わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
――『国異』、決勝戦は、想定外の形で一時中止となった。
どよめく観客たちは、状況を正しく把握できていない。
当たり前だろう。この『現代の発展した医療技術』において――
どれだけ激しい戦いがあろうとも、どれだけ、『斬る』、だの『殺す』だの言い合っても。
どれだけ、『誰が見ても死んだだろ』みたいな、怪我があっても――
それは、あくまでも『スポーツ』の範疇。
これはそう――言ってしまえば、ある種の『派手なショー』。
言ってしまえば『なりきりチャンバラ』。
過去に、これほどまでの重傷者が出た事例は、なかったのだから。
「……はい、はい」
逸見さんとわたしが、運営関係者から話を聞いていた。
わたしは、細かいことはさっぱりわからなかったけど……とりあえず、なんとか、寄藤さんの救命状態は、なんとかなった――とか。
でも、魂を歪めたから何らかの後遺症は残る可能性がある、だとか……。
なんだか、よく、わからないけれど――寄藤さんは……大丈夫、みたいで――
「はぁ……もう……」
逸見さんが、心の底から安堵の息を漏らしていた。
ため息を吐く逸見さんの表情は、いつにもまして……なんだろう。
自然体だった。自然な――人間らしかった。
「……つくづく私は、部長失格だな」
なんてことまで言っている『白夜の聖剣』――逸見明音さん。
「寄藤が私のために……いや、これはハッキリ言おう。『私を想って』、あんなことをしたのは分かってる。だから――」
「でも、あの――」
「む。君を責める気はないよ。なので早めに終わらせようと少し無理をした」
「君らの口喧嘩が危うい域に入っていたから」なんて言う逸見さん……いや、身も蓋もなくいうとそうなんだけど……。
「だが……その結果が、君の『異能』の発現と、寄藤のもう勝負とも呼べない『ナニカ』だ。……知らなかったで済ませてはよくない」
「事実、クサナギの二段目は私に刺さった」と逸見さんは言う。
「まあ、もう見たから避けれるが。あれは君の剣軌道しか斬れないから」
……とかまで、しれっと言うし。
「いや、駄目だな。こうしてすぐに最適解を見つけてしまう……だから水野は、寄藤と君をぶつけて、君を完成させたかったわけだ」
はあっと、さらにおおきなため息を吐く逸見さん。
「……とりあえず、あの馬鹿は一度殴っておくが。それはそれとして、だ」
周りを見渡す逸見さん。
まだどよめいている観客たちの様子を眺めている。
本当はそんなの気にする余裕なんてないはずなのに。
今すぐにでも寄藤さんのところに行きたいはずなのに。
「とはいえ、まだ勝負の場だ。決着はつけないとね」
「『白夜の聖剣』が、勝つ『運命』を……?」
「そんなんじゃないよ。これはただの責任。私の……『白夜の部長』としての。そして、この馬鹿げた時代の加担者としての」
もう一度息を吐く逸見さん。
……多分、魔力はもう空っぽ、体力だってぎりぎりだ。それどころか寄藤さんへの心配だってある。
わたしも魔力は空っぽだ。体力消費はあるけれど、それも逸見さんほどの連戦ではないし。
――それでも。
「やるんですか……?」
「やるよ。だってそうじゃないと終わらない。そして負ける気もない。そうでないと、本当に寄藤の遠吠えが無意味になってしまう」
試合用の模擬剣を、自分の分と――あと、転がっていた戸枝さんの分の二本引き抜いて。
それから、戸枝さんの分を、わたしの方へとぽいと投げる。
……剣を、手に取る。もうそこに彼女の焔はないけれど、きっと力を貸してくれる。
貸してくれる、はずだけど……。
まだ周りの動揺は収まっていない。
少なくとも会場は、もうとっくに試合の行方より、今どうなっているんだみたいな困惑の方が大きくなっている。
――そして、多分それは逸見さんが一番そうのはず。本当はすぐ病院にいきたいはず。
それにもう、体力も魔力もすっからかんだ。
わたしよりも、よほど。
なにより、寄藤さんの事が気になっているはず――
「あ、あの――!!」
「むう。そうだね、ちょっと状況が悪いか」
くすりと、小さく苦笑を漏らす逸見さん。
きっと本当はそんな余裕なんて、絶対にないのに――
「うん。何より先にケリも付けておこう。……まったく、こんなところで『伝説』を使えるとは思わなかったが」
そう言って逸見さんは模擬剣を頭上に掲げた。
カメラが、彼女を向くように。
そこにはもう『聖剣』の輝きなんて一つもないのに、観客席にいる誰もが、『逸見明音』を見てしまう。
「――『白夜の聖剣』として! これより最後の勝負を行う! だがその前に……そうだな、水野! あと山名さん! 戸枝さんと望月さん! 『この前の四万』をチャラにしてやっていいから、ここに来てくれないか!」
え…………?
