わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
準決勝の後の夜の練習試合場。
もはや敗北者となった『雷の神罰』笠原望。
そして同じく敗北者となった『雪崩』卯尾弾世。
この二人が、なぜか向かい合っていた。
その中心に立つのは一人。件の『征服者』こと目黒次美である。
ついでに、傍らには『戯曲の悪魔』こと薄墨時雨も立っている。
「はあ」
とため息を吐く目黒次美。
なにしろ事情が分からない。何故か二人に呼び出されたのだ。
一応は、敗者だというのに。
二人の闘志は、あり得ない程に高まっているのが傍目に見ている目黒にも分かる。
「それで、きみ達やるんですか。本当に」
半ば自棄気味に聞く目黒に答えるのは卯尾。
「いや~、だって私ら、一回戦で終わっちゃったしさぁ」
それに追従するのが、笠原。
「アレで終わりとは思っちゃいたが、あんなデカいモン見せられたらなァ?」
つまるところ、決勝戦のせいで観客席にいた二人に火が点いた。
こんなところで無駄試合をする程度には、ちょっと昂ってしまったのである。
「それは別にいいのですが――」
喧嘩ならば好きにやれと思う。というよりもそのために二十四時間練習場は空いている。
「それで、なんで私に審判をしろと」
「だってお前が決めたんだろ。三年五指」
「そうそう、私ら纏めてそう呼んだの目黒じゃん」
「…………そうですけども」
その通りなのである。
『三年五指』――なにやらイイ感じの異名として語られているものだが、本来は『目黒次美が、こいつら厄介だなと思う三年生の五人くらい』程度の意味合いだった。
それが何やら独り歩きして、いつの間にか『白夜の聖剣』だの『征服者』だのと同じ程度の異名になってしまった。何分呼びやすいので、なんか知らぬ間に浸透してしまった。
「でも、オレ達ァそれでは満足してねェ。……逸見に負けたのは仕方ねェとして」
そう告げて剣を構える笠原の表情は、どう見ても「しかたなくない」。
「それで言うなら私なんて水野にブッパされたんだけど? 被害者だよ、被害者」
そう言って剣を構える卯尾の表情は気軽で、けれどもやる気だけは充実している。
「つまるところお二人とも、『三年五指』などで一括りにされてたまるかと」
「「そうだよ」」
それで言うなら、本当に「目黒基準」なので、別に他にも身も蓋もない三年生はいる。
しかし彼らを一括りにしたのもまた目黒次美なので、この決着を見届ける……なんというか、責任はある。
困った事に。少なくとも目黒当人は「本当に勘弁してくれ」と思っているが。
「事情は分かったんですが。なんで薄墨さんもこちらに?」
「だって、普通に見たいじゃないですか。笠原ちゃんと卯尾ちゃんの勝負」
それはそうだ、と目黒も思う。
「お~い、薄墨~、私を応援しろよ~!」
「薄墨ィ! お前アレだ、卯尾にだけ契約かけろ!」
なんとも締まらぬ高校生活である……。
などと目黒は思っているのだが、こうなっては仕方があるまい。
何よりも、目黒だって見たい。この二人の戦いがどのようになるのか、なんなら逸見明音も見たいだろう。そう思うと、やはり自分だけがこの決闘の行方を見守るのは爽快である。あの『白夜の聖剣』が見なかったものを見れるわけだから。
「それでは――試合、開始!」
「――『崩落。アバランチ』」
いきなりの詠唱破棄。いきなりの身も蓋もない大量の雪がどこともなく生まれて、笠原へと襲いかかる。
まさに文字通りの『身も蓋もない一撃』を前に、笠原は――
「――『神鳴。ケラウノス』」
こちらもいきなりの詠唱破棄。天の怒りが、雪崩という名の災害を真っ二つに両断した。
雪崩の上に乗っていた助詞高生、『雪崩』こと卯尾はそれを見ながら、しかし余裕の笑みを崩さない。
「ひゅうっ! さすがじゃん神罰!」
「お前こそ、ふざけた面していきなりぶっ放してくんじゃねェ!」
「それ、示現流のあんたがいうかね!」
空中でくるりと回転しながら、氷雪の剣を叩き落す卯尾。
その一撃は、軽やかに見えて笠原の初太刀に勝るとも劣らない。
なにしろ『その剣には雪崩の全てが詰まっている』のだ。
見た目はただの模擬剣――しかしその質量は圧倒的。
それでも笠原は受け止める――否、受け流す。
示現流は初太刀がすべてではない。むしろそこからの派生こそが真骨頂。
加えてそこに、笠原は『吸えるだけの全ての雷雲』を乗せている。
ただ剣を振るうだけでも雷霆が湧き上がる。
「おお、こわこわ!」
雪玉をデコイにしながら、上手く雷を逸らしつつも、卯尾は真っ直ぐに笠原へ迫る。
その立ち振る舞いだとか、一見普通の女子高生らしい空気を出しながらも、彼女は正しく剣士である。
なんならば、他の『三年五指』などと呼ばれている者達よりも剣を振ってきた年月は長い。
故にその剣は流麗にして重い。一太刀一太刀すべてが必殺――とまでは言わないが、少なくともそこらの二・三年ならば『純粋な剣技だけで圧倒できる』。
だからこそ、笠原も油断はしない。
「どっちがだよ、このボケ!」
