わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
――などと、水野弥生クズが白夜高校で暴れに暴れ回っていたのをいよいよ咎めに帰ってきた『白夜の聖剣』逸見明音。
「水野、私は稽古をつけるように言ったが?」
「知らね〜よ。あたし流に稽古付けてんの。ていうか秋原流がこれなの」
「……私は佐守さんに真面目に稽古したが」
「基礎も基礎じゃん……こいつら相手にそんなんしとったら日が暮れるわ」
何分、中途半端な逸見流。
その逸見明音は未だに学習中の剣聖だと言うにも関わらず、こいつらは頭が硬すぎる。などと水野はちょっと真面目に心配している。
諸星だの寄藤だのの特殊個体はさておき、まさしく十把一絡げな連中に個別指導なんてする気は毛頭ないのだ。
「あー……うん。よし、私と君で稽古しよう」
「何言うてんの?」
突如として『白夜の聖剣』、その最大の長所である『理解力と対応力の速さ』がここで発揮される。
「やる気がないのは、君にもやる気がないからだ。多少の殺陣でも演じれば、場も盛り上がるだろ」
「何より君もやる気になるだろ?」などと言われては、致し方がない。
ほぼほぼ『絶不調』だった『海神の槍』水野弥生の身体に雷鳴が落ちる。
「――『我は大地の神である。我は嵐の神である。我は海の神である』」
先程まではほとんどやる気のなかった水野弥生は、バチバチと火花を散らしながら模擬剣を長物に構え直す。
「『この穂先にて綿津見を掻き混ぜ、世に嵐を齎さん』」
水の槍先が顕現する――現れるのは彼女の全力。
ただしく『最高潮』水野弥生の『異能』――
「――『抜槍。トリアンナ』」
――『海神の槍』の異名すらも劣る、縦横無尽な水の槍が、ようやく正しく顕現した。
それを見てから、『白夜の聖剣』逸見明音は子供のように無邪気な笑み浮かべつつ模擬剣を掲げた。
「――『彼方の果て。湖の底。常世を超えて飛び立とう』」
まさに二年前の再現。聖剣の詠唱。王の再誕を願う楽園の歌。
長い黒髪は金髪に、合せて剣も黄金色の光を灯す。
「『花園の門よ開け。今ここに王が選ばれる』」
軽やかに、美しく。無駄もなく、隙もなく。
なにより無邪気に軽快に――
「――『抜剣。エクスカリバー』」
その剣は、彼女を選んだ。
「――『集え円卓。我が剣に覚えがあるならば』」
続けて二年前には無かった英雄譚。王の逸話が呼び起こす『異能』。
「『騎士の本懐。常勝の伝説よ。今こそ刻まれた証を示せ』」
剣に引かれて呼び出される十二の逸話。
特に今回は――学校も何も無関係に、ただ『水野弥生』と遊ぶための十二人を選定し――
「――『招集。ナイツ・オブ・ラウンズ』」
輝く色とりどりの十二の輝剣が、彼女の周りに召集された。
膨大かつ絢爛な輝剣と聖剣を身にまとう『白夜の聖剣』を眺めながら、水野弥生は槍をもう一度握りつつも、あくまで自然体で――
「じゃあやろうぜ、無駄試合? ちゃんと強いところも見せないと、後輩に悪いしねぇ」
あくまで気楽に、気まぐれに、水野弥生は槍を構える。
「――『海神の槍』、水野弥生。いざ参る」
普段言わないような真面目な口調と共に、槍先を向ける水野に、逸見明音も合わせて聖剣を正眼に構え――
「――『白夜の聖剣』、逸見明音も、いざ尋常に"勝負" をさせてもらう」
「はっ」
「くっ」
あくまでも、場を盛り上げるための殺陣をしようという提案だ。
だが、こうして武器を向け合えばそんな話は頭の隅から飛んでいく。
ましてや現在最高峰の二人である。
――なによりも。
「さて……君とやるのはいつ以来か――なっ!」
「つい最近決勝戦でやったじゃろ〜! ていうかビビるわ。いきなり首を刎ねにくんな!」
「はは。だって斬れそうだったからね……!」
「それ二年前のあたしのセリフだろうが〜!」
突如として巻き起こった殺陣という名の『真剣勝負』。
だが、それも致し方あるまい。
今の二人は、もはや部長でも何でもない。
ただの剣士、ただの槍士――ただの、競技者が二人。
――ならば、これは必然である。
「二年前の続きをしようか、水野!」
「おー! それで二年前の借金なしにしてくれんの?」
「それはそれ、これはこれ……だよ!」
聖剣で槍をしのぎ落としながら二年前にはなかった輝剣で水野の首を狙う。
「『サー・ガウェイン』、化物討伐だ!」
「誰が化物じゃ〜!!」
首に飛んできた輝剣を弾き返し、返す刃で首を狙う。
「『サー・ガラハド』、盾借りるね!」
「ははっ! 聖剣に盾とか、いよいよ騎士様って感じだねぇ!」
