守ちゃんの、やるべきことをしなよ)
ふっと、全身を覆っていた水野部長の魔力が、彼女のもとへ戻っていく。
それと同時に、水野部長がいるスタート地点の頭上に、大きな、大きな雷雲が垂れ込めはじめて――
(……ま、とはいえこっちも三年で、部長で、初舞台なわけだからさ)
その重々しい空気とは対照的に、部長の声音は軽やかに。
(ちょっとだけ、張りきった姿も見せておきたいし)
『……いけ。アレは嵐の化身だ。下手に近づけば、巻き込まれるぞ』
なんて、大蛇さんも脳内で言ってくれるので。
(分かりました。えっと……えっと、頑張って……!)
(はいよ~。んじゃま、格好つけますかぁ)
最後まで軽やかな言葉と共に、念話が斬られる。同時に轟音。
雷鳴が鳴り響いた。
――最初の戦いが、始まったのだ。
◇
――遠く離れた、秋原のスタート地点。
始まった戦闘を、鶴久の部長である目黒次美は、同じく鶴久の開始地点から“視て”いた。
この森では少々扱いづらい凱旋戦車に乗りながら、共有された視界を通して、その景色を眺めている。
水野弥生の言う通り、部長や司令官格にはこうした味方との共鳴能力を持つ者が選ばれることが多い。
水野の場合は念話による遠隔会話と海神の加護のみに留まるが、『征服者』、目黒次美にとって部員は大切な仲間であり、同時に盤上の駒でもある。
目黒次美にとって、部員は大切な仲間でもあるが、同時に盤上の駒でもある。
無論、勝てれば嬉しい。我が事のように喜ぶだろう。仲間と勝利を分かち合うだろう。
しかし、大局的に見た場合にそれが後の敗北に繋がるようなら、彼女は即座に斬り捨てる。
たとえそれが自分自身であっても。そういう視座で試合を見ている。
それが目黒次美という『征服者』。故にその共鳴能力は、水野の海神の加護よりも強い。
――例えば『異能』同士の貸し借り・連携。
彼女は自分を中心に、別メンバー間で『異能』を交換したり、統合したりすることができる。
無論、通常はあり得ない。『異能』はその人物の魂の形であり、心の有り様であり、感情の発露そのものだ。
だから、他者が他者の『異能』を扱うことは通常不可能なのだが……。
目黒次美にとって、部員は盤上の駒でもあるが、同時に大切な仲間でもある。
大局的に見た場合にそれが後の敗北に繋がるようなら、彼女は即座に斬り捨てる。
しかし、彼女は仲間を誰より大事に思っており、その思いを、心を、魂を、誰より理解しているのだ。
だから、『一度彼女を通す』という条件付きで他者の『異能』や感覚を交換・増幅・連携できる。
それが目黒次美という『部長』。彼女は個ではなく、鶴久という『侵略者』の頭脳なのだ。
……もちろんデメリットはある。共鳴する分、ダメージも同調してしまうなど。
ただ、それを差し引いても、こと指揮官としての能力で彼女に勝る高校生は、今はいないだろう。
「ふむ……」
そんな彼女が、眉間に皺を寄せていた。
彼女が“視て”いるのは、鶴久の三人と『海神の槍』水野弥生の戦闘。
戦い自体は鶴久が優勢だ。如何に水野弥生が三年生で、熟練の槍の使い手とはいえ。
如何に彼女の『異能』が、『天候操作』『水流操作』などという多機能・広範囲、器用さと万能さの極致のような『異能』とはいえ。
相手は、目黒に強化された三年が二人と、『白夜の聖剣』と同等と呼ばれる、『鶴久の絶剣』が一人。
通常なら、水野弥生に勝ちの目はない。
だから、件の『熱剣』を呼び戻すと読んでいた。
彼女が噂に聞いた火力であれば、水野の雷雲と戸枝小春の終わりの魔剣でこの状況を打破できる。
……なのに、彼女はそれをしない。
一人で三人相手に拮抗している。
どころか、徐々に押し返しているようにすら見える。
「……今日は、絶好調ですか? まったく、きみがわるい……」
笑いながら戦っている水野を見て、苛立たしげに眉根を寄せる目黒。
『その日の調子で能力が増減する』。一見するとただのデメリットでしかないが、緻密な予測や計画を立てる者を相手にする場合、この性質はメリットになりうる。
なにしろ、『いくら偵察しても戦うまで実力が分からない』のだ。
彼女の『異能』はすべて割れている。
