わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
余談:『冬の狙撃手』対『白夜の綺羅星』
『国異』、準々決勝前。一日だけの休憩日。
日中は夢の国でそこそこに愉しむ……つもりだったのに『鶴久の絶剣』だの過去の因果だのに囚われていまいち愉しめなかった秋原の『冬の狙撃手』、山名有為二年生。
彼女の『異能』は『モシン・ナガン』などという伝承とは程遠い狙撃銃。
それから『ハントレス』などという、『狩人』という曖昧な概念。
――もう一つ、三回戦で撃った『本気の異能』もあるのだが、基本的には裏方である。
少なくとも『絶剣』だのなんだのと、真正面から打ち合う『異能』でも性格でもない。
なにより『勝つ手段』をある程度整えないと、まともにやりあえない平凡さ。
故に現状は斥候・狙撃・隠密・代理指揮などの裏方をほぼ全部纏めているのだが――
「じゃ、やるか」
「なんでだ?」
夜の試合場に『白夜の綺羅星』に呼び出されたかと思えば、答えはとても端的だった。
「だってお前、ずっと遠距離ばっかりだろ」
「そらそうだよ。私は裏方なんだから」
山名が堕ちると秋原はとても困る。何しろ裏方の戦術負担をほぼ一人で担っている。
二回戦においては堕ちてもなお残る駒を盤面に配置する位。
なので――
「お前とこの距離で尋常に、とかやりあったら私は負けるぞ」
と、至極真っ当なことを答える山名に、しかし『白夜の綺羅星』は軽快に笑う。
「はは! でもお前が前に出る局面もあるかもだろ!」
「ない。私が正面からやりあう時は秋原が負ける時だ」
とても真面目に、完璧な自己分析――そして学園分析をしている山名。
だが、お相手の言いたいこともまあ分かる。
「確かに最近、鉈の方は振り回しちゃおらんかったな」
などと答えながらも、せめて明日の準々決勝に支障が出ない程度に抑えるつもりで。
「――『その肉も、その血も、すべて天からの恵みとして、私はすべてを頂こう』」
獲物に敬意を払う詠唱。模擬剣の形が変わる。
「『願わくばこの殺生が意味あるものに。思いは野辺の露となるべし』」
刃の潰された無骨な剣から、さらに武骨な、まるでマタギの使う大鉈のように。
「――『解体。ハントレス』」
山名の握る模擬剣が、狩人の刃を全部無理矢理、一個の武器に纏めてしまったような、歪な『鉈』に変化する。
ついでに諸々の『狩人道具』も召喚出来るのだが、この距離からはじめては仕掛けようもない。
「でもお前は本気出すな。私が即死する」
「はいはい。じゃ――『抜剣。ジュワユース』!」
詠唱破棄して星剣を呼び出す諸星。『シャルルマーニュ十二勇士』の力を適宜入れ替えるという反則染みた能力自体は変わらないが、無論総じて出力は落ちる。
――落ちるが、何しろ無敗の『白夜』の二年生。それも次期部長だ。
それだけでも、そこらの中堅校の同学年の全力程度は抑えきれる。
「あ~あ……じゃあ、いざ勝負っすか」
「『ローラン』!」
即効で不屈の刃に変えて飛んでくる諸星を山名は軽く鉈で凌ぐ。
中堅秋原の二年生、それも裏方は当たり前に白夜の次期部長をアドリブで防ぎきる。
当然直撃すれば鉈の方が圧し折れるが、それを躱しながら山名は言う。
「なあ、今のはちょっと『格好悪い』ぞ」
「ん、どういうことだ!」
「だって、ほぼ『不意打ち』だ。お前の王道には合わん」
「…………たしかに」
などと、真面目に受け止める諸星。
それで動きが止まっている間に足元に仕掛けを施す。
「む」
「斬れるだろうな。だから斬る」
足と意識を諸星が奪われている間に、鉈で斬りかかる山名。
それをジュワユースで受け止めつつ、諸星も答える。
