わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで   作:遠野静

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第46話 決勝戦(7)

「……ふざけないで、くれますか」

 

 心からの怒りとともに、言った。

 でも、その十二輝剣を背にまとう『白夜の聖剣』逸見明音さんは――まだ自然体で、本気とも冗談ともつかないことをいう。

 

「いやふざけてない。これで私の魔力は本当にからっきしだ……なので寄藤、『ガラティン』を。これで魔力共有できる」

 

「え、あ、はい……!?」

 

 ――また、一本の輝剣を寄藤さんに渡す。

 また、あの寄藤さんの瞳が輝く――

 

「――はい!」

 

 また、あの騎士気取りの野良狼は――

 

「――『我が理想、憧憬の煌めきよ。この身を貴女に捧げよう』」

 

 模擬剣と白光の輝剣を持って、それを重ね合わせ。

 

「『円卓の者よ聞け。王は自分(わたし)を選ばれた』」

 

 彼女の言う――『真の異能』とやらを、抜いた。

 

「――『抜剣。ガラティン』」

 

 再度構え直す寄藤さん。

 ――逸見さんの魔力がからっきし、っていうのはそうなんだろう。

 多分、もう再展開はできない……と、思う。

 この人は、そういうところで嘘を吐く人ではない。

 

 でも、戸枝さんはもうギリギリだし、わたしは今の、戸枝さんとの合体『レーヴァティン』で、大分削れた……。

 戸枝さん、いつもあんなに撃ってるんだ……。

 

 いや、でもこれで……確かに寄藤さんの魔力はまだ残っている……。

 寄藤さんだけが、消耗が少ない……!

 

「うん。寄藤、とりあえず下がっていて。私が倒れても君が生きていれば白夜は勝てる」

 

 いや、でもそんな――

 

「さて……いくらか名も知らぬ騎士もいるが……。今なら特に問題はないかな――『サー・トリスタン』」

 

「ぐっ……!?」

 

 ……!?

 

「――と、戸枝さん!」

 

 戸枝さんの肩に、輝剣が刺さっている……!

 

 聖剣の先が、指揮棒のようにあげられる。

 ただそれだけで、残る十一本の剣は、こちらへその切っ先を向ける。

 あの去年の『決勝戦』の最後――目黒さんを撃ち抜いた時のように――

 

「――さあ『円卓の騎士達よ、その威光を指し示せ』」

 

 十一の輝剣は加減なく、わたし達にむけて撃ち出される……!

 

「ぐっ、んぅっ……!」

 

「戸枝さん……!」

 

 次から次へと飛んでくる輝剣達を、戸枝さんは弾いている。

 弾こうとしているけど、次々飛んでくる絨毯爆撃は弾き切れない。

 

「ぐぅ……“払え”」

 

 こんな輝剣なんて、消え去れ……!

 

「だろうね。『サー・ラモラック』」

 

「…………! ぐっ!」

 

 また輝剣が飛んできて、こっちにまで――!

 

「佐守さん……! 炎よっ!」

 

 今度は炎が燃え上がって、わたしを守ってくれる……けど……!

 

「戸枝さん……!」

 

 だめだ、このままじゃ……!

 

「戸枝さん、わたしの魔力で、もう一回……っ!?」

 

「ん。……寄藤」

 

「はい! ……あんたは、こっちだ!」

 

「…………っ! また!」

 

 またあの騎士気取りが、ガラティンをもってこっちに来る…………っ!

 

「“払え”――!」

 

 問答無用、全力で射程を伸ばして撃ち払うが、あの狼は剣を持ったまま空中へ跳び上がり、そのまま蹴りつけてくる………!

 

「ぐっ……は! 聞いて呆れますね、『次代の聖剣』が!」

 

「黙れ……っ! 先輩は、私を……!」

 

「『選ばれた』――なら、そんな借物でいつまで唄ってるんですか!」

 

 とにかくこいつは邪魔だ。

 端役は脇に飛ばさなければ、戸枝さんが倒れてしまう……っ!

 

「さっさと、どけ! お前は違う!」

 

「あんたもでしょうが!!」

 

「ええ、そうですよ……! わたし達は違う! 舞台が違う! 土俵が違う!」

 

 斬り結びながら、なんどもなんども叫ぶ。

 この女の/あるいはわたしの 心を斬り捨てる。

 

「――そもそも、あなた(わたし)は『選ばれていない』。脇役が主役の舞台を汚すな!」

 

「あんたが、言うなぁ……っ!」

 

 『運命』が、皆が、他ならぬあの二人がお前は違うと囁いている。

 それを、あなただって、わたしだって、知っているはず、だ……!

