わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
真っ二つに引き裂かれた森林フィールド。遠くには、多分白夜の人たち……の何人かと、件の『白夜の聖剣』が遠ざかっていくのが見える。
この状況でわたしはどうすれば……というか、どうしたら?
もう慌てているけれど、すぐ『部長』になった山名先輩の指示は、とても迅速だった。
「佐守、森に隠れて往け。お前じゃ狙い撃ちされる。戸枝、とにかく目立て。お前は良い囮になる。――あと望月」
「ああ、はい?」
「お前さっき『ナグルファル』を吸ったな」
「まあ、そうですけど」
そうなのである。
めっちゃ戸枝さんの『終わりの炎』で両断された向こうの『ナグルファル』だけど、しっかり魔力を奪っている望月さん。
素の魔力量は平凡だが、相手はそれこそ、他校なら部長格の三年生。加えて『白夜の聖剣』の『加護』持ち。
そこから魔力を吸い上げたのだ。今の望月さんは――戸枝さんやわたしにも匹敵する、『規格外の魔力持ち』になっている。
「よし、お前は正面だ。あの光馬鹿……『ジュワユース』が突撃してきてやがる」
「僕に正面を行かせるんですか?」
聖剣相手に、死にますよとか普通に言う望月さん。
けれど。
「お前が適任。器用貧乏さでもお前。ついでに、あんな眩しい奴放っておけん。――お前の闇で『勝って』こい」
「――はは」
――望月さんが、『勝て』と命じられた。
ずっと『負けない』と言ってきた『永遠の半端者』が、ついに――
「分かりました――適当に『勝って』きますよ」
ずっと逃げてきたその言葉を、言い切った。
「よし、あとは――」
と、山名先輩は、今度は念話に切り替える。
(水野先輩。あんたは加藤先輩を頼んます)
(マジで言ってる? あたしの『異能』はさっき使いきったんじゃが)
(あんた槍術で十分強いでしょ。あっちは『モラルタ・ベガルタ』の上に本人が二天一流とかいう意味分からん存在だ。でも近接型だ。今のあんたでも相手できるし、逆にあんたしか相手できん)
(あ~~……! 分かったよ、やってくる!)
(よし――これで後は………ぐっ!?)
突然、山名先輩の体が吹き飛んだ……!?
見れば、彼女の体に逸見さんの輝剣の一本が突き刺さっている。
「山名先輩……!?」
「ああ、くっそ――こいつはここで私が圧し折る! お前らはさっさと行け! 散会!」
先輩が力づくで輝剣を壊すと同時、秋原からの脱落ブザーが鳴った。
こちらの最初の脱落者は『部長』になったばかりの山名先輩だった……!
◇
「――サー・トリスタンは……連れていかれたか」
他方、白夜側では『聖剣』を握る逸見明音が立っている。
他の面々は先程の指示通り、すでに動き出している。それを横目に見ながらも、『白夜の聖剣』は秋原の動きを確認する。
「とはいえさすがだ、山名さん。もう指示出しは終わっている」
そう、山名有為の指示は的確だった。
唐突に『部長』に任命されても尚、即座の判断力には敬意を表する。
しかし、ここで一年分の経験値が突き刺さる。唐突に『司令官』を任されて、迅速に指示を出す。出さねばならない状況に置かれた。
――それ故に、『狙撃手』としての動きが後に回される。
本来ならば彼女がもっとも早く、隠れなければならなかったのに。
「これで秋原の遠距離は……いや、『レーヴァティン』は十分届くか。なら逃げよ」
これといって『王』の気風も無しに、先の水野と同じようにそそくさと森へ隠れる逸見明音。
水野弥生に全力を吐き出させた今、彼女に届く者はほぼいない。
少なくとも、秋原側の戦力では『秋原の熱剣』以外では敵わないだろう。
――だからといって、油断はしない。慢心も、威風堂々とも立たない。
逸見明音は純粋に、戦術手段として『逃げる』を選択出来てしまう。
そうやって隠れながらも念話で、加護を失った加藤以外――『ジュワユース』の諸星と、寄藤に指示を飛ばす。
(諸星、君は王道だ。真っ直ぐに目立て。君なら『終わりの魔剣』も何とかなる)
(無茶言いますね! まあでもデュランダル使えばそうか――?)
(武光の真似はするなよ。あれは無理。どの道、君は格好良く行きたいだろう? なら道を示せ)
(うっす。じゃあまあ派手に行きますわ!)
(寄藤、君は――)
少しだけ、考える。
『逸見明音』が、彼女への指示を躊躇う。
『白夜の聖剣』として、順当にぶつけるならば佐守あお。彼女の力量は把握しており、それは寄藤ならば渡り合えるだろう。『加護』のあるなしに関わらず。
けれども、彼女にぶつけるのは少々危うい。
実力ではない、感情論だ。
逸見も厳密に把握しているわけではないが、とにかく佐守あおと寄藤環は何かがある。
――というか、深夜に勝手に喧嘩をしていた。
(……うん。君に輝剣をもう一本渡す。それで、倒せるなら倒してしまえ)
個々人の心情だとか、因縁だとかにケチをつけるつもりはない。
つもりはないが、ここは"勝負"の場だ。ならば因縁も私情も後回しに必要な指示だけを送る。
(了解しました! 逸見先輩!)
