わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
――『業火の海を、戦艦が往く』。
そんな、もう逸話なのか伝承なのかも分からない……というか普通に地獄かな? みたいな光景に、一年生三人は完全に放心していた。
だけど、脳内で水野部長が凄い五月蠅い。
(だから大和だよ! お前ら大和みてなんも思わんのか!? それでも広島市民かおい!)
……などと、なんだか博物館に連れてこられた子どもみたいなはしゃぎ方をしている水野部長。
いや、今そんな場合じゃないと思うんですけど。そもそもあれが大和……? って決まったわけじゃ……。
(いや大和だ! あたしが見間違えるわけがない! 嘘だろなんだ、あいつ……! は、はぁ!?)
(お、落ち着いてください、水野部長……!)
(落ち着けるか~! お前、相手がアレだぞ!? いくら『異能』が使えるからって、人の身で戦艦――しかも『大和』相手にできるか~~!!)
かつてないほどの動揺と興奮が抑えきれない様子の水野部長。
いや、でも天災度合いだと三年五指も変わらないと思うけど。
(災害は災害! 終わるもんだろ! あれは……お前戦艦大和だぞ! 不沈艦って呼ばれてたんだぞ!)
いや、それはそうなんだけど……。どうしよう、水野部長の興奮と戦慄が、ちっとも分からない。
相手への対応が分からないのはこれまでも同じだけど、コレはちょっとわたしにはパンクしてる。
あと、何より水野部長が異常なまでに興奮している意味も、ちょっとよく――
(だって、大和だぞ~!? 動いてんだぞ!? 実物サイズだぞ!? あ~、くそ~! 佐守ちゃんはともかく、戸枝ちゃんも望月も分からんかこの感動が~!)
何やら感動……しているらしい。
とか思っていると、念話に別の声が混ざる。
(けほっ……先輩、アレ、大和じゃないですよ)
山名先輩の声だ。無事だったんだ。
(お~! 山名、無事だったか……!)
(なんとか……ぎり。でもアレは大和じゃないです。……あーいや、大和なんですけど)
(は~!? 何言ってんだお前……! あたしが大和を見間違えるわけ――)
(え~と、面倒くせえな……まずあれが『異能』によるもんなのは分かりますよね)
(あ~? そ、そら、そうだけど……)
(んじゃあ戸枝……お前の魔力であのサイズの戦艦……えーとそうだな。『うちの学舎一個と大砲』ぐらいの巨体を、どれだけ維持出来る? 火力も――あ~……前のレーヴァティンと同じくらい)
急に話を振られた戸枝さんは、一瞬ビックリしていた。
でも、すぐに少し考えてから――
(そう……ですわね、精々一分程度、でしょうか)
(戸枝と比較できる魔力量は、あっちは『征服者』か『絶剣』しかいない。じゃあ、あの巨体は“そもそも維持できない”。鶴久のメンバーに『大和』という『異能』を持つ奴がいるとしても、精々一瞬だけ主砲だの副砲だのを召喚する程度だ)
「あるいは、人間サイズまで小型化した大和なら」と、山名先輩が冷静に推理してくれる。
でも、それはおかしい。だって実際にあの場には、『大和』があって――
(いやそれはおかしいだろ! だってあれは間違いなく四十六センチ三連装砲だぞ!? あたしが見間違えるはずがない!!)
でも、わたしが突っ込むより前になんか水野部長の念話が割り込んでくる。
(見た目はそうっすね。……だからちょっと細かくみてください)
言われて、わたしも細かく見た。けど、わたしは『大和』って言われてもぼんやり、昔の戦艦っていうイメージしかないから、よくわかんない……。
(あ~……? 言われてみれば、なんか縮尺が変……つうか、パッチワークっぽい……? あと、なんだ? 旗が、鶴久の旗になってる……いや、それはいいんだけど……んんぅ?)
