わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
「あ」
「え」
「わぁ」
山名先輩と離れて、なんか適当に購買でジュースを買って、席に座って飲んでたら、何か凄い嫌な組み合わせができた。
「佐守あおじゃん」
と、一応声をかけてくれるのは、明日争う予定の寄藤さん……。
それと、もう一人――
「――あ、剣捨てた人」
などと、とても失礼なことを言ってくるのは今日戦った里見志野さん。
……汚れた鏡が二つに増えた。と思っているのは多分お互い様なんだろう。
「捨ててないです。あれしか勝ち筋がなかっただけです」
少なくともあの場で『剣』として彼女を上回るには、剣を投げる以外の手段が見当たらなかった。
なので、あれは最適解。……少なくとも現状の力量だと。
「そういうとこ、そっちの部長によく似てる」
「あははは」
それは喜ぶべきことなのでしょうか……。
正直ちょっとクズ度が高すぎて……いや、もちろん尊敬する先輩だし、わたしが捧げるべき剣ではあるのですが、それはそれとして嫌すぎる。
少なくとも、里見さんは誉め言葉としては使ってないだろう。
だって里見さん、目茶苦茶、やる気だし。
そんなことを思っていたら、寄藤さんが混ざってきた。
「なに? 喧嘩すんの? ならわたしも混ぜなさいよ」
「なんでですか。それは駄目でしょう」
そもそも明日試合だよ。
あなたとは文字通りのミラーマッチだよ。
ここで消耗して得するの、里見さんしかいないよ。
「……なんで佐守あおのくせに常識面すんの」
「そうだよ、狂犬のくせに」
「飼い犬と狼に言われたくない……」
頼むからわたしを常識人側に回させないでほしい。
戸枝さん来て。もういっそ望月さんでもいいから!
「ま、いいわ。今日の試合見てたし」
そう言って、何故か寄藤さんはわたしの向かいに座る。
なんでだよ。
「勝手に見ないでほしい」
そう言って、里見さんもわたしの真横に座る。
マジでなんでだよ。
……いや、ていうか。
「見てたんですか……」
「見てた。雑な剣技、雑な剣筋。基礎の基礎からやり直したら?」
はっと鼻で笑われる。
いつだかわたしが彼女に言った言葉と同じだ。
どうしよう、殴りたい……。でもこの気持ちは今使うべきじゃない……。
「明日、絶対あなたを『斬り』ます」
「いいわよ。わたしもあんたを『殺す』から」
よし、とりあえずこれでいい。
お互いに納得していると、忠犬気取りがうへぇみたいな顔をしていた。
「あんまり良い会話じゃないと思う」
「あなたのところの部長さんの方がよっぽどでは?」
「目黒部長……元部長は、そういう人だけど」
そこ、認めるんだ……。
ていうか、そっか。
「もう元部長なんですね」
「うん。やっと武光先輩が部長になる」
目黒先輩への敬意とか一切ない。完全に『鶴久の絶剣』への憧憬で目が焼かれている。
正直言ってどうかと思います……とは、わたしには言えないんだけど。
「あんたそれ正直言ってどうかと思うわよ」
しかし、このドッペルゲンガーはしっかり言語化してくれた。
まあでも、そう。
「たしかに目黒さんも水野部長も人間としてはクズの部類に入るとは思うんですけど……」
しかし、勝ちへの執念という一点において、あの二人を超える人をわたしは知らない。
うちの部長も大概だし、目黒さんもほぼ死にかけであの詠唱をしていた。
正直負けたと思った、のはたしか。
「うん。クズだけど強い。いやクズだから強いのかな」
「両方じゃない?」
「両方ですねえ……」
それにしても、何だろうこの時間……。
完全に無駄話、無駄口、無駄な会話。普通なら、それこそ『余談』にぶち込むべき会話なのに。
でも、多分違うんだろうな。
余談だと思っていた話が、きっとわたしの『本編』なんだ。
…………そんなことを、鏡を見て今更気づいた。
ちょっとだけ、悔しいけれど。
「ん~…………」
「何よ、人を変な顔で睨んで」
「それはお互いさまでは」
大体、寄藤さんと話している時はいつも変な時だ。
八つ当たりとか、そういうのばっかりだ。
「いいけど。あんたを殺すのは、明日だし。――ていうかそっち、里見志野」
「なに」
「あんたは明日、どっちが勝つと思う?」
嫌な質問するなぁ、この人。
いや、まあ……でもちょっと気になる、かも。
何はどうあれ、理由はどうあれ、里見さんもわたしや寄藤さんと同じモノ。
……だけど技量は少し違う。
少なくとも剣の技量は明確にわたしより格上だ。
だから、気になる。
「佐守あお」
だから、そう即答された時は嬉しくて。
「に、負けてほしい」