そう嬉しげに答えが返ってくる。
それに、笑えばいいのやら悲しめばいいのやらと逸見明音は思う。
(さて、盤面は整えたが――)
順当だ。
順当過ぎるが故につまらない。
『つまらない』ならば、水野弥生は、秋原は確実に何かをしてくる。
そんなことを考えながらも、逸見明音は森を駆ける。
◇
燃え尽きた一直線の道に、剣を持って堂々と立つは諸星阿左美。二年生。
『白夜』の次期部長であり、『ジュワユース』の『異能』を持ち、ついでに逸見からは『マルミドワーズ』の『加護』を受けている。
故に『万能にして剛剣』などという、既に一つの規格外に達している。
――そんな彼女は。
「あ~と、そうだな――やあやあ我こそは! ってところか~?」
名乗り口上を悩んでいた。
せめて来年、部長になるまでには格好いい口上を決めてやりたい。
しかし、今はまだ悩んでいる。
「うん、こいつでいいか――よし。遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我こそは『白夜の綺羅星』! 諸星阿左美である!」
これで決まった――などと思っていたら、唐突に足元が重くなった。
下を見ると、影が足に纏わりついている。やべ、などと思いつつ、『ジュワユース』で影を切断し、即座にその場を退いた。
そうすると、真正面に漆黒が形を描く。
――のらりくらりとした影が立つ。
望月干果。秋原の一年生。『秋原のジョーカー』、などと呼ばれていることは、諸星も知っているが……。
「おい一年。名乗りの最中に仕掛けてくんなよ」
「ああ。だって、吸えそうだったし?」
へらへらと笑う白貌。成程魔性だ。
『異能』は、たしか――
「『ああ、寒い。雪と狼と夜が来る』」
謳い上げるは永遠の夜。星明りを吸い上げる漆黒が、胸元の懐中時計から溢れ出す。
「『処女達《はなよめ》の血が無ければ、僕は魂まで凍えてしまう』」
冒涜的で、魔的で、なにより悪性だ。
実に分かりやすい『敵役』。
「――『着憑。デア・ナハト』」
謳い上げると同時、望月干果は手元に現れた漆黒の杭を握る。
剣ではない。もはや武器でもない。それは『杭』だ。ここに来てなお、望月干果は『吸血鬼』。
「なるほどねぇ~」
などと笑いながらも、諸星はちゃんと距離を取る。
少なくともあいつから溢れる影は危うい。
だが、それ以上に『あの杭は致命的』だ。特に今の望月は、戸枝に並ぶ魔力量を持っている。
故に、「ちょっと格好悪いな」と思いつつ、無事に詠唱が出来る距離まで離れる。
望月と諸星の間は漆黒と炎熱の地獄の道。
「はは、酷い旅路だ! ――ならば私も叫ぼうか! 最高に格好つけてなぁ!」
だというのに、諸星はその明るさを失わない。
――寧ろ、こんな時こそ笑うのだと、その笑顔を絶やさない。
無論、秋原の吸血鬼は追いすがるが、それを躱しながら彼女は唄う。
「――『強がりでも青臭くても、格好付けて陽気にいこう』」
なんだか、これまでの詠唱とはまるで趣の異なる、荘厳さなんて欠片もない。
「『歩けないなら連れていくよ。さあ伝説なんて蹴っ飛ばせ!』」
洒脱で軽妙でさらりとした、まさに『青春』みたいな歌を。
「――『抜剣。ジュワユース』!」
瞬間、諸星の握る模擬剣は、三十色の光を纏う聖剣に変化した。
「いざ参るってな!」
振りきられる斬撃は、無論『白夜の聖剣』直伝である。その歴はたかだか二週間の佐守よりも、まだ一年の寄藤よりも圧倒的に長い。
けれども『軽い』――その『軽さ』が、短所ではない。ちゃんと自己流にアレンジした、諸星流の『白夜の聖剣』。
その聖剣の斬撃をどうにか躱す――というよりほぼ影に溶けながら、望月は愚痴る。
「あの先輩、こんなんとぶつけて『勝ってこい』とか。無茶言うよ」
マジでどうにかしていると思う望月。今の諸星はそれこそ一年前の逸見明音に近い。
「どうした一年。吸血鬼。折角の決闘だぜ、格好良くやろうや?」
「僕はそういうん苦手なんです~。何しろ『山名有為』の弟子なんでね~?」
腹立たしいことではあるが、今の望月を作ったのは間違いなく山名だ。
ならばこそ――
「――来いよ、『英雄気取り』。最高に格好悪く殺してやる」
「はは。いいじゃん――ならやってやるよ、『吸血鬼討伐』!」
聖剣『ジュワユース』の斬撃が、一気に襲い掛かる。
どこまでも軽やかに美しく――加えてそれに剛剣『マルミドワーズ』の加護も乗るのだ。
『ただそれだけ』でも十分に脅威――というより、真正面から受け止められる選手はほぼいないだろう。
だから――
