わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
燃え盛る海を行く戦艦――その甲板。
わたしは一人の鏡と対峙していた。
「わたしは『絶剣の忠犬』――里見志野。主命を守り、目黒部長に近づく化生は全員『消す』」
その手に握られているのは、『ムラサメ』――『八犬伝』に出てくる宝刀。
抜けば玉散ると言われるほどに――あの『デュランダル』にも負けない美しい刀身は、しかし今は鞘に収められた。
「……なるほど」
これは『敵』だ。なにより『剣士』だ。故にこれは――
「勝負ですか」
「勝負だよ。……勝負になるなら、だけどさ」
それならいい。いつかの八つ当たりとも喧嘩とも違う。
一方的な加虐でもない。ならばわたしは、ためらいなく剣を振るえる。
……なによりも、最後の一言が癪に障ったし。
「では、『熱剣の影』――佐守あお。……いざ、参ります!」
相手に合わせてここは『熱剣』の影として。
正眼に構えたままで真っ直ぐに踏み込む。
相手は化生殺しの太刀だ。
今は『大蛇さん』は使えない。故に純粋な真剣勝!
「……思ったよりは速いね、狂犬」
刀を鞘に納めたまま、とんとんと、後ろに飛びのいていく里見さん。
動きが見えないわけじゃない。ただ、なんとなく『距離感が狂う』。
動きの初動が見えないせいか、相手と息を合わせにくい。
加えて“察する”ほどの殺気もない。
これが彼女の『縮地』の技量。……というか、正しい縮地の歩法。
見えなくなるとか、不可視とか、なんかそんな逸脱ではない。
なるほど、面白い技だ。でも、その程度なら――
「じゃあ、こっちから斬るね」
「――――!?」
さっきまで後ろに飛びのいていた彼女が、急に間合いに飛び込んで――
いや、違う……! これは、わたしが飛び込みすぎたんだ……!
「くっ――!!」
抜き放たれる刀を、咄嗟に膝を折りながら、姿勢を崩して無理矢理転がって回避した。
けれど当然、彼女はそのまま抜いた刀を振り下ろす。
「“阻め”――!」
叫びながら、試合用の模擬剣を直線に振り上げる。
今は魔力を込めてないから、ただ模擬剣を壁みたいに突き上げただけ。
「ん――」
それでも、刀を弾けた。どうやらあの刀は化生殺しではあるものの、それ以上の効果はないらしい。
弾かれた里見さんは、再びふわりと距離を取って刀を鞘に納める。
その間にわたしは転がりながら立ち上がる。
……とてもあの『白夜の聖剣』に倣ったとはいえない剣だなと自嘲する。
とはいえ、今はとにかく使えるものは何でも使う。それこそ蛇のように地面を這いずることも。
――だって、『剣士』として彼女の方が僅かに格上だ。少なくとも技量は。
「あおちゃ~ん、“約束”忘れるなよ~!」
そんなことを思っていたら、わたしの周りを飛びながら、銃弾の雨を防いでいる吸血鬼に声をかけられた。
「…………」
……危ない。そうだ、彼女はあくまで通過点。
本気で勝負をしても、本気で勝ちを狙っても、そこでバテるようでは無意味。わたしの本命はあくまで目黒さんを『斬る』こと。
ならば、やるべきはまずは観察だ。
「動きを止めるなら、こちらから――」
「いいえ――“払え”!!」
向こうが迫ってきた瞬間を狙って、一気に踏み込んで大振りの横薙ぎ。
それでも、彼女はひらりと避ける。力任せの技など無意味だとでもいうかのように。
ただ、それは別にいい。ここではとにかく間合いを取りたい。
この間合いなら、まだ――
「『消す』よ」
カチリと音が鳴ったと同時に放たれる刀。
抜剣された剣は、たしかにわたしの首に届く。
「なる……ほど……っ!」
放たれる位置が固定されているから、何とか防げた。
ともあれ、ここはまだ『彼女の間合い』だ。自分はまだ遠間でいい。
「狂犬だって聞いてた。結構ちゃんと見てるね」
「むう」
誰だ? 目黒さんか? ならやっぱり『斬らねば』ならぬ。
それはそれとしてまずは目の前、彼女の剣をよく見ること。