「どうしたもんか! これじゃ戦えん!」
足を奪われている。
その上で、鉈で襲われている。
それ故に諸星は、ジュワユースを山名に割くしかない。
「ふむ。ならば足はいらんか!」
故、即座に『移動』という概念を捨てて、山名相手を優先する。
あまりの対応力の速さに、さすがの山名でも――
「だろうよ――『必当。モシン・ナガン』」
だから即座に山名は距離を取り、詠唱破棄で狙撃銃を呼ぶ。
――とはいえ詠唱破棄だ。山名の魔力は平凡であり、平均。
それ故に『スコープ』しか呼べない。
だが、『銃を召喚したのでは?』という意識が、どうしても諸星には生まれる。
――その隙に。
「おらよ」
雑に、スコープをぶん投げる。山名に投擲技術はない。故に力づく。
「はは! その程度なら弾けるぞ!」
しかし相手は諸星である。対応力、即応力においては二年最高峰。
当然のようにジュワユースで弾く――だから。
「はいよ」
――続く鉈の一撃。
『距離を取った』と思わせた山名が再び踏み込んで来ての攻撃には、対応できない。
「いてっ」
斬り捨てる――とはいえ、脱落するほどの一撃にはならない。
少し軽傷を負わせた程度。
「まあ、こんなもんだろ。これ以上やると明日に響く」
ぽいっと鉈を投げすてて、山名は『異能』を閉じた。
しかし、諸星はちょっとだけ不満気だった。
「なんだよ。私のジュワユースの力が全然発揮できなかったぞ」
十二勇士の力を適宜切り替えるという『異能』。
そのほとんど――というよりも、まるで使えなかった。
「ああ。だって、それされると私が死ぬ」
だから、封じさせてもらった。なにせ山名は『狩人』である。
そもそも、獲物に自由にさせるという発想がない。
即死させられるならそれが一番楽だ。
「まあ、どうせ秋原の二年はこの程度ってこと」
「お前は何を言ってる?」
などと、諸星は問いかけるが、山名は気づかない。
強豪、無敗の『白夜』の次期部長を、『ほぼ完全に封殺した』という事実。
それが狩人としては当たり前なので、これと言って気にしない。
「まあいいか、とりあえず準々決勝が優先だな!」
「そうだよ。うちは明日超えないと、またベスト八止まりだ。お前ら白夜と違う」
なので、これ以上の体力消費はイヤだと、山名は言う。
仕方があるまいと、諸星も答える。
これ以上しては、秋原の屋台骨を無暗に消耗させたことになる。
それは大変『格好悪い』。
「分かった。じゃあここまでだな」
「そう言ってくれるのが有難い」
は~あ、と息を吐きながら、山名は模擬剣を拾い上げた。
何だかんだで、諸星を封殺するのは思った以上に集中力を使った。
というか、一手間違えたら負けている。
「はあ。明日負けたらどうする、コレ」
「なんだ、緊張してんのか? 駄目だぞう! お前が過度に張り詰めたら!」
「お前のせいなんだよ」と答えつつも、山名はさっさと秋原の宿に帰るのだった。
■
余談:『洛陽の妖刀』対『鶴久の絶剣』
「――よし、やろう!」
……などと、件の『鶴久の絶剣』――現二年生最高とされる剣鬼・武光奏から決闘に誘われたのは、まだ『国異』一週間前のこと。
「やだよ……」
ガチめに断る村田知子二年生。洛陽の『妖刀』使い。
「なんでさぁ~。お前だって、大会前に軽く慣らしときたいでしょ」
「そらまあそうだけど」
何分、村田の『異能』は『相手との魔力量差分を埋める』などという訳の分からない能力。無論刀の切れ味は鋭いが、つまるところ技術は自前である。
よって、多少は身体をならしておきたい気持ちはある。
――あるのだが。
「それならうちの渡辺とやる……なんでお前とやるんだ」
