わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで   作:遠野静

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第5話 練習試合、『鶴久の絶剣』と『征服者』(中編)

 高台を目指していたわたしたちの視界に、水野部長が打ち上げた水が見える。

 それは、試合開始前に相談していた作戦の合図だ。

 

「……! 戸枝さん、合図……!」

 

「ええ、見えました……! ああ、もうほんと……こういうことは、したくないですけどね!」

 

 吐き捨てるように宣いながら、彼女は上段で剣を構える。

 向かう先は虚空――ではなく、水野部長が打ち上げた水だ。

 

「『世界よ、終われ。私と共に、私以外のすべてを焦がせ』

 

 戸枝小春の詠唱が始まる。

 終わりを告げる詩が密林にしみこむ。

 

「『炎の剣。主役の光。大地を丸ごと焼き尽くし、私だけの春よ来い』」

 

 ごう、と燃え上がる熱波。あたりの草木がちりちりと燃えている。

 それでも余波。これですら余波。

 

 彼女の『異能』の本領は、そんなものでは終わらない。

 

「――『抜剣。レーヴァティン』!!」

 

 半ば自棄な叫びと共に、彼女は『熱剣』を振り下ろした。

 それと同時に、馬鹿みたいな爆音が響いて、思わずわたしや望月さんすら吹っ飛ばされそうになる。

 炎の斬撃は一直線に、『水野部長』がいた場所へ振り下ろされた。

 

 続けて三連、脱落のブザーが鳴る。それどころか一度振り下ろした『熱剣』は、切り裂いた箇所から炎が拡がっていく。

 さっきまで水野部長が雷雲を操っていた場所とは思えないほど、辺り一面が炎に呑まれている。

 

 思わず、嘘でしょという言葉が漏れる。

 

 たしかに、水野部長の作戦通りだったけど。

 たしかに、戸枝さんなら届くと信じていたけど。

 

 それでも目の前でこの光景を見ると、さすがに恐ろしくなってしまう。

 ……なによりもこれを提案した水野部長の底知れなさに。

 

◇

 

 これは作戦会議中のこと。三人墜とせるかどうかとか、話していた時の続き。

 

「うん、できるよ。一か所に集めりゃいいんでしょ。ならさ――」

 

 水野部長は軽い笑顔で。

 

「あたしが囮になれば、結構集まるじゃん? で、戸枝ちゃんが『熱剣』で薙ぎ払えばいいじゃん」

 

「――は」

 

 思わず声が出てしまったのは、わたしだけじゃなかった。

 むしろ当事者である戸枝さんの方が驚いていた。

 

「……それだと部長まで焼き尽くすことになりますわよ。味方に向けて武器を振るうのは、少し」

 

「んんん……まあ、そうか。戸枝ちゃんはそういう性格だねえ」

 

 一対三交換になるなら、むしろ利益なんだけどねえ、とか怖いことを言いつつ。

 

「うん……じゃあ、こう考えてみ? 多分その状況だとあたしってどっちにしろ負けるんだよね。だから、その前に引導を渡すというか、介錯するというか、ね?」

 

「……う」

 

「あたしはねぇ、足掻くよ? そりゃあみっともなく足搔く。泣きながら土下座だってするかもしれない。そんな部長の姿、見たい?」

 

「う、ううう……!!」

 

 ……凄い。戸枝さんが嫌いそうなところを一番突いてる。

 しかも何が怖いって、多分水野部長ってその時になっても土下座はしない……!

 だからこれ、単純に戸枝さんを脅してるだけだ……!

 

「んね? これも人助けだと思って」

 

「仲間を焼くのが人助けとは、本当に……」

 

 はあ、とため息を吐きながら、戸枝さんは首を縦に振った。

 

「分かりましたわ……その時になったら、合図をください」

 

「おっけー。じゃあ、空に水を吹き上げるから、それを合図に。ま、そんな硬くならず気楽に斬り捨てな~」

 

◇

 

 ……で、やれてしまったのが、現状。

 実際にブザーは三つ鳴っているし。戸枝さん、三人倒しているし……。

 いやでも、自分を囮にしようって普通思いつく?

 

 いや、わかるよ? 「ここは俺に任せて先にいけ!」みたいなのとか「俺に構わずやっちまえ~!」みたいなやつ。よくあるよね。

 

 でもあの人のやってることって、それらとは根っこが違わない?

 

(……あーあー、聞こえる?)

 

 わたしが勝手に怖がっていると、急に山名先輩からの念話が飛んできた。

 ……え、なんで?

