わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
――国立競技場の中心。
それも焼き尽くされた黒炎の路の中で、望月は、かつてないほど奮戦していた。
恐らくは過去に誰一人として見た事がないほどに。
それはいつかの――去年の『伝説の決勝戦』を思わせるほど。
あの『伝説』。『邪竜』、『鉄腕』、『神槍』を『白夜の聖剣』が瞬く間に打ち砕いた戦いを、思わせるほどに――
――ただし、それは『白夜の聖剣』側ではない。
『白夜の敵役』としてである。
「ああ。くそ……面倒くさいなあ!」
ぼやきながらもとにかく自陣を広げる。影を広げる。
黒煙で焼き尽くされた道を全て黒一色に染め上げるほどに。
そしてそれはすべてが『望月干果』だ。その影に足を踏み入れるだけで、大半の選手は瞬く間に脱落する。
さらには『串刺し公』の杭。故に文字通りの茨の路である。
――だというのに彼の白夜の二年生、『白夜の綺羅星』こと諸星阿左美は尚も王道をひた走る。
まさに、去年の『白夜の聖剣』と同様に。
「なるほど、厄介だな! ――ならば『ロジェロ』! お前の出番だ!」
再びその手に握る『ジュワユース』の色が変わる。
黄金と鉄の二重色。その名『ロジェロ』。持つ剣は『魔剣ベリサルダ』。
――あらゆる魔法に対する特効を持つという、『国異』においては反則級の『異能殺し』を。
「そんなんありかよ……!」
「私もちょっと反則だと思うが、使えるんだから仕方がないな!」
「なにより、この盤面を他に崩せるものがない」などと唄いながらも、黒い茨を伐採する諸星。
その速度は、望月のドレインよりも早い。やはり、相手の持久力切れを狙うのは不可能だ。
「なら、こうか……!」
漆黒の杭を数十本、宙へ浮かす。あの『白夜の聖剣』の『十二輝剣』のように。
しかしそれらは黒一色。漆黒の剣達が自立稼働して諸星へと襲い掛かる。
「おっと!」
しかしそれらは避け、あるいは剣で弾かれる。
音速に近いほどの速さで飛ばしても尚、諸星阿左美は止められない。
「狙いが甘いな! それでも山名の弟子か!」
「ああ、別に狙撃を教わってたわけじゃないからね……!」
むしろ、合宿では徹底して『狩られる側』だった。
あの、本日付けで『部長』に昇格した山名有為は、『吸血鬼』の望月を徹底的に狩り続けた。
――だからこそ、『狩られる側』の脅威を知っている。
「む?」
諸星の足が止まる。
彼女の足に漆黒の仕掛けが引っかかる。
『狩人道具』――山名が普段扱うような仕掛け類を黒影で再現する。
合宿で散々引っかけられたトラップだ。
「だが、斬れるな!」
「マジかよ……!」
「精度が甘い! もっと観察しろ!」
しかし、付け焼刃では即座に斬り捨てられる。
……山名本人の『狩人』ならば『勝てる手段』も出来るのだろうが、少なくとも望月の真似事では不可能だ。
望月の『狩人』ではあの『綺羅星』は打ち落とせない。
星を落とすならば何がいる? あの光を沈めるには何がいる?
――『勝つ』ためには、何がいる?
