わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
第40話 決勝戦(1)
――毎夜、毎晩夢を見ていた。
いつも決まって同じ夢。
わたしは暗い所にいて、蝋燭の灯が周りの人々の口元を照らしている。
笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。
歯茎を出して笑いながら、みんながわたしを呪っている。
よく生まれてくれたから、消えてほしい。
大事に育って、早く餌食になってほしい。
大切に、大切に、いつその日が来てもいいように。
笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。
綺麗に、美しく、清らかに、汚らわしいものを遠ざけるように、誰もわたしに触れようとしない。
……そして、やがて蝋燭の灯が消えて。
わたしは、積まれた剣を持って、外へ飛び出して――
◇
……悪夢ではないけれど、悪夢みたいな過去をみた。
けれどそれはもう、わたしを苦しめるものじゃない。だからもう喉の乾きはない。
おはよう、今日。おはよう、東京、国立競技場。
――それからおはよう、佐守あお、十五歳の人生。
ちょっといやな目覚めではあるけれど、それもしかたない。
今日寝るまでは、多分こんな気持ちのまま。
だからわたしは……緊張している。そういう風に素直に言える。
なので……そう、ベッドから起き上がる足が重い。
傷んだ短い黒髪を整えているときも、今日も朝ごはんが食べられないときも、部屋を出てみんなのところへ行く時も、短いけれど酷く遠回りをしているように感じる。
全部、わたしの気持ち次第。だって今日はいよいよ決勝戦。
――『全国高校生異能大会』。略して『国異』。
猛暑で終わった甲子園に代わって、国中を沸かせるおっきな大会。
それは、『異能』という馬鹿げた力を行使できる学生たちが、各高校の競異部から五名ずつ選抜されて競い合う集団戦。
一応、『異能』が使えない人でも、魔力を持たなかったわたしのような人間でも、試合用の模擬剣を持って参加できるけど、それはまあ数合わせみたいなものだ。
『異能』は魂の形を、『運命』だとか『道理』だとか、そういうものすら斬り飛ばして、そのまま超常の力として再現する力。
昔は魔術とか超能力とか呼ばれていたものが、今は一括りに『異能』と呼ばれている。
基本的には『逸話』だとか『伝承』だとか、そういうのの再現と相性がいい。
なんていうかな……自分の魂の形を一番言語化しやすい、つまり例えやすい『逸話』、『伝承』に当てはめることで『異能』は出力される。
――とはいえ、もちろん限界はある。
それが元々持っている『魔力』量。誰でも多かれ少なかれ魔力を持っているけれど、その量は人によってブレ幅がある。
中には――ていうかわたしの仲間にも、土地や他者から魔力を簒奪するとかいうイカれた異能を持つ人もいるけど、それでも上限値っていうか、ストックはあるらしい。
今日はそんな、『異能』なんていう、ちょっと馬鹿げた力を使える女子高生たちのチャンバラ大会の決勝戦。
あくまでスポーツ。魔力と体力を消費するだけ。
もちろん戦うんだから怪我することはあるけれど、それも今の治療技術なら、『しばらく安静』で済む範囲に留まる。
殺伐とした『異能』は飛び交うし、『どう見ても死んだだろ』みたいな状況もあるけど、それも試合場全体の『異能』によって、あくまで『スポーツ』の範囲に抑えられる。
言ってしまえば『派手なショー』。
ただ、大和撫子たちによる血湧き肉躍る戦いは、観客を魅了する。
甲子園が終わったから、なおさらだ。
一か月前のわたしには関係のないことだった。
少なくともそれは、テレビの向こうの話だった。
けれど、今。
わたしはその舞台に立っている。
あまたの伝説が生まれた舞台の、その頂きに立っている。
広島県、私立秋原女学園の、五人の選抜選手として、ここにいる。
「一か月前のわたしに言ったら、多分信じられないだろうな」
なんなら今でも信じてない。もしかしたら夢なのでは? と思っている。
思っているが、仕方がない。
こんな風に、ここまで連れてこられたら、もう立ち向かうしかないんだ。
結局わたしが誰で、何者で、何の『異能』で、何が出来るか――
