わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
わたしが生まれたのは、山陰のただ中にある小さな村。
いや、村と呼ぶも烏滸がましいかもしれない。
だってそこには、この現代文明にあって然るべきものが、色々存在しなかった。
たとえば電気。たとえば電波。たとえば水道。
昔はちゃんと引かれてたらしいけど、今は放置されてそのまんま。
もちろんちょっと山を下ればちゃんとそれらはあった。
遊び場も、少ないけどあった。けど、そこまでの道のりが厳しすぎた。
狭くて、舗装もされてなくて、ちょっと間違えれば崖下一直線な農道が一つ。
家々だって、代々引き継がれてきた――といえば聞こえはいいけど、色々とガタが来たのを全部放置してた。
まるでそこだけ時が止まったみたいな、廃村一歩手前というか、もう廃村というか。
多分、廃墟好きは喜んでくるだろう。田舎好きとかも、感動するかもしれない。
――わたしは、大っっ嫌いだったけど。
そんな村でわたしは生まれた。
当たり前だけど友達はいない。そもそも同年代の子がいなかった。
親も、いなかった。これはよくわかんない。
みんながわたしから奪ったのか、それとも親の方から進んでわたしを捨てたのか。
とにかくそんな現代から取り残されたような、滅ぶしかない村で、現代の最先端の技術である『異能』がこの村に入ってきたのは、わたしが生まれる数年前だったらしい。
奇跡の力。運命の切り替え。道理をねじ曲げるのが『異能』。
滅んでいく村がそんなものを知ってしまったら、そりゃあもうやることはひとつ。
そして幸いなのか、不幸なのか、わたしには『その魔力』があった。
あるいは逆なのかもしれない。『その魔力がある子』を、どこかから連れてきたのかもしれない。
だから、わたしはとても大切に育てられた。
誰もわたしには触れない。誰もわたしに声をかけない。
時折、この村には似つかわしくない魔力検査機で魔力を測られるぐらい。
学校にも行かせてもらえなかった。全部自主学習。
――それから、その日はやってきた。
村の終わりを食い止める儀式。偉大なる、けれど干ばつと黄砂でめちゃくちゃになった川を復活させる儀式。
かつて嵐の神に調伏された、水流の化身をよみがえらせる儀式。
わたしは当然、それに応じた。
だってそんな風に育てられたから。そこにわたしの決定権はなかった。
わたしは暗い所にいて、蝋燭の灯が周りの人々の口元を照らしている。
笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。
歯茎を出して笑いながら、みんながわたしを祝って/呪っている。
よく生まれてきてくれた/消えてほしい。
大事に育ってほしい/早く餌食になってほしい。
大切に、大切に、いつその日が来てもいいように。
笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。
綺麗に、美しく、清らかに/汚らわしいものを遠ざけるように
……そして、
◇
「――――」
目覚めは、結構最悪だった。
最悪というか最低っていうか。
昨日の練習試合のせいで全身がいたいし。おまけに、普段覚えていない悪夢を、今日はすごくクリアに見てしまった。
「……やだな」
あの『征服者』に敗北したことが、ではない。
あの呪いみたいな声が、まだ耳にこびりついていることでもない。
……ただ、負けたという事実そのものが、わたしの心を蝕んでいる。
結局、昨日の試合で、わたしは何もできなかった。
本当の意味での無能。本当の意味での役立たず。
それどころか、戸枝さんに庇われて……。
今日は反省会をすると言っていたけれど、本当は休みたい。
