わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
『国異』終了から数■■後、三年生は引退し、二年生に以降■■次■――
なぜか――本当になぜか、照明もない真夜中の国立競技場の中心で、向かい合う二人の姿があった。
片や『■■の■剣』■■■■。
今年の『国異』において■■■■■■■■■■■■、■■■■いって■■『剣聖』の強さが揺らいだわけではない。あれは■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
■■■■■■■、
――だからといって、『白夜の聖剣』という『伝説』が消えるわけでもないのだ。
「えっと……?」
不思議そうに模擬剣を振るう■■■こと『■■の■剣』。
その先にいるのは――『■■■』こと■■■。
「あなたに誘われるとは、思わなかったんですが……」
などと戸惑っている■■■に、『■■■』、■■■は苦笑を洩らす。
「いやぁ、いいでしょ。だってこれは『後日談』だ。『
何分、もう今年の『国異』も終わって■■■が■つ。
――だから、本当に意味が分からない。だって、彼女と自分はまず『
おまけに――
「というか――なんでわたしも呼ばれてるんですか?」
――そんな■■■の隣に立つのは、一年生。寄藤環さんだ。
寄藤さんは接点があるけど、その彼女も意味が分からないらしい。
だから、何故か渡された模擬剣を不思議そうに構えている。■■■とは鏡合わせのようで、まるで違う構えで。
でも、寄藤さんすらも意味不明とは、一体――?
「――ううん。やっぱりちゃんと『錨泊』してないな。駄目だよぉ、『■■の■剣』。君は彼女の『憧憬』、『主役の光』でないと」
――などと、意味の分からんことをいう『■■■』。
この、他には誰もいない競技場の中心で。
彼女――『■■■』は、まるでそれが意味のあることのように告げてくる。
……けれど、それはおかしい。■■■が『主役の光』なわけがない。
ましてや寄藤さんの憧憬である、『■■の■剣』なんて意味不明だ。同族嫌悪に近い親近感はあっても、それが裏返ることはない。
「……■■■■と意見が合うのは癪だけど、その通りね。あの、これはなんですか?」
「寄藤もちゃんと『錨泊』してないか……じゃあ、仕方がないな」
くすりと、苦笑を浮かべながら■■■は、不意にその模擬剣を掲げた。
――その剣に、魔力が宿る。これは“勝負”ですらないのに。
そもそも■■■たちは今、戦ってすらいないのに、彼女の握る模擬剣は、その形を変える。
――■■■の友だちが使うものに少し似た、漆黒の『■』に。
「――『
「――は?」
ぽかんと口を開ける■■■に、彼女は迫る。
詠唱破棄だが、彼女は白夜高校の元選抜メンバー――つまりは他の学園ならば部長をしていてもおかしくない、元三年生の『異能』だ。
まして彼女の『■■■』は広範囲型――■■■と寄藤さんを■すぐらい、その程度でこと足りる。
――でも、本当に、意味が……?
「は……?」
動揺している間に、スパンと。
一閃。雑に振るう■■■の剣よりもさらに無造作な振り方で、『■』が■■■と寄藤さんを斬り捨てる。
「ああ……」
――そして、■■■の視界は暗転しない――不思議と、痛みもない。
それは攻撃用の『■』ではない。ただ――
「――『■■の■剣』、君は『白夜の聖剣』でしょ?」
その伝説の再演を、耳元で囁かれる。
「寄藤、君は『次代の聖剣』でしょ?」
未来を否定して、過去を捏造する。
■■■がいつも見ていた『運命』のように――
「――なら、
――その『設定』を、傷口から積み込まれる。
「……?」
不思議だ……さっきまでおかしいと思っていたことが、ひとつもおかしくない。
変、なのに――変じゃない。
それが自然なことだと把握した。それは寄藤も同じだったらしい。
「――ああ、そうね」
さっきまでの張り詰めた圧は抜けて――わたしに向けられるのは『憧憬』だ。
そして『それは正しい』――わたし、『白夜の聖剣』と、『次代の聖剣』寄藤環の関係は、そうだったから。