そんなことすらよく分からないけれど。
「やれるだけのことをしよう」
試合用の模擬剣を握って。
「わたしは『剣』だ」
言い聞かせる、というかそういうものだと理解した。
戦うための道具だ。
そしてそれは悪いことじゃない。
「――『秋原の剣』、佐守あお。行きます」
そう言ってから、わたしは部屋を出た。
◇
「おはようございます」
そんなわたしを出迎えてくれたのは、戸枝さん――戸枝小春さん。
扱う『異能』は『レーヴァティン』。最大距離一キロを燃やして、なにより『終わらせる』凄まじい『異能』。
多分、単純火力なら歴代『国異』でも最高。
なによりわたしの唯一の――いや、最初の友だち。
「おはようございます……戸枝さん、待っててくれたんですか?」
「ええ、まあ……緊張も、していたので」
「ちゃんとしてください。秋原代表」
間違いなくわたしが言う言葉ではないんだけど、なんか言いたくなった。
だって。
「わたしはあなたの、『秋原の熱剣』の『影』です。『熱剣』が影ってたら、困ります」
「……貴方から言うなら、それも貴方でしょうね、きっと」
と言って、彼女はふっとわたしの後ろを見た。
「ところでそこの望月さんは本当に影に潜んで何をしているの?」
そう問うた。
言われて後ろを振り返ると、そこにはわたしの影に、なんか本当に『異能』を使って隠れている秋原のジョーカー。望月干果さんがいた。
わたしと戸枝さんと同じく一年生で、いつものらりくらりとしていて、どこが本当か分からないけど凄く『負けず嫌い』な人。
『異能』は『デア・ナハト』とかいう……なんかよく分からない『異能』。
とりあえず、『吸血鬼っぽいものを半端に使える』っていう、でも意外と頼りになる、わたしの友だち。
…………が、なにゆえわたしの影に潜んでいるのか。
「ああ……いやね? ほら最初の、初戦前の控室でさ。『白夜の聖剣』に僕見つかったじゃん」
「あ、なんか『異能』まで使って逃げようとしてた時……」
「に、うちの『秋原の熱剣』が近づいているかどうか、ちょっと試したかった」
などといってるけど、多分なんも考えてない。多分ちょっと驚かしたろとかそれぐらい。
「まあいいんですけど……『斬って』もいいですか」
「いいなら斬る必要ないでしょ……ていうか僕らだけで話しててもしゃーない。はよ控室に行こうぜ~」
それはたしかにそう。などと答えていると向こうから長身の秋原の制服をきた人がやって来た。
「どうした、三人そろって」
「山名先輩」
ふらっとやって来たのは、山名先輩。
『異能』は『ハントレス』『モシン・ナガン』
つまり彼女は『狩人』で『狙撃手』――そして何より秋原学園の屋台骨。
部長代理――って言ってるけど、もうほぼ副部長だと言って良い気がする。当人は拒否しているけど。
そんな彼女は、わたしの顔色を見て。
「佐守は、いけるか?」
多分、昨夜少し話したことの続き。
「はい」
だから、わたしはそれに端的に答える。そうしたら山名先輩はうんと頷いて。
「よし。じゃ、行くぞ一年生。部長が待ってる」
そう言って、歩き出したのだった。
◇
「よ~し、全員集まったな~」
控室には、水野部長が待っていた。
水野弥生、三年生。『海神の槍』の異名を持つ『三年五指』――
現三年生最強の一角。
その『異能』は『トリアンナ』――ポセイドンの三叉槍。
能力は、もちろん『水流操作』、さらには『天候操作』。
加えて、『仲間同士の念話』や『魔力を分ける』なんかも出来る。
けれど、日によって能力のブレ幅が凄い。絶好調だとほとんど『海神の化身』だけど、絶不調だと槍だけで精一杯。
…………まあ、槍だけでも強い人なんだけど、この人。
ともあれ、そんな水野部長の元で、わたし達は――
「――あの『伝説《ばか》』を、今日こそぶち殺す」
そのために、そのためだけに来たと『海神の槍』はいつになく真面目に言った。
「『白夜の聖剣』、無敗の伝説。格好いいな~? そらぁそのまま卒業したら、みんな喜ぶ。拍手喝采だ」
そう。多分客席の皆がそれを見に来ている。
そういう『運命』を見に来ている。
だからこそ――
「――癪に障るだろ。あいつだけ愉しんで勝ち逃げされるなんてさ」
水野部長はいつになく本気だった。
「ちゅ~わけで。あたしらはそんな『伝説』なんざ、真正面からぶち破って高笑いしてやろうぜ」
「最高に悪党の台詞ですね」
