わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで   作:遠野静

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後日談:『■■の■剣』■『■■■』

 『国異』終了から数■■後、三年生は引退し、二年生に以降■■次■――

 

 なぜか――本当になぜか、照明もない真夜中の国立競技場の中心で、向かい合う二人の姿があった。

 片や『■■の■剣』■■■■。

 今年の『国異』において■■■■■■■■■■■■、■■■■いって■■『剣聖』の強さが揺らいだわけではない。あれは■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■。

 ■■■■■■■、■■■■■(ここだけは、入念に消しとかないとね?)■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 ――だからといって、『白夜の聖剣』という『伝説』が消えるわけでもないのだ。

 

「えっと……?」

 

 不思議そうに模擬剣を振るう■■■こと『■■の■剣』。

 その先にいるのは――『■■■』こと■■■。

 

「あなたに誘われるとは、思わなかったんですが……」

 

 などと戸惑っている■■■に、『■■■』、■■■は苦笑を洩らす。

 

「いやぁ、いいでしょ。だってこれは『後日談』だ。『ち(・)ょ(・)っ(・)と(・)無(・)理(・)な(・)設(・)定(・)だ(・)っ(・)て(・)許(・)し(・)て(・)く(・)れ(・)る(・)』」

 

 何分、もう今年の『国異』も終わって■■■が■つ。

 ――だから、本当に意味が分からない。だって、彼女と自分はまず『接(・)点(・)が(・)な(・)い(・)』。

 おまけに――

 

「というか――なんでわたしも呼ばれてるんですか?」

 

 ――そんな■■■の隣に立つのは、一年生。寄藤環さんだ。

 寄藤さんは接点があるけど、その彼女も意味が分からないらしい。

 

 だから、何故か渡された模擬剣を不思議そうに構えている。■■■とは鏡合わせのようで、まるで違う構えで。

 

 でも、寄藤さんすらも意味不明とは、一体――?

 

「――ううん。やっぱりちゃんと『錨泊』してないな。駄目だよぉ、『■■の■剣』。君は彼女の『憧憬』、『主役の光』でないと」

 

 ――などと、意味の分からんことをいう『■■■』。

 この、他には誰もいない競技場の中心で。

 

 彼女――『■■■』は、まるでそれが意味のあることのように告げてくる。

 ……けれど、それはおかしい。■■■が『主役の光』なわけがない。

 ましてや寄藤さんの憧憬である、『■■の■剣』なんて意味不明だ。同族嫌悪に近い親近感はあっても、それが裏返ることはない。

 

「……■■■■と意見が合うのは癪だけど、その通りね。あの、これはなんですか?」

 

「寄藤もちゃんと『錨泊』してないか……じゃあ、仕方がないな」

 

 くすりと、苦笑を浮かべながら■■■は、不意にその模擬剣を掲げた。

 ――その剣に、魔力が宿る。これは“勝負”ですらないのに。

 

 そもそも■■■たちは今、戦ってすらいないのに、彼女の握る模擬剣は、その形を変える。

 

 ――■■■の友だちが使うものに少し似た、漆黒の『■』に。

 

 

「――『抜(・)錨(・)。(・)ナ(・)グ(・)ル(・)フ(・)ァ(・)ル(・)』」

 

 

「――は?」

 

 ぽかんと口を開ける■■■に、彼女は迫る。

 詠唱破棄だが、彼女は白夜高校の元選抜メンバー――つまりは他の学園ならば部長をしていてもおかしくない、元三年生の『異能』だ。

 まして彼女の『■■■』は広範囲型――■■■と寄藤さんを■すぐらい、その程度でこと足りる。

 

 ――でも、本当に、意味が……?

 

「は……?」

 

 動揺している間に、スパンと。

 一閃。雑に振るう■■■の剣よりもさらに無造作な振り方で、『■』が■■■と寄藤さんを斬り捨てる。

 

「ああ……」

 

 ――そして、■■■の視界は暗転しない――不思議と、痛みもない。

 それは攻撃用の『■』ではない。ただ――

 

「――『■■の■剣』、君は『白夜の聖剣』でしょ?」

 

 その伝説の再演を、耳元で囁かれる。

 

「寄藤、君は『次代の聖剣』でしょ?」

 

 未来を否定して、過去を捏造する。

 ■■■がいつも見ていた『運命』のように――

 