ふわふわとした、距離感を惑わせる動きは確かに『縮地』だ。
――あの、ちょっと逸脱した不可視の『絶剣』とはまるで別物だけど、多分こういう細かい挙動を積み重ねていくと、『アレ』になるんだろう。
ただ現状は、少なくとも里見さんは『距離感が読めない』に収まっている。
そして、それが今のわたしにはとてもまずい。
こちらは、『白夜の聖剣』逸見明音に教わった正眼の構え。
一方、向こうは『鞘に納めている』。
普通、抜刀術が速いとかそういうのは大体嘘だ。
いや『剣を抜いて構える』っていう動作を抜かして『剣を抜きながら斬る』んだから挙動として速いのはそうなんだけど。あくまで暗殺とかそういうの。
『ちゃんと剣を構えてる状態』と『剣を鞘に納めている状態』でやり合えば前者が早いのは当たり前。
けれど、そういうのが今は問題にならない。
だって、彼女の剣は『間合いが読めない』。ただでさえふわふわした動きで距離感を惑わせてくるのに、刀は鞘に収まっている上に、その鞘も半身で隠している。
――なので、まだ安全だと思っても。
「――ふっ」
「んっ」
首狙いの一撃を叩き落とす――叩き落とせた。
だけど思ったより近かった。おまけに抜いた刀をそのままにせず、ちゃんと両手で構えて返す刃が飛んでくる。
「はぁ――!」
「それならっ! ――“払え”!!」
上からの唐竹割り。常人なら、受け止めるべきなんだろう。
だからわたしは前に出て、無理矢理にはじき返した。
「――っ!?」
「よし――!」
上段からの斬撃ならば、あの『熱剣』より恐ろしいものはない。
故に相手の体勢が崩れたところに――
「“浸せ”――!」
一気に突き穿つ。魔力が伴わずとも、これまでの経験値から、それはたしかに彼女に届――!
「っと」
それでも――今度はわたしの間合いが遠かった。
彼女の首筋ギリギリで、剣は届かない。
……でも、今のでなんとなくわかった気がする。
彼女の間合い、わたしの間合い。後は――そうだな、とにかくあの剣が抜かれる瞬間さえ見過ごさなければ。
「ははっ」
なんだか笑ってしまう。
だって、これはちゃんと愉しい。
やっぱりちゃんと剣で向き合えるのは、真面目に愉しい。
「……あそこで斬り返してくるとか……やっぱり狂犬じゃん」
「そうですけど? だから、首輪付きの犬程度、どうとでもなりますよ」
「――はっ」
彼女は笑っていた。それが、嬉しいものなのか。
それとも苛立ちなのか。どちらもか。どちらでもいい。
「さあ、“勝負”を続けましょう。……勝負になるなら、ですけど」
「よく言う。なら来なよ」
「言われなくても」
さっさとあなたの全てを出してほしいと、『絶剣の犬』に斬り込んだ。
◇
甲板上にて二匹の犬が争っている間。それでも尚、目黒次美は手を緩めない。
あの二人がどういうつもりで、どういう真剣勝負とやらをしているかは知らないし、分かるつもりも毛頭ない。
ただ佐守あおに少しでも余裕があれば、彼女を撃つ。
なにしろここは、ファーティフ・ヤマトの甲板上。どこからでも彼女の軍事力を召喚する事が出来る。
だが――
「あはは。軽い軽い。半端な寄せ集めの銃弾なんて、僕に届くと思うかい?」
少女たちの剣戟を守るように、正確に、的確に射線を邪魔する吸血鬼。
空を飛ぶ機能はないと言っていたにも関わらず、もう黒いコートでの滑空くらいはしていやがる。
おまけにドレインも変わらず機能している。ここはファーティフ・ヤマトの甲板上。直接触れられているのと同義だ。
つまり目黒次美自身とも言える。だから、捕まえないといけない。
(――大谷、巨人の手を)
「うわっ、戦艦に手が生えてきた。気持ち悪っ!」
しかし、そんな腕すらもひらりとすり抜け、吸血鬼は黒煙を舞う。
あいつが直接触れている限り、自分の魔力は余計に吸収され、威力も減衰する。
なにより――
(里見。深追いしないよう。フレンドリーファイヤーになりますよ?)