思わず突っ込んでしまった。けれど、気持ちは少しだけ、分かる。
だって、それはきっと『愉しい』から。
ジャイアントキリング、格上殺し。ブーイングは受けるかもだけど。
「『無能』だった佐守ちゃんが。『秋原の熱剣』になった戸枝ちゃんが。あとついでに望月」
「僕だけ扱い雑じゃありません?」
「そんで、あたしと山名だ。ここがもう決勝だ。余力なんざ考えるな。全力で相手をぶちのめしにいけ」
スポーツマンシップとか、そういうのは考えてない。
いや、さすがに大会規則は守っているけど。
この悪党はそういう規則とか『守る』じゃなくて『じゃあ書いてないことはなにしてもいい』って考える人。
「むしろ、それが誠意だ。あの馬鹿に誠意とか見せんの癪だけどさ~。まあ全力で、やれること全部やらないと勝てん。それがあの『白夜の聖剣』だ」
痛快に、『聖剣』面しているやつを叩きのめしてやる、と水野部長は言う。
「――というわけでさっそく作戦会議。とはいえまずは昨日用意した作戦通り。『ジュワユース』はあたし。『モラルタ・ベガルタ』は山名。『ナグルファル』は望月。『ガラティン』は佐守ちゃん。――で、『白夜の聖剣』には『秋原の熱剣』」
昨日話した通りの作戦を、水野部長は告げてから――
「――っていうのを、途中で裏返す」
「え?」
なんかとんでもないことを言い出した……。
「どういう作戦建てようが、あいつは即座に対応する。盤面通りに動いたら、盤面通りに事が進む。だから、途中から全部裏返す。……ていうかアドリブだ。各々で、『今この瞬間に最も有利な手段』を選べ」
それはもう……目茶苦茶なのでは……?
というか、ただの無茶なのでは?
しかし、水野部長の瞳は真剣だった。
「あいつの『異能』……『十二の輝剣』は、途中変更できん。こっちがまず『こう動く』って知ったらあいつはそれに対応したもん出してくる。ただ、それが好機でもある」
結果として、そこに行きつく。
「とはいえこちらもほとんどネタは割れてる。だから――」
はあ、とため息を吐いてから。水野部長は真っ直ぐ前を向いて言った。
「だから、やってやろうぜ。『白夜の聖剣』なんていう伝説殺し」
無茶を言われる。それはほぼ生身で戦いに行くようなものだ。
だってそれで倒せるなら、もうとっくにアレは倒れている。
「そうだよ。あたしたちがやろうとしているのは“無茶”なんだ。道理も運命も、多分それは不可能だって言ってる」
けれど――と水野部長は言葉を切って。
「でも、あたしは天邪鬼なんでね~? 決められた『運命』なんざ真っ平ごめんだ。そんなもんよりも、あたしはうちの部員を信じる」
――凄く。
凄く、無理矢理な言葉だけど。
でも、その言葉は、なんていうか……。
「まあ、奇策にも頼るけどね~。出来れば闇討ちして~」
やっぱりいつもの水野部長だった。
「それでも、信じてるよ。つ~かここまで来たんだ。もうやることなんざ一つしかない。佐守ちゃん、分かるね」
「はい」
そうだね、決めていたんだ。
わたしは秋原の剣だ。だから――
「――『斬り』ます」
なにがどうであっても。
相手が寄藤さんでも、逸見さんでも、他の人たちでも。
「――わたしは『斬る』」
「うん。君はそれでいい。戸枝ちゃんも」
「ええ、伝説とやらは私が『終わらせます』」
「望月は適当に飛んどけ」
「やっぱ僕だけ扱い酷くないですか?」
「いいんだよ~。お前は居るだけで脅威なんだから。とにかく堕ちんな。分かってるか――」
「分かってますよ。僕は『負けない』」
「――山名、当てろ。当てれる奴全部でいい。あたしの指示を待つ必要はない」
「了解」
本当に、それだけで作戦会議は終わった。
『国異』の決勝戦だというのに。
あの、凄い舞台の、最終戦だというのに。
「――よし、んじゃ。勝ってこようぜ~」
わたしよりも小柄な部長は、そう言って歩き出す。
その背中はいつになく頼りがいがあるようで――
けれど、いつになく硬く見えた。
◇
国立競技場は満席だった。
緊張する。
だから、その緊張は『斬る』。
今のわたしなら、それが出来る。
観客の目を気にしていたら、鈍ってしまう。
わたしが相手をすべきは――対峙すべきは――
「やあ水野。君とここでやることになるとは、思わなかったな」
『白夜の聖剣』逸見明音は、こんな時でも自然体。
本当に、なんなんだろうこの人……。
