わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
『国異』終了から数日後――三年生が引退し、二年生に以降する次期――
なぜか――本当になぜか、照明もない真夜中の国立競技場の中心で、向かい合う二人の姿があった。
片や『白夜の聖剣』逸見明音。
今年の『国異』においてその無敗記録は破られたものの、だからといってその『剣聖』の強さが揺らいだわけではない。あれは『秋原』というチームが、全力を賭して削りきった末の勝利である。
だからといって、佐守あおの勝利の価値が揺らぐわけではないが――
――だからといって、『白夜の聖剣』という『伝説』が消えるわけでもないのだ。
「さて」
あくまでも自然体に模擬剣を振るう『白夜の聖剣』。
その先にいるのは――かの『剣鬼』、『鶴久の絶剣』こと武光奏。
「君――というか目黒に誘われるとは思わなかったなぁ」
などと笑っている『白夜の聖剣』に、同じく『鶴久の絶剣』も苦笑を洩らす。
「いやぁ、私も無理言ったとは思ってんですけど、意外と目黒先輩もやる気でして」
何分、もう今年の『国異』も終わった。
――とはいえ。
「やっぱり、一度は真面目に殺っておかないと、と思いまして。……なんていうか、今年度の代表として?」
――何しろ『白夜の聖剣』という伝説を破壊したのは、『秋原の熱剣』・『秋原の神剣』という一年生。『新しい伝説』だ。
ここに挟まれた世代として出来るのは、精々が来年、その伝説に少し傷を付けることぐらい。だが、それでも『秋原の熱剣』・『神剣』には『
故に、現二年生としては――
「――まあ、個人的に『白夜の聖剣』の首を取って満足しておこうかなって」
――結論として、そこに行きつく。
この誰も見ていない競技場の中心で。
結局、今年の『優勝』を目黒次美に――件の『征服者』に与えられなかった騎士としては、個人的に『白夜の聖剣』を倒したという話だけ持って帰るぐらいしか、その剣を示した価値がない。
「なので、まあタイマンで」
「なるほど」
くすりと苦笑を浮かべる逸見明音。
武光奏は、不思議そうに眉根を寄せる。
自分は今、なにかおかしなことを言っただろうか?
少なくとも思いの丈は素直に話したつもりだが――
そう思っていると、不意に『白夜の聖剣』はその模擬剣を空に掲げた。
まるであの決勝戦の時のように――
「――などと、君らの世代の代表は言っているが! 君達はそれで満足しているのか!」
「――はい?」
ぽかんと口を開ける武光奏――ふと国立競技場の照明が灯る。
観客席には――いつの間にか大勢の人がいた。そのどれも見覚えがある。
二年生、三年生。
それから今年の一年生たち。
全国津々浦々の選手たちが、いつのまにやら集まっている。
「え、はい……?」
思わず素で声を漏らす武光に、逸見はいつかのような悪い笑みを浮かべながら。
「まあしょうがないな! 君がそういうのであれば、こちらも全力で行かせてもらう。何分加減の出来ん性質だからなぁ!」
はははと笑みを浮かべながら、彼女は模擬剣を掲げたまま――
「――『彼方の果て。湖の底。常世を超えて飛び立とう』!」
その伝説の詠唱を、朗々と謳い上げる。
「『花園の門よ開け。今ここに王が選ばれる』!」
いつになく堂々と、いつになくハッキリと。
この真夜中に轟く雷鳴のように。
「――『抜剣。エクスカリバー』!」
――その伝説を、此処に降ろす。
「はい……?」
まだ武光が状況を理解していないにも関わらず、『白夜の聖剣』はさらに謳い上げる。
ただ、その詩は普段と少し違って――
「――『集え「同胞」。「我が剣」に覚えがあるならば』」
始まるのは、王の詩ではなく、『彼女』の『詩』。
この三年間を駆け抜けた、『白夜の聖剣』という伝説の詩。
「『
その剣――否、『彼女』を見た者ならば、必ずや集うであろう者達へ献ぐ最後の英雄譚。