首を傾げている水野部長に、山名先輩の冷静な指摘が入る。
(そもそも本当の大和の主砲なら、『私が生きてるはずがない』。あー……目黒先輩の『ファーティフ』って、『仲間同士の異能の共有、連携』がありましたよね? それで、『大和』の『異能』にあっちこっち――)
そう言った瞬間、なんか水野部長がびくって震えた。
それから、何か独り言を言い始める。
「……『異能』の共有? 五人分の魔力全部で、無理矢理、あのサイズに『形だけ』……風船みたいに……? いや、だとしたら『巨人』みたいな『異能』使いがいて、それで、あいつが中心になる……から……実際の装備は、あいつの――」
なんかブツブツと言ってる……でも、こっちはちっとも分かんない。
つまりどういうこと? と首を傾げた途端、水野部長は、急に怒りだした。
「あいつぅ~!? はぁ!? お前……お前、護国の船だぞ、お前、お前ェ~……!」
「あ、あの先輩――急に怒ってどうしたんですか!?」
「あ~くっそ、だからアレはハリボテだ! 大和じゃない! 『大和』の『異能』と、『巨人』とかそういう『異能』と、あと五人分の魔力使って、あいつの――『ファーティフ』で無理矢理『合体』させたんだ……くそがぁ~!」
◇
――戦艦大和。否――もはやファーティフ・ヤマトとでも呼ぶべき冒涜的な代物。
無論、中身のほとんどはスカスカだが――その艦橋から、目黒次美は水野弥生のはしゃぎっぷりを見ていた。
彼女の力には『遠見』もあるが、あえて艦橋を使っている。
――このフィールドは『平野』。それならば、『征服者』目黒次美の得意分野だ。
誰だってそう考える。水野弥生もそう考える。無論、目黒次美もそう考える。
だからこそ、「水野弥生ならまず盤面を覆してくる」と目黒次美は読んでいた。
だからこそ、「ならばその覆された盤面の上に、もう一つ新しい盤面を置く」と考えた。
そのために用意した鶴久の三年、大谷。
『異能』・『ティタン』。その能力は、『自身の巨大化』。
だが、『ファーティフ』を通せば、その『巨大化』を別の『異能』にも利用できる。
……当然、元の魔力量を考えれば中身はスカスカになるが、それでも五人分の魔力を『ファーティフ』で共有し、そのすべてをこの維持に使えば、多少は『それらしく』出来る。
練習試合で『熱剣』を見た時から、この計画は考えていた。
水野弥生は「どんな盤面でもまず機動力を『終わらせて』くる。なら、その上にもう一つ置く」。
焼き焦げた将棋盤の上に、新しい将棋盤を置くような所業だ。
――なので、極論なんでもよかった。
それこそ『鶴久の絶剣』こと『デュランダル』を巨大化させて、叩きつけてもよかった。
普段目黒が乗っている『凱旋戦車』を巨大化させてもよかった。
――それでも、『大和』を選んだ理由は。
「ふふ。きみには見覚えがあるでしょう? ねえ? 『広島県呉市出身』の、水野弥生さん」
水野弥生は他校にも顔が広い。
そして、特に趣味も出身も隠していない。
「喜んでくださっているようでなによりです。きみのその顔が見たくて用意したんですから」
(……マジで部長、そういう性格だから友だちいないんですよ)
脳内に飛んでくる武光からの容赦のない罵倒も、今は無視できる。
あの水野弥生を揶揄えているのだから。……とはいえ。
(ふむ。大谷、浦和? 我らがファーティフ・ヤマトの進軍はどうなっていますか?)
念話を飛ばす。まずは機関部――そこに配置された『異能』・『ティタン』を持つ大谷が答える。
(あ~……え~……)
しかし、その答えは怯えのせいか、なんとも言い難い状態。
なので、代わりに武光が問う。
(大谷先輩、機関部どうです?)