『髭切』、渡辺舞。二年生が、剣の使い手としては既にいる。
だというのに何故現二年生最強と、大会一週間前にやり合わねばならないのか。
始めたら練習試合ではなく真剣勝負になるだけだというのに。
「そもそも、お前北海道だろ。なんで京都にいる」
「やりにきた」
マジかよこいつ。と本気で思う村田。
「ついでに山名も呼んだけど来なかった。でも諸星は後で来る」
「いやだ、マジでいやだ。早く帰らせてくれ」
『妖刀』使いの村田に、あの『綺羅星』はちょっと眩しすぎる。
『異能』がどうこうではなく、純粋に性格的に嫌すぎる。
「――はあ、分かった。じゃあアレだ。一戦だけやったら帰るから」
少なくともこの馬鹿と斬り合わねば、この面倒事からは逃れられない。
なので――
「――『抜刀。ムラマサ』」
最速で刀を抜く。
「――『抜剣。デュランダル』」
一方の武光の方も、詠唱破棄。
『不屈の剣』の精度は堕ちるが、それは大した問題ではない。
だって、この女の一番の強みは――
「ほいじゃあ、今はただの武光奏。いざ参る――」
「はいはいっ!」
消えた武光の姿を捜すなんてことはせず、ただ純粋に刀を『大体この辺』に置く。
とはいえ、それだけでは不屈の剣には強度で劣る、故に純粋に――
「は、ふ、よっと」
薙ぐ。一撃、二撃、三撃、四撃と、見えない斬撃を感覚と経験則のみでいなし続ける。
『終の熱剣』――後の『秋原の熱剣』戸枝小春が全身ガードでしか防げなかったソレを、当て勘で大体弾く。
だというのに、武光奏。
「ちょっと、そっちからも打ち込んでこいよ! 私ばっかりじゃんか!」
「無茶言うな、んな隙がねえ!」
こちらから動こうものなら、それこそ隙間を『絶剣』の刃は潜り抜けてくる。
故に『見えない斬撃を感覚だけで逸らし続ける、それが出来るのが村田』。
「とはいえ、このままだと諸星が来るか~! あ~もう、面倒くせぇな!」
このまましのぎ続ければ、少なくとも今の感覚であれば十分凌ぎきれる。
多分この馬鹿が飽きるまでは付き合えるだろうが、それでは諸星がきてしまう。
「くそ。お前には見せたくないんだが……!」
だって大会一週間前だ。鶴久と当たるかは分からないが、敵対高に技を見せるなんてしたくない。
――しかし、このままだとさらに見学者が増えてしまう。
「しかたねえんで、ちょっとやらせてもらうぞ!」
「おっ、なんだよ」
都合何度目かの“見えない剣”を振り払いつつ、武光の様子を伺う。
とんと、動きが止まる、呼吸が止まる、意識が、選択が、『一つの動作と、次の動作の隙間の間隙が生まれる』。
「――――よっ」
そこに、村田は一気に詰め寄った。
人間が人間である以上、どうしても生まれてしまう『隙間』に。
「うわ」
っと、珍しく武光からガチで焦った声がした――と思えばバキンという鈍い音。
『ムラマサ』の刃が、『デュランダル』と正面衝突したのである。
防がれた――しかし、そこに『鶴久の絶剣』らしい極めた美しさはない。
ただの条件反射である――が。
「…………はぁ。はいおしまい。私の負け」
ぽいっと折れた刀を投げ捨てて悔しさはうちに噛みしめつつ手を挙げる。
今のを防がれたらもうお手上げである。
――というか、どういう反射神経してんだこの化物とガチに思う。
「あっぶね~……なに今の、必殺技?」
「そんな大層なもんでもない。まあ見えたからやったってだけ」
奥義でも、魔剣でも、なんでもない。ただの殺人剣だ。
しかし、それでも尚『鶴久の絶剣』には届かなかった。やはり対人間では化生は斬れぬ。
ならば、もう少し改良の余地があるかな。そう思いながらも、村田は折れた刀――もう模擬剣に戻ったそれをしまう。