そう続いた時には『斬ろうかな』とちょっと思った。
駄目だ佐守あお……言葉を捨てるな……。少なくとも今はまだ……。
「それめちゃくちゃ感情入ってませんか」
「うん」
斬るか。
「というか、まず寄藤環を知らない。白夜の試合は見てたけど別に活躍してなかったし」
「佐守あお、こいつ殺さない?」
「落ち着きましょう。明後日にしましょう」
なぜわたしが寄藤さんを止める側に回っているのかもよく分からないけど……。
そんなことを考えていたら、里見さんは口を開いた。
「……けれど、目黒部長を倒した時の佐守あおは、凄かった」
はじめて素直に、認めてくれた。
少し嬉しい。
「あなたは狂犬だけど……なんか、なにかになりそうな気がする」
さらには、急に不可思議なことも言われた……。
しかしあまりにも抽象的すぎて、意味が分からない……。
「は。佐守あおがねぇ」
肘をついて鼻で笑う寄藤さん。
嘲笑なんだろうけど、怒る気にはなれない。
だって、意味分かんないし。
さすがの里見さんも言葉足らずだと思ったのか、言葉を続けた。
「何者かになりたいと、願っている」
「それは、まあ――」
「……それは、まあ」
思わず二人で反応してしまう。
それは本当にその通り。
「誰かの役に立ちたいと願ってる」
――例えば『秋原の熱剣』に。
例えば『鶴久の絶剣』に。
そして『白夜の聖剣』に。
「そういう、特別が欲しいんだ」
と、里見さんは言う。
まるでわたしと寄藤さんの言葉を代弁するみたいに。
「――でも、遠いよ。本当に」
わたし達はみんな彼女達と違う。
あやふやで、曖昧で、自分の形も分からない。
あるいは自分の形を嫌悪している。
――――ん?
「……『ムラサメ』に悪いとこ、あります?」
「あるよ。全然不屈じゃないもん……」
なるほど。たしかにあの宝刀は化生殺し。
『異能』が魂の形だというなら、さしずめ彼女は『潔癖症』。
不純を許せないのに、不純を許せないという自分の心すらも不純と見なす自己矛盾。
「どうすればいいのかな」
そう彼女は呟く。でも知らないよそんなの……。
だってわたしが一番断罪してほしいと願っているのに。
「……まあいいか。来年までに思いつけば」
「あ」
「ちっ」
寄藤さんが舌打ちをする。
そう、そこがわたし達の違い。
来年には、まだ『秋原の熱剣』も『鶴久の絶剣』もいる。
けれど『白夜の聖剣』はもういない。
それを掲げるべき相手が、寄藤さんだけはもういない。
明日の決勝戦を終えたら、いなくなってしまう。
それは、寄藤さんだけの問題じゃない。
水野部長が何考えてるかは知らないけどさ。
多分、わたしが“それ”を見つけないと、秋原は勝てない。
『秋原の熱剣』を信じていないわけじゃない。
わけじゃないけど、水野部長はそういうのを絶対仕組んでる。
…………と、思う。
「誰なんですかね、わたしって」
不可思議な問いを鏡に投げる。
でも、当たり前だけど帰ってくるのは。
「そんなんわたしが教えてほしいんだけど」
「わたしは知らないよ……」
鏡だから、反響するだけ。
「は~あ~……」
……なんだかよく分からなくなってきた。
そういうの、考えたくない。
考えたくなかったから、もうさ――
――大蛇さん、そろそろわたしは至高じゃないですか?
『ここで己に振るか、御前は』
だって、わたしよりもわたしを知っている人だし。
いや、蛇だけど。なんか色々言ってこの蛇はわたしを贄から逃そうとしている気がする。
『余分な知恵をつけおってからに……ただ、そうだな。御前がそうして悩む内は、永劫至高には届かんだろうよ』
さいですか。
「むむむ……」
「何よ、難しい顔をして」
「いえ……なんか、こう――はぁあ~。もう分かりました! 明日、斬り合いましょう!」
多分、話すよりそちらのほうがわたしには――わたし達には圧倒的に早いし分かりやすい。
そういうと、寄藤さんも何だか笑って。
「そうね。さっさとあんたを『殺し』て、ついでに『秋原の熱剣』もぶち殺すわ。それでわたしが今年を代表する『剣』になるの」
よし、何がどうなろうとこの女だけは明日斬ろう。
なんか多分それで色々分かるはず。
とか思っていたら寄藤さんはため息を吐いた。
「は~あ……何か余計なこと話してたら喉乾いたわ」
でしょうね。ドッペルゲンガー×2だし。
わたしもなんか頭がぐるぐるして疲れたし。
「なんか飲み物買ってくるけど、あんたら何か飲む?」
「じゃあ、わたしはミルクティーで……」
「わたし、コーヒー。ブラック」
そこから先は、本当に他愛のない会話。
それこそ余談でするような話を、寄藤さんと里見さんとした。
これは、ただそれだけのお話。