 

「いい加減……泥にでも、膝を……!」

 

「それはあんただ、佐守あお!」

 

 もう、どちらの声なのかも分からない。

 向こうでは絢爛な輝剣と踊る炎の攻防――だけどこちらでは破滅的なぐらい、互いに組合ながら、ほとんど殴り合いだった。

 

「あなたの、誇りは、しょせん借物だ…………っ!」

 

「あんたの、憧れだって、どうせ借物だろうが!」

 

 ああ、そうだよ。

 知ってる、わたしはあんな風に輝けない。

 それをわたしは誰よりも、その身に受けて、理解している。

 そうだとも――そしてそれは悪いことじゃない。

 憧憬は、けっして悪いことじゃない。わたしは彼女の影でいい。

 それはきっとわたしの一部だ。一面だって、言ってくれたから……!

 

 ――だからこそ、誇りの炎は、絶対に守る!

 

「ぐぅうっ……っ!」

 

 ――っ! 戸枝さんが、もう……っ!

 

「――『斬る』!」

 

「『殺す』――!!」

 

「――そうだな。ちょっと危うい。ここはもう、終わりにするか」

 

 

 ――は?

 

 ふっと、寄藤さんの先にいた『白夜の聖剣』が消えたかと思ったら、あっという間に戸枝さんの目の前に現れた。

 

「…………っ!」

 

 戸枝さんが剣を振り下ろす、けれどそれをあっさりと輝剣で防いで――

 そのまま聖剣が、戸枝さんを……。だめだ、それだけは、それだけは……っ!

 

「は」

 

 一閃。雑に振るうわたしの剣よりもさらに無造作な一撃が、力強く戸枝さんを斬り捨てる。

 

「あ…………っ!」

 

 ――そして、わたしの視界は暗転した。

 

◇

 

 ――毎夜、毎晩夢を見る。

 いつも決まって同じ夢。

 わたしは暗い所にいて、蝋燭の灯が周りの人々の口元を照らしている。

 笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。

 歯茎を出して笑いながら、みんながわたしを祝って/呪っている。

 よく生まれてきてくれた/消えてほしい。

 大事に育ってほしい/早く餌食になってほしい。

 大切に、大切に、いつその日が来てもいいように。

 笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。

 綺麗に、美しく、清らかに/汚らわしいものを遠ざけるように、誰もわたしに触れようとしない。

 

 ……そして、やがて蝋燭の灯が消えて。

 大きな、大きな大蛇が、チロチロと舌を出しながら、わたしを丸のみにしようと口を開いて――

 

「――そんな夢を、いつも見ていたなぁ……」

 

『うん。そうだな』

 

 顔が、目の前にある。

 七つの顔――いや、やっぱりもう八つ目の顔が。

 

「なんでしょうか。――わたしはもう、至高に達したんでしょうか?」

 

『……そうだな。お前は至高に達した』

 

 ……は。と失笑してしまう。

 そっか、ここか……。

 

「じゃあ……ええと、食べていいよ」

 

『御前は何を言っている』

 

「ずっと“約束”していたじゃん。――わたしが、至高に達したら。あなたが、わたしを食べにきてって」

 

『…………』

 

 まあ、こんなとこかぁ……って、ちょっと思った。

 

『……負けるぞ、御前達は』

 

 でしょうね。

 でも、いいんだ。命のやりとりじゃない。

 スポーツなんだから。

 

 でも、これは違う。もっと根っこから違う。

 なんていうか……うん。

 

「うん、なんていうかな……」

 

『……わからん』

 

「わたしもわかんない」

 

 本当はもっと色々あるんだって思うよ。

 ていうか怖いよ。いたいのやだし。

 やだけど、でも約束を破るのだって癪だし。

 

 ……友だちに、みんなに心配かけるのも癪だし。

 

「でも多分…………なんだろう」

 

 なんだろう……うん。

 

「――きっとこれが、わたしの『運命』なんだよ」

 

『は』

 

 大蛇さんは、笑っていた。

 なんだか泣きそうな感じで、笑っていた。

 

『御前の一番嫌いな言葉だっただろう』

 

