わたしは剣。――無能だった少女が、異能者たちの全国大会で運命を斬るまで 作:遠野静
――毎夜、毎晩夢を見る。
いつも決まって同じ夢。
わたしは暗い所にいて、蝋燭の灯が周りの人々の口元を照らしている。
笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。
歯茎を出して笑いながら、みんながわたしを祝って/崇めている。
よく生まれてきてくれた/ありがとう。
大事に育ってほしい/早く■■になってほしい。
大切に、大切に、いつその日が来てもいいように。
笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。
綺麗に、美しく、清らかに/厳かなるものを遠ざけるように、誰もわたしに触れようとしない。
……そして、やがて蝋燭の灯が消えて。
その日が来たと同時に、大きな、大きな大蛇のような影が、わたしを襲って――
◇
悪夢を見たことは覚えているけれど、悪夢の内容まではしっかりと覚えていない。
けれどそれが、無能のわたしを苦しめていることは知っている。だから毎日、喉の乾きと共に目を覚ます。
おはよう、今日。おはよう、広島県、私立秋原女学園中等部の学舎。
――それからおはよう、諏訪みこと、十四歳の運命。
いやな目覚めではあるけれど、これ以上わたしを苦しめるものは、今日寝るまではやって来ない。
だからわたしはいつも幸福だ。学園でいくらイジメられたって苦しくない。
なので……そう、ベッドから起き上がる足が重いのも、気のせい。
傷んだ茶髪を整えているときも、今日も朝ごはんが食べられないときも、学園までの、短いけれど酷く遠回りをしているように感じる通学路も気のせい。
全部、わたしの気持ち次第。……ただ、今日からはちょっとだけその足取りが重くなる。
遠くから聞こえてくる噂話のせいだ。
「凄かったよねぇ、今年の『国異』……。まさか本当に秋原が優勝するとは……!」
「あー、でも部員大体逃げたとか聞いたよ……? 本当に大丈夫? やっぱりまぐれじゃない? 来年はまた白夜の勝利かも」
「あそこ強豪だからねー。全国から強い異能使いが集まるもん。でも、うちも負けてないんだよ? なんせその『白夜』を討った『秋原の熱剣』と『秋原の神剣』がいるんだから!」
「いやー……それもう、来年一回戦で終わるでしょ……どうせ対策済みだろうし」
――『全国高校生異能大会』。略して『国異』。
猛暑で終わった甲子園に代わって、国中を沸かせるおっきな大会。
それは、『異能』という馬鹿げた力を行使できる学生たちが、各高校の競異部から五名ずつ選抜されて競い合う集団戦。
一応、『異能』が使えない人でも、魔力を持たないわたしのような人間でも、試合用の模擬剣を持って参加できるけど、それはまあ数合わせみたいなものだ。
五名いないと参加できないから、とりあえず入れてあるだけ。
始まりが誰か――なんて、今更語ることもないほど昔から、この星には『異能』があった。
以前は魔法だとか、魔術だとか、超能力だとか、ESPだとか、色んな呼び名があったらしいけれど、今はそれらを纏めて『異能』と呼んでいる。
『異』能なんていうくらいなんだから、多分最初から存在したものじゃない。それらは秘匿されていた異端の力。超常の力。『魔力』なんていう馬鹿げた、でも確かに存在するモノを消費して形を成す力。運命を捻じ曲げて、道理を切り替える強制力。
道理の通らないものだから、一昔前にはそれでひと悶着あったらしい。戦争だとか、色々と。
でも今はちゃんと法整備されて、『異能』を使える場所は限定されている。
『異能』使いたちがその力を行使できる場所、例えば……そう、スポーツだとか。
あくまでスポーツ。魔力と体力を消費するだけ。
もちろん戦うんだから怪我することはあるけれど、それも今の治療技術なら、『しばらく安静』で済む範囲に留まる。
殺伐とした『異能』は飛び交うし、『どう見ても死んだだろ』みたいな状況もあるけど、それも試合場全体の『異能』によって、あくまで『スポーツ』の範囲に抑えられる。
言ってしまえば『派手なショー』だ。
ただ、大和撫子たちによる血湧き肉躍る戦いは、観客を魅了する。
甲子園が終わったから、なおさらだ。
……わたしには関係のないことだ。
そもそも、
ただ……今の時代に魔力を持たない――無能の人間は、本当に珍しい。
それも悪い意味で。大半の人は生まれながらに少なからず魔力を持っている。
その使い方がこれまで秘匿されていただけで、自分の魂の形さえ理解すれば、誰でも簡単に自分特有の『異能』を行使出来る。
――先天性魔力欠乏。運命欠如症。つまりは、無能。
それがわたし。諏訪みこと、十四歳。中学三年生。