「んじゃ私は帰るから。帰るからな! 諸星が来ても絶対呼びに来るなよ! マジで!」
「え~! なんでだよ! 諸星もお前がいるから京都まで来るんだぞ!」
「正気じゃねえよ」
白夜は東京、北海道よりは現実的だが……。
などと思っていると、「うっす」と明るく軽やかな声。
「なに、もう始めてんの?」
「うわぁ……」
来てしまった。諸星阿左美、二年生。
『鶴久の絶剣』程ではないが、『白夜の次期部長』――『白夜の綺羅星』が。
そうしていると件の絶剣が何やらモノ申したそうにしている。
「うん。でもさぁ! こいつ一瞬しか本気出してくんないの! だから私だけ動きっぱなし」
そらあ一挙一動縮地なんてしていたらそうだろうよ、と村田は思っても言わない。
「あ~。じゃあなんだ。私は村田とやればいいか?」
「勘弁してや」
本当に、心の底から、これ以上私の睡眠時間を奪わないでくれと願う村田なのだった。
■
余談:『鶴久の絶剣』対『白夜の綺羅星』
そんなこんなで『洛陽の妖刀』こと村田は帰ってしまった。
よってここに残るは呼んだ武光と呼ばれた諸星。
「んー、どうする。ていうか私は来た意味がなくなるんだが。それは大変格好悪い」
と、当たり前の所感を述べる諸星に、仕方がないと元凶はのべる。
「じゃ、私とやろうや。こっちもちょい本気でやる」
などと言いながら、彼女は再び『デュランダル』を構えた。
そして、今度こそ本気の詠唱を唄う。
「――『いざ刮目せよ。輝く剣先。我が鋭さに届くものなし』」
試合前の肩慣らしとはなんだったのか。完全な全力である。
どの道、この二人は来年には強豪鶴久と白夜の部長同士。なにがどの道なのかは分からんが。
「『オニキスですら砕けず、黒石すら毀れず。この刃は生涯我が手に――』」
既に抜かれていたはずの剣が輝きを増す。
永劫不変、不屈の剣がここに生まれる。
「――『抜剣。デュランダル』」
不屈の絶剣。『決して折れない剣』という、ただそれだけの『異能』である。
だからこそ――
「あんた相手だと、丁度色々やれるし」
「人を練習台にすんなよ~」
などとケラケラと軽く笑いながらも、諸星阿左美も模擬剣を構える。
彼女もまた剣士である。だが、その『異能』は少々異なる。
とんっと短く背後に飛びのきながら、その軽い調子で鼻歌のように唄う。
「――『強がりでも青臭くても、格好付けて陽気にいこう』」
洒脱な軽妙で対照的で――だがその聖剣はたしかに、どこまでも永久の幻想。
「『歩けないなら連れていくよ。さあ伝説なんて蹴っ飛ばせ!』」
それが彼女の唄う矜持――『白夜の綺羅星』の名が示す通りに、どこまでも眩しく。
そして、どこまでも軽快に。
「――『抜剣。ジュワユース』!」
十二勇士の王の剣が、ここに抜かれる。『鶴久の絶剣』に勝るとも劣らない美しさ――三十の色を纏う星剣が現れる。
その輝きを、さらに諸星は固定する。
「――よし。ならば『ローラン』! こっちも本領だ!」
『鶴久の絶剣』――『デュランダル』と同じ色へと変更しつつ、『白夜の聖剣』から習った剣捌きで早速踏み込む。
「――『白夜の綺羅星』! いざ参るってな!」
「やっぱそれちょっとダサいって!」
などと答えながら『ジュワユース』を『デュランダル』で受け止める。
というか普通に武光がはじき返す。互いに同じく『不屈の剣』ならば素の力量が飛んでくる。
「おっとと」
さらには縮地で飛んでくる。
――否、消える『鶴久の絶剣』に、諸星は「大体この辺」で弾きつつ持ち手を変える。
「やっぱお前相手はきついな! なら『アストルフォ』! 跳ぶぞ!」
ジュワユースの色が今度は紅白に変わる。
それと同時に諸星は格好付けながら跳び上がった。