 

(おー……凄いなあの人、本当に念話分の魔力だけ残して死んでる。でも長くは持たないだろうから、先に状況共有と、今後の展開について)

 

 どうやら倒れた水野部長の魔力がまだ残っているらしい。

 でもそれももうすぐ消えそうらしい。それなら細かい話は抜きに、必要な話だけするべきだろう。

 

(まず、戸枝。お前の一撃は見事だった。……だけど一人取りこぼした。『鶴久の絶剣』が、その耐久力で受け切った)

 

(えっ)

 

(……本当ですの? あれでも最大火力だったんですけど)

 

(ああ。ブザー、三回だっただろ。うちの部長と、向こうの二人の分。『絶剣』が残った。……それから、向こうの『征服者』も)

 

 つまり現状は四対二……?

 単純に倍差があるのであれば、こっちが勝てそうなものだけど――

 

(数だけで勝てるならうちの部長がここまでしのげないだろ……。何より残ったのが『絶剣』と『征服者』ってのが最悪だ。現状の鶴久の至高だから)

 

(どうするんですの?)

 

(まず……『絶剣』はそちらに向かっている。炎の着火点を目指して一目散に。だから望月だけ高台に残して、戸枝と佐守で迎え撃て)

 

 『絶剣』が向かっている。

 燃やされたんだからそうなるだろうけど、戸枝さんとわたしでって言うのは……?

 

(影が薄いとはいえ、『鶴久の絶剣』は『白夜の聖剣』と同等と言われている。戸枝一人じゃ荷が重い。戸枝は『一年生当時の聖剣』と同等で、『鶴久の絶剣』はもう『二年生当時の聖剣』に近づいている)

 

(一年でそんなに差が出るものですの?)

 

(……魔力量というより単純な経験値がな。次、望月の場所は絶対に見せるな。『絶剣』は近づけるな。アレは望月の天敵だ)

 

(ああ、『デュランダル』なら、そうかも)

 

 山名先輩の声に、望月さんののらりくらりとした声が答える。

 何が「そう」なのか、そもそも彼女の『異能』がなんなのか、わたしたちは未だに分かっていないんだけど。

 

(――ただ、お前らは望月の『異能』を見ておけ。でないと負ける)

 

 ……? なにそれ。

 敵に望月さんを隠す必要があって、でもわたしたちは望月さんの『異能』を見ないといけなくて。

 じゃあなに? 急いで高台に上って、望月さんに『異能』を使って貰って、それから即座に反転攻勢ってこと……?

 

(そういうこと。大丈夫、望月の『異能』は、当人を見なきゃまず予想がつかない。しかも広範囲型だ。お前らが意識さえしていれば、『絶剣』との戦いに有利になる――と、そろそろ時間だ)

 

 不意に念話の先で、がちゃっという銃を構える音がした。

 

(私は、例の『征服者』を足止めする。でないとアレもお前らの方に向かうだろうから。……とはいえ足止めが精一杯だ。ちくしょう、頭が見えてるのに隙がない)

 

 山名先輩の言葉は、本当に歯がゆそうだった。自分の実力不足を、心の底から嘆いているような、そんな声。

 

(……以上。部長代理として、今後の指示。分かったか?)

 

(分かりました。望月さんを高台まで届けて、『絶剣』を倒して、それから『征服者』を倒せばいいんですね?)

 

 ……言葉にすると、

 

(うん、難しいことを言ってるのは知ってる。……ただ、それこそうちのアドバンテージはもう数の差しかない。私もぎりぎりまで『征服者』を消耗させる。だからその後――)

 

 そこまで聞こえたところで、ふっと声が途切れた。

 多分、水野部長の魔力が尽きたのだろう。これで遠くにいる山名先輩とは話し合えない。

 

「……え、えっと、どう……します?」

 

「どうするも何も、高台はすぐそこです。……急ぎますわよ、望月さん」

 

「ああ、分かったよ。……はあ、ふう」

 

 答える望月さんの声は……何だか妙に艶やかだった。

 艶やかというより、呻いている? いや、そんなことよりもともかく高台へ――

 

◇

 

 高台に辿り着いた。

 森林を見下ろせる場所なので、例の『絶剣』を捜したけれど、やはり森の木々に隠れて見えなかった。

 代わりに、件の『征服者』の姿は、バッサリと切り裂かれた森林中央の『道』を優雅に凱旋しているから分かる。

 時折、彼女の周囲に浮かぶ銃が森林内を撃っている。ただ、その先は見えない。

 ……山名先輩が場所を変えつつ狙撃しているのだ。でも、遠くから見ているだけだけど、戦況は――

 

「向こうが完全に優勢ですわね……消耗もほとんどありません」

 

 そう、それが問題。

 戸枝さんは『一度しか振れない』と言ったレーヴァティンを撃っていたし、多分見た目以上に魔力を消費している。

 山名先輩は……見た目は分からないけど、あれだけ足止めしてくれているのだ。

 魔力も体力もかなり消耗しているはず。

 現状ほとんど消耗していないのは、わたしと望月さん、そして向こうはあの『征服者』。

 

 ……この状況で、わたしにできることある? ていうか他人に何とかできるもの?