劣等感はある。当たり前だ。誰でも出来ることが出来ないことほど、辛いことは無い。
けど、それでもわたしは幸せだ。だって、あの夢ほど怖いものは、この世界にないのだから。
◇
「おはよう……ございます……」
誰の返事も返ってこないのはわかっているのに、教室に入る時に挨拶をしてしまう。
行儀が良いからなのか、誰かの答えが欲しいのかは自分でも分からない。
とは言え、今日は比較的平和だった。
いつも机に置いてある花瓶もない。飽きたんじゃなくて、みんなの興味が他所に向かっているからだろう。
「ねえ聞いた? 今日高校の部活案内あるんだって」
「あ~、あんたやっぱり競異部見に行くの?」
「そりゃあ観に行くよ〜! でも、入りたくはない」
話題の中心は、もっぱら噂の今年の『国異』優勝、秋原の競異部。
私立秋原は小中高一貫のエスカレーター式……もちろんそれだけでは足りないので、中学、高校の頃に受験で他所からも人を集る。件の『秋原の熱剣』も、その頃に転学してきた。
ただ……確かに、あの闘いに参加できるような気にはなれない。
ふと思い立ったわたしは、今年の決勝戦の試合動画をスマホで開いた。
最初の方の挨拶とか小競り合いは抜きにして、伝説の『白夜の聖剣』と『秋原の熱剣』の闘い……。
――そして、『秋原の神剣』が生まれた瞬間までジャンプする。
映るのは大きな会場。昔のオリンピックのために作られたスタジアムが、そっくりそのまま使われている。
だから広さは十分。観客席も十分。けれどフィールドの様相が全く違う。
異能機械によって、地形は試合ごとにランダムに切り替わる。
ついでに、異能機械によって能力もあくまで『スポーツ』の範疇に抑えられる。
言ってしまえば『なりきりチャンバラ』だ
今年の決勝戦は大きな森林だった。視界は悪く、不意の遭遇戦が多くなる。そんな中で、双方五人の選抜メンバーは渓谷を挟んで向かい合う。
決勝戦常連である白夜高校と対峙するのは、我らが私立秋原女学園。
試合は、とんでもない混戦だった。
理由は二つある。一つは『秋原の熱剣』がその『異能』で森林を文字通り『一刀両断』したこと。
『異能』だなんだと言われても、何もかも万能ってわけじゃない。
いや、むしろ『万能だからこそ扱いに困る』とでも言うべきか。
『何でも出来る』から、確固たるイメージがなければ『何をすればいいか分からない』のだ。
イメージっていうのは、例えば『魔女は箒で空を飛ぶ』とか、『呪うなら藁人形を五寸釘で打つ』とか、そういうの。
つまり、逸話とか伝承とかの再現と相性がいい。
そしてその相性は、人によって変わる。それが異能の個性になる。
本来なら長期戦になりがちな森林フィールドで、短期戦になったのはそれが理由。
それから、もう一つは今年の秋原の一年生の存在だった。
「――『世界よ、終われ。私と共に、私以外の全てを焦せ』」
「――『ああ、寒い。雪と狼と夜が来る』」
二重に連なる詠唱。そのどちらもが秋原のレギュラー、二人の少女。
「『炎の剣。主役の光。大地を丸ごと焼き尽くし、私だけの春よ来い』」
「『処女達《はなよめ》の血がなければ、僕は魂まで凍えてしまう』」
「――『抜剣。レーヴァティン』」
「――『着憑。デア・ナハト』」
片方の少女の振るう剣が灼熱の『終わりの魔剣』に変化して、もう片方は完全なる闇を纏う。
――しかし相手は無敗の白夜。おまけに相手は『白夜の聖剣』。
この二人が揃っていてもなお、秋原のメンバーは尽く相打ち同士討ちに持っていかれ――最後に残されたのは『秋原の熱剣』ともう一人。その二人のみ。
対峙するのは『白夜の聖剣』――それともう一人。
「――『さあ円卓の騎士達よ、その威光を指し示せ』」
聖剣『エクスカリバー』の切っ先が示されるだけで、絢爛な十二本の輝剣が『秋原の熱剣』を吹き飛ばす。
歴代の国異においても反則級の『異能』――自分の『エクスカリバー』と合わせて、一人で十三の『異能』を操るなどという埒外の最強。『ナイツ・オブ・ラウンズ』――それが歴代無敗の伝説『白夜の聖剣』。
――加えて。
「――だろうね。『サー・ラモラック』」
『熱剣』の助太刀に入ろうとした、『秋原の神剣』――それも彼女の輝剣と、もう一人『ガラティン』を与えられた白夜メンバーによって邪魔される。
白夜は未だ二人も残しているのに、秋原高校は一人を残して全滅した。
その一人も、輝剣の絨毯爆撃で吹き飛ばされている。
もはやオーバーキルに近い。
通常ならもう瞬間戦闘不能。
仮に無事でも、あの『十二本の輝剣』を削り切る前に体力を使い切る。
つまりどうあがいても秋原の敗北。それが運命だと誰もが思った。
――けれど、ここからが彼女――
『秋原の神剣』佐守あおの神剣伝説の始まりだった。