『天候操作』『水流操作』『海神の加護』『念話共有』。
どれも強力で万能だが、ネタが分かれば対策も練れるというもの。
だというのに、彼女は今なお斬り結び続けている。むしろじわじわと圧倒している。
「……そんなもので、うちの『絶剣』を舐めるな、といいたいところですが」
今の彼女はどう見ても『ノッて』いる。
なにより――目黒次美は知っていた。
絶好調の時の彼女は、『聖剣』にすら迫るのだと。
昨年こそベスト八止まりだったが、それは当時の三年生に強い異能使いがいなかったため。
それに、まだ二年で部長でもない彼女が本調子を出すには、少し縛りが強すぎたため。
部長となり、自由に加護をばら撒き、気まぐれな奇策を扱えるようになった今、彼女を止める者はない。
今の彼女は現三年生で五指に入る実力者であると、目黒次美は理解している。
それに――
「あれは一年生の時でしたか……。あの女、かの『白夜の聖剣』を、笑わせましたね」
たしか、二年前の一回戦。当時一年生同士だった『海神の槍』と『白夜の聖剣』の一騎打ち。
当時から最強の名をほしいままにしており、事実その通りだった『白夜の聖剣』は、水野弥生と戦った時、はじめて笑みを見せた。
当たり前のように斬り、当たり前のように勝って帰ってくる。
そんな剣そのものとも言える女を、『笑わせた』。
それがどんな意味を持つのか、同じく戦士である彼女は知っていた。
その時と同じ気配が今の彼女にはある。
そうなると、『三人では少し足りない』。
足りるかもしれないが『足りない場合が起こりうる』。
足りない場合、『こちらは三人墜とされて、向こうは一人しか墜とせない。むしろ墜とせない可能性すらある』。
「……しかたがありません。こちらから盤面を固めましょう」
目黒次美は凱旋戦車の上に立つと、傍らに寄り添う少女に呼びかけた。
「網野」
「はい、なんですか部長」
網野と呼ばれた少女は、目黒次美の前に立つ。
目黒次美が凱旋戦車の上に乗っているからとはいえ、その視線の先は驚くほど低い。
それもそのはず。彼女、網野誠琴が入部したのは今年から。
つまり、戸枝小春や佐守あお――望月干果と同様の一年生だ。
魔力量は、望月干果や山名有為と同程度。つまり、『選抜メンバーに選ばれはするが、エースと呼ぶにはやや足りない』レベルの力。
けれど、しかし、だからこそ。
この戦いで『水野弥生を討つ』という、ただ一点においては、彼女は最強に最も近かった。
「開けなさい。凱旋の時です」
「分かりました」
こくりと頷くと、少女は目黒の前に立って両手を前に向ける。
その先は戦闘ゾーンだ。ここからでは深い密林に隠れて見えないが、丁度真反対で戦いが起こっているはず。
――だから彼女はそこを選んだ。
「『ある者が語る。川の水が血に変わり、杖は蛇に、手は癩病に』」
詠唱が始まる。誰よりも厳かで、誰よりも厳格な、まるで誓いのような祝詞。
「『ならば私は旅に出よう。十の戒律をこの背に背負い、海を越えて約束の地へ』」
『異能』が一般化する前から、その『奇跡』は、誰もが知っていた。
アブラハム系諸宗教に語り継がれる、その預言者の奇跡。それは――
「――『戒律。モーセ』」
次の瞬間――木々が『割れた』。
膨大な密林が道を開けるかのようにへしゃげ、折れ曲がり、まっすぐに水野弥生の戦闘地点への道を作る。
それと同時に。
「んむぅ……!?」
水流で作った三叉槍が揺れ動き、元の試合用の模擬剣へと戻る。
天を覆う雷雲が引き裂かれ、夏の澄み切った青空に白い月が微かに見えている。
「来たか……!」
咄嗟に試合用の模擬剣を構える水野弥生。
三年二人の同時攻撃をまとめていなし、『絶剣』の刃を模擬剣で受け止める。
『異能』を奪われてもなお、防戦一方とはいえ一対三を成立させる技量には感動すら覚える。
目黒次美が思った、「現三年生で五指に入る」というのも間違いではないだろう。
――しかし、それは個人の話。
水野弥生という少女の話。
この戦いは集団戦であり、戦いは常に複数人で同時に行われ、個人ではどうしようもない。
あの『白夜の聖剣』でもなければ。
なにより――網野誠琴の『異能』は、『水を割る』ことが本質ではない。