――なによりも、『鶴久の絶剣』が相手であれば、必要となるであろう者達を選定し――
「――『招集。
輝く色とりどりの十二の輝剣――それだけではない。
観客席から降りたつ四名。
かの秋原の『海神の槍』、水野弥生。三年生。
昭星の『雷の神罰』、笠原望。三年生。
灘魏の『雪崩』、卯尾弾世。三年生。
――そして。
そして、武光奏が剣を預けた『征服者』、目黒次美その人。
「え、はい……?」
まるで状況が理解できない武光奏に、『白夜の聖剣』はその切っ先を向ける。
「まさか君相手に、一人で挑むわけがないだろう? こちらはちゃんと、“勝負”をさせてもらうよ?」
なんていいながら、彼女は傍に降り立った目黒に向けて一本の輝剣を渡す。
「さて。というわけで『今から君はマーリン』だ。なのでその知恵、全力で貸してくれ」
「……本当に円卓じゃない者まで持ってきますね、きみ」
などと言いながらも、その輝剣を受け取る目黒次美。
「それから水野。『今から君はヴィヴィアン』だ。湖の乙女らしく私を導いてくれ」
「は~。湖の乙女なんて、そう清廉に生きたつもりはないんだけどねぇ」
などとぼやきながらもちゃんと輝剣を受け取る水野弥生。
「それから笠原。『今から君はサグモラール』だ。その闘志を見せてくれよ?」
「おお、いいぜ? だが水野は後ろから刺していいな」
「なんでだよ……」とかぼやいている水野を無視して、決勝でも活躍した緋色の剣を受け取る笠原。
「それから卯尾。『今から君はベディヴィエール』だ。最後までしっかりと付き合ってくれ」
「当たり前じゃんねえ」
などといいながら、気楽に受け取る『雪崩』こと卯尾弾世。
『白夜の聖剣』どころではない。かつて『征服者』だの『三年五指』だの言われた面々が、その『伝説』の元に集っていく――
「――さて」
などと、気軽に言いながらも、かの『聖剣』は『絶剣』に微笑む。
「こちらは、これで本気でいく。まあ君も好きに選べばいいぞ?」
「いや、ちょ……」
「まあ、やる気がないなら、このまま全員で全力で行くが――」
「――や、山名! 来てくれんか!?」
慌てて二年生の代表――今年優勝秋原の二年生を呼ぶ武光奏。二年生。
「んだよ……」
と、まるでこうなるのが分かっていたかのように、秋原の『冬の狙撃手』、山名有為二年生は武光の傍に降り立った。
「まあ、だいたいお前の言いたいことは分かっているが……」
しかし面倒臭いという表情をしている。
しているのだが、そんな場合では一切ない。少なくとも武光の頭ではこの状況をどうにかできる手段がない。
――なので。
「頼むよ、知恵を貸してくれ――あんた秋原の作戦参謀だったろ! 私じゃ頭が足らん!」
「よくいえるなそんなこと」
は~あとため息を吐きながら、山名は武光に問いかける。
「んで、なに。私は裏方だぞ。正面切らされても困るんだが――」
「いい。私をとりあえず『白夜の聖剣』まで届かせてくれ……」
慌てふためいている武光奏に、山名はふむ――と小さく息を吐いて。
「……勝算はあるんだな?」
「だから、その前の連戦がきついんだって!」
「――は」
――それはつまるところ、一騎打ちならば勝てると言っているようなものなのだが、慌てている武光奏は気づかない。
「分かったよ。お前を届けりゃいいんだな?」
「そうだよ……!」
「んじゃあまあ、やれるだけやったるか~……」
――なんだかんだ言ったところで、既に決まっている。
「――村田~! 諸星~! あと千与~~! こい!」
山名が呼び出したのは、全員が『二年生』の代表選手達。
「なんで私が……」
などとぼやきながらも、何だかんだでやってきてくれる『洛陽の妖刀』こと村田知子、二年生。
「ははは! よし、『格好よく』いくぞ!」
なんて、快活に笑いながらやってくるのは『白夜の綺羅星』こと諸星阿左美、二年生。
「うむ――ならばいくとも!」
豪快に笑いながら飛び降りるのは『宝徳の名弓』こと須藤千代、二年生。
――つまりは『二年の精鋭』。