「――なら、君(・)と(・)寄(・)藤(・)は(・)、(・)そ(・)う(・)い(・)う(・)関(・)係(・)じ(・)ゃ(・)あ(・)な(・)い(・)と(・)」

 

 ――その『設定』を、傷口から積み込まれる。

 

「……?」

 

 不思議だ……さっきまでおかしいと思っていたことが、ひとつもおかしくない。

 わ(・)た(・)し(・)は(・)『(・)白(・)夜(・)の(・)聖(・)剣(・)』(・)だ(・)。そ(・)し(・)て(・)寄(・)藤(・)さ(・)ん(・)は(・)『(・)次(・)代(・)の(・)聖(・)剣(・)』(・)。

 

 変、なのに――変じゃない。

 それが自然なことだと把握した。それは寄藤も同じだったらしい。

 

「――ああ、そうね」

 

 さっきまでの張り詰めた圧は抜けて――わたしに向けられるのは『憧憬』だ。

 そして『それは正しい』――わたし、『白夜の聖剣』と、『次代の聖剣』寄藤環の関係は、そうだったから。

 

 そんなことをしていると、彼女は再びわたし達に『設定』を積み込む。

 

「寄(・)藤(・)。君(・)が(・)『(・)加(・)護(・)』(・)を(・)乗(・)り(・)越(・)え(・)る(・)必(・)要(・)は(・)な(・)い(・)。君(・)は(・)永(・)遠(・)に(・)君(・)の(・)ま(・)ま(・)な(・)ん(・)だ(・)か(・)ら(・)」

 

 悪趣味で露悪的な甘い毒。わたしの知る悪党と少し似た――けれどもっと無責任で破綻した――

 ――それでも、今のわたし達を強制的に過去に巻き戻す闇が囁く。

 

「――『じゃあ、ち(・)ょ(・)っ(・)と(・)そ(・)の(・)ま(・)ま(・)戦(・)っ(・)て(・)く(・)れ(・)な(・)い(・)?(・)』」

 

 意味不明な言葉だ。

 わたしが『白夜の聖剣』で、寄藤が『次代の聖剣』ならばそもそも戦う意味がない。

 

 ああ、いや。稽古はつけていた――かもしれないが。

 ただ、こんな真夜中の国立競技場で、二人で争う意味がない。

 意図もない。八つ当たりですらもない。

 

 ――なのに。

 なぜかわたしと寄藤は、その通りに互いに剣を向けている。

 

「はぁ……?」

 

 まるで状況が理解できないのは、寄藤も同じなのだろう。

 表情はまだ困惑している。

 困惑しているのに、それが『運命』のようにわたし達は鏡合わせの剣を向けあう。

 そんなわたし達を見ながら彼女は微笑む。

 

「お題目は、“勝負”でも“喧嘩”でも“八つ当たり”でもなんでもいいよ――なんにせよ"暴力"には変わりないんだから」

 

 などと身も蓋もないことを言いながら、その『■』を向ける。

 

「さて。……じゃあ、始めてよ? 私はただ、もう一度あの『決勝戦』を、見せてほしいだけなんだ」

 

「……はあ」

 

 なるほど……? とまだ首を傾げるわたしに、彼女は切っ先を向けて告げる。

 

「君が『名乗りを謳う瞬間』を、もう一度見たい」

 

 悪趣味にも程があるが、ただその『悪趣味』を、わたしは何となく理解する。

 

「それから寄藤。君の命賭けの『遠吠え』も、もう一度見たい」

 

「ああ、なるほど……」

 

 寄藤も理解している。

 わたしよりも理解が早い。だってあの『遠吠え』は、まさに『ナグルファル』の闇に近しいものだから。

 

「だから、ほら? ちょっと雑だけどやってくれよ。『白夜の聖剣』なんて――もっとも『謳われた者』だろう?」

 

 ケラケラと無責任に笑いながら、その『■』を地面に降ろす■■■。

 『白夜の聖剣』に、寄藤が牙を向けるなどという、破綻した設定を、彼女は見たがっているらしい。

 

「――ふむ」

 

 ならば、わたしも特に気にする必要はない。

 思えば、あの『ナニカ』との決着は、確かについていないのだから。

 

「寄藤? 『自壊してくれる』?」

 

「なるほどねぇ……気でも狂ったのかと思ったけれど。違うか、わたしらが正気を失っているんだ、これ――」

 

 その通り。お互いに理解している。

 たぶん、文字通りの破綻設計――あの牙を再演するならば、確かに無茶だの道理だの蹴っ飛ばさないと難しい。

 