「どうした、腕が止まっているぞ一年生!」
「ああもう、ちょっと黙っててくれませんか!?」
少なくとも、この二年生だけは自分が止める。
そうでなくては、もはや秋原は勝てない。
「えーと、そうだな。くそ、『僕』は『吸血鬼』だろ! ならコレだ!」
化生、怪物、化物の類。
漆黒の影から大量の狼達が、さらには、巨大な節足動物達が。さらには空を飛ぶ首たちが、諸星へと大量に襲いかかる。
それにはさすがに諸星も足を止めて、対応せざるを得ない。
しかし、対応しながらも諸星は観察を止めない。
「ふむ、なるほど面白い。お前は『吸血鬼』という概念自体か」
「だから早いんだよ対応が!」
未だなお爛々と輝く星《しゅやく》に向けて、『
背後では轟音と業火が鳴り響いている。おそらくは戸枝小春が何かをしているのだろうが、もはやそれには目もくれない。
――『秋原の熱剣』は、必ず『白夜の聖剣』を墜とすと信じているから。
「はっ……だっていうのに僕とこいつが中心だ! 面白いなぁ!」
主役願望はある。ああ、あるとも。
自分だって目立ちたい。けれど、それをあの友のように凛として言葉にはできない。
できなかった。
――それでも、尚。
半端者であろうと、脇役であろうと、端役であろうと。
「――今、この場の『主役』は僕だ!」
「ははは、『格好いい』なぁ一年生! だがこちらも負けないとも!」
癪に障る戯言を聞き流しながらも、望月は、星を墜とすまで逃げださない。
◇
鏡と対峙するわたし達の狭間に向けて、一個の炎が飛んできた。
嘘みたいな光景だけど、実際に飛んできたのだから仕方がない。
「――と、戸枝さん……!?」
あの――なんか、炎で剣の慣性制御とかしてたやつで、自分を飛ばしてやってきた……!?
「ちっ――! サー・モルドレッド! 撃ち殺せ!」
寄藤さんの輝剣が戸枝さんに向けて飛んでいく。あれは、まずい。
だって一応、『滅びの剣』だ。あれは『一つの物語の終わり』。
『終わりの魔剣』にどれだけ効果があるかは分からないけど、どうする――!?
「――佐守さん、私と“交じり”を」
「はい、えっ……!?」
「早く! 跳んで!」
「は、はい――!」
わたしは、模擬剣を上段に構えながら頭上へ跳んだ。
「――『世界よ、終われ。私と共に、私以外の全てを焦せ』」
唄われるのは終末の詩。それを打ち落としに向かう輝剣へ向けて――
「『炎の剣。主役の光。大地を丸ごと焼き焦がし、私だけの春よ来い』」
「――『抜剣。レーヴァティン』!」
『終わりの炎』が燃え上がる。
全力で撃ち出されたそれは、輝剣――『聖剣の終わり、滅びの剣』を、一瞬で『終わらせた』。
どころか、わたしと寄藤さんの立っていた場所さえも燃やし尽くす……!
寄藤さんは即座に退いたみたいで、逃げおおせているけれど――ああ、なるほど。
「――『大蛇さん』!」
『世界の終わり』を、上空で受け止める。戸枝さんの炎がわたしの模擬剣に“交じり”、宿る。
ただ、そのまま受け止め続けるのは少し――ていうか普通に無理!
だから――!
「――“払え”!」
つまりは、途中で流れだけ変えて、逃げおおせたと油断している寄藤さんに叩きつける――!
「ちぃっ――!」
逃げる狼に獄炎が向かって流れだす。『終わりの炎』を彼女が受け止めることはできない。
だから、ここで――!
「――『サー・ランスロット』。
――そんな、本気とも冗談ともつかない言葉と共に、一本の黒剣が飛んできた。
「はい……!?」
思わず声が漏れた。わたしが交って軌道を変えた『終わりの炎』が、その黒剣に吸い込まれる。
どころか、地表を焼いた炎すら、あっという間に吸い取られ――
――そして、その黒剣は静かに割れた。
まるで、己が死を受け入れたかのように。
「……うん、困った。これで私の輝剣は二つだ」
着地するわたしと戸枝さんの前に立つのは、背中に純白の翼を生やした逸見さん。
まるで寄藤さんを守るみたいに、聖剣を手に立っている。
――あの『白夜の聖剣』が、ついにわたしの前に現れた。
戸枝さんが炎を纏いながら一歩前に出る。
「……ふざけるなと言ってもいいですか」
「む。私はずっと真剣なのだが……。しかも一本はコレ、『ローエングリン』。つまり移動用だ。つまるところ私にはあと一本と『聖剣』しかない」
などと、少し口を尖らせて言う『白夜の聖剣』。
いや、でも――ふざけるなだよ、何を言ってるこの人は?
