わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
里見さんと軽く話して、寄藤さんと明日斬り合うと決めて。
それからやっと眠くなって、お部屋に戻ったらなんかいた……。
「ああ、あおちゃんお帰り~」
「吸血鬼が部屋にいる……」
ホラーだ……。
とてもホラーな展開なのに、その元凶はわたしのベッドの上を占領している。
今日は床で寝ることに決めた。
「……ていうか、どうやって入ってきたんですか?」
色々聞きたいことはあるけれど、まずそこだけは聞いておこう。
たしかオートロックだったはずなのに。
「『異能』つかって、ぬるぬるって」
「うげぇ……」
散々……というほどでもないけど、少なくとも最初の方には『異能』を使える場所は限定されてるって言ってるのに。
「まあ、八つ当たりの喧嘩よりましでしょ」
「不審者侵入とどちらがマシかと言われると困ります……」
はあってため息を吐いてから、わたしはベッドの端に座った。
「望月さん」
「ん」
「…………“約束”、果たしましたよ」
いつかの屋上、あの敗北からの終わり。
随分遠回りしたけれど。
その瞬間は、全然受け入れられなかったけれど。
「わたしは、ちゃんと約束を果たしました」
「うん。あおちゃんは偉い子だ」
「……なんか子どものように扱われている気がする」
「あはは、子どもっていうか、子犬~?」
「噛みついていいですか。……ていうか、そういう話をしたいのではなくて」
“約束”をはたせた。
自分で決めたことを、人生ではじめて成し遂げた。
成功体験……って言っていいのかな。
少なくとも、そういうやつ。
わたしの人生がやっと動き出したような、そんな感情。
そうなのではあるものの――
「明日が決勝ですよ、望月さん」
「ああ、そうね」
雑な返答。いつになく無機質。
のらりくらりともしていない。無感情。
「分かってますか、明日が『決勝』なんですよ」
「分かってるよ~! 一応緊張だってしてんだよ僕も~!!」
そういって、ベッドの上で子どもみたいに駄々を捏ねる望月さん。
そのベッド、わたしのものなんですけどね。
「マジでさあ、遠くまできたもんだ……とか言うけどさあ、今、それ」
「はあ」
「現実感がない。なさすぎて、よくわからない」
「そうですね……」
別に、これまでの試合でも緊張しなかったわけじゃない。
でも――
「決勝戦。相手は白夜高校……。『白夜の聖剣』逸見明音さん」
言葉にしても、実感がちっとも湧かない。
たしかに東京に来てから、色々話す機会も増えたけど、さ。
それでも――あの背中はまだ遠いって、そう思う。
「それでいうなら、僕なんてここまで付き合う気もなかったよ~」
ひらひらと手を振る望月さん。
そう言えばこの人、練習試合の後で退部届出しかけてたんだ。
「ついでに言うと、その前日スカウトだよ僕は」
そうだ……この人、実はわたしよりも選抜に選ばれたの遅いんだ。
「なんで、付き合ってくれたんですか?」
「いやだなあ、友だちじゃん」
「…………まあ、それでいいのですが、それ以外で」
わたしの友だちは戸枝小春一人でいい。
それはそれとして彼女のことは気になる。
それに対して、望月さんは、「ううん」と首を傾げてから。
「さあ」
と回答した。
「ていうか、ない。流されるままここにきた」
「主体性……」
わたしが言うことではないのかもしれないけれど。
「だって、まあ――『国異』だ。選抜に選ばれたらちょっと嬉しい。でもうちは秋原だ。僕がいたとこで一、二回戦敗退だろ、とか思ってた」
「……戸枝さんがいたのに?」
あと、水野部長も。
「いたのに。私立秋原はやっぱり中堅校――なんて、もう言えないのかもだけどねえ……」
はあ~ってため息を吐きながら、望月さんは笑う。
「ていうか試合中に細かく考えている暇ないしさぁ。僕も、とりあえずいっぱいいっぱいしてる内に、気づいたら決勝まで来ちゃったんだよ。……気づいたら決勝だよ? どうしろと?」
……ちょっと気持ちは、わかる。
わたしも、似たような感じ。
戸枝さんに勝てて嬉しい。
戸枝さんの友だちになれて嬉しい。
戸枝さんと同じチームになれて。
戸枝さんたちと合宿して。
戸枝さんたちと東京に来て。
戸枝さんたちと、ここまで勝ち上がっただけ――
――あれ?