 ――そして、それは『異能』の本質だ。

 

「――では、『白夜の聖剣』として。あなたを壊す」

 

 と、わたしは宣言した上で――けれどもここには、主要な一欠片が足りていない気がした。

 わたしがここに立つ上で、わたしが『■■の■剣』を名乗る上で、どうしても回避できない『因縁』が――

 

 『誇りの炎』が。

 ――『主役の光』がここにいない。

 

 けれども、その葛藤を理解した上で彼女は語る。

 

「ああ、気にするなよ。彼女は君の覚醒に必要な『カマセ』なんだから。最初から君が『主役』だろ?」

 

 なるほど――そうだ。わたしが最初に『運命』を斬り飛ばすための試し斬り。

 それが■■■■の役割――それを第三者から指摘されて、ようやく気付いた。

 

「ううん……」

 

 しかし、どうにも納得できない。

 納得のできない物に従う道理もないと、いつか誰か、大事な蛇が言った気がする。

 

 ――なので。

 

「では――まずはこの剣を……よいせっと――」

 

 ――とりあえず、この狼を『斬る』前に、自分のみぞおちに向けてっと……。

 

「よい――しょっと……!」

 

 ――自分の体を、串刺した。

 

「――は?」

 

 おや、珍しい――さっきまで破綻したことばかり言っていた『■■■』が、本気で目を白黒させている。

 

「……ふむ、なるほど。じゃあこれは、あ(・)な(・)た(・)の(・)設(・)定(・)の(・)想(・)定(・)外(・)な(・)ん(・)で(・)す(・)ね(・)」

 

「いや、待て――」

 

「待ちません」

 

 ――取り合えず、自分の腹の中を漁る。

 外から押し付けられた『設定』よりは、多分この中に……ああ、ほらあった。

 

「そうだよね、わたしは『熱剣の影』――そして……」

 

 ――――そして、大蛇の娘。

 ならば、ここに謳うは必定、『白夜の聖剣』ではない。

 

 

「――『斐川(かわ)の化身に、手向けよう』」

 

 謳えと言ったな。ならば、望みどおりに謳おうか。

 

「『わたしは、彼の尾(八重の水)より生まれた(鍛えられた)『出雲国の剣(もの)』、だから』――」

 

 自分を突き刺した痛みでは、狙いなんてつけられない。

 かの『死霊船』――黒縄翠。ましてや取り巻く怨念なんて、そこらの雑草、野火の難と変わりはしない。

 

 だからもう、これを全力で振りぬいて――

 

 

「あなたの望み通りに――『わ(・)た(・)し(・)の(・)名(・)前(・)』を、此処に謳います」

 

 

 まずは一撃でアレを無力化すると決めて――

 

 

「――『抜刀。クサナギ』」

 

 

 一太刀で――『視界に映る剣の軌道上を、道理を無視して両断した』。

 

◇

 

「ぐぅっ――!」

 

 ――例の、漆黒の『錨』が模擬剣に戻る。それと同時に意識が鮮明になる。

 ……まあその分、痛みもハッキリするんだけど。

 

 わたしは佐守あお、十五歳。私立秋原の選抜メンバー。

 『秋原の神剣』。『熱剣の影』――そして何より、戸枝小春の友だちだ。

 

 ――断じて、『白夜の聖剣』逸見明音さんではない。

 

「目黒さんが、言ってましたね……本当の死霊は呼べないけれど――『国立競技場の怨念』ぐらいならば呼べる、とか……」

 

 ――つまりは、それをあの『錨』で無理矢理埋め込まれた。

 『あの絢爛で破滅的な決勝戦をもう一度』――それから多分、『白夜の聖剣は無敗でなくてはならない』――とか、多分その辺を無理矢理再演するために、黒縄さんがわたし達に埋め込んだ『設定』はあれだけ破綻していたわけだ。

 

 ……心底、下らない。

 

「そういや――君は『狂犬』とかいう『固有スキル』があったっけ……! それか――!」

 

「人を『設定』で見ないでください。わたしは『ゲームキャラ』じゃないですし――それに……」

 

 それは寄藤さんも同じのはずだ。ただ彼女の場合は――どうやら一度破壊した程度で、解けるほど単純なものではなかったらしい。

 わたしは、わたしと『白夜の聖剣』という矛盾した『設定』を強制された。故に一度の破壊で上手く解けたようだけど――

 

