わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
「全員納得したね~、じゃあ修行するよ~」
翌日。部室に戻ったわたしたちを迎え入れた水野部長は、開口一番そんなことを言った。
修行かぁ。たしかに必要なんだろうけど――
なんていうか地味。
特にわたしの場合は基礎の基礎から始めることになるから、かなり――その……。
「正気です? 修行パートってあんまり人気出ませんわよ」
言った! わたしが言いにくいことを、戸枝さんが言った!
「それに私達の『異能』の特質も、魔力量にも差があります。……全員揃ってですと、あまり、効果的な修行にはなりにくい気がするのですけど……」
「うん、それはそうだ。山名と戸枝ちゃん除いたら、無協調ばかりだからね」
「先輩、しれっと自分もエゴイスト側にいかないでください」
「しかし、ここで朗報があります」
水野部長はひょいと、これまで腰掛けていた部長の机から立ち上がる。
それから指を一本立てる。
「明日からは夏休み。なので、朝から晩まで極限まで鍛えられる。『国異』が始まるまでの一か月。おはようからおやすみまで」
「ああ……。えっと、途中で帰っていいですか?」
僕、デートの約束が。なんてどこまで本気なのかよく分からないことを言う望月さん。
けれど、そんなのは「全部キャンセルで」と一蹴した……!
「協調性ってほどじゃなくても、連帯感は共同生活するうちに、勝手に芽生えてくるでしょう。というかそれを期待して、合宿するし」
「しかも合宿なんですの?」
「うん。でもいいだろ、広島と島根の県境。中国山地の途中。奥出雲の廃村だぜ」
周りは一帯山だらけ。
つまり、どれまで全力で魔力を吐き出しても、問題はないと水野部長は言った。
……戸枝さんだと山火事になりそうだけど、大丈夫なの?
それに、奥出雲の廃村って/わたしには慣れた場所で。
インフラとかも通っていなくて/それをわたしはよく知っていて。
……雨風を防ぐくらいならともかく。/まともな生活ができる場所は、すべてわたしが■り■した。
「…………っ」
頭が、いたい。倒れそうになるわたしの両肩を、戸枝さんと望月さんが支える。
「佐守さん、大丈夫ですの?」
「ああ、死人みたいな顔だ。……休んだ方がいいんじゃない」
「あ、いえ……大丈夫、です」
……少し嫌なことを思い出しただけ。
思い出しそうになっただけ。
「あの、部長」
代わりに、問いかける。
「その……『廃村』で暴れても大丈夫なんでしょうか?」
なんていうか、死者に敬意を――なんて、とてもじゃないが言える性格じゃないけど。
「あと、生活も」
「うん、まあ生活自体はなんとかなるよ? 村の入口に公民館があってね。廃村になってから作られたらしい。それこそ廃村を『異能』の練習場として使うために」
「へ、へえ~……」
「それに、たしかに住宅街は『燃えまくってる』けど、まあ建物は残ってる。さすがに暮らしてた人は他に移ったみたいだけどさ」
え……? 『燃えまくっている』?
そんなはず、ない。わたしは確実に、人を、人だけを――してた。
建築物何て無用な邪魔ものとしかみていなかった。
けれど先輩の話を聞いていると、なんていうか……『震災みたいなのが起きて、住民は移住せざるをえなかった』。みたいに聞こえる。
わたしがしたことじゃなくなってる。
『……そもそも、それが御前の村だと判明しているわけでもないだろう』
久しぶりに大蛇さんの声が、脳内に。
確かに……あの辺、廃村いっぱいあるし。
でも、なんでかな。
わたしはそれが『わたしの村』だと信じて疑わなかった。
これも運命と呼んでいいもの――なのだろうか?