(いや、無理……もうこの船『終わって』るわ。絶賛沈没中つーか……逆にツギハギのハリボテでよかったね)
もしもこれが『異能』・『大和』などという規格外であれば、それこそ一撃で『終わっていた』。
この『大和』、武装や装飾はそれこそ他の『異能』によるツギハギである。
つまり五人分の『異能』が、さらに細かく分けられて、ブロック単位で無理矢理張り付けられている。
それこそ普段、目黒が召喚するような『軍事力』などが。なのでそれらが一個ずつ、下から『終わっていっている』のだが、『形だけ』はなんとか体裁を保てている。
……まあ、もう航海は不能なのだが。
(ん~……じゃあ浦和、どう?)
続けて『大和』――正しく『異能』としての『大和』を持つ二年生、浦和が答える。
(主砲も無理~……つーか、多分『私』はもう終わってるよ、これ~。今ギリギリ、みんな分の魔力で繋がってるんで脱落ブザー鳴ってないけどさぁ~)
少なくとも自前の魔力はもうゼロ。『異能』も完全に破壊された。『ファーティフ』の共有能力のお陰でなんとかくっ付いている状態。
それを聞いた目黒は、はあとため息を吐く。
(……一応、『デュランダル』も混ぜたのですけどね。それに武光、ちゃんと『薙ぎ払った』でしょう?)
『不屈』と『終わり』――完全な矛盾だが、しかしここは『国異』である。
道理だの運命だの蹴飛ばしがちだが、ここまでしっかりぶつかり合えば、純粋に、物理的な力比べになる。
そして、力比べであれば、武光は戸枝と拮抗出来る。それに――
(え~……一発目と二発目は一応、
そう、一発目は想定内。だって目黒が水野の立場でも『終わりの魔剣』を切るから。
二発目も、ギリギリ想定内。ここで確実に仕留めるつもりなら、『二撃は来る』。
……ただ、三発目ともなると、さすがに可能性は薄いと思っていた。
――そもそも、一撃で『運命の死』をもたらす魔剣である。二撃目があることを想定すること自体がおかしい。
加えてそんな必殺の切り札を、初手で三発撃つのはさすがの目黒も想定を超えていた。
(あと、的がデカい。そら五人分くらいなら『不屈の剣』で押し返せますけど、このサイズ全部を私にフォローしろってのは無理でしょ)
(きみが無理というなら、無理なんでしょうね……)
はあとため息を吐く目黒。むしろ、武光が居なければ一発目で終わっていた。
先日の準々決勝で『炎全てが終わりの魔剣』となった戸枝小春。
さすがの目黒でも『無理だろ』と思っていた。むしろその軌道を逸らした武光がちょっとおかしいと目黒は引いていた。
(んで、どうします。実質的に浦和はもう死んでるんですけど。解除しますか?)
(いいえ、このままで。解除すれば私達は、いつ『終わりの炎』に変化するかも分からない火の海に投げだされることになります。そうでなくても、純粋にこの炎を超えられない)
そんな、かの『征服者』の驚愕も気にしない『鶴久の絶剣』の言葉に、目黒は端的に答える。
『大和』を選んだのは、無論水野への嫌がらせも八割はあるが、残りの二割は、大地を焼き払うであろう『終わりの炎』から、自分を含めた他の選手たちを甲板上へ逃すため。
平野は確実に火の海になる。それなら、まず先に『上』に避難させるべきだと、目黒次美は考えていた。
(――ただ、そうですね。砲が機能しないなら、斬ってしまいなさい。邪魔でしょう、それ)
(……またなんかすごい怒られそうだなぁ。浦和、ごめんね)
(いいよ。いいけど『出来ない』とは言わないあんたが怖いよ)
「そう?」なんて軽い言葉と共に、甲板上に飛び出した武光の『デュランダル』が、大和の象徴たる主砲をさっくりと一刀両断した。
斬り落とされた主砲は魔力に戻り、霧散して消えていく。そこに、武光と――それから件の里見一年が試合用の模擬剣を持って立っている。
(これで甲板もスッキリしましたね。少々手荒ですが、海賊よろしく甲板戦といきましょう)
ふふふと微笑む目黒。斬りとられた主砲の代わりに、『ファーティフ』の『銃器隊』やら『攻城砲』やらが立ち並ぶ。
どこが甲板戦だ、と武光は思っても言わない。とはいえ、目黒の『ファーティフ』なら、甲板上から『撃ちおろせる』
(さあ――この火の海、どうする予定だったのですか? ねえ、水野さん)
『征服者』はあくまで優雅に、艦橋から戦場を文字通り見下ろし。
『絶剣』とその飼い犬は、甲板上で敵を待つ。
◇
……!?