間の年だの、目立たないだの、地味だの言われた面々が、次から次へと揃っていく。
「さて――」
珍しく大声を上げたからか、ふうっと疲れたようなため息を吐いてから、山名有為二年生――『冬の狙撃手』は、『鶴久の絶剣』をみやる。
「もうこうなったら、本戦とほぼ同じだ……。まあ向こうも多分そのつもりだろうが」
「はぁ」
本気でまだ状況を理解していない武光奏の肩を軽く叩く山名。
「というわけで、さっさと開始地点に行くぞ。……あと、お前がどう思っているかは知らんが……今の二年生は全員、お前の首を狙ってるぞ」
なんて、しれっと言いながら。集ってきた面々と共に走っていく山名の背中に、武光は思わずぼやく。
「なんじゃそりゃ」
自分の首なぞそう価値もなかろうに――などと『現二年生の至高』は笑いながら、山名の背中を追いかける。
結局めちゃくちゃになってしまった。
本当は一騎打ちのつもりだったのに――
ただの個人的な決着だったつもりだったのに――
これでは、これは――
×後日談:『白夜の聖剣』対『鶴久の絶剣』
◇
後日談:『二年生混合』対『三年生の伝説たち』
今回のフィールドは『渓谷』――中心には絶壁があり、その底には濁流が流れており、双方五人のメンバーは渓谷を挟んで向かい合う。
まさに『去年の決勝戦』と同じフィールド――『白夜の聖剣』が伝説となり、そして『鶴久の絶剣』が、一切の活躍をできずに薙ぎ払われた舞台の再演である。
「さてと――」
と、さっそく言い出すのは山名である。
今回、二年生チームの参謀は、山名以外にはできない。
――いや、他の面々もそれぞれ現部長ではあるのだが、諸星、村田は『剣士』である。須藤は『弓士』ではあるが、『国異』に参加したのは今年から。
秋原の裏方をほとんど努めていたのは山名だ。秋原を優勝まで導いたのも、ほぼ山名の作戦である。
なので――
「さくっと行くぞ……向こうは身も蓋もない災害ばっかりだ。こっちは地味な二年生だからな……」
『海神の槍』にせよ、『雷の神罰』にせよ、『雪崩』にせよ――
それから『征服者』にせよ、とにかく個で『盤面破壊』する連中ばかりだ。
一方のこちらは『鶴久の絶剣』武光は『デュランダル』――「折れない、以上」
『洛陽の妖刀』村田は『ムラマサ』――「相手と同じ魔力量になるだけ」
『白夜の綺羅星』諸星は『ジュワユース』――シャルルマーニュ十二勇士の力を適宜入れ替える『異能』だが、『剣』であることに代わりない。
そして山名は裏方、斥候だ。『冬の狙撃手』だなんだと言われても、ほとんど魔力は平均、平凡。
なので、山名はまず『宝徳の名弓』須藤をいれた。
彼女の『与一の弓』――『扇的当』には、『念話』だの『仲間の異能の力を借りて束ねて撃つ』だのの能力がある。
(ひとまず念話は千与に任すぞ。頼む)
(うむ、分かった)
問題はここからである。
中央の渓谷をどう超えるか。どう武光を届けるべきか。
――などと考えている内に、開始ブザーが鳴る。
「よし。とりあえず千与、一発頭上に武光の『デュランダル』を混ぜて打ち上げろ」
「む」
「なんで」
「はよしろ」
とりあえずさっさと必要な指示だけ出す。そうでないと間に合わない。
「ふむ――では、分かった。――『南無八幡大菩薩、願はくは、あの扇の真中射させて賜ばせたまえ』」
頭上に向けて弓を向ける須藤。
「『これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に再び面を向かうべからず』」
かの矜持、その詩と共に、矢じりは黄金の剣にかわる。
「――『離れ。以て八節、扇的当』」
空高くに輝く絶剣――そこに最大規模の雷が落ちた。
「え」
「は」
だろうな、と思う山名。
――かの『雪崩』含む灘魏高校を一撃で叩き割った雷鳴。
『海神の槍』こと水野弥生の『最高潮』――『白夜の聖剣』に呼ばれた時点でどうせ飛んでくるだろうと思っていた。