「……部長の意図は分かりました。この一か月で一気にレベリングしようと。それは理にかなっています」
「ええ……面倒だよ。しかも山中だよ? 可愛い子との出会いは? ないよ? 僕は辿り着く前に死ぬよ」
一方、わたし以外の一年二人は非常に分かりやすく両極な反応を示す。
戸枝さんはちょっとやる気が出てきたみたいだけど、望月さんは今でも逃げ場を探してて、でも、窓側も扉側も戸枝さんと水野部長に挟まれてるので逃げられない状態だ。
「それで、お相手は決まっているのでしょうか? 他の三年の方々?」
総出でかかれば多少は厄介だと、戸枝小春は言う。
……凄い。たしか今年の三年生で十人くらいいたけど、それでも『多少は厄介』で済むんだ。
「僕も……ていうかどんな修行すんの? 自分で言うのもなんだけど、あまり他人の修行でどうこうできる『異能』でもないよ」
「なんなら、他人の修行の邪魔をする」と望月さんは言う。
……凄い。そこまでちゃんと自分の異能の性質も理解しているんだ。
けれども水野部長は、ふたりの問いにケラケラ笑うばっかりで、全然真面目に答えてくれなくて。
「大丈夫。二人にはとっておきの相手を用意してるから。それから、佐守ちゃんにも、ね」
「え、あ、はい……」
そういえばわたしだけ、全然話題に上がらなかった。
いや、わたしに異論がなかったせいもあるんだろうけど……。
「ま、着いたら教えるよ~。とりあえずしばらくはバスの旅を楽しもうぜ~。あと、温泉だよ、温泉! これも愉しみだよね~!」
「おんっ……!」
……どうしよう。
あんまり人と入浴を共にする機会とか、ないんだけど。
普通に恥ずかしいんだけど!
「なんだい、なんだい佐守ちゃん、その初心さは、大丈夫、先輩が手取り足取り教えてあげるから~」
「あ、あうあうあう……」
ぐいっと後ろから戸枝さんに引っ張られて、水野部長と物理的に距離があく。
あと、隙間にこれまで黙っていた山名先輩と望月さんも入り込んで――
「先輩。それ普通にセクハラです……」
「あと、佐守さんの体は僕が予約してるんで」
「水野部長はその後で」とか、なんかしれっと、人の体を売り買いされている……!
しかも望月さんに予約したつもりは一切ないのですけど……!?
そんなことを考えてたら戸枝さん、今度は望月さんの頭も掴んで――
わたしみたいにえりくびを持つんじゃなくて、アイアンクローで握りしめて。
強引に引っ張ってきた。
「いたいいたいいたい……何だよ、戸枝さん。
動きも直線的なら、力も馬鹿力――あ、なんでもないです。すみません」
「……あー。ひとまず公序良俗は私が守るでよろしいですか、山名先輩」
「うん……部長は私が抑えておくから。すまん」
そしてなんかまともな二人、
うん。この二人が揃ってるならなんか変なことにはならないだろう。
具体的には、全年齢版を超える描写は多分ないんだろう。
何を言ってるんだわたしは。
あとレディコミ系はその辺緩いから、まあそういうのはあるかもだけど。
いやだから何を言っているんだわたしは……!?
「ふうん。さては、佐守さん、人との付き合いとか、あんまりなかったでしょ」
しれっと人の傷口を抉ってくる望月さん。
なんだこの人。いきなり理解者面をしてきたんですけど……?
「いやだなぁ。友だちじゃん」
「わたしの友だちは戸枝さんだけなんですけど」
「私の友だちは佐守さん以外にもいますけど。貴方も多少見聞は広めなさいな」
「え……え……!」
それはもう、ショックだった。
斬られた時よりも、斬った時よりも、ずっとずっと、ショックだった。
わたしにとっての、あなたは一人……。
なのにあなたにとってのわたしは、大勢の一人……?
心がへし折れる音がした。
「部長。急に心が怪我をしたので、おやすみさせてください」
「ダメだよ? ていうかフォローはしなさい。戸枝ちゃん」
「あー……えー……まあ、これほど仲良しになったのは、貴方ぐらいのものですが」
それはそれとして、と戸枝さんは言って。
「……何はともあれ、仲良しこよしで強くなれるわけでもありません。初めての友人、初めての合宿を楽しむのはいいですが……」
弱くなったら無意味だと、戸枝さんの瞳は語っていた。
それなら気にしなくていい。なまくらになるつもりはないから。
「よし、んじゃ。話も決まったところで、学園前まで行くよ~。朝からバスのおっちゃんまたせてるからさ~」
「朝から……朝から!?」
そういえば学園に知らないバスが止まっていたのを登校時に見たけど……!
