わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで   作:遠野静

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第48話 決勝戦(9)

 ――『国異』、決勝戦は、想定外の形で一時中止となった。

 どよめく観客たちは、状況を正しく把握できていない。

 当たり前だろう。この『現代の発展した医療技術』において――

 

 どれだけ激しい戦いがあろうとも、どれだけ、『斬る』、だの『殺す』だの言い合っても。

 どれだけ、『誰が見ても死んだだろ』みたいな、怪我があっても――

 

 それは、あくまでも『スポーツ』の範疇。

 これはそう――言ってしまえば、ある種の『派手なショー』。

 言ってしまえば『なりきりチャンバラ』。

 

 過去に、これほどまでの重傷者が出た事例は、なかったのだから。

 

「……はい、はい」

 

 逸見さんとわたしが、運営関係者から話を聞いていた。

 わたしは、細かいことはさっぱりわからなかったけど……とりあえず、なんとか、寄藤さんの救命状態は、なんとかなった――とか。

 

 でも、魂を歪めたから何らかの後遺症は残る可能性がある、だとか……。

 なんだか、よく、わからないけれど――寄藤さんは……大丈夫、みたいで――

 

「はぁ……もう……」

 

 逸見さんが、心の底から安堵の息を漏らしていた。

 ため息を吐く逸見さんの表情は、いつにもまして……なんだろう。

 自然体だった。自然な――人間らしかった。

 

「……つくづく私は、部長失格だな」

 

 なんてことまで言っている『白夜の聖剣』――逸見明音さん。

 

「寄藤が私のために……いや、これはハッキリ言おう。『私を想って』、あんなことをしたのは分かってる。だから――」

 

「でも、あの――」

 

「む。君を責める気はないよ。なので早めに終わらせようと少し無理をした」

 

「君らの口喧嘩が危うい域に入っていたから」なんて言う逸見さん……いや、身も蓋もなくいうとそうなんだけど……。

 

「だが……その結果が、君の『異能』の発現と、寄藤のもう勝負とも呼べない『ナニカ』だ。……知らなかったで済ませてはよくない」

 

「事実、クサナギの二段目は私に刺さった」と逸見さんは言う。

 

「まあ、もう見たから避けれるが。あれは君の剣軌道しか斬れないから」

 

 ……とかまで、しれっと言うし。

 

「いや、駄目だな。こうしてすぐに最適解を見つけてしまう……だから水野は、寄藤と君をぶつけて、君を完成させたかったわけだ」

 

 はあっと、さらにおおきなため息を吐く逸見さん。

 

「……とりあえず、あの馬鹿は一度殴っておくが。それはそれとして、だ」

 

 周りを見渡す逸見さん。

 まだどよめいている観客たちの様子を眺めている。

 本当はそんなの気にする余裕なんてないはずなのに。

 今すぐにでも寄藤さんのところに行きたいはずなのに。

 

「とはいえ、まだ勝負の場だ。決着はつけないとね」

 

「『白夜の聖剣』が、勝つ『運命』を……?」

 

「そんなんじゃないよ。これはただの責任。私の……『白夜の部長』としての。そして、この馬鹿げた時代の加担者としての」

 

 もう一度息を吐く逸見さん。

 ……多分、魔力はもう空っぽ、体力だってぎりぎりだ。それどころか寄藤さんへの心配だってある。

 

 わたしも魔力は空っぽだ。体力消費はあるけれど、それも逸見さんほどの連戦ではないし。

 

 ――それでも。

 

「やるんですか……?」

 

「やるよ。だってそうじゃないと終わらない。そして負ける気もない。そうでないと、本当に寄藤の遠吠えが無意味になってしまう」

 

 試合用の模擬剣を、自分の分と――あと、転がっていた戸枝さんの分の二本引き抜いて。

 それから、戸枝さんの分を、わたしの方へとぽいと投げる。

 

 ……剣を、手に取る。もうそこに彼女の焔はないけれど、きっと力を貸してくれる。

 貸してくれる、はずだけど……。

 

 まだ周りの動揺は収まっていない。

 少なくとも会場は、もうとっくに試合の行方より、今どうなっているんだみたいな困惑の方が大きくなっている。

 

 ――そして、多分それは逸見さんが一番そうのはず。本当はすぐ病院にいきたいはず。

 それにもう、体力も魔力もすっからかんだ。

 わたしよりも、よほど。

 