「まあ、これで一旦、ウチのクズは無力化出来た。あれ使うと魔力スッカラカンになるからな。……あとは、どうせ向こうが飛んでくる。あっちには『雪崩』があるから、こっちが渓谷を超える必要はない」
しかし水野弥生の問題は、槍術で十分強いという点である――
「はあ――よし。村田、うちのクズを頼む」
「マジで言ってる? 水野先輩相手に、私か?」
「ああ、今の先輩はだいたい普通の人間だ。お前の殺人剣が通る……つうかそれでしか通せん」
問題は、『雪崩』こと卯尾弾世と、『雷の神罰』こと笠原望だ。
双方共に、水野三年と同じ『三年五指』――『天災』である。
それに目黒の頭脳も困る。
まあ三年面子は規模が大きい分、別個に動くしか出来ないのだろうが――その采配を目黒次美の知性で操作されると、山名としては頭を抱える羽目になる。
「武光は消耗させたくないしな~……! だとすると――」
などと考えている暇もなく、轟音と共に膨大な『雪』が、渓谷を埋め尽くした。
――フィールドが、『渓谷』から『雪原』に変わる。
「あ~……来たか、『雪崩』が……!」
「どうする山名!?」
「いや、お前はとりあえず落ち着いてくれよ。大将なんだから」
とりあえず慌てている武光を落ち着かせる山名。
ありがたいことにこちらの大将は謎の化物だ。少しぐらい災害にあっても、まあまあケロッとしているだろう。
「……よし、笠原先輩には諸星、行け。卯尾先輩は私と千与でなんとか止める」
卯尾三年の恐ろしい点はその『雪崩』だけではない。
純粋な剣の腕前も十分、達人の粋でありながら、『その剣に雪崩一つ分の質量が乗る』などという狂った重量を持っている点だ。
ならば正面対決自体が難しい――いや、『ジュワユース』の力を上手く使えばなんとかなるかもしれんが――
「なるべく遠距離で仕留める……。あと目黒先輩は早めに墜とすぞ」
見え次第墜とす。だってあの人に与えられた『加護』は『マーリン』だ。
ただでさえ『征服者』――『ファーティフ』の軍事力を持ち、屈指の軍略を持つというのに。
などと考えている内に、渓谷を埋め尽くした雪原に『銃器隊』だの『騎馬隊』だの『攻城砲』だのが立ち並ぶ。目黒次美の『異能』である。
さらには中央突破してくるのは雷鳴を全身に纏う示現流・笠原望と、その背中に乗っている気まぐれ海神、水野弥生。
考えている暇はない。
「――『その肉も、その血も、すべて天からの恵みとして、私はすべてを頂こう』」
山名は二本の模擬剣を握り、完全な詠唱を始める。
「『願わくばこの殺生が意味あるものに。思いは野辺の露となるべし』」
時間が足りない。詠唱をしている間にも頭を回し続ける。
「――『解体。ハントレス』『必当。モシン・ナガン』」
片方の模擬剣を鉈に、もう片方の模擬剣を狙撃銃に変化させてから、さっさと指示を出す。
「諸星、『格好よく』いけ。笠原先輩はそれで釣れる」
「おうとも! ――『強がりでも青臭くても、格好付けて陽気にいこう』」
諸星の唄が聞こえる。その矜持、その在り方、その生き様。
「『歩けないなら連れていくよ。さあ伝説なんて蹴っ飛ばせ!』」
今回、詠唱破棄なんて出来ない。
なにしろ相手は規格外が五人だ。
「――『抜剣。ジュワユース』!」
「よし、それでいい。でもあの『神罰』はまともに受けんな。『ローラン』だの使ってなんとかしろ
「む、分かった!」
問題はあの気まぐれ海神だ。初手は封じたが――とにかく奇策、闇討ち上等のクズは、味方にすると頼もしいが、敵にした場合がとても困る。
「一発撃つ。どうせ防がれるだろうが、それでこっちに誘導する。あとは村田、頼んだ」
「適当言うなよマジで」
適当と言われても、実際あの気まぐれをどうにかするには適当しかないのだ。
「分かった――『抜刀。ムラマサ』」
ムラマサに詠唱は無い。
対象を選べば自動的に魔力を得られるので詠唱は不要なのだ。
代わりに『刃が相手に通るようになるだけ』で、他の特殊な能力などはないのだが……。