だって、どんな顔で会えばいいのか分からなかったから。
でも、それを許してくれるほど世界は甘くないと知っている。
だから学園は休んでも、部活には顔を出すって決めてた。
その結果、どう謗られようとも。
◇
部室に来ていたのはわたしと戸枝さん。
それから山名先輩と水野部長。
望月さんは……お休みみたい。
そして、そんな水野部長は――
「うん。いい練習試合だったねえ」
開口一番、そんなことを言った。いつものへらへらした笑みのままで。
どこが良い練習試合だったのだろうって、思わず問いただしたくなる。だって負けたのに。
「どこが良い練習試合だったんですか?」
ていうかちゃんと聞いてしまった。それに先輩は薄い笑みを浮かべながら。
「練習試合で目黒の奥の手が見えた。これ以上の収穫はないよ」
目黒先輩の奥の手。
例の、黒死の病の伝播――『伝染』。
「あれ、去年は見せてなかったからね。なにかあるとは思っていたけど、情報がなかった。だからそれを出させたのは、練習試合としては十分な成果だよ」
それに何よりと、彼女は言葉を切って。
「あの女は、切り札は最後の最後――理詰めが破綻するまで取っておくタイプだ。その目黒に奥の手を使わせた。その意味が分かる?」
「……そこまで追い詰めた、ということですの?」
首を傾げるわたしに代わって、戸枝さんが答える。
元気だなぁ……この前、一発が限度って言ってた『レーヴァティン』を、二発も撃ってなお、彼女の態度は変わらない。
いや、さすがに少し疲労は見えるけど、『その程度』。
凄く強がっているのはわかるんだけど、その強がりをちゃんと成立させるのが彼女――戸枝小春なのだった。
「では、部長はもう鶴久は脅威ではないと……」
「いんにゃ、情報量があるのはあっちも同じ。なによりあのメンバーは、選抜メンバーじゃなかったし」
『絶剣』と『征服者』は別として――と、水野部長はしれっと答える。
嘘でしょ。あの奇策でどうにかしても尚、向こうはまだ全力じゃなかった……?
「向こうは強豪。選抜外でも、そこそこの実力者は揃っている。何より目黒の『異能』は味方を強化するからね。補欠要員でも十分な強さになる。あとまあ、本戦前に手の内を全部晒すような真似はしないだろうし。――なによりこっちを舐めてたし」
……つまり、わたしたちは二軍相手に全力を尽くして負けた?
確かに向こうは昨年の準優勝校だったけど……。
格が、違いすぎやしませんか……。
「……ちょっと訂正。フルメンバーに隠し玉はいるだろうけど、目黒先輩は本気で潰しにかかってましたよ」
そんなことを考えていたら、山名先輩が軽く挙手して答えた。
「確かに選手を隠してはいた……けど、それは舐めてたわけじゃない。むしろ水野先輩を警戒してたから、だと思う」
それに戸枝さんも、と付け加える山名先輩。
あくまで予想の範囲内の話。
だけどそれは妙にしっくりときた。
「えぇ~……あたし、そんな警戒されるようなこと、した?」
「思いっきりしてましたよ」
「思いっきりしてましたね……」
自分ごと焼き払うという奇策。
向こうの選手を同時に二名も落とした『熱剣』の不意打ち。
それを思いついて実行に映せる行動力。
だから、昨年準優勝校の鶴久は、最大限の警戒をもってベスト八のウチを迎え撃った。
なのに結果は、完全に部長の術中にはまって、パーフェクトゲームを逃した。
それどころか、あの時にわたしが『届いて』いたら――
勝負に『たられば』はないけれど。
あのまま剣が届けば、勝てた。
……そう、勝てたはずなのに、試合は落とした。
わたしが体力不足だったばっかりに、勝てる試合を落としたんだ……。
「あ~。なんか、自分のせいだと思ってるでしょ」
そんなことを思ってたら、先輩はケラケラ笑いながら、わたしに近づいてくる。