 なにより、寄藤さんの事が気になっているはず――

 

「あ、あの――!!」

 

「むう。そうだね、ちょっと状況が悪いか」

 

 くすりと、小さく苦笑を漏らす逸見さん。

 きっと本当はそんな余裕なんて、絶対にないのに――

 

「うん。何より先にケリも付けておこう。……まったく、こんなところで『伝説』を使えるとは思わなかったが」

 

 そう言って逸見さんは模擬剣を頭上に掲げた。

 カメラが、彼女を向くように。

 そこにはもう『聖剣』の輝きなんて一つもないのに、観客席にいる誰もが、『逸見明音』を見てしまう。

 

「――『白夜の聖剣』として! これより最後の勝負を行う! だがその前に……そうだな、水野! あと山名さん! 戸枝さんと望月さん! 『この前の四万』をチャラにしてやっていいから、ここに来てくれないか!」

 

 え…………?

 なんて言ってるうちに、なんかすごい速さで水野部長がやってきた……。

 

 あと、その背後から山名先輩と戸枝さん、望月さんも……。

 

「……お前さぁ、やりたい放題すぎん? あたしら一応、脱落者よ?」

 

 水野部長……いや元部長? の苦言を聞きながら、逸見さんは普段通りの表情で水野先輩に剣を向ける。

 

「いいだろ。どうせ『白夜の聖剣』も今年で店じまいだ。最後くらい多少暴れたって」

 

「お前が、一番大暴れしてんだよ~」

 

 ヘラヘラと笑う水野先輩に、逸見さんは「ああ」と頷いて。

 

「そうだな。……うん。私が一番大暴れした。なんだかんだ言って、私も君も、愉しんだ側だ」

 

「そうだよ、お前」

 

「だから……私と君はある意味ずっと共犯だった。なので、こんなことをするのは本当に心苦しいんだが――」

 

「んあ」と口を開く水野先輩に、逸見さんは剣を向ける。

 その後で、彼女は隣の山名部長に目を向けると。

 

「『山名さん』、『君にまだ弓道家の矜持があるなら』、『今すぐ水野の口を塞げ』」

 

「え」

 

「あ~……? んぐっ……!」

 

「え、あ……! や、山名先輩!?」

 

 山名先輩が水野部長の口を塞いだ……!?

 突然の先輩の恐慌にオロオロとするわたしに、逸見さんは「慌てなくていいよ」と答える。

 

 その眼前に逸見さんは歩いていって、試合用の模擬剣の切っ先を、口を塞がれた水野先輩の首元に当てる。

 

「ん~~……! んん~~……!!」

 

「怖くないだろ、君は」

 

「そういうやつだ」と、まるで分かっているかのように、トントンと水野先輩の首筋を叩く逸見さん。

 

「ちょ、い、逸見さん――あの」

 

「佐守さん」

 

 慌てるわたしを、戸枝さんが止める。

 

「……まあ、あの人は一旦色々、ケリをつけないと駄目だと思うので」

 

 なんてことを言っている。けれど、なぜ……?

 

「あー……んー……。貴方はまあ、知らなくてもいいと思います……」

 

 戸枝さんは首を横に振った。

 

「ともかく、今はあの二人を見届けましょう」

 

「君には感謝も色々ある……が、今回はちょっと道を外れすぎだ。後でもぶん殴るが、ここでも一旦、明らかにする」

 

 珍しく……本当に珍しく、逸見さんは怒っていた。

 

「君がどこからどこまで計算づくだったかは知らん……知らんが、人の部員まで使って、よくもまあこんなことをしたな?」

 

「んんぅっ! んぐっ!」

 

 バタバタ暴れる水野先輩の首元に切っ先を突き付けながら――

 

「君は外道だが、外道なりの道を持っている友だちだと思っていた。……だが、今回は流石にやりすぎだ。完全に畜生に堕ちた。私の部員と、たった二週間でも私の弟子をぶつけて……さすがにこの責任からは逃さんぞ」

 

 ……本当に珍しいくらい、酷い言葉を使う逸見さん。

 

「んぐっ! ぷはぁ……! お前さぁ、人が喋れないからって好き放題に……」

 

「じゃあ、四万返せ」

 

「は……!」

 

「……ほらな。これで黙ってしまう」

 

「んや……んや~! お前!? さっき、あたしらが此処にきたらチャラにするって言ったじゃん」

 

「ああ、気のせいだよ。聞き流せ」

 