 

「あの……望月さんの『異能』は、これを覆せるものなんですか?」

 

「ああ、覆せるか――は分からないけど、嫌がらせはできるよ?

 出し惜しむ時間もなさそうだし、いい加減、披露しようかな」

 

 なんて望月さんはしれっと言って、剣を片手で眼前に、夕空に見える月に捧げる。

 それは祈りのようだけど、神聖なものには見えなかった。

 

 はぁ、っと望月さんが白い息を吐く。

 その全身が、ぶるぶると震えている。

 

 ……寒い? 初夏も間近なこの時期に? なら、それが彼女の『異能』?

 

「――「『ああ、寒い。雪と狼と夜が来る』」

 

 声は禍々しく。だけど、寂しそうで。

 飢えて乾いているはずなのに、眠る死人のように美しく――

 

「『処女達《はなよめ》の血が無ければ、僕は魂まで凍えてしまう』」

 

 そうして、彼女の『異能』が解放された。

 

「――『着憑。デア・ナハト』」

 

 ――その瞬間、全身を酷い倦怠感が襲った。

 重い……筋肉痛になるまえのちょっとした疲労感。

 おまけにわたしの内から、何かが、何かが奪われているような気が――

 

「……っ‼ はぁっ!」

 

 ……って、なんか乙女にあるまじき声をあげて、戸枝さんは背筋を伸ばして立った。

 一方の望月さんは……なんか、つやつやしていた。

 普段透明で、どこか消え入りそうで、のらりくらりとした彼女が、今初めて実体を持ったような感じ。それも彼女の『異能』の力なのだろうか。

 だとしたら、いったいどんな――

 

「――あなた、吸ってますわね?」

 

「ああ。正解」

 

 戸枝さんの端的な質問に、望月さんは笑顔で答える。

 何かいつになく上機嫌だ。一方の戸枝さんは物凄い不機嫌そうだ。

 どうやらこれが望月さんの『異能』らしいということは、分かるんだけど。

 

「あ、あの……今のだけじゃわたしは分からないんですけど。結局、なに……?」

 

「そうだね。君にもちゃんと説明しようか。――ほら、月が出ているだろ」

 

 望月さんが指し示す先には、たしかに夕方の白い月が見えている。

 ……けど、それが何?

 

「これが、僕の『発動条件』。『月を見ること』」

 

「え」

 

「能力は、広範囲のドレイン。吸うものは、魔力・体力・運勢――その他諸々。僕に近づけば近づくほど効果は高まるし、遠ざかるほど薄くなる」

 

「は――わっ」

 

 それを聞いた瞬間、戸枝さんに背中を引っ張られて望月さんと距離を取られた。

 ……あんまり変わりはない気がする。

 けど、少しは軽くなった、ような……? 気のせいかも知れないけど……。

 

「それぐらいの距離だと、気のせいかな。僕の夜は、ほぼフィールド全体だから」

 

「うわぁ……」

 

「……一応聞いておきますけど、それに敵味方の区別は?」

 

「ないね」

 

「でしょうね」

 

 ……酷い能力だ。

 酷いけど、とても有効な能力だ。

 

 敵味方を問わない弱体化。

 発動すればフィールド全体。しかも距離によって変わる。

 なら、例えば相手に気づかれないよう近づいて発動とか。

 すっごい端の方で誰にも気づかれないように能力展開とか。

 

 目に見えた『異能』の影響というか、演出がない分、誰にも気づかれないうちに、一人の夜にしてしまえる。

 

「そこまで万能じゃないよ? 条件的に昼は使えないし、『吸血鬼の弱点』で解除されるし、発動範囲内で発生したダメージも吸ってしまう」

 

「なるほど、どおりで『絶剣』が弱点だと……。聖剣ですものね」

 

「そういうこと。だから早めに叩いてきてくれると助かる。僕がバレると、死ぬ」

 

「……はあ~! 本当に誰も彼も貪欲で、協調性のない……!!」

 

 たしかに。でも、うん。

 

「分かりました。じゃあこの状態で斬ってくればいいんですね?」

 

「ああ。……なんだか急に落ち着いたね。佐守さんは、もう少し気味悪がるかと思ってた」

 

「え? いえ、あんまり……」

 

 元々魔力欠乏だし、体力もないほうだし、多分運も悪いし……。

 むしろ、これまでのらりくらりと躱されてきた、望月さんを知れた気がして、嬉しい。

 

 だってこれ、要するに――

 

「案外、負けずぎらいなんですね」

 

「――――」

 