そんなことをしていると、彼女は再びわたし達に『設定』を積み込む。
「
悪趣味で露悪的な甘い毒。わたしの知る悪党と少し似た――けれどもっと無責任で破綻した――
――それでも、今のわたし達を強制的に過去に巻き戻す闇が囁く。
「――『じゃあ、
意味不明な言葉だ。
わたしが『白夜の聖剣』で、寄藤が『次代の聖剣』ならばそもそも戦う意味がない。
ああ、いや。稽古はつけていた――かもしれないが。
ただ、こんな真夜中の国立競技場で、二人で争う意味がない。
意図もない。八つ当たりですらもない。
――なのに。
なぜかわたしと寄藤は、その通りに互いに剣を向けている。
「はぁ……?」
まるで状況が理解できないのは、寄藤も同じなのだろう。
表情はまだ困惑している。
困惑しているのに、それが『運命』のようにわたし達は鏡合わせの剣を向けあう。
そんなわたし達を見ながら彼女は微笑む。
「お題目は、“勝負”でも“喧嘩”でも“八つ当たり”でもなんでもいいよ――なんにせよ"暴力"には変わりないんだから」
などと身も蓋もないことを言いながら、その『■』を向ける。
「さて。……じゃあ、始めてよ? 私はただ、もう一度あの『決勝戦』を、見せてほしいだけなんだ」
「……はあ」
なるほど……? とまだ首を傾げるわたしに、彼女は切っ先を向けて告げる。
「君が『名乗りを謳う瞬間』を、もう一度見たい」
悪趣味にも程があるが、ただその『悪趣味』を、わたしは何となく理解する。
「それから寄藤。君の命賭けの『遠吠え』も、もう一度見たい」
「ああ、なるほど……」
寄藤も理解している。
わたしよりも理解が早い。だってあの『遠吠え』は、まさに『ナグルファル』の闇に近しいものだから。
「だから、ほら? ちょっと雑だけどやってくれよ。『白夜の聖剣』なんて――もっとも『謳われた者』だろう?」
ケラケラと無責任に笑いながら、その『■』を地面に降ろす■■■。
『白夜の聖剣』に、寄藤が牙を向けるなどという、破綻した設定を、彼女は見たがっているらしい。
「――ふむ」
ならば、わたしも特に気にする必要はない。
思えば、あの『ナニカ』との決着は、確かについていないのだから。
「寄藤? 『自壊してくれる』?」
「なるほどねぇ……気でも狂ったのかと思ったけれど。違うか、わたしらが正気を失っているんだ、これ――」
その通り。お互いに理解している。
たぶん、文字通りの破綻設計――あの牙を再演するならば、確かに無茶だの道理だの蹴っ飛ばさないと難しい。
――そして、それは『異能』の本質だ。
「――では、『白夜の聖剣』として。あなたを壊す」
と、わたしは宣言した上で――けれどもここには、主要な一欠片が足りていない気がした。
わたしがここに立つ上で、わたしが『■■の■剣』を名乗る上で、どうしても回避できない『因縁』が――
『誇りの炎』が。
――『主役の光』がここにいない。
けれども、その葛藤を理解した上で彼女は語る。
「ああ、気にするなよ。彼女は君の覚醒に必要な『カマセ』なんだから。最初から君が『主役』だろ?」
なるほど――そうだ。わたしが最初に『運命』を斬り飛ばすための試し斬り。
それが■■■■の役割――それを第三者から指摘されて、ようやく気付いた。
「ううん……」
しかし、どうにも納得できない。
納得のできない物に従う道理もないと、いつか誰か、大事な蛇が言った気がする。
――なので。
「では――まずはこの剣を……よいせっと――」
――とりあえず、この狼を『斬る』前に、自分のみぞおちに向けてっと……。
「よい――しょっと……!」
――自分の体を、串刺した。
「――は?」
おや、珍しい――さっきまで破綻したことばかり言っていた『■■■』が、本気で目を白黒させている。
「……ふむ、なるほど。じゃあこれは、
「いや、待て――」
「待ちません」
――取り合えず、自分の腹の中を漁る。
外から押し付けられた『設定』よりは、多分この中に……ああ、ほらあった。
「そうだよね、わたしは『熱剣の影』――そして……」
――――そして、大蛇の娘。
ならば、ここに謳うは必定、『白夜の聖剣』ではない。
「――『