「気にせんで。うちの親父だから」
気にはしますけど!?
ひとまず、急いでバスへ向かうのだった。
◇
バスは市街地を抜け、すぐに田園風景へと入る。
別に大したことない地方都市だ。ちょっと道を外れたら、いかにもな田舎が広がっている。
けれど、それでもわたしには都会に思えた。
というか、歩いてコンビニがある範囲は都会でしょ……。
「うー……」
そんなことを思いながら、窓を眺める。
灰色から、緑へ。緑から……汚れた土の色へ。
徐々に上に。山の奥に。渓谷の隙間。
街に向けて流れる大河の、上流。激流は、川というより滝に見える。
そこは村というより川沿いの道だった。
多少の土手はあるけれど、どう考えても逆効果。
だって、土砂は『崩れる』。
どうしてこんなところに村を作ったのか。
昔の人はなにを考えてこんなところに住んでいたのか。
そりゃあこんなところ、少し川が溢れれば、あっという間に人は死ぬ。
祟りなんて話じゃない、当たり前の話だ。
よっぽど、この川が好きだったのか。
それとも、人に見られたら困る■■があったのか――
……どのみち、ここはもう終わった村だ。
名前もない村。人も住んでいない。
立ち入り禁止。
ホラーゲームなら、いい舞台になりそう。
もしくはネット怪談にも使われそう。
だけど、誰も話題にしない。
だって本当に『終わっている』って知っているから。
恐怖すらも終わった村。
わたしが……多分、住んでいた、村。
帰ってきたという実感はない。
ただ、なんとなく落ち着かなくて――
「――――」
気が、滅入る。
「……佐守さん、大丈夫ですの? 顔色が、望月さんみたいになっていますわよ」
「ひどいな。……まあいいけど、先輩。休める場所ってありますよね? どうせここは練習用の場所でしょ」
「え、ああ……一応、ちょっと下ったとこに公民館があるよ。そこはちゃんと機能してる」
「じゃあまずはそこに。……佐守さん、肩を」
「あ、はい……」
なんか、この前から……戸枝さんの肩を借りてばっかりだな。
いつか、ちゃんとお返ししないと。
「ふうん……先に、練習場所を見ておきたいと思ったんだけどねえ」
「ああ。それなら僕が見ときますから。他の皆は佐守さんを――」
「いや、それなら私の方が斥候スキルは高い。……そもそも、望月もその顔じゃ、心配でうまく探索できないだろ」
「…………僕は、別に」
「まあまあそういうのは先輩方にお任せして! おまえらは、明日からの合宿に備えておきな!」
そう言って、望月さんもこちらにやってくる。
というか、水野部長と山名先輩に無理やり投げ飛ばされる。
望月さんは、何とも言えない表情をしながら、わたしの横――
戸枝さんとは反対側に立って。
「それじゃあ、お姫様。少々お手を拝借しますよ」
……な~んて。
過去一の照れ隠しなセリフとともに、優しくわたしを支えてくれたのだった。
◇
下の公民館で、戸枝さんと望月さんの二人と部屋に残った。
あの村から離れたおかげか、それとも二人が暖かかったからか、部屋に着いた時には、わたしの中の嫌な感覚は、だいぶ薄れていた。
……こう、もう立ってもいられない状態から、何とか立てる程度には。
「すみません、二人とも……あの、戻りま――」
……戻る? あの■に?