あの『世界の終わり』を、『主役の光』を、『戸枝さんの炎』を無傷で受け止めて、『ちょっと困ったな』みたいな顔をしている。
「い、逸見先輩…………!」
「うん。さて、ちょっと困った事になったね? 『アロンダイト』を割られてしまった」
また、あの狼が騎士面して寄っていく。それにあくまで自然体で答える逸見さん。
ついでに『ローエングリン』とやらの翼は締まって、また背後に戻している。
(佐守さん、構えて)
戸枝さんから念話が飛んでくる。隣に立っているのに。
(……私の『レーヴァティン』はもう撃てません。後は炎だけです)
(…………本当ですか?)
(ええ、まあ……ちょっと無茶をすれば撃てるかもしれませんが。ただ、向こうに悟られたくはありません)
……無茶。
それは、いつかの『削ってはいけないものまで削った』時。
――だめだ。それだけはさせちゃいけない。
だったらどうする……なんて、考える余裕もない。
だって、向こうはもう構えている。『白夜の聖剣』と、『次代の聖剣とやら』が。
「――さて。それじゃあ『サー・サグラモール』」
ふわりと、彼女の背後から――残る一本の剣が降りる。
深紅に染まった、緋色の剣が。それを聖剣とは別の手で持って、また二刀の構えを取る。
「君の武勇を貸してもらう。……ここからやることは、分かりやすいからね」
烈火の如き力が……なんとなく彼女に増した気がした。
だというのにその身は、未だに『聖剣』だ。あの『緋色の剣』からは物凄い殺意というか闘志みたいなのを感じるのに、彼女自身はあくまで自然体。
だから怖い。
――ていうか本当に、なんなんだこの人。
もうちょっとふざけてる気がする。
「はっ……『サグモラール』で、『レーヴァティン』を防げますの?」
上段に構えた戸枝さんが前に出る。対峙する逸見さんは首を横に振りながら前に出る。
「いや、防げない。これは単純に火力が高いだけ――だから撃たせないことにした」
などと、本気とも冗談ともつかないことを言いながら――
一瞬で、戸枝さんへと押し迫った……! そうだ、この人『縮地』も使えるんだ……!
「…………っ!」
「戸枝さん……!」
剣を差し込もうとするが、それは当たり前のように『聖剣』の方に弾かれる……!
しかも――!
「佐守あお……! お前はわたしが『殺す』……!」
くそっ――そうだ……! この狼が居るんだった……!
「邪魔をしないで、ください――!」
「邪魔してるのは、あんただ!」
『ガラティン』の剣がわたしに向けて突き出される……! くっそ……!
「“阻め”!」
「――炎よ!」
戸枝さんが炎に身を包む。いつかの全身ガードだ。
「おっと……危ない」
「ちぃっ……!」
互いに弾かれる。……というか、逸見さんは普通に退いた。
自然と二対二…………だけど――
「佐守あお……!」
「寄藤さん……!」
駄目だ、この鏡を『斬らないと』、戸枝さんを守れない……!
この狼は明確にわたしを狙っている。『騎士』としての役目を真っ当しようとしている。
「うん。じゃあ……始めようか」
そう言って、二刀を持った逸見さんが一歩前に出る。
「――いいえ、『終わらせます』。なるべく早く」
そう言って、戸枝さんも前に出る。
……『鶴久の絶剣』が言っていた。戸枝さんでは敵わないと。
あの『剣』の極みが、そう言っていた。そして今、戸枝さんに『終わりの炎』はない。
――ならば。ならばわたしも『影』の役目を果たそう。わたしは少し戸枝さんから離れて、寄藤さんとにらみ合う。
「さっさと来てください、騎士気取りの野良狼」
「は――よく言うわ。主も守れない狂犬が!」
――その主に守られていたくせに良く言う。
「本当に――癪に障りますね、あなたは!」
「こっちのセリフよ!」
――恐らく最後。今大会最後の戦い。
だから、わたしはこの鏡を、わたしは絶対に『斬りすてる』!
