わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで   作:遠野静

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第38話 決勝前夜

 里見さんと軽く話して、寄藤さんと明日斬り合うと決めて。

 それからやっと眠くなって、お部屋に戻ったらなんかいた……。

 

「ああ、あおちゃんお帰り~」

 

「吸血鬼が部屋にいる……」

 

 ホラーだ……。

 とてもホラーな展開なのに、その元凶はわたしのベッドの上を占領している。

 今日は床で寝ることに決めた。

 

「……ていうか、どうやって入ってきたんですか?」

 

 色々聞きたいことはあるけれど、まずそこだけは聞いておこう。

 たしかオートロックだったはずなのに。

 

「『異能』つかって、ぬるぬるって」

 

「うげぇ……」

 

 散々……というほどでもないけど、少なくとも最初の方には『異能』を使える場所は限定されてるって言ってるのに。

 

「まあ、八つ当たりの喧嘩よりましでしょ」

 

「不審者侵入とどちらがマシかと言われると困ります……」

 

 はあってため息を吐いてから、わたしはベッドの端に座った。

 

「望月さん」

 

「ん」

 

「…………“約束”、果たしましたよ」

 

 いつかの屋上、あの敗北からの終わり。

 随分遠回りしたけれど。

 その瞬間は、全然受け入れられなかったけれど。

 

「わたしは、ちゃんと約束を果たしました」

 

「うん。あおちゃんは偉い子だ」

 

「……なんか子どものように扱われている気がする」

 

「あはは、子どもっていうか、子犬~?」

 

「噛みついていいですか。……ていうか、そういう話をしたいのではなくて」

 

 “約束”をはたせた。

 自分で決めたことを、人生ではじめて成し遂げた。

 成功体験……って言っていいのかな。

 

 少なくとも、そういうやつ。

 わたしの人生がやっと動き出したような、そんな感情。

 そうなのではあるものの――

 

「明日が決勝ですよ、望月さん」

 

「ああ、そうね」

 

 雑な返答。いつになく無機質。

 のらりくらりともしていない。無感情。

 

「分かってますか、明日が『決勝』なんですよ」

 

「分かってるよ~! 一応緊張だってしてんだよ僕も~!!」

 

 そういって、ベッドの上で子どもみたいに駄々を捏ねる望月さん。

 そのベッド、わたしのものなんですけどね。

 

「マジでさあ、遠くまできたもんだ……とか言うけどさあ、今、それ」

 

「はあ」

 

「現実感がない。なさすぎて、よくわからない」

 

「そうですね……」

 

 別に、これまでの試合でも緊張しなかったわけじゃない。

 でも――

 

「決勝戦。相手は白夜高校……。『白夜の聖剣』逸見明音さん」

 

 言葉にしても、実感がちっとも湧かない。

 たしかに東京に来てから、色々話す機会も増えたけど、さ。

 

 それでも――あの背中はまだ遠いって、そう思う。

 

「それでいうなら、僕なんてここまで付き合う気もなかったよ~」

 

 ひらひらと手を振る望月さん。

 そう言えばこの人、練習試合の後で退部届出しかけてたんだ。

 

「ついでに言うと、その前日スカウトだよ僕は」

 

 そうだ……この人、実はわたしよりも選抜に選ばれたの遅いんだ。

 

「なんで、付き合ってくれたんですか?」

 

「いやだなあ、友だちじゃん」

 

「…………まあ、それでいいのですが、それ以外で」

 

 わたしの友だちは戸枝小春一人でいい。

 それはそれとして彼女のことは気になる。

 それに対して、望月さんは、「ううん」と首を傾げてから。

 

「さあ」

 

 と回答した。

 

「ていうか、ない。流されるままここにきた」

 

「主体性……」

 

 わたしが言うことではないのかもしれないけれど。

 

「だって、まあ――『国異』だ。選抜に選ばれたらちょっと嬉しい。でもうちは秋原だ。僕がいたとこで一、二回戦敗退だろ、とか思ってた」

 

