わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
――というわけで、いよいよ明日は決勝である。
私立秋原にとっては最初の。そして白夜にとっては常連の。
その中で、一見すると別に気にしていなかったように見える水野弥生は。
「あ~…………」
ふざけた声を洩らしながら、ソファに伸し掛かる。
何分、実感が湧かない。
それは恐らく一年生たちもそうだろうが、水野弥生だって「ここから先は未知」だ。
幾度か『白夜高校』との練習試合もしたが、あくまで『練習』。
明日は――恐らく満席のスタジアムの下で、みんなが見守る中で、あの『白夜の聖剣』などというふざけた伝説に挑まねばならない。
こんな状況で、むしろ平常心を保てる方がおかしい。
だが、自分はどうあれ『部長』だ。
秋原の代表、エースは戸枝だとしても、今の部をまとめる責任は自分にある。
故に、とても緊張していた。
なんなら明日隕石でも降ってきて試合中止にならんかな、とも思っていた。
だが、どうやらそうはならず。
順当に勝ち進んだ秋原は、順当に白夜とかち合う。
――この順当が、『海神の槍』にはイヤなのだ。
気まぐれ、奇策、闇討ち上等。勝つためなら手段を選らばず、今日勝った鶴久からも情報を強奪し、それを今も脳内で組み上げ続けている。
やっていることは完全に『悪役』のそれ。
だから参っている。順当に進めば『悪役』は倒されるもの。
「でも負けたくね~」
珍しく本音を漏らす水野弥生。
「善だの悪だの知るかってんだ。こっちはスポーツなの。あたしたちは勝ちたいの」
その言葉は誰への告解なのだろうか。
ただ、そのために一つだけの後悔も、彼女には無いではない。
別段それを踏みにじる精神も、無いではないが。
「佐守ちゃんは、どういう『異能』を見つけるんかな」
今のところ、『大蛇さん』の実物を見ていない水野にとっては本当に未知のその『剣』。
とはいえ、ちゃんと部員を見てもいる。
彼女は大蛇の末。出雲で大蛇といえば、十中八九『八岐大蛇』だろう。
「――なら、抜けるのはまず間違いない」
大蛇の尾から生まれしモノ。
邪蛇より生まれし神威の剣、その一振り。
「あとはどう、どんな風に完成させるか」
――なので、鏡稽古なのだ。
今は大蛇の化身として暴れ回るあの狂犬少女。
己が身を顧みて、やっと彼女は蛇の尾から生まれるのだろう。
その瞬間が、彼女にどういう感情をもたらすかまでは水野は秤しれない。
だが、少なくとも『あの神剣』ならば『聖剣』に届く。絶対に。
「う~ん、どうする、どう畳む……」
「ありゃ、水野部長。どうしたんすか」
と、話しかけてきたのは望月だった。
相変わらずマイペースで、片手にはココアとかもっている。
当然、水野の分はない。そのくせちゃんと隣に座る。
「いんや~、明日の試合運びをさぁ~……」
「ああ。……うわ、『海神の槍』が悩んでる」
「そりゃあたしだって悩むわい。……というか、佐守ちゃんの抜きどころを考えてる」
「やっぱあおちゃん使うんですね」
「使う。使う。だって最強の初見殺しだ。……あと、お前の蹴りはあたしには痛くない」
「ちっ」
「本当にフィールド次第だが、どの盤面でどう斬るかだ。そして、あたしはこれを佐守ちゃんに任す」
「なんで」
「あたしがやったら、多分違う。お前はまあ分かりやすく吸血鬼って怪異だが、あたしはもうあたしが怪異だ。神剣なんぞ畏れおおくて触れない」
「…………」
と、望月は少しだけ考えてから。
「……でも、あおちゃんは水野部長から離れたら寂しいと思いますよ?」
割と真面目に、友人の心配をする。
「そうだね。だからあたしは色々ダメなんだ」
自嘲を溢す『海神の槍』。
あの日彼女を見つけたのは偶然だった。
何らかの運命が働いていたとしても、そんなものはどうでもいいと水野は思う。
その後彼女をメンバーに選んだのも、偶然だ。
彼女が思った以上に強くなってくれたのも、全部偶然だ。
けれど佐守あおはそう思わない。
「雛かってんだ」
「似たようなもんでしょ、あおちゃんは」
「あの子は『剣』だ。『水野部長の剣』じゃない」
「ああ。そうですねぇ」
「ていう話をしたら、佐守ちゃんはキレると思う?」
「思います……ていうかね、小難しい話じゃないでしょ。なんか友だちから急に距離置かれたら誰だって寂しいですよ」
「それをおまえがいうかね」
「僕はそういうのが嫌だからそうなる前に逃げてたんです~」
「ま~もう悩んでもしゃあないか……。後はどこで彼女を至らせるかだなぁ」
罪悪感はぽいっと無責任に投げ飛ばして、水野弥生は『海神の槍』に戻る。
「寄藤環はいい拾いもんだ。知らん間に宿命っぽいのが出来てるし。あとはこいつと、佐守ちゃんの相違点の整理」
『秋原の熱剣の影』だと、佐守あおは言った。
それは良い。事実、戸枝小春は時代を代表する剣だ。
副官の一人二人いない方が不自然。
感情論でも、戸枝小春が佐守あおをちゃんと見ている。
佐守あおが佐守あおを嫌いでも、佐守あおの友だちが佐守あおを見ている。
他者への憧憬は悪いことじゃない。
なので、『次代の聖剣』寄藤環をぶつけて佐守あおが至るべきは何か。
『憧憬』は、同様。
『加虐性』は、同様。
『選ばれた』は、相違。
『焦り』は、相違。……だが、佐守あおには焦って貰わないと明日に間に合わない。
「『選ばれたか否か』っていう論点だけが、佐守ちゃんにはない」
なら、そこだ。
寄藤環は『狼』と『騎士』が分離している。
佐守あおは『狂犬』と『剣』が分離してない。
「うむ。見えてきたなぁ~? 要するに佐守ちゃんの狂犬性を全力発揮出来る場面で、『剣』しか解決手段がない状況に落とし込めばいいんだなぁ~?」
「味方にやることですかねそれ」
「そうなると――まあ戸枝ちゃんには悪いが死にかけてもらうか」
「本当に味方にやることですかねぇ……」
「でも、絶対に抜けるよ。だってアレが佐守ちゃんの誇りなんだから。さて、そうなるとマッチングも色々考えないとな~」
へっへっへと笑みを浮かべながら、ブツブツと呟いている水野弥生。
やっぱりこの人、『海神』とかじゃなくてなんか別の怪異の類では、などと思う望月なのだった。