「――くっそ!」

 

 寄藤さんは、正しく『過去の設定』を再演させられている。

 おまけに黒縄さんは同じ『白夜の選抜メンバー』――きっと、わたしよりも寄藤さんに詳しい。

 その分、食い込んだ『設定』は、深く根付いてしまっている。

 

「こっちも……痛いん、ですけどね……!」

 

 多分、倒れるまでそう保たない――故に、彼女が今の一撃で泥に膝をつく前に、止める必要がある。

 倒れこみながら、彼女の剣を押さえこんで――

 

「あなたは、『次代の聖剣』じゃない――」

 

 耳元で囁く。――これが過去の再演ならば、きっと、この言葉は彼女に響く。

 

「あなたは、『白夜の聖剣』にはなれない……!」

 

「ああ、知ってるわよ……っ! くそっ……!」

 

「あなたにもわたしにも――あの戦いに入り込む資格はなかった――」

 

 格が違う。才が違う。術理が違う。魂が違う。

 『運命』が、わたしが、他ならぬあの二人が、『わたし達は違う』と囁いている。

 

「そ(・)も(・)そ(・)も(・)、(・)あ(・)の(・)戦(・)い(・)の(・)土(・)俵(・)に(・)す(・)ら(・)も(・)、(・)わ(・)た(・)し(・)達(・)は(・)立(・)て(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)ん(・)だ(・)か(・)ら(・)……!」

 

「…………っ!」

 

 寄藤さんの言葉が止まる。動きが止まる。

 でしょうね、あの時のあなたが一番言われたくない言葉なんですから。

 

 

 ――だ(・)か(・)ら(・)、(・)も(・)う(・)一(・)度(・)『(・)そ(・)の(・)心(・)』(・)を(・)『(・)斬(・)る(・)』(・)。

 

 

「あなたは『再誕の聖剣』、寄藤環さんです」

 

 ……だから、こんな悪趣味に付き合う必要はない。

 

「だから――そろそろ、この茶番は……終わらせましょう……よ……」

 

 ……本当に、痛くて苦しい。

 

「――そもそも、あなた(わたし)は『選ばれていなかった』……から」

 

「あんたが、言うなよ……」

 

 ――寄藤さんの身体を無理矢理、抱き押さえながら。

 

「あんたの誇りは、しょせん借物だった……」

 

「あなたの憧れも、どうせ借物でしょうが……」

 

 ああ、そうだよ。

 知ってる、わたし達はあんな風に輝けない。

 それをわたし達は誰よりも、その身に受けて理解している。

 

 ――そして、それは悪いことじゃないんだ。

 

 憧憬は、決して悪いことじゃない。

 わたしも彼女の影でいい。あなたも彼女の模倣でいい。

 それはきっとあなたの一部だ。一面だって言ってくれたから……。

 

 

「――だからこそ、『あなたの憧憬』は……絶対、守らないと……」

 

 

 もうちょっと意識も限界が近い――

 

「おいおい! 待ってくれよ! 折角『舞台』を『設定』してやってんのに!」

 

 ……なんだか、舞台装置が喧しいんだけど。

 

「『異能』が『逸話・伝承と相性がいい』ならば、今、ここに、『ソレ』を啼くんだろ! もう一度、無茶を通り越した所業を、道理も何もあったものじゃない所業を見せてくれよ!」

 

 もういい加減に黙ってくれないかな……などと思いつつも、もう『クサナギ』を振るう力は残っていない。

 ていうか本当に意識が無理――

 

「寄藤! 魂を砕けよ。命を割れよ! もう一度、ただの『謡われぬ者達(わたしたち)』の遠吠え“とやら”を上げてくれよ――!! ああ、『次は届くぞ』!」

 

「は――」

 

 ただ、やはりわたしでは寄藤さんを……この舞台の幕を終わらせられない。

 あの狂った『死霊船』を終わらせるには――

 

 

「――『世界よ、終われ。私と共に、私以外の全てを焦せ』」

 

 

 朗々とした声と共に、瞼の裏にも透けるほど燃え上がる。

 『この舞台を終わらせる詩』が、夜中の国立競技場を照らしてる。

 

「『炎の剣。主役の光。大地を丸ごと焼き尽くし、私だけの春よ来い』」

 

「……じゃ。あとは頼みましたよ、『わたしのヒーロー』」

 

 その言葉に応えるのは、返事でも挨拶でもなく――

 