なんて言ってるうちに、なんかすごい速さで水野部長がやってきた……。
あと、その背後から山名先輩と戸枝さん、望月さんも……。
「……お前さぁ、やりたい放題すぎん? あたしら一応、脱落者よ?」
水野部長……いや元部長? の苦言を聞きながら、逸見さんは普段通りの表情で水野先輩に剣を向ける。
「いいだろ。どうせ『白夜の聖剣』も今年で店じまいだ。最後くらい多少暴れたって」
「お前が、一番大暴れしてんだよ~」
ヘラヘラと笑う水野先輩に、逸見さんは「ああ」と頷いて。
「そうだな。……うん。私が一番大暴れした。なんだかんだ言って、私も君も、愉しんだ側だ」
「そうだよ、お前」
「だから……私と君はある意味ずっと共犯だった。なので、こんなことをするのは本当に心苦しいんだが――」
「んあ」と口を開く水野先輩に、逸見さんは剣を向ける。
その後で、彼女は隣の山名部長に目を向けると。
「『山名さん』、『君にまだ弓道家の矜持があるなら』、『今すぐ水野の口を塞げ』」
「え」
「あ~……? んぐっ……!」
「え、あ……! や、山名先輩!?」
山名先輩が水野部長の口を塞いだ……!?
突然の先輩の恐慌にオロオロとするわたしに、逸見さんは「慌てなくていいよ」と答える。
その眼前に逸見さんは歩いていって、試合用の模擬剣の切っ先を、口を塞がれた水野先輩の首元に当てる。
「ん~~……! んん~~……!!」
「怖くないだろ、君は」
「そういうやつだ」と、まるで分かっているかのように、トントンと水野先輩の首筋を叩く逸見さん。
「ちょ、い、逸見さん――あの」
「佐守さん」
慌てるわたしを、戸枝さんが止める。
「……まあ、あの人は一旦色々、ケリをつけないと駄目だと思うので」
なんてことを言っている。けれど、なぜ……?