(うん。分かってます、部長)
分かってないな、と思う目黒。別段斬り捨ててもいいが、武光が抜けた今、さらに一人魔力を減らすのは無駄な消費となる。
よって、目黒次美に里見は打てない。せめてさっさと武光が戻ってくればと思う。
それも敵わないことだろう。何しろ相手は『秋原の熱剣』。
『鶴久の絶剣』は思うところがあったようだが、純粋火力においてはもはや『国異』最強だ。
「――結局、彼女頼みですか」
嘆息、小さく。
剣鬼を討つには剣鬼のみ。戸枝を討てるのは武光のみ。
佐守あおを討つのは、里見のみだと知っているから。
(……沈没まで、さほど時間はありません。水野弥生が黙っているのも気になる。急いでけりをつけなさい)
目黒次美は冷静に、焦りを表に出さずに声をあげる。
◇
灼熱の舞台上で立ち会う二人の剣鬼。
「――『いざ刮目せよ。輝く剣先。我が鋭さに届くものなし』」
それは彼女の矜持、彼女の道、彼女の詩。
「『オニキスですら砕けず、黒石すら毀れず。この刃は生涯我が手に――』」
既に抜かれた剣は、再びの詠唱によって煌めきを増していく。
かの『白夜の聖剣』と同じように、あるいは『秋原の熱剣』と同じように。
「――『抜剣。デュランダル』」
美しく煌めく切っ先。それを前に戸枝は一切怖気づくことなく、本日四度目の詠唱を行う。
「『世界よ、終われ。私と共に、私以外の全てを焦せ』」
唄いあげるは終わりの詩。それもまた彼女の詩。
「『炎の剣。主役の光。大地を丸ごと焼き焦がし、私だけの春よ来い』――!」
「――『抜剣。レーヴァティン』!」
一撃放つ度、大量の魔力を消費する一撃必殺の魔剣。
しかし、今それは純粋な剣として形を保っている。
触媒の模擬剣から炎の剣が、一直線に伸びている。
五尺を超えて七尺、さらには十尺を超えるほどの長剣に。
それを見て、武光は思わず笑ってしまう。
「振り辛そうだね。『秋原の熱剣』」
「あら――そうでもありませんよ……!」
上段に構えた熱剣を、一気に振り下ろす。
無論、そんな単純な一撃なんて、『鶴久の絶剣』は縮地で即座に回避する。
「はあ――!」
しかし、そこからの振り上げは予想外だった。
十尺にも伸びる刃が斬りあがる。
「おっと…………!」
「まだまだ……!!」
さらに続けざまの攻撃。修行で覚えた炎をブースターにしながらの慣性を無視した連撃が、『鶴久の絶剣』を襲う。
それを避けながら、なるほどと理解する。
あの剣はあくまで炎で象ったもの。実体はないが故に壁や地面に引っ掛かるなんてことはない。
そして実体がない故に、鍔迫り合いもできない。『絶剣』の不可視の斬撃とはまた違う、『見えてはいるが防げない剣』。
「おまけに一撃当たれば『終わり』か。なるほどこれは面白い」
「は――曲芸を見せにきたつもりではありませんわよ!!」
さらに刃を振るう戸枝。加えて戸枝小春の炎は、『その場に残留する』。
斬撃の形をした檻が、『炎の断頭台』は彼女が解除しない限りは残り続ける。
いつかの『聖剣の真似事』のようにまとめて吹き飛ばされるなら別だが、少なくとも『鶴久の絶剣』に、そういった広範囲攻撃はないはずで――
「――じゃあ、『斬るか』」
「――――!?」
武光奏は踏み込むと同時、戸枝が残した『炎の斬撃』の軌道を絶剣でなぞる。
ぴったり、しっかりとさかしまに、炎の斬撃が消え失せていく。
「正気とは――思えませんわね……!」
「お前もそこに近づいてんだよ」
武光の声はあくまで軽い。だが、戸枝の声は明確に焦りが混ざっていた。
絶対の『炎の檻』を、武光奏はあっさりと斬り捨てていく。
なるほど確かに三年五指など目ではない。『白夜の聖剣』に近いというのも嘘ではない。
というか、あの『白夜の聖剣』だって、コレは多分出来ない。
加えて『縮地』――自分の挙動の全てを消す斬撃が、前後左右どこから飛んでくるかも分からない。
背後に探しながら薙ぎ払いで距離を取る。その一撃もまた、『終わりの炎』だ。
だから当然、武光奏は後方に飛んで避ける。
「にしても、『全部終わりの炎』とか、バケモンじゃん」
マジでこの人にだけは言われたくないと思いながら、戸枝は剣を上段に構える。
