わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで   作:遠野静

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第50話 おはよう、佐守あおの人生

 ――毎夜、毎晩夢を見ていた。

 いつも決まって同じ夢。

 わたしは暗い所にいて、蝋燭の灯が周りの人々の口元を照らしている。

 歯茎を出して笑いながら、みんながわたしを呪っていた。

 よく生まれてくれただとか、絶対そんなこと思ってないくせに。

 大事に育ってくれたなんて、思っていたのは大蛇さん。

 大切に、大切に、きっと、いつかあの日が来るように。

 嘆いていたし、暴れたし、足搔いてたし――そして、なによりも、人生をまだまだ愉しみたくって。

 

 ……そして、やがて蝋燭の灯が消えて。

 誇りの炎が、わたしを守って――

 

◇

 

 ……終わった。

 なんか色々終わった気がする。

 『国異』もそうだし、『運命』もそうだし……なによりも“約束”も。

 なんだか全部が中途半端に終わっちゃって……。

 なんだか、凄く、心の置き場がないかんじ。

 

 とりあえずわたしはまだ東京にいる。

 『国異』はなんだかドタバタしているけれど、わたしには難しくてよく分からない。

 寄藤さんは助かった……とか、秋原が優勝しただとか。

 『聖剣』を薙ぎ払う『神剣』だとか――

 

 ずっと『それ』を夢見ていたはず、なのに、なぜか実感が湧かなくて……。 

 

「……嘘つき」

 

 言葉に出したって、それに答える声はもう聞こえない。

 なんだよあの蛇。本当に。

 

「嘘つきじゃん……」

 

 はあってため息をはく。それは嬉しいからなのか、悲しいからなのか。

 分からないけど、凄く寂しい。

 

 そうしていたら、とんとんってノックの音がして、寝間着のままで扉を開けた。

 やってきたのは戸枝さんと、望月さん。

 戸枝さんはいつもみたいに凜としている……ように見えるけど、少し申し訳なさそうだった。

 なんか、わたしの誇りの炎が影っている。

 

「なんで影ってるんですか」

 

 まあ、大体分かるんだけどさ。多分昨夜のちりっがあれなんだろうけど。

 だから――

 

「ありがとうございます」

 

 って、素直に言った。わたしのヒーローは、本当にわたしのヒーローだった。

 

「貴方はそれでいいんですか?」

 

「だって、あれがなきゃわたし死んでたよ?」

 

 難しい話はわたしにはよくわかんない。けど、わたしは助かったって感謝している。それでいい。

 

「それはそう、なのですが……」

 

 と、わたしの主役の光はまだなんだか後悔してるっぽい。

 ぽいけど……。

 

「あの、戸枝さん」

 

「……はい」

 

「それも一面ですよ」

 

「――――」

 

 いつか言われた言葉を、返す。

 

「なので……なんだかすっごく戸枝さんだなって思いますし、むしろ」

 

 そもそもわたしのイジメを止めるために教室中焼き尽くすとか呪ってた人だし。

 

「なので、いいんじゃないですか」

 

 あんまり難しい言葉は使えないけれど。

 そう思った。そうすると、戸枝さんはへっと笑って。

 

「……そうね。後悔もする。確かにそう言いました」

 

 なんてことを言っていた……。

 わたしを助けたせいで後悔されるとちょっと困る……。

 などと思っていたらのらりくらりした影が入り込んできた。

 

「とりあえずさ~。なんか深刻な話はよさん? うちの部長……じゃなくてクズが呼んでるんだわ」

 

 などと、へらへらいうのは望月さん。

 そうか……あの人もう部長じゃなくなったからただのクズになったのか……。

 

 まあ恩人だからいいけど……。

 いやまっとうに考えればクズなんだけど、ていうか悪党なんだけど。

 わたしも大体その辺分かって乗ってたし、あの悪党だからここまでこれたのだ。

 大変に感謝もしている。

 

「はあ……。そうですわね。まああの先輩には、私も一応ちゃんと謝罪する必要もあるので」

 

 と、戸枝さんはなにか言っている。が、なにゆえに……。

 

「はぁ……。それも一旦、行ってからにしましょうか」

 