◇
――そうして、爆音と共に始まった二つの決闘。
だが、それはあくまでも国立競技場の端。それも森林内。
故に、観客はこちらを見ている。『白夜の綺羅星』と『秋原のジョーカー』の戦いを。
――正しくは、『白夜の綺羅星が勝つ瞬間』を。
「ははは! 愉しいなぁ、一年生……!」
次から次へとその『ジュワユース』の色を変えながら、襲いかかる魔性達を斬り捨てる諸星の活躍は、まさに去年の決勝戦の如く。
あの『白夜の聖剣』の大活躍にも勝るとも劣らない殺陣である。
「こっちは全然愉しくねえよ!」
そう『敵役』は叫びながら、黒影からデカブツを取り出す。
漆黒の巨大な竜が国立競技場の宙を舞う。まさに去年の『邪竜』のように。
『吸血鬼』――『ドラキュラ』、それは『ドラクル』であり、『ドラゴン』だ。
望月は己にそう言い聞かせて、強引に魔性の竜を呼び出した。
「――おお」
さすがにこれには諸星も動きが止まる。
だって『シャルルマーニュ十二勇士』に、『竜退治の逸話はない』。
詳しく探せば似たような逸話はあるかもしれないが、少なくとも諸星は知らない。
だが、ならばこそ彼女は笑う。
「ははは、竜退治までさせてくれるか! まさに騎士の誉だな!」
そう――まさに去年の『伝説』の再来である。去年は一年であり、選抜に選ばれなかった諸星にとっては、またとない好機。
「――おし、ならば『リナルド』! 今はお前の馬を借りるぞ!」
またも『ジュワユース』の色が変わる。『驚異的な跳躍力を持つ魔法馬バヤール』を所持する騎士の色に。それと同時に、諸星は飛んだ。
最高に『格好付け』ながら、空中でぐるんと一回転なども披露してその邪竜を切断する。
――だから、それが望月の狙いだった。
「ああ、いい感じにぶっ飛んだなぁ!」
ならば、分かりやすすぎる。『吸血鬼』に『ドラゴン』なんて、さすがに無理があると望月だって思っていた。故に紙装甲。故に――
「十二勇士なんざ知らんけど、お前だったら『これ』に食いつくだろうなって思ったさ」
ナグルファルから奪い取った魔力から、自前の魔力から、全部を含めながら、望月干果は告げる。
「――僕は『
けれども、吸血鬼らしい夜を作れる――そう、だって吸血鬼が現れる時には――
「ぶっとべ」
国立競技場の中心を包む漆黒がすべて起き上がる。
それと同時に、極大の『嵐』と『雷』が巻き起こる。
――まるで、あの『海神の槍』の如く。
「は」
雷は防がれる。だが、今の諸星に『嵐』を防ぐ術はない。
だって、『空中にいる』。彼女は『ただ場外に吹き飛ばされる』しかない。
「――だから言ったろ。『
少々格好付けて、指をパチンと鳴らしながら、望月干果は、思いっきり諸星を吹き飛ばした。
「――『アストルフォ』、お前だけ月から帰りな」
だというのに諸星阿左美は、最後にその剣を投げつけた。
場外に吹き飛ばされるのと同時に、望月の残りに剣が突き刺さる。
「ぐ――」
「――はは! いいなあ『吸血鬼』! 最高に格好良かったぜ~~!!」
なんて、最後まで笑いながら、コメディみたいに吹っ飛んでいく諸星。
脱落ブザーが、二回鳴る。それは場外に吹っ飛んだ諸星の分と、最後の一撃で串刺しにされた望月の分。
当然、すべての魔力を使い果たした望月に、もう立ち上がる気力もなく、その場にばたりと、大の字で倒れる。
――当然ながら、喝采はない。ブーイングもない。どちらかというと動揺だ。
それを聞きながら、望月は空に手を伸ばす。
「あ~あ。『勝っち』まったよ……いや、どうなんだ、これ……」
とりあえず、諸星の脱落ブザーの方が先に鳴ってはいたが――そしてそれを未だに受け止めきれない集団のどよめきに苦笑をしつつ。
晴天の昼の空には、白い月。それを掴むように拳を握ってから。
「……ま、こんなとこでしょ。僕の舞台は」
最後の最後に『主役』を奪った『秋原のジョーカー』は。
「……にしても最後が『串刺し』って、まあ」
などと笑いながら、国立競技場の中心で気絶したのだった。