「――うん。でもさあ」

 

 人生ってそういうものじゃないかな。

 なんていうか、上手くいかない感じで。

 

 だけどすっごく嘆いたよ。暴れたよ。足搔いたよ。

 

 ――――なによりも、愉しんだよ。

 

「うん……すっごく愉しかった」

 

 本当に、本当に愉しかった。

 短い時間だったけど、こんなに愉しい一か月なかった。

 

「だから『ここまで』で、いいと思う」

 

『御前の友は、泣くよ』

 

 大蛇さんの声は、いつになく優しい口調で。

 なんだか笑ってしまった。

 

 そういえば遺言とかってどうすればいいんだろ。

 もう残せないのかな。

 

 まあいっか。どうせ罪人だものね……。

 

「じゃあ、“約束”どおりに食べに来て」

 

『――むう。では、最後に一つ教えてやる』

 

「はい?」

 

『御前の村とかいうあの呪村な。滅ぼしたのは己だ』

 

「――――」

 

 …………はい?

 

『まあ、ちょっとムカついたのでな。我が子……いや、うん。御前をこう、酷い目に合わせとったので、軽く暴れてやった。我は水害の化身だ。……故にちょっとこう、わっとした』

 

「え、あ、あ~……え?」

 

 ああ、だから――えっと?

 村の様子が変で……?

 わたしが斬り殺したはずなのになんか、災害で、崩れた、みたいな――

 

 でも、それとこれと、どう関係が……?

 

『うん。まあ御前が斬り殺した村人とかいうアレらは、己のせいだ。……いや、まあ生き残りもいるのかも、だが』

 

「え、いや……え? でも――」

 

『そもそも儀式用に詰まれた剣に刃がついとると思うか』

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………まあ、そう、だけど。

 

「でも愉しかったけど…………多分」

 

 わたしはきっと、暴力を愉しんでいたはずだ。

 

『ああ、それは間違いない。……だから、前にもいった。罪の所在を置き違えるな』

 

 加虐性はある。人は殺していない。だけどちゃんと暴力は犯した。

 ……その責任は、ある。

 

 じゃあ、やっぱりさ――

 

『…………だから程度を知らんのか、御前は。まあ、もういいか』

 

「だって“約束”したもん」

 

『子どもか。子どもだったな……』

 

 はあ、っと息を吐いてから――大蛇さんはわたしを睨んだ。

 

『とても痛く食べてやるよ』

 

「…………」

 

『御前の明日はなくなるよ』

 

「――――」

 

『御前は友だちが実は嫌いだったか? もう明日から一緒にいたくないか?』

 

「――なんで」

 

『あ?』

 

「なんで……人が、人がさぁ……! うけ、受け入れようとしてるのに……!」

 

 なんで、この蛇は……この蛇は……!

 

「生きたいよ」

 

 死にたいわけないよ。

 

「まだまだ、みんなと愉しみたいよ」

 

 人生を愉しんだよ。

 

「わたしは、わたしはっ……!」

 

 ――でも。この大蛇に、わたしは“約束”したんだもん。

 

『はっ』

 

 って、大蛇さんが笑った。

 大蛇が笑う機能あるのかな。

 

『そうだな。確かに御前は“約束”を果たした。嘆いているな! 暴れているな! 足搔いているな! ――そして人生をまだまだ愉しみたいんだな!」

 

「愉しんだよ! 愉しかった! 愉しみたい! 凄く、凄くさぁ――! でも“約束”だって果たしたいんだよ! 果たさないと、なんか癪なんだよ!」

 

『ははは! いいだろう! 確かに御前の心格は極上に達した! ああ! やっと己も喰らう気になったというものだ!』

 

 嗤いながら、その大きな大きな口が、わたしを本当に丸のみにしようと――

 

『ならば、己も“約束”を果たそう! 美味そうな贄よ、喰らうてやる!』

 

 ――ぽつりと。

 

 小さな火が。

 わたしの――前に……。

 それは、ただの火だ。でも、分かる。

 でも、知ってる。だってこの火はわたしが一番見てきた誇り。

 

 

「――え?」

 

 

 なんで、それが、ここに――と思ったら、なんだか急に燃え上がって――!