 

「――『抜剣。レーヴァティン』」

 

 

 いつになく冷静で、けれどいつになく静かな怒りに満ちた『秋原の熱剣』が、わたしと寄藤さんごと、この下らない茶番を『終わらせた』。

 

◇

 

「はあ、くそ……しくじったなぁ!」

 

 舌打ちをしながら、『死霊船』を抜錨して乗り上げる黒縄翠。

 何分こちらは詠唱破棄。故に精々が小型舟程度のサイズにしかならないが、それでも『終わりの炎』から上空へ、一人逃れる分には事足りる。

 

 ――とはいえ、もうこの舞台は終わりだろう。

 ならば黒縄は一人でさっさと逃げる。『あの決勝戦の遠吠えをもう一度』とは思っていても、『佐守あお』と『寄藤環』に思い入れはない。

 

 これは『国異』でも『大会』でも、ましてや“勝負”ですらないのだから。

 さっさと『秋原の熱剣』の射程圏内から逃れてしまえばいいと、『ナグルファル』を駆る黒縄翠は判断し、故に――

 

 

「――『彼方の果て。湖の底。常世を超えて飛び立とう』」

 

 

 ――常世から飛び立つ『白夜の煌めき』に、対応が遅れる。

 

「え」

 

「『花園の門よ開け。今ここに王が選ばれる』」

 

 その声はいつになく真剣で、いつになく怒りに満ちていた。

 ――けれどもそれは、彼女の――正しくはこの舞台の『伝説』。

 

 『死霊船』は、『白夜の聖剣は無敗のまま退場しなくてはならない』――などという、佐守あおに無理難題を押し付けたこの地の怨念そのもの故に――

 

 

「――『抜剣。エクスカリバー』」

 

 

 目前――振り下ろされる黄金色の斬撃からだけは逃げられない。

 

「ん――ぐっ!」

 

「……さっさと堕ちろ、黒縄」

 

「はは、『白夜の聖剣』! ダメだよそんな怖い顔しちゃあ。まして私は、同じメンバーだろ?」

 

「黙れ。これは試合ではない――『白夜の聖剣』も店じまいした。君もいつまでも地縛霊をするな」

 

「それは、できない相談かもね……!」

 

 とはいえ、こちらも『白夜の選抜メンバー』。その三年生。

 逸見明音を知らず、知りたくなくとも、『白夜の聖剣』の剣筋ならば十分に知っている。

 

 故に致命打は避けながら、まだ逃げる。『白夜の聖剣』の言う通り、これは『試合』でもないのだから、脱落ブザーもない。『国立競技場外』へ逃げれば勝ちだ。

 

 『白夜の聖剣』の伝説をこの身で浴びれたのは光栄だが、ここから『聖剣』が自分を縛る手段は持たないと黒縄は分かって――

 

「だろうね。……だから、君は知らないんだ」

 

「は?」

 

 

「――『いざ刮目せよ。輝く剣先。我が鋭さに届くものなし』」

 

 

「――は?」

 

「『オニキスですら砕けず、黒石すら毀れず。この刃は生涯我が手に――』」

 

「知らないだろ。君、あの場にいなかったもんな。私の剣なんかより、こっちを光栄に思えよ黒縄――あれが、私に届いた剣だ」

 

 そんな、黒縄が絶対に認めたくない言葉と共に――

 

 

「――『抜剣。デュランダル』」

 

 

 ――『鶴久の絶剣』という化物が、空高くに跳び上がる。

 

「名乗らん。落ちろ」

 

 武光奏の一撃が、黒縄を地面に叩き落す。

 それでも尚余力で逃れようとする黒縄だが――

 

「…………じゃ、『割る』ね」

 

 いつになく落ち着いて、いつになくやる気のない――けれども『最高潮』の雷が、黒縄を容赦なく叩きつける。

 そこにいるのは唯一無二、黒縄が最も存在を認めたくない化物の内の一人――

 

「『海神の槍』……!」

 

「よくまだ動けんな、マジで……よっと」

 

 ――水野弥生の『トリアンナ』が、サクっと黒縄を突き穿つ。

 

「――がっ」

 

 …………それで、ようやく『死霊船』は堕ちた。

 

◇

 

「はあ……」

 

 気絶する黒縄と寄藤、それと佐守あおの無事を確認してから、ようやくため息を吐く『白夜の聖剣』逸見明音。

 