吹き飛ばされた小柄な少女は、虚空へと試合用の模擬剣を掲げる。
――それは、初めて見せる技だった。
少なくともこれまでの試合では一度も見せていない。
使えなかったのか、使わなかったのか。
それは定かじゃないけれど、一つ分かることがある。
その『異能』は、文字通りの『最強』なのだと――
「――『
その詠唱は、手向けのように厳かに、静かに。
この乱戦のなかにあっても、確かに聞こえる鎮魂歌。
「『わたしは、
それが彼女の持つ『異能』。
最強の名を奪い取り、今なお誰にも打ち破られたことのない無敗の剣。
その名は――
「――『抜刀。クサナギ』」
――次の瞬間、ぶんと振られる横薙ぎが『視界に映る剣の軌道上を、道理を無視して両断した』。
十二本の輝剣は雑草の如くに両断されて――立て続けに『ガラティン』を持っていた白夜のメンバーも最後の悪あがきをしていたけれどそれもすぐに堕ちる。
一度、脱落のブザーが鳴る。
そのあとは何かトラブルがあったらしいけどよく知らない……。
ともかく、これで一対一。
全ての魔力を使い果たした二人はただ模擬剣で闘い――
「――"薙げ"」
――佐守さんの最後の一太刀が、ついに『白夜の聖剣』を斬り捨てた。
……こうして、今年の決勝戦は終わった。
これが新しい『伝説の決勝戦』。
前はあまり注目されてなかった佐守あおが、『秋原の神剣』という新しい『伝説』となったのはこの試合から。
あの三年無敗だった『白夜の聖剣』と一対一で打ち砕いたのだ。そりゃあ伝説くらいにはなる。
……無能のわたしには、遠い御伽噺のようだけど。
それでも彼女は確かにいて、今は秋原高校にいる。
あり得ないような話だけど、不思議と彼女の佇まいには親近感みたいなものが湧く。
確かに彼女の神剣は怖ろしく、実際に今も無敗を誇っているのだけれど。
なんでかな。
本当になんでか分からないんだけど――
『
……そうしてぼけっと見ていたら、決勝戦の動画が終わって、その後のインタビュー動画に移る。
当然、インタビューされるのは『秋原の神剣』、佐守あお。
激しい戦いを終えた後なのに、彼女はなんかあわあわしていて……。
「え……い、いや、さすがに焦りましたよ? というかもう、最後の方とかよくわかんないままでしたし……」
……なんて、凄く俗っぽい返答をしていたのだった。
あれ……もしかしてわたしが親近感を持ってるのって、こういうとこだったりする?
いやいや……まさか、うん。
そもそも、かの『秋原の神剣』に親近感を覚えること自体、烏滸がましい話だ。
無能のわたしが彼女と並び立てることは、万に一つもありはしない。
……ありはしないけど、想像してみる。
彼女と向かい合う自分の姿。
彼女《『神剣』》を真正面から奪い取る、
◇
「あれ――?」
放課後、帰路で足を止める。
何故か、試合用の模擬剣が、道端に落ちていた。
「そういえば……ここって試合場の近く、だっけ……」
といっても、高等部の校舎側――それも林を一つ越えた向こう側だ。普段なら、こんなところまで飛んでこない。
ただ、今日は部活案内と聞いていた。
「……やっぱり、乱暴なのかな」
呟きながら、模擬剣を拾いあげる。ずっしりと、腕に来る。
……あくまで『異能』の触媒――あるいは数合わせのための模造刀で、刃は潰してあるはずなのに、その重さはちゃんと他者を害することが出来るもので……思ったよりも気持ち悪かった。
「うーん……」
ちょっとだけ剣を振ってみる。
見よう見まね。子どもが良い感じの棒を拾った時にやるようなもの。
我ながら不格好だ。そもそも、わたしは刃の類が、むかしから苦手で……。
あれ――?
わたしの子どもの頃って……どんなだったっけ……?
「……やめた。剣とか、性にあわないし」
さっさと捨てて学舎に戻ろう。それでお気に入りの配信とか見るのだ。
昔のことなんて知らないし、今幸せならそれで――
「ん……ああ、君も競異部に興味ある子?」
「え」
そんなことを考えていたら、何だかとんでもない勘違いをされた。
この人のことも知ってる。『秋原のジョーカー』……『秋原の熱剣』や、件の『秋原の神剣』と並ぶ現一年生でも最強に並べる人だ。
「いや、ちが……これ、落ちてて――」
返そうと伸ばした手を、その軽薄そうな飄々とした人は、ガシって掴む。
「まあまあ、うちの部長が新しい駒探しててさ〜。そうでなくとも、見て行って楽しいぜ? マジカルチャンバラ」
魔力の有無は、見た目では区別できない。『異能』を行使して、はじめて分かること。
……だけど、それにしたって、これはちょっと出来過ぎている。
「はい、はよはよ。どうせなら『秋原の神剣』、間近で見たいでしょ? 今、あおちゃんがまとめて相手してくれてるから……」
「はい……はい?」
『秋原の神剣』って……『秋原の神剣』!?