荒い口調ながらも、笠原は防戦一方だった。
あの、過剰なまでの攻撃特化である笠原が、防戦一方になっている。
それを眺める目黒と薄墨は、ちょっと引いていた。
口が悪いとかそういう話ではなく、この災害同士の争いに普通に引いていた。
「目黒ちゃん、なんで私をこの中に入れたんです……?」
などと、割と真剣に薄墨に問われる始末。
いや、きみの戯曲も大概ですよ? と答えそうになるのを堪えつつ、二人の勝負の行方を追う。
「オラァ!」
薩摩、示現流の太刀に、加えて雷霆が乗るなどという所業。
「はは!」
対するは普通の剣術なれども、一撃が雪崩の如き重さという所業。
加え、『卯尾と打ち合うと剣が凍る』。笠原の雷霆が馬鹿みたいな火力を出しているが故にすぐに溶けているが、いちいち溶かすのも苦労するだろう。
この調子であれば、笠原の魔力切れが先に来るかな、などとぼんやりと所感を思う目黒だが、状況は違うようだ。
「あっつ!? あんた、剣どころか全身雷で覆ってんなこの!」
「はははは! あの『熱剣』が一年でやってることだ。できねぇわけがねぇだろボケが!」
などと、あの初戦でも魅せなかった技をこんな場所で披露している。
それを見ているのが目黒と、なんかついてきた薄墨だけというのがもったいないと思うほど、笠原の剣はまさに雷の如き荒々しい美しさを魅せていた。
ちょっと、これを見ているのが二人だけというのはもったいない。
それほどに美しい暴力だった。
「あー……そうですねえ……あとで、『白夜の聖剣』にも話して……」
なので、ぼけっと大会後のことを思う目黒。
元々、準決勝で負けた時点で、『鶴久の絶剣』を『白夜の聖剣』にぶつける、というしごく個人的な所業は考えていた。
……が、さすがにこんなものを魅せられては。
『それ』を『誰も見ない夜の練習場』などでやるのはもったいない――と目黒が先々のことを想定している内に、気づけば勝負も終盤へ。
目黒の想定通り――というよりも『全身に雷を纏う』という荒業で想定以上に魔力を消耗した笠原の方が先に尽きる。
しかし、卯尾も限界が近い。なにしろ雪は『溶ける』。
雪崩で呼んだ豪雪は笠原によって洪水となって卯尾を襲う。
故にこの勝負は、もはや最後の一太刀――どちらが先に剣を決められるかに掛かっており――
「死ねェェェ!!」
「お前がなぁぁぁぁ!!」
互いの全身全霊の一撃――耐えきれなかったのは、卯尾でも笠原でもなく――
互いに握る、試合用の模擬剣の方だった。
「あら」
「え、まじ――うぉ!? いきなりノーモーションフックすんなよ!」
「うるせぇ、剣が折れたならコッチだろ」
「はいはい、そこまでそこまで」
ぱんぱんと両手を叩いて、目黒は二つの災害の間に入る。
「残念ながら、引き分けとさせていただきます。……ていうか『異能』の触媒が壊れるって、どんな出力してるんですかお二人とも」
「はァ?」
「ちょっと待ってよ。まだあるでしょ、模擬剣」
ちょいちょいと模擬剣の置き場を指差す卯尾。
笠原は当然として、卯尾も全然まだやる気らしい。
「…………いや、全部折れますよこの勢いだと」
というか、夜が開ける。
さすがにそこまで付き合う義理は目黒にはない。
本当にない。
「大体わかりました。笠原さんはヤマトの避雷針でなんとか――あと卯尾さんはティタンですかね」
などと、当然のように戦力分析もしている目黒に、「そういうところが友だちいないんだぞ」と思わず突っ込みたくなる『三年五指』達。
とはいえ、こちらも無駄に二人を止めた訳ではない。
「いったん、ここで止めてくださいませんか? 多分、もっと愉しいことを思いつきましたので」
それは多分、三年五指同士でやりあうよりも余程。
というよりも、もしかすると本戦よりも愉しいエキシビションマッチになる、という交渉を行う『征服者』。
それを聞いた二人は、二つの天災は納得して矛を収めた。
無論こちらの決着も、いずれつける。というよりもつけたい。
――だが、今は。
この『征服者』の提案の方が、『より愉しい』と判断したのである。
「いいぜ。乗ってやる……が、水野は後ろから刺していいな?」
「ええ、それは」
別に、自分が痛むわけではないし。
「でも、ちゃんと私選ばれる?」
「それは『白夜の聖剣』の采配次第、ということで――ふふ」
鶴久の『征服者』は諦めない。たとえ、己自身はもう敗者だとしても。
たとえ己がもう『卒業』だとしても。
『鶴久の絶剣』の名を、あの可愛い後輩の名を轟かせるためならば、他校の生徒でも使ってやる。
「では、ちょっと忙しくなりますね。薄墨さん、手伝ってくださいます?」
「え、なんで私」
「だって貴方、今回本当に観戦者だったでしょう……」
あと、目黒のプランだと多分薄墨は入らない。敵にも味方にも厄介なのがこの『戯曲の悪魔』だ。
なので、働けるところで働いてもらう。しっかりと。
「…………そういうとこが友だちいない理由だと思うんですけどねえ」
などという悪魔の囁きも『征服者』はどこ吹く風で、早速動き出したのであった。