「あっ……うっ……」
「ああ。無理しないでいい。……別に今日だけじゃないんだし」
「すみ……ません……」
「いいよ別に。あ、でもアレ。帰ってから布団敷くの面倒だし、やってくれてるとうれしい」
「あ、はい。それは別に――」
「望月さん……?」
「だからうれしいって言っただけだよ?」
別に頼んではないよ。なんて、しれっとのたまう望月さん。その、いつも通りの態度に、少しだけくすっとしてしまった。
それから、はあとため息を吐いて。視線を逸らす――でも。
「貴方にとって――あまりよくない場所、のようですわね、ここは」
戸枝小春。
主役の光は、断じて半端を許さない。
ましてそれが――
「貴方が苦しんで、修行にならないようでしたら、場所を変えるように提案いたします」
「いえ、そこまではしなくていいです……」
本当にこれは、わたし個人の問題。
ちょうどいい、荒らして問題のない廃村。周囲には、整備されていない森林も、渓谷も、あと枯れた水源だってある。
ただでさえ絶好のシチュエーション。おまけに戸枝さんみたいに大規模な『異能』の練習には、ちょうどいい場所だろう。
「ね。聞いても、いいかな?」
そして、そんな誠実さとは真逆に――
「ここ、前に君が住んでたとこ?」
「え、あ、はい。まあそうなります……?」
すごい、しれっと望月さんに聞かれて、わたしもなんか普通に答えちゃった。
「望月さん……!」
「いいでしょ。あんまり深刻ぶる方がよくない気がするし。……とはいえ、なんか真っ当に滅んだ村って感じでもないなあ」
すんすんと周囲のにおいを嗅ぎながら、望月さんはわたしに問う。
「――死人の村だ。終わっている村だ。廃村になる以前から、『何か』が狂い果ててる村だ」
彼女特有の個性なのか、はたまた『異能』の産物なのか。望月さんは周囲のにおいを少し嗅いだだけで、そんなことを言っている。
「詳しく聞かせてくれる?」
わたしも思い出したばっかりで。
あんまりちゃんと答えられるかは、わからないけど……。
「えっと、自分が答えられる範囲で、よければ――」
――そうして、わたしは覚えていることを話した。
でも覚えていることは少ないし、主観もすごく混ざっている。
だから、支離滅裂なところも多くて、余計に二人を混乱させたかもしれない……と思う。
◇
田舎に憧れを持つものは都会人だけ。
全員がそうとは言わないけど、少なくともわたしはそう。
田舎は自然が多いっていう。
多いんじゃなくて、管理できてないだけだ。
田舎は朴訥としているという。
朴訥としているんじゃなくて、そもそも人が少ないだけだ。
田舎の人は暖かいという。
暖かいんじゃなくて、モラルがなくて相互監視社会なだけだ。
地面はいつまでも舗装されず。ひび割れだらけで土が出てるし。
土砂崩れ注意の看板がある道は、もう砂ばっかりで気分悪いし。
当たり前だけど虫も多い。見たこともないような虫がうじゃうじゃいる。
家だってそうだ。都会の人たちはなんか昔ながらでいいねっていうけど。
それはアップデートされていないってこと。
補強もなにもされていないってこと。
いつ崩れるかも不安になる家で、ゆっくり眠れるわけがない。
まして山脈。まして台風の進行通路。
じゃあそれがニュースになるとか、そういうこともない。
だって人がいない。都会じゃない、どうでもいい田舎だし。
空気がおいしいって、都会の人は言う。どうかな。
冷たくて、肺が凍りそうで。
とても人を歓迎しているようには思えない。
そんなところが、わたしの『田舎』。
少なくとも、物心ついた時にはわたしがいた限界集落。
◇
「……ひとつ、質問してもよろしいかしら」
「はい。なんですか」
「貴方の……その、ご家族は」
「さあ……どうなんでしょう」
あんまり記憶にない。家族とか、両親とか。
狭い集落。狭いおうち。
それでも、他よりちょっとだけ広くて、少しだけ立派な家で、わたしは育てられた。
話しかけてくれる人はいなかったけど。
行ける場所は、制限されていたけれど。