 とはいえ、そこにはやはり譲れない矜持があるのか。

 首を振って前へ出た。わたしと望月さんもその後ろに歩いて行った。

 

◇

 

「金を貸してくれ」

 

 ――『三年五指』、『海神の槍』、『白夜の聖剣と同等以上』と言われたかのクズの第一声は、それであった。

 それどころか土下座までしていた。

 あのふざけた天災が、下級生に土下座までしている。

 

「先輩、マジで……ちょっとこれは見せられないですが……」

 

 山名先輩が頭を抱えていた。

 

「いや、これはあたしなりのケジメだ……だから佐守ちゃんは出さなくていい……」

 

 「そもそも佐守ちゃんの稽古つけたせいで膨れ上がったし」とか言ってるけど、それならなおさらわたしの責任なのでは……?

 そう思って財布を取り出したんだけど、悲しいくらいにお金がない……。

 

「いや、違う。これはあたしのケジメ。責任だとかなんだとかじゃなくて、“ケジメ”。それ以上でもそれ以下でもない。前も言ったけど佐守ちゃんは小難しいこと考えんな。思考を『斬れ』。そもそも頭悪いんだから」

 

 ついに直球で言われてしまった……。

 しかも別に冗談とかじゃなくて真面目に……。

 たしかに赤点回避ぎりぎりではありますが、赤点を取ったことは二、三回しかないですよ……。

 

「でもさぁ! あたしのお金もマジでないの! なんなら東京旅行用に貯めた金しかないの!」

 

「では、それを出してくださいよ……」

 

 と、誇りの炎戸枝さんはやっぱり余計を許さない。

 

「いやだ。せめて決勝のフレンドリーファイヤー分は戸枝ちゃんから出してもらう」

 

「…………え~……あ~……」

 

「それで言うなら、そもそも戸枝さん死にかけさせてた水野元部長がどうなんすかねえ」

 

 「交換利益でも対して変わらんし、なんなら、あの場で出がらしだった元部長より戸枝さんが生き残った方が普通に得だったでしょ」とかなんか言う望月さん。

 え、なに? 戸枝さんを殺しかけてたのこのクズ。

 

「水野元部長」

 

「なんだい、佐守ちゃん……」

 

「『斬って』もいいですか」

 

「いいよ……でもせめて逸見に四万返してから斬って……」

 

 はあ、とため息を吐く水野部長。では遠慮なく――と思ったら。

 

「――だが! その前に、君には言っとくことある! 佐守ちゃん!」

 

「はい」

 

「詳しい事情は後で戸枝ちゃんと望月から聞いたが、君の生死がガチでかかってんなら先に言いなさい!」

 

 などと、とてもまっとうな説教をされた……。

 でも、わたしの『異能』が完成しなければ、逸見さんは倒せなかったのでは……?

 

「そうだよ。そのために追い込んだよ! 追い込んだけどねえ、それで死ねとは言ってねえのこっちは!」

 

 「大体、末期がん患者の高校選手が試合に出たいっていっても全力で止めるでしょうが普通!」と、至極真っ当な感性で言われてしまった……。

 でも、大蛇さんが「あの海神には注意しろ」って……。

 

「か~……! 親が子どもの友人関係にまでケチつけんなってぇ~の!」

 

 ぺっと吐き捨てる水野クズ……。

 やはり『斬る』かと思ったが普通に避けられる……。ちっ。

 

「あとさぁ……あたしがあっちの部員の内心とか知るわけねぇだろうがよぉ……。まてよ、これで逸見に責任ぶん投げられないか?」

 

 「あいつ責任感強いから。そもそもあたしが知るわけねえだろって事実を出せば丸め込めるのでは」とさっそく何やらブツブツ言っている悪党。やはりこの首を取って逸見さんに持っていくべきではないだろうか?