「ほいっと――」
『そんな道理に付き合う気はない』と、杭を叩きつけて軌道を逸らす。
尚且つその杭は『吸血鬼の牙』でもある。少し触れただけでも魔力・体力・その他諸々を吸い取られるのだが――
「いって……!」
「ちぃ」
互いに一撃ぶつけあってから距離を離す。
「あいた~……やっぱ『聖剣』に真正面からは、キツイわ」
「普段の僕ならもう死んでる」とぼやく望月。
「お前こそ、あれでよくもまあごっそり持っていくなぁ!」
それこそ少し剣が触れ合っただけで、諸星の諸々が、全体的に十分の一くらい持っていかれた。
「そう?」などと気軽に答える望月。対峙する諸星は少々困っていた。
コイツのドレインは杭や接触に治まらず、ただ影の範囲に入るだけでも吸い取られる。
つまり持久戦をするほど不利――ならば、一旦その思考は止める。
「しゃあない――よし『マラシジ』! お前の出番だ!」
『ジュワユース』の色が変わる。
望月の杭とよく似た漆黒の色へ。
彼女の『異能』、『ジュワユース』は、自分の持っている剣を『シャルルマーニュ十二勇士』の力に変える。
『白夜の聖剣』逸見明音のように独立した十二輝剣には出来ないが、自分が持つ剣の性質のみを変えるのだ。
――そして、今回選ばれたのは『マラシジ』。聖騎士の中でも魔法に優れ、賢馬バヤールを所持し――なによりも『悪魔アスタロト』を使い魔とする。
「うむ、やっぱり少しは軽くなったな」
つまりは、望月と同じく、魔性である。付随の付随の、そのまた付随の力故に大した効果はないが、少なくとも『吸血』の効果はそれなりに薄まった。
それを見て、望月はうへぇと溢す。
「あのさあ。聖騎士さんが悪魔とか使っていいわけ?」
「いいだろ。だって『格好いい』じゃん。聖なるにして邪の力とか」
本当にこの人にはその価値基準しかないのだろう。
とはいえ、相手の力が魔性となったのは望月にとっても有難い。
「まあいいか……それなら、打ち合っても痛くない」
半身片手で杭を構える望月。
対峙する諸星は正眼。
「では、いざゆかん! 『白夜の綺羅星』――!」
「それちょっとダサいから止めたほうが良いと思いますよ!」
などと言いながらも振り下ろされる斬撃を避ける望月。
距離はつかず離れず、逃げはしないが、戦えもしない程度の距離。
ともかく付き合い続ければ、やがては『諸星の方が先に果てる』。
それが『負けない』望月の戦い方だ。『異能』にしても『剣』にしても。
「よっいしょっと!」
「ああ、面倒くさい!」
ならばこそ、純粋な『剣の技量』において諸星に望月が敵うわけがない。
こちらも剣は習っているが、所詮は『そこそこ』。
「……じゃあ、わざわざ剣で付き合う必要もないか」
手に持つ杭を地面に突き刺す。
同時に望月の周囲――彼女が突き上げる影から、大量の棘が津波の如く襲いかかる。
『吸血鬼』だ。『夜』だ。ならば『串刺し公』である。
普段の望月ならばこの規模の面制圧は出来ないが、何分こちらは『ナグルファル』で腹一杯。ついでに今も諸星からドレインし続けている。
むしろ、多少の魔力は吐き出さなければ、望月のストックできる規模を超えると何が起きるか分からない。
「おお、あっぶね」
などと気軽な口調で大規模な串刺しを避ける――というより自分の立ち位置分だけ斬り捨てる諸星。
さらには『ジュワユース』で伐採しながら、望月へと一直線に向かう。
――だが。既にそこに望月の姿はなく。
「やあ」
などと背後から、気軽な口調と共に杭が押し付けられる。
「礼儀がなっとらんな、一年生!」
軸足だけを残して、むりやりに体をねじりながら斬りかかる諸星。
けれどそこにも既に望月の姿はない。
「なるほど。お前は『この影全部』か」
「ちっ」
思った以上に理解が早い。さすがは『白夜』の次期部長というべきか。
というよりも、判断力と対応力がおかしい。秋原にとっては最悪の相手だ。
「まあ、だからといってどうにも出来んか……仕方がないな! では全部薙ぎ斬ろう!」
「それが出来たらね!」
半ば自棄になって叫びながらも、王道を唄う騎士に吸血鬼は狩りを仕掛ける。
実際に『ジュワユース』でばっさばっさと影の茨を両断されているため、これでは『持久戦でも押し負ける』。
――ならば、発想を変える他にない。
「ああ。本当、『勝つ手段』とか考えてこなかったのになぁ……!」
などと愚痴を溢しながらも、望月干果は、『秋原のジョーカー』は、『ただ気まぐれに拾われただけでここまで来た一年生』は、『白夜の次期部長』に奮戦するのだった。