わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
「――――はあ」
夜空を見上げてぽつんと呟く。
いつか殺人鬼に八つ当たりされたのと同じ自販機の前。
さすがに今日はそんなランダムエンカウントはしない。
ていうか、どうせ明日斬り合うのに、今顔を合わせても多分早まるだけ。
お互いの欠員が二名出るだけ。
なので、わたしはぼけっと空を見上げることしかできない。
だって、意味分からないし。水野部長の言葉。
ずっと『佐守ちゃんは『斬れ』、それでいい』って言ってきたのに。
いきなりなぜ斬るのかとか聞かれても、はぁ? って思う。
やらせてきたのそっちじゃん。
…………いやでも、なんとなく分かるよ。
わたしは『水野部長の剣』だ。
わたしは『秋原の熱剣の影』だ。
この『剣』がそれだけの機構であるためには、まずあの汚れた鏡を斬らないといけない。
くだらない狼風情も斬れずして、何が剣か。
部長が拾い上げた鉄を、戸枝さんの熱が打った。
ならばこの身は、そのためだけの刃だ。人斬り包丁だ。剣に感情は不要。
水野部長の優勝のために、彼女の三年間を確かなものにするために、わたしはただ一振りの剣となる。
それでいい。
まず、じゃあ寄藤さんに無抵抗で殴られ続けるのが正解とか誰も言わんでしょ。これも極論? 知らんよそんなん。
もしも、そんなもんを『極論だ』の『倫理』だの『道徳』だの『運命』だのと、誰かが言うなら、まとめて全員わたしが斬りすててやる。
一面だろうが極論だろうが、わたしは『剣』。その事実は、多分変わらない。
ねえ、大蛇さん。
『うん。そうだな……御前の魂は、原型から剣だが』
やはり。
あの汚れた鏡は、邪魔だ。わたしの、人の姿を映してくる。
贄がどうとかはもうどうでもいいけどさ。
『無能』だったころの、いじめられっ子だった時の記憶を刺激する。
机の上に置かれた花瓶が、また脳裏によぎるから。
だから『斬る』。
わたしの心を勝手にラベル付けするな。
わたしは――わたしは――
「なんだ、佐守か」
「え、あ……山名先輩……?」
「どうしたこんなとこで、あー。緊張で寝れないか」
「う、いや……はい…………」
そう答えていると、山名先輩は自販機でポチポチと缶を二缶。
ブラックと甘いミルクティーを買って、後者を投げつけてきた。
「わっとと」
「ん、それでも飲んでリラックスしな」
「はあ…………」
そういえば……山名先輩と二人で話すことって、あんまりなかった。
別に苦手……っていうわけじゃないんだけど、寡黙な人だから、あんまり面と向かって話したことはない。
というか、作戦会議以外で話したことない……どうしよう……。
「なんか悩みでもあるのか? ……あー、あの里見と何かあったか」
「え、あ、いや……里見さんはどうでもよくて……」
別に話してないし。勝負は、愉しかったし。
「じゃあ、今日の水野部長の言葉?」
秋原の狙撃手は、一言でわたしの核心を穿つ。
「う…………」
「いや。あれこそ、あの人が普段言っとる『気にすんな、聞き流せで』いいと思うけど……さて、どうしたものかな」
ふむと、山名先輩はこんな時でも冷静で優しい――かは分からないけど、少なくともわたしを思ってくれてることは、分かる。
「実際、お前の『異能』が完成しないとあの『聖剣』は多分やれんのだよなぁ」
「それと、あの話と、どう関係があるのかと……」
「あるよ。だって『異能』は魂の形だ。お前は元々規格外の魔力量だ。お前が『そういうモノ』になれば、『聖剣』に絶対突き刺さる」
「二度目は回避されるだろうけど」とかさらりといって、飲みほした缶コーヒーをゴミ箱に捨てる山名先輩。
「だから、あっちの狼とやらせる気だろ。鏡稽古だ。それなら、どうあがいても完成する。それなら、届く。だから水野部長は絶対やる」
「ていうか私もそうする」そう言ってから、軽くベンチに腰掛ける。けれどわたしはまだ、お茶を持ったまま立ち尽くしていた。
「どうした」
「……わたしは、『剣』なんでしょうか」
「剣だろ、お前は」