「ま、そんな深刻そうな顔をするなよ。試合なんだから勝ち負けもある。別に命の取り合いじゃないんだから、負けたってこうしてみんな無事だ」
「でも、悔しいじゃないですか」
それはきっと、ここにいる誰もが同じ気持ち。
戸枝さんは黙っているけど、彼女の全身から迸る魔力が同意を示している。
けれど、水野部長はそれを受け止めながらも――
「そりゃあね、悔しい。だから、次は勝とうぜ?」
そんなことをあっけらかんと言った。
「本戦まであと一か月ちょいだ。それだけあれば、まだ『間に合う』。なにより目黒の切り札も見えた」
「……切り札が見えたところで、勝てますの、『アレ』に」
「勝つよ」
一言。水野弥生は、言い切った。
彼女はあの黒い死を前にしてもなお、まだ勝てると言い放った。
「そもそもさあ、あの『異能』、そんなポンポン使えるもんじゃないと思うんだよね。使えばほぼ死ぬなら、それこそ早めに撃っておけばよかった。けど、あいつは一人になるまで使わなかった。それはどうしてだと思う?」
「………えっと」
そういえば、目黒先輩は言っていた。
『これだけ土地が不浄にまみれていたなら使える』と。
つまり、綺麗な土地だとあの黒い死は使えない。多分そういう『発動条件』。
「それに、ついでに言うとアレ、多分だけど『敵味方の区別』がない。もっというと『味方の方』が壊滅的になる」
ウチの望月と違って、と今ここにいない吸血鬼の名前を出しながら。
「だって『黒死病』だ。今のイスタンブール――当時のコンスタンティノープルだって、何度も酷い目に遭ってる。中世欧州の被害が有名だけど、この病は後のオスマン帝国にもたびたび被害を与えている。そんで、他ならぬ感染源があいつなんだから、まず最初に『あいつの領土』が黒く染まる」
「……であれば、味方がいる内は使えないと? そういう玉には見えませんでしたわよ」
「まあね、目黒は味方が居ても、自分が不利なら『迷わず使う』。そういう奴だ」
……そんなものを、やっぱりどうやって倒せば。
「ん~……まあ、これは先輩としては大変、情けない話ではあるんだが。山名やあたしじゃ対抗策は正直ない。でも、君達『三人』は、アレの天敵になれる」
ここには居ない望月さんも含めて。
「病、呪いの類なら、むしろ望月の『異能』の得意分野だ。ついでに、戸枝ちゃんの『熱剣』も。炎による強制浄化――土台がフィールド全体なら、君の『終わらせる』力がいちばん働く。ただ地面に突き刺せばいいんだから」
そして、と言葉を切って、水野部長はわたしを見た。
「佐守ちゃんの剣気は、アレに届く」
「…………でも」
わたしは、『彼女に勝てない』。『聖剣にも届かない』。
……ああ、そういう風に言われた。真正面から。正しい戦力分析として。
そして、それは間違いじゃない。多分、今は。
わたしは、弱い。届かない。届かなかった……。
「……ふうん。言い聞かされた言葉に、呪われる性質なんだね、君は」
「…………」
……そうだよ。だって、ずっと呪われてきたんだもん。
別に、それに魔力が籠っていなくても。
わたしはそういう、『贄』になる運命で――
「気のせいだよ。聞き流せ」
すっぱりと。わたしの悩みを、水野部長は言い切った。
「そもそも敵の言葉を真面目に聞く必要もないし。……あとついでに、こうも考えようか。目黒があそこまで君に枷を嵌めた理由、分かる?」
「え……か、勝つため?」
「あの時点で、こっちはもう敗北決定してたのに? あいつが引き金を引くだけで終わった。なのにわざわざ君に話しかけたのはどうしてだと思う」
「……勝者の余裕?」
「それもある。けど、それだけじゃない。目黒は君が怖かったんだ。だから自分に牙が向かないように、わざわざ、時間をかけて、そういうふうに躾けた」
「躾け……」
人を大型犬か何かと思ってらっしゃる?