 周囲には今回の茶番を終わらせるのに手間を取らせてしまった『秋原の熱剣』戸枝小春、『海神の槍』水野弥生。『鶴久の絶剣』武光奏と、『征服者』目黒次美もいる。

 

「……すまない。うちの元部員が迷惑をかけた」

 

 などと、全員に頭を下げながらも、何しろ逸見が最も精神的なダメージは大きい。

 だって、黒縄も寄藤も白夜の部員――そして佐守も二週間とはいえ弟子だ。

 なにより逸見の言っていた通り、これは『試合』ではない。“勝負”でもない。

 

 最後の方は、彼女の最も嫌っている“一方的な暴力”に近かった。

 ――それでないと、止められないことも知っていた。

 

「んまぁ~、いいけどさ。あたしは佐守ちゃんが無事なら」

 

 そういいながら前に出るのは水野弥生。

 もう『異能』は閉じて、ただ戸枝小春が駆け寄る佐守あおの姿を一度横目に。

 それと、一応武光と目黒が様子を見ている寄藤も見つつ。

 

「――にしたって、こいつは何がしたかったん?」

 

 もう模擬剣に戻ったその切っ先を、目の前に倒れている黒縄へ向けた。

 『白夜の聖剣』からしても「君は読めない」と言わせた、奇策、気まぐれ、闇討ち上等の水野弥生でも、今回の黒縄の行動はちょっと理解不能だった。

 彼女も責任とは無縁の輩ではあるが、それはあくまで「試合に勝つため」。

 今回のような、まったく意味の分からん、支離滅裂な目的で後輩を死地に追いやるとか、さすがに意図が掴めない。

 

 それに、逸見はため息を吐きながら答える。

 

「ああ。それだけは説明できるよ……『黒縄』に『意図はない』」

 

「は?」

 

「ああいや、正しくは『まあ、愉しくて面白くなればいい』とか、そういう意図はあるかもしれんが――ただ、こいつ自体の意図はほとんど無いんだ」

 

 そう言って、逸見も切っ先を黒縄に向ける。

 

「黒縄の『異能』、『ナグルファル』は『国立競技場の怨念』を吸い上げる。……正しくは『異能』を展開した土地の怨念を吸い上げる、だが……黒縄が『異能』を展開するのは、ココか白夜の練習場くらいだ」

 

 「そして」と彼女は言葉を切ると――

 

「それが、こいつの行動原理にもなる。というか、なってしまう。……色んな怨念を吸い上げた結果、黒縄は黒縄自体の『意図』が消えてしまった」

 

 それからもう一度、息を吐き。

 

「だから……ここに残った『あの遠吠えをもう一度見たい』なんて、下らん願いと――」

 

「……あ~ね? そりゃ白夜の練習場で吸い上げていれば、『白夜の聖剣』とかいう信仰になるわ――そんであの矛盾した願いかい。佐守ちゃんに『白夜の聖剣』の役を背負わせて」

 

「寄藤の遠吠えの対象にする……」

 

「……やっぱこいつ、もう一回くらい殴っておいてい~か?」

 

「申し訳ない……そうだな、佐守さん分は君が殴っておいてくれ。ただ、目覚めてからにしてくれ」

 

 今は、まあまあオーバーキルに近い。

 なんせ『白夜の聖剣』の斬撃に『鶴久の絶剣』の斬撃、トドメに一撃で五人割るぐらいの水野弥生の『最高潮』、それも結構怒りに任せた一撃を浴びせたのだ。

 

「さっさと医務室に運ぶ……これでもうちの元部員だ。あと寄藤と佐守さんは――」

 

「あたしらでなんとかするよ。……おらっ」

 

 そう言って黒縄の身体を蹴飛ばす水野に、さすがに蹴り返そうかと考える逸見だが、今は止めておいた。

 もう“暴力”はいいだろう。『白夜の聖剣』は優先順位を間違えない。

 

「よいせっと――」

 

 黒縄の身体を肩に担ぐ。比較的長身な逸見に比べて、黒縄は平均的だ。

 なので、担ぐこと自体は容易なのだが――

 

「はぁ……軽いな、しかし――」

 

 『逸見明音』は、『死霊船』でも『ナグルファル』でもなく、『黒縄翠』の心配をする。

 ――けれども、その心配が彼女に届くことは、これからもないだろう。

 

 ともかく、これにて後日談という名の茶番劇は、お仕舞である。

 

(『■■の■剣』と『死霊船』 了)

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