あの……『白夜の聖剣』を、斬り飛ばした、あの!?
「ちょっと、待って、ほんとに、わたし……! そんな人と戦えません!!」
「大丈夫だって。そもそも部活案内の模擬戦だし、あおちゃんも全力は出さないっしょ。……まあ、ちょっと走馬灯見るくらいはあるかもだけど」
「ヒェ……」
やだ。いたいの、本当にやだ。
そもそも不格好な姿を人目に見せるのだって恥ずかしいのに、その上いたいとかたまったものじゃない。
たまったものじゃないのに、なぜかわたしの手は模擬剣から離れない。必死に懇願したって、先輩は止まってくれない。
わたしも、歩幅を合わせている。……なんだか、凄く気味が悪い。
ここまでの出来事すべてが、まるでそういう未来みたいで――
◇
「えと、次は……ふむふむ、諏訪みことさんね……『異能』は『書きたくない』か……ん〜」
……あの『秋原の神剣』と、まっさらな試合場で真っ向から向かい合う。
本戦は集団戦だし、そもそも本戦のフィールドも、こんなに開けてはいない。毎回違うフィールドで戦うことになる。
けれど、今回は選抜のための模擬戦だから個々人の力量を見たい……ってことなんだろう。なので、お互いの顔がよく見えるくらいの距離から始まる。
「ええと……そんなに緊張しないで、大丈夫ですよ?」
声は、心配。
少なくとも、侮蔑は無いから安心した。
彼女――『秋原の神剣』こと佐守あおさんは、あのテレビで見た映像よりも普通の人……だった。
身長は一五九センチのわたしよりも少し小さいくらいで、はらりと揺れる黒髪も相まって、なんだか『凄い剣士』というより、普通の子。それでも、剣を握る姿は綺麗。
…………茶髪ぼさぼさなわたしとは大違いだ。
「あの、よろしく……するんですか? わたし、『無能』なんですけど」
「ええと……大丈夫ですよ。わたしも本気は出しませんし」
一瞬、驚いていた。
……けれど、すぐに佐守さんの声は優しく変わる。
……ああ。この人、嫌な人だな。
ちゃんと、わたしは『無能』だって言ったのに。
しっかりと力量を見た上で、わたしには万に一つも勝てないと、『その運命はない』と分かった上で、わたしにやれと言っている。
「……やりたくない、です――」
「ううん……」
佐守さんは、困っていた。
ざまあみろ、と少し思う。
『秋原の神剣』を、『無能』のわたしが困らせている。これだけでも十分な戦果だ――
「……でも、わたしも最初は『無能』でしたし」
「は?」
そう言って、佐守さんは模擬剣を構える。
「はあ……なんだかこれも『運命』のようですけど。ここを降りたら永遠に、あなたの運命は変わらない気がするので――」
そんな良く分からないことを言いながら、佐守さんは剣を構える。
「なので……やりましょう。一撃でも入れてみてください」
「……なんですか、それ」
意味が全然分からない。けれど闘志は感じられた。……なんでだよ。わたしはやりたくないって言ってるのに。
「山名部長、試合開始の合図をお願いします」
「ああ、いいけど……やんのか? 何か今『無能』って聞こえたが……」
「それ、あんまり信用ならないって、山名部長ももう知ってるでしょう」
言って、彼女も剣を向ける。構えは正眼。
『異能』じゃない。わたしと同じ、試合用の模擬剣だ。
……けれど、そこに込められた格が違う。まだ『異能』も解放していないのに、ただ模擬剣に込められた魔力だけで、わたしとは立っている場所が違うのだと感じられた。
それでも、一応聞いてみる。
「……『異能』、使わないでくださいね」
「? ……分かりました。では――そうですね。一撃で仕留めます」
「……そうしてくれると助かります」
……あの伝説の『異能』がなくても、佐守さんは十分強い。
いたいのかな、いたいんだろうな。
でも、あの夢よりはいたくない――なら、まあぎりぎり許容範囲だ。
「では、それぞれ試合――」
先輩の手があげられる。わたしは両手で握った剣に力を込める。
せめて、とかは考えない……どうせ負けるんだし。
「開始――」
「――ええっと」
「よっ――」
一閃。振りさえしないわたしの剣よりもさらに無造作な一撃が、力強く首筋を打つ。
――そして、わたしの視界は暗転した。
◇
――毎夜、毎晩夢を見る。
いつも決まって同じ夢。
わたしは暗い所にいて、蝋燭の灯が周りの人々の口元を照らしている。
笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。
歯茎を出して笑いながら、みんながわたしを祝って/崇めている。
よく生まれてきてくれた/ありがとう。
大事に育ってほしい/早く■■になってほしい。
大切に、大切に、いつその日が来てもいいように。
笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。
綺麗に、美しく、清らかに/厳かなるものを遠ざけるように、誰もわたしに触れようとしない。