なんか突然あのおっきな大砲がなくなったかと思いきや、船の上から『ファーティフ』の銃器類が一気に並んで撃ってきた……!
「あ~!! 全員あたしの傍によれ! 山名は見れるなら俯瞰で視とけ!」
慌てて水野部長の傍に近づくわたし達一年生ズ。
それと同時に、わたし達の前に水の膜が出来る――!
「『絶好調』でよかったよかった~……! はぁ~、あいつマジで……あいつ……!」
と、本気で苛立っている水野部長。珍しい。
戦闘云々以前に、戦艦大和……? を無下にされたことに怒ってるらしい。
とはいえ、それは現状とは無関係のことだ。
「どうします? またレーヴァティンを撃ちますか」
「それが出来ても、そもそもあれのどこに当てればいいか分からん……つうか、撃てんの?」
「………あと一発なら」
「じゃあ、戸枝ちゃんは一旦温存……じゃないか、その目は。いいよ、君は君でやりな」
はあっとため息を吐いてから、水野部長はわたしを見た。
「佐守ちゃん。あいつを『斬れ』る?」
質問というよりも、再度の確認。
だから、わたしはこくりと頷く。
「はい。わたしが『斬ります』」
それが、わたし達の約束。
この『国異』が始まるよりも前からの、あの練習試合の後の、いちばん、最初の約束だから。
「わたしが、目黒次美を、『斬ります』」
「ああ。そう言って、退部しようとしてた僕を止めたんだもんね?」
「よし。じゃあ、望月! ……お前、飛べる?」
「無理ですねえ」
「よし分かった。今日の――『絶好調』のあたしなら飛ばせる。ていうか投げれる! そんで二人で行ってこい!」
「え、わっ」
答えるよりも先に、わたしと望月さんだけが水野部長の水の膜につつまれる。
――包まれたまま、なんだかこう、水野部長の三叉槍の先っちょにくくりつけられるというか……!?
「ああ、え。マジで言ってます?」
さすがの望月さんもこれはガチで困惑している。
困惑しているけれど、先輩はもう槍投げのポーズを取っている……!
もしかしてこのまま投げるつもり――!? いや、そういうつもりだろうけど――!
で、でもその前に……えっと――!
「え、ちょっと、あの……と、戸枝さん……!」
何か、何か言わないといけない気がした。
でも、全然言葉が出ない。
そもそも何を言いたいのかもよく分からない。
「はぁ」
ふっと、戸枝さんは困ったように笑いながら、わたしの入っている膜をぽんと叩き。
「……約束した通り、道は作りました。というか焼きましたけど。この焼土では、目黒先輩も黒い死は発動出来ないでしょう」
「それは、そう、ですけど……ただ、その……あ、う――!」
……ちょっと寂しい、とか、言えない。
「大丈夫だよ、あおちゃん。ほら、僕がついていくしさ~」
「寂しいです!」
「まったく――」
頭を抱えてから、戸枝さんはぽんとわたしの頭を撫でた。
「大丈夫。貴方はもう、ひとりでも行ける人です」
「少なくとも、この勝負の間は」と戸枝さんは言って。
「私は『秋原の熱剣』としての筋を通します。貴方は“約束”を果たしてください。忘れたの?」
「…………」
なんか……よく分かんないけど。
分かった。
「分かりました。行ってきます」
「そんなに緊張すんなよ。僕もいるよ?」
「水野部長! 早く投げてください!」
なんかイライラするから!