「あー……んー……。貴方はまあ、知らなくてもいいと思います……」
戸枝さんは首を横に振った。
「ともかく、今はあの二人を見届けましょう」
「君には感謝も色々ある……が、今回はちょっと道を外れすぎだ。後でもぶん殴るが、ここでも一旦、明らかにする」
珍しく……本当に珍しく、逸見さんは怒っていた。
「君がどこからどこまで計算づくだったかは知らん……知らんが、人の部員まで使って、よくもまあこんなことをしたな?」
「んんぅっ! んぐっ!」
バタバタ暴れる水野先輩の首元に切っ先を突き付けながら――
「君は外道だが、外道なりの道を持っている友だちだと思っていた。……だが、今回は流石にやりすぎだ。完全に畜生に堕ちた。私の部員と、たった二週間でも私の弟子をぶつけて……さすがにこの責任からは逃さんぞ」
……本当に珍しいくらい、酷い言葉を使う逸見さん。
「んぐっ! ぷはぁ……! お前さぁ、人が喋れないからって好き放題に……」
「じゃあ、四万返せ」
「は……!」
「……ほらな。これで黙ってしまう」
「んや……んや~! お前!? さっき、あたしらが此処にきたらチャラにするって言ったじゃん」
「ああ、気のせいだよ。聞き流せ」
「はあっ――?」
「散々、君の言ってきたことだろ。今更なしとは言わせない。……そして、だからこれで来るとも思った。だってこれだけが明確な『実害』だから。害には責任が生まれる。無責任な君には明確な弱みだからな」
「んぐ、ん、んや……! でもお前だってずっとこの大会愉しんでただろ!」
「愉しかったよ、そりゃ! みんなでやるマジカルチャンバラは、愉しいだろうが!」
逸見さんが、叫んでいた。
あの、いつも自然体な逸見さんが。
凄く感情を表に出して、水野先輩に、それから観客席中に向けて、叫んでいた。
「だがなぁ! もうこの次の勝負がどうであろうと! ちゃんと、寄藤のことは、問題に、させてもらうからなぁ! あんなもんを、二度と、この世で! 流行らせるな! 怪我人が出たら、もうそこで、スポーツは中止だ……!」
……慟哭、していた。
『白夜の聖剣』と、呼ばれていた逸見さんが。
三年無敗、常勝の『白夜の聖剣』逸見明音が。
心の底から、叫んでいた。
「道理だとか無理だとか、『運命』だとか、そう簡単に斬り飛ばすな! しっかりと、筋を通せ! あんなもん……あんな……もんを!」
持っていた模擬剣を思いっきり地面に叩きつける逸見さん。
それから、はあはあと息をしてから。
「だが! 少なくとも私は、ちゃんと愉しかったよ! 君等も、三年間、ありがとう! 後でまた挨拶に回るから……! 勝手に帰るなよ!」
声は観客席と、此処にいる水野先輩へ。
「あと、水野はちゃんと金をかえせ。部員に土下座してでも金をかえせ。『水野部長』でも無くなった君は、ただのクズだ」
「最後にちゃんと刺すじゃん……」
「当たり前だ。通す筋は通せ」
なんだろう……。すごい『人間』らしいことを、あの『白夜の聖剣』が言っている。
……いや、違うのかな。
この人はずっと『人間』だった。
きっと、この『国異』の中で、誰よりも人間だったから、ずっと『自然体』に見えたのかな……。
「でも、やっぱり愉しかったよ水野。伝説呼ばわりされていたのは気持ちがいいし。『白夜の聖剣』だってさ、格好いいだろ?」
「そうっすかぁ……もう分かんねぇけど、お前が良いならいいよ……」
「うん。……でも、それはこれにてお仕舞だ。……ふう、疲れたが、言いたいことは、言い切った……!」
よし、と。逸見先輩は、何かをやり遂げたようにガッツポーズを取った。
……後で、再び試合用の模擬剣を私に向けて構えた。
「――よし。それじゃあ、最後の戦いを始めるか」
え……。
「やれる?」
「や、やるんですか?」
むしろ、この空気は中止なのでは……と――
「えっと……」
と答えつつ、わたしは一応、試合用の模擬剣を構える。
「ん……やはり肩に力が入り過ぎているな……すまない。たしかに今のは私のせいか……」
そう言ってから、こほんと咳払いをして……その後、再び片手で堂々と模擬剣を掲げ……。
「君達! 色々と言ってしまったがー……! ここから、ようやく、最後の勝負をする!」
また、まだどこにそんな声を出せるのか、分からないくらいに声を張り上げて――
「何か途中で、勝負の行方はどうあれ……。みたいな話もした気はするが! ――当たり前だが、私はこのままちゃんと、『勝ち逃げ』をするぞ!! 君達は全員! ここで、無敗の『白夜の聖剣伝説』の負け犬として、歴史に刻まれるのだ!! わーーはっはっは!!」
――なんて、とんでもないことを宣った。
それから、会場中からの怒声とブーイング。
いや、この人こんなこと言う人じゃないのは……みんなだって、よく知ってるはず、なのに……。
「ふう」と彼女は少し疲れた風に言ってから。周囲の怒声を聞きつつも、「やはり、こうでなくては」と笑っていた。
それから、動揺するわたし――じゃなくて、わたしを飛び越えて、逸見さんは水野先輩に話しかける。
「そうだ、水野。君に感謝したいこと、もうひとつあったよ」
「あ~ん……なによ」
「佐守さんに、会わせてくれたこと。これだけで半額にしていい」
「あ、それはわた――」
「
「……はい?」
……はい??