「わたし、戸枝さんのなんなんですか……?」
「えぇ~……今、それ言う…………?」
結構深刻な悩みだったのに、望月さんは凄い面倒くさそうな顔をした。
なんだろうか。斬るべきなのか。
「ああ、まあ友だちでいいでしょ~……へっ、僕とは違ってね」
……なるほど。
「望月さんも友だちだよ」
「お」
「……うん、友だちだよ。ていうか友だちになってよ」
「あはは、そう言われると逆張りしたくなるなぁ!」
なんだこいつ。
「友だちになってくれないと『斬ります』」
「それができたらね~」
なんだか最初に出逢った頃にも、彼女とそんな話をした気がする。
彼女をチームメイトとして認めるかどうかって話し。
そういえば――
「あの時の告白」
「まだ蒸し返すのかよ……」
「今ならちょっと違う気がするなぁという、きもち」
「なに? 僕を好きになる要素あった?」
「それは結構ありますけど」
嫌う要素も結構あるけど。
「…………うん。なんか、『大蛇さん』も戸枝さんもいなければ、わたしは望月さんの影だったんだろうなって」
「『吸血鬼の影』ねえ……」
へっと鼻で笑ってから、彼女は向こうを向いた。
「でも僕は、君を眷属にする気はなくなったよ」
「え゛」
あれだけ人の心をかき乱しておいて……?
「ま~…………いや、う~ん……僕はさぁ……」
「はい」
「逃げれるものなら、今でも逃げたい。逃げたかったし、逃げていいと思ってた」
「そして、それは今も変わらない。逃げるは恥だが役に立つし」と、彼女は言う。
「でも、僕は君に『斬られた』。だから痛い」
「……フレンドリーファイヤーのこと?」
「いや、二回戦――あ~! そうだな! もう言うか!」
はあっと大きく息を吐いてから、望月さんは立ち上がってわたしを見下ろした。
「あおちゃんには、一個大きな恨みがある」
「え」
「…………ていうか、なんならちょっと苦手」
「え……」
それは、ちょっと……しょっく……。
あれ、望月さんに嫌われてショックに思うことがあるんだ、わたし……。
「でも嫌いじゃないよ、あおちゃんのこと」
「友だちだし」という、友だちの望月さん。
「まあなんかさあ……そういう時もあんだよ。苦手だけど、嫌いじゃないとか。そういうの面倒だから逃げてきたけども」
へっと鼻で笑ってから、望月さんはまたベッドに行った。
……どうでもいいけど、この人このままわたしのベッドを占領する気では?
「まあ、明日になれば色々分かるか! ともかく、決勝戦だ! はぁ~緊張するなぁ~! 僕が明日! あの舞台で、あの『伝説の決勝戦』みたいなことをするんだなぁ~! とか思うと本当にもうわけわかんねぇ!」
「たしかに……」
わけがわからない……。
これまでの戦いも大概わけがわかなかったけど。
明日は、それとは別の意味を、持つわけで――
「きっとさぁ。客は白夜を応援するよ」
そう望月さんは言う。
「『白夜の聖剣』、三年無敗の伝説の完成を見たがってる連中だ」
「……でしょうね」
「僕らはカマセ、半端者、脇役、やられ役。まあちょっとは応援もあるかもだけど」
「ですね」
そういう『運命』だ。きっと。
今ここにある『伝説』を、たしかなモノにするための。
――だから、そんな『運命』は斬り捨てる。
「……て、口に出せたらいいのになぁ」
まだ、わたしはずっと、胸の内側で。
思えば最初からずっとそう思っていたはず、だけど。
わたしが『斬る』べき『運命』とは何?
わたしが『斬る』べき『相手』は誰?
わたしは……その時に、至るのかな。
「はあ」
「ああ、なんか緊張してきた。あおちゃん手つないでいい?」
「え、いやです」
それはそれとして、明日は決勝だ。
決勝戦が終われば――終われば……?
……終わったって、きっと、さ。
悩んだって、きっとさ。
変わらないものもあるんだろうな。
それは運命とかじゃなくって、普通に当たり前に。
だから――とか思っていたら、コンコンとノックの音がした。
誰だろうと思って扉を開けると、そこにいたのは戸枝さんだった。
「ごきげんは……よろしいですか?」
「……は、はい」
「ふぅ…………」
とため息を吐いて、戸枝さんはわたしの部屋に入ってくる。
そして、わたしのベッドの上で大の字になる望月さんを睨んだ。
「何をしているの」
「なんもしてない」
「せめて自室でしなさいよ……」
「いやだ。不安で眠れない。僕はそんなにメンタル強くない」
なに? この人本気でわたしの部屋で寝るつもりなの?
そうなると、とうとう床でわたしが寝ることになるんですけど。
「せめて貴方が床にいきなさい」
「ああ、まあなんか納得というか満足というか、とりあえず落ち着いたら戻るよ~」
この人は最後まで雑だなぁ……明日は『死霊船』なんて怖いものと戦うのに。
そんなことを考えていたら、望月さんは戸枝さんを見た。
「にしても、やっぱり来たねえ秋原代表」
「…………別に、今は戸枝さんで構いません」
ふうっと息を吐いてから、戸枝さんはわたしの手を取った。
え。
…………え?