「なるほど。……それで、村がもう限界になったから、君は秋原に?」
「うん。多分」
「多分というのは、どういうことですの」
「……あんまり、覚えてないんだ。学園にくるまでのこと」
私立秋原女学園は、小中高一貫のエスカレーター学園。
だからここにくるまでの記憶は、正直薄い。
あの夢以外。
わたしを入れてくれたのは、わたしの遠縁の遠縁の、それまた遠縁の誰か。
彼なのか、彼女なのかが、どこまで村の状況を理解してたかはわからないけど……。
少なくとも、『おかしい』と思えるぐらいの常識はある人だったんだろう。
「……わかりませんわね」
わたしの言葉に、戸枝さんは不思議そうに眉根を寄せていた。
「今の話だと、この村は自然崩壊したように思えます……時代の摂理として。でも、望月さんが言うに、ここはもっと――」
「ああ。ちゃんと滅ぼされている。生き残りは君だけなんじゃない?」
「望月さん……!」
「いや……いいんです、なんか、わかってますし……」
そうだな。
うん、どうせここまで話しちゃったんだし……。
あの夢のことも、話しちゃおう。
「……毎晩、夢を見るんです」
「夢?」
「はい。なんだか厳格そうな場所で、綺麗な服を左前に着せられて。
村の人たちに、笑顔で見送られて――」
「……それは」
「わたしは、すごく嫌だったけど。
すっごくすっごく、いやだったけど。
でも、それはわたしが、これまで育てられた意味だって、知ってたから」
だから納得しないとって。/本当はちっとも納得してなかったけど。
「……その後のことは、よく覚えてなくて。気づいたらわたしは秋原学園の生徒でした」
「ああ、なるほど……『生贄』か」
望月さんがわかりやすく説明してくれた。
ちょっとドキッとしたけど、まだ大丈夫。
それに補足するように、戸枝さんがつぶやく。
ただ、その声にはいつになく――この前以上に、怒りが込められていて――
「『異能』が普及した時期には、土地によって差がありました。
……おまけに『異能』は『逸話・伝承』の再現と相性がいい。
そういう……呪いがまだ信じられている場所であれば、なおさら、そうね……ああ、あの魔力の捻じれも、そういうこと」
本当に趣味が悪いと、彼女は吐き捨てるように言って。
「でも、一個だけおかしな点がある」
そんな彼女とは対照的に、望月さんはあくまで冷静に。
普段通りの感じで、わたしに聞いてきた。
「どうせ生贄にするならさ。ちゃんと強い魔力を持つ子の方が、なんか上手くいきそうじゃない? ここでどんな儀式をしていたのかは知らないけれど」
「あ、たしかに」
「だから、儀式は失敗したんじゃない? そんでこの惨状、だとか」
なるほど……?
確かに儀式が成功していれば、生贄にされたわたしが今も生きているわけがない……。
そこのところ、どうなんです?
大蛇さん。
『うん。“儀式は失敗”した。……故、ここに己も中途半端に残っている』
ああ、そういうことだったんだ。
『食いで』を求めているんだもんね、大蛇さんは。
『うん。その時こそ、改めて己とお前の運命が決まる」
……運命。
「急に黙ってしまって、どうしましたの? ……いえ、私たちが一気に聞きすぎましたわね」
「ああ。一旦、先輩たちのところに戻ろうか。それじゃ、佐守さんは布団をお願いね」
え。
「あ、あの……もうだいぶよくなったので、わ、わたしも……!」
「無理はしない。……というか『無理はさせません』」
な、なんか戸枝さんの顔が怖い……!
「ああ、逃げようとしても無駄だよ。僕の夜、この辺とっても相性がいいから」
いやあ、不浄さまさまだとか言いながら、望月さんは去っていく。
戸枝さんも、軽く咳払いをして。
「……とにかく、事情の説明を先輩にする必要は、あるでしょう。そして、それは今の頭が回っていない貴方より、私の方が適任です」
「う……た、たしかに」
「なので貴方はここで安静にしていなさい。
『貴方が無理をしたら』私が『この部屋を終わらせます』」
「ひぇ!?」
ち、逐一範囲が大きいよ……!