 ぽかんとする望月さん。でも、わたしは勝手に納得していた。

 要はわたしと一緒だ。なんかそれが見えなかったから、ずっとイライラしてたんだと思う。

 要は同族嫌悪の一種なのかな……わかんないけど。

 

「……分かりました。行きますわよ、佐守さん」

 

「はい!」

 

 戸枝さんの声に答えて、わたしは崖下に向けて走り出した。

 

◇

 

「っていうか戸枝さんは大丈夫なんですか……?」

 

 今にして思えば。

 わたしは、魔力も体力も運もそもそもあんまりないからあんまり影響ないけど、戸枝さんは別だ。

 大蛇さん風に言うと『食いでがない』わたしに比べて、戸枝さんは圧倒的な魔力量、培った体力、剣技、そして運命の幸運を持っているはずだ。

 むしろ戸枝さんの方が、影響を受けそうなものだけど。

 

「この程度の吸血、どうということはありません。たとえ血を二リットル抜かれても気合でなんとかします」

 

「いや、死にます……。ていうか死なないでください……」

 

 でもなんか納得できた。要は戸枝さんが気合でなんとかしている……のではなく、自前の量が多い分、多少の吸血は相対的に見て影響が少ないのだろう。

 

 むしろ『異能』を開放した時のほうが、魔力の消費量は多そうに思えた。

 

 ……ただ、それは件の『絶剣』も同じじゃないのかな。

 『白夜の聖剣』と同等と言われる戸枝さんがこの程度で済んでいるなら、同じ評価を受ける『絶剣』も似たようなものかもしれない。

 

 そうなるとアドバンテージは、この『フィールド全体に掛かってるデバフ』を知ってるかどうか、しかなくなるのではないか……。

 

「それはどうかしらね。呪詛への耐性も関係しますし、何より――」

 

 そう思っていると、脱落のブザーが鳴った。

 わたしじゃない。戸枝さんでもない。まだ吸血の影響が残っているので、多分望月さんも生きている。

 そうなると、向こうの『征服者』か、『絶剣』か――

 

「――ああ。また、面倒そうなのが残ってる。秋原の一年か」

 

 ……うちの山名先輩か。

 

 森林の中、眼の前に現れた剣士は、鶴久の制服を着ていた。

 でも、もうボロボロだ。少なくとも体は。

 ここに至るまで水野部長と戦い、さらに熱剣の不意打ちを受けて、そこに追撃の吸血の夜だ。

 まず、立っているのがおかしい。事実、衣服は破れ、焼け焦げて、多分綺麗だったはずの短髪はちりちり。

 さらに骸骨のように、頬がこけかけている。これは吸血の影響、なのだろうか……。

 

 ――なのに、その剣は。

 煌めく絶剣だけは、傷一つなく、欠けることなく神聖な魔力を帯びていた。

 

 思わず呆けているわたしの体を引っ張って、戸枝さんが前に立った。

 

「『鶴久の絶剣』ですわね? お名前を聞いてもよろしくて」

 

「武光奏……だけど、あんた達は」

 

「――戸枝小春、こちらは、佐守あおさん」

 

 戸枝さんは一歩前に出て、模擬剣に焔を纏わせる。

 『レーヴァティン』はもう出し切ったけど、その余波だけはまだ使えるのか。

 

 わたしにはそんな器用な真似はできない。

 ただ、剣に魔力を込めるだけ。

 

「……なるほど、おまえが、噂の一年生と、それを破ったとかいう」

 

 一方、向こうの幽鬼の如き先輩も、剣を構えた。

 全身焼き焦げて、今も吸血の影響を受けているのに、瞳には活力が戻っている。

 

「……なんだ、よかった。これなら、なんとかなりそうだ」

 

 構えは、戸枝さんは上段。

 わたしは正眼。武光先輩は……下段なんていう、珍しい構え。

 

「――『いざ刮目せよ。輝く剣先。我が鋭さに届くものなし』」

 

 既に肉体の死期は近いというのに、それとは無縁と言わんばかりに剣は輝きを増して――

 

「『オニキスですら砕けず、黒石すら毀れず。この刃は生涯我が手に――』」

 

 模擬剣が輝く。その煌めきは、戸枝さんの熱剣や白夜の聖剣と同じものだと、何となく悟った。

 誇りの刃。運命の剣。選ばれた魂の輝きそのもの。

 

「――『抜剣。デュランダル』」

 

 その剣に、レーヴァティンのような終わりの焔も、エクスカリバーのような十二の輝きもない。

 ただ――『決して折れない』。

 そういう『異能』。

 そしてそれは彼女の生き方そのもの。

 下手に斬り結べば、模擬剣の方が砕け散る。……多分、今の戸枝さんの疑似レーヴァティンだって。

 

 これが――これがデュランダル。

 音に聞こえし『絶剣』か。

 

 なら、どうする? どう戦えばいい?