「……戸枝さんがいたのに?」

 

 あと、水野部長も。

 

「いたのに。私立秋原はやっぱり中堅校――なんて、もう言えないのかもだけどねえ……」

 

 はあ~ってため息を吐きながら、望月さんは笑う。

 

「ていうか試合中に細かく考えている暇ないしさぁ。僕も、とりあえずいっぱいいっぱいしてる内に、気づいたら決勝まで来ちゃったんだよ。……気づいたら決勝だよ? どうしろと?」

 

 ……ちょっと気持ちは、わかる。

 わたしも、似たような感じ。

 戸枝さんに勝てて嬉しい。

 戸枝さんの友だちになれて嬉しい。

 戸枝さんと同じチームになれて。

 戸枝さんたちと合宿して。

 戸枝さんたちと東京に来て。

 戸枝さんたちと、ここまで勝ち上がっただけ――

 

 ――あれ?

 

「わたし、戸枝さんのなんなんですか……?」

 

「えぇ~……今、それ言う…………?」

 

 結構深刻な悩みだったのに、望月さんは凄い面倒くさそうな顔をした。

 なんだろうか。斬るべきなのか。

 

「ああ、まあ友だちでいいでしょ~……へっ、僕とは違ってね」

 

 ……なるほど。

 

「望月さんも友だちだよ」

 

「お」

 

「……うん、友だちだよ。ていうか友だちになってよ」

 

「あはは、そう言われると逆張りしたくなるなぁ!」

 

 なんだこいつ。

 

「友だちになってくれないと『斬ります』」

 

「それができたらね~」

 

 なんだか最初に出逢った頃にも、彼女とそんな話をした気がする。

 彼女をチームメイトとして認めるかどうかって話し。

 

 そういえば――

 

「あの時の告白」

 

「まだ蒸し返すのかよ……」

 

「今ならちょっと違う気がするなぁという、きもち」

 

「なに? 僕を好きになる要素あった?」

 

「それは結構ありますけど」

 

 嫌う要素も結構あるけど。

 

「…………うん。なんか、『大蛇さん』も戸枝さんもいなければ、わたしは望月さんの影だったんだろうなって」

 

「『吸血鬼の影』ねえ……」

 

 へっと鼻で笑ってから、彼女は向こうを向いた。

 

「でも僕は、君を眷属にする気はなくなったよ」

 

「え゛」

 

 あれだけ人の心をかき乱しておいて……?

 

「ま~…………いや、う~ん……僕はさぁ……」

 

「はい」

 

「逃げれるものなら、今でも逃げたい。逃げたかったし、逃げていいと思ってた」

 

「そして、それは今も変わらない。逃げるは恥だが役に立つし」と、彼女は言う。

 

「でも、僕は君に『斬られた』。だから痛い」

 

「……フレンドリーファイヤーのこと?」

 

「いや、二回戦――あ~! そうだな! もう言うか!」

 

 はあっと大きく息を吐いてから、望月さんは立ち上がってわたしを見下ろした。

 

「あおちゃんには、一個大きな恨みがある」

 

「え」

 

「…………ていうか、なんならちょっと苦手」

 

「え……」

 

 それは、ちょっと……しょっく……。

 あれ、望月さんに嫌われてショックに思うことがあるんだ、わたし……。

 

「でも嫌いじゃないよ、あおちゃんのこと」

 

「友だちだし」という、友だちの望月さん。

 

「まあなんかさあ……そういう時もあんだよ。苦手だけど、嫌いじゃないとか。そういうの面倒だから逃げてきたけども」

 

 へっと鼻で笑ってから、望月さんはまたベッドに行った。

 ……どうでもいいけど、この人このままわたしのベッドを占領する気では?