なんて言っている間にも、気づいたら二人は出ていってしまって……。
「は、はあ……」
わたしは一人、このなんでもない真っ白な公民館の天井を見上げた。
この建物は、村が滅びてから作られたらしい。
だから、あの気持ち悪い感覚も、少し遠い。
こんなに、距離が近いのに。
炎と夜が、わたしを守ってくれているようだった。
◇
「――なるほどねえ」
事情を聴いた水野弥生は、どうしようかと頭を悩ませる。
「どっちにしろ佐守ちゃんの修行は、公民館の運動場だけで完結させるつもりだったから、別にいいんだけどね」
ただ、近いというだけで、佐守あおは不調をきたす。
でも、それは試合とは関係ないことだ。
この一か月という時間、他に良い修行場はない。
自分のところの試合場も悪くはないが、偵察される危険がある。
だが、ここを選んだのは水野弥生だ。
つまりこれは水野弥生と、佐守あおの話ということだ。
「――うん、帰ろうか」
即断。他の部長ならまだ悩んだかもしれない。
だが水野弥生はかわいい後輩を苦しませる場所にいつまでも置いておくつもりはない。
なにより、このままでは一か月を無駄にすると彼女は考えた。
けれど、続行を求める声は二人から上がった。
「いいえ」「やりましょう」
誰よりもちゃんと話を聞いた、一年生二人だった。
◇
廃村の中心、なんの変哲もない、ついでに舗装もされていないコンクリート上で、彼女――『終の熱剣』戸枝小春と、『海神の槍』水野弥生は向かい合う。
「ま、なにはともあれやる気になってくれたのは何より。今日はとりあえず、私とタイマンでやろっか~」
そう言って『海神の槍』を握る水野。いつも通りのほほえみに、しかし戸枝は固い表情で問いただす。
「……水野部長。今日はどの程度ですの」
「ああ、調子? ん~……。まあ、半々くらいかな。そこそこ」
「それは、貴方の『異能』も?」
敢えて、分けて問う戸枝に、水野は苦笑しつつ答える。
「そこ、ちゃんと分けて見てくるのはさすがだねえ……」
「当たり前です。でないと一度『異能』を割られた後で、あの『絶剣』さん含む三名相手に一人でやり過ごせませんわ」
『異能にブレ幅がある』というだけでも水野弥生は相手にとって厄介な相手である。
加えて水野弥生の『ブレ幅』は『異能』だけでない。
彼女の槍の技、『異能』に頼らぬその術すらも、彼女のやる気次第で大きく変わる。
ある意味、これが最も厄介な性質だった。
水野弥生は『槍術のブレ幅』と『異能のブレ幅』が別個に存在し、それが揃った場合の――すなわち『真に絶好調』の彼女を、いまだに誰も見たことがない。
だから戸枝小春は聞いたのだ。今はどの程度だと。
「まあ、そうだなあ」
軽い調子で槍を握る水野。
天候が、わずかに曇る。水流操作で彼女の槍は鞭のようにしなり、うなる。
それらを見たうえで。
「うん。どっちも『そこそこ』」
やる気は、どうせ練習試合だし。
『異能』も、中途半端な火力しか出ない。
「ただ、これでも君相手なら十分だ」
あの『絶剣』や『聖剣』なら別だけど――と、彼女は『熱剣』を相手に『そこそこで十分』と言い放った。
対する戸枝は、「でしょうね」と軽く答える。
「……あれ、一応挑発のつもりだったんだけど?」
「わかってますわよ。ちゃんとむかつきましたし、いずれ『私もそこに至る』と約束します。ただ、今は――」
ちりちりと火花が散る。
戸枝小春の体から、異能を発したわけでもないのに、炎が燃え上がっている。
「……水野部長。この廃村の内側はすべて練習場で、練習のための設備ってことでいいのですわね?」
「え、まあ」
「では――無論その際に建造物などを破壊し尽くしても、怒られませんわね?」
「あー……そうだねえ」
備品を壊したら普通は怒られるけど、と前置きしたうえで、水野弥生は答える。
「一般人立ち入り禁止の廃村だけどさ。なんかわざわざ解体する費用も時間も出したくないんだってさ。だから適当にぶっこわしてくれたら、むしろ助かるだって」
「――は」
怒りを通り越して笑ってしまった。
佐守あおの話を聞いてから、ここに至るまでの何もかもが、戸枝小春の逆鱗に触れ続けていた。
だって、誰も責任を取っていない。
一人の少女を勝手に贄として。失敗したら、どこの誰とも知らない人が秋原に入れて。
残った村の後始末も、手つかずのままだとは。
そりゃあ、佐守さんも気分が悪くなるはずだと彼女は思い――