 いくら魔力を込めたところで限度がある。コレと戦うには純粋な剣の技量が必要で、それがわたしにはまだ足りない。

 

「――佐守さん」

 

 隣から声をかけられた。

 戸枝さんの声はいつになく真面目だ。

 

「前は私が薙ぎ払います。あなたはその隙を埋めなさい。そうでないと――」

 

 でないと、一人では勝てないと。

 あの戸枝さんが言っている。

 彼女の剣は、この剣に負けるのだと。

 

 ……そんなのは、見たくないな。

 

「分かりました……その、どこまでやれるかは分かりませんけど」

 

「そんなの私だって分かりません。……いいから、余力を残そうだなんて考えないで。

 とにもかくにも全力で――」

 

 ごう、と炎が立ち上がる。

 もう『熱剣』を撃てるだけの魔力は使い切っている。

 なのにその余波だけで、模擬剣は灼熱の焔を纏う。

 

 たとえ運命の死がなくとも、結局、世界最大の暴力は炎だ。

 少なくとも生物が本能的に忌避するぐらいには、その力は絶大かつ強大。

 

 だというのに――

 

「さて、と――」

 

 するりと下段に構えたままで。

 足元は、まるで動いてもいないのに。

 

「『鶴久の絶剣』――いざ参る」

 

「――――!?」

 

 武光先輩の姿が消えた――違う。

 物凄い速度で移動してきたんだ。しかも構えはそのままに。

 

 瞬間移動? でも、そんな『異能』、彼女にはなかったはず――

 

「ふ――」

 

「くっ――」

 

 爆炎が『絶剣』を振りほどく。

 それでもなお、その斬撃は留まることを知らない。

 

 二撃、三撃、四撃と、“見えない”一撃が戸枝さんを襲う……!

 

「こっの……!」

 

「戸枝さん!」

 

 全力で、両手で握った剣を振るって二人の間に割って入る。

 ――割って入ろうとしたのだけど。

 

「それは軽い。不屈の剣を甘くみるな」

 

 当たり前みたいに、『絶剣』に弾かれた。

 体勢が崩れたわたしに、さらに追撃の見えない剣。

 

「炎よ――!」

 

 それを、戸枝さんの作った炎の壁が無理矢理に押し返す。

 感謝は――いや、あとだ……! 今は炎で武光先輩からわたしの姿は見えない。

 加えて、戸枝さんも追撃の構えを取っている。なら、それに合わせて両面からの同時攻撃。

 

「はあ――!」

 

「この……!」

 

 十字の剣戟。前後から同時に撃ち込まれたら、常人ならば避けられない。

 

 ――けど、それは常人ならの話だ。

 

「見えてるから」

 

 とんっという軽い音と共に、武光先輩の姿が再び消えた。

 彼女は気づけば戸枝さんの横に。

 嘘でしょうと、思わず声が漏れそうになる。

 

「……っ!」

 

 振るわれる剣を避けるために、戸枝さんは全身から炎を吹き出した。

 

 さすがに全身を炎で覆われては、武光先輩にも為す術はないのだろう。

 彼女は振るっていた太刀を止めて、軽く後ろに。炎が届くギリギリの距離まで下がる。

 

「やっぱり、いいなぁ。広範囲技。私にも、そういうのがあったらよかったのに」

 

 軽く、独り言のようにぼやく武光先輩。

 いや、でも……。今の武光先輩だって相当だった。

 見えない斬撃、瞬間移動。そんな『異能』は彼女にはないはずで――

 

「……『縮地』ですわね」

 

「やっぱりバレるか。まああんなにポンポン使ってたらそうか」

 

 『縮地』……って、なんか聞いたことがある。

 あまり詳しくないけれど、やっぱり瞬間移動に近い技のはず。

 

 そう、『技』だ。

 『異能』じゃない。

 超常の技能ではなく、神様の加護でもなく、天に与えられた才でもない。

 純粋に、当たり前に、鍛え抜かれた術理の極致。

 

「しょうがないじゃんね。私の『異能』は『折れない』。ただそれだけ」

 

 くるくると手首で絶剣を回しながら、先輩は語る。

 

「なら、もう自分を鍛えるしかないじゃん。……ほんと、そういう縁に恵まれてなくって困っちゃうよ」

 

「ふざけないでくださいます……? 今の剣技、あり得てはいけませんわよ」

 

 鍛えただけだと彼女は言った。

 事実その通りなのだろう。彼女は剣を振っているだけ。

 

 ただし――

 

「移動の縮地なら、まだ分かります。腰を抜いて予備動作を消す足技ですから。私には遠い話だけど、術理自体は知っている」

 