ただ、そう言われると納得は……できる。
最後の無駄話。
完全勝利を決めた上での、わたしに対する呪いの言葉。
わたしが、目黒さんを苦手とするように、目黒さんに『意図的』に仕向けられた。
多分、今後目黒さんと対峙する度に、『君では勝てない』と言う言葉が残響するように。
「でも逆に言えば、それだけ目黒は佐守ちゃんが怖かったってこと。ちくちく言葉でちゃんと枷を嵌めないと、自分を斬り捨てるって分かったから」
少なくとも、その呪意を克服した上で、本戦まで体力を付ければ。
わたしの剣は、目黒先輩に届くと。歴戦の戦士は語った。
「そんで、戸枝ちゃん。君はちょっとまだ『弱い』」
「…………」
「はあ……?」
戸枝さんが……弱い……? わたしの目は節穴だったみたいだ。
水野部長は全然歴戦の勇士なんかじゃない。
「うわ、怖い剣気だなぁ……佐守ちゃんも普段からそれ解放できたら嬉しいんだけど。現状だと戸枝ちゃんだけが鍵になってるのか……だとしたら、なおさらだね」
なおさら、戸枝小春は『弱い』と、癪に障る言葉を先輩は繰り返す。
「『鶴久の絶剣』とやり合った時、君の『異能』は間違いなくあの『絶剣』を超えてた」
「……そうですわね。『運命の死』とただの『不屈』なら、私の方に分があります」
「でも結果は三対一でやっとだった」
「『異能』に頼らない術理を覚えろと」
「うん。それがこの一か月の君の課題。『白夜の聖剣』レベルになれとまでは言わない。でも、せめて『鶴久の絶剣』くらいは一人で倒せる実力を付けろ」
……滅茶苦茶だ。って話を聞いてるわたしでも思う。
だってあれは、大蛇さんが言うには『一つの剣の極致』なんだから。
そんなものにひとりで一か月で届くなんて、絶対、無茶……。
「ひとりじゃないでしょ。同じような剣鬼なら、ここにもいるし?」
そういって水野部長はわたしを見た。
……え、わたしなんですか!?
「『絶剣』を最も動揺させたのは佐守ちゃん。君には今でも『こっち側』に行ける資質がある。課題は体力ぐらいなもん。――逆に戸枝ちゃんは『まだ甘い』」
「…………っ」
「友だちを斬るのに抵抗があるうちは、君は剣の極みに届かない。あれは、そういう余分を捨てて立てる境地だ」
「……そんな境地であれば」
「願い下げだろうし、それが君の美徳でもある。けれども人斬り包丁を振り回している時点で、君はどう言い訳したって『剣士』だ」
「……そうですわね。自分の甘さと実力は、この前十分理解しました」
「ま、安心しなよ~。君の友だちは、まぎれもなく『剣鬼』だ。彼女と練習している内に、君もきっといい影響を受ける」
そう言って、水野部長は戸枝さんから目をそらしてわたしを見た。
「部長命令。佐守ちゃんは『基礎と体力づくり』。戸枝ちゃんは『剣の極み』へ。あと、ここにいない望月も連れ帰ってきてよ。勝手にズル休みすんなってさ」
ひょいっと、水野部長はわたしに鍵を投げてきた。
……これ、屋上の鍵?
「あいつ、いつもあそこにいるからさ。どうせ今頃負けて拗ねてるだろうし。ちょっと行ってきてよ」
「お待ちなさい。屋上はどこも閉鎖されておりましてよ?」
そんな青春漫画みたいな行いはできないと、戸枝さんは言う。
……そっか、できないんだ。屋上での語らいとか。
けれど、水野部長はしれっと答える。
「ああ、あいつが『異能』でぶっ壊してるから。部活棟の屋上だけは、実は空いてんだ~」
「…………器物破損では?」
「まだ誰にもバレてないから、オーケー」
全然オーケーではない気が……。
あと、望月さんを戻したところで、何か意味があるのだろうか?
確かに彼女の『異能』は凶悪だ。最強ではないけど、こと嫌がらせにおいては無敵。
でも同時に弱点も多いことも昨日の練習試合で判明した。
それでもまだ、水野部長は望月さんを使うつもりなのだろうか?