 

「まあ、明日になれば色々分かるか! ともかく、決勝戦だ! はぁ~緊張するなぁ~! 僕が明日! あの舞台で、あの『伝説の決勝戦』みたいなことをするんだなぁ~! とか思うと本当にもうわけわかんねぇ!」

 

「たしかに……」

 

 わけがわからない……。

 これまでの戦いも大概わけがわかなかったけど。

 

 明日は、それとは別の意味を、持つわけで――

 

「きっとさぁ。客は白夜を応援するよ」

 

 そう望月さんは言う。

 

「『白夜の聖剣』、三年無敗の伝説の完成を見たがってる連中だ」

 

「……でしょうね」

 

「僕らはカマセ、半端者、脇役、やられ役。まあちょっとは応援もあるかもだけど」

 

「ですね」

 

 そういう『運命』だ。きっと。

 今ここにある『伝説』を、たしかなモノにするための。

 

 ――だから、そんな『運命』は斬り捨てる。

 

「……て、口に出せたらいいのになぁ」

 

 まだ、わたしはずっと、胸の内側で。

 思えば最初からずっとそう思っていたはず、だけど。

 

 わたしが『斬る』べき『運命』とは何?

 わたしが『斬る』べき『相手』は誰?

 わたしは……その時に、至るのかな。

 

「はあ」

 

「ああ、なんか緊張してきた。あおちゃん手つないでいい?」

 

「え、いやです」

 

 それはそれとして、明日は決勝だ。

 決勝戦が終われば――終われば……?

 

 ……終わったって、きっと、さ。

 

 悩んだって、きっとさ。

 変わらないものもあるんだろうな。

 それは運命とかじゃなくって、普通に当たり前に。

 だから――とか思っていたら、コンコンとノックの音がした。

 

 誰だろうと思って扉を開けると、そこにいたのは戸枝さんだった。

 

「ごきげんは……よろしいですか?」

 

「……は、はい」

 

「ふぅ…………」

 

 とため息を吐いて、戸枝さんはわたしの部屋に入ってくる。

 そして、わたしのベッドの上で大の字になる望月さんを睨んだ。

 

「何をしているの」

 

「なんもしてない」

 

「せめて自室でしなさいよ……」

 

「いやだ。不安で眠れない。僕はそんなにメンタル強くない」

 

 なに? この人本気でわたしの部屋で寝るつもりなの?

 そうなると、とうとう床でわたしが寝ることになるんですけど。

 

「せめて貴方が床にいきなさい」

 

「ああ、まあなんか納得というか満足というか、とりあえず落ち着いたら戻るよ~」

 

 この人は最後まで雑だなぁ……明日は『死霊船』なんて怖いものと戦うのに。

 そんなことを考えていたら、望月さんは戸枝さんを見た。

 

「にしても、やっぱり来たねえ秋原代表」

 

「…………別に、今は戸枝さんで構いません」

 

 ふうっと息を吐いてから、戸枝さんはわたしの手を取った。

 え。

 …………え?

 なに?

 

「な、なんでしょう……か……」

 

「ちょっと、こちらの椅子に座って、背中を見せてください」

 

「は、はい。こうでしょうか」

 

 …………ふわりと。

 暖かい、春風のような匂いがして。

 

 いつかの時と同じように、後ろから戸枝さんに抱き締められている、と分かった。

 

「――魔力は、もう……そう、あとは形が……」

 

「と、戸枝さん?」

 

「……はあ」

 

 しゅんかん、ちりって、なんか熱いモノが首にかかった。

 

「あつっ」

 

 な、なに…………!?

 

「今のは気にしないで。私の矜持を通すためですから」

 

「は、はあ…………」

 

「……少なくとも、今すぐ何かが起きるとか、貴方の身に何かが起きるとかは、ありません」

 

 彼女は、そう言ってから。

 

「――それでも、その後で貴方には私を恨む権利があります」

 

 それを受け入れます。と、彼女は言った。

 

「……………………」

 

 …………?