 けれど、と戸枝さんは剣を構え直しながら言った。

 

「……一太刀一太刀、そのどれもが『縮地』なのは、どういう理屈でして?」

 

「自分でも分からないよ。やっていたら、できただけ」

 

 言って、『絶剣』も下段に構えて――再び消えた。

 いや、戸枝さんの言葉通りなら『予備動作がない』んだろう。

 

 つまり、見えた時にはもう斬られている。

 それが必殺技でも奥義でもなく、当たり前に飛んでくる。

 

「……っ!」

 

 戸枝さんはまた炎を全身に纏った。当然だが、剣に炎を纏わせるより圧倒的に魔力の消費量は多い。

 「……っ!」

 

 戸枝さんはまた炎を全身に纏った。当然だが、剣に炎を纏わせるより圧倒的に魔力の消費量は多い。

 『熱剣』の開放よりは軽いにしても、余分なコストが掛かっていることには変わらない。

 

 ただ、それを余計だとは言えなかった。何しろ『絶剣』の技は受けきれない。

 なら、全身ガードする以外に、戸枝さんには選択肢がない……!

 

「戸枝さん……!」

 

 戸枝さんを庇うように前に出る。

 けれどそのわたしをすり抜けるように、不可視の斬撃は戸枝さんを狙う。

 実力を測られているのか、わたしは『後でいい』と判断しているのだろう。

 わたしの援護なんて軽くいなしながら、武光先輩は戸枝さんだけを狙っていた。

 

 ……癪に障る。舐められるのは別にいいけれど、無視されるのは、ちょっと違う。

 

 だってそれは、剣を向けるべき相手だと認識されていないことだ。

 お前は剣士ではないと言われているのと同じことだ。

 

 ただ、現実はその通り。わたしにはまだ剣士を名乗る技量はない。

 それなら――

 

「……戸枝さん! 一度下がってください!」

 

「はぁ!? ……はいはい!」

 

 上段に構えた剣を、一気に地面に叩きつける戸枝さん。

 熱を帯びた剣が地表を焼き、爆炎が広がる。

 

「…………っ」

 

 巻き上がる土砂を『絶剣』で防ぎながら距離を取る武光先輩。

 そしてわたしと戸枝さん。

 互いの距離は、最初に遭遇した時と同じところまで開く。

 

「……で、呼び戻したからには何か策があるのでしょうね?」

 

 戸枝さんの問いかけは端的だった。

 まあ当然か。『熱剣』と『絶剣』、双方にとってこの程度の間合いは遠間とすら呼べない。

 

 なのでわたしも端的に、思いつきの策を語る。

 

「はい……?」

 

 それを聞いた時の戸枝さんの顔は、なんていうか……面白かった。

 

「貴方……それ正気で言ってます? 部長の気にでも当てられましたか」

 

「えっと……まあ、たしかに部長っぽい作戦だなとは思いますけど。でも有効だと思うんです。なにより――」

 

 ……言葉を濁す。その続きを、あまり言いたくなかった。

 

「…………そうですわね。何より、このまま続けたら私たちの負けです」

 

 けれど、わたしが言いたくなかった言葉を、彼女はあっさりと言って。

 

「なので、その策に乗りましょう。……ええ、意表を突いて勝ちを拾うのは、あなたの得意技ですものね」

 

「む、むぅ……」

 

 ……なんかそういう風に言われると、ちょっと自分がズルいみたいな。

 いや、たしかに反則的なことばっかりしてる気がするけれど――

 

「……話は決まった?」

 

 そんなわたしの逡巡を断ち切るように、『鶴久の絶剣』、武光奏先輩が一歩前に出る。

 わざわざこちらの作戦会議を待ってくれていたのか。

 だとすれば、よほどこちらを舐めている。

 

「別に舐めてないよ。秘策があるなら見たいだけ。練習試合で見れるなら、儲けものだしね」

 

 そう告げる『絶剣』の声は軽い。こちらの秘策に食いつくわけでもなく、『見たい』という理由だけで、彼女は待ってくれていた。

 

 ――だから、そういうのを舐めていると言っている。

 

「――じゃあ、戸枝さん。頼みますね」

 

「……分かりました。ただ、貴方の無事は保証できませんわよ」

 

「うん。それは別に」

 

 構わない。

 ここであの剣を折れるのならば。

 

「では――えっと……行きます!」

 

 名乗りも口上も特になく、わたしは剣を握って武光先輩に突貫した。

 

 彼女は動かない。

 無策な突貫程度、避けるまでもないと思っているのか。

 それとも、その先に待つ秘策を警戒しているのか。

 

 わたしには、どちらでもよかった。

 今わたしが気にするべきは『絶剣』ではなく背後の――

 

「炎よ――巻きあがれ――!」

 

 戸枝さんが巻き起こす、炎の渦に巻き込まれることだけ――!!