「やっぱり面倒くさいなあんた!」
「はは、愚痴られても困る! お前相手に近距離戦なんて挑むか!」
『鶴久の絶剣』相手に、『縮地』使いの『不屈の剣』に、正面突破など難しい。
――というより、現状では誰も不可能だ。
しかしそうして逃げ回るのは『格好悪い』。
諸星の美学に反するので、空中でくるんと一回転して『ジュワユース』を叩きつける。
「おろ」
『鶴久の絶剣』の足が奪われる。『アストルフォ』の『落馬の槍』の力が今は『ジュワユース』に乗っている。
足さばきさえ何とか押さえれば、この馬鹿の力量の大半は奪われる。
「さすが諸星、お見事……!」
けれど、それでも『鶴久の絶剣』。
現二年生の至高は、『その程度』で折れるほど柔くない。
いや、正しくは転倒しつつも、転がりながら続く諸星の剣を避ける。
「お前こそ、これで避けるのは人間としてどうかと思うぞ!」
などと言いながら、尚も『アストルフォ』で斬りかかってくる諸星に、武光は一気に距離を取る。
「う~む。やはり、絡め手はちと困る」
なにしろこちらは『折れない剣』と『ちょっと常人外れの縮地』が使えるだけの高校二年生だ。
遠距離攻撃などは持たないし、それが彼女の弱点だ。
そして、それ故に諸星は剣を変える。
「なら、『ブラダマンテ』! お前だ!」
しれっと『ジュワユース』の色を変える。文字通りの白光の輝きは、『見た相手を気絶させる』などという最悪の『異能』だ。
「じゃあ『見ない』」
しかし『鶴久の絶剣』は、ならば『見ない』を選択する。『瞳を閉じたまま斬りかかる』。
さすがに『縮地』で挑むには、瞳を閉じたままは難しい。
けれども『殺意を察して大体斬りかかる』などということは軽くできる。
「う~わ。やっぱりお前、人間じゃねえよ」
うちの部長も大概だが、この化生も大概だと思いながら『ジュワユース』で剣を凌ぐ。
さすがに『デュランダル』と打ち合えば、現状では少し柔い。というか普通に圧し折れる。
なのでどうにか剣を逸らす。
「人を化生扱いするのはどうなんだ!」
などと叫びながらも『デュランダル』はしかし的確に諸星を襲う。
見ていないにも関わらずだ。故に防戦一方になってしまう。だがそれは諸星的には『格好悪い』。
「ん~……参るなぁ! なら『オリヴィエ』! ちょっと友人を抑えてくれ!」
またも『ジュワユース』の色が変わる。『不屈の剣』とは対照的な色合いにした剣で打ち返すと、『デュランダル』の輝きがちょっと失せる。しかし代わりに『ジュワユース』に罅が入った。
「とはいえ、ここだ!」
そのまま斬りかかる諸星に、しかして相手は『鶴久の絶剣』――現二年生の至高である。
「おっ、なら『斬るか』」
切り替わったのを意識して即座に瞳を開き、諸星の『ジュワユース』の罅を正確に『斬り捨て』た。
激しい音はない。だって『ただ斬っただけ』だ。
「げっ」
などと、珍しい声を出しながら途中で圧し折れた『ジュワユース』を握りながら後方へ跳ぶ諸星だが、もはやそこは『鶴久の絶剣』の間合いである。
縮地にて一瞬で距離を詰め、その煌めく切っ先を向ける。
諸星も折れた刃で一旦小手を叩きつけようとする――が、武光は片手でそれを握り抑えて、止めた。
「はい、私の勝ち」
「はい……は~、やっぱ負けか~! ――うむ、見事なり『鶴久の絶剣』!」
ぽいっと折れた『ジュワユース』を投げる諸星。
もはや完全なる詰みであり、ここから余計に足搔く方が『格好悪い』のだ。
そうして武光も剣を降ろす。大会ならばこのまま斬り捨てるが、今はまあ練習だし相手も降参しているので深追いはしない。
「う~ん、やはり来年までには『剣』の名を白夜に返したいが」