……そして、やがて蝋燭の灯が消えて。
その日が来たと同時に、大きな、大きな大蛇のような影が、わたしを襲って――
「――ん、あれ?」
……大蛇の影が、来ない。
ていうか、そもそもまだ夜じゃない。さっきまでわたしは、試合場にいたはずで。
なにより、『わたしはこの悪夢を覚えていない』。
そのはずなのに、今日はやたらと鮮明だ。意識もしっかりしている。
ただ、暗い所にぽつんと一人……何故か立っている。
「先輩が走馬灯見るって言ってたの……これかな」
いやだなぁ。
夜でもないのに、ここにいるの。また寝たら同じ夢を見るのに。
なんだか今日は悲運が続いている。けど……。
「わたしの運命、だもんね」
こういう運命。こういう人生なのだと、つくづく実感した。
……だからさっさと大蛇の影に来てほしい――そうすれば夢からも目覚めるはずで――
『――気に入らんなあ?』
「え」
声が……上から。
なんだか気まぐれで、ふわふわした男の人の声がする。
『気に入らん。機嫌が乗らん。吾の分霊というので来てみたが、随分と面白くない。そういう側面かぁ?』
声がした方を見ると、なんだか凄い、昔話に出てくるような服装をした男の人が浮いていた。
だ、誰……? 完全にはじめましてなのに、なぜか男の人はわたしとよく似ていて――
「あの――!?」
『ああ、自己紹介なぞいらん。諏訪みことねえ、悪趣味にも程があるが――まあ、おまえが降ろしたがっていた側面だよ』
「はい……?」
『そうだなぁ……つまり、吾はおまえの『運命』――いや、『未来』かな』
「運命……? 未来……?」
よく分かんないけど、だったら……。
だったら、やっぱり、受け入れないと。
そうでないと『そういうのは無し。再演ばかりだといい加減話にならんのでな』
と、彼は一刀両断した。
『――まあ要するに。あの邪蛇と話が合うのも癪だが――おまえはもっと嘆くべきだ。暴れるべきだ。足搔くべきだ。それでやっと、吾もやる気も出るというもの』
そう言って、彼は剣を抜く。
その切っ先を、わたしに向ける。怖い。切っ先なんて向けられたら、戦えない――
「……あ、あの!」
『ああ、別におまえを斬る気はない――というか、斬れん。おまえは吾だし』
「それは、どういう――?」
『……ん~。面倒だなぁ。だが、あの邪蛇に剣を奪われたままというのも癪に障る。一応、吾の勝ちなのだから、アレは吾の戦利品であるべきだ』
「……はい?」
『……あとは、そうだな。ついでにおまえも、もっと人生を愉しみな? おまえには、運命に抗うだけの力があるんだし』
……不思議なことを言われた。
いつかわたしの『未来』だと言った男が、わたしに人生を愉しめとか。
でも、そもそもわたしは魔力とか無くて――
『ああ、それね。事故って詰まってたみたいだったから、今斬りはらっといた』
「え」
『――さて、“約束”なんぞ、あの邪蛇みたいに律儀な真似はせんぞ? 吾は嵐の神故に、気まぐれにおまえらを楽しませてもらう』
そう言って、彼はわたしの手に抜いた剣を持たせる。
それから、ケラケラと軽く笑いながら――
『――ほら、持てよ。これがおまえの『異能』になる』
「なに、それ……」
そんな滅茶苦茶であべこべな約束、わたしにはできない。
そもそも、そんなのは無理な話だ。
わたしに運命を変える力はないし。
そんなことは、とっくの昔に分かっているし。
だからわたしはさっさと消えてしまいたい。
――それが、わたしの運命だから。
『などと言うのはおまえの都合。吾の都合はまた別なんでな』
「な……に……?」
わたしの意識が、急に遠のく。
夢の中だというのに、さらに遠く――ただしくは、より近くまで――
『使い方が分からんでも問題無い。吾が振るうんでな。ほれ。あの邪蛇の化身を討伐してこい』
「……なにそれ、どういう」
最後まで言葉を言うよりも前に――わたしの意識は、完全に堕ちた。
◇
……どうにか一閃で沈めることができた。
よかった。やる気もないみたいだし、あまり長引かせて余計に傷つけるのもなんだなぁと思ったのだ。
とりあえず彼女――諏訪みことさんはもう倒れた。『異能』は使わなかったけれど、試合なら確実に脱落ブザーがなる程度の一撃を与えたのだ。
これでもう、彼女は動け――
「――『高天原より地に降り。征くは葦原中国の総て』」
「え……?」
倒れている彼女から――声が。
『無能』の彼女から、魔力が、そして……なんだか凄く嫌な詠唱が聴こえる。
他にも色々あるけれど――この詠唱は、本当にわたしにとっては不快な声が――
「『礼讃せよ。喝采せよ。叢雲抱いて、降りたつ神を』」
彼女――諏訪さんが立ち上がる。
あり得ない。そんな道理は通らない。通らないはず、なのに……。
「――――『降神。スサノオ』」
「……!?」
神を謳う土着への支配者――まさに神威の魔力を全身に纏いながら、諏訪みことさんは立ち上がった。
でも、もう“勝負”はついた――これ以上はただの“暴力”だ――!