 

『ぐうぅぅうう……! あぁ、ふざけるな、ふざけるな……! なんだこの火は、なんだと、ぐうぅっ!』

 

「お、大蛇さん……!」

 

『ぐ、あぁ――御前の友か、余計な真似を! はぁ! “終わりの炎”とは、なんとも痛いものだなぁ……!』

 

「え、ちょっと、ねえ!」

 

『ははは、はっはっはぁ! これにて邪蛇は無事に討伐された! “運命”通りに、果たされた!』

 

 ――なんだよ。

 なんだよ。なんなんだよ、この蛇――!

 

 

 芝居が下手にもほどがあるじゃんか……!

 

 

「ちょ、ちょっと、待ってよ……!」

 

 思わず駆けよるわたしを止めるみたいに、燃え尽きかけてる邪蛇さんがわたしを――いつかの夢みたいに咥える。

 

 炎に照らされているからか、いつもよりも大蛇さんの姿がすごくよくみえる。

 お尻のほう、尻尾の一つ。それがなんでかひとつなくなっていて……。

 

 ――ああ、多分あれがわたしの生まれた場所なんだろうなって、なんでか理解した……けど!

 

「ねえ、ちょっとやだ……! そんな『運命』なら斬り捨ててやる!」

 

『はっ……御前の口癖であったな……だが、斬り捨てる先ならば、もっと先にあるだろうが……!』

 

 力のない大蛇さんの頭が、わたしを咥えていた頭が動く。

 何だか、慣性で、ぐいって上に持っていかれるみたいに。

 ――ていうか、実際に投げるフォームで……。

 

『だがまあ、なんだ……御前は極端だから、これも一例だ……なんでもかんでも、運命も道理も斬り捨ててばかりでは、いかん……たまには諦めも大事だ……うん……』

 

「しらないよ、そんなの……! ちょっと、放して――“約束”は……!?」

 

『――ははっ』

 

 そう、彼は笑って――

 

 

『――己は邪蛇よ。人間との“約束”なぞ、はなっから守るつもりはない』

 

 

「ふざ……けっ……!」

 

『さあ…………使い方が分からんと言われても、もう教えられんから、な……なので、さっさと、この夢から、覚めろ……』

 

「それ……あなたが、言うっ……なぁ!」

 

 ぽ~いって。

 いつかのわたしの夢よりも弱々しく、真上に投げられたのだった――

 

◇

 

 ――誰かの、ブザーの音が聞こえた。

 わたしの大事な友だちが、倒されている。

 

 わたしはいつの間にか、たくさんの輝剣に吹き飛ばされて、空を舞っていて――

 いたい。いたいけど、もっと、いいたいことが、あって。

 

 なんだよ。なんだ、なんなんだよ。あの蛇。

 ふざけるなって、思う。結局“約束”守るつもりなんてなかったんじゃん。

 やっぱり悪い大蛇だよ、あの人。あの蛇。

 

 ――あんな茶番に付き合われて、酷い悪蛇だよ……!

 本当に、あんなから生まれたなんて……酷い話。

 だけど――

 

「――『斐川(かわ)の化身に、手向けよう』」

 

 ……それと、一応あの村にも。本当に、大嫌いな村だったけど。

 

 でも、あの村がないと、わたしは彼に出逢えなかった。

 ――いいや、あの『たたら場(ムラ)』がないと、そもそもわたしは産まれてすら来なかった。

 

 「『わたしは、彼の尾(八重の水)より生まれた(鍛えられた)『出雲国の剣(もの)』、だから』――」

 

 涙に揺らぐ視界では、狙いなんてつけられない。

 かの『白夜の聖剣』――逸見明音。ましてや取り巻く十二の輝剣なんて、そこらの雑草、野火の難と変わりはしない。

 

 だからもう、これを全力で振りぬいて――

 

 ――ああ、でも。

『だから、御前は先ず正面から立ち向かうな』とか、大蛇さんなら言いそうだな。

 

 ――そうだね。『一撃じゃ、アレには足りない』。

 この刃をもって尚、『聖剣』は墜とせても『その先』に届かない。

 

 だから、まずは残った魔力の半分、それをこの剣(わたし)に注ぎ込む。

 一撃でまずは『聖剣』を割り、即座に二撃目で『斬る』と決め、わたしはわたしの『異能』……いや――

 

 ――『わ(・)た(・)し(・)の(・)名(・)前(・)』を、此処に謳う。

 

「――『抜刀。クサナギ』」

 

 目から零れる雫と共に――『視界に映る剣の軌道上を、道理を無視して両断した』。

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