「使う、使う。弱点が多いって言っても、あいつの性質ってそれを理解した上で『死ににくいって』とこだからね。……それに昨日の明確な敗因、一つ言ってあげるよ」
「?」
「?」
「一年生同士の信頼関係の欠如。信頼ってのは、協調しろとかチームを考えろとかじゃない。あいつの『異能』を信じて、自分の『異能』も信じて、やるべきことをやることだ」
昨日はそこらへんがガタガタだったからねと、水野部長は笑いながら言う。
そして、わたしの小さな手に、鍵を預ける。
「この辺は、戸枝ちゃんより佐守ちゃんの方が分かると思う。……だからいい加減、あの拗ねてるやつを連れてきて」
◇
一年生二人。戸枝と佐守がいなくなった部室には、水野弥生と山名有為が二人で残されていた。
水野は、そこで初めて大きなため息を吐いて。
「いやー……あそこまで引きずるとは思わんかった……そもそも勝負なんだから、そりゃあ負けることもあるのにねえ」
彼女、水野弥生は無論のこと、山名有為も『負け』には慣れている。
だからそれを糧にはすれど、引きずり過ぎることはない。けれど――
「しかたがないんじゃないっすか。戸枝はどう見ても、これまでほとんど負けたことがないタイプだし。佐守は……よく分かんないけど、戦い自体から離れていたみたいだし」
そう。二人とも『負け』の経験が少ない。佐守はともかく、戸枝小春もそうだ。
『いい勝負』だとか『惜敗』ぐらいは、これまでもあったのだろう。けれど昨日のような『完敗』は、二人に敗北を刻みつけるには十分だった。
「それからもう一つ。一番相手を舐めていたのは、こっちだってこともね」
「………こっちっていうか、一年連中ですね」
各々が各々、好き勝手に『異能』を展開する。
よく分からない佐守はともかく。
『終の熱剣』、戸枝小春は、ただその力を発揮するだけで十分脅威となるだろう。
『雪と狼の夜』、望月干果も、ただその力を発揮するだけで十分悪夢となるだろう。
ただ、現状はその足並みがそろっていない。前に前にという連中ばかりで、連携がまったく取れていない。
「なので、さっさと友だちになってもらいましょう」
「先輩みたいに人類皆兄弟で生きてる人ばかりじゃないんですけどね」
「まあねえ。……でも大丈夫。共通認識がいくつもできたから」
「共通ですか」
「そう。『負けることもあるよね』っていうこと。『負けは次の糧になる』ってこと」
そして――と彼女は最後に言葉を切って。
「――道中の勝ち負けとか、正直どうでもいいんだよ。『最後に勝てば、あたしの勝ち』なんだから」
前回ベスト八。現在三年で五指に入るとされる実力者。
水野弥生はそれでもなお、『最後の勝ち』は譲らない。
あの『聖剣』を前にしても、それを打ち破ることを本気で考えている。
そしてそれは、恐らく他の学園の三年生達も同じだろう。
みんな、『聖剣』の圧倒的な力を見た上で――それを『上回る策』を練っている。
件の鶴久の『征服者』、目黒次美が使った『黒死の呪い』も、どう見ても『聖剣』を汚すための術だったのだから。
「二、三年はあの『聖剣』を間近で見ているから、知ってる。でも戸枝だって噂されただけで、当人と直接やり合ったことはない」
「そこね。白夜が練習試合受けてくれてたらよかったんだけどねぇ~」
「……いや、今の白夜と練習したらそれこそみんな心折れてましたよ」
私と先輩はともかく。と言って、山名は一年生たちの消えた部室を見渡す。
「あとはまあ……あいつらがどういう答えを出すか、ですね」
◇
水野部長の言う通り、部活棟の屋上は空いていた。
鍵を開けるまでもなく……というか、鍵穴が溶けて壊れていた。
これも彼女の『異能』なのだろうか。
ともあれ、わたしと戸枝さんは、屋上に足を踏み入れた。