「はぁ――ったく」
ぼやきながらも森を駆けながら、銃声を轟かす。
水野弥生の長所であり短所は小柄であるという点だ。なので軽い銃撃一発でも打ち落とせる。
代わりにこちらの位置も把握されただろうが、そこには村田を置く。
あとは――
「諸星! 笠原先輩の注意を引いとけ!」
「うむ、ではいざゆかん『白夜の綺羅星』!」
「それはダサいからやめとけ!」
と叫びつつも、しかし三十色の光を纏う『ジュワユース』を掲げる諸星は『目立つ』。
そして、笠原に向かっているのも向こうから見ても明らかだ。
ならば――
「ハァ……? テメェがオレの相手か!」
――よし、釣れた。
だが、相手は『笠原望』、『雷の神罰』である。
「――『我は天より降り立つもの。我は宙より下るもの』」
先の雷鳴――『絶好調中の絶好調』の水野とほぼ同じだけの雷霆が鳴り響く。
「『我は神の咎である。我は神の罰である。――我は、神の怒りである』」
詠唱と同時に、笠原望の全身が雷化する。もう水野は離れているから、出力を墜とす必要がない――
「――『神鳴。ケラウノス』」
――示現流の初太刀、それに雷速が乗るのだ。
破壊力において、これを上回るものはほぼいまい。
「むぅ……! 『ローラン』!」
即効で『不屈の刃』に変えて受け流そうとする諸星だが、相手は示現流の達人である。
「ハ、甘いんだよボケが!」
不屈の刃が、『圧し折れた』。
しかしこちらは『白夜』の新部長。
自称『白夜の綺羅星』の輝きは、その程度で砕けるほど弱くない。
「さすがだなぁ、笠原先輩――! ならば『オリヴィエ』!」
折れた刃を片手に持つ諸星――唐突に持っている剣が双剣――『オートクレール』、『グロリユーズ』に切り替わる。
「あァ!? 二刀流は加藤の専売特許だろ!」
「はは、私も覚えてはいないぞ! だが二刀流は『格好いい』からな!」
即座に双剣に持ち替えて応戦する諸星を見て、山名は一旦は安堵し――かけてやめる。
相手はあの『白夜の聖剣』だ。加えて『征服者』だ。
思考を止めた瞬間、崩れるだろう。
(千与、できれば笠原先輩を撃ち抜け。未だお前の位置はバレてない)
(む、承知した。だが卯尾先輩はどうする……?)
(出てきたら出てきた時だ……! つうかまだ目黒さんも逸見さんも顔出してないのがマジでヤバい)
樹林に昇り迷彩を纏いながら、周囲を索敵する山名。
――下方では、嫌になるほど聞き覚えのある詠唱が聞こえる。
「――『我は大地の神である。我は嵐の神である。我は海の神である』」
初手で一発ぶち込んだ時に、恐らく大半の魔力を使ったのだろう。
故に再度、逸見から借りた輝剣を触媒に、この場で顕現しているようだ。
「『この穂先にて綿津見を掻き混ぜ、世に嵐を齎さん』」
――『海神の槍』が、ここに抜かれる。
「――『抜槍。トリアンナ』」
そして始まる水野弥生と村田の剣戟。
しかし、この気まぐれな海神は、山名の位置を把握すればたとえ村田との戦闘中でも撃ち込んでくるだろう。
ならばこの場に留まる理由はないと、山名は判断する。
(村田、後頼んだ)
(お前、私にだけなんか指示雑じゃね!?)
(信用しとる)
実際、対人において村田は最強に近い。
ちょっと武光が化生に入っているだけで、対人剣ならば村田以上の猛者を山名は知らない。
とりあえず水野は村田に墜として貰うとして――
(武光、まだ動くなよ。目黒さんはお前をよう知っとる。……なんか殺す手段あるだろ、多分)
(分かってるよ! いや、私も知らんけど)
知らんのかい、と思いつつも、山名が森を駆けていると――不意に脱落ブザーが鳴った。
笠原望を、須藤千与の矢が横から撃ち抜いたのだ。
「はっ――クソ……!」
まだ笠原先輩は動いているが、脱落は脱落だ。
……しかし、あの顔はなんだろうか?
悔しいというのは分かるが――絶望感がない、というか――
(――――やべ。諸星下がれ! あと千与も場所変えろ!)
(む?)
(ん?)