当然、それ望月さんが慌てて止めにはいる。
「ちょっと待った。やる気になってくれたのはいいけど、さすがにこれ以上は――!」
「『どけよ、半端者。吾は今、やっと愉しくなってきたんだ』」
無造作に振るわれる剣だけで、望月さんは羽虫みたいに吹き飛ばされた……。
いや、そんなことより今は目の前の諏訪さんだ――!
「あなた……!!」
「『よう、大蛇の娘。出雲国の剣? 取り戻しにきたぜ』」
――そもそも「おまえは自分のものだ」とでも言うかのように、彼女は笑う。
ただ、その態度が明らかにおかしい。何かに乗り移られているというか、取り憑かれているというか――!
「『ああ、気にせんでいい。そもそもおまえなら――多少は事情も分かるだろうが――』」
そう言って、彼女は剣を抜くと――
「『――よっ』!」
――迫る剣は、あの『白夜の聖剣』にも勝るとも劣らないほどの鋭さ。
ただしく『神話』、ただしく『伝説』の剣技が、わたしを狙って迫ってくる……!
「くっ……! “払え”!」
力任せに魔力を振りまわして、無理矢理にでも間合いを奪う。
「『――ああ、今は『異能』とかいうんだっけか。なら、こうだな』」
「――――!?」
その『道理』を捻じ曲げるみたいに、諏訪さんの身体が消えたかと思えば目の前に現れる。
今のは『縮地』じゃない。『技』ですらない。
その運命を捻じ曲げた。それはつまり――
「あなた……魔力が……いや、それ以前にあなたは――!」
「『ま、細かいことは抜きにして――ほっ』!」
「――っ! “阻め”!」
振り下ろされる斬撃を必死で避ける。こちらには大蛇さんの技術と、『白夜の聖剣』の剣術が混ざり合っている。
――だというのに、その純剣術を、諏訪さんはあっさりと、ただ『魔力で道理を捻じ曲げて』、力任せに迫ってくる。
なんだこの剣――! この怪力は――!
「『ほらどうしたよ、蛇の娘。『異能』、使わないのか?』」
「誰だか知りませんが、言ってくれますね……!」
とにかく、理解した。これは多分『諏訪さん』じゃない。
魔力量云々とかではなく、ただ純粋に『なにか』が違う……!
格だとか。矜持だとか。背負ってきた自信だとか、そういうものでは一切ない。
何より、これはもう『スポーツ』じゃない……!
――だというのに、ただ魔力の差で、強引に、道理を捻じ曲げるような剣戟に、対応を迫られる。
「くっ――“払え”!」
「――『おっと』」
よし、距離が空いた。ならば純粋にやることは一つだと、模擬剣を掲げ――
「――『斐川《かわ》の化身に、手向けよう』」
――鎮魂歌を謳う。
かの悪蛇に、わたしの親への想いを、ここに謳い上げる。
「『わたしは、
相手は『道理』を無視する存在――ならば、こちらもこちらで、『視界に映る剣の軌道上を、道理を無視して両断する』。
「――『抜刀。クサナギ』!」
「『ははっ……! じゃあ、こっちもこうするか――!』」
振り下ろす剣に対して――しかし諏訪さんは笑っていた。
――笑いながら、剣を掲げた。
「――『高天原に、称えよう』」
どこまでも気まぐれに、気さくな割に、謳われるのは、乱暴で欲深い荒神の詠唱。
「『これは、邪蛇の尾より奪い取った『大和国の剣』である』」
――わたしとよく似た、けれどもわたしよりも、何か――
何かを蹂躙する、不条理な簒奪者の剣が――
「――『抜剣。アメノムラクモ』」
振り下ろされる剣は、明確にわたしの『クサナギ』と同じものだ。
『視界に映る剣の軌道上を、道理を無視して両断する』。まったく同じ『異能』が相殺する――!