それを見ながら、武光は彼女の状態を理解する。
いくら戸枝小春が規格外の魔力持ちとはいえ、四度も終わりの炎を撃って――それも四度目は常駐した状態で、維持できるわけがない。
よくみれば、炎を剣が吸っている。
恐らくは端の方から。少しずつ気づかれないように吸いあげることで維持しているのだろう。
「なるほど……時間制限は、あんたの方にもあるのか」
『終わりの炎』に付き合い続ける。それだけでこの火の海は消えていく。
こいつは『大地を消火しつづけないと、剣の火を維持できない』という矛盾を抱えている。
……だが、それが『大和』の完全沈没に間に合うかは、分からない。
少なくとも武光の頭ではその計算はできない。なので結局のところ――
「まあいいか、斬るよ」
それが武光奏の結論。そしてその答えが出たと同時に、不屈の剣は輝きを増す。
それこそ『白夜の聖剣』にも勝るとも劣らぬほどに。
「やれるものならやってみてくださいな」
上段に構えた戸枝の熱剣は、周囲の炎を吸い上げてますます伸びていく。
なんか、どっかのゲームでこんな長物を見たなぁなんて思いながら――
「では――『鶴久の絶剣』、いざ参る」
ぬるりと。腰よりも低く、四足の獣のような体勢から、一気に詰め寄る武光奏。
いつか、練習試合で、望月の介入がなければ確実に戸枝を斬れた一撃。
『人は、斬られれば死ぬ』という道理の極致。
「でしょうね」
だから、それが来ると思っていた。
ならばこちらも対策はしない。戸枝小春は知っている。
どれだけ『秋原の熱剣』だのともてはやされようと――
『鶴久の絶剣』の剣術は、明確に戸枝小春より格上だ。
悔しいが認めざるをえない。個の力量において、彼女は紛れもない頂点。
ならばこそ――
「――『抜剣』」
敗北は認めよう。少なくとも『秋原の熱剣』と『鶴久の絶剣』の戦いは『絶剣』の勝利。
「――『レーヴァティン』!」
限界を超えて叩き出された業火は、自身に迫る武光を無視して、『ファーティフ・ヤマト』に向かった。
◇
「――『抜剣。レーヴァティン』!」
戸枝小春の剣は、自分を狙っていない。
だから、武光の判断は早かった。
この身は目黒次美の剣である。誰に言われずともそう決めた。
故に、今やるべきことは断じてこの敵を斬ることではない。
「させると思う?」
振り下ろされる直前に、『不屈の剣』を滑り込ませる。
このままはじき返して、返す刃で斬り捨てる。
ファーティフ・ヤマトはもう死にかけているが、それでもこの一撃があるとないでは大きく違う。
だからこの剣は絶対に止める。というか止められる。
――そのように思ったからこそ。
「――――はっ」
どんっという衝撃が胸を穿つ。一瞬何が起きたか分からなかった。
明確な致命打。だが、それは別に問題ではない。問題は、『秋原の熱剣』から距離を離されたこと。
そして、少し間をおいて銃声。
「ちっ、あんのやろ……」
思わず愚痴る。いや、この火の海の中で正確に自分だけを打ち落とすなど、称賛に値するが。
『秋原の熱剣』を完全に圧倒し、『終わりの炎』を『不屈の剣』で受け止める。
たとえ『異能』がありふれたものでもなお、『秋原の熱剣』を圧倒する技量には感動すら覚える。
みんなが思った『三年五指』すらも超えるというのも間違いではないだろう。
――しかし、それは個人の話。
武光奏という少女の話。
この戦いは集団戦であり、戦いは常に複数人で同時に行われ、個人ではどうしようもない。
あの『白夜の聖剣』でもなければ。
だから――
「山名……!」
「すまんな。撃たせてもらった」
「丸見えだったから」などと、特に感慨のない口調で呟く山名有為二年生。
なるほど、『秋原の熱剣』と『鶴久の絶剣』の真剣勝負は美しかった。
そして『秋原の熱剣』は、確かに負けた。
「……なので、それで勘弁してくれ」
再度の銃撃。主役を語る裏方の狙撃は、今度こそ的確に、武光の頭を撃ち抜いたのだった。
◇
幾たびかの剣戟。居合から放たれる一撃は鋭い。
おまけに、里見さんは『一撃』で終わるような相手ではない。ちゃんと抜きはらってからも、返す刃での連撃を続けてくる。
それをどうにか“払い”ながら、わたしは距離を取り続ける。