 

「なんのはなしで、しょうか……?」

 

「そうですね――」

 

 ふうっとため息を吐いてから、戸枝さんもわたしのベッドの上に寝ころんだ。

 

「未来の話――でしょうか」

 

 ……未来の話?

 わたしの、未来は――

 

「――それは、今は言わないで」

 

 そう言葉を修めてから、戸枝さんはぽんぽんとわたしのベッドの端を叩く。

 こっちにこい、という意味だろう。

 

 でもわたしのベッド、今や戸枝さんと望月さんで占領されてるんだけど。

 一応、近づいてみると。

 

「……はあ~! も~!」

 

 急に大声をあげる戸枝さんに頭を掴まれて、ついでに望月さんにも肩とか掴まれて、引っ張られた。

 凄い、なんか、凄い。

 こんなに、人の暖かさが全身にあること、なかった……。

 

「そこでそういう顔をするから、あなたはも~!」

 

「あはは、体温を感じたいなら僕の胸においで」

 

「いやです……」

 

 なんかこの吸血鬼、シリアス空気をぶち壊してばかりでは……?

 

「まあそのためにいるから」

 

「そうですね、助かります」

 

 と、なぜか戸枝さんと分かり合ってるし――

 

「まあなに、友だちにならん? 僕ら」

 

 とか、よく分からんことを言い出すし、望月さん。

 

「そうですね、友だちになりましょう」

 

 それに、対応するのが戸枝さん。

 おかしい、わたしと戸枝さんはもう友だちだったはず――

 

「じゃあ佐守さん、戸枝さんの好きなモノとか、好きな曲とか知ってる?」

 

「へ」

 

「ちなみに僕は知ってる」

 

 『斬る』か。

 

「斬ってもいいよ。でもその前に聞いて」

 

「どんな遺言をお望みですか」

 

「僕らは、即席でチーム組まされて、即席で合宿いって、そっからすぐに『国異』だったじゃん」

 

「はい」

 

 長い遺言だな。

 

「なので局所的仲良しではあるけど、色々知らんことの方が多い。戸枝さんのレーヴァティンの能力とか知ってても、趣味嗜好とかほぼ知らんでしょ、あおちゃん」

 

「…………」

 

 それは、そうだけど……。

 

「ので、友だちにならん? っていう話。以上、不要だと思うならこのまま斬り捨てな」

 

「……はい」

 

 言われたので、斬った。

 避けられた。ちっ。

 

「あっぶねぇ。本気で斬りにくるじゃん……」

 

「これぐらいなら避けてくれるって信頼してるんですよ、友だちですから」

 

「いやだあ……もっと普通の会話させてくれよ~……」

 

「そういうのは……なんか、明日の決勝が終わってからで」

 

 それこそ、学園に戻ってからで。

 きっといい……はず、だから。

 

「そうだな、まず決勝だよ。アウェイの中で、ブーイングの中で、僕らきっと悪役だ」

 

「そんなもの斬り捨てなさいな」

 

 そう戸枝さんはいう。実際戸枝さんは、客の声なんて気にしないんだろうな。

 でも、わたしはちゃんと気にする。……多分、ちゃんと癪に障るから。

 

「いいじゃないですか。うちの部長が一番大悪党なんですから」

 

「「たしかに」」

 

 ここだけは見解が共通するんだとちょっと思ってから。

 

「じゃあ、やりましょう。悪党らしく、花々と。それにちゃんと試合もやらないと、観客も困ると思いますし」

 

 そしてあの『白夜の聖剣』と『白夜高校』などという伝説を、悪党らしく終わらせるのだ。

 多分、それは痛快な気がする……水野部長の影響だろうか。

 

 まあ、ともあれ――

 

「じゃあ、気楽に勝ちましょう」

 

 そういって拳を出した。

 そうしたら、一瞬二人は、なぜかぽかんとしてて。

 それから笑みを浮かべて。

 

「そうだね」

 

「そうですね」

 

 ぽんと拳を突いたのだった。

 

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