わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
――なんてことを言ったけれど。
ここまで悪役ムーブをしたんだから、もしかしてこのまま負けてくれるかも――
「はっ――」
「うわぁっ!?」
――なんて浅慮は、一気に詰め寄ってきた逸見さんの一撃で全然的外れだったことを知る。わたしの模擬剣は、逸見さんの一撃が首筋を打つ寸前に防いでいた。
いや、それどころか――
強引に力で押し返す。――押し返せた。
あり得ない。そんな道理は通らない。通らないはず、だけど……。
「……はあ、さすがにキツイな」
「あぶ、は、はい……!?」
困惑しつつも、剣を打ち返す。なんとか防げたのは逸見さんがかなり弱っているから。
弱ってはいるけれど、でも――この人全然勝ちに来るつもりだ……!
「当たり前だ。勝負の場だ――なによりも、『剣士』なら、『競技者』なら、『勝ちたい』だろ!」
なんて言って、さらに攻め込んでくる逸見さん――!
わたしはギリギリでそれをしのぐ――っていうか、しのげる程度には弱体化してる。
「なら、こうかな」
「う、わっ……!」
追撃の二撃、三撃。四撃、五撃。
華麗に振るわれる模擬剣に、頑張って間合いを奪う。
奪えている。
逸見さんを相手にして、わたしは何とか凌げている、けど――!
「力みすぎだな。それならもう何合かで決着をつけられる」
「っ……!」
一撃目はまだ相打ち。二撃目ではやや無理矢理に逸らされて、三撃目では返す刀が迫って来る。
ちょっと無理に弾き返すが、その反動で腕が痺れて、すぐには動けない。その隙を狙ってくる逸見さんの四撃目は、なんとか防いで間合いを取った。
声音も自然体だけど、この想定外の事態にもしっかりと対応している。
魔力も体力も精神も向こうが下回っても、そもそも剣士としての技量が違う。
格が違う。矜持が違う。背負ってきた自信が違う。
当たり前だ。だってコレは逸見さんから教わった剣術。
しかもたったの二週間。相手はその本家本元……!
だから力量に差があっても――強引な剣戟にも、彼女は正しく対応していた。
じゃあ……そうだな、わたしは、わたしにしかない技で、どうにかするしかない!
「――“打て”!」
もう魔力はないから単純に、上段から一気に打ち込む……!
『秋原の熱剣』戸枝さん程の強さはないけれど、これなら――!
「おっと」
なんて軽い言葉と共に、剣で軌道をそらされる。
模擬剣に魔力は乗っていないけれど、その剣技はシンプルに最適。
「なら――“浸せ”!」
――秋原の『冬の狙撃手』山名先輩の狙撃みたいに突き穿つ!
「だろうね」
まだ数分も経っていないのに、逸見さんはわたしの剣を斬り返してくる。
その技量には本当に感動する――これが、純粋に積み上げてきた経験の違い。
彼女の武器は『異能』だけではなく、純粋な剣技の極みにこそあるのだと、一撃一撃が教えてくれる。
「さあ、まだまだ……!」
「……っ! “阻め”!」
模擬剣は刃は潰されている。
だから咄嗟に模擬剣の握り方を代えて、秋原元部長、『海神の槍』水野先輩の槍の構えみたいにして、無理矢理はじき飛ばす……!
「おっと――剣がなくなったな」
――逸見さんの剣を弾き飛ばした。
あの『白夜の聖剣』と呼ばれていた彼女から剣が離れた。
ならば……ここだ!
「はあ――!」
「――じゃあ、君のを貰おう」
――え? なんて思っている間に、いつの間にか彼女はわたしの懐まで。
おまけに――わたしの剣の柄を握っている……!?
「や、ばっ……!」
力ではちょっと敵わない。なので慌てて剣から手を離す。
すると彼女はそのまま剣を振り降ろしてきた。
「よっ」
「うう……! ま、“交れ”!」
逃げ場所探しながら『秋原のジョーカー』望月さんの十八番だけど、わたしはそんなにうまくないから単純に、彼女の身体を壁みたいにつかって、ぐるんって回り込む。
だけど、当然素手じゃ無理……! だから今度は、さっき弾いた逸見さんの剣を取りに向かう。
それで、どうにか正眼に構え直す。
「おお、はやいはやい……ふぅ」
などとふざけたことをぬかしながら、逸見さんはこちらに剣を向ける。
なんかちょっと余裕っぽくて癪に障る……。
いや、待った……だから落ち着けって言ったはずだと自分に言い聞かせる。
彼女が剣士として圧倒的に格上なのに、この状況で斬り込んでこないのは本当に余裕がないからだろう。
その余裕のない逸見さんでも、今のわたしよりも少し上。
――それどころか。
「ちょっと武光の真似をしようか」
「…………!?」
彼女は剣を下段に構えた。いきなり姿が消えた――そして不可視の斬撃!?
「こっの――!」
ほぼ力任せの剣で無理矢理にはじき返す。
「………ふむ、ではこういうのはどうだろう?」
そう言って、彼女は腰に剣を置く。――あの構えは居合?