「はあっ――?」

 

「散々、君の言ってきたことだろ。今更なしとは言わせない。……そして、だからこれで来るとも思った。だってこれだけが明確な『実害』だから。害には責任が生まれる。無責任な君には明確な弱みだからな」

 

「んぐ、ん、んや……! でもお前だってずっとこの大会愉しんでただろ!」

 

「愉しかったよ、そりゃ! みんなでやるマジカルチャンバラは、愉しいだろうが!」

 

 逸見さんが、叫んでいた。

 あの、いつも自然体な逸見さんが。

 凄く感情を表に出して、水野先輩に、それから観客席中に向けて、叫んでいた。

 

「だがなぁ! もうこの次の勝負がどうであろうと! ちゃんと、寄藤のことは、問題に、させてもらうからなぁ! あんなもんを、二度と、この世で! 流行らせるな! 怪我人が出たら、もうそこで、スポーツは中止だ……!」

 

 ……慟哭、していた。

 

 『白夜の聖剣』と、呼ばれていた逸見さんが。

 

 三年無敗、常勝の『白夜の聖剣』逸見明音が。

 心の底から、叫んでいた。

 

「道理だとか無理だとか、『運命』だとか、そう簡単に斬り飛ばすな! しっかりと、筋を通せ! あんなもん……あんな……もんを!」

 

 持っていた模擬剣を思いっきり地面に叩きつける逸見さん。

 それから、はあはあと息をしてから。

 

「だが! 少なくとも私は、ちゃんと愉しかったよ! 君等も、三年間、ありがとう! 後でまた挨拶に回るから……! 勝手に帰るなよ!」

 

 声は観客席と、此処にいる水野先輩へ。

 

「あと、水野はちゃんと金をかえせ。部員に土下座してでも金をかえせ。『水野部長』でも無くなった君は、ただのクズだ」

 

「最後にちゃんと刺すじゃん……」

 

「当たり前だ。通す筋は通せ」

 

 なんだろう……。すごい『人間』らしいことを、あの『白夜の聖剣』が言っている。

 

 ……いや、違うのかな。

 この人はずっと『人間』だった。

 きっと、この『国異』の中で、誰よりも人間だったから、ずっと『自然体』に見えたのかな……。

 

「でも、やっぱり愉しかったよ水野。伝説呼ばわりされていたのは気持ちがいいし。『白夜の聖剣』だってさ、格好いいだろ?」

 

「そうっすかぁ……もう分かんねぇけど、お前が良いならいいよ……」

 

「うん。……でも、それはこれにてお仕舞だ。……ふう、疲れたが、言いたいことは、言い切った……!」

 

 よし、と。逸見先輩は、何かをやり遂げたようにガッツポーズを取った。

 

 ……後で、再び試合用の模擬剣を私に向けて構えた。

 

「――よし。それじゃあ、最後の戦いを始めるか」

 

 え……。

 

「やれる?」

 

「や、やるんですか?」

 

 むしろ、この空気は中止なのでは……と――

 

「えっと……」

 

 と答えつつ、わたしは一応、試合用の模擬剣を構える。

 

「ん……やはり肩に力が入り過ぎているな……すまない。たしかに今のは私のせいか……」

 

 そう言ってから、こほんと咳払いをして……その後、再び片手で堂々と模擬剣を掲げ……。

 

「君達! 色々と言ってしまったがー……! ここから、ようやく、最後の勝負をする!」

 

 また、まだどこにそんな声を出せるのか、分からないくらいに声を張り上げて――

 

「何か途中で、勝負の行方はどうあれ……。みたいな話もした気はするが! ――当たり前だが、私はこのままちゃんと、『勝ち逃げ』をするぞ!! 君達は全員! ここで、無敗の『白夜の聖剣伝説』の負け犬として、歴史に刻まれるのだ!! わーーはっはっは!!」

 

 ――なんて、とんでもないことを宣った。

 

 それから、会場中からの怒声とブーイング。

 いや、この人こんなこと言う人じゃないのは……みんなだって、よく知ってるはず、なのに……。

 

「ふう」と彼女は少し疲れた風に言ってから。周囲の怒声を聞きつつも、「やはり、こうでなくては」と笑っていた。

 

 それから、動揺するわたし――じゃなくて、わたしを飛び越えて、逸見さんは水野先輩に話しかける。

 

「そうだ、水野。君に感謝したいこと、もうひとつあったよ」

 