その異能は『道を作ること』が本質である。
密林を裂いて出来上がった一本道を前に――
「――『路を開けよ。私がこの地を欲しているように、この地も私を欲しているのだ』」
凱旋戦車に乗りながら、あくまで優雅に。
しかし緻密に、合理的に。
「『私の征服した土地は、領土ではなく、我が愛である』」
一歩として無駄がないように、目黒次美はその『侵略』を開始した。
「――『襲名。ファーティフ』」
――瞬間、目黒の周辺に大量の銃器が現れる。
否、銃器だけではない。真っ直ぐに突き進む騎兵の幻影。
そして巨大な攻城砲まで。
目黒次美の一部であるかのように――否、事実その通りに、その純粋な『軍事力』は即座に進軍する。
……しかし問題はこの後だ。
(先輩、私は移動します。また試合後で)
(おっけおっけ……! まあ一年どもが間に合う程度には持たせるよ)
――『ファーティフ』
征服王であり、侵略王。コンスタンティノープルを陥落させ、東ローマ帝国を滅亡へ追いやったオスマン帝国の王に与えられた異名。
その名を襲名した彼女は、騎馬民族特有の機動力・展開力で領土を『侵略』する。
無論騎馬民族の機動力は平野でこそ発揮される。だから密林は不向きなのだが、そのデメリットは先のモーセによって道が開かれた。
ならばやることは、ただ一つ。
「――さあ、征きましょうか」
がたがたと音を立てて、進軍が始まる。しかし、水野弥生も負けたままではない。
むしろ――
(見えたよ、山名! アレだ、討て!)
(了解っす)
たんっという軽い銃撃音が一発。
ただそれだけで、網野は心臓を撃ち抜かれて倒れた。
本試合最初の脱落のブザーがなる。
網野の『異能』――『モーセの水割り』は、その性質上『必ず網野が先頭にいなければならない』。故にそれを使った時こそが狙撃の好機。
(……あと念話だけ軽く残してくれません? その後の動きも決めたいんで)
(さりげなく無茶なことまで言い残さないでくれる!? なーんでうちの部員は協調性がないんだ!)
――などと、無協調の極致みたいな部長はぼやきつつも再度三叉槍を展開する。
先の雷雲――天候操作を行えるほどの『やる気』は残っていないが、それでも戦う意思はある。
……というより、ここまで来たらやることは一つ。
「ははは!! 結局最後は一年任せか! 鶴久の絶剣、何するものぞ! この槍の錆にしてくれる!!」
仰々しい台詞を敢えて吐く。ただの挑発だ。
なんなら、ブーメランですらある。なにしろこの後のことはすべて下級生任せなのだから。
(さて、できれば目黒にも、もう少し近づいてほしいけど――)
などと思いながら槍を構える水野に、目黒はただ静かに、駒を一つ進めるように。
「
軽い呼び名と共に、周囲に浮かぶ大量の銃器が水野を襲う。
迫る銃撃は、しかし分散されている分だけ軽い。彼女が軽く三叉槍を形作る水を解除し、その水で周囲に膜を張るだけで防ぎきれる。しかし――
「
巨大な、巨大な大砲の爆撃。
銃弾ならば防げる薄い水の膜は、その一発で破壊される。
水野は、再び水を纏わせ三叉槍へ――だが、それでも遅い。
なぜなら相手は
なぜなら相手は侵略者。
機動力、展開力の面において、欧州を蹂躙した暴威の化身。
「――
『異能』で作られた騎兵たちが、一斉に水野を襲った。
――避け切れない。防ぎきれない。躱し切れない。逃げきれない。
完全に水野の『詰み』である。
――そして、ここまでが水野弥生の作戦通りだった。
「あはは……! 分かりやすくしてくれて……ありがとう――!」
水野弥生は三叉槍を敵ではなく頭上に掲げた。
水流が木々の高さを越えて、空近くまで噴き上がる。
それが何を意味するのか。
敵ではなく空に水をあげた。
空ではない、頭上だ。
密林を超えて頭上。
密林の中からでも見える高さ。
つまり――それは目印だ。
「――退却。全員」
静かに、間に合わないと分かりながらも、目黒は全員に指示を出した。
しかし、ここまで敵を追いつめた三名は、目黒の言葉の意味が分からず、一瞬硬直してしまう。
――次の瞬間。
爆炎が、水野弥生がいた所を中心に三名まとめて薙ぎ払った。