「だろう? しかし私は盾の使い方をあまり知らない――なのでこう使う!」
当然のように投げつけられる盾を躱し、さらに狙い落とされる聖剣も槍で振り払う。
そこから十二輝剣の何本かがこちらに向かってくるが、それらも纏めて蹴り飛ばしながら、まるで階段のように駆け上がり、最後の一本は奪い取って逸見に振り落とす。
「だろうね」
しかし無論、逸見もそれを薙ぎ返す。
輝剣は失われたが、それももはやどうでもいい。
「は」
「け」
思わず笑ってしまう。双方ともに『二年前』を思い出す。
「まったく……君との殺り合いは愉しいなぁ!」
「あっはは〜! んじゃあさっさとその首よこせよなぁ!」
絢爛な十二輝剣の爆撃を水膜で防ぎ、幾つかは逆にもぎ取りながら逸見に向かう水野。
その光景を他の白夜生たちは放心して見ていた。
あの『白夜の聖剣』が、あんなに軽いノリでその最強の『異能』を展開し――
――それに対する『海神の槍』は、無邪気にケタケタと笑いながら余裕でそれを打ち払う。
それだけではない。手元でも油断をすれば即座に切り捨てられそうな剣戟が繰り広げられている。
大変豪華なものなのだが……何よりもそれを行っている二人が――
正しくは、いつも自然体な『白夜の聖剣』が、あんなにも楽しそうに笑っているところを、恐らく誰一人見たことがない。
微笑や苦笑はあったろう。だが、あれは――
「今日は試合関係ないからな……! 純粋に、この剣で斬り捨ててやるとも!」
「けー! お前の言うことは信用ならんわ!」
「む。私は事実しか言わないつもりだが! それに水野、君も決勝の時に勝手に堕ちてただろ! なんでだ! 探したんだぞ!」
「それは戸枝ちゃんのせいです〜! 文句は戸枝ちゃんに言ってくださ〜い!」
「はは! なるほど……さてはやりすぎたな?」
「うるせぇなぁ! こっちだってなんか事情あるとか知らんかったの!」
などと、普段は殆ど言わないような軽口を叩きあいながらも、二人は剣戟を続ける。
――まさに『子どものチャンバラゴッコ』のノリで。
「『サー・ランスロット』! だいたい湖も海だろ! その乙女をぶちのめせ!」
などと、普段の逸見明音ならば言わないようなことを笑いながら言う上に。
「はっ『湖の乙女』ほど清廉に生きてたつもりもね〜のこっちは!」
などと言いながらその輝剣を見てから鷲掴み逆に逸見の首を狙う。
「おっと大変だ! 『サー・アグロヴェイン』! 裏切りだよ!」
「趣味悪いぜそれ〜!」
二本の輝剣がぶつかり合い砕け散る様は荘厳で美しいのにも関わらず、その中心にいる二人はどこまでも童心で――
「む、そろそろ輝剣もあと二本――!」
「そんでこれで一本だ!」
残った二本の輝剣のうちの一本を斬り捨て、水野弥生はそのまま逸見明音へ槍を伸ばす。
今度こそ水流操作による射程変更だ。
「うん、残りは『サグモラール』か!」
その槍伸ばしを回避しつつ、残りの輝剣を確認する。
それは決勝戦の最後、逸見明音が戸枝小春と剣を交える時に利用した輝剣――
「よし、『サー・サグモラール』! 君の武勇で大暴れしろ!」
普段の『白夜の聖剣』を知るものであれば、仰天するような適当な命令。しかし逸見明音は笑っていた。
『サグモラール』と呼ばれた輝剣は、それ一本でまるで人間が振り回しているかのように文字通りの『大暴れ』をしている。もはや敵味方の区別はない。
「へへっ」
――ならば、それは『無視していい障害』だと水野弥生は判断する。
正確にこちらを狙ってくるなら斬り捨てるが、適当に暴れているだけならむしろ好都合。
その『攻撃圏内』毎、逸見明音に突撃する。
「曲がるよ〜?」
ケタケタと笑いながら、水流操作で槍をムチのようにしならせて逸見明音の胴を狙う。
「だろうね!」
それを分かっていたかのように、あっさりと横薙ぎで斬り捨てる――故にその直後に懐に忍び込んでいた水野弥生への対応が遅れる。
「はは」
――しかしそれでも『白夜の聖剣』。逡巡の時間は刹那。
左手を聖剣から離し、槍の穂先を掴んで刃の向きを変えたまま小柄な水野を蹴り上げる。
「へへへ」
――しかしそれでも『海神の槍』。逡巡の時間はない。
顕現していた槍を解除し、ただの模擬剣に戻す。
即ち逸見が『握った』部分は水に戻り、代わりに空中から唐竹割りを狙う水野弥生だけが残る。
「ははは!」
とても楽しそうに笑いながら、逸見は振り下ろされた剣を掴んだ。
無刀取り――というよりもはやただ握っているだけだ。
そのまま振り下ろすが、既に水野は剣を握っていない。
代わりに、そのまま逸見の首に手をかける……!