――だが、向こうの『剣』はそれだけではない。
「『ああ――嵐と雷。それがコイツだぞ?』」
ケラケラと、どこかわたしの知る悪党に似た笑い方をしながら、さらに魔力を詰み込む諏訪さん。
――『道理無視切断』に、『嵐と風』の支配が加わっている。
「っ……! たっ……!?」
突如として堕ちてきた雷鳴に身体を貫かれて動きが止まる。
意識が止まる――思考も、心も、感情も、一瞬で動きを止める
「『さあ、奪うか。なに、気にするなよ。おまえは最初から吾のモノである運命だ』」
そんな、癪に障るような言葉すらも。今のわたしには対応が出来ない。
……当たり前だ。わたしは『クサナギ』。そして大蛇の娘。
ならば、『スサノオ』には勝てない。『クサナギ』はスサノオの剣になる。
それが『運命』――というより当たり前の『伝承』、『逸話』。
だから、触れられた途端――意識が、落ちる。心も、身体も、なにもかも――
彼の身に持っていかれ――
◇
「――“薙げ”」
声を上げたのは、佐守あおの身体。それと同時に押し付けられた『道理』は捻じ曲がる。
「『――ほう?』」
などといいながらも後方へ一気に下がる諏訪みこと。
対峙する佐守あおは、ほんの少し身体の調子を確認するかのように、軽く剣を何度か振っていた。
もう、目の前の敵など見てもいないままに――
「『やっと出てきたか。おまえ、いい加減しつこすぎやせんか?』」
「黙れ。己は今、心底気分が悪い……そもそも死んだ身だ。貴様も消えろ」
――けれども、その声に込められている音色は、まるで違う。
最初に反応したのは『秋原の熱剣』、戸枝小春。
なぜなら、彼女は彼を知っている。
佐守あおの奥にいた彼を知っている。
だって、自分が『矜持』を持って『終らせた』相手なのだから――
「貴方……」
「うん。久しいな、『秋原の熱剣』……いや、痛かったぞ。あの時は」
――『大蛇さん』を、知っている。
「生きている、とは思いませんでしたが」
「いや、ちゃんと死んでいる。死んでいるが……まあ元より、そこのと同じく、あやふやな伝承上の存在故な……」
――とはいえ、それだけで目覚めるつもりは、無論大蛇には無かった。
無事に討伐された。佐守あおを縛る『運命』は果たされた。
約束破りについては、アレコレ言われるかもしれんが、そこはそれ。己は邪蛇である。
佐守あおが、佐守あおとしての未来を生きていくならば、自分という枷は不要。
そして佐守あおは実際に、自分を一部として受け入れた。ならばそれまで。
これ以上物語に居座る気はない。
――ただ、それでもさすがに今回ばかりはその約束を反故にしてでも表に出てきた。
何分、相手が『神』である。
「……三度も殺されるこちらの身にもなってみろ」
「『はは、知らんなぁ。そもそも吾も己も、同じ土地、同じ村、同じ儀式で“呼ばれた”者だ」
――そう。
諏訪みことは言うなればあの村の『被害者』で生き残り。
佐守あおと同じ村、同じ儀式の為の贄。
ただし、事情は少し異なる。
「『おまえは、水害にて枯れた川を復活させる化生……そして、吾はお役御免になったおまえの討伐者として――ははっ悪趣味にもほどがある呪村だが。ソレがあるなら、出らんとな』」
そう言って、諏訪みことは剣を構える。
「――『だから、さっさと渡せ。それは大和の剣』だ」
「否。是は中つ国を流れる川の娘だ。――断じて、貴様に奪われる道理はない」
「『娘の言葉も無視して親気取りか。悪蛇もここに極まったな』」
「その悪蛇に、酒を飲ませて不意打ちした輩がよく言う」
「『はは……油断したおまえが悪いな……!』」
言って、再びその『道理を無視した剣』で襲いかかる諏訪みこと。
加えて、こちらの剣には『嵐』と『雷』も乗っている。
つまり、能力の多彩さだけを見れば『クサナギ』の上位互換――だが――
「――“払え”」
佐守あおの身体で、佐守あおの使う術を――かつて教えた技を振るう。
ただ、その剣は佐守あおよりも洗練されている。故に美しく、無駄もなく軽やかに諏訪を狙う。
「『おっと』!」
「まだだな……“浸せ”」
佐守あおの身体から、まさに壁を浸透するかのごとき美しい突きが放たれる。
けれどもそれは届かない。なにしろこちらは『神』だ。
それが道理と術理の中にあるならば、『そんな道理は捻じ曲げる』。
まさに『異能』の本質、その本職である。
「『いいだろう。ならば真剣勝負で斬り捨ててやろう!』」
そう言いながら、さらに剣を振るう諏訪――
どこが真剣勝負なのか。右から振っているのに、左から斬撃が飛んでくる。下から斬りあげているのに、上から斬り降ろしが落ちてくる。