謳えと言ったな。ならば、望みどおりに謳おうか。
「『わたしは、
自分を突き刺した痛みでは、狙いなんてつけられない。
かの『死霊船』――黒縄翠。ましてや取り巻く怨念なんて、そこらの雑草、野火の難と変わりはしない。
だからもう、これを全力で振りぬいて――
「あなたの望み通りに――『
まずは一撃でアレを無力化すると決めて――
「――『抜刀。クサナギ』」
一太刀で――『視界に映る剣の軌道上を、道理を無視して両断した』。
◇
「ぐぅっ――!」
――例の、漆黒の『錨』が模擬剣に戻る。それと同時に意識が鮮明になる。
……まあその分、痛みもハッキリするんだけど。
わたしは佐守あお、十五歳。私立秋原の選抜メンバー。
『秋原の神剣』。『熱剣の影』――そして何より、戸枝小春の友だちだ。
――断じて、『白夜の聖剣』逸見明音さんではない。
「目黒さんが、言ってましたね……本当の死霊は呼べないけれど――『国立競技場の怨念』ぐらいならば呼べる、とか……」
――つまりは、それをあの『錨』で無理矢理埋め込まれた。
『あの絢爛で破滅的な決勝戦をもう一度』――それから多分、『白夜の聖剣は無敗でなくてはならない』――とか、多分その辺を無理矢理再演するために、黒縄さんがわたし達に埋め込んだ『設定』はあれだけ破綻していたわけだ。
……心底、下らない。
「そういや――君は『狂犬』とかいう『固有スキル』があったっけ……! それか――!」
「人を『設定』で見ないでください。わたしは『ゲームキャラ』じゃないですし――それに……」
それは寄藤さんも同じのはずだ。ただ彼女の場合は――どうやら一度破壊した程度で、解けるほど単純なものではなかったらしい。
わたしは、わたしと『白夜の聖剣』という矛盾した『設定』を強制された。故に一度の破壊で上手く解けたようだけど――
「――くっそ!」
寄藤さんは、正しく『過去の設定』を再演させられている。
おまけに黒縄さんは同じ『白夜の選抜メンバー』――きっと、わたしよりも寄藤さんに詳しい。
その分、食い込んだ『設定』は、深く根付いてしまっている。
「こっちも……痛いん、ですけどね……!」
多分、倒れるまでそう保たない――故に、彼女が今の一撃で泥に膝をつく前に、止める必要がある。
倒れこみながら、彼女の剣を押さえこんで――
「あなたは、『次代の聖剣』じゃない――」
耳元で囁く。――これが過去の再演ならば、きっと、この言葉は彼女に響く。
「あなたは、『白夜の聖剣』にはなれない……!」
「ああ、知ってるわよ……っ! くそっ……!」
「あなたにもわたしにも――あの戦いに入り込む資格はなかった――」
格が違う。才が違う。術理が違う。魂が違う。
『運命』が、わたしが、他ならぬあの二人が、『わたし達は違う』と囁いている。
「
「…………っ!」
寄藤さんの言葉が止まる。動きが止まる。
でしょうね、あの時のあなたが一番言われたくない言葉なんですから。
――
「あなたは『再誕の聖剣』、寄藤環さんです」
……だから、こんな悪趣味に付き合う必要はない。
「だから――そろそろ、この茶番は……終わらせましょう……よ……」
……本当に、痛くて苦しい。
「――そもそも、
「あんたが、言うなよ……」
――寄藤さんの身体を無理矢理、抱き押さえながら。
「あんたの誇りは、しょせん借物だった……」
「あなたの憧れも、どうせ借物でしょうが……」
ああ、そうだよ。
知ってる、わたし達はあんな風に輝けない。
それをわたし達は誰よりも、その身に受けて理解している。
――そして、それは悪いことじゃないんだ。
憧憬は、決して悪いことじゃない。
わたしも彼女の影でいい。あなたも彼女の模倣でいい。
それはきっとあなたの一部だ。一面だって言ってくれたから……。
「――だからこそ、『あなたの憧憬』は……絶対、守らないと……」
もうちょっと意識も限界が近い――
「おいおい! 待ってくれよ! 折角『舞台』を『設定』してやってんのに!」
……なんだか、舞台装置が喧しいんだけど。
「『異能』が『逸話・伝承と相性がいい』ならば、今、ここに、『ソレ』を啼くんだろ! もう一度、無茶を通り越した所業を、道理も何もあったものじゃない所業を見せてくれよ!」