「――では」
――ふっと消えたかと思えば、彼女は急に目の前に飛んできた……!
『居合縮地』を“察し”せて弾けたの、あの『忠犬』里見さんからの居合を見たからの経験則だ……!
「おっと――!」
そう言って姿勢を崩す、逸見さん。
よし、今だ……!
「“払え“!!」
――今出せるありったけの力を、それこそ、あの『狂狼』寄藤さんの『遠吠え』みたいに、全力で薙ぎ払う!
「だろうね」
わたしよりかなり背の高い体が、ふわりと浮かぶ。ていうかしれっと飛びのいて躱される。
嘘でしょこの人。ここまで来てまだ、どんだけ強いの……!?
「…………ははっ」
模擬剣を見つめながら、逸見さんが笑った。
「なんですか……!」
「いやあ、久々に剣を交えているなぁと思ってね……ここしばらく、指揮官をすることが多かったから」
「はっ」
……よし、今のはちょっとイラっときた!
っていうか、何なのこの不条理? もうこっちもギリギリなのに、まだ笑いながら剣を構え直す。
「さて――とはいえこちらも余裕がない。ここらで決めさせてもらうよ」
「――――!」
言葉と共に、逸見さんの構えが変わる。今度は上段に。
その瞬間に理解した。
『異能』なんてなくっても、この人は次こそ必殺を見舞ってくる……!
そして、ここは彼女の間合いだ。わたしの剣は届かない。けれど、彼女の『剣』なら十分届く。
たぶん。いや、絶対に。
逸見明音の『剣技』が、それを届かせると信じている。
その信頼に応えるかの如く、模擬剣の切っ先が揺らめいた。
ただ自然体に一歩前に出ただけなのに、あまりにも一挙一動の美しさは、まさに剣の達人――
「――私立白夜、三年生。逸見明音。いざ参る」
言葉と共に、前へとやってくる。
……訂正する。剣の達人なんてものじゃない。
あれは、『剣聖』だ。紛れもなく剣術の極致にして、白夜の煌めき。
「……私立秋原、一年生。佐守あお。行きます」
――それでも、ここで逃げるわけにはいかない。
『異能』抜きの剣術でも、彼女には敵わないけれど――
どうする。どうすればいい?
冷静になっても、頭を高速で回転させても、逸見さんに勝つ術が見当たらない。
魔力で無理矢理弾き返す?/無理だ、もう全然残ってない。
回避する? 逃げる?/どこへ? ここは彼女の間合いで、あとは振り下ろされるだけ。
なら、受け入れる? 負けを認める?
――それだけは、絶対に嫌。だから!
思考を回す。『ただ剣を振り降ろすだけ』というその一撃に、わたしは一歩も叶わない。
――
わたしは万能でもない。悦に浸るわけにはいかない。ちゃんとこの剣筋を把握して……!
「――はっ」
振り下ろされるは『
極みに辿り着いた技の極致。『ただ振り下ろす』というだけなのに、万象すらも断ち切りそうなその刃。
防ぐことも、弾くことも、避けることもできない一撃を前に――
――冷静になれ。闘志を戻したところで、御前は御前のままなのだ。
大蛇さんの声が聞こえた……ような気がした。
ただの幻聴。
ただの幻覚。
本当の意味でのイマジナリー。
……だけどその声はたしかに、わたしの胸に残っていて。
――うん。だから真正面から弾こうなどと思うな。
先ず、素直に受け入れるな。運命とは濁流だ。
防ぐも不可、逃げるも不可というならば――
刹那の幻聴。剣聖の切っ先が、わたしに触れる直前。
声よりも先に腕が、なんだか自然と動いて――
「――“薙げ”」
――カツン、と。
あまりにも美しいその一太刀に比べたら、それこそ枝のぶつかるような小さな音で。
「――ん」
「あ」
逸見さんの必殺の斬撃は、わたしの斜め下に振り下ろされていた。
「あ……と、とりゃあ~……!」
「は――んっ……!」
一瞬、お互いに何が起きたのかよく分かってなかった。
でも、わたしに身についたこれまでの経験が、逸見さんの剣を……全然へたっぴに『薙いだ』。
だから……そのあと思いっきり、とりあえずよく分からないままに斬った。
もうへとへとの逸見さんは、その一撃に、すっごく痛そうな顔を一瞬浮かべて――
「はあ……まあ、ここまでか……」
なんて、なんだかちょっと悔しそうな笑みを浮かべながらパタンと倒れる逸見さん。
そして変な、素人斬りの格好のままのわたし。
「――勝者!! 佐守ちゃん!」
そして数秒してから最後の脱落ブザーと試合終了のブザー、それと勝敗を告げてくれた、水野元部長。
「……でも、今の斬り方は良くないね。腕に余計な力が入り過ぎだ。肩の力を抜いて、腰で振ろう」
「よくまだ喋れますね……」
倒れっぱなしなのに、顔だけこっちを向いて、言ってくる逸見さん。
なんか、なんか……これがわたしの……今年の大会最後の勝利にして、今年の『国異』最後の一撃……になってしまったのだった。