 

「また、馬鹿の一つ覚え……炎の壁程度じゃ、私は――」

 

 『絶剣』の声が止まる。今まで見てきた相手。特に気にも留めていなかった相手。

 わたしの姿が、『そこ』になかったからだ。

 

「『上』か!」

 

 彼女の顔が頭上を向く。

 速い。こちらはまだ準備が整っていないのに、もう反応してきた。

 だが、どの道やることは変わらない。

 

「――『大蛇さん』」

 

 剣に魔力を込める。殺気を込める。殺意を込める。

 たとえあの絶剣であろうとも一太刀で斬り捨てる。

 そういう道理を無視した刃。

 

 それが不意打ち。頭上から。

 ならば反応しないはずもなく――そして、だから本命から視線を外す。

 

「炎の剣、終わりの剣よ――」

 

 わたしには空を飛ぶ『異能』もなければ、空中で姿勢を制御する技量もない。

 戸枝さんの炎に巻き込まれて頭上高くに打ち上げられたけど、そこからどうすることもできない。

 あとに残るのはただの落下。そこに殺気を込めただけ。

 

 ただ、たとえ熟練の剣士であろうとも――否、熟練の剣士であるほど、わたしに反応してしまう。

 なぜなら『今のわたしには貴方を殺す手段がある』と全身で言っているから。

 

 『絶剣』の後方から、戸枝さんの斬撃が迫る。

 

「焼き焦がせ――!!」

 

 彼女の炎の剣は、しかし――

 

「なるほど。じゃあこの辺か」

 

「…………!?」

 

 視線をこちらに向けたまま、『絶剣』は当て勘だけで後方からの斬撃を弾いた。

 ぎぃんと硬い音が鳴って、戸枝さんは弾かれる。炎だけならまだしも、刃同士がぶつかり合えば、当然、不屈の剣に分があるからだ。

 いや、だからって見ないで弾くとか……ある?

 

 しかも視線はわたしを切らないまま。どうせ無様に落ちるだけのわたしを刺し殺す気満々で待ち受けている……!

 

『魔力量ではなく経験値の差』。山名先輩が言っていた言葉を思い出す。

 けれど、それにしたって、ちょっと人間を辞めてるよこの人……!

 

 まずい、どうする。

 待ち構えているということは、向こうもわたしの間合いにわざわざ入ってきてくれてるってこと。

 それなら、剣が刺されば御の字だけど、そんな余裕をアレは許してはくれない。

 

 わたしが串刺しになる分には構わないけれど、それでは戸枝さんに無駄な魔力を使わせただけになってしまう……!

 

 ましてや相手は『不屈の絶剣』。

 今のわたしに敵うはずもない……!!

 

 『今だ。――“薙げ”』

 

「――――!」

 

 脳裏によぎる大蛇さんの言葉。

 彼が以前、戸枝さんとの戦いで教えてくれた技、それをこの『絶剣』にやれと?

 

『やらねば負ける。あれはもう剣の極致、その一つだ。御前も一太刀でもそこに至らなければ、そもそも土台に立てはしまい』

 

 即答だった。ならもう分かり切った話。

 

「こっのぉおおお……!!」

 

 相殺は不可能。回避も不可能な刺突を、わたしは文字通り横に“薙いだ”。

 『決して折れない剣』の真横に剣を擦り当て、軌道を逸らす。

 ただ、問題はそこから。落下する体にさらに無理な方向転換まで加えたのだ。

 

 無事な着地は困難。わたしは当然のように背中から落下した。

 背中に衝撃。肺が驚いて呼吸が止まる。動きが止まる。体が止まる。

 

 一瞬の間隙。けれど『絶剣』がわたしを改めて斬り捨てるには十分な時間。

 どうする、どう考える? 斬られたとして、『どう斬り返す』?

 

 そんなことを考えていると、なぜか目の前から武光先輩の姿が消えた。

 

「焼き払え――!!」

 

 続けて戸枝さんの声と、わたしの頭上を掠めていく炎撃。

 

 もう魔力もほとんど空っぽだろうに、まだこの威力を出せるのかと、思わず感動してしま――

 

「けほっ……」

 

 やっと肺に息が戻ってきて、咳込んでしまった……。

 いたい。あと、体が重い……。

 さすがに無理をしすぎたのか、異常な倦怠感で視界が眩む……。

 

 ……異常な倦怠感?