もういい加減に黙ってくれないかな……などと思いつつも、もう『クサナギ』を振るう力は残っていない。
ていうか本当に意識が無理――
「寄藤! 魂を砕けよ。命を割れよ! もう一度、ただの『
「は――」
ただ、やはりわたしでは寄藤さんを……この舞台の幕を終わらせられない。
あの狂った『死霊船』を終わらせるには――
「――『世界よ、終われ。私と共に、私以外の全てを焦せ』」
朗々とした声と共に、瞼の裏にも透けるほど燃え上がる。
『この舞台を終わらせる詩』が、夜中の国立競技場を照らしてる。
「『炎の剣。主役の光。大地を丸ごと焼き尽くし、私だけの春よ来い』」
「……じゃ。あとは頼みましたよ、『わたしのヒーロー』」
その言葉に応えるのは、返事でも挨拶でもなく――
「――『抜剣。レーヴァティン』」
いつになく冷静で、けれどいつになく静かな怒りに満ちた『秋原の熱剣』が、わたしと寄藤さんごと、この下らない茶番を『終わらせた』。
◇
「はあ、くそ……しくじったなぁ!」
舌打ちをしながら、『死霊船』を抜錨して乗り上げる黒縄翠。
何分こちらは詠唱破棄。故に精々が小型舟程度のサイズにしかならないが、それでも『終わりの炎』から上空へ、一人逃れる分には事足りる。
――とはいえ、もうこの舞台は終わりだろう。
ならば黒縄は一人でさっさと逃げる。『あの決勝戦の遠吠えをもう一度』とは思っていても、『佐守あお』と『寄藤環』に思い入れはない。
これは『国異』でも『大会』でも、ましてや“勝負”ですらないのだから。
さっさと『秋原の熱剣』の射程圏内から逃れてしまえばいいと、『ナグルファル』を駆る黒縄翠は判断し、故に――
「――『彼方の果て。湖の底。常世を超えて飛び立とう』」
――常世から飛び立つ『白夜の煌めき』に、対応が遅れる。
「え」
「『花園の門よ開け。今ここに王が選ばれる』」
その声はいつになく真剣で、いつになく怒りに満ちていた。
――けれどもそれは、彼女の――正しくはこの舞台の『伝説』。
『死霊船』は、『白夜の聖剣は無敗のまま退場しなくてはならない』――などという、佐守あおに無理難題を押し付けたこの地の怨念そのもの故に――
「――『抜剣。エクスカリバー』」
目前――振り下ろされる黄金色の斬撃からだけは逃げられない。
「ん――ぐっ!」
「……さっさと堕ちろ、黒縄」
「はは、『白夜の聖剣』! ダメだよそんな怖い顔しちゃあ。まして私は、同じメンバーだろ?」
「黙れ。これは試合ではない――『白夜の聖剣』も店じまいした。君もいつまでも地縛霊をするな」
「それは、できない相談かもね……!」
とはいえ、こちらも『白夜の選抜メンバー』。その三年生。
逸見明音を知らず、知りたくなくとも、『白夜の聖剣』の剣筋ならば十分に知っている。
故に致命打は避けながら、まだ逃げる。『白夜の聖剣』の言う通り、これは『試合』でもないのだから、脱落ブザーもない。『国立競技場外』へ逃げれば勝ちだ。
『白夜の聖剣』の伝説をこの身で浴びれたのは光栄だが、ここから『聖剣』が自分を縛る手段は持たないと黒縄は分かって――
「だろうね。……だから、君は知らないんだ」
「は?」
「――『いざ刮目せよ。輝く剣先。我が鋭さに届くものなし』」
「――は?」
「『オニキスですら砕けず、黒石すら毀れず。この刃は生涯我が手に――』」
「知らないだろ。君、あの場にいなかったもんな。私の剣なんかより、こっちを光栄に思えよ黒縄――あれが、私に届いた剣だ」
そんな、黒縄が絶対に認めたくない言葉と共に――
「――『抜剣。デュランダル』」
――『鶴久の絶剣』という化物が、空高くに跳び上がる。
「名乗らん。落ちろ」
武光奏の一撃が、黒縄を地面に叩き落す。
それでも尚余力で逃れようとする黒縄だが――
「…………じゃ、『割る』ね」
いつになく落ち着いて、いつになくやる気のない――けれども『最高潮』の雷が、黒縄を容赦なく叩きつける。
そこにいるのは唯一無二、黒縄が最も存在を認めたくない化物の内の一人――
「『海神の槍』……!」