「はいよ~! んじゃぁ我らが秋原のジョーカー二枚! あの上位者気取りの『征服者』に、思いっきり革命起こしてこい!」
……それには二枚足りんのでは? などと思う暇もなく、わたしと望月さんは水野部長の槍によって投げられたのだった。
◇
一年生二人、佐守あおと望月干果を槍ごとぶん投げた水野弥生。
問題はここからである。なにしろ槍投げをした。『異能』の触媒である、模擬剣ごとぶん投げたのだ。
当然、トリアンナには『自動で戻ってくる機能』なんてものはない。つまり水野弥生は完全に『異能』を失った――ということもなく。
「山名~! お前模擬剣二本持ってるだろ! どうせ鉈の方は今日使わんだろうから、貸せ!」
「はいはいっ」
這いつくばりながらも戻ってきていた山名から模擬剣を借りて、『トリアンナ』を再度召喚する。
このまま自分も殴り込んでもいいが――今はひとまず静観する。
――と言うよりも静観するしかない。だって相手はツギハギとはいえ『戦艦』だ。
『大荒れの海』に対する抵抗はある……というより、目黒ならそこを意識しているに決まっている。
なので、どうせ雷を落としても避雷針に吸われる。多少の海流操作は、『レーヴァティン』で火の海になってる現状は逆効果。単に向こうが地上戦をしかけるだけの余裕を作るだけ。
となると、水野弥生は祈るしかない。
『水野弥生の剣』と言った少女に。
そして、あの『永遠の半端者』に。
少なくとも、自分から動き出すとすれば二名が倒れてからだろう――などと思っていると。
「さて」
そう言って、戸枝小春は気軽に火の海の中を歩きだす。
無論戸枝小春にも砲門が向かうが――この『フィールド全体が炎』であるという現状。
そして、先日『剣異合一』に至った今、フィールドの火を利用して炎壁を作るぐらいはお手の物。
『絶好調』の水野弥生が張る水膜よりも、圧倒的火力で砲弾ごと焼き払う規格外の火力を見て、水野弥生はうへえと口をしかめる。
「それやれんならあたしにもやってよ~?」
「嫌です。……というか、貴方も本気も本気ならこれぐらいやってのけるでしょう」
『三年五指』の中でも読めないことで有名な水野弥生。
恐らくは『白夜の聖剣』ですらも、『絶好調中の絶好調』以上は見た事がない。
あの、一撃で五人を叩き割った時も、『彼女自身』はあくまで槍を無造作に投げただけだったのだから。
「それよりも、私にはここで超えねばならないものがあります。そしてそれは間違いなく、チームの利にも成ります」
「はあ~……」
言いたいことは分かる。
やりたいことも分かる。
それは間違いなく利にもなる。
――それらすべてを、水野弥生が言うよりも先に言われてしまった。
「……分かったよ~! も~! 実際あの『絶剣』が甲板上にいる限り、あの船は落とせんからな!」
「――では、行ってまいります」
綺麗に礼をして、彼女は火の海を歩いていく。
そして、戦艦を前に――自分を中心に、炎を熱剣に吸い取った。
火の海に、直径十メートルの試合場が出来る。
◇
――甲板上に吹き飛ばされたわたしと望月さん。
以前は、空中で姿勢を制御するような力はなかった。
そして……今も正直ない……!
「ああ、んじゃ僕の出番かなぁ。――『着憑。デア・ナハト』」
そういって、望月さんの首回りから黒い影がコートみたいに出て、わたしを一気に抱き締める。
それと同時に飛んでくる弾丸は、全部その黒影が防いでくれる。
化生殺しや、それこそ真の大和の『巨砲』でもない限り、今の望月さんを消し飛ばす手段はない。
――とはいえ。
「んー…………どうしたもんか」
真下には、件の『絶剣』。『デュランダル』。武光奏。
「……まあいっか。刺せば」
いつかと同じように、わたしと……それから今回は望月さんもまとめて刺し殺そうと待ち構えている――!
ところが、その構えていた剣は唐突に弾かれた。
「んぅ――!?」
凄く驚いている武光先輩。今のは、山名先輩の狙撃だ……!