彼女――『望月さん』は、屋上の中心で大の字になって寝転がっていた。
その手にはなにか封筒みたいなのをもっているけど、この距離だとそれがなにか分からない。
「え、えっと……戸枝さん、先に行ってくれます……?」
「はあ? なんで私が。……貴方のほうが適任だと思うのですけど」
「だ、だって……あの人、ちょっと苦手だし、わたし」
「私も別に得意じゃないですけど!?」
「………あのさ~」
わたしと戸枝さんが、どっちが先に行くか。
そんな話を押し付け合っていると、気だるげな声と一緒に望月さんが上半身を上げた。
灰色の髪が空に靡いて美しい。今日の望月さんは、いつになく透明だ。
透明で――今にも消えてしまいそう。
「僕になんか用?」
一方、声音は、すごく単純だった。
いつもみたいなへらへらした雰囲気はない。むしろちょっと感情を露わにしている。
今の彼女なら、『異能』を使わなくても斬れそうなくらい。
そのぐらい、望月干果は腑抜けていた。
「ああ。そうだ。どうせならこれ、持っていってくれる?」
望月さんが、持っていた封筒をわたしに手渡してくる。それは『退部届』だった。
「……望月さん、退部するつもりなんですか」
「ああ。だって僕のやることはやったでしょ?」
『吸血』という名のジョーカーは、発動の有無に関わらず相手に圧を与える。
たとえ望月さんがいなくても、吸血鬼――敵味方問わずの弱体化を使える『異能』が、こちらにいると知られている時点で、十分相手にとっては脅威になる。
だから、自分はもういらないのだと、彼女はそう言っている。
「……でも、悔しくないんですか」
「悔しくないよ。だって、『僕は負けてない』」
「はい?」
「僕を焼いたのは、君の火だ。思わぬ事故。フレンドリーファイヤー。それで落ちた」
……やっぱりあの時、望月さんも斬り捨ててたんだ、わたし。
でも、それがどうして『負けてない』に繋がるのか。
「だから僕は、あの『征服者』と対決もしていない。戦ってないんだから、『負けてない』。うん、この結果があれば十分。僕は『征服者』とも同等ってことだよね?」
いや、ね……と聞かれても……!
「だからもう戦わない。『負けない』って分かったから。あとは君たちを陰ながら応援してるよ~」
……どうしよう。
望月さんが負けず嫌いなのは、なんとなく察していたけど……。
まさか……まさか、ここまで拗ねてるとは思わなかった……!!
どう言えばいいんだろうと悩んでいたら戸枝さんが前に出て。
「逃がしませんわよ。あの勝負は、貴方の負けです」
と、直球で望月さんの核を掴む。
望月さんは珍しく、少し表情を変えた。
「……負けてない。僕は仲間の連係ミスで落ちたけど、それはあの『征服者』に負けたことにはならない」
「では、あの後で貴方が生き残っていたら? 私も倒れ、佐守さんも倒れた上で……あの『征服者』と正面から戦って、負けませんでしたか?」
「……勝負に『たられば』はないよ。事実がすべて」
その言葉は、前に望月さんが言っていた言葉だった。
でも、今回はちょっと意味が違う。だって、ただの言い訳だ。
もしもあのまま、『征服者』が望月さんの前に来たら、彼女はなすすべなく負けた。
その前にわたしが彼女を落としただけで、大勢は変わらない。
わたしたち――わたしも、戸枝さんも、望月さんも、昨日の時点ではあの『征服者』には敵わなかった。
そう、それが事実だから――
「僕はね、『負けたくない』んだよ」
散々、何度も言っている言葉。
それが彼女の魂の形なんだろう。
それは彼女の生き方で、それが彼女の信念で――
「だから、負ける勝負はしたくない」
やっと、初めて素直な想いを口にした望月さんに、真っ先に言葉を返したのは戸枝さん。
「だったら、次に勝つ努力をしなさい」