 

 

「いや、首はいらない。首だけでも噛みついてきそうで怖い。だが、金は返せ」

 

 

 なんてことを自然体に言いながら、またもやふらっと、唐突にラスボスがエンカウントしてきた……。

 

「ん。久しぶり、ってほどでもないか……昨日ぶり、秋原のみなさん」

 

 逸見さんだ……凄い、元気そう……。

 ……に見えるけど、やっぱりちょっと疲れていそう。

 いや、「ちょっと疲れてる」に抑えられるのが化物なんだけど。

 

 さすがにもう狼狽えたりはしないんだけど、やっぱり少し緊張する。

 緊張するけど、一応は……というか、今ここにいて大丈夫なのだろうか?

 

 だって、あの……寄藤さんが――

 

「ああ、うん。そのことで……佐守さん」

 

「え、あ、はい!」

 

「そんなに怯えなくてもいいよ。前も言ったけど、君を責める気はない。……まあ、今の水野の言を聞く限り、そうだな……あれは色々『間が悪かった事故』、としかいえないしね」

 

 「あくまで水野を信じるならだが」と、そこだけの警戒は緩めない逸見さん。

 水野クズは「信じろよ、友だちだろ」とか言ってるけどもう聞いてない……。

 

「ともかく、佐守さんに用があるんだ。……その、寄藤のことで」

 

「え――?」

 

◇

 

 逸見さんに連れてかれたのは、近くの病院。

 そこでは逸見さんと、寄藤さんと……あとわたしっていう……。

 なんか、なんかどうしよう戸枝さん来てくれえないいやせめて秋原側なら誰でもみたいな構図だった……。

 

 寄藤さんはまあ……病院のベッドの上で。

 片目に眼帯とかしていて……なんだかちょっと動きづらそう。

 どうしよう、わたしは何を言うべきなのか……。

 

 逸見さんから「絶対にあの牙のことだけは、肯定するな」と言われてしまったし……。

 まあ、届いてはいたけどわたしの勝ちではあったし、別にいいけど……。

 

「こほん」

 

 と、まず逸見さんが咳ばらいをして――それから立ち上がった。

 えって思っていると、なんか口元に手を当ててんっと呟いて。

 

「私は、一旦退出させてもらうよ。君達だけで――というか、寄藤から話したい事があるらしいから」

 

「え、え……」

 

 などと言っている間に、『縮地』で消え去る逸見さん。

 あれは、日常生活で使っていい歩法なのでしょうか……。

 

 いや、ともあれどうしよう。寄藤さんとサシだ。

 喧嘩が出来るなら楽だけど、相手は病人。無理。

 難しい……。とか思っていると、なんか寄藤さんは傍のメモ帳に文字を書き出した。

 

『今、喋るのも難しい』

 

「え」

 

 また、書き始める。

 

『遠吠えで、叫びきったから』

 

 ああ、あの凄い牙……。そういえばあの『異能』……『異能』なのか? は――

 

『一発限定。もう無理』

 

『ダインスレイヴも抜けなくなった』

 

 なんて、とんでもないことを書き出した。

 

『魂の形がゆがんだからだとさ。困ったことで』

 

 なんて書いてから、へっと笑う寄藤さんに、わたしはなんて言えばいいのか分からなかった。

 分からなかったから、彼女が書いているものを読むしかない。

 

『あのあとすぐに先輩が来た』

 

『凄く怒られた』

 

『凄く泣かれた』

 

『凄く感謝もされた』

 

『でも二度とやるなって言われた』

 

『それで、凄く泣かれた』

 

 複雑そうな表情で、文字を書いていく寄藤さん。

 決して憧憬が消えたわけではないのだろう。

 ないのだろうけれど……。

 

『わたしは』

 

 ――そこまで書いてから、急に紙をぐしゃぐしゃに破りすてる寄藤さん。

 

『それでも、来年はあんたを殺す』

 

 そう書き直した。そういえば今年は結局決着がつけれなかったなと、思い――

 

「……はい。わたしも、来年はちゃんと『斬り』ます」

 

 そういってちょっとおかしくなりつつ頷くと、ちっと舌打ちをして寄藤さんは他所を向いた。

 そうしたら、丁度良いタイミングで逸見さんが戻ってきた。

 

「やあ、もういいかな?」

 

「はい」

 

 寄藤さんも、こくりと頷く。

 

「じゃあ、私は佐守さんを病院外まで案内してくるよ……寄藤、安静にな」

 

 そう言って、二人で寄藤さんの部屋を出た。

 

