わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで   作:遠野静

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第36話 『海神の槍』と『秋原のジョーカー』

 ――というわけで、いよいよ明日は決勝である。

 私立秋原にとっては最初の。そして白夜にとっては常連の。

 

 その中で、一見すると別に気にしていなかったように見える水野弥生は。

 

「あ~…………」

 

 ふざけた声を洩らしながら、ソファに伸し掛かる。

 何分、実感が湧かない。

 

 それは恐らく一年生たちもそうだろうが、水野弥生だって「ここから先は未知」だ。

 幾度か『白夜高校』との練習試合もしたが、あくまで『練習』。

 

 明日は――恐らく満席のスタジアムの下で、みんなが見守る中で、あの『白夜の聖剣』などというふざけた伝説に挑まねばならない。

 

 こんな状況で、むしろ平常心を保てる方がおかしい。

 だが、自分はどうあれ『部長』だ。

 秋原の代表、エースは戸枝だとしても、今の部をまとめる責任は自分にある。

 

 故に、とても緊張していた。

 なんなら明日隕石でも降ってきて試合中止にならんかな、とも思っていた。

 

 だが、どうやらそうはならず。

 順当に勝ち進んだ秋原は、順当に白夜とかち合う。

 

 ――この順当が、『海神の槍』にはイヤなのだ。

 気まぐれ、奇策、闇討ち上等。勝つためなら手段を選らばず、今日勝った鶴久からも情報を強奪し、それを今も脳内で組み上げ続けている。

 

 やっていることは完全に『悪役』のそれ。

 だから参っている。順当に進めば『悪役』は倒されるもの。

 

「でも負けたくね~」

 

 珍しく本音を漏らす水野弥生。

 

「善だの悪だの知るかってんだ。こっちはスポーツなの。あたしたちは勝ちたいの」

 

 その言葉は誰への告解なのだろうか。

 ただ、そのために一つだけの後悔も、彼女には無いではない。

 別段それを踏みにじる精神も、無いではないが。

 

「佐守ちゃんは、どういう『異能』を見つけるんかな」

 

 今のところ、『大蛇さん』の実物を見ていない水野にとっては本当に未知のその『剣』。

 とはいえ、ちゃんと部員を見てもいる。

 彼女は大蛇の末。出雲で大蛇といえば、十中八九『八岐大蛇』だろう。

 

「――なら、抜けるのはまず間違いない」

 

 大蛇の尾から生まれしモノ。

 邪蛇より生まれし神威の剣、その一振り。

 

「あとはどう、どんな風に完成させるか」

 

 ――なので、鏡稽古なのだ。

 今は大蛇の化身として暴れ回るあの狂犬少女。

 

 己が身を顧みて、やっと彼女は蛇の尾から生まれるのだろう。

 その瞬間が、彼女にどういう感情をもたらすかまでは水野は秤しれない。

 だが、少なくとも『あの神剣』ならば『聖剣』に届く。絶対に。

 

「う~ん、どうする、どう畳む……」

 

「ありゃ、水野部長。どうしたんすか」

 

 と、話しかけてきたのは望月だった。

 相変わらずマイペースで、片手にはココアとかもっている。

 当然、水野の分はない。そのくせちゃんと隣に座る。

 

「いんや~、明日の試合運びをさぁ~……」

 

「ああ。……うわ、『海神の槍』が悩んでる」

 

「そりゃあたしだって悩むわい。……というか、佐守ちゃんの抜きどころを考えてる」

 

「やっぱあおちゃん使うんですね」

 

「使う。使う。だって最強の初見殺しだ。……あと、お前の蹴りはあたしには痛くない」

 

「ちっ」

 

「本当にフィールド次第だが、どの盤面でどう斬るかだ。そして、あたしはこれを佐守ちゃんに任す」

 

「なんで」

 

「あたしがやったら、多分違う。お前はまあ分かりやすく吸血鬼って怪異だが、あたしはもうあたしが怪異だ。神剣なんぞ畏れおおくて触れない」

 

「…………」

 

 と、望月は少しだけ考えてから。

 

「……でも、あおちゃんは水野部長から離れたら寂しいと思いますよ?」

 

 割と真面目に、友人の心配をする。

 

「そうだね。だからあたしは色々ダメなんだ」

 

 自嘲を溢す『海神の槍』。

 あの日彼女を見つけたのは偶然だった。

 何らかの運命が働いていたとしても、そんなものはどうでもいいと水野は思う。

 

 その後彼女をメンバーに選んだのも、偶然だ。

 彼女が思った以上に強くなってくれたのも、全部偶然だ。

 けれど佐守あおはそう思わない。

 

「雛かってんだ」

 

「似たようなもんでしょ、あおちゃんは」

 

「あの子は『剣』だ。『水野部長の剣』じゃない」

 

「ああ。そうですねぇ」

 

「ていう話をしたら、佐守ちゃんはキレると思う?」

 

「思います……ていうかね、小難しい話じゃないでしょ。なんか友だちから急に距離置かれたら誰だって寂しいですよ」

 

「それをおまえがいうかね」

 

「僕はそういうのが嫌だからそうなる前に逃げてたんです~」

 

「ま~もう悩んでもしゃあないか……。後はどこで彼女を至らせるかだなぁ」

 

 罪悪感はぽいっと無責任に投げ飛ばして、水野弥生は『海神の槍』に戻る。

 

「寄藤環はいい拾いもんだ。知らん間に宿命っぽいのが出来てるし。あとはこいつと、佐守ちゃんの相違点の整理」

 

 『秋原の熱剣の影』だと、佐守あおは言った。

 それは良い。事実、戸枝小春は時代を代表する剣だ。

 副官の一人二人いない方が不自然。

 感情論でも、戸枝小春が佐守あおをちゃんと見ている。

 佐守あおが佐守あおを嫌いでも、佐守あおの友だちが佐守あおを見ている。

 他者への憧憬は悪いことじゃない。

 

 なので、『次代の聖剣』寄藤環をぶつけて佐守あおが至るべきは何か。

 『憧憬』は、同様。

 『加虐性』は、同様。

 『選ばれた』は、相違。

 『焦り』は、相違。……だが、佐守あおには焦って貰わないと明日に間に合わない。

 

「『選ばれたか否か』っていう論点だけが、佐守ちゃんにはない」

 

 なら、そこだ。

 寄藤環は『狼』と『騎士』が分離している。

 佐守あおは『狂犬』と『剣』が分離してない。

 

「うむ。見えてきたなぁ~? 要するに佐守ちゃんの狂犬性を全力発揮出来る場面で、『剣』しか解決手段がない状況に落とし込めばいいんだなぁ~?」

 

「味方にやることですかねそれ」

 

「そうなると――まあ戸枝ちゃんには悪いが死にかけてもらうか」

 

「本当に味方にやることですかねぇ……」

 

「でも、絶対に抜けるよ。だってアレが佐守ちゃんの誇りなんだから。さて、そうなるとマッチングも色々考えないとな~」

 

 へっへっへと笑みを浮かべながら、ブツブツと呟いている水野弥生。

 やっぱりこの人、『海神』とかじゃなくてなんか別の怪異の類では、などと思う望月なのだった。

 

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