山名の判断に、勝利を収めた諸星と須藤は対応が遅れる。
――故。
「――『帰り道などここになし。怯える暇もここになし』」
――雪原の中から始まるのは、終わりの詩。
「『さあ堕ちておいでよ、君の謌』」
そうだ。『ここ』は『渓谷』だ。
『雪崩』の『雪』で埋まっていただけで、本来は――
「――『崩落。アバランチ』」
すべてを破壊し雪崩墜とす、身も蓋もない天災を告げる詠唱と同時、諸星の足場がいきなり消えた。
「むうう……『リナルド』、お前の馬を――」
しかし、それでも『白夜の綺羅星』、尚も渓谷を駆けのぼろうと『ジュワユース』の色を変えるが――
「――残念、堕ちな?」
その上から――大質量の『剣』――卯尾弾世の『雪崩の剣』が襲いかかった。
続く脱落ブザーは二年生側、諸星である。しかも卯尾弾世、一度は消した雪を再度展開させて再び渓谷を埋め尽くす。
――『三年五指』、身も蓋もない天災の全力が、今発揮されている。
「とと――さーて、笠原を墜とした弓はあっちかな?」
あくまでも態度は気軽な、何処にでもいる女子高生――しかしその全力はまさに『雪崩の如きありよう』で駆けだす卯尾弾世。
(あ~……武光! お前じゃねえと止められん……!)
(はいよー! では――『鶴久の絶剣』、いざ参る!)
『デュランダル』などという『異能』は、武光奏の本領ではない。
こいつの馬鹿なところは、何か鍛えていたら『一挙一動縮地』とかいう意味の分からん人外の粋に達しているところだ。
故にあの天災を止めるには武光をぶつけるしかない。
「おっと、来たなぁ! 『鶴久の絶剣』!」
ぬるりと――下から上に切り上げる、ただ単純な『人は斬れば死ぬという道理の極致』を極めた技。
現二年生では誰一人止められないそれを、しかし卯尾弾世は『雪崩の剣』で押しとめる。
「――でも、姿を見せてよかったのかな?」
(千与、武光を打て。詠唱破棄でいい)
「――『離れ。扇的当』」
矢を飛ばす。
武光ならば条件反射で避ける。
そこに『白夜の聖剣』の『輝剣』が一本飛んでくる。
あれは『トリスタン』だろう。それをなんとか破壊できた。
(よし、武光、下がれ……! あー……千与、最大火力でいい! 卯尾先輩墜とせんか!)
(む、承知した……! では武光さん! デュランダルの輝きを借りるぞ!)
須藤の『扇的当』には、『仲間の異能』を乗せる力がある。
故に――
「――『離れ。以て八節。扇的当』」
不屈の剣を、矢にして卯尾を撃ち抜いた。
「あったぁ……!」
脱落ブザーが鳴る。
これでなんとか卯尾は墜とせた。
……どうやら、堕ちたところで召喚した雪は消えないらしい。
ならばありがたい、こちらも足場として使わせてもら――
「むぐぅ――!?」
――などと山名が考えている内に、須藤から声が上がる。
それと同時に脱落ブザー。須藤千与が――恐らくは目黒の銃器隊に墜とされた。
(今の一射で位置逆算されたか――くそっ。んで目黒先輩は――あ~……!)
いる。
凱旋戦車に乗って、優雅に雪上を横断している。周囲に軍事力を展開しながら。
その横には『白夜の聖剣』逸見明音も乗っている。
これで残るは、こちらは『鶴久の絶剣』武光奏。
『冬の狙撃手』山名有為。
『洛陽の妖刀』村田知子。
相手は『白夜の聖剣』逸見明音。
『征服者』目黒次美。
そして『海神の槍』水野弥生。
ついでに言うと、須藤が堕ちたせいでこちらは念話も使えない。
「村田、マジで水野先輩頼む。墜とせ!」
とりあえず森のどこかで戦っている村田に向けて叫ぶ。
「あ~! 分かってるけどこの人普通につええよ!」
「おい山名~! お前はあたしを応援しろよ~!」
どこかから、村田の愚痴るような声と、水野元部長現在クズの声が帰ってくる。
知っている。誰よりも山名がそれは知っている。
だって秋原の元部長だ。しかし村田ならば――
「相打ちでなんとかならんか!?」
「お前ほんと私にだけ雑だなぁ! あぁ、くそ……でもやるかぁ!」
その後で脱落ブザーが二度。かの『海神の槍』水野弥生を、『洛陽の妖刀』村田知子が相打ちしてくれたらしい。
(あとはもう……だなぁ……!)