そんなわたしを見ながら、再び刀を鞘に納めた里見さんは眉をしかめる。
「よくよく避ける。逃げるのは得意だね、いじめられっ子」
「そうですね。なるべく、戦いからは逃げてましたから」
別段、事実なので否定はしない。押し付けられた『運命』に対応するのは、得意分野だ。
とはいえ……この相手をするのは、少し難しい。間合いはなんとなくつかめたが、抜かれる瞬間が見えない。
おまけに、わたしが推測した「発射地点は同じ」という推測も崩してきている。
普通の打ち刀なら斬り上げが基本だけど、太刀みたいに帯びる形からの斬り落とし、さらには真横に鞘を構えての薙ぎ払いまで。
なので、絶対に同じ場所に飛んでくるとは限らない。
……居合ではあるから限定されているのは変わらないけど。
「……にしても、あなたもぼっちじゃないですか?」
彼女は『ファーティフ』に接続している。だから、魔力も共有されている。
平均値は引き上げられているはず――なのに、彼女の動きも『異能』も、自前の魔力分しか使っていない……と、思う。
「ああ、だって。武光先輩はそうだから」
「なるほど……」
笑ってしまう。
たしかにあの規格外はほぼ人外の術理のみで戦っている。
一応『ファーティフ』と接続はしているんだろうけど、やってることは大体自前。
――だから、彼女も『そうなりたい』。
だから、『征服者』の加護はなるべく使いたくない。
「本当に真剣勝負ですか……」
まったく、さ。
いくら鏡だからって、そんなところまで似せなくてもいいのに。
背後では爆音が鳴り響いている。
きっと戸枝さんと武光さんが、こんなわたしたちの小競り合いとは比べ物にならない戦いをしている。あの勝負には混ざれない。
――だから、わたしはわたしに出来ることを、する。
少なくともこの鏡だけは、ここで斬る。そうでないと目黒次美は出てこない。
いつか教えられたとおりに、試合用の模擬剣を真っ直ぐ、正眼に構えて。
「手助け、しなくていいんですか? 『絶剣の犬』」
「そうだね。だから『消し』て、早くいくよ」
そう言って、彼女は飛んできた。
一瞬、その姿が完全に視界から消え失せる。
ただ一太刀に限り、彼女はあの『絶剣』の『縮地』に間違いなく近づいた。
だが、そこから放たれるのがただの居合ならば――
「はい」
ぽんっと飛んでくるのは、刀の柄。
「は――?」
彼女は前方への移動と運動エネルギーだけで、刀を鞘から『飛ばした』。
その予想外の行動に、思わず動きが止まる。
止まってしまうから、飛んできた柄に首を撃たれる。
「ぐ…………!」
片手で剣を握りつつ、もう片手で喉を抑える。
それでもなお、里見さんは止まらない。
空中で抜いた刀を掴んで、そのまま手首の返しだけでわたしの首を狙う。
とんでもない剣戟だ。剣士としての技量も格も違う。
真正面からやりあえば、間違いなく負ける相手。
だからこそ――
「――“薙げ”!」
――といいつつも剣じゃない。
剣を握った拳で、無理矢理落ちてくる刀を真横に殴りつけた。
馬鹿みたいな素人一撃。それ故に――
「…………!?」
――真面目に剣を習っている、剣の極致とも言える『絶剣』の弟子には覿面だ。
あとはもう剣とかいらない。
この間合いなら、むしろ邪魔になる。
「せー…………!」
持っていた試合用の模擬剣をぽいっと投げ捨てて。
あんまり慣れていない拳を握って。
「のっ!」
思いっきり、真横から、里見さんの顎を殴りつけた。
「あ――!?」
顎が揺れる、脳が揺れる。
身体を支える神経が全部マヒする。
里見さんの身体が崩れ落ちる。
あとは落とした試合用の模擬剣を拾って……わたしは里見さんには目もくれず。
「望月さん! 里見さんはしばらく動けないので、後は目黒さんを!」
「ああ、はいはい」
わたしの周りを飛び交いながら、銃弾を保護してくれていた『吸血鬼』に指示を出す。
望月さんはわたしの後ろに立つと、また例の黒い影でわたしを包み込む。
「じゃあ、あおちゃん。今度こそ行くよ――!」
彼女の声はやっぱり軽い。軽いけれど、そこに込められた闘志はまったく違う。
だってこれはリベンジマッチ。だってこれはかたき討ち。だってこれは――
わたしたちの“約束”だ――!