「いやだ、面倒くさい。……そもそも、僕の自前の魔力量はたかが知れてる」
それはそうなんだろう。無能とまでは言わないまでも、彼女から感じる魔力量は、大したものではない。
――だからこその『吸血の夜』。
強者への妬み。強き者への憧憬が、広範囲の魔力吸収なんて異質な『異能』になっている。
「勝てる相手としか戦うつもりはないと。それではいつまでも貴方はそのままですわよ」
「ああ。別にそれでいいんだよ。僕は化物になって、初めて土台に立てるような奴だ。最初から『化物』同士の戦いに、巻き込まれるのはゴメンだ」
「貴方は、そういうところが……!」
「戸枝さん」
怒りに任せて、言ってはいけないことまで言ってしまいそうな戸枝さんを抑える。
やっぱり、戸枝さんと彼女は水と油だ。いや、望月さんも本調子なら違う気がするけど。
少なくとも今、望月さんと話すべきなのは戸枝さんではなくて――
「――望月さん」
「今度のお説教相手は佐守さん?」
面倒くさそうにこちらを見る望月さん。
でも、わたしは望月さんを説教する気なんてない。
というか、なんならどんどん彼女への好感度は上がっている。
「望月さんの言う通りです。『あなたは負けてない』」
「…………」
「佐守さん……!?」
「……でも、『わたしたちの負け』ではありました」
チームだから。
一人が生き残ったって意味はない。
「はっ」
そんなことを言うと、望月さんは鼻で笑った。
口は笑っているけど、笑ってなかった。むしろ珍しく怒ってた。
「僕のせいかな」
「ううん。望月さんはいい仕事してくれたよ。『鶴久の絶剣』に勝てたのは、間違いなく望月さんのおかげ」
彼女は正しく仕事をした。彼女の『異能』は求められた役割を全うした。
なのに、負けた。それは彼女のせいではなくて――
「あの『負け』は、わたしのものだから」
水野部長の奇策。山名先輩の足止め。
戸枝さんの終わりの剣。そして望月さんの吸血。
それらすべてをもって、あの『征服者』に挑んだ。けれど、それは届かなかった。
わたしの体力不足のせいで。
彼女に届くまでに、自分を保ち切れなかった。
「………よくわかんないな。下手な慰めはいらないけど?」
「え、別に慰める気はないんですけど……」
なんなら慰めてほしいぐらいだけど、今はやめておこう。
そうしたら、本当に心が折れちゃうから。
「だから……望月さん、約束をしませんか?」
不意に、頭に浮かんだ言葉を。そのまま言う。
「約束って、何を?」
「えーと……うーんと……」
もう『負けない』……いや、それは前提だ。
『今度こそ勝つ』……それも前提だし、だとしたらどうするって話になる。
だから、ここでわたしが約束できるのはひとつ。
「わたしが、目黒次美を『斬ります』」
今度こそ。すべてを無視して、あの『征服者』を両断すると。
「だから、手伝ってください」
わたしひとりじゃ、無理だから。
もちろん、戸枝さんにも。
「まあ、そうね。私の炎、彼女の領土を焼けるようですし。道を作るぐらいは、できるでしょう」
なんて気軽にアシスト役を買って出てくれる戸枝さん。
……癪! 主役の光なら、もっとメインを張ってもいいのに!
「そんなに怒らないでください。……そもそも、別に私だって諦めたわけではありません。ええ、以前は十分追い詰めていた。その上で奥の手も見られた」
戸枝さんが指を一本立てる。
その先に、マッチみたいな炎が宿る。
「『終わりの剣』、『主役の光』は、あの程度の闇に負けるほど弱くはありません。……見たでしょう?」
「う、うん……!」
禁断の二度目のレーヴァティンで、彼女は黒き死を完全に相殺した。
それは無茶な術だったから、戸枝さんは倒れてしまったけれど――
もしも、あれが一度目なら? 戸枝さんの余力が残っていれば?