目黒次美は、山名が墜とす。
練習試合では見せなかったが、実は山名にはその手段がある。
代わりに山名も堕ちる上に、準備時間が必要なのだが――
「武光~! しばらく一対二で踏ん張ってくれ~!」
「マジで言ってる~!? わかったよ~!」
『武光奏』とかいう化生の縮地は『白夜の聖剣』にも見えない。
故に、当然目黒にも見えない。――とはいえ無差別飽和攻撃には弱い。
――『武光奏』の『異能』である『デュランダル』は「折れない、以上」なのだから。
なので、とにかく踏ん張ってもらう。
「ふふ。きみは来ると思ってましたよ」
などと、目黒次美は微笑みながら――
「――『路を開けよ。私がこの地を欲しているように、この地も私を欲しているのだ』」
凱旋戦車に乗りながら、優雅に、緻密に、合理的に。
「『私の征服した土地は、領土ではなく、我が愛である』」
一歩として無駄がないように、目黒次美の『征服』が本領を発揮する。
「――『襲名。ファーティフ』」
『白夜の聖剣』と『征服者』のコンビネーションによる飽和攻撃なんていう、凡そ最悪の攻撃を、武光奏は避けている。
山名は地面に降りながらも、若干その姿に引いていた。
「やっぱあれ人間じゃねえな……」
などとぼやきながらも、こちらも準備を整える。
一度は鉈と銃に変えた模擬剣を元に戻し、片方を中ほど、もう片方を番えるように――
――まるで弓矢のような形にする。
「ったく、これリターン薄すぎるんだが……」
まず、山名としてはこれを撃たねばならん状況になった時点で結構な詰みである。
――しかし、『征服者』目黒次美を撃ち抜くには、これしかない。
ついでに『白夜の聖剣』も墜とせたらいいな~なんてちょっと思いつつ、山名有為の真の『異能』を解放する。
「――『真向、内冑は恐れも候。障子の板か、栴檀、弦走か、胸板の真ん中か』」
必中、必殺。強弓。しかして、それは確かな自負と矜持の詩。
「『昔は矢一つにて鎧武者二人を射通しけり。今は舟を射て多く人をぞ殺しけり。南無阿弥陀仏』」
この一撃を持ってして、山名有為は『的場を降りる』。
即ち、一射にして脱落する。それが己に貸した『道』だから。
だが、それでも尚――
「――『離れ。射法奏上、弓張月』」
山名から放たれた矢は、道中全てのものを巻き込みながら突き進む。
『征服者』の軍事力も、『白夜の聖剣』を取り巻く周囲の輝剣もすべてを巻き込み――
「おっと」
「はあ」
『剣士』である、逸見明音は、ひょいっと凱旋戦車から飛びのいた。
しかし『征服者』目黒次美は、避けられない。
「――まあ、良い盤面にはなりましたか」
そんなことをいいながら、山名の矢に射貫かれた。
――脱落ブザーが二つ鳴る。
それは三年生『征服者』目黒次美と、二年生『冬の狙撃手』山名有為のものだった。
◇
――盤面に残るは二名。
三年無敗だった伝説――『白夜の聖剣』逸見明音。
その伝説に届かなかった『鶴久の絶剣』武光奏。
双方は雪上にて向かい合う。
「や~……なんか、結果こうなっちゃいましたねえ」
「うん。私もさすがにここから輝剣の展開までは出来ない……というか、皆好き勝手に持っていきすぎだろう……」
『白夜の聖剣』の『輝剣の加護』には『魔力共有』という効果もある。
――あるのだが。何分今回の三年生面々、全員が全員、好き勝手に暴れてくれた。
まあ、逸見もそれを止めなかったのだが――
「――とはいえ、まあ。私に残るのはこいつだけだ」
そう言って、彼女は改めて剣を掲げる。
「――『彼方の果て。湖の底。常世を超えて飛び立とう』」
もはや彼女そのものと呼んでもいい聖剣の詠唱。
王の再誕を願う楽園の歌。
「『花園の門よ開け。今ここに王が選ばれる』」
軽やかに、美しく。無駄もなく、隙もなく。
「――『抜剣。エクスカリバー』」