その間に漆黒の影が伸びて、武光さんを襲う。
しかし、武光さんはあっさりとその場を飛び退いた。彼女の術理、『縮地』だ。
その間にわたしは、望月さんに抱えられたままひらりと甲板上に着地した。
ほんとにこの人、こういう仕草だけ上手……。
わたしはさっさと影から出て、試合用の模擬剣を構えた。
向かい合うのは『鶴久の絶剣』こと武光奏さん――今日は万全。
もちろんドレインの影響は受けているんだろうけど、以前遭遇した時よりは圧倒的にしっかりしている。
それから、その隣には――あの一年生、里見さん。
そして大量の『征服者』の銃器類。
「お前かよ……」
望月さんを睨みながら、武光さんは愚痴っていた。多分、この前の練習試合の件だろう。
……というか、このまま斬り捨てようとしている。
そしてそれは望月さんを斬れる。だって『デュランダル』、聖なる剣だ。
(佐守さん、望月さん)
そうしてたら、念話で戸枝さんの声が聞こえてきた。
戸枝さん? どうかしたんですか……。
(『鶴久の絶剣』に伝えてください。『秋原の熱剣』が待っている、と)
(え、えっと――)
「ああ、僕を斬る前に『秋原の熱剣』が待っているらしいよ?」
この人本当に自分が死なないためならなんでもやるなぁ!
でも、それで武光さんの動きは止まる。
「ふうん……どれどれ」
彼女が甲板から海上――正しくは火の海を見る。わたしもつられて視線を向けると、そこには……丸く火を消した中央で待ち構えている、戸枝さんの姿があった。
「……なるほど、さて――」
◇
「なるほど、さて――」
武光奏は、少し悩んだ。
何しろ相手はまだ『斬る価値の無い敵』だ。
……放置をしてもいいが。
(まだ『終わりの魔剣』が飛んでくる可能性がある。それは、ちょっとまずい)
敵対校、鶴久の生徒である武光奏に、レーヴァティンの最大回数など知りようがない。
よって、現状――こちらは甲板上に里見と目黒の銃器類が支援してくれているとはいえ、佐守と望月を相手にしながら不意打ちで『レーヴァティン』が飛んで来たら、流石の武光も目黒を庇える自信がない。
仮に自分が生き残ったとて、『ファーティフ』による『大和』『巨人』の連携がなければこのハリボテヤマトは崩れ、全員火の海に落下するだけだ。
(……というわけなんですけど、行っていいですか? 目黒先輩)
(いいでしょう…きみ一人が抜けた程度の魔力でも、けりはつけます)
目黒としては、正直、痛い。
たしかに武光奏の『異能』は地味だ。
当人も、素の力量が逸脱しているが故に、ちょっとよく分からない存在ではある。
とはいえ、単純な魔力量――つまり『異能』の燃料自体は、やはり武光奏は規格外なのである。
(部長らしく頑張って耐えてください。どの道アレを落とさんと、私ら負けますよ)
(分かっています。きみの先輩が誰だと思っているんですか?)
(鶴久の『征服者』様でしょう。――なら、ほら。なんていうか? 一個ぐらいあってもよくないですか)
主命を待つ騎士のように――否、事実そのとおりに、傲慢な『絶剣』は、わざわざ『征服者』の指示を待つ。
そんなことをしなくても、別に行けるのに。『秋原の熱剣』程度ならば、すぐに斬って帰ってこれるのに。
(――主命です。我が剣鬼。我が剣。…………私の騎士よ。かの『終わり』を、その『不屈』にて打ち破りなさい)
(はは)
思わず笑ってしまう。あの血も涙もない『征服者』の、珍しく感情のこもっていた「私の騎士」に。
不屈の騎士は苦笑と共に。
(では、貴方の騎士として――『鶴久の絶剣』として、主の邪魔を斬りすてましょう)
(…………何を笑っているんです?)