なに?
「な、なんでしょう……か……」
「ちょっと、こちらの椅子に座って、背中を見せてください」
「は、はい。こうでしょうか」
…………ふわりと。
暖かい、春風のような匂いがして。
いつかの時と同じように、後ろから戸枝さんに抱き締められている、と分かった。
「――魔力は、もう……そう、あとは形が……」
「と、戸枝さん?」
「……はあ」
しゅんかん、ちりって、なんか熱いモノが首にかかった。
「あつっ」
な、なに…………!?
「今のは気にしないで。私の矜持を通すためですから」
「は、はあ…………」
「……少なくとも、今すぐ何かが起きるとか、貴方の身に何かが起きるとかは、ありません」
彼女は、そう言ってから。
「――それでも、その後で貴方には私を恨む権利があります」
それを受け入れます。と、彼女は言った。
「……………………」
…………?
「なんのはなしで、しょうか……?」
「そうですね――」
ふうっとため息を吐いてから、戸枝さんもわたしのベッドの上に寝ころんだ。
「未来の話――でしょうか」
……未来の話?
わたしの、未来は――
「――それは、今は言わないで」
そう言葉を修めてから、戸枝さんはぽんぽんとわたしのベッドの端を叩く。
こっちにこい、という意味だろう。
でもわたしのベッド、今や戸枝さんと望月さんで占領されてるんだけど。
一応、近づいてみると。
「……はあ~! も~!」
急に大声をあげる戸枝さんに頭を掴まれて、ついでに望月さんにも肩とか掴まれて、引っ張られた。
凄い、なんか、凄い。
こんなに、人の暖かさが全身にあること、なかった……。
「そこでそういう顔をするから、あなたはも~!」
「あはは、体温を感じたいなら僕の胸においで」
「いやです……」
なんかこの吸血鬼、シリアス空気をぶち壊してばかりでは……?
「まあそのためにいるから」
「そうですね、助かります」
と、なぜか戸枝さんと分かり合ってるし――
「まあなに、友だちにならん? 僕ら」
とか、よく分からんことを言い出すし、望月さん。
「そうですね、友だちになりましょう」
それに、対応するのが戸枝さん。
おかしい、わたしと戸枝さんはもう友だちだったはず――
「じゃあ佐守さん、戸枝さんの好きなモノとか、好きな曲とか知ってる?」
「へ」
「ちなみに僕は知ってる」
『斬る』か。
「斬ってもいいよ。でもその前に聞いて」
「どんな遺言をお望みですか」
「僕らは、即席でチーム組まされて、即席で合宿いって、そっからすぐに『国異』だったじゃん」
「はい」
長い遺言だな。
「なので局所的仲良しではあるけど、色々知らんことの方が多い。戸枝さんのレーヴァティンの能力とか知ってても、趣味嗜好とかほぼ知らんでしょ、あおちゃん」
「…………」
それは、そうだけど……。
「ので、友だちにならん? っていう話。以上、不要だと思うならこのまま斬り捨てな」
「……はい」
言われたので、斬った。
避けられた。ちっ。
「あっぶねぇ。本気で斬りにくるじゃん……」
「これぐらいなら避けてくれるって信頼してるんですよ、友だちですから」
「いやだあ……もっと普通の会話させてくれよ~……」
「そういうのは……なんか、明日の決勝が終わってからで」
それこそ、学園に戻ってからで。
きっといい……はず、だから。
「そうだな、まず決勝だよ。アウェイの中で、ブーイングの中で、僕らきっと悪役だ」
「そんなもの斬り捨てなさいな」
そう戸枝さんはいう。実際戸枝さんは、客の声なんて気にしないんだろうな。
でも、わたしはちゃんと気にする。……多分、ちゃんと癪に障るから。
「いいじゃないですか。うちの部長が一番大悪党なんですから」
「「たしかに」」
ここだけは見解が共通するんだとちょっと思ってから。
「じゃあ、やりましょう。悪党らしく、花々と。それにちゃんと試合もやらないと、観客も困ると思いますし」
そしてあの『白夜の聖剣』と『白夜高校』などという伝説を、悪党らしく終わらせるのだ。
多分、それは痛快な気がする……水野部長の影響だろうか。
まあ、ともあれ――
「じゃあ、気楽に勝ちましょう」
そういって拳を出した。
そうしたら、一瞬二人は、なぜかぽかんとしてて。
それから笑みを浮かべて。
「そうだね」
「そうですね」
ぽんと拳を突いたのだった。