「よくまだ動けんな、マジで……よっと」
――水野弥生の『トリアンナ』が、サクっと黒縄を突き穿つ。
「――がっ」
…………それで、ようやく『死霊船』は堕ちた。
◇
「はあ……」
気絶する黒縄と寄藤、それと佐守あおの無事を確認してから、ようやくため息を吐く『白夜の聖剣』逸見明音。
周囲には今回の茶番を終わらせるのに手間を取らせてしまった『秋原の熱剣』戸枝小春、『海神の槍』水野弥生。『鶴久の絶剣』武光奏と、『征服者』目黒次美もいる。
「……すまない。うちの元部員が迷惑をかけた」
などと、全員に頭を下げながらも、何しろ逸見が最も精神的なダメージは大きい。
だって、黒縄も寄藤も白夜の部員――そして佐守も二週間とはいえ弟子だ。
なにより逸見の言っていた通り、これは『試合』ではない。“勝負”でもない。
最後の方は、彼女の最も嫌っている“一方的な暴力”に近かった。
――それでないと、止められないことも知っていた。
「んまぁ~、いいけどさ。あたしは佐守ちゃんが無事なら」
そういいながら前に出るのは水野弥生。
もう『異能』は閉じて、ただ戸枝小春が駆け寄る佐守あおの姿を一度横目に。
それと、一応武光と目黒が様子を見ている寄藤も見つつ。
「――にしたって、こいつは何がしたかったん?」
もう模擬剣に戻ったその切っ先を、目の前に倒れている黒縄へ向けた。
『白夜の聖剣』からしても「君は読めない」と言わせた、奇策、気まぐれ、闇討ち上等の水野弥生でも、今回の黒縄の行動はちょっと理解不能だった。
彼女も責任とは無縁の輩ではあるが、それはあくまで「試合に勝つため」。
今回のような、まったく意味の分からん、支離滅裂な目的で後輩を死地に追いやるとか、さすがに意図が掴めない。
それに、逸見はため息を吐きながら答える。
「ああ。それだけは説明できるよ……『黒縄』に『意図はない』」
「は?」
「ああいや、正しくは『まあ、愉しくて面白くなればいい』とか、そういう意図はあるかもしれんが――ただ、こいつ自体の意図はほとんど無いんだ」
そう言って、逸見も切っ先を黒縄に向ける。
「黒縄の『異能』、『ナグルファル』は『国立競技場の怨念』を吸い上げる。……正しくは『異能』を展開した土地の怨念を吸い上げる、だが……黒縄が『異能』を展開するのは、ココか白夜の練習場くらいだ」
「そして」と彼女は言葉を切ると――
「それが、こいつの行動原理にもなる。というか、なってしまう。……色んな怨念を吸い上げた結果、黒縄は黒縄自体の『意図』が消えてしまった」
それからもう一度、息を吐き。
「だから……ここに残った『あの遠吠えをもう一度見たい』なんて、下らん願いと――」
「……あ~ね? そりゃ白夜の練習場で吸い上げていれば、『白夜の聖剣』とかいう信仰になるわ――そんであの矛盾した願いかい。佐守ちゃんに『白夜の聖剣』の役を背負わせて」
「寄藤の遠吠えの対象にする……」
「……やっぱこいつ、もう一回くらい殴っておいてい~か?」
「申し訳ない……そうだな、佐守さん分は君が殴っておいてくれ。ただ、目覚めてからにしてくれ」
今は、まあまあオーバーキルに近い。
なんせ『白夜の聖剣』の斬撃に『鶴久の絶剣』の斬撃、トドメに一撃で五人割るぐらいの水野弥生の『最高潮』、それも結構怒りに任せた一撃を浴びせたのだ。
「さっさと医務室に運ぶ……これでもうちの元部員だ。あと寄藤と佐守さんは――」
「あたしらでなんとかするよ。……おらっ」
そう言って黒縄の身体を蹴飛ばす水野に、さすがに蹴り返そうかと考える逸見だが、今は止めておいた。
もう“暴力”はいいだろう。『白夜の聖剣』は優先順位を間違えない。
「よいせっと――」
黒縄の身体を肩に担ぐ。比較的長身な逸見に比べて、黒縄は平均的だ。
なので、担ぐこと自体は容易なのだが――
「はぁ……軽いな、しかし――」
『逸見明音』は、『死霊船』でも『ナグルファル』でもなく、『黒縄翠』の心配をする。
――けれども、その心配が彼女に届くことは、これからもないだろう。
ともかく、これにて後日談という名の茶番劇は、お仕舞である。
(『■■の■剣』と『死霊船』 了)