「ええ、いいでしょう。……わかりました。それでは自治体の方の思い通りに」
灼熱の剣を、振り上げて――
「この地を、焦土に致しましょう――」
その剣を地面に向けて振り下ろした。
◇
爆音が、村落の方で聞こえる。
それを聞いていたのは、森林内で向かい合っている山名有為と望月干果。
「やりすぎだろう」と眉をしかめる山名に対して、望月はその様子を、まるで季節外れの花火のように眺めていた。
「いいね。やっぱり始まりは派手じゃなくちゃ」
そう言いながら、半身片手で剣を構える望月。
対する山名は愛用する『異能』の狙撃銃を片手に、もう片手には試合用の模擬剣を一本持っている。
「まったく……狙撃手がこの距離から始めたら、もう負けなんだけどね」
などとため息を吐きながらも、山名は望月の方を見る。
「まあいいや。……それより、望月はあまり怒ってないみたいだね」
「ああ、例の因習村の件? そりゃ怒ってるよ。怒ってるけど、納得もした」
佐守あおの魔力は、変だ。それは戸枝も感じていたように。
望月は『吸血』という『異能』で、彼女の魔力を直接吸い取っている。
だから、わかる。
あの『異能』には、もっと先に何かがある。
さらに踏み込んで「本当に儀式は失敗だったのか?」まで望月は考え、そこで止める。どの道、村がこの有様では答えなんて見つけられない問いだ。
どちらにせよ、今の佐守あおには何らかの隠し玉があり、それを使いこなせるかどうかが今後の展開を決めるのだろう。
「なので、今は様子見。どうせなら、食い残しせずに頂きたいじゃん」
「なるほど。……うん、望月。やっぱりお前を選んでよかったよ」
苦笑を漏らす山名に首をかしげる望月。
それに山名は答える。
「お前を水野先輩に紹介したのは、私だから」
「山名先輩に目をつけられてたんだ。てっきり部長の方かと」
「そりゃあ狙撃手だ。入ってきた一年生の索敵くらいできる」
「ふうん……?」
不思議そうに首をかしげる望月。
水野部長が自分を選んだというなら分かる。
だってあの人はそういう人だ。
奇策に奇策を重ねて、最後に大勝ちを狙う人。
とにかく大量の作戦を用意して、どれか一つでも勝ちにつながればいいタイプ。
だが、山名先輩は違う。
彼女が選んだというのなら、そこには別の意味があるはず。
「そうだね、私はもっと理屈付きだ。私は単純に、次の『私』を探していた」
「……?」
「来年は部長もやらないといけないからね。そんな状況で、斥候だのスカウトなんだの裏方までは、さすがに荷が重すぎる。だから、探してたんだよ」
「……まあ、やろうと思えば『吸血の夜』の中の探索も、できなくはないけど」
「それだけじゃないだろ」
山名先輩は、肩に狙撃銃、もう片方の手で、試合用の模擬剣を構えつつ。
「――『自分は主役になれない』」
一言で、望月干果の核心を穿つ。
「…………」
「だから羨ましいんだろ? それを奪い取らないと、自分は彼女たちに敵わない。所詮その程度の器だと自覚してるから、そんな『異能』が――と!」
向けた模擬剣を投げ飛ばす山名。その模擬剣を片手で弾き飛ばしながら、珍しく望月は自分から、追撃を放つ。
しかし、そこにはもう山名の姿はなかった。
最初に模擬剣を投げたのはフェイク。その隙に狙撃手としての力を発揮できる距離まで移動する。
それができるのが山名有為という二年生。しかし、同時に広がる『吸血の夜』が山名を追跡する。
その夜の速度、威力はいつになく。
「面白いことを言ってくれるじゃん」
「なら、もう一つ言ってあげようか」
山名の挑発の声が、森に響く。
「『負けない』と、お前はよく言うね。屁理屈こねて『自分はまだ負けてない』と、延長戦して引き分けか、相手が匙を投げるまで戦うのがお前のやり方だ。――だから、お前は『勝てる』とは一度も言えない」
「黙れよ」
静かに、けれどいつになく真剣な声音。樹林が彼女を中心に広範囲で枯れ落ちていく。
それは、狙撃手の潜伏場所を消していくのと同様だ。
だというのに、森に響く声は変わらず余裕を持っていて――
「……お前だけ、部長からの個別の目標を貰ってなかったね。部長代理として、私が言おう」
ガチャリと、どこかから狙撃銃を構えた音が反響する。
「『私に勝て』。――それができなきゃ、お前は一生三下だ」
「――『僕は負けない』」
望月の夜が森林全体を枯らして、戸枝の炎が集落を焼き尽くしていく。
一か月待たずとも、この村は消えてなくなるかもしれない。