(いえ別に。では私は外してください)
少し楽しくなって、思わず弄りそうになるので一旦念話を切る。
それと同時に『ファーティフ』の加護が消える。彼女は個の魔力、個の剣士として、そこに立ち。
「じゃあ里見。行ってくんね」
傍らに寄り添う、里見志野に語り掛ける。あくまで気軽に。
まだ少し不安そうな瞳を抱く彼女に、軽く肩を叩いて。
「大丈夫。『不屈の剣』は折れないよ。その間、部長の守護は任せた」
その言葉に、どれだけの重みが込められているのか、恐らくこの少女は知らないだろう。
それでも、武光奏は彼女に総てを任せ、戸枝の元へ飛び降りた。
◇
……『鶴久の絶剣』さんは、飛び降りていった。
きっと、戸枝さんの方へと向かったのだろう。
あの時は、三対一でやっとだった。
それでも今度はきっと勝てる。『秋原の熱剣』は、『鶴久の絶剣』に負けるほど弱くはない。
ならば、わたしにやれることはひとつ。
「――『大蛇さん』」
『うん』
剣を抜く。未だに六頭の蛇。あるいはもう六頭の蛇。
その魔力を――正しくは、彼が蓋をしている魔力を解放する。
それと同時に頭上から大量の爆撃。でも、それは望月さんの影が防いでくれる。
「っとと! 僕はこの周りの銃撃を何とかする。だからあおちゃんは――!」
「はい」
分かっていると答えて、『その少女』に剣を向ける。
里見志野。一年生――なんだか『鶴久の絶剣』さんと、イイ感じだった人。
少しだけ、汚れた鏡。ただ、今はそれを気にしている暇はない。
「……わたしは、佐守あお。『熱剣の影』。そして、『水野部長の剣』です」
肩に力を入れすぎないように、正眼に構えて。
「今は――目黒次美を『斬り』に来ました」
その“約束”を、言葉にする。ぴくりと彼女の肩が震える。
でしょうね。だってあなたはついさっき、『絶剣』に『任された』のだから。
「――その願いは、敵わない」
「どうして?」
「だって、あなたはここで負ける」
明確な殺意――けれどそれは、静かに消えていく。
彼女の内に、内に。あの狼とは真逆の、ただ一刀に殺意全てを込める技。
「――『邪を退け、妖を治め』」
静かな声、静かな詠唱。こんなにも静かなのに、その殺気は明確。
彼女は試合用の模擬剣を、正眼ではなく腰に構えた。
あの構えは……居合か。
「『抜けば玉散る氷の刃』――」
――思えば、この大会が始まってから。
初めてまともな剣士との勝負だな、なんてことを不意に思って――
「――『抜剣。ムラサメ』」
次の瞬間――消えた斬撃が、わたしの模擬剣を叩いた。
「――っ!」
殺意も殺気もない剣は、“察する”ことができない。
今の一撃を弾けたのはほとんど直感ていうか、とにかく不可視の相手をしてきた経験則?
ただ、問題は――!
『む、うぅ……!?』
「『大蛇さん』……!?」
わたしの中の『大蛇さん』が動揺している――というか、傷ついている?
魔力の出力が、不安定になる。蛇口がおかしくなって、ぐらついている……!
「く――!」
「わたしは『絶剣の忠犬』――主命を守り、近づく化生は全員『消す』」
そう言って、再び彼女――里見さんは刀『ムラサメ』を、腰の鞘に納めると、再び『消えた』。
「ちっ――」
見えない太刀を受け止めると、またも『大蛇さん』が内で暴れていた。
この刀――化生殺しか……! それじゃあ『大蛇さん』を前に出すと、ヤバい……!
わたしですら制御できない魔力は困る。だから――
「――『大蛇さん』!」
一度、眠っていて!