凄い、「何をいまさら」みたいな顔で即答された……。
「……あのね、佐守。ちょっとこっちこい」
「はあ」と答えて隣に座ると、ぐいっと頭を抱きかかえられた。
「お前は『剣』だし、それは悪でもないし、まず善悪の話なんぞはなっからしとらん。私たちは大会で、優勝を取りに来てんだ。あのな? いいか? いきなりバスケ選手が試合中に覚醒してオールコート3Pとかしたら、『じゃあお前は悪人だ』とかなるか? ならんだろ」
「は、はあ」
「まず前提がずれてる。自己主張とか自己定義とか、自分の物語とかどうとか、どうでもいい。んなもん、人間生きてる限り悩み続けて答えがないまま死ぬ。そういうもんだ。お前は、『選手として』やるべきことをしろ」
とか言ってた……なんか、ちょっと難しい。
「難しいだろう。私も今、適当言ってるからな。別に真面目に聞く必要はないよ」
そう言ってぐって、さらに抱き寄せられる。
弓道をやってたからなのか、その体は凜としててしっかりしてて……。
落ち着く。
「何のために斬るのか。それは『優勝のため』でいい。でもイジメはだめ。『相手が弱いから手加減する』とか、お前がやられて一番いやなことだったろ。じゃ、やんな。小難しいこと考えるな。そんだけだ」
ごんごんって頭を叩かれる。痛い……。
「は~……これ余計なこと言ったな、多分」
わたしから手を離した山名先輩は、なぜかそう頭を抱えていた。
「あー……もしもお前が、明日剣を振れないなら欠場でいい。何とかする」
普通の人なら、やせ我慢。でも山名先輩が言うと、本当に『何とかする』算段があるように思える。
「いいえ、出ます」
「そうか。……お前の相手は、あの寄藤だけど」
「なおさら出ます」
件の血濡れ刃ならともかく、たかだか『加護』で粋がっている人、相手にならない。
……ていうか、それぐらい強くならないと、『熱剣の影』は務まらない。
あと、普通にあの人は癪に障るから。
「ふむ」
そう言って、わたしを見つめる山名先輩。
「な、なんでしょうか……?」
「いいや、会った時に比べたら、随分成長したな、と思って」
「背は伸びていないけど」と付け加えられる。失礼な……た、多分まだ伸びると……思うんですけど……。
「おう、伸びろ伸びろ。狙撃手としては的がデカい方が嬉しい」
「なんでわたしを狙ってるんですか!?」
「半分冗談」
それでは半分本気なのでは……。
などと思っていると先輩はベンチから立ち上がると、わたしの肩を叩いて。
「まあ、いつ抜けるかは分からんが……多分お前の“剣”は、お前と同じくらい綺麗なはずだ。だって、お前自身なんだから」
「はあ」
「期待してるよ、秋原の剣。来年もな」
そう言って、秋原の『冬の狙撃手』は去って行った……。
◇
「――さて」
山名有為二年生が夜道をぶらついていたのは、別段佐守を探していたわけではない。
むしろ佐守との遭遇は不意のことで、余計な時間を喰ってしまった。
彼女なりに初の決勝に向けて、緊張をほぐすためという理由もあるのだが、何よりもそれ以上に――
「や~ま~な~……!!」
遠くから聞こえる『鶴久の絶剣』の声に、山名はうげぇと声を漏らす。
「――『解体。ハントレス』」
即座に『狩人』の『異能』を身にまとい、迷彩を使って夜に紛れようとする。
しかし相手は現二年生最強。不屈の剣にして『縮地』使い。
もはやここは彼女の間合いである。
「やっと捕まえた! お前ぇ~~!」
後ろから思いっきり『デュランダル』の刃を首に当てられ、山名は両手を上げる。
「やめろ。怖い。というか、別にいいだろう。あの時の勝負はお前の勝ちだったんだし」
そう、『秋原の熱剣』と『鶴久の絶剣』の勝負は、間違いなく『鶴久の絶剣』が勝利した。
その上で、これはチーム戦。だから油断した『絶剣』を撃ち抜いた。
それは卑怯と言われても仕方がないが、少なくとも狙撃手である彼女には常套手段であり、だから何かを言われる筋合いはないと開き直る。
「知ってる。別にそれはいい」
だから、武光奏が怒っているのは『そこ』じゃない。
「お前……あれだろ、あの時念話繋げてただろ」
「あー……そうじゃないと戸枝の位置から逆算できんし」