「私だけの春に、あの病は不要です。元凶ごと、すべて燃やし尽くしてあげましょう」
頼もしい……こういう時に戸枝さんは、本当に頼りになる……!
彼女は折れない。折れそうなわたしの心にだって、こうしてもう一度立ち上がる気力をくれる。
……だから。
彼女ほど、とはいかなくても。
わたしも、彼女みたいになりたいから――
「望月さん。わたし、今度はあいつを『斬ります』から――」
まだぽかんとしている望月さんに、約束する。
「……あと、今度は望月さんを巻き込むようなこともしませんから」
そのためには、彼女の力が必要だ。
呪詛に抵抗できるのは、呪いだけ。『吸血の夜』はあの闇には『負けない』。
より強い呪いには、あの黒い死も対抗できないから。
「……だから、また戦いましょう」
「……それさあ。どのみち佐守さんは死亡覚悟の突貫なのは変わんなくない?」
「え、そうですけど……あれ、何かダメでした……?」
「…………ははっ」
わたしの問いかけに、望月さんは微笑んだ。
彼女にしては珍しい、素直な、凄く綺麗な微笑みを浮かべて。
――それから、持っていた退部届をびりびりに破り捨てた。
「ああ、いいよ。友だちの、佐守さんの頼みだからね?」
「え、わたしは別に望月さんは友だちではないんですけど……」
チームメイトではあるけど……。
「酷いなぁ。僕、友だち少ないからさ、友だちになってくれたら、うれしいんだけどなぁ?」
……意外だった。望月さんって、友だち普通にいそうなのに。
「いやあ、なんかね? 僕は皆を愛しているのに、皆が皆、勝手に喧嘩しちゃうから」
「うーわー……」
「なんかそうなると、面倒になるから。僕はもういいやってなるから」
なんだろう、凄くサークルクラッシャーの挙動をしている……。
いや、望月さんは悪くないんだろうけど……。
「ああ。いや、僕も悪いんだと思うよ? ほら、僕って軽いから。真剣な人付き合いって、疲れちゃうし」
そう答えてから、望月さんは立ち上がった。
青空に照らされる彼女の姿はいつになく、以前の『異能』を開放した時よりもハッキリと見えた。
爽やかな風が、彼女の髪を揺らす。そうしてみていると、本当にモデルさんみたいだ。
そんな彼女は、わたしの傍に近づいてくると――
「うん――でもやっぱり。君相手なら、少し本気になってもいいかもしれない」
「はい? ……わっ」
ぎゅっと望月さんに抱き締められる……。
……!?!?
思わず、慌てて、戸枝さんの方を向くけど、戸枝さんは「なんで私が?」と本気で分かってないようすで……!!
「ねえ……本当に僕のものになってよ……?」
甘い声。催眠術みたいに聞いてしまう、凄く胸にしみわたる声音。
それが彼女の本気の言葉――少なくとも、望月さんにしては『ある程度マジ』だと、分かったので。
「え、えーと…………す、好きになる要素は、あったんですけど……!」
負けずぎらいなところとか。
結構子供っぽいところとか。
「で、でも……その、今はちょっとよくわからないっていうか……! 今そういうこと考えられないっていうか、なのでごめんなさい!」
彼女を無理やり引き剥がした。そうすると、「ありゃりゃ」と小さい声をあげ、望月さんはわたしから離れる。
距離の離れた望月さん。そこにはいつもどおり、のらりくらりとした、ふわふわとした、どこか胡乱な、だけどどこにでもいる少女が立っていた。
「まあいいや。こういうのはじわじわ攻略していかないとね」
「ええ……わたし、あなたに攻略される気はないんですけど」
言って、戸枝さんの方を見る。すると戸枝さんは戸枝で……。
「……いや、だからなんですの? そっちの行方は、そちらで決めてくださいな」
と、無自覚な張本人は、怪訝な顔をしていたのだった。