『う、うん――』
「――変なの、魔力が消えた」
とんっと向こうの甲板に立つ里見さん。いつの間にあんな向こうに移動したのか。
まるで予備動作が見当たらなか……。
――ああ、なるほど、『絶剣』の忠犬ならば『縮地』くらいは習っているか。
つまり、彼女は『縮地』使いの『居合使い』――加えて『化生殺し』。
……つまり、この人と戦うには、ちゃんと剣で向き合う必要がある。
「……まるでわたし相手を想定していたみたいですね」
「みたいだね。目黒部長はそのために、わたしを入れたみたい」
「……じゃあ、この前の練習試合から、一か月で?」
「うん。剣は……前から習ってはいたけれど――」
またも、刀を腰の鞘に納める里見さん。
それと同時に、殺意もまた“察せ”なくなる。
「……でも、わたしは『鶴久の絶剣』に、あの人に出逢った」
出逢ってしまったと、彼女は唄う。その剣に、その輝きに、その矜持に魅入られた。
――ならば結局この人も同じか。
「……一か月の割には、躾けのよく出来た犬ですね」
「よくいう。面倒くさい狂犬が」
「確かに」
はっと鼻で笑いながら、わたしはただ、試合用の模擬剣を正眼に構えた。
◇
「……いいの? わざわざ火を消して」
平原を薙ぎ払った終わりの焔。しかし戸枝小春の周囲だけは、直径十メートルほど消されていた。
今の戸枝なら、自ら支配下に置いた炎を消す程度は容易だろうと武光奏は思う。
だが――
「これ、無意味でしょ」
戸枝小春は熱剣そのもの。故に彼女自身が、『彼女の焔』に焼かれることはない。
だから消火はただの無意味。どころか自身の有利を捨ててすらいる。
『絶剣』のみが焼かれ続けるフィールドを維持する方が、圧倒的に戸枝に分がある。
もしも彼女が正面対決を望んでいるなら、尚の事。
そんな『甘さ』を残した敵ならば、『絶剣』武光奏は即座に斬り捨てて他所へと向かう。
けれど――
「いいえ」
戸枝小春は首を横に振る。
「まず、焼かれたフィールドでは私を見つけるのにも苦労したでしょう。これは貴方を誘い出すために必要な事。それに、なによりも――」
終わりの魔剣は、上段に刃を構えた。
焔が宿る。決して消えない誇りの刃。戸枝小春を象徴する、その猛々しい灯と共に――
「――負けた後で『熱中症』なんて言い訳されたら、困ります」
「……はは」
笑って、武光も下段に構える。
なるほど、以前とは違う。
――これは、『斬る価値のある敵』だ。
「いいじゃん、愉しくなってきた。――なら、改めて名乗ろっか」
『絶剣』がその輝きを増す。
『決して折れない』というただそれだけの、純粋で、単純で、別段珍しくもない『異能』が、今は何よりも眩しく見える。
「我は『鶴久の絶剣』――武光奏。我流なれども『縮地』の使い手……ただ一人の『剣鬼』成」
時代がかった、格好付けた名乗り口上。
少々拙いのは仕方がない。何故なら彼女は、本当はただの女子高生。
――ただの女子高生にして、剣の極みに達したひとり。
それに対峙するのもまた、ただ一人の女子高生――
「私は『秋原の熱剣』――戸枝小春。全てを燃やし尽くす者」
ただ一人の女子高生にして、『秋原』の看板を背負う者。
かの『白夜の聖剣』のように、そして『鶴久の絶剣』のように。
――この時代、その学園を代表する頂きは己だと、誇示するように。
「――『剣異合一』。その極みにて、貴方達の時代を『終わらせる者』」
『絶剣』も『聖剣』も、すべて過去の遺物と消し去って、新時代を作るのだ。
この舞台。この決戦場。――ただ、この一刹那で総てを焼いて。
「いざ」
――焔が踊る。上段に構えた戸枝小春が、一歩前に。
「いざ」
――切っ先が輝く。下段に構えた武光奏も、一歩前に。
距離は遠間。けれども二人にとっては寸にも満たない間合いで、
「「――いざ!!」」
二人の『剣士』は、向かい合い――
「尋常に――」「――勝負!」
どちらともなく、その剣を振るった。