 そういえば、そうだ――周りを見渡す。

 ほとんどの草木は戸枝さんの熱剣で焼け焦げて黒ずんでいるけれど、中には無事なものもあった。

 でも、それは表面が枯れ果てている。

 まるで何かに栄養を吸われたみたいに――

 

「……さすがは『終の熱剣』だ」

 

 『絶剣』――武光さんは再び間合いをとってから、今度は正眼に剣を構えた。

 

「ただ、まだ足りない。……それじゃあ私にも、あの『聖剣』にも、うちの部長にも届かない。そこの一年生を足したってね」

 

 ただの挑発……ではない。

 恐らく彼女が言っているのは真理だ。『わたしと戸枝さん』の二人では、この剣を打ち破れない。

 

 それでも。

 

「……知りませんわ。勝負というのは、やってみないと分からないものです」

 

 私もつい最近知ったのですけどねと付け加えて、戸枝さんは上段に剣を構えた。

 

「そっか……じゃあ」

 

 間合いは同一。距離は変わらず、森林の中で二人の剣士は対峙し――

 

「――教えてあげるよ、その高みを」

 

 声は静か。

 けれど狂気か。

 嫉妬か、未練か、後悔か、憤怒か。

 なにかに狂い果てた末に至った、恐らくは剣の極致。

 

「…………っ!」

 

 ぬるりと。

 まるで蛇のように。

 少女は腰よりも低い姿勢から戸枝さんに迫り、そのまま剣を『突き上げた』。

 

「くっ……!」

 

 戸枝さんの眉間に皺が寄る。

 真下から、顎下に向けて振り上げられる斬撃は、そのまま受ければ下顎ごと首を打つ。

 かといって体を後ろにそらせば、今度は前に突き出た胴部が引き裂かれる。

 それは『異能』でもなんでもない。紛れもない剣の術理、その頂点の一つだ。

 

 戸枝さんでは避けられない。わたしもそうだが、彼女もまだ『その極点』に至っていない。

 異能でもなければ、超常の力の一部でもない。

 魔力すら使っていない、ただ純粋な殺人術。

『人を斬れば死ぬ』という道理の極みが、一直線に戸枝さんに向かい――

 

「……っ! 何、剣が、重――」

 

 相手の手から絶剣が滑り落ちる。握力が限界を迎えたのだ。

 

 ――本来の彼女ならあり得ない失態だ。

 彼女は自分の魔力も、体力も、運も、全てを把握していて、その全てを使って、最後の一太刀を振っていた。

 そして、その一太刀は間違いなく戸枝さんを斬れた。

 

 全身全霊の一撃。残りをゼロにしてもいいから、ここで全てを出し切ろうとしていて、だからこそ――

 

「……あーあ、本当に不幸」

 

 わたしたちは知っていて、彼女は知らない『吸血の夜』の餌食となった。

 

 戸枝さんの剣が打ち下ろされる。

 袈裟がけに叩きつけられたそれも、刃を潰した模擬剣でしかない。

 彼女は『熱剣』を解除している。それだけでも勝負を決めるには十分だったのだろう。

 

「いや、違うか……最初から、三対一だった。それを見極められなかった時点で、私の負けか」

 

 はあ、と小さな息を吐いて。『鶴久の絶剣』は、その場に倒れたのだった。

 脱落のブザー音が鳴る。

 残ったのは、そんな姿を見ていたわたしと――

 

「…………ふぅうううう~~! あ、っぶな……!」

 

 ……と、何だかさっきまでの格好良さとか消えてしまった、俗っぽい戸枝さんが残されたのだった。

 

「あ、あの……戸枝さん?」

 

「今の、私負けてましたわよ! ねえ!?」

 

 え、ええ……?

 いや、そんな話をわたしに振られても、どっちで答えるのが正解なのか……。

 

『うん。あれは一つの剣の極みだ。熱剣はまだその域には達していない。

 ……外的要因がなければ、即死だったな』

 

 大蛇さんは呼んでないのに出てこないで!

 

『……答えを教えてやったのだが』

 

 そう言って再び消えていく大蛇さん……。また集中が途切れてしまった。

 そんなことを思っていると、戸枝さんが倒れた武光先輩を眺めていた。

 その眼は、どこか寂しそうで。

 

「……それにしても、武光先輩。素晴らしい方でした。この状況でなければ、もっと――」

 

「…………」

 

 なんか、なんだろうなぁ……。

 相手にもちゃんと敬意を払う、というのは大事だと思うんだけど……。

 なんとなく、こういうところが癪に障って、ただ、それを上手く言語化できなくて……。

 

 なんてことを考えていたら。

 

「――ああ、こわいこわい。よりにもよって串刺し公とは」

 

「……佐守さん! 立って!」

 

……!

 目黒次美。高校三年生。

 『征服者』の『異能』を持つ、『白夜の聖剣』に勝るとも劣らない侵略者が……山名先輩を倒した相手が、わたしたちの前に姿を現した……!

 

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