――その、膨大な魔力を再度解放する。
「や~……やっぱり綺麗っすねえ……」
黄金色の剣先は、その輝きだけでも焼き切れそうなほどに美しく、僅かにでも掠めたら、即座に蒸発するほどに恐ろしい。
――しかし、武光奏は剣鬼である。
たかだか『聖剣』一本に、臆するような生物ではない。
「――『いざ刮目せよ。輝く剣先。我が鋭さに届くものなし』」
既に解放していたはずの聖剣が、尚も輝きを増す。
『異能』とは『魂の形』である――故に――
「『オニキスですら砕けず、黒石すら毀れず。この刃は生涯我が手に――』」
その煌めき、その鋭さ――「ただ折れない」という在り方こそ――
「――『抜剣。デュランダル』」
――『武光奏』という、在り方そのものなのだ。
「……それでは」
そう言って、逸見明音は正眼に聖剣を構える。
「では――」
ぬるりと、武光奏は下段に剣を構える。
「――『白夜の聖剣』、逸見明音。いざ尋常に“勝負”とさせてもらう」
「『鶴久の絶剣』武光奏――いざ参る」
言って、即座に逸見の視界から消え去る武光奏。
「ほっ」
後方からの不屈の斬撃をいなす。
縮地だ不可視だと言っても、それは道理の内にある。
つまるところ、動作に移る姿が見えない――正しく言えば見せないだけだ。
それと武光の性質上、ほぼ必ず後方から飛んでくる。
――視界から消えるということは、逆を言えば視界外には必ずいるのだから。
とはいえ――
「さすがにきついな……!」
「そうは見えませんけどねえ……!」
相手は不屈の剣、『デュランダル』だ。
まともに弾けば普通に『エクスカリバー』側が圧し折れる。
――故に逸見は、その『剣聖』に達した剣術を持って、視界外から飛んでくる斬撃を『逸らす』必要がある。
それでも尚、逸らし続ける逸見の技量は、武光とは別軸で人外の粋に達しているだろう。
だが、『その程度』で砕けるほど、『鶴久の絶剣』は柔くない。
「なら、こういうのはどうですか……!」
同じ箇所に二連続、三連続の斬撃を重ねる。
武光奏の速度がそれを可能とする。――それに『不屈の剣』が乗るのだ。
まともな剣士ならば既に斬られている。
「――……はぁっ!」
だが、『その程度』で崩れるほど、『白夜の聖剣』は甘くない。
捌き切るのが困難であるのならば、『避ける』、『逃げる』。
――後方へ大きく飛びのいて、距離を取る。
そしてそれを追いかける武光奏――だが。
「それは、見えている」
後方へ跳んだ。――故に追いかける。ならば、いかに武光奏が速くとも、必ず『逸見明音』へと向かってくる。
だから、ただ一歩前に出てその聖剣を突きつければいい。
――はず、なのだが。
「知ってます」
するりと――その人間ならばまず避けようがない突きを、武光奏は避けなかった。
――正しくは急所に当たるのは避けたが、完全回避はしなかった。
右胸に当たり前に突き刺さる聖剣を無視して、武光奏は『デュランダル』を。
『不屈の剣』を。『決して曲がらぬその矜持』を。
去年は、届く前に吹き飛ばされたその『一撃』を。
「――――ぐっ」
真っ直ぐに、『白夜の聖剣』の胸元に突き刺した。
――脱落ブザーが、二回鳴る。
一度目は――三年生側からだった。
「ああ、くそ……なんだよ、もう……」
むっと口を尖らせて、子どもみたいなことをいいながら倒れる『白夜の聖剣』逸見明音。
そんな姿、初めてみたなぁ……。なんて思いながらも、しかしもう『鶴久の絶剣』も限界だった。
膝から崩れ落ちる――けれど剣は手放さない。
「いてぇえ……」
はあ、とため息を吐きながらも、武光奏は仰向けに倒れた。
それから、握った剣を――もう模擬剣に戻ってしまったそれを、夜空に掲げる。
――『デュランダル』の輝きはもうないのに、その剣は月明りを浴びて、輝いて見えた。