「なに、どうすんの。『白夜の星剣』とかになんの?」
「むむ」
そこはちょっと考えていなかったと、『白夜の綺羅星』は考える。
「う~ん……『白夜の綺羅剣』とか?」
「なんか語呂悪くない~?」
「それもそうだ。困った」
そもそも来年『鶴久の絶剣』から『剣』を奪えると決まった訳ではない。
が、来年は絶対にこの首を取ると決めているので、それまでには決めておこう、などと諸星は考えていたが――
「…………あのよ~」
……などと、帰ったはずの村田が戻ってくる。
「え、なに?」
「やるの?」
二人の剣士からマジで聞かれて「ちげぇよ」と答えつつ、試合場の鍵を取り出す。
「――そもそも、お前ら同士ならうちでやるな」
あと、ツッコミが不在過ぎて洒落になっていない。
このまま、洛陽の試合場で続けられると、本当に困るのである。
「……って、うちの部長が言ってるから」
本当は帰ってくる気はなかったが、部長命令には逆らえない。
さっさと帰れと促す村田に、諸星と武光は顔を見合わせてから――
「でもせっかく京都に来たんだし」
「観光案内してくれよ」
「やだ」
そう答えて、さっさと不法侵入者《バカ》二人を追い出す村田なのだった。
■
余談:『洛陽の妖刀』と『絶剣の忠犬』
準決勝後の夜中に練習場に呼び出しを喰らった、洛陽の村田知子二年生。
お相手は『鶴久の絶剣』武光奏当人である。
隣には見知らぬ一年生が一人いる。
色々と聞きたいことはあるが、まずは一言。
「なんでお前もなんだよ……」
本気でイヤそうにボヤく村田に、武光は苦笑しつつ隣の里見志野一年生を前に出す。
「いやほら、もうお互い今年の試合は無いじゃん。なのでこいつの相手してくれんかって」
「というよりも教えてやってくれ」と、現二年生の最高峰、武光は言う。
「他校の一年に教えることなんぞない」
「『白夜の聖剣』は教えてたっぽいよ」
「じゃあお前も、うちの一年を教えてくれない?」
「それができないから困ってんだわ……」
うーんと頭を抱えている武光。
これ以上寝不足になりたくない村田は端的に問う。
「面倒くさい。ハッキリいえ」
「あのさあ、私の『縮地』をコイツに覚えさせたいんだけど」
「無理だろ」
馬鹿だろ。と言いかけてやめた。
「お前の方がほら、頭とかいいし、うまく言語化出来るだろ~! ちゃんと鍛錬してるしさぁ!」
「いやだよぉ……」
マジで、どうして他校の生徒の指導役なんてせねばならないのか。
まして『鶴久の絶剣』の『縮地』なんて、村田には少し真似られる程度だ。
「わかった。一回で終わらせるぞ」
眠いからと言って、村田は試合用の模擬剣を構える。
「――『抜刀。ムラマサ』」
ムラマサに詠唱は無い。
対象に応じて、自動的に魔力を得られるのだから自力を上げる詠唱は不要なのだ。
そんなわけで刀を抜いた村田だが、里見と呼ばれた少女は武光から離れない。
なんだか、犬みたいだなとふと思う。
「ほら、お相手してくれるんだ。やりなよ、里見」
「………武光先輩が言うなら」
明らかに不承不承、と言った感じで、彼女は模擬剣を腰に抱え。
「――『邪を退け、妖を治め』」
静かな声、朴訥とした詠唱は、唄というよりも朗読に近い。
「『抜けば玉散る氷の刃』――」
ああ、とその詠唱まで聞いて、大体理解する。
「――『抜剣。ムラサメ』」
「……妖刀に宝刀かよ」
まいった。と少し思う。
しかも、『格下の相手』だ。
自分の魔力量は、一年相当分まで引き下げられる。
「まあいいか……で、このガキどうしたらいい?」
里見ではなく武光に聞く。武光は、「ううん」と頭を悩ませていた。
こいつもしや、何も考えていなかったのでは?