「どうせなら気持よく終わりたいからな。辛気臭い感じとか、尋常にとかじゃなくて、愉しく終わりたい。……でもほら? やっぱり最後まで勝って逃げたいだろ」
くつくつと笑みを浮かべる、逸見さん。
「……ただ、現状だと私の『聖剣』を超えるのすらままならん雑魚共ばかりだったんでな‼ なので、私は、捜していた! 『丁度良い感じに』、『気持よく勝てる』、『良い感じの弱さの娘』を、他校の生徒に!」
『丁度良い感じに』
『気持よく勝てる』
『良い感じの弱さの娘』――?
「なのでこいつから話があった時は、まさに『
「は~~!?」
……『
「君は私に負ける。そして――私は君に勝って、上から目線の説教だけ残して、気持よくサヨナラする! 『あとは、せいぜい負け犬どもで頑張れ』ということだ!! ありがとう、水野! 君らの蒔いた種、私が美味しくいただくぞ!!」
「――に、触る」
……癪に触る。
「うん? 声が小さくて、聞こえんなぁ~?」
なんか、初めて見せるような顔をする彼女も。これが挑発って、分かっているけど。
分かっているけど乗っちゃう自分も!
「――いいえ」
なんか、よくわかんなくなったから。
全部ぶちこんで。
「わたしは、その『運命』を斬りにきました」
強く、握る手に力を込めて。
「あなたを、『白夜の聖剣』を負け犬にする剣です!」
そう叫んだ、途端彼女は満面の笑みで――
「おい、水野審判!」
「はあ~!? 最後まであたしかよ~!」
「当たり前だ、全部が君の蒔いた種だ! 最後まで責任を取れ! ……あとついでに、私にちょっとサービスしてくれたら、すこしまけてやるよ?」
「んぎっ……! ~~っ! おま、う~~……! いや、気にすんな佐守ちゃん! これはあたしと、コイツの問題……! 金の話は、今は無関係……!」
「おお、一応『部長』は最後まで真っ当するんだな、君?」
「黙れ黙れ黙れ~! ――それじゃあ、両者もう位置についたな! 佐守ちゃんも!」
「はい。まあ、その。なんか――」
なんだか、よく分からない。
よく分からないけれど、逸見さんを前に剣を握る。
「……ちゃんと相手をしないと、これは終わらないみたいですし」
なんだかこれも運命のようだし。
ここを降りたら永遠に、わたしの運命は変わらない気がするし――
「何よりも」
何よりも、わたしを舐め腐ってるその態度が、凄く癪に障ったので!!
「なので……やります!」
「よしっと」
くすくすと気軽に笑いながら、逸見さんも模擬剣を構えた。
鏡映しみたいな構え。なのに、やっぱり『まるで違う』。
体力なんて、わたしよりも残っているわけがないのに。
なんなら今でも寄藤さんへの心配だとか、色んなことでぐちゃぐちゃなはずなのに。
――だって言うのに、彼女の構えはわたしと比べてあまりにも美しい。
『聖剣』の輝きはもうない。
『十二の輝剣』ももうない。
彼女はもう、『白夜の聖剣』ではない。
だから、そこには――
「じゃあ、“勝負”をしようか」
――そこには、ただの無敗の『剣聖』が立っていた。