「貰うよ〜?」
あまりにも無邪気な声音。しかしその腕は本気だ。
握力と重力落下を利用して、強引に逸見の首を捩じ切ろうとしている……!
「やだ。あげない」
そう言って、逸見は水野に合わせて――というより水野を押しつぶす気で自分から倒れ込んだ。
長身の逸見と小柄な水野では、水野が負けるのだが。
「じゃ、こうするべ」
そんな軽い口調で、当たり前に水野弥生は首から手を離してくるんと着地した。
今度は完全なる徒手。しかし目の前には倒れ込んだ逸見が聖剣を握っている。
「ほっ」
そんな軽い一言で、倒れっぱなしでなお振り下ろされる斬撃を避けて、先ほど落とした模擬剣を握りなおし――
と、同時に、逸見に向けて投げつけた。
上体を起こしかけていた逸見にとっては不意打ち――
「よっと」
……にはならずしっかりと弾かれる。
「んじゃ」
――だから、それが水野の狙いだった。
逸見が剣を弾いた時、逸見の聖剣は刃ではなく鎬の側で固定される。
その上から――
「ほいっ!」
無理矢理なタックル……というよりも抱きつきか。
抱きとめながらも剣の柄にしっかり手を伸ばして、刃の先を相手に向けようと移動させる。
当然逸見も阻む。だから、これはもう完全な力任せで――
「んだよ〜! あたしの愛のあるハグ、受け止めろよ〜……!」
「君のことは好きだが、君の愛は、何か信用できないんだよなぁ……!」
もはや互いにただ聖剣の柄を奪い合うだけの状態。
そこには何の華麗さもなく――故に。
「――うーん『ブラダマンテ』! すまんがふたりとも気絶させてくれ!」
「へ?」
「え?」
――現部長、諸星の『ジュワユース』がもつ力の一つ――『見るものを気絶させる異能』で、強制停止させられた。
◇
「先輩方、白熱しすぎっすよ」
……何故か、水野と逸見は正座をさせられて、現部長である諸星に説教を受けていた。
あの『格好いい』なら何でも通せそうな諸星に、である。
いや逸見の理解力なら大体分かるのだが、そして水野もそれについてこれるやつなのだが……。
「うん。いや、すまないね……水野とはどうしてもこう……愉しくなるんだ。決勝みたいな区切りがないと、ほんとにいつまでも……」
「いや待った。謝る必要ねーよ? あたしら場を盛り上げるために殺陣をしたんじゃぞ?」
「んじゃぁ先輩方、見てくださいよ周りを」
周りは、ちょっと引いていた。
なんなら軽く幻想を打ち破かれたような顔をしているものもいた。
まあそうだろう。だってもはやマジカルチャンバラどころか、『子どものチャンバラごっこ』のノリだったのだから。
今年や去年白夜に入った面々は、ほとんどが『白夜の聖剣』の神秘的な伝説に憧れて入ったのだから……。
「うん。いやしかし『白夜の聖剣』は、もう店仕舞いだよ? 大丈夫だ」
『白夜の聖剣』の『理解力と対応力の速さ』がダメな方に作用する。
残念ながら他人はその速度で現実を受け入れられない――ましてや現在の一二年生はほとんどが『白夜の聖剣』に憧れて入学した者たち。
それが他者との子供みたいな取っ組み合いを見せられたのだ。その衝撃は退部者が出てもおかしくないレベル。
――だというのに、『そもそも技術とはすべて模倣、借り物である』が逸見明音の信条なので、『今の"じゃれ合い"にも、学べるものもあっただろ』と、かなり気楽に思っている。
……この数年の真面目な鍛錬を無視して、である。
だって当人は『理解力と対応力』で対応できるから。
「ま〜いいじゃん。今のも『格好いい』だろ〜」
『海神の槍』の気まぐれさもダメな方に作用する。
残念ながら、後半は完全に子どものチャンバラ――いや、見るものが見れば凄まじい攻防だったのだが、何分軽口が軽すぎた。
「うん……まあ、えー……そうだなぁ」
珍しく言葉を悩んでいる『白夜の聖剣』。
一応、その様子は普段通りの自然体に改めて戻っていて――
「うん、『現部長』は君だ。諸星。つまり現場責任は君だ」
――その『端的に事実だけ斬って捨てる性質』を全力で悪用する。
「なんか責任を押し付けられてる感があるんすけど……」
「あ~。気のせい気のせい。あんまり気にしすぎるのも『格好悪い』ぜ?」
「む…………」
「うん。『格好悪いな』」
「むむ……」
と、諸星は一通り、真面目に考えている。
その隙に。
(水野、四万チャラにしていいよ。代わりに私をしばらく秋原に匿って)
(よし。稽古終了)
「…………いや、やはり先輩方が格好悪いのでは?」
……と、言う頃には既に消えている逸見三年、水野三年。しかも双方とも『縮地』である。
もはやお互い『国異』とも無縁の身、故にこれ以上練習に付き合う義理も斬り捨てた。
……やっぱりあの二人、本質的には似たもの同士なのでは? と思う諸星なのだった。