「じゃあ、その時の会話も聞いてただろ」
「聞いてたよ。アレか。あの『我流なれども『縮地』の使い手』云々」
「それを言うな~!!」
ぐっとデュランダルの刃を首に押し当てられる。
その気になれば全文諳んじてやれるのだが、それをすると本気で命が危うい気がしたのでやめた。
「なんだよ……格好良かったじゃんか……」
「そうだよ! 格好付けたよ! 後々思い返すと何言ってるのか意味分かんないくらい」
要するに、ちょっとノリにノッて格好付けた台詞を言ってしまったらしい。
それを、後から思い返して恥ずかしくなってきているらしい。
「別にうちの戸枝も返してただろ……」
こういう時、意外とノリがいいのが戸枝小春である。
最初の選抜戦も、佐守が『無能』の時は心配しつつ、ちゃんと剣を構えた後は頑張って悪役を演じていた。
そして、そういう機微は山名にはさっぱりわからんが、わからんなりに『そういうのもあるか』と思っているのが山名である。
「だからお前だけは絶対斬る。来年斬る。というか今年練習試合組むからそこで斬る」
「ええ…………」
もう次期部長の役目まで押し付けられている。
しかも、秋原外部の人間から。
正直いうと、面倒くさいというのが山名有為である。
責任とか重圧とか、そういうのは必要最低限でいいと思っているのが山名である。
「――まあ、いいか」
はあとため息を吐く山名。どの道、なぜか今年の大会で縁の出来てしまった二人。
袖すり合うも多少の縁とも言うし、武光奏とも連絡先くらいは交換している。
「でもアレだぞ、お前んとこの……里見? ちゃんと礼儀くらい教えろ」
「お前んとこの佐守もちゃんと教えなよ。……ていうか一年全員だよ」
確かに。
望月がへらへらしているのはいつものことだが。
戸枝も硬すぎるきらいはあるので、どうにかせねばならぬ。
「……面倒なんでお前のとこに一人送らせてもらっていい?」
それこそさっき話した佐守とか。
「いやだ。一番は望月だとしてもアレも相当地雷だし」
「大体、今戸枝と離れ離れにしたらあいつ死ぬだろ」と言われて、山名もそらそうだと納得する。
「でもあれだ。格好良かったぞ。さすがは『鶴久の絶剣』。名乗り口上も決まって――いてっ」
「言うなと言ったが?」
山名としては本当に誉め言葉なのだが、残念ながら伝わらないらしい。
首に軽く着いたかすり傷は、明日の決勝には支障はない。
というか『鶴久の絶剣』はその辺はちゃんとわきまえている。
「分かりました。もう言いません。ていうかお前もサクサク抜くな」
「人を目にした瞬間『ハントレス』使ったやつが言うな」
とりあえず伝えたいことだけ伝えて納得したのか、武光奏は剣を収める。
「…………で、他に言いたいことがないならもう寝たいぞ、私は」
枕投げとかには参加せんぞ、という山名に、武光奏は――『鶴久の絶剣』は言う。
「あー、じゃあ一個激励? ほらうちの部長はやんなかったから。頑張れ秋原」
「はいよ」
目黒次美と違い、武光奏は素直なので、素直に激励の言葉を受け取る。
「……あと、『白夜の聖剣』は本当に甘くない。お前らの想定とか気軽にひょいっと超えてくる」
「…………はいよ」
それもまた事実なので、素直に受け取る。正直言うと、未だに山名の脳内では攻略法を考えている。
攻略法を考えれば、その対抗策ももちろん思いつく、ならばその対抗策も思いつくという堂々巡り。
結果、どこで『始まるか』が最重要にはなるのだろうが、その『どこ』が現状は浮かばない。
なので、その話は早々に切り上げることにした。
「しかし、お前んとこの里見? 居合に縮地たぁ、よくやる」
「うん。いいでしょアレ」
ふふん。とドヤ顔で笑う『鶴久の絶剣』。その縮地をもってして、人外に踏み込む化物は、しかし普通に後輩を可愛がる先輩でもあった。
あれがその内、『コレ』に近づいたら面倒だなぁ。などと思いつつ。
「……はあ。じゃあ本当にさいなら。よければ観客席で見てってくれ」
「言われずとも。ていうかあと数日分は東京にいる予定だし」
そう言葉を交わして、二人は互い違いに去っていくのだった。