「やあじゃないんだわ。あたしゃ緊張してんの! お前にとってはもう慣れてんだろうけどさ~!」
「む。いや、私だってさすがに緊張もする……だって、ここで堕ちたらさすがに恥ずかしい」
「へえ~。……そんじゃあやろうぜ、必要な試合。お前の『伝説』を完成させる試合をさ」
「そうだな。それを君が阻みに来たことも、知っている」
「だから容赦はしない、全力でいく」と、『白夜の聖剣』は告げる。
口調は気楽だが、そこには驕りも慢心もない。
本当にどうかと思うんだけれど、この人はたしかに聖人だ。
当人がどう思っているかは知らないけど、わたしには完全無欠の人に見える。
――それを、今から相手にする。
違う、『勝ち』に行くんだ。
緊張……とか、そういう次元じゃない。
頭が真っ白になっている。よく分からない。
そう思っていたら、わたしの前に良く似た鏡が出てきた。
「佐守あお」
「寄藤さん」
……別に、それ以上の会話はない。
ただ、なんとなくお互いに思っている。
彼女を『斬る/殺す』のは、わたしだと。
きっと、今はそれでいい。互いの言葉はそれで不要。
そんなことを考えていたら、急に隣になんか明るくて陽気そうな人が現れた。
あんまり白夜に似つかわしくない、ような……。
とか思っていたら、けらけら笑いながら寄藤さんの肩を叩いた。
「寄藤。お前もそうカッカすんな? まだ試合開始前だぞう」
「……諸星――先輩」
「ちゃんと先輩付けろ、後輩め」
諸星。
じゃあこの人が『ジュワユース』とかいう、『十二勇士』の『異能』使い。
なんだか不思議な感じだ。
この人も自然体だけど、『白夜の聖剣』とも違う。
なんだかいるだけで周りを明るくするような人。
つまり、わたしとは正反対の人。そしてだからか、寄藤さんも何かちょっと苦手そう。
「諸星先輩。挨拶してるだけです、わたしは」
「分かってる。でも、そのやる気は後にしまっとけ」
ぐいっと寄藤さんを引っ張って後に回している。
凄い、二年生なのに、あの『白夜の聖剣』の飼い狼の手綱を握れている……。
そうしてたら、その顔がこっちを向いた。
「や、一年生ははじめましてだろ。私は諸星。二年生、つまりそこの山名と同学年」
笑顔が眩しい……。『白夜の聖剣』とはまた違う、なにか風格みたいなのを感じる。
そう思っているのはわたしだけではないのか、戸枝さんも珍しく怯んでいた。
あと望月さんはもう消えかけていた。
それに対峙するのは、山名先輩。
「諸星、あんまりうちの一年生を動揺させんな」
「いや、緊張解しにきてやっただけなんだが。あと礼儀礼節。先輩きびしい」
「そうだろうけど……お前は、何かこう、眩しすぎるんだよ。色々」
はあとため息を吐く山名先輩。
なんか諸星……さん? とは絶妙に相性が良さそうで、悪そう。
しかし、諸星さんはそんなことは気にしていないのか。
「よう山名。撃たれにきたぞ」
「撃たせてくれるのか?」
「撃てる状況が作れるならな」
と、けらけら笑う。なのに全然不快じゃない。
……変な人。苦手だ。癪に触らない人は、ちょっと困る。
「ともあれ私は前線だ! お前らが何を企んでいるかしらんが、真っ向から打ち破る」
「以上、よろしく!」と言って去っていく諸星さん。
なんだろう、凄い――凄い王道の人だった……。
『異能』とかじゃなくて性格が、凄い光属性。
かたや、こちらは気まぐれな海神。狙撃手。終わりの魔剣。吸血鬼。――そして大蛇の化身。
まさに悪党、悪役である。
――うん、そう考えると少しやる気も湧いてきた。
この完全無欠の白夜高校に、絶対に罅を入れてやる。
多分、きっとそれは痛快だからさ。
「う~し。全員話終わったな。じゃあさっさと試合開始地点まで行くぞ~」
危ない。
とにかく今は、思考を『斬って』試合開始地点まで急ぐ。
――なんだか、はじめての練習試合の時みたい。
感情の置き場が、どこにもない感じ。
「……ここが、最後の試合だ」
と、水野部長が言った。
もう明日はない。勝っても負けても大会は終わる。それは事実。それは結論。
もしも『運命の日』みたいなのがあるとすれば、それはきっと今日。
『白夜の聖剣』不敗の伝説。あるいはわたしの『運命』。だから――
「――そんな『運命』なんて、斬り捨ててやる」
初めて、言葉に出した。
不思議だな。
あり得ないことだと思っていたのに、なんだかやっと、そこに辿り着いた気がする。