それを、大蛇はまさに蛇の如き動きで“察し”て避け続ける。
「『まったく、お互い神話からの付き合いとは面倒だなぁ』!」
「その面倒で呼ばれる、己の身にもなってみろ――“阻め”」
――それらすべてを、魔力と術理のみで弾き返す大蛇に、諏訪――否、もはやスサノオは笑いながら距離を取る。
「『しかし随分とやりづらそうだ。前に殺した時のほうがよほど怖かったぞ』
「当たり前だ。己は人の身ではない……まったく、動かしにくいものだ」
などとぼやきながらも、大蛇はその構えをかえる。
「――とはいえ、貴様のせいでこちらも限界が近い。いい加減決めるぞ、祟神め」
「『は――! よくいったな、敵役。ならばこちらも本領で行こうか』」
道理を無視して迫る嵐神を、しかし大蛇は目で追わない。
元よりこちらは“察する”ことが出来る。
とはいえ――『大蛇』に『クサナギ』は振るえない。
その因果だけは逆転できない。
故に、ここに顕現するは佐守あおの正眼でも、戸枝小春の上段でも――無論、その他誰の剣でもない。
――『大蛇の牙』だ。
「――『高志之八俣遠呂智、年毎に来たり』」
詠唱と共に、怒濤の如き噴流が、世界の終わりのように輝き始める。
なぜならば彼は水害の化身。八雲の災害にしてその川の化身。
故にここに穿たれる牙は、神威の太刀などでは断じてなく――
「『八雲さす。出雲の子らが黒髪は、我が沖にてなづさえば――』」
そこに害もなく罪もなく。
運命も道理も宿願も宿命も、一度にして総てを流し飛ばす流れの化身――
「……『はは!』」
それでも尚止まらない嵐神――『道理』、『運命』を操るのは、寧ろ得意分野だとでも言うかのように。
――全力でその災害の化身を、改めて調伏しにかかる。
加え、それは『化生殺し』。――故に、日本神話最大の化生である大蛇には特効だ。
振り下ろされる神威の太刀が、大蛇を両断しにかかり――
「……『む、からだが重く――」
目の前で霧散していく魔力と、ぽかんとする荒神に、大蛇は笑いながら――
「――『到来。出雲八重垣』」
――皮肉にも、彼方が謳った歌をそのまま返しながら、『運命の濁流そのもの』を、振り下ろした。
防ぐことも、弾くことも、避けることもできない一撃に、『肉体の疲労』を忘れた嵐神は耐えられない。
「『――ぐうっ』」
断ち切られたと同時にその場に倒れる嵐神――諏訪みことの体に剣の切っ先を向けつつ、大蛇は笑う。
「ダサいな、嵐の神。御前の敗因を、一個教えてやる」
気まぐれな海神その人に。大蛇という逸話そのものは――
「御前は己より強いし、斬れる。これはもう『運命』として、確かにそうだが――」
「『は……ああ、これの体力不足か……』」
――そう。
『スサノオ』は、諏訪みことをまだしらない。
だって、なんだかんだ言って、ずっと見てなかったんだから。
『大蛇さん』は、佐守あおをよく知っている。
だって、なんだかんだ言って、ずっと見ていたのだから。
「はぁ……とはいえ、今回のこれは本当に反則だ。もう己も、本当に消えるだろうよ」
「『む、貴様が居なくなると吾はどうしろと。吾は改めて御前を斬りにきたんだぞ』?」
「知らん。勝手にしろ……。まあ、その娘でも育ててみろよ……存外、強くなるかもしれん」
と、我ながら勝手な物言いだと、自分の無責任さにため息を吐く大蛇。
一方の気まぐれな嵐神は、ケラケラと笑いつつ。
「『ふむ。それは確かに面白そうだ。実際、吾を降ろす時はこいつも考えてくれた方が愉しい――となると、そうだなぁ……』」
まずは体力づくりか――? などと考えている『神話の存在そのもの』に、同じく『神話の存在そのもの』である大蛇は、もうこれ以上はいいだろうとため息を吐いてから。
――もう一度、秋原の面々を見やる。
ちゃんと話した者、話す機会のなかった者。
それらもすべて、『大蛇さん』は知っている。
とはいえ、佐守あおの『運命』に関わらないことまで、彼が気にする必要はない。
――だから。
「――ああ、そうだ」
……本当にただ一個だけ。
言っても言わなくても、彼視点ではどうでもいい言葉を告げる。
「優勝、おめでとう。中つ国の川の子らよ。御前らの未来が良き流れになること、己は愉しみにしておるぞ」
――へっと。邪蛇が何を言うやらと笑いながら。
今度こそ、彼は――かの偉大なる『八岐大蛇』は――
――佐守あおの『運命』は。
ただ呼ばれてしまっただけで、なんとなく娘の心配をして残っていた蛇は、今度こそ本当に幕を閉じたのだった。
第■話 わたしの運命、わたしの未来(完)