◇

 

 ――病室に残された寄藤環。

 佐守あおにああは言ったが、『ダインスレイヴ』もつかえず、『ガラティン』の『加護』もないとなると、もはやまともに『クサナギ』相手に戦えるはずもない。

 

 ……自分には何もない。

 もう自分にはひとつもない。

 

 この手に残るのは一個だけ。

 無理矢理病室に持ち込んだ模擬剣だけ。

 

 ――思えば、いつからだったろう。

 『白夜の聖剣』に憧れたのは、たしか中学三年の夏。

 まさにあの『伝説の決勝戦』に自分は夢を見て、いつかそこに辿り着きたくて……。

 

 けれども、もう『加護』はない。『血濡れの刃』も既にない。

 寄藤環だったものは、ほとんどが死に絶えた。

 

 ――だから。

 

「――『彼方の果て。憧憬の煌めき。夢を抱えて飛び立とう』」

 

 握る模擬剣に力を籠める。真っ白なスケッチブックのような光が、淡く剣先を照らす。

 

「『再誕の門よ開け。今ここに新たな王(わたし)が選ばれる』」

 

 謳い上げるのはただそれだけ。

 憧憬も、夢も抱いて、死の淵を飛び越えた彼女だからこそ――

 

「――『抜剣。エクスカリバー』」

 

 ――その剣は、彼女を選んだ。

 

◇

 

「秋原組~! クズ以外全員いるか~?」

 

 東京駅の前で、山名部長が点呼の合図を取る。

 ちなみにクズはしばらく……というか一か月分、白夜で全員分の稽古を付けて上げることで逸見さんと合意したらしい……。

 

 クズは受験勉強がどうこう言って必死で逃げようとしていたが、「二週間教えて二万なんだから、一か月だろ」とか逸見さんが言って捕まった。

 

 技量では水野クズが上らしいんだけど、普通にわたしより小柄なクズと比較的長身な逸見さんでは、肩に担がれては逃げようもなく……。

 なんか、そのまま、

 

「いいかい佐守ちゃん……これは先輩としての最後の助言かもしれんけど」

 

「はあ……」

 

「秋原女学園は急に変わるかもしれない。優勝者である君にすり寄ってきたりとか、手のひらを返したりする奴もでるかもしれない。でも君は君だ。君は最初から、ずっと君のままだ」

 

 だから、と言葉を切って。

 

「たとえそれが好意でも、君が嫌いなものまで受け取る必要はない。嫌いなものは嫌いでいいんだぜ」

 

「悪党らしい台詞ですね」

 

「そうだよ。あたしは悪党で――君の先輩だ。だから、可愛い後輩への助言はこんなもんだ」

 

「……水野先輩、もう帰ってこないんですか?」

 

「んや、一か月すりゃ戻ってくるけど……あ~、ん~……」

 

 むむむっと悩む水野先輩。

 

「ここで君を羽ばたかせれば、あたしも最後は良い先輩で終われるんだろうけど――でもあたしゃ天邪鬼なんでね~? 迷惑なOBとして、何度でも顔を出しにきてやんよ」

 

 そんなことを笑いながら言って、去っていった。

 

◇

 

 ――夏の間にどこかに赴いた。

 こんなの、人生で初めてだった。

 

 わたしの人生は……あの村と、そして私立秋原女学園の学舎と、学園。

 それから広島の北のほうの市内をちょっと散策するぐらいで完結していたはずなのに。

 

 それが、ましてや遠征。まして体育会系――ましてや……。

 『全国高校生異能大会』――略して『国異』の優勝旗まで持ち帰るなんて。

 

 車窓の景色は都会から田舎へ。徐々に緑が増えていく。

 見慣れない景色から見知った場所へ。

 

 もうとっくに東京は遠ざかった。

 『運命』も『伝説』も……あと“約束”も、全部あそこで断ち斬れた。

 

 ――だから、わたしが帰るべき場所は。

 

「佐守、置いてくぞ」

 

「あおちゃ~ん、ぼーっとしない」

 

「――さ、佐守さん」

 

 ――絶対、このみんなの中だ。

 

 …………と、思う。

 




完結
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