そう思っていると、不意に里見の姿が消えた。
「おっと」
ひょいっと斬撃を避ける村田。
その間に、里見は刃を鞘に納めてとんとんと距離を取る。
「あー……なるほどね、これに『縮地』覚えさせたらまあ、最強になるわ」
見えない剣が、さらに納刀状態から襲ってくる。
十分に脅威ではあるが、里見当人は不満気だ。
「お前、アレだぞ。こいつの『縮地』はなんかもう別物だから気にせんでいいぞ」
「あと試合開始前に斬りかかるな」と言いつつ、武光の方を再度見る。
「はいはい、試合開始」
「――『消す』」
とんっと腰を抜いて、一気に攻め込んでくる里見。
なるほど、この速度は良い。『絶剣《バカ》』に至らずとも十分である。
――だが。
「よっと」
ムラマサで刀を弾く、多少の罅が入る。
やはり宝刀相手に妖刀は危険かと、村田は方法を切り替える。
「――『消す』」
再び飛んでくる攻撃は、鎬で逃がす。
ついでにそのまま胸倉を掴んで――
「よいしょ」
軽い足払い。
それだけで、里見志野は体勢を崩して転倒した。
目を白黒させている里見の眼前に切っ先を示す。
「はい、おしまい。……課題は、武光から教われ……」
「あー、アレだよお前。ふわふわしすぎだよ。もっとぐっとさぁ」
これが原因なのかと武光の説明を聞いて理解する村田。
仕方がない、面倒くさいと思いつつ、倒れた里見に手を貸しながら、
「お前はどうせ『絶剣《コレ》』の言うこと以外聞かんだろうが」
「うん」
「……だろうね。だからこれは独り言。『縮地』って基本的に特殊な歩法なんだよ。そこのポンポン使ってる馬鹿が馬鹿なだけで、足回りの動かし方がお前はなってない」
自分の言葉がどれほど、この『絶剣の忠犬』に届くかは分からないまま、村田は独り言を続ける。
「つまり、基礎の基礎も出来ないのに、応用技を覚えても無意味ってこと。小手先で覚えた縮地なんざ、私だって払える」
まあ、払っているのは『絶剣』に傷を付けた者なのだが。
「でも、武光先輩は――」
「……一応、こいつは基礎しっかりしてんだよ。見えねえから分からんけど」
「いや私はちゃんとしてるよ」
「お前のちゃんとの基準がイカレてるからあてにならん。……ともかく、まず基礎的な足の動かし方。居合も……そうだなぁ、面白い技ではあるが、それだけに分かりやすい。動きが綺麗過ぎる。潔癖というか、直線過ぎる。居合やんなら軽く刃抜くだけでもフェイントになる」
要するに『型の動き』だ。『実戦』の動きじゃない、と『妖刀』は語る。
「あとはシンプルに体幹。鞘を背に隠すのはいい。でも、それで捻じれてる。構え方を治しな」
「…………はぁ」
分かっているのか、分かっていないのかも分からん声が聞こえる。
それに答えたムラマサは、はあっと息を吐いてから武光を見た。
「これでいいか」
「ありがとう~。そうか、そう教えればよかったのか……!」
「私が教えて意味があったかは知らんがねぇ……」
まあ、他校の生徒に教える分には、この程度で十分だろう。
「あんたほんと良い奴だなぁ~! どうよ、このあと私とやろうぜ!」
「イヤだよ面倒臭い……ていうかそもそもお前も本調子じゃないだろ」
『鶴久の絶剣』だって、今日の準決勝で戦ったばっかりだ。
そうでなくとも『剣』の極みに達した輩に気軽に喧嘩を売られても困る。
「いやでもほんと助かった。あんたヒーローだよ、うちの」
「やめてくれぇ~……」
頼むから今日は、これ以上面倒事がやって来ないことを祈りながら、村田は帰路につくのだった。