「あ~ん……なによ」

 

「佐守さんに、会わせてくれたこと。これだけで半額にしていい」

 

「あ、それはわた――」

 

「私(・)の(・)伝(・)説(・)を(・)終(・)わ(・)ら(・)せ(・)る(・)の(・)に(・)相(・)応(・)し(・)い(・)、(・)丁(・)度(・)い(・)い(・)感(・)じ(・)の(・)弱(・)さ(・)の(・)、(・)丁(・)度(・)い(・)い(・)レ(・)ベ(・)ル(・)で(・)本(・)気(・)を(・)出(・)さ(・)せ(・)て(・)く(・)れ(・)そ(・)う(・)な(・)娘(・)」

 

「……はい?」

 

 ……はい??

 

「どうせなら気持よく終わりたいからな。辛気臭い感じとか、尋常にとかじゃなくて、愉しく終わりたい。……でもほら? やっぱり最後まで勝って逃げたいだろ」

 

 くつくつと笑みを浮かべる、逸見さん。

 

「……ただ、現状だと私の『聖剣』を超えるのすらままならん雑魚共ばかりだったんでな‼ なので、私は、捜していた! 『丁度良い感じに』、『気持よく勝てる』、『良い感じの弱さの娘』を、他校の生徒に!」

 

『丁度良い感じに』

『気持よく勝てる』

『良い感じの弱さの娘』――?

 

「なのでこいつから話があった時は、まさに『運(・)命(・)』だと思ったよ! 彼女を負け犬にして、私は勝ち逃げをするのだ~! となぁ!!」

 

「は~~!?」

 

 ……『運(・)命(・)』?

 

「君は私に負ける。そして――私は君に勝って、上から目線の説教だけ残して、気持よくサヨナラする!  『あとは、せいぜい負け犬どもで頑張れ』ということだ!! ありがとう、水野! 君らの蒔いた種、私が美味しくいただくぞ!!」

 

「――に、触る」

 

 ……癪に触る。

 

「うん? 声が小さくて、聞こえんなぁ~?」

 

 なんか、初めて見せるような顔をする彼女も。これが挑発って、分かっているけど。

 分かっているけど乗っちゃう自分も!

 

「――いいえ」

 

 なんか、よくわかんなくなったから。

 全部ぶちこんで。

 

「わたしは、その『運命』を斬りにきました」

 

 強く、握る手に力を込めて。

 

「あなたを、『白夜の聖剣』を負け犬にする剣です!」

 

 そう叫んだ、途端彼女は満面の笑みで――

 

「おい、水野審判!」

 

「はあ~!? 最後まであたしかよ~!」

 

「当たり前だ、全部が君の蒔いた種だ! 最後まで責任を取れ! ……あとついでに、私にちょっとサービスしてくれたら、すこしまけてやるよ?」

 

「んぎっ……! ~~っ! おま、う~~……! いや、気にすんな佐守ちゃん! これはあたしと、コイツの問題……! 金の話は、今は無関係……!」

 

「おお、一応『部長』は最後まで真っ当するんだな、君?」

 

「黙れ黙れ黙れ~! ――それじゃあ、両者もう位置についたな! 佐守ちゃんも!」

 

「はい。まあ、その。なんか――」

 

 なんだか、よく分からない。

 よく分からないけれど、逸見さんを前に剣を握る。

 

「……ちゃんと相手をしないと、これは終わらないみたいですし」

 

 なんだかこれも運命のようだし。

 ここを降りたら永遠に、わたしの運命は変わらない気がするし――

 

「何よりも」

 

 何よりも、わたしを舐め腐ってるその態度が、凄く癪に障ったので!!

 

「なので……やります!」

 

「よしっと」

 

 くすくすと気軽に笑いながら、逸見さんも模擬剣を構えた。

 鏡映しみたいな構え。なのに、やっぱり『まるで違う』。

 

 体力なんて、わたしよりも残っているわけがないのに。

 なんなら今でも寄藤さんへの心配だとか、色んなことでぐちゃぐちゃなはずなのに。

 

 ――だって言うのに、彼女の構えはわたしと比べてあまりにも美しい。

 

 『聖剣』の輝きはもうない。

 『十二の輝剣』ももうない。

 彼女はもう、『白夜の聖剣』ではない。

 だから、そこには――

 

「じゃあ、“勝負”をしようか」

 

 ――そこには